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昨日というか一昨日というか、オーバーナイト60kmを走り終えたのが午前2時過ぎ、箱根湯本駅がゴールでした。さすがに少し疲れましたが、コーラを飲んで、そうめんを食べて、生き返りました。そこから着替えたりした後に、この後どうするか考えました。せっかく箱根に来たので、温泉にでも入ってから帰ろうか、とも思いましたが、午前2時台に入れる温泉はなさそうでした。そのため、どのルートが最も早く帰れるか調べました。箱根湯本の始発電車は約3時間後、小田原まで移動すると始発電車は約2時間後でした。箱根湯本駅前で座って3時間待つのも辛いので、タクシーで小田原に移動して、始発で帰ろうと決めました。しかし、タクシーGOでもタクシーが手配できない時間、場所であったため、どうするか考えました。小田原まで歩きながら流しのタクシーを捕まえるしかない、という結論になり、歩き始めました。60km走った後に、小田原までの5~6kmを歩くのは大変ですので、早くタクシーを見つけないと、と思っていました。すると、ちょうど良いタイミングでタクシーが来たので、乗車しました。小田原には3時半に着きましたが、ファミレスなど時間をつぶせるお店はカラオケや牛丼屋しかなく、やむを得ず駅の改札前のベンチに座って待ちました。45分ほど待って駅のシャッターが開き、4時半発のJRで帰りました。家に帰ったのが6時過ぎ、徹夜明けの朝帰りのような感じで、また新たな1日がスタートしました。学生時代には徹夜で麻雀をして、そのまま学校へ行ったり、朝まで飲んで牛丼を食べて始発で帰る、などということをしていましたが、社会人になってからは徹夜の記憶は全くありません。どうしたものか悩みましたが、まずはお風呂に入り、洗濯をして、その後は雑務をしていました。それでも、雑務が終わったのが9時半ですので、この後どうしようか考えました。こういう時は、時差ボケの調整と同じように寝ない方が良いと思い、ずっと起きていました。今朝は、昨夜爆睡したおかげで快適な目覚めで、また新たな週の始まりを迎えました。でも無理は禁物です。還暦で、健全な徹夜明けの朝帰りは、あまり皆さまにはお勧めいたしません。
2026.07.27
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OverNight60kmみちくさマラソンに初参戦しました。昨日の夕方から今日の未明まで、みなとみらいから箱根湯本までを走る60kmのレースです。この大会の存在は、以前から知っていました。ナイトランという特殊なレースですので、どんなものかと一度走ってみたいと思っていました。朝ランで軽く2kmほど走り、11時過ぎに仮眠をとり、14時前に起きて18時スタート、というリズムです。ところにより雷雨、という予報が出ており、みなとみらいも開会式の最中に雨が降ってきたので、スタートを繰り上げるという臨機応変さです。このあたりが、ウルトラマラソンらしいところです。みなとみらいから保土ヶ谷あたりまでは雨も強くなり、ずぶ濡れになりました。また、歩道は歩行者優先で走り、また信号待ちも多いため、歩いたり走ったりの繰り返しです。このパターンが結構続き、保土ヶ谷を過ぎた頃からほぼ普通に走れるようになりました。強い雨は戸塚あたりで上がりましたが、ウエアーは濡れたまま走りながら乾かすことになりました。箱根駅伝の2区は権太坂の上り、3区は遊行寺の下りがあり、藤沢あたりまでで結構足を使ってしまいました。ここから整えていきます。ナイトランなので、昼間よりも神経を研ぎ澄まさないと危ないので、疲労の度合いも違います。ペースもゆっくり目なので、普段のウルトラよりも1kmの通過に時間がかかるように感じます。粘りながら何とか最初のエイド、浜須賀に到着しました。ここまで26.9kmです。このエイドで補給をして甦り、いよいよ湘南海岸の134号線に出ます。このあたりで、だいぶ足が軽くなってきました。ここは集団走でひたすら進み、体力を温存します。右手が防風林、左手が海岸なので、集団でないとやや怖いですが、それでも徐々に前後もバラけてきます。そのまま進み、大磯の36.9kmエイドに到着です。ここではカップラーメンが提供されます。迷いましたが、ミニサイズのラーメンを食べ、残り23kmに駆け出します。この先は、大磯駅近くのコンビニに寄った以外は、ノンストップです。二宮で午前0時を超え、次の小田原までの長い道のりは、ほぼ単独走という厳しい走りになります。それでも、足がしっかり動いているので大丈夫かと思います。残り5kmで小田原市内を過ぎ、いよいよ箱根の入口に向かっていきます。ここは国道1号線ですが、右手側に箱根登山電車の線路、左側が川で、上りが容赦なく続きます。ここが頑張りどころです。小田原中継所を超えて、あとは箱根湯本駅を目指すばかりですが、ここで後から来た女性ランナーと信号待ちで一緒になります。あとちょっとですね、などと会話をしながら、お互い頑張りましょうと励まし合ってゴールを目指します。しかし、その方はとても速く、ラストスパートでどんどん先に行っています。ナイスラン、ゴー!と声援を送り、私も最後の力を振り絞っていきます。箱根湯本駅が遠くに見えてきて、ようやくここまで来たか、という想いになりました。午前2時22分、ガーミンで見ると62kmだったOverNightを無事に完走しました。ゴールした後に飲んだコーラが、本当に美味しかったです。ナイトランというタフなレースは、60kmでもかなりの体力を消耗しました。良い経験になりました。また一つ、新しい経験を積むことができました。このような大変なレースを主催していただき、ありがとうございました。そして、応援してくださった皆さま、ありがとうございました。変な時間帯にも関わらず、メッセージで励ましていただいたおかげで、無事に完走できました。
2026.07.26
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マラソン大会の前日をどう過ごすのか、人によってさまざまで、興味深いテーマです。レースの前日に走るのか、というテーマは、特にいろいろなスタイルがあります。私は毎日走る派なので、レース前日でも走ります。たとえウルトラマラソンの前日でも、軽く走ります。昔は、フルマラソン前日は5km走っていました。レースのスタート時間と同じような時間帯に、レースと同じサブ4ペースで5km走るのがルーティンでした。こうすることで、レースの感覚を身体に記憶させていました。また、前日の調子や気温、体感温度なども確認していました。最近では様子に合わせて、距離を3km程度に縮めることもあります。このパターンでないと、本番ではうまく走れません。去年、つくばマラソン前に故障をした時は、1週間ウォーキングのみでのぶっつけ本番のレースでした。本番では足は何ともありませんでしたが、やはり感覚が鈍っていたことと、心肺が全然だめで苦しみました。ウルトラマラソンの前日は、さすがに1~2kmにとどめます。もっと走りたいと思うことも多いですが、次の日に100km走れるので、まあ我慢しよう、という感じです。これが遠征ランなどで、朝から移動などの日はまた様相が異なります。台北マラソンの時は、早朝出発のLCCでしたので、終電で移動した成田空港で夜を過ごしました。この時は、空港施設内を1kmジョグで終えました。前日に海外移動、さらにその前は空港での徹夜というパターンで、海外レースはタフさも必要になってくると痛感しました。今日で連続ランニングが899日となりました。ウォーキングも含めてですが、900日近くも続けて走っていると、記録を途絶えさせるのはもったいない、と思えます。健康で走る続けることができるのは、とても良いことだと思います。これからもマイペースで走り続けていきたいと思います。
2026.07.25
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準大手の三優監査法人と、仰星監査法人の合併が明らかになりました。2027年7月中の合併で基本合意した、ということです。三優監査法人は、世界第5位の会計事務所であるBDOインターナショナルと提携しています。合併後は仰星が存続法人となりますが、提携先はBDOとし、名称は「監査法人BDO Japan」となる予定です。三優監査法人は、これまでに一度も他法人の吸収合併といった組織再編をしていませんでした。監査法人において、発足時から単一の事務所として続いているのは大手・準大手法人の中では唯一であるということです。その点では、非常に稀有な存在でした。準大手とはいえ、著名企業を多く監査している実績があります。私が最初に所属していた企業が、三優監査法人の監査を受けていました。経理部に異動した時に、初めてお会いしました。その時は、監査法人という方々が何をする方なのか、まだよくわかっていませんでした。毎日会社に来て会議室にこもり、色々と調べたり質問されたり、という中で、上司に聞いて初めて理解することができたものです。その当時は上場を控えていて、まだ監査法人と企業の関係も距離が近いイメージでした。上場できたのは、三優監査法人の先生方が親身になって指導してくださったおかげと、今でも思っています。当時の先生方も、退任されたり転身されたりと、ほとんどお会いする機会はありませんが、20年以上前のことですので、ある程度仕方ないと思います。そのお世話になった監査法人が合併とは、やはり時代の流れを感じます。中堅のふじみ監査法人も、明光監査法人の吸収合併を決めたというニュースもありました。監査法人の再編が、再び進んでいきます。
2026.07.24
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日本各地で記録的な暑さが続いています。今年から最高気温40度以上の日を「酷暑日」とすることとなりましたが、全国で40度超えが続出しています。全国初の酷暑日は、一昨日に岐阜県郡上市八幡で観測されました。翌日の昨日は、三重県桑名市で観測史上最高となる40.6度を観測しました。その他にも岐阜県の多治見市で40.0度、岐阜県美濃市で40.1度、静岡県浜松市でも40.1度と、4地点で酷暑日になりました。そして今日も、三重県桑名市では午後1時2分に気温が40.0度に達し、酷暑日になりました。こうして見ると、東海地方ばかりです。名古屋は暑い、という印象は、住んでいた頃から言われていましたが、周辺の県での気温が高くなっています。これまでの印象ですと、埼玉県熊谷市や群馬県伊勢崎市など、北関東で40度超えの日が相次ぎ、日本で一番暑い地域、という感じでした。最近では、全国各地で酷暑になっているといるというイメージです。先日まで出張で訪れていた地域も、猛烈な暑さでした。幸い、朝ランの時にサイクリングロードを発見し、日差しも遮られていて快適に走れましたが、早朝でもかなりの暑さでした。今朝は朝ランのスタートが少し遅くなったため、走り始めから強い日差しの下を走ることになりました。そのため、途中で何回も水分補給をして、15kmを走りました。こんなに暑くなったのは、いつ頃からでしょうか。10年前は、ここまで暑くなかったような気がします。20年前の上海が、今の東京のような暑さでした。酷暑日が続出するような気候ですので、皆さまも充分お気をつけてお越しください。
2026.07.23
