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旅の三日目は子供たち&海に行くグループと島の観光に出かけるグループとに別れてバスに乗り込む。子供たちはさっさと親から離れて仲間と行動しているけど大人たちのほうが海での子供の様子を見たくてその時間を取るために忙しい島内観光となった。つばきの木の茂みや、ハマユウの咲き乱れる丘、パッチワークのような断層や遥か眼下に広がる澄み切った青い海と空を眺めつつ浮波(はぶ)港へ。小さな港は写真で見る昔の賑わいを忘れ静かにひっそりと・・おじいちゃんと小さな子供が水際で遊んでいました。歴代の伊豆の踊り子のスチール写真や当時の模様をマネキンで表した旅館あと。やはり伊豆大島の一番の観光的財産はその自然でしょうね。子供たちのところにとって返すべくバスはすぐ折り返し。大忙しの観光でした。本来はトウシキ海岸といって島の中でも特に透明度が高く沢山の海の生き物が見えるところが予定地だったけど相変わらずの波が高くムリということで野田浜に変更。インストラクターの方に誘導されてみんな盛んに海の中を覗いていました。私も岩場を伝わって海の様子を上から覗いてみるとカラフルなヤドカリ、カニ、小さなさかなが一杯!豊かな海です。子供たちが「うつぼもいた!蛸もいた!!」と言っていました。最後に行きたい!っと言うメンバーだけで水深4m地点まで泳ぎ深い深い海の中を覗いて海にサヨナラ。タイヤチューブに捕まったりしながらなので身の危険はありません。宿に帰って支度をし直して三原山ハイキングへ実は海にいた頃三原山は雨の中。すごい霧に覆われてこれはムリかな??と危ぶまれていたのですが登山口まで来た頃にはスッカリあがって青空。海での疲れを懸念して「溶岩が流れ着いている黒い地点まで行ったら折り返してください。もう少しいける人は時間を見ながら頑張って・・」と送り出されはじめは即刻かえるつもりでしたが溶岩の最終到達点(火口から流れてきた溶岩の尻尾)までは案外近くてだれもそこまででは満足できず、どんどんその先まで・・・子どもの中には登りをずっと走って、とうとう上まで覗きにいった子もいました。すごい!私は最終シェルターまで行った地点で時間切れ。あと一時間はほしかったなぁ。けど、暑いこと!!帽子の下にバンダナをはさみ後ろ襟首の日よけにしたすごいカッコ。これが案外涼しかったな。真っ黒に盛り上がる溶岩の流れ。そんな不毛な岩場の上にもう新たに白い山百合や草が生え始めていました。すごい生命力。生命力といえばこの島自身がいまだ生きて活動しているのですものね。息子はこの島の海の美しさもですが何より間近で見た三原山の圧倒的な力に強い印象を受けたようです。その夜ホテルの外庭でのキャンプファイヤーワンパク大学スタッフの皆さんによる印象深いフレンドリーなセレモニーさすがにちょっとセンチになってしまいましたが子供たちの長い一日はそれで終わらなかったの。旅の航海記を缶詰になってうなりながら書いてました。書くことはみんな一杯あるとおもうのよ。お楽しみ満載のきらめくような数日だったもの。けど、それぞれの記事がそれぞれの地方紙に掲載されるって聞いたから・・・プレッシャーでね。筆が鈍る。子供たちがうんぬんうなってる頃母たちは旅の荷物を纏めて送り出す準備に取り掛かっていたのでした。
August 26, 2002
朝5時過ぎに伊豆大島・元町港についた一行はそのままバスでホテルへ。子供たちは子供たちのグループで部屋割りされて保護者とはホテルに入ったときから別行動に。子供たちの面倒は担当になったインストラクターが見てくださるので完全親離れです。私は4人部屋。福島県からのIさん、栃木県からのKさんとNさん。偶然にもごくはじめに言葉を交わしホテルまでの長い(!)道のりの間にも少しずつ打ち解けていたかたがただったので心強かったです。縁ある人というのはこんな風に近づいていくのね。ホテルではお布団が敷かれていて昨日からのさまざまな汗を温泉で流した後3時間ほど休息。とろとろとうたた寝から目覚めた後はすっかり時差ぼけ状態。