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「日記を書く」という所をクリックすると、右側が真っ白。下へカーソルをずらすと更新画面が出て来るのに気づくのに数日掛かった。てっきり更新出来なくなっちゃったと思っていた・・・。さて、アメリカのテレビのお話。大人用の番組で出来れば見たいなぁ、と思うのは少ない。以前はTivoで録画していて、コマーシャルをすっ飛ばして観られたのだが、今は毎晩何をやっているか把握するのすら面倒で、ブルルの観ているHistory ChannnelやらCSIのマイアミやらラスベガスやらNYを観る。興味の有るトピックをやっている特別番組が上手く見つかればそれを観たり。専ら、日頃他の子供との関わりのないブル之助と一緒に子供番組を見るくらいである。引越しも有って、地域に拠って放送内容や時間割が違うのでPBSの流れを覚えるのに時間が掛かったが、今ブル之助と朝一緒に見るのは二つ。日本でもやっているセサミストリートと去年初めて知ったミスターロジャース。セサミはエルモの玩具を買ってから親しみを持って欲しくてミシガンで見せ始めた。歌や音楽やABCもだが小さい子どもや赤ちゃんが出て来ると大喜び。動物もよく出て来るし、密かにわたしも馴染みの無いアメリカの子供の歌を覚えたり。ぱっぱとテンポ良く場面が転換するし、勿論番組をずっと見ている集中力は無いのだが、気が向いたら一緒に踊ったり、無視している時が有ったり、じ~っと見たり、ブル之助なりに楽しんでいるようである。わたしはお洗濯をしながら、とか100%集中している事は少ないのだが、たまに子どもには判らない大人のジョークに笑ってしまう事も有る。ブル之助は今の所人見知りをしたり周りの子をぶったりしないが、それでも他の子との関わりが無いし母親とは一日日本語なので、こういうがやがやした時間が少し有ってもいいのではないかと思っている。消防車が出て来た日は乗り物の本で後から見せたり、ベイビーが出て来たらベイビーだねぇと言ったりすると、それなりに学んでいるようで、ベイビーと言う単語もセサミの助けで覚えた気がする。わたしの育った環境では、お勉強が一番だったので、お手伝いやテレビよりも塾やら習い事やらピアノの練習で家に居る時間は過ぎて行ったが、幼稚園に上がる前は朝子ども番組を見ていた記憶が有る。子ども向けのロンパールームだかなんだかのすぐ後が少年向けのなんとかマンで、ぼやぼやしているとCMの後にすぐ変わってしまって、最初の歌の時点でわたしは怖くて泣き出して、自分でテレビを消せばいいのに(リモコンなんて無かった!)近寄るのすら怖くて泣き崩れていた、と母が今でも笑う。小さい頃のテレビの思い出はそれくらいで、物心が付いてから大学に入るまで、テレビは7時から8時までだけ見ても良かった。流行りの歌手やらCMの話やらドラマやら、全く付いて行けなかったけれど、特に苦にはならなかったし、自由時間はずっと本を読んでいた。その代わり「モンテクリスト伯みたいな執念だねえ」とか言っても友人には通じなかった。今海外で暮らしてこっちの内輪ネタが解らなかったり日本の流行語やら話題に付いて行けなかったりしても気にならないのは思えばそういう基盤も加担しているのかもしれない。例外だったのは土曜日(確か)の「大草原の小さな家」とNHK大河ドラマ。一番覚えているのは武田信玄の中井貴一さんで、どっちかと言えば独眼流政宗の渡辺けんさんよりああいう和風の人が格好良いと思った。ブルルは全く和風じゃないけれど、人の運命って解らない物だ・・・。大学へ入ってからは通学時間にも時間が掛かったしバイトやら遊びを門限前にこなすのに大忙しで、新聞は毎朝読んだがテレビは殆ど見なかった。あの頃から、例えば誰々に似ていると言われても「は?」って言う若者だった。