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2001年に放送された「仮面ライダーアギト」が、今年25周年のイベントが行われています。「真アギト展」として、東京、仙台、福岡などで行われており、人気を集めています。仮面ライダーアギトは、2001年に平成仮面ライダーシリーズ第2弾として放送されました。前年に放送された「仮面ライダークウガ」が久しぶりの仮面ライダーとして、大変に注目を集めました。私も当時、「仮面ライダークウガ」は息子たちと見ており、私の方が夢中になったものでした。昭和の仮面ライダーのオマージュが各所にあり、かつ平成の新しさも盛り込んだ作品でした。その人気を受けて登場した仮面ライダーアギト、現在ではスタンダードになっている、複数の仮面ライダーが登場した最初の作品です。平成から令和の現在に至るまでのシリーズの基礎を固めた、原点ともいえる作品です。ストーリーがなかなか複雑で、子供には難しかったと思いますが、大人の視聴に対応できる名作でした。警察が開発したライダーとして登場した仮面ライダーG3は、バイクや武器、トレーラーなども合わせて、非常に格好良く、しかしながらアンノウン=怪人にはあまり強くない、という感じがまた良かったです。アギトを演じる主人公は記憶喪失という設定で、謎の多い青年が仮面ライダーギルスに返信するなど、ミステリアスな要素もふんだんに盛り込まれていました。演じた俳優も、賀集利樹さん(アギト)、要潤さん(G3)、友井雄亮さん(ギルス・後の純烈メンバー)をはじめ、今でも活躍している方が多数います。瞬間最高視聴率13.9%は、平成・令和仮面ライダーシリーズ歴代1位だそうです。仮面ライダーアギトの放送から25年、令和の現在、真アギト展や映画「アギトー超能力戦争ー」が公開されるなど、今でも人気のある作品であることを伺わせてくれます。今、毎週火曜日に仮面ライダーアギトの、当時の作品が再放送されています。先日気づいて、それから録画予約をしています。久しぶりに見てみると、アンノウンとの戦いのシーンは短く、大半が登場人物を巡る物語となっています。改めて見ると、良い作品だなと再認識します。毎週火曜日が楽しみです。「目覚めろ、その魂」のキャッチコピーと、エンディングテーマ「BELIEVE YOURSELF 」を耳にすると、気持ちが高まります。
2026.07.22
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先日、日本テレビのかつての人気番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」が復活、というニュースがありました。突然のことで、大変驚きました。アメリカ横断ウルトラクイズは、1977年から1992年まで行われた、壮大なスケールのクイズ番組です。当時、クイズ番組の優勝賞品が海外旅行だった時代に、クイズの参加者をアメリカに連れていき、アメリカ大陸を横断しながらクイズを行う、という、非常に衝撃的なクイズでした。私は中学生から高校生時代に、特にこの番組を熱狂的に見ていました。参加資格が18歳以上、高校生は不可であったため、早く18歳になってこのクイズに出たいと思っていました。国内予選は当時の後楽園球場で行われ、100人が勝ち上がります。第2次予選は成田空港で、ほぼ毎回じゃんけんで半分に減ります。アメリカへ移動する機内でも、400問ペーパークイズが行われ、アメリカに上陸できるのは40人です。ここからグアムやハワイなどで人数が絞られ、アメリカ大陸に上陸できるのは15人前後となります。アメリカ大陸ではさまざまな形式のクイズで戦い、敗れた方は過酷な罰ゲームを受けて帰国になります。自己都合による途中辞退や棄権は、健康上の理由など日本テレビが認める場合以外は認められないとされており、わざと負けることを防ぐためにも罰ゲームがあると言われていました。熾烈なクイズを勝ち抜いて、決勝の舞台はニューヨークです。ここまで約3週間ほどの旅となり、決勝戦は10ポイント先取の早押しクイズで、チャンピオンが決定します。このようなスケールのクイズは、もう現代では無理だろうと思っていました。それが復活すると耳にして、本当に驚きました。エントリー期間は7月18日から 8月23日までで、1次予選は9月12日に東京都内で、2次予選を通過すると次から海外ラウンドになります。今回は、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカを横断するというスケールで、決勝戦の舞台はやはりニューヨークです。番組終了後に1回だけ、1998年に一度限りの復活がありました。今回はそれ以来、そしてウルトラクイズ開始から約50年、番組終了から約30年の時を経ての復活です。予選に参加するかどうするか、少し考えてみたいと思います。2026年9月12日時点で、満18歳〜65歳までが参加資格の一つです。その他の資格も含めて、要件は満たしています。あの熱狂していた昔を思い出しながら、考えたいと思います。
2026.07.21
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今日、気象庁は「関東甲信と東海が梅雨明けしたとみられる」と発表しました。これで本格的な夏の到来になります。関東甲信、東海ともに平年より1日遅く、関東甲信は昨年より22日遅い梅雨明けになりました。去年が異常でしたので、なんだかんだ言ってほぼ平年並みの梅雨明けになりました。梅雨入りが発表された6月7日からきのう7月19日までの降水量は、東京で299.0ミリで、この期間の平年の降水量は253.0ミリですので、平年よりも雨の多い梅雨になりました。また、千葉県銚子市では488.5ミリと、平年の降水量236.8ミリの2倍以上の雨量となりました。確かに今年は雨が非常に多かったように思います。6月の降雨量は、平年の2倍程度になったと記憶してます。お客様と話していても、6月は雨が多くて商売に影響した、という声を多く聞きました。雨で人が外に出ない、予定した作業が進まない、などの影響が各所であったようです。梅雨が明けて、厳しい暑さがやってきました。関東甲信では、向こう1週間は高気圧に覆われて、おおむね晴れる見込みです。今日は東京でも最高気温が35度と予想されており、この先も連日高温の予想になっています。今年から始まった、40度以上の最高気温となる「酷暑日」も、地域によっては発生しそうです。今日の朝ランでは、昨日の月例マラソンの疲れもあり、ジョグで軽く10km流しましたが、朝から厳しい暑さでした。日差しが強く、水分補給を普段よりも多く意識しました。梅雨入り・梅雨明けの発表は速報値で、春から夏にかけての天候経過を考慮して再検討され、見直されることがあります。過去には、6月の梅雨明けが最終的には平年よりも遅い梅雨明けに修正された年もありました。それでも、この先は厳しい暑さが続くと予想されています。この夏に鍛えたいと思いますが、熱中症対策を万全にして、夏を体感していきたいと思います。
2026.07.20
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また月例マラソンの日がやってきました。ポリープ切除からの復活に向けての月例マラソンです。7月らしく、日差しが強く暑い朝になりました。梅雨明け宣言はまだですが、そろそろ明けそうな気候です。この感じだと、10kmは間違いなく、5kmも実施がないかもしれません。そうなると、1kmと3kmが3回になりますので、トータル10kmとなり、復活にはちょうど良い感じです。昨夜、元会社の先輩から、月例マラソンに参加すると連絡をいただいていました。久しぶりに1人ではない月例マラソンになりそうです。身体が鈍っているので、無理をせずに走ろうと思います。10kmが5kmに変更とのアナウンスがありました。そうなると、トータルで14kmになります。まずは1kmからです。普段とは違い、本当にアップで走ります。楽なペースで走り、5分1秒でした。暑い中ですので、ちょうど良い感じです。この後も様子を見ながら走ります。次は3kmです。私の前に、明らかに小学校低学年と思われる少年が走っています。フォームもきれいで、速いです。しばらくついていって追い越したのですが、その後でまた抜かれました。折り返してからはどんどん先に行ってしまい、とても追いつけませんでした。すごい少年です。3kmは14分58秒、4分59秒ペースでした。4分台で走っている私を置き去りにするとは、末恐ろしい少年です。素晴らしいと思います。気を取り直して、次の5kmです。ここは前半から少し頑張ってみます。それでも夏の暑さと疲れ、そして体力不足の影響で、後半はバテました。タイムは24分29秒、4分53秒がやっとでした。最後は10kmが変更に5kmになりましたが、暑さのためさらに3kmに変更になりました。そのため、頑張ってみたいと思います。暑さの中なので、最初は抑えてクーリングダウン代わりに走り、その後は流れで行きます。調子が上がってきましたので、少し上げていきます。2kmを過ぎてからさらに上げて、ラストは絞り出しました。3分台ペースまで出て、トータルは15分、5分ペースでした。気持ち良く走れました。そして、復活への手応えを感じました。今月も開催していただき、ありがとうございました。また来月もよろしくお願いいたします。
2026.07.19
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ポリープ切除から約1週間、ようやく復活へ向けて再始動です。これまでしばらく運動制限、食事制限がありましたので、朝ランもウォーキングで過ごしていました。今日は久しぶりに、軽くジョグで様子を見ます。あくまでも、身体の様子を見るような意味でのジョグです。昨日は激しい雷雨になり、その影響から路面もかなりぬかるんでいます。足を取られないように気をつけながら、ジョグで走っていきます。久しぶりのランなので、最初の方はジョグでも急激に心拍数が上がってしまいました。6分10秒ペースぐらいでも、心拍数が180程度まで上がり、驚きます。やはり、しばらく走っていないと変調が出るものです。そのまま落ち着かせるために、ペースを少し落として走り続けます。7kmほど過ぎたあたりで、ようやく心拍数が落ち着いてきました。140台で安定してきましたので、やっと楽になりました。去年のつくばマラソンの時もそうでしたが、1週間走れずにレースに出たら、心拍数が上がって苦しむことになるということを、改めて実感しました。やはり、私の場合は日々走らないとダメな身体になっているのだと思います。再始動のランは11kmのジョグでした。身体も鈍っており、少し疲れましたが、どうにかまた走り始めることができました。やはり、健康でないといけないというのが一番です。ここから徐々に戻していきたいと思います。
2026.07.18
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関東地方はまだ梅雨明けしていませんが、ここ最近は厳しい暑さが続いています。梅雨明けは平年並みになるのかなと、勝手に思っています。そうすると、そろそろ梅雨明けの時期かと思い、毎朝天気予報を見ています。よく、梅雨の最終盤の頃に雷雨などの激しい雨が降り、その後に晴天が続いて梅雨明けになるという印象があります。昨日は出張で違う地域にいたのですが、朝から昼までは晴れていたものの、夕方帰る頃には雨が降ってきました。朝の天気予報で急な雨に注意、と言っていたので、朝のウォーキングの時にコンビニで折りたたみ傘を買いました。ホテルに戻って何気なく見てみると、同じような折りたたみ傘を、コンビニの半値ぐらいで売っていました。残念ですが、仕方ありません。帰りにバスに乗っていた時に、雨が降ってきました。そして、駅で電車を待っている時には、激しい雨になりました。自宅の方は全然降っていない、ということでした。その傘は使うことなく、帰ってこれました。今日は夕方から外出なので、それまでは家で仕事をします。朝は薄曇りのような天気でしたが、昼前に急に雷が鳴ってきました。驚いて外を見ると、雨が激しく降ってきました。久しぶりに見る、激しい雷雨です。ニュースを見ると、近隣の地方で大雨危険警報が出ているほか、大雨警報や雷注意報も出ています。広い範囲に多くの警報や注意報が出ています。スマホでも、何回も警報を知らせるアラームが鳴りました。梅雨の最終盤らしい気候になりました。出かける頃には雷は止んでほしいものです。梅雨明けも近いと思いますが、大雨や災害、そして熱中症などに注意して過ごしたいと思います。