遅い朝食の後、大島に入ったときから続く小雨の中を火山博物館へ。ボケた頭でも全島民離島という事の重大さを改めて自分のこととして仮体験できた気がしたのでした。火山博物館を出る頃にはお日様の光が。午後にはいよいよ海に出ることになっているのでうれしいのと日差しの強さに怯えの気分一部。旅の目的はきれいな大島の海の中を覗くことだものみんな張り切って弘法浜へGO!といいつつ大人の一部は船酔いでボロボロの体調の人やら私のように完全睡眠不足やら諸事情により浜の人の撮影部隊もいたのですが。普段白く続く砂浜しか知らないのですがこちらは溶岩が細かくなった真っ黒な砂浜。どこか一部だけを除いて島のほとんどは黒い砂浜だそうです。子供たちはスノーケリングの練習に真剣で親のほうなど見ません。台風の影響が残る、遠くからのうねる波で押し返されてしまいながらも少しずつ沖へ。メンバーにはスキューバダイビングのインストラクターもいますしきっちりサポートの目が届いているので泳げない子にも無理はありません。私もTシャツ短パンのしたには水着を着込んでるので波うち際からすこし水にはいって遊びました。石ころ(溶岩が丸くなったもの)や貝殻拾い。日差しがどんどん強くなって夏の海らしくなりました。ビニールシートで濡れないようにカバーされた座席へ濡れた身体をバスタオルで包んでバス移動でホテルへ。でも黒い砂はどこにでもくっついていてバスのお掃除大変だっただろうな。その夜にはまた大島つばきの木を使っての記念品作り。アクリル絵の具で絵を描きペンダントを作りました。それぞれの思い入れでいろんな仕上がり。本日も長い長い一日になりました。ところで、伊豆大島といえばくさや。夕食にふたつき容器で出ていましたのでさっそく。よせばいいのにうわさの香りを・・・・っとまじまじ嗅いじゃった。後は・・・いけません。やっぱり強烈。これも慣れれば納豆やチーズ見たいに気にしないで美味しいとこだけ感じ取れるようになるのかしら?
August 5, 2002
7月24日台風は九州地方に逸れ私たちが向かう伊豆大島からは遥かに離れた。<台風をも逸らせるお天気親子!!>と送り出された私たちも「海は続いてるから台風は遠くても影響受けるんです」ということまでは知らなかった!!産経新聞社本社で青森から静岡までの30組の親子とイベントスタッフ、産経新聞社の上層部の皆様との旅の結束式を終えた後の説明で荒波に弱い高速船ジェットフォイルが欠航のため夜中の11時に別の船で出航予定のこと。舟泊になって翌朝5時に島に上陸することを聞いて唖然。でもそのおかげで旅のはじめに仲間と仲良くなるためのウェルカムゲームをして早くからいっしょに行動する仲間と打ち解けられたり時間調整のためお台場、フジTV、うみ蛍と予定外のお楽しみにも出会えました。お台場のフジTVの球体の展望台は初めて。夜のうみ蛍のライトUPも独占で楽しみました。だってほかにはだぁれもいない。夜11時乗船した船は荒波のため東京湾で波の様子が落ち着くのを待つために停泊したり遠く波が船に当たる激しい音が耳についたりしてなかなか寝られないの。シートはかなり倒してクッションと毛布を借りられるんだけど足の収まりが悪くて。だんだん静かになっていく船内で私の神経はキリキリとがっていくのでありました。波がぶつかる激しい音。エァポケットに落ち込むような上下のゆれ。そのうち横にもぐらぐら揺れて。「この子らを海に沈めたらまずいでしょう?!神様!!」って内心は穏やかではいられない私でしたが朝4時半、船内アナウンスが伊豆大島にはちゃんと入港できることを伝えてくれました。そこから先もっと小さな島には近づけないようで、そのまま折り返すお客さんもあるようでした。改めて「船旅って!!!」と思いました。まったくもって船旅には向いてない!!帰りにはすっかりそんな思いが変わっているんだけど行く時はただただ疲れと恐怖とでボロボロリンでそんな風にしか思えなかったの。
August 2, 2002
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