三つ下の妹は特に誰にお手本を示す必要も無いし、わたしほど従順でなく、反抗に反抗を繰り返した挙句テレビ権も自室アレンジ権も門限無視も叶えていた。「なんだ~、粘れば可能だった訳?」と思いつつ、妹がテレビを見ていても別に一緒に特定の歌手グループを応援する気にはならなかったしその頃にはもうどうでも良かった。テレビの思い出は、それ故そんなに無いのだが、小さい時父の実家で歌番組を見ていて「この人綺麗~!!お姫様みたい!!」と感嘆しているわたしに皆が画面を見ると・・・八代亜紀だった、なんて笑い話を、最近になってよく思い出す。象さんでもお馬さんでも「わんわん!」って叫んで大興奮だったんだよ、なんてからかって、その内ブル之助に「もう~やめてよお母さん!」って言われるのかな~?楽しみ。さて、もう一つのミスターロジャースのネイバーフッドの方は、相当古くてブルルが小さい時に見ていたと言うので見始めた。ロジャースさんはもう他界されたらしいけれど、こんな風に残るって素晴らしいと思う。内容はまだまだブル之助には早いのだけれど、メッセージが凄く良い。「君はそのありのままで特別なんだよ、君のような人は世界に一人しか居ないんだよ。」と番組の最後に語りかけるのにはいつも考えさせられてしまう。日本語で育てていると自然に思考も日本的になって、他人と話していてもあんまり親ばかじゃ恥ずかしいので「家はまだ駄目駄目」なんて言ってしいそうになるが、こんな風に育てられてセルフエスティーム満点の子供達と将来友達になるのなら、人生の挫折を経験するまでは天真爛漫で自信満々の子で居て欲しいと思うからだ。他にも何か良い英語の番組(って英語しか無いのだけれど)無いかな?と探していた時期、こっちの子供に人気の有るバーニーも見た。が、胸の所から手が生えていて急に飛び跳ねたりするバーニーも怖いし、他の毛玉の付いたキャラクターもガニマタでキンキン声で書くのに3分掛かったろうかと思う程の変な替え歌の音程をわざと外すのが苛々するし、大体恐竜が靴下と靴だけで遊びまわっているのって怖いし、出て来る子供もなんだかハイテンションで気持ち悪いので却下。後、一度見ただけで止めたのに印象に残っているのはThe Big Comfy Couch。これが・・・汚くて!ソファーでピエロみたいなどうみても成人女性の人が話を展開するのだが、わたしが見た時はソファーの下に住んでいるダストバニー(綿埃の塊)がキャラクターとして出て来てぞっとして消した。でもあれが大好きっていうお子さんも居られるのでしょうね、わたしは、の日記ですのでご了承下さいませね。他に日曜日しかやっていないけれどThomas&FrisendsとBob the Builderも面白い。最初、お顔の有る機関車なんて怖いなあと思ったが、ブル之助は「テューテュー!」と大喜び!絶対そういうお母さんにはならないと自分で思っていたのに、この前なんてトーマスの絵付きのTシャツを買ってしまった。(ブル之助用ですよ。)日本では見た事も無いのにあんぱんまんキャラの玩具を喜んだし、エルモにしろトーマスにしろ、丸顔がお好みなのかしらん??歌がブリティッシュの子供の声なのも可愛い。テーマソングは覚えてしまって、この前一緒に口ずさんでいたらブルルに凄く引かれた。(特に「Thomas! He's the cheelky one!」の所・爆)調子に乗ってクリスマスにDVDを買ったらブルルの叔母君からも一枚送られ、コレクションも二枚になった。(笑)でもよく見てみると仕返しをしたり見栄を張ったり、人間模様様々。一寸まだブル之助には早かったかな~、なんて迷ったりもしている。何歳頃にあれが大好きで、ってご家庭に拠って色々違うんでしょうね。
January 30, 2007