2026.07.17
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冷凍食品メーカーのニチレイの子会社がサイバー攻撃を受け、広範囲に影響が広がっています。システム障害が発生し、その原因がサイバー攻撃だったということです。不正アクセスによりグループ各社で使うシステムに不具合が起き、冷蔵倉庫の入出庫業務や、冷凍食品の出荷業務に影響が出ています。ニチレイの物流子会社が、サイバー攻撃を受けたようです。これにより、ケンタッキーやくら寿司などの商品に欠品が出るなど影響が生じ、イオンなどでも一部店舗で、冷凍食品などの欠品が出ています。そのため、商品の販売やメニューの提供ができない事態が発生し、混乱が広がっています。また、被害を受けたサーバーの一部に個人情報が保管されていたため漏えいした可能性があるとしています。ニチレイは安全対策を講じたうえで、順次出荷業務を再開する予定です。ニチレイは、冷凍食品では国内の売上首位のメーカーです。それだけでなく、低温物流事業の売上構成比が40%以上あるそうです。この低温物流事業は、温度管理が必要な商品の倉庫などでの保管・輸送・配送を担っています。ニチレイに関しては、この冷蔵倉庫の国内シェア1位、世界でも5位だということです。そのため、各所への影響が広がっており、大きな混乱が出ています。復旧までにどの程度の時間がかかるのか、まだわかりません。サイバー攻撃などによるシステム障害は、去年のアサヒグループホールディングスやアスクルが記憶に新しいです。この影響は数ヶ月から、完全復旧までに半年ほどかかったと思います。企業としてはセキュリティ対策を行っているものの、悪意のある攻撃はタチが悪いです。早期の復旧に向けて頑張っている皆さま、本当にお疲れさまです。
2026.07.16
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先日、長男が20年振りぐらいに友達と再会する、というシーンがありました。実に偶然の出来事でした。長男も二男もすでに独立していて、私とは同居していません。しかし、比較的近くに住んでいるので、たまに夕飯を一緒に食べることがあります。先日もそのようなタイミングでした。食事を終えて店を出た時に、偶然その友達のお母さんと出くわしました。その時、長男の小学校の同級生である息子さんが、たまたま帰省している、という話になりました。そして、ご家族でそのお店に夕飯を食べに来るところだった、ということです。すぐに来ますよ、ということなので話しながら待っていると、その彼がやってきました。挨拶して、長男を指さして「誰だかわかる?」と聞くと、少し考えて「あー!〇〇?」と答えてくれました。2人に聞くと、たぶん小学校卒業以来会っていない、ということで、約20年振りの再会となりました。仕事の関係で県外に住んでいて、あまり帰省することはないようです。久しぶりの再会でお互いの驚いたようですが、写真を撮ってLINEで送ることとなりました。偶然の一瞬の再会でしたが、心温まるシーンでした。親から見ると、小学校の頃の印象で皆、止まっているものですが、現実には30歳を過ぎた立派な青年たちです。改めてしみじみと、あの子たちが小学生の頃を思い出し、その時間の流れを実感しました。
2026.07.15
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社会人になって、最初の赴任地は名古屋でした。縁もゆかりもない土地で、営業をすることになりました。名古屋には訪れたことがなく、いつも新幹線で通過するのみでした。商売が厳しい土地だから、ここで務まればどこでも大丈夫だと、多くの方から言われていました。まだ昭和の時代に社会人となり、30名ほどの同期も一緒に新入社員研修を受けていました。研修時代は同期で楽しく過ごしていましたが、やがて名古屋へ赴任する日になりました。当然ですが、毎日ワイワイやっていた同期とも離れ離れになり、1人で名古屋へ向かうことになりました。東京駅のホームで駅弁を買い、新幹線に乗りました。当時はまだ、ひかり号とこだま号しかない時代でした。ひかり号の中で、離れていく東京の景色を見ながら、何とも言えない不安な気持ちになりました。その時食べた駅弁が、東京駅のチキン弁当です。1964年から、変わらぬ味で親しまれている駅弁です。このチキン弁当を食べて名古屋に降り立ち、不安な気持ちと闘いながら、新人営業マンとして奮闘したのは、もう38年前の出来事です。あの時の不安な気持ちは、今でも忘れられません。先日、出張の際に久しぶりに東京駅でこのチキン弁当を買いました。時間は流れ、還暦を過ぎ、会社員を卒業した今、食べたチキン弁当は、あの時と同じ味だったような気がします。今度は、この駅弁を食べながら、今日も頑張っていこうという強い意志を持っています。それでも、あの時の初心を忘れずに努力していきたいと思います。
2026.07.14
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今年も胃と腸の内視鏡検査の日になりました。毎年受診しており、もう10年ぐらいになります。会社員時代よりも、フリーランスになったことで、より健康には気をつけています。代わりがいない仕事なので、検査を受けておくことで、早い対応をすることが大切です。今年は午後の受診になりました。去年は午前の受診でしたので、朝5時から下剤を飲むというタフなパターンになりました。今年は朝9時から飲めば良いので、朝ランもしっかりと走れて、準備の時間も十分取れました。それでも、あの1.8ℓの下剤を飲むのは年々きつく感じます。以前に比べると、だいぶ味も飲みやすくなりました。昔は食塩水みたいな味でしたが、今はスポーツドリンクのような味です。とはいえ、スポーツドリンクを1回で1.8ℓ飲むこともないので、かなり辛いです。下剤を飲み、口直しに水を飲むので、トータルでは2ℓを超える水分を摂取しているでしょう。これが終わると、もう半分以上終わったようなものです。時間になって、クリニックに向かいました。午後の検査は混んでいます。ベッドに横になってしばらく待ち、検査室へ移動しました。例年ですと、ここで麻酔が点滴に入ると、後の記憶がないことが多いのですが、今年は眠ってしまうということにはなりませんでした。そのため、検査をしている様子も体感していました。先生の「ポリープがあるので切除します」という声も聞こえ、「あらー」という気持ちになりました。残念ですが仕方ありません。検査は終わり、その後少し待って検査結果の診察を受けました。いつもの通り、1週間の食事制限の他に、生活にも制限があります。私にとって一番辛いのは、運動制限です。まあ、休養だと思って前向きに捉えたいと思います。クリニックから帰る時に、うどんやおかゆなど、1週間分の買い物をしてきました。明日から頑張って節制したいと思います。
2026.07.13
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5月の朝ランでの転倒から、ずっと身体の不調が続いています。1ヶ月半ほど経過しましたが、本調子にはまだまだ程遠い状況です。全身、特に左半身を強打したことで、無意識にかばう動きが出てしまっています。そのため、強打した左足のみならず、反対の右足にも影響が出ています。湿布やストレッチ、マッサージなどで回復をはかり、何とかサロマは走ることができました。故障した身体での自己ベストは想定外でしたが、その代償も大きかったようです。100kmのレースという強い負荷が加わったことで、治りかけていた箇所にまた痛みが出ました。そのためしばらくはウォーキング中心で、ランニング再開後もジョグ程度の走りが続いていました。根本的に治さないといけないと思い、先日、自宅近くの整骨院に行ってきました。これまで行ったことのない整骨院ですが、ネットで調べて評判が良く、またスポーツ系に強いという口コミも参考にしました。ネットでの完全予約でしたので、予約できるタイミングを見計らい、受診しました。先生に事情を説明し、まずは全身の状況を診ていただきました。かなりの強度での転倒による影響と、100kmの負荷で、骨盤が大きく歪んでいる状況ということでした。そして、その影響も含めて、足の親指にほとんど力が入っていないようでした。これに加え、左右の足の長さが大きく異なっていました。左右差はあるものですが、それが極端になっていたことで、右足での着地に大きな負荷がかかり、かかとが痛くなっているということでした。これらを治していくために、骨盤矯正を行っていただきました。相当な負荷がかかっていたのか、結構痛かったですが、身体が整っていく感じがしました。他にも色々と治療、施術をしていただいたことで、かなりすっきりとしました。1回で完全に治るものではないので、今後も継続して通うこととなりますが、明らかに良くなった感じがわかりました。これ以降、朝ランの様子が少しずつ故障前の状況に戻り始めていることを実感します。痛みが出にくくなり、距離やペースも戻り始めました。良い整骨院に巡り会えました。これからも通って、完全に治していきたいと思います。
2026.07.12
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サロマ以降、身体の回復を見ながらゆっくりと復調させてきました。フルマラソンやウルトラマラソンの身体への負荷は、自分が思っている以上にあるものです。昔は2週連続でフルマラソンの大会に出たこともありましたが、60代になってからは無理は禁物です。様子を見ながら、少しずつ戻してきました。ウォーキング中心から始めて、ジョグで5kmぐらい走り、そして先週からは10kmジョグを続けてきました。足の張りがなかなか抜けず、故障したら大変なので、焦らずじっくりと走ってきました。2週間近くなり、マッサージや整骨院での診察・施術などもあって、だいぶ負荷が少なくなりました。それでも、このところ出張などもあり仕事が忙しいので、週末までは無理をしないようにしていました。そして、今日は久しぶりに10km以上を走ることと決めていました。15kmほどのジョグで様子を見ていこうと思います。レースの負荷や疲労は抜けて、仕事などの疲れだけなので、だいぶ快適に走れるようになってきました。明らかにこれまでとは違う、快調なジョグができるようになったと感じます。ただ、ここ数日でだいぶ暑さが厳しくなってきたので、朝5時台でもかなり日差しを浴びます。帽子をかぶっていても、直射日光はこたえます。可能な限り日陰を選びながら、ジョグを続けます。スポーツ公園にも久しぶりに来ましたが、朝から多くのランナーが走っています。そんな状況で、比較的快調なジョグで16km走ることができました。足の張りも、だいぶ軽くなってきました。ペースも6分9秒平均でしたので、良い感じだと思います。少し足が残っている感じでしたので、上出来です。この週末は少しリラックスすることと、身体のメンテナンスをしたいと思います。次のレースに向けて、無理なく整えていきたいと思います。
2026.07.11
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最初に勤めていた会社は、食品メーカーでした。独自性のあるユニークな会社で、多くのことを学びました。今思うと、マーケティングというか、戦略が素晴らしかったと思います。創業者が時代の変化に目をつけ、今後流行るだろうと思われるものを見出したり、自らニーズを創り出したりと、アイデアマンであったと聞きました。どこの企業の創業者の方もそうでしょうが、あったらいいな、を形にしたり、サービスにしたりする、そして行動力が凄まじく、アイデアマンである、という点が多くの方に共通しているように思います。そのDNAが、社内に受け継がれているか、がその後の企業の成長や繫栄につながると思います。この会社は、ガリバー市場での勝負ではなく、ニッチな市場を自ら創出してきました。そして、その分野で圧倒的なトップに立つ、という戦略でした。当時の先輩から言われた話で、「1位、少なくとも2位にならなければ認知されない」「圧倒的な1位になることを目指す」というようなことを憶えています。その時に聞かれたことで、印象的なことがあります。「固形のカレールーのシェア1位企業は?」「では2位は?」「3位は?」「1位はハウスです。2位はS&Bです。3位はわかりません」「3位は江崎グリコ」「ではケチャップは?」「1位はカゴメ、2位はデルモンテ(キッコーマン)です。3位はわかりません」「3位はハインツ。これでわかるだろう、少なくとも2位になっていないと認知されないということが。」その会社は、ニッチな市場で圧倒的なトップに立っているブランドを、数多く有していました。最初の頃は全く売れなかったものも、地道な販促と戦略で、圧倒的なトップに立った製品もあります。この「ニッチ&トップ」は、現在独立した私のマーケティング戦略の基礎になっています。今でもスーパーに買い物に行くと、この会社の製品は気にしながら見ています。
2026.07.10
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先日、税理士受験仲間との再会の機会がありました。奇跡の再会、と言っても良いでしょう。税理士試験は、金沢の大原簿記学校金沢校に通って勉強していました。横浜で簿記1級を受験していましたが、受からないまま金沢に転勤となり、大原の金沢校で簿記1級のクラスに通っていました。通算3回目の受験で簿記1級に受かったことで、ようやく税理士試験に挑む勉強を始めることができました。そして、9月から財務諸表論、1月から簿記論速習のクラスで勉強をしていました。今回の奇跡の再会の受験仲間は、この簿記論速習クラスに通っていたメンバーです。正に、一番最初に勉強を始めた時からの仲間です。初年度の税理士試験が終わった後、大原の受験仲間で盛大な打ち上げがありました。その翌年からは、このメンバーでの打ち上げとなり、その関係がずっと続いています。当時、大原金沢校が閉校になってしまい、皆それぞれの勉強のパターンを模索し、離れ離れになりました。ガラケーぐらいしかない時代でしたが、励まし合って皆で頑張ってきました。あれから20年ほどが経ち、私も国内外を転々として、皆とは疎遠になってしまいました。ここで会わなければ一生会えないかもしれない、と思い立ち、連絡がつく方にコンタクトしました。今も金沢で税理士として活躍してくれている女性が色々と動いてくれて、20年振りくらいに3人で会えることになりました。とても楽しみにしていました。そして、その日が来ました。懐かしの金沢、片町で、飲んで、食べて、語り、歌い、あの時に戻りました。今回集まれた3人は、いずれも税理士です。私は新米ですが、あとの2人はもう20年以上のベテランです。仕事のこと、北陸の状況など色々と教えていただきました。昔話にも花が咲き、そしてこれからの人生についても語り合いました。今回は残念ながら会えなかった方とも、連絡は取れるようです。また次の機会を持とう、と誓って金沢の夜はふけて行きました。本当に素晴らしい時間になりました。皆に連絡を取るために色々と動いてくれたA税理士のおかげで、奇跡の再会ができました。必ずまたお会いしたいと思います。心から、ありがとう、と申し上げます。
2026.07.09
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今日は梅雨の合間の久しぶりの晴天です。朝から青空が広がっている光景は、実に久しぶりだと思います。このような天気はいつ以来でしょうか。朝起きてカーテンを開けて青空を眺めるのは、本当に気持ちの良いものです。こういう天気だと、朝ランも暑いですが快適です。やはり雨よりも、晴れの方が良いです。サロマ以降、ゆっくりと再始動していましたが、徐々に身体も回復してきました。走る距離も、今週から10kmまで戻しています。まだ故障明けの身体なので、無理のないペースでのジョグが中心です。張りや疲労感などもありますので、6分30秒前後のペースで無理なくいきます。日差しを浴びて、汗が出てきます。ようやくこのような気候になってきたかと感じます。今朝は少しペースが上がって、平均ペースは6分9秒でした。10kmちょっとで1時間3分、気持ち良い朝ランでした。その後出掛けましたが、日差しが夏の日差しでした。最高気温は30度の予報になっていますが、それを実感するような気候です。蝉の鳴き声も、今年初めて聞きました。例年は6月末ぐらいですので、今年は遅いです。今日、九州北部、中国、近畿まで梅雨明けしたそうです。関東は、もう少し先になるでしょうか。紫陽花の花もだいぶ終わりが近づき、夏は目前です。暑さに負けず、頑張っていきたいと思います。
2026.07.08
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毎年この時期になると、つくばマラソンのエントリーの時期になります。つくばマラソンは、2014年に初マラソンを走った、思い入れのある大会です。それ以来、過去9回走っています。コース変更を2回経験しましたが、いずれもフラット基調のコースで、タイムの出やすいコースです。この大会は、毎年熾烈なエントリーとなります。日曜日の午後8時にエントリーが開始され、その瞬間からネットにつながるのを待つことになります。去年は早めにエントリーができましたが、ランニング仲間ではエントリーできない方もいました。これに加え、ここ最近は都心を中心としたマラソン大会は人気で、エントリーがあっという間に締め切られるケースも相次いでいます。つくばは例年人気が集中するので、今年はどうなるか、強く気にしていました。スマホ2台でつなぎ、辛抱強く待ちました。しかしながら、なかなかつながりません。ランニング仲間ともLINEグループでメッセージが流れてきますが、皆同じ状況のようです。例年だと40分程度、長い年でも50分ほどでエントリーができましたが、今年は全くつながりません。何度かエントリー画面に行きましたが、入力しているうちにタイムアウトになり、また元の待ちの画面に戻ってしまいました。そのうちに1時間近くなり、ようやくつながった時には、もう締め切りになっていました。こんなことは初めてでした。そのうちに、ランニング仲間からも次々とメッセージが来て、皆同じくエントリーできなかった、という報告でした。後で確認したところ、多くのランニング仲間のうち、エントリーできたのは2人だけでした。SNSでも、つくばマラソンにエントリーできなかった、という投稿を多く目にしました。同じような状況の方が、たくさんいたということです。残念ですが、10回目のつくばマラソンは来年以降に持ち越しとなりました。代わりといってはなんですが、つくばの翌日に開催される大田原マラソンにエントリーしました。大田原マラソンは、制限時間が4時間の過酷な大会です。いつか出てみたいと思っていたので、この機会に頑張って走りたいと思います。つくばの前週に開催されるひたちシーサイドマラソンにも、エントリーが増えているようです。つくばを意識していた方は、お早めに方針をお決めになることをお勧めします。
2026.07.07
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昨日は、会計ファイナンス人材カンファレンスに参加しました。カンファレンスの詳細は、こちらをご覧ください。会計ファイナンス人材カンファレンス2026|CPAエクセレントパートナーズ株式会社このカンファレンスは、公認会計士試験合格者占有率66.7%を誇るCPA会計学院などを運営する、CPAエクセレントパートナーズ株式会社が主催しています。東京国際フォーラムで約半日にわたって行われる、業界最大級のイベントです。トークセッションが、全部で20もあります。それぞれにファシリテーターを含めて4~5名の方が登壇していますので、100名程度の著名人の方が参加していることになります。また、多くの企業がブースを出展しています。会計に関することが、ここに集約された1日、という感じです。初めての参加でしたので、とても楽しみにしておりました。セッションは各回50分、最初の回が12時半からなので、12時過ぎに会場に行きました。会場を見て歩いていると、お2人の方から声をかけていただきました。そのうちのお1人は、会社員時代に大変お世話になった監査法人の方でした。久しぶりの再会で話がはずみ、何か仕事でもご一緒できそうですね、という話になりました。ぜひ実現させたいと思います。その後は、各セッションを聞いて回りました。さすがに興味あるテーマのオンパレードで、魅力的な登壇者ばかりでした。セッションの後には懇親パーティも行われ、多くの参加者で賑わっていました。現役の大臣や国会議員も挨拶されるなど、スケールの大きさを再認識しました。お世話になっている先生をはじめ多くの方にお会い出来、またご挨拶もさせていただくことができました。お会いできて光栄な方も、多数お目にかかれて大変嬉しく思います。このような機会は、今後も積極的に参加していきたいと思います。そして、微力ながら会計や経理を取り巻く業界を、盛り上げていけるように頑張りたいと思います。
2026.07.06
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今日は日曜日です。独立してから曜日の感覚があまりなく、常に何かしらの仕事をしている日が続きます。会計コンサルティングや税理士の仕事は、平日が中心になります。週末は、平日にあまりできなかったことをカバーしています。また、週末はランニングの仕事が中心になります。イベント実施はまだですが、イベントの資料作成や、コースの下見、そしてレース記の執筆、ホームページの更新など、多岐にわたります。会社員時代とは、だいぶ働き方が変わりました。時間の使い方は、もちろんお客様の都合を最優先にしながら、自分で全て組み立てられます。この2ヶ月間は出張なども多く、6月は4ヶ所を訪れました。行く先々でありがたいお話しや、素晴らしい経験をさせていただき、感謝の想いでいっぱいです。そんな日々ですが、振り返ってみると予想通り、この2ヶ月間で完全に休んだ日は数日しかありません。常に自主的に、何かの仕事をしています。開業したばかりなので、こうなるのは当然ですが、少しずつペースが出来てくると思いますので、少し休息も入れようと思います。そうすることで、また良いアイデアも浮かんでくると思います。今日も雨の1日になりそうですが、朝から雨の中をジョグで様子を見ました。昨日より少し伸ばして、9kmのジョグでした。少しまだダメージがあるので、今週は整骨院に行って診てもらおうと思います。そうすれば、だいぶ先が見えてくると思います。今日はこれから会計関係のイベントに行ってきます。多くの方にお会いできる機会ですので、しっかりと学んできたいと思います。学びとリフレッシュを取り入れて、明日からも良い仕事ができるよう、今日は過ごしたいと思います。
2026.07.05