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ネットの接続の調子が悪くて「行って参ります」の日記を書いたのに消えてしまったのが木曜日。金曜日は全くネットが出来ず、土曜日には出発した。相変わらずいきなり物事の決まる我が家なのである・・・。ミシガンの家はちゃんと立っていた。植木やら暖房やらの世話を頼んでいる人も一応居るのだが、掃除もしてくれたのかしらん?と思うほど、予想に反して綺麗だった。家具に指で名前が書けるんじゃないかな、なんて思っていたけれど杞憂だった。今回はラーリーからシンシナティー(実はケンタッキー州に有る)、そこからミシガンの州都ランシングで、レンタカーで一時間程で家に着いた。感謝祭・クリスマス辺りはミシガンも暖冬だったらしいが、良くも悪くも予想を裏切らない空模様で、着くなり雪がじゃんじゃん降っていた。わたし達が居る間中毎日雪の予報だったし、空から見ていてもシンシナティーから段々地面が白くなって行ったので、心の準備は出来ていたのだが、レンタカーにブルルがベビーシートを取り付けている間、耳が腫れて真っ赤になり、それは見なくても自分で分かったのだが、なんだか顔まで変な感じで車に乗るなり鏡を見たら頬にまでぶわ~っとブツブツが出来ていた。寒冷蕁麻疹では鼻が赤くなった事は有っても顔のブツブツは初めてだ。「一応」の女王と呼ばれる(!)わたしは念の為持っていたお薬を服用。例の、小さいのに半分に割って、と言う、今まで怖れる余り使った事の無いアレである。車内の暖房が利くにつれ蕁麻疹は引いたので効用の程は定かでは無いが、何しろ眠くなってしまい、頭がぼ~っとして機能しない。日ごろ脳みそが後退しているわ~、なんて言っているが、そんなの比では無い。家にどうやって帰ったか覚えていないくらいだ。ミシガンでは帰った主な理由である不動産の手続きをし、家をステイジング(見られる為に綺麗にする事)したり、前回運べなかった春物やら忘れ物をスーツケースに詰めたり、合間には楽しみだった友達に会ったりご飯を食べに行ったり。以前は届かなかった所に手の届くブル乃助は得意気にドタドタ走り回って居たので最終ステイジングの飾り付け部分は最後の最後までしないで置いた。地下室の玩具を覚えているのか居ないのか一つ一つ手に取って研究したり、もう数ヶ月放って置いたので電池の切れているのを持って来て「何か変!」と言わんばかりに赤ちゃん語で講義したり。わたしは自分のベッドで自分のシーツやおまくで寝る贅沢を満喫したが、ブルの好けも自分のクリブがやっぱり良いのかコテンと寝ていた。水曜日にはシンシナティーからのフライトが遅れに遅れ、離陸は8時の予定が10時半だった。ブル之助は普段八時半から朝の八時半くらい寝るのに、なんだか目をランランさせてあっちへお散歩こっちを見に行って、と、ブルルとわたしは抱っこどころかずっと交代で片方が荷物を見張って片方が手を引いて歩き回った。飛行機では行きも帰りも離陸の瞬間体重が背中に掛かるのが面白いのかジェットコースターでやるみたいに両手を上げて万歳をしていたブル之助に周りの人もスチュワーデスさんも爆笑。両方共小さい飛行機で孫が居ると言うスチュワーデスさんに食べきれない程クッキーを頂いたり抱っこしてコックピットを見せて頂いたりした。日本に帰った時一人で大変だったと思ったけれど、今回はもう黙ってずっと抱っこされちゃあいない年なので更に大変だった。二歳を過ぎたらちゃんと席を取らなくちゃいけないらしいが、デルタの人は快く空いている席を横に付けてくれ、4つのフライトの内帰りのシンシナティー→ラーリーだけは寝ていたので抱っこだったがいっちょまえに一人で席に座って非常口の説明パンフレットを見たりしていた。すぐに退屈する代わりにすぐさっきの玩具を忘れてまた遊ぶ年齢なのか、持って行ったのは少しの絵本と指人形だけだったがなんとか持った。