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サロマ湖100kmから6日、本格的に再始動しました。故障明けということもあり、これまで以上にダメージがあったことから、慎重にリカバリーしていました。翌日は足の張りが強く、1kmウォーキングしかできませんでした。翌日からもウォーキングで、走るのは控えていました。また、このところ雨の日が続きましたので、ウォーキングの距離も1〜3km程度と、短距離にとどまっていました。昨日はもう少し長めに歩く予定でしたが、急に雨が強く降ってきたので、3kmでやめて戻ってきました。強い雨であっという間にずぶ濡れになったので、やむを得ず少し走りました。すると、まだ左足の古傷に痛みがありました。そのため、昨日は周辺のマッサージをして、身体を整えました。そして、今朝は軽いジョグで様子を見ました。こういう時は、走り出した瞬間の様子がとても大切です。1週間近く走らないと、一歩目にとても不安があります。幸い、スムーズにスタートできて、痛みや違和感は出ませんでした。そのため、ゆっくりのペースでそのまま走っていきます。1km走っても問題なさそうでしたので、そのまま継続です。しばらく走らずに大半がウォーキングだったことで、足を充分休めることができたのだと思います。今日は無理せず5kmだけ、と決めていましたが、端数が出たので調整し、結果6km走りました。6kmでは実に物足らないですが、そう思えるのは良いことです。このままの様子をキープして、徐々に戻していきたいと思います。次のレースは7月25日なので、ここを目指して仕上げていきたいと思います。まずは順調に再始動できて良かったです。過信せずに、ケアはしっかり続けたいと思います。
2026.07.04
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北海道日本ハムファイターズが、プロ野球初の快挙を成し遂げました。初回先頭打者から4者連続ホームランという、珍しい記録です。昨日のエスコンフィールド北海道で行われた、オリックス戦で成し遂げられました。オリックスが初回に1点を先制した後の、1回裏の攻撃です。1番の水谷瞬選手のホームランですぐに同点、2番の水野達稀選手のホームランで逆転となりました。さらに3番のレイエス選手もホームランを打ち、極め付けは4番の万波中正選手もホームランと、先頭打者から4者連続ホームランとなりました。この試合は見ておりませんでしたが、テレビで放送されていたソフトバンク・西武戦の中で、途中経過としてアナウンスされていました。NHKアナウンサーと、解説の井口資仁さんも、大変驚いていました。先頭打者からでなければ、プロ野球記録は5者連続ホームランがあったと、子供の頃に読んだ本に書いてあったと記憶しています。調べてみると、記憶は確かでした。この時の記録も、日本ハムの前身球団の東映フライヤーズでした。1971年5月3日に東京スタジアムで行われたロッテ戦で、東映の作道烝選手の満塁ホームランから、1番・大下剛史選手、2番・大橋穣選手、3番・張本勲選手、4番・大杉勝男選手のホームランが飛び出しました。何とも懐かしい名前の選手が多い中で、作道選手は10年間のプロ生活で、通算ホームランはわずか5本という選手でした。その1本がこの場面でした。この記録はメジャーリーグでもない、世界で唯一の記録だそうです。55年後に日本ハムが空前絶後の記録を作ったことで、昔のことがまた甦る機会になりました。しかしながら、昨日4者連続ホームランを打たれたオリックスの佐藤一磨投手は、この4人に投げただけで降板となりました。佐藤投手からすれば悪夢のような出来事で、メンタル面が心配になるほどです。プロ野球選手に限りませんが、誰もが挫折を経験して成長していくと思います。佐藤投手の逆襲を信じて、これからも見守っていきたいと思います。
2026.07.03
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昨日からエントリー開始となった、第40回NAHAマラソンにエントリーしました。大会は12月6日に開催されます。これまで沖縄では2回、大会を走ったことがあります。2016年におきなわマラソンでフルを、そして2024年に沖縄100Kウルトラマラソンで100kmを、それぞれ走りました。おきなわマラソンは、まだ4回目のフルマラソンでした。この時は、沖縄中部地区を走るコースで、嘉手納基地の中も走るという非日常を体験できました。しかしながら、経験の浅さから前半速く入りすぎ、以降のアップダウンで撃沈した苦い思い出があります。終盤は下りがまともに走れず、沖縄の洗礼を浴びたレースでした。この時のリベンジを、と、今度はウルトラランナーとして挑んだのが、沖縄100Kウルトラマラソンでした。コースは沖縄南部地区で、糸満市で折り返すコースです。この100kmは、上りは意識的に歩き、体力を温存しながら走りました。沖縄の美しい景色を堪能する余裕もあり、終始楽しく走ることができました。この過去2回の経験はありますが、不思議と那覇は走ったことがありませんでした。いつも那覇を訪れると奥武山公園などを走っていましたが、今回のNAHAマラソンはその奥武山公園がスタート・ゴールで、那覇市、南風原町、八重瀬町、糸満市、豊見城市の南部5市町を走ります。公認コースで、定員30,000人という超大型レースです。一度走ってみたいコースですが、やはり沖縄ですのでアップダウンもあるコースです。無事にエントリーも済ませ、12月のレースが決まりました。まだ少し先になりますが、しっかりと調整していきたいと思います。
2026.07.02
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今回は珍しく、100kmのダメージがかなり残りました。通常よりも回復に時間がかかっている、と感じています。よく考えると、元々大けがをして、回復途上で100kmを走ったので、万全の時よりも負荷が大きいのは当然です。そのため、焦らずに戻していくようにしています。リカバリーランは、走った翌朝の月曜日の様子を見て、その後のスケジュールを考えます。フルマラソンぐらいであれば、翌朝もほぼジョグぐらいはできますが、100kmはその時によって違います。これまで一番元気だったのは、2024年の沖縄100Kウルトラマラソンの後でした。この時はゴール後に那覇に戻ってステーキを食べ、翌朝も2kmほどジョグができるほどでした。これが今回は、内臓は元気で夕飯も普通に食べましたが、翌朝は足がパンパンでした。ジョグはとてもできずに、1kmウォーキングで様子を見ました。月曜日の夜に戻り、火曜日は3kmウォーキングでした。この時もまだ、足には張りが残っていました。そして今朝は、足の張りはなくなりましたが、ジョグにはまだ厳しそうでした。そのため、今日も3kmウォーキングでした。ウォーキングだと、当たり前ですが1km進むのに時間がかかります。1km10分程度ですので、朝の忙しい時間帯では距離が稼げません。そろそろ走りたいと思うのですが、無理は禁物です。イメージとしては、金曜日まではウォーキングとし、土曜日に軽いジョグで様子を見ることができれば、と思います。そのため、今日は仕事の後にマッサージに行ってきました。足だけでなく、上半身もパンパンでした。そして、元々痛めていた左ふくらはぎや、右のかかとなどは、まだまだ強い張りがあります。特にかかとは、思わず悲鳴が出るほどでした。次のレースはまだ先ですので、ゆっくりと戻していきたいと思います。焦りは禁物です。
2026.07.01
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6月も今日で終わりです。今月も、大変充実した1ヶ月でした。独立開業して2ヶ月目となり、今月はあちこち飛び回りました。名古屋、関西、北陸、そして北海道と、色々な都市へ伺いました。多くの方に開業のご挨拶をさせていただき、事業内容の説明をいたしました。ありがたいことに、皆さまに耳を傾けていただきました。ご紹介をいただく機会もあり、真摯にお客さまに向き合ってきました。開業されている先輩方からは、多くの学びをいただきました。多くの方にご挨拶させていただく中で、旧交をあたためる機会にも恵まれました。多くのことを得て、あっという間に2ヶ月目も過ぎました。もちろん良いことばかりではなく、良くないこともありました。反省することは真摯に反省し、そうでないことは一喜一憂せずに前に向かいました。会計コンサルティング事業、税理士事務所だけでなく、ランニング事業も前に進んでいます。商談の機会もいただき、皆さまに感謝して具体化に向けて進めています。来月もしっかりと頑張っていき、皆さまにご満足いただけるように誠心誠意努めてまいります。具体的にお返しができるように、頑張ってまいります。マラソンは、やはりサロマ湖100kmの完走、自己ベスト更新に尽きます。故障から苦しい日々が続き、万全の体調には程遠い中で挑んだサロマでしたが、楽しい勝負ができました。やはり、楽しく走ること、その上で挑戦すること、この順番が大切だと実感しました。60歳になってからマラソンの結果が出ずに苦しみましたが、これで憑き物が取れた気がします。この後はしっかりとケアをして、また次のレースに備えていきたいと思います。そして、秋以降のエントリーも佳境になりますので、エントリーを決めていきたいと思います。6月の走行距離は、357.1kmでした。サロマの100kmを除くと257kmですので、メリハリをつけて走れたと思います。明日から7月です。暑い季節になってきますので、体調管理に気をつけて、7月も頑張っていきたいと思います。
2026.06.30
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サロマ湖100kmウルトラマラソンから一夜明けました。さすがにダメージが大きく、今朝はウォーキングしかできないような状況でしたが、まだ少し余韻に浸っています。ウルトラのスタートは、フルよりも気分的に穏やかです。これから始まる長い1日に向けて、ゆっくりと始動します。スタートして一周回り、5kmからの直線がひたすら長いです。去年は日陰を探して走っていましたが、今年はだいぶ様相が異なります。10kmでサロマ湖が目に入り、19kmの折り返しを過ぎると、横風を浴びて寒くなってきました。この様子だと、ワッカではウインドブレーカーを持って走ろうと決めます。28kmから34kmは、広大な大地を堪能しながらの走りです。1km先までまっすぐ見える、北海道らしい光景です。少しずつ痛みが出てきたので、早めに鎮痛剤を飲みます。去年も早めに飲んだことを思い出し、この後は楽になると言い聞かせていきます。35km以降はひたすら歩道を走ります。ここはアップダウンもあり、ペースを乱さないように気をつけます。フルの距離を過ぎ、50km、60kmと過ぎていく中で、少し単調な景色に疲れを感じます。ここからが頑張りどころです。70km以降は、ワッカに向けて心を整える区間になります。その前の74kmのエイドでは、おしるこを3杯も食べ、体を整えていきます。79kmエイドは、地獄の入口です。ここからワッカに突入です。去年は暑さと疲労で、しっかりと走れなかったワッカ、今年はここを走るために来たのだと思いながら、前へ進んでいきます。歩いている人も多い中で、ペースは6分15秒程度で安定し、どんどん前に進んでいきます。途中、左足の付け根に強い痛みが出ました。やはり故障した付近に、かなりの負荷がかかったようです。6時間空いていたので、もう一度鎮痛剤を飲みました。消炎剤を吹き付けて、ここで潰れるわけにいかないと気合を入れていきます。ようやく折り返しを過ぎ、あの原生林の壮大な光景が目に入りました。この景色を見るために頑張ってきたんだ、と心が洗われ、今一度気合いが入ります。90kmを過ぎて、時計を見るとタイムに違和感を感じました。全くタイムを気にしていませんでしたが、このままいけばセカンドベストはいけそうな雰囲気です。意識せずにペースを維持しましたが、95kmでセカンドベストのみならず、PBと11時間切りがギリギリだとわかりました。こうなると、狙うしかありません。残り5kmを歯を食いしばって疾走しました。エイドや沿道の方からの大声援が、後押ししてくれました。「まだ1分あるから最後まで諦めるな!」沿道の声に返事して、ゴールへダッシュします。右に曲がってゴールが見え、ネットタイムで11時間切りを確信しました。そのままガッツポーズでゴールを駆け抜けました。そして振り返り、帽子をとって長く一礼しました。奇跡の走りができました。富士五湖の失敗を生かして、ペース配分、補給、エイドでの滞留は、うまくいきました。そして、最後まで闘う気持ちで走れました。その結果、60歳での初完走が自己ベストという結果になりました。還暦でも戦略次第で勝てる、正に身をもって体験し、証明できました。応援してくれた皆さま、そして多くの皆さまに、心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。マラソンの素晴らしさ、そして挑戦することの素晴らしさを、改めて感じることができた1日になりました。
2026.06.29
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今日はサロマ湖100kmウルトラマラソンでした。1ヶ月前の転倒による大怪我は、いまだ完治せず、騙し騙しの調整になりました。そして、台風の影響で直前まで到着できるかわからないなど、やきもきするような状況でした。何とか無事に北海道まで到着でき、バタバタと前日調整をしていました。いつもの通り、昨夜は早めに夕飯を食べて、17時半に寝ました。今朝は0時に起き、会場までの迎えのバスが2時半に出発するというスケジュールでした。北見のホテルを出るときは、雨が降っていて寒かったです。見ると、気温が12度しかありませんでした。会場までは1時間半近くかかり、4時過ぎに到着しました。ウルトラ仲間たちと合流して、健闘を誓ってグータッチしてそれぞれのスタートラインに並びました。去年は最高気温30度ほどの厳しい暑さ、今年は最高気温16度という寒い気候になりました。ここまでの寒さは想定外で、ウインドブレーカーは持っていましたが、アームカバーや手袋は持ってきませんでした。霧雨も降り、ずっと曇り空の中のレースになりました。故障明けの足には何ヶ所もテーピングを貼り、完全防備しましたが、それでも途中からは痛みが出てきました。それでも、ペースは安定して刻むことができ、去年苦しんだ80kmからのワッカも、落ち着いて攻めることができました。タイムは全く気にしていませんでしたが、手元の時計では残り5kmで10時間31分という、間違っているのでは、と思えるようなタイムになっていました。そこから残り5kmは、ノンストップで飛ばしました。サブ4ペースまで気合いで上げて、歯を食いしばって突っ込みました。ゴール直前、手元のタイムは10時間58分台でしたので、よしっ、と声が出て、そのままガッツポーズでゴールしました。ネットタイムで10時間58分49秒、これまでの自己ベストを大幅に更新して、11時間を切ることができました。逆境に負けず、サロマとの勝負、そして自分との勝負に勝つことができました。還暦での自己ベストは、信じられない想いです。詳しくは明日以降、振り返りたいと思います。皆さまありがとうございました。
2026.06.28
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台風7号・8号の影響で、各地で大雨や強風の被害が出ています。これに加えて、昨夜は大きな地震があり、大変驚きました。ずっと台風の影響が気になり、やきもきしていました。サロマに到着しなければレースに出られませんので、とにかく飛行機が無事に飛ぶことを祈っていました。昨日はかなり雨が降り、天気予報をずっと気にして、可能な限り早いうちに移動しようと思いました。仕事を早めに終えて、急遽羽田空港までできるだけ近くのホテルを予約し、ホテルに宿泊しました。鉄道やバスの運航も気になりましたので、とにかく空港のできるだけ近くまで行ってしまおうと思いました。ホテルに泊まったことで、だいぶ精神的安全性を確保できました。早めに寝ていた時に、突然スマホが鳴って、大きな地震で飛び起きました。しばらく強い揺れが続きましたが、何とか落ち着きました。朝起きてまず天気を確認し、飛行機の運航情報も確認しました。大丈夫そうでしたので、早めに羽田空港に移動しました。バスで30分ぐらいで空港に着き、ツアーの集合場所に行ってチケットも入手できました。飛行機は到着が遅れるため、出発時刻が遅れましたが、何とか離陸できました。台風の影響で揺れも強く、大半の時間ベルト着用サインが点灯したままでした。予定よりもだいぶ遅れましたが、無事に女満別空港に到着できました。ここまで来れば、あとは明日走るだけです。空港からバスに乗ってホテルまで移動し、明日に向けての準備を整えました。1年振りの北見ですが、大きくは変わっておらず懐かしい雰囲気です。明日に備えた買い物も、去年と同じローソンで済ませました。60歳になってから、富士五湖のDNF、野辺山のDNSと苦難が続いています。今回のサロマも、1ヶ月前の転倒から何とか間に合わせましたが、本調子には程遠い状況です。そんな状況でも、しっかりとまとめられるのが、この年代だと思っています。とはいえ、あまり気負わずに、明日はサロマを楽しんできたいと思います。
2026.06.27
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先日、久しぶりに大学院同級生との懇親の場に参加しました。これまで、どうしても同じ時間帯に予定が重なることが多く、なかなか参加できませんでした。最近、状況が変わってきたので、今回は久しぶりに参加できることになりました。大学院のコミュニティは重要視しておりますので、大変嬉しく思います。今回は、幹事を務めてくれた同級生が勤務する病院の見学会をアレンジしてくれました。企業訪問などの機会はありましたが、病院を見学する機会はほとんどなく、貴重な場となりました。指定された時間に行くと、久しぶりに会うメンバーの姿があちこちにありました。昨年の10周年記念式典で会っている方も多くいましたが、その時は司会を務めていたため、ほとんど話もできない状況でした。それ以来という方が大半で、ゆっくり話せるのはもっと久しぶりになります。また、私が独立開業したこともあり、全員に新しい名刺で挨拶もしました。施設の見学は、非常に有意義でした。検査技師の方が実際に機器の説明や、一部は稼働させていただき、とても勉強になりました。独立してからは特に、私自身の健康については、これまで以上に重要になりますので、検査の機会をしっかりと作り、予防と早期発見、対応に努めていきたいと思いました。その後、近くの居酒屋に移動して懇親会が行われました。病院の方も参加されて、10人で懇談を行いました。すでに完全に飲酒をやめてから2年以上経ちますが、酒を飲まなくても懇親はできるものです。大変楽しく歓談ができました。久しぶりに志の高い同級生たちと会えて、とても楽しい時間になりました。またこれからも高め合いながら、頑張っていきたいと思います。
2026.06.26
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この時期ですが、2つの台風が日本列島に接近しています。昨日あたりから、九州地方をはじめとする各地で、影響が出ています。近年では、台風の影響で激しい雨が降って、大きな被害につながることがあります。また、風の影響もあり、建物が倒れたりといった被害が発生することもあります。また、梅雨時ということもあり、梅雨前線が停滞しており、影響が大きくなります。台風が梅雨前線を活性化させてしまうのか、激しい雨を降らせることにもなります。昨日は鹿児島県で、住宅が冠水している様子をニュースで見ました。今日あたりでは、梅雨前線の上を低気圧が東へと進むため、西日本と東日本の広い範囲で激しい雨の降り方になりそうです。特に九州北部は、線状降水帯が発生する恐れがあり、急激に大雨災害のリスクが高まる恐れがあります。最近はゲリラ豪雨のように、短時間で大量の雨が降ることがあり、大変な状況になります。関東も一昨日までは晴天に恵まれましたが、昨日はほぼ終日曇りとなり、今日は朝から終日雨となっています。この先の予報では、台風の影響もあって、週末にかけて大雨に警戒するように呼びかけています。台風7号は土曜日には、西日本から東日本に大きく影響しそうだと言われています。また台風8号は、北上とともに熱帯低気圧へと変わる見通しですが、変わったあとも活発な雨雲として本州に近づきそうです。こうなると、週末は台風7号と熱帯低気圧のダブルで大雨の影響を受けることが予想されています。関東への影響がとても気になります。次の日曜日は、サロマ湖100kmウルトラマラソンです。これに向けて、前日の土曜日に飛行機で北海道まで移動することになっています。この飛行機の時間が、午前11時過ぎです。飛行機が欠航にならないか、ちゃんと飛べるのか、実に心配です。万一、欠航となってしまった場合には、サロマに行けないという事態になります。そんなことは考えたくないですが、何とか無事にサロマに行けるように、天候が持ってもらいたいと思います。
2026.06.25
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日産自動車の株主総会が行われ、社外取締役議案が否決されました。永井素夫社外取締役の選任議案の否決です。永井氏選任以外の議案は、全て可決されたようです。会社が提出した議案が株主総会で否決されるのは、極めて異例のことです。永井氏は、日産の主要取引行であるみずほ銀行の出身です。日産でも実力者として知られていた、という報道もあります。永井氏は2014年に社外監査役として日産に参画し、2019年に社外取締役に就任していました。監査役から数えると、12年余り日産の社外役員を務めていたことになります。永井氏は日産の監査委員長を務めるほか、指名委員会、報酬委員会のすべてに所属する唯一の取締役ということです。永井氏の再任を巡っては、大株主の仏ルノーが総会前に日産側に、賛成せず棄権する意向を通告していたそうです。ルノーの意向に加えて、アメリカの議決権行使助言会社のISSとグラスルイスが、独立性に疑念があることを理由に取締役選任に反対を推奨していたようです。このような状況で、再任は否決になりました。近年では、社外取締役の在任期間が長すぎると、反対を投じる機関投資家も多いとされています。ガバナンスの観点から、問題があるとも言えます。これに加え、経営不振の責任を問う声もあり、主要行出身ということもネガティブな反応になったと思われます。総会の議長を務めたエスピノーサ社長兼CEOは、採決の直前に永井氏の再任案のみ分離して、採決することを表明したそうです。ルノーの棄権により、永井氏の選任は微妙になったことを、日産も理解したのでしょう。そして、永井氏以外の11人の承認が決定した後、永井氏は否決されたということです。異例の状況ではありますが、納得のいく結果です。日産の再建は、まだまだ先だと感じる事案です。
2026.06.24
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NHKの廣瀬智美アナウンサーが、巨人の球団職員に転身するというニュースがありました。とても驚きました。廣瀬アナウンサーは大分県出身で、2004年にNHKに入局した44歳です。アナウンサーとして22年のキャリアがある、ベテランです。初任地の鹿児島で、高校野球などのアマチュアスポーツを取材したことが、スポーツに携わるスタートのようです。。その後大阪放送局を経て、2009年から東京で「サンデースポーツ」を担当しています。この頃は、よくサンデースポーツを見ていました。その後、「ニュースウォッチ9」のスポーツコーナーを担当されるなど、スポーツアナウンサーとしてのポジションを確立されています。また、オリンピックは5大会の現地取材の経験があり、豊富な経験を持っておられます。最近までは、NHKのど自慢の司会も務めるなど、幅広い活躍をされているアナウンサーです。そんな活躍をされている廣瀬アナウンサーですが、報道によると巨人のキャリア採用の求人サイトを見て応募されたそうです。スポーツに携わる仕事をしたい、という希望があったようです。7月1日付で入社となり、チーム編成の業務を担う方向だということです。正に異例の転身です。メジャーリーグでは、マーリンズでメジャー史上初の女性GMが誕生するなど、日本よりも進んでいるようです。球団幹部や育成部門の責任者、コーチなど様々な重要ポストに女性が就任しているそうです。日本では、これまで女性の球団職員の方とというと、千葉ロッテの谷保恵美さんのようなアナウンスを担当される方の印象がありました。しかしながら、編成部門への転身とは大変興味深いものがあります。編成部門は、球団の中長期的な行く末を描く重要な部門です。そんな部門で、廣瀬さんのご経験を活かしたご活躍をお祈りしたいと思います。