数えたらこれでブル之助は3度目の空の旅、10機の飛行機に乗った事になる。「良い子だったわねえ!」と降りる時に周りの人に褒められる時は嬉しいし誇らしいが、やはり何度やっても密室状態の飛行機に乗る時は何がどうなって号泣されるか分からないので気が張って疲れる。アパートに帰って来たのは夜中の一時。(ブルルが一寸空港からの道を迷ったという噂もちらほら。笑)アレルギーの蕁麻疹が出た後ってなんだかしんどいのだけれどミシガンでは自分で言うのもなんだけれどよくい働いたし、ヌカリが有っては命取りとばかりにリストを作って何度も家を点検し、今度こそ忘れ物(しゃもじ等)を持って行かねば、とそのリストも作りうろうろ、次は家が売れる時に引越しに来るだけの予定なので早ければ早い方が良いけれど念の為春物も持って行くのを選んだりまた迷ったり・・・。疲れましたわな。頑張って荷解きも完了お洗濯も二度したので、ブル之助のお昼ねの間にわたくしも一寸寝ましょっと。Zzzzzz・・・・・。
January 27, 2007
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13日で当初60日だったこのアパートのリースが終わり、再更新した。一体いつまでここに居るのかはまだ分からない。少しずつ、この辺のお店も色々試した。フードコートまで有る中国人経営の大きなスーパーと、小さいけれど日本人経営で遠くからも買いに来る人が居るお店とを見つけた。インターネットさまさま、である。初めてアメリカに来た時はアメリカでお箸や炊飯器なんて売っていないだろうし、と思っていたし、そんなに頻繁にお寿司なんて食べられるとは思って居なかったので、驚いた。シャーロットの日本スーパーでは借りた事は無かったが日本のビデオまで置いていた。それでも、わたしが買うのは本当に限られた物で、お酒やお米がメインだった。てんぷら粉やら唐揚げ粉なんて無くても小麦粉でオッケーだったし、シャンプーなんてアメリカにも有るのに、わざわざ買う人居るのかしらん?と思った。ミシガンに引っ越した時はシカゴのミツワを知ってしまった後だったので、近所に小さいアジア食料品店が出来た時には随分喜んで通って、日本のおなすやらわかめやらお味噌やらお菓子やら買い込んだ物だった。予想に反して、今住んでいる所は、日本人人口は分からないけれど色々揃う。ブル乃助が生まれてからはお豆腐やらボーロやら、買いたい物も増えたので便利だ。お豆腐なんかは普通のスーパーにも売っているが日本のがやっぱり美味しいしびっくりするほど賞味期限の長いアメリカのを疑いながら買うよりは気持ちが良い。美味しいタイ料理屋さんも発見したし、PF Changもチーズケーキファクトリーも有る。落ち着いたらまた調べてどこかにお寿司も食べに行きたいな。他に今まで知らなかった食料品店のチェーンにもよく行くようになった。Whole Foodsと言う名前のそのチェーンは全米で最大のオーガニック食料専門店で、ネットで調べてみる限り、殆どの商品がオーガニックらしい。会社に関する記事を見つけて読んでいたらこのWhole Foodsでは最低賃金が$13だとか。因みに普通のスーパーでは$7がいいところであろうと思う。トップだけが沢山儲けるのではなくて、従業員に還元している所が、なんとなくCostcoを思わせる。昔GEに居たHome Depotを強制引退させられたCEOは退職金が何百ミリオンだったと聞いて驚いたが、強制退職させずに勤め上げたら退職金はもっと有った計算なので、早めにクビを切ったのだとか。何百ミリオンの退職金なんて、わたしだったらどうしよう?なんてアホな妄想をする。