2026.06.23
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少し前になりますが、中国の勉強会に参加しました。3ヶ月に一度、開催されている勉強会です。上海つながりの友人から誘っていただき、コミュニティに加わったのが3年前になります。このところ仕事が忙しくてタイミングが合わず、実に久し振りの参加になりました。以前までは品川の会議室で行われていましたが、都合により場所が五反田に変わりました。五反田は、学生時代によく通った街であり、懐かしさを感じます。毎回、色々なテーマが持ち回りで行われています。今回は昨今の中国情勢についての講演でした。講師はJETROの方で、大変詳しく、わかりやすい講演でした。私が思っている状況と、同じところもあれば、そうでないところもありました。70分の講演に質疑応答を経て、会場で懇親会が行われます。事務局の方が準備された飲み物と軽食をつまみながら、立食での懇親会です。久し振りの参加でしたので、多くの方と色々とお話ししたく、新しい名刺を持って回りました。参加者全員の方と改めて挨拶ができ、大変嬉しく思います。また、講師の方とも挨拶させていただき、色々な意見交換ができました。大変有意義な時間になりました。最近では中国に関わることも少なくなり、上海つながりの会での会食が中心でしたが、久し振りの勉強会で改めて中国のことをよく考える良い機会になりました。帰任してから20年ほどになりましたが、今でもあの上海駐在での出来事は、人生の中での大きな出来事として刻まれています。
2026.06.22
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今月も月例マラソンの日になりました。そして、サロマ湖100kmウルトラマラソンの1週間前になりました。5月後半に転倒し、負傷してから苦しい日々が続いています。本番1週間前のこの月例は、身体の状態を確認する絶好の機会です。足にテーピングを貼って、様子を確認したいと思います。梅雨時で雨が降り続き、すっきりしない気候の中、会場に向かいます。長年お世話になったボランティアスタッフの方から、引退の連絡をいただいておりました。月例ではもうお会いできないのかと思うと、非常に寂しく感じます。今日も1kmから参戦します。レース用のペガサス41で、スピードは出さずに走っていきます。様子を見ながらの走りになりましたが、4分47秒でした。少し速いので、次はもっと落とします。次の3kmは、土手の上のコースです。好きなコースなので、ついペースが上がりがちです。抑えて走って14分35秒、4分51秒ペースでした。左足に響くので、少し気をつけなければなりません。そのため、次の5kmは左足の様子を見ながら、ペースを整えます。5kmちょうどで2km走り、以降は落としていきます。25分11秒、5分2秒ペースでした。後半は意識して、だいぶペースを落としました。10kmの前に、いつも家でやっている本格的にストレッチをしました。これで左足の違和感が消えたので、10kmも走ることにします。10kmは、コースの冠水の影響で、5kmを2往復するコースに急遽変更になりました。久しぶりの往復コースになります。ここはクーリングダウンのイメージで、ジョグ+αで走ります。ペースは5分10秒ぐらいで、楽しく走ります。最初は5分10秒ペースでしたが、足に疲れが溜まってきたので、途中からは意図的にかなり落としました。久しぶりの往復コースになりましたが、昔の20kmがこんな感じだったなあと、懐かしく思い出しました。そのまま無理をせず、サブ4ペースぐらいまで落としました。トータルで54分9秒、5分25秒ペースでした。様子を見ながらの走りになりましたが、無事に19km走り切ることができました。体調はまだまだですが、テーピングとペース配分を意識して、サロマに向かおうと思います。今月も開催していただき、ありがとうございました。来月は梅雨明けした頃になると思います。また来月もよろしくお願いいたします。
2026.06.21
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今日で転倒から4週間が経ちました。1ヶ月も経ったのか、という感じです。擦過傷はかなり回復しました。顔の傷はまだ気になりますが、時間が解決してくれると思います。今週も多くの方にお会いしましたので、顔の傷は気になります。早く完全に治したいですですが、もうあとは気にしないレベルかと思います。打撲系も、回復しています。今週も整骨院で教わったストレッチを継続して行いました。これを続けることで、回復の兆しは見えています。走ったり、歩いたあとは痛みが出ますが、このストレッチをすることで、痛みが消えていきます。足底筋膜炎は、右足のかかと付近の痛みが継続しています。これも足のストレッチで、少しずつではありますが、痛みが減りつつあります。ジョグの距離は短めにして、調整する状況は続いています。今週は無理をせずに、少しずつ回復しています。今日は10kmジョグでしたが、終盤はどしゃ降りになりました。それでも、シャワーランは身体も冷えるので、この時期は嫌いではありません。サロマまであと1週間あまりとなりました。今日は不足しているものなどを確認し、必要なものをリストアップしました。明日の月例マラソンを走ってみて、サロマへの最終出場可否を決めようと思います。もちろん走る気満々なので、月例マラソンで色々な走りをして、試してみようと思います。
2026.06.20
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少し前になりますが、名古屋で税理士法人など幅広く経営されている同級生に会いに行きました。彼が主催している勉強会があり、声をかけていただき、参加しました。起業して30年も第一線で活躍している方ですので、学ぶことがたくさんあります。これまでも、何度か名古屋でお会いしてきましたが、勉強会に参加するのは初めてです。彼はファミリービジネスの大家で、東京では大学でファミリービジネスの講座も持っています。この分野ではグローバルに活躍しており、日本を代表するような方です。そのような方が同級生というのは、大変にありがたいことです。お言葉に甘えて、参加させていただきました。勉強会は、年8回行われています。毎回、2名の方が講師として登壇されており、これだけの方に登壇してもらうのも大変だと思います。聴講している方々は、多くがご自身がファミリービジネスの経営者の方です。彼のご厚意で多くの方を紹介していただきました。講演は、日本の伝統的な産業を、地域の産業として再活性化させて活躍されている経営者の方の講演をお聞きしました。成功したことばかりではなく、多くの失敗や苦難を乗り越えて、現在の姿があるということを認識し、大変敬服いたしました。私も言うならばファミリービジネスを始めた立場として、非常に参考になりました。とても貴重なお話をお聞きすることができました。講演会の後は、場所を変えて懇親会が行われました。ここでも多くの方と歓談する場となり、非常にありがたい機会でした。翌朝、彼の事務所にも呼んでいただき、訪問してきました。エネルギッシュに仕事をしている姿を見て、私も大いに刺激を受けました。同級生の彼に心から感謝すると共に、私も微力ながらお力になれればと思います。お互い連携して、この業界を盛り上げていきたいと思います。
2026.06.19
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元メジャーリーガーが、巨人への移籍、入団を発表しました。昨日のリリースで、今季、大リーグのワシントン・ナショナルズ傘下の2Aハリスバーグなどでプレーした小笠原慎之介選手と、選手契約を結ぶことについて合意した、と発表していました。小笠原選手は、東海大相模高からドラフト1位で、2016年に中日ドラゴンズに入団しました。2015年の夏の甲子園では、全国優勝を果たしています。この時は、仙台育英高校との対戦となり、小笠原選手が自ら勝ち越しホームランを放ち、10-6で勝って優勝しました。仙台育英高校には、後にプロ入りする佐藤世那投手、平沢大河選手や郡司裕也選手などが在籍していました。小笠原選手は2024年までの9年間で、通算161試合に登板し46勝65敗、防御率3.62の成績を残しました。暗黒時代がずっと続いている中日では、勝ち星が伸びないのは仕方ないと思います。2021年から2024年までは、140イニング以上を投げています。二桁勝利をあげたのは、2022年に一度あります。2024年オフにポスティングシステムを利用して、ワシントン・ナショナルズに移籍しました。昔からの夢ということで、球団も容認して移籍が実現しました。2025年7月にメジャーデビューし、登板23試合、1勝1敗、防御率6.98でした。今季はメジャーでの登板はありませんでした。巨人からの熱意あるオファーで、入団を決めたと会見では話しました。2027年までの契約で、推定年俸は1億8,000万円、背番号は98に決まりました。近年、メジャーの舞台で活躍できず、短期間で日本球界に復帰する投手が目立ちます。2024年の上沢直之選手(ソフトバンク)、昨年の青柳晃洋選手(ヤクルト)などの名前がすぐに浮かびます。現行のルール上からは何にも問題はないのですが、心情的にはどうか、と感じます。メジャーに行って、ダメだったからすぐに日本に帰国とは、どの程度の覚悟だったのか、とも思います。上海で仕事をしていた時、もちろん駐在員なのでいずれは帰国するのですが、事業を成功させるまではしっかりと頑張らないと、という気持ちでした。その点からすると、筒香嘉智選手のようにマイナーリーグや独立リーグでもプレーした選手は、覚悟があると感じます。
2026.06.18
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プロ野球セ・パ交流戦は、昨日西武ライオンズが勝ち、交流戦の優勝を決めました。西武ライオンズは、交流戦初優勝です。14勝3敗1分で、勝率.824は史上最高の勝率となります。今年も、パ・リーグの強さが目立った交流戦でした。交流戦は2005年に始まりましたが、意外な感じですが西武はこれまで優勝がありませんでした。これで、パ・リーグ6球団がいずれも交流戦での優勝を果たしたことになります。交流戦はコロナ禍で中止になった2020年を除き、これまで21回行われています。優勝は、パ16回、セ5回と、パ・リーグが圧倒しています。ソフトバンクが優勝9回と群を抜いており、2回がロッテ、オリックス、巨人、ヤクルトの4球団、1回が日本ハム、楽天、横浜DeNA、そして西武となっています。阪神、広島、中日は、優勝経験がありません。西武はここ数年来、苦難が続いていました。多くの選手がFAで移籍し、主力選手が抜ける中で、成績が振るわない年が続きました。2024年には、シーズン途中の5月に当時の松井稼頭央監督が休養と、どん底を味わいました。その年は、GMを務めていた渡辺久信氏が監督に復帰しましたが、成績は回復せずに、渡辺監督は責任を取って退団します。西口監督が就任した昨年も、順位は5位でした。さらに今年は、主力の今井達也投手がポスティングでメジャー移籍となり、今年も苦しい戦いになると思われました。しかし、FA補強や新外国人、さらには既存の選手の底上げで、チームに活気が出ました。鉄壁の投手陣に、得点力不足も解消され、現在は首位を走っています。私が高校生から大学生の頃、ライオンズは本当に強いチームでした。また、辻監督が率いた時代も、そつのない良いチームでした。今シーズンのパ・リーグは、いつにも増してレベルが高く、見ていても楽しいです。ソフトバンクも、オリックスも、日本ハムも、まだまだ黙っていないと思います。明後日から再開されるペナントレースが、とても楽しみです。パ・リーグの力と力の対戦は、見ていても爽快です。