兎に角、Whole Foodsに足を踏み入れる前のわたしは、何となくベジタリアンでノーメークでノーブラで今ヨガのクラスに行って来ましたって感じの、毛皮を着ている人が居たらどういう事情でも噛み付くよ、という目をした、なんとなくヒッピーっぽい客層を思い描いていたのだが、(別にそういう人が嫌いな訳では有りません。)そこでも日本の物やら赤ちゃんスナックばかりでなく、美味しいお魚や無添加のヨーグルトを買えるので重宝している。ブルルがお肉コーナーに釘付けになっている間にそこの化粧品コーナーを見ていたら(一応チェック・笑)気になる物も沢山有った。その中の人目を引くボトルの洗剤がずっと気になっていたのだが、先日GNCに行ったら同じのを売っていて、ついに買って試す事にした。ミシガンのマイヤーでも売っていたんだけれど、あそこは結構サロンシャンプーなんかも普通に並んでいたし、ごく普通のスーパーには売ってないんじゃないかな?それはこれ。わたしはこれのペッパーミントとラベンダーを買った。GNCのセールで馬鹿みたいに安かったのは良いんだけれど、ランプベルジェを焚いた?っていうくらいの香りがするし、これくらいエッセンシャルオイルが入っていたらお肌に悪くないかな?と顔は洗っていない。シャンプーにも数日試したのだが、HPの説明通り長い髪のわたしには合わないみたい。髪にボリュームの欲しい人には最高だろうと思うキシキシ感なのだが・・・。お風呂で少し使うだけなのだが、水っぽくてシャワーには向かない。お店ではちらっと見て用途の説明だろうと思っていたボトルの文字はなんだか宗教のような哲学のような抽象的な文章の羅列で薄っぺらなわたしには良く解らない。ネットで調べたらペッパーミントで歯を磨くとか足を洗うとか出て来たが、お洗濯に使ってもいいらしい。試しにお風呂で使ったタオルを軽く濯いでそのまま干してみたが、ネットで読んだような「柔軟材の要らない柔らかさ」ではとてもなかった。残り、凄く一杯有るんだけど・・・どうしよう。ハンドソープにでも使おうかな?どなたか、お使いの方いらっしゃいませんか?コスメオタクのわたしには、こういう日用品の購買失敗例も、実は数知れずなのであった。
January 16, 2007
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なんともネットの調子が悪くてやる気をそがれる。ワイヤレスインターネットって、携帯電話のはじめの頃みたいに、窓際とかの方が受信状態が良いのかしらん?なんて思ってうろうろしたりするが、送信・更新の瞬間に接続が死んでしまうのは本当にガックリ来るものだ。さて、大分前に同じタイトルの日記を書いた気がしないでも無いが。20ヶ月になったブル之助は風邪も一日で治り元気一杯だ。最近の参るストーンは*目・耳・ぽんぽん(お腹)・鼻の他に「あんよ」と「ほっぺ」が解るようになった。 一応英語でも日本語でも言われると指を指したりとんとんしたりする。 今朝は自分の鼻を触り、それからブルルの鼻を触って「はな!」と言った。*言葉はまだまだで、早い子は文節を話したりするらしいが全然。 でも、一言でこんなに色んなニュアンスが有るのかと驚かされる。 可愛く「ママ~。」は起きたから抱っこしに来て欲しい時。 「ママァッ?」は呼んでもすぐに来ない場合に「聞こえてるのッ?」って感じ。 「マ・マァァァァァ~~~~!!」は「はよ来いッ!」?結構迫力が有る。 言えるのは「まま」「だだ」「なんな(バナナ)」「ハイ」「バイバイ」「ナイナイ」以外に 「アッオ~ゥ(何かを落とした時)」「わんわん(動物全般)」 「ぶ~ぶ~(乗り物全般)」「うっう~!(電車・トーマス風)」 「めえめえ(オムツ替えの時に持たせる羊のぬいぐるみ)」 その内、ご飯の後にボウロをやるか炭酸せんべいをやるか話し合う両親に 「両方頂戴!」なんて言うんだろうか、と思うと、 ブルルと喋っている時は英語なのだがその内何を話していても口を挟んで来るんだろう。 想像するだけで笑える。 チェリオを自分でばら撒いておいて「アッオーウ!」と悲しそうにする。 念力で戻って来るかどうか試しているのだろうか? 「アッオーじゃないでしょ!」と言う、わたしの珍しい日米ちゃんぽん語が えらくブルルに受けて、「アッオーじゃないでしょ。」といつもこだまの様に繰り返す。 外で自分より大きい子供を指差して「ベイベー!」と喜んでいたりする。母、立場無し。*「いただきます」「ご馳走様」「ありがとう」「お願いします」は合掌。 どこで覚えたのか、玩具の蓋を開けて欲しい時、牛乳が欲しい時には 怪しいアジア贔屓のアメリカ人のように合掌するのだが、 手に何かを持っている時は片手でやるので間抜けな事この上無い。*「こんにちは」や上記の台詞を言うと神妙にお辞儀をする。 深くお辞儀をしたら頭が床に着きそうな勢いなんだから、短足ちゃん。*手を繋いでいたら階段を上り下り出来る。 今住んでいる所には階段は無いのだが、モデルハウスを見に行ったりしたら とっとっと!と階段に歩み寄り一番下の段に座る。 ミシガンの家ではそれが彼の特等席だったのを覚えているのだろうか?まさかね。 早く伸び伸びと遊べる環境を与えてやりたいと思う。*「良い子良い子は?」と言われると自分で頭をナデナデ、 「なんとか(エルモだったりママだったり)良い子良い子は?」と言うとそれをナデナデ、 「ぽんぽんは?」と言われると自分のお腹をトントン、が可愛かったのに、 もう他の事に集中していると「ママ五月蝿いよ。」って感じで冷たいものだ。 それでも諦めずにちょっかいを出して(暇なママ・・・。)いると、 「わかったわかった!もう止めて!」と言いたげに、 頭をペシッとはたいたりお腹をパーンと叩いたり、お相撲さんが気合を入れているみたいで 面白くてわたしはちょっかいを出さずにいられない。*アパートの窓から二人で外を見ていたら引越しのトラックが出て行く気配。 暇つぶしに「ばいば~い。」と言って手を振ったらそれからが大変。 窓から通る人、トラック、大型バイク、卓は医者全部に手を振る。 大抵は気付いてもらえて居ないので少し不憫だが、 この前は金髪のお姉さんに向かって玩具のくまさんを窓にガンガンぶつけて何か言っていた。 今では室内の窓から離れた所に居ても、 ハーリーデイビッドソンのエンジンがスタートするとどこへともなく手を振っている。 記憶力がついて来たんだなぁ、と思うと同時に、 軽々しくアホなゲームを発明するのは止めましょう、と自戒した。*簡単なパズルが出来る。 動物の切り抜きを正しく入れたら泣き声がするパズルが有って、 「わんわん」やら「かえるさん」やらもそれで覚えたようだ。 またクリスマスに沢山玩具が増えたのに、 不動産雑誌を破いて丸めたのを放って狂喜している。 相変わらず一口くらい残っているお水のプラスチックボトルが大好き。 中に割り箸が一本入っていたら最高。安上がりな子・・・。*ボタンを押したら音楽の流れる絵本を日本の両親から送られ、 それの「かえるのうた」が大好きで、お尻を上下に揺すって踊る。 両親のどっちに似てもダンスのセンスは無いでしょう、可哀想な子・・・。 一緒に付いて来たクリスマスカードも音がするので大好き。 一月なのにジングルベルが我が家のテーマソングなのである。*テレビを付けっ放しの環境は嫌いなのだがテレビ大臣のブルルが居るとそうも行かない。 ミシガンではTivoが有ったので余計沢山テレビを見ていた気がしたが、 実はそうではなくて、録画して好きなのを好きな時に見るのは無駄が無いと気付いた。 今はコマーシャルになる度にあちこちチャンネルを変える彼に時々イライラ。 たまにコマーシャルになると、ブル之助は釘付け。 特にガイコのCMのゲッコーちゃんと、自動車保険(?)のCMのミニミーのファンらしい。 それからコレ。 何をしている途中でも、ぱっと動きを止めて見入る。なんなんだか・・・? そう言えば、 クリスマス前に音楽の代わりに地元のバレエ団の「くるみ割り人形」を付けていたら 何の踊りの場面だったか忘れたけれどいきなりぐるぐるどたどたと回り出して、 もうテレビの画像の意味が解るんだなぁ、と感心したものであった。 同時にフセイン絞首刑の場面や戦争の画像は見せたくないとも思った。 そんなこんな、である。早く画像を付けられるようになりたいな。支離滅裂・・・。
January 9, 2007
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「さようなら2007年」って・・・。(汗)元旦から皆様のコメントを拝見して吹き出すやら冷や汗をかくやら、相変わらずぼけぼけの自分に呆れてしまう。こんなわたしですが、今年もどうぞよろしくお願い致します。去年はニューイアーズイブパーティーをハシゴしたのに、今年は友達も誰も居ない新しい土地で、仮住まいのアパートでタイムズスクエアーのカウントダウンをテレビで見て、シャンペンでブルルと乾杯して近所の花火を見て大人しく過ごした。今年は友達が出来るかなあ?出来るといいなぁ。沢山は要らないから一人でも二人でも出来ればいいなあ。なんだか寂しくなってきた。日本の家族と電話で話したせいかもしれない。今年は里帰りが出来るかなあ?それとも家を買ったら遊びに来てもらおうかな?家は見つかるのかなあ?なんだかまた寂しくなってきた。家問題は悩んでも仕方ない、と言うのがわたしの経験上の結論。それでもネットやらで不動産物件の情報が氾濫していて、しかもホリデーの終わった今、一旦物件を下ろしていた人もまた売りに出したりする時期なので、とても手の出ない豪邸やらを眺めたり、予算内の酷い物件を比べたりして、余計寂しくなっている。アメリカで家を買うのはこれで三度目になるが、今までは少なくても半エーカーの土地に、ご近所のお家は見えこそすれど生活を覗かれている意識は無い程度だった。丘のてっぺんのお家を丘ごと買うような欲望は無いし、返って停電した時に周りを見て判断出来るような、または車が故障したり家事などが有ったらお互いに助け合えるくらいの住宅街の中をわたし達は希望している。この際ゴルフコースやプールが付いている住宅街で無くても良い。立派な入り口や洒落た街頭の有る住宅街で無くても良い。今迷っているのは、少し離れた郊外の今工事中くらいの新しい家・土地を買って、掃除や修理やの心配をせずに、自分達の好みのキッチンやバスルーム、ペンキの色などを最初から手に入れるか、便利な所の少し古いお家を修繕して大事に住むか。不動産売買の条件は人にも事情にも拠るであろうが、我が家の場合お値段は勿論家具を入れる広さも譲れない。後は色んな条件と物件を一つずつ天秤に掛けるしかない。ミシガンの家も何時売れるか、売りに出してみないと分からない。最高のシナリオはあちらがすぐ売れて、こちらですぐ見つかる事なのだが、最悪の場合会社がこのアパートの期限を延ばしてくれなくて、ミシガンの家も買い取ってくれないという訳で、そちらも考えなくてはいけない。あぁ、難しいなあ。でも、裏を返せば可能性が無限だと言う事で、心掛けてそう思う事にしている。ブル之助は一寸風邪気味で、生まれて初めて熱を出している。19ヶ月になるまで熱ひとつ出した事が無いんだから本当に元気な子だ。鼻を垂らして元気に遊んで食欲も普通のようだが、お昼ねの前に風邪薬をやって、胸に息がし易くなるお薬をヌリヌリして、今やっと寝ている。子供が調子悪いと何をしても落ち着かないなあ。チョコレートでも食べて元気を出しましょっと。
January 1, 2007
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