2026.06.17
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先日、三木監督が休養となった楽天イーグルスで、今朝大きなニュースが飛び込んできました。昨年まで千葉ロッテの監督を務めていた吉井理人氏が、新監督に就任というニュースです。さすがにこのニュースは驚きました。今シーズン中は、塩川監督代行でずっといくと思っていましたので、かなりの驚きでした。リーグ戦再開初戦となる19日の古巣ロッテ戦から、就任、指揮を取る見込みとされています。シーズン途中という異例のタイミングで、巻き返しを図るものです。吉井氏は私と同級生です。高校時代は、当時和歌山の強豪校で春夏連覇も果たした箕島高校のエースとして甲子園に出場しています。高校からドラフト2位で近鉄に入団し、先発、抑えとして活躍しました。近鉄のリーグ優勝にも貢献しています。その後、トレードでヤクルトに入団した後に、1997年にはフリーエージェント権を行使してメジャーリーグに挑戦します。ニューヨークメッツを皮切りに、3球団で活躍しました。日本に帰国してからはオリックス、ロッテと在籍して、2007年に引退しました。20年以上、現役を続けたタフな選手でした。その後はコーチとして日本ハム、ソフトバンク、ロッテと在籍し、名コーチの呼び声も高い指導者でした。この間に、筑波大学大学院で修士を取得しています。2023年にロッテの監督に就任し、昨シーズンまで3年間務めました。退任してフリーになっていたタイミングでしたので、楽天がオファーしたということになります。シーズン中の監督就任は極めて異例で、私もほとんど記憶にありません。また、吉井氏は楽天OBではないので、尚更です。それでも、まだ交流戦が終わるタイミングですので、巻き返しはできると思います。吉井新監督の手腕に注目です。
2026.06.16
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38年間の会社員生活から、独立開業して1ヶ月半ほど経ちました。私が社会人としてスタートを切ったのは、1988年4月でした。食品メーカーの営業マンとして、最初に赴任したのは名古屋でした。新幹線で通過するばかりで、降り立ったことはありませんでした。商売が厳しいところだから、ここで務まればどこでも務まるから頑張れ、と励ましの言葉を受けて名古屋に着任しました。7年間住んで、愛知・岐阜・三重と一通り東海3県を担当しました。まだ大学を出たばかりの駆け出しで、右も左もわからない中で奮闘しました。最初は全く売れませんでしたが、少しずつ小さな成功体験を積み重ねて、それなりに営業マンらしくなりました。当時は年齢の近い方が多く、皆で切磋琢磨しながら頑張っていました。仕事も、遊びも、一生懸命でした。名古屋4年目から7年目まで仕えた上司には、本当にお世話になりました。厳しい方でしたが、今でも自分の社会人としての基礎は、この方の下で仕事をしていた時に築かれたものです。また、当時の若手社員の方とは、仕事が終わった後は毎日のように夕飯を一緒に食べて、酒を飲んで、語り合っていました。そう考えると、20代の若い頃にとても素晴らしい経験をしたと思います。名古屋にはその後、何度も訪れる機会がありましたが、いつ来てもあの頃を思い出させてくれます。今回も、仕事で名古屋を訪れました。台風の接近があり、強い雨が降っていましたので、朝ランを遅らせて、天候が安定するのを待ちました。雨が上がり、晴れ間も覗くタイミングで走りに行きました。昔住んでいたアパートは、まだ健在でした。外装はメンテナンスの跡がありましたが、まったく当時と趣は一緒でした。よく先輩後輩と夕飯を食べに行ったお店は、だいぶ古びていましたが、まだありました。当時のことを懐かしく思い出しました。しかし、38年の歳月は長く、多くのお店がなくなっていました。時間の流れで仕方ないことだと思います。それでも、社会人の原点である名古屋を訪れると、初心に返るような気持ちになります。これからも、あの時の一生懸命さを忘れずに、努力していきたいと思います。
2026.06.15
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今日はいわて銀河ウルトラマラソンの開催日です。2024年のこの大会で、100kmを11時間8分10秒で完走したのが、自己ベストです。午前4時スタート、峠が多くアップダウンも厳しいコースですが、地元の方の応援に励まされて、楽しく完走できた思い出があります。今思うと、あの頃は心身共に絶好調で、メンタル的にもとても強い時期でした。柴又以外での100kmレースは、初めての経験でした。まだ真っ暗な中でスタートラインに立つのも、未経験でした。スタートから意外と周囲の方のペースが速く、乱されないように気をつけて走りました。とにかく、前半から抑えて、山のコースに入ったら粘る、と意識していました。この大会に向けて、1ヶ月前のゴールデンウイークには、箱根駅伝の5区~6区の試走を行い、鍛えていました。その時の経験から、箱根よりずっと走りやすい、という精神的な余裕が生まれました。エイドのボランティアの方とも楽しく会話をすることで、とてもリラックスできました。「あとたった60kmだよ」と元気に励ましてくれる女性の方には、皆で爆笑しながら走った思い出があります。山を全部超えた60km以降はだいぶ足にきましたが、それでも気持ちはポジティブでした。とても楽しみながら走れているのが、自分でもよくわかりました。最後のエイドのところでは、目の前に上り坂が見えていました。「最後にこれはきついですね」とエイドの方に言うと、「まあ、コーラでも飲んで」と、笑顔でコーラの小さい缶を渡してくれました。こうして、楽しく頑張って最高の気分でゴールできました。体調万全、精神的にも安定していた、会心のレースでした。現在は故障と戦いながら、サロマに向けて進んでいます。今朝も8kmジョグと物足りないですが、この飢餓感をサロマにぶつけられるよう、頑張りたいと思います。いわて銀河はタフなレースになると思いますが、出場される方々のご健闘をお祈りしています。私もサロマに向けて、体調を整えていきたいと思います。
2026.06.14
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今日で転倒から3週間が経ちました。怪我の様子はさまざまです。擦過傷はだいぶ回復してきました。顔の傷も目立たなくなってきましたが、まだ気になるレベルです。多くの方にお会いする仕事なので、顔の傷は致命傷です。早く完全に治したいです。打撲系も、徐々に回復しています。先週は左膝が曲げられなかったですが、今週はある程度戻りつつあります。整骨院で治療を受けて、必要なストレッチを教えてもらいました。毎日3セットをやることで、回復に向かっていくと思います。しかし、足底筋膜炎の症状が出てきて、右足のかかと付近に痛みがあります。これが結構厄介で、負担をかけないように気をつけています。そのため、ジョグの距離は短めにして、我慢しています。今日は8kmで終了ですが、週末に8kmだと実に物足りないです。それでも、ある程度走れるようにはなってきましたので、回復に向かっています。この1週間は無理をせずに、さらに回復させたいと思います。サロマまであと2週間あまりとなりました。大会の最終案内も届き、いよいよという感じです。それだけに、万全の体調でサロマを走れるように、頑張っていきたいと思います。我慢の日々は続きます。
2026.06.13
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ボクシングの元WBC世界ライト級チャンピオンのガッツ石松さんの訃報が届きました。76歳、肺炎のために6月2日に亡くなったと、所属事務所が発表しました。5月までは元気に過ごしていたものの、体調を崩してすぐに肺炎となり、そのまま帰らぬ人となったということです。突然の訃報に驚きました。ガッツ石松さんは栃木県出身で、中学卒業後に上京し、ボクサーとしてプロデビューしました。1969年に全日本ライト級で新人王となりましたが、同期の新人王にウェルター級の輪島功一さんがいました。世界チャンピオンへの道のりは平坦ではなく、1974年4月に3度目の挑戦で世界王座を獲得しました。ガッツさん圧倒的不利の予想を覆したのが、「幻の右」と評された右ストレートででした。左、右を繰り出す間隔が短く、相手には右腕の動きが見切れないことから、「幻の右」と評されたそうです。この時に両拳を突き上げた姿が、ガッツポーズと言われるようになったということです。その後も5度の防衛に成功し、1977年4月のWBC世界スーパーライト級に挑戦して6回KO負けとなり、世界2階級制覇を逃しました。1978年に現役を引退した後は、タレントとして幅広く活動されていました。私の父が若い頃に、ボクシングをやっていたそうです。当然ながら私は知らないのですが、父がボクシングをやっていた17〜18歳の頃の写真を見たことがあります。そのせいか、父はボクシングが好きで、我が家ではボクシング中継があると、いつもテレビで見ていました。私に対して、酒を飲みながら色々と解説をしてくれたものです。多くの方はガッツさんはタレントの印象しかないでしょうが、私の中では三度笠で入場するパフォーマンスを見せる、強い世界チャンピオンという印象です。ガッツさんの訃報を耳にして、ボクシング好きだった父を思い出しました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
2026.06.12
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大相撲の元関脇長谷川の長谷川勝敏氏が、ご逝去されました。享年81歳、膵臓がんでご逝去とのことです。長谷川関は、私が小学生で相撲を見始めた頃は、既にベテランで引退直前でした。しかし、その左四つの取り口が力強く、とても印象的で応援していました。直接見ていない頃になりますが、1972年3月場所では12勝3敗で幕内最高優勝を果たしています。後の大関魁傑と、4分近い優勝決定戦の末に、初優勝を遂げています。この時、長谷川関は関脇連続6場所目で、前の場所は10勝をあげています。優勝すれば大関という声もあったようですが、大関昇進は果たせませんでした。この頃の相撲界は、混沌とした時期でした。前年に横綱大鵬が引退、横綱玉の海が現役で急逝という悲劇に見舞われ、1人横綱の北の富士も不振に喘いでいました。この年は1月場所が前頭栃東、3月場所が長谷川、5月場所が関脇輪島、7月場所が前頭高見山と、初優勝が続きました。現在の相撲界と、少し似たような状況でした。長谷川関の大関昇進は、その場所の12日目の大関同士の琴櫻と前の山戦が、監察委員会より無気力相撲の警告を受けたことから、話題がそちらに集中してしまいました。また、当時琴櫻、清国、前の山、大麒麟の4大関(前の山はその場所限りで関脇に陥落)時代だったことも、影響したようです。その後も現役で活躍した長谷川関は、関脇を当時最多記録の21場所務め、小結と関脇の通算在位合計30場所も、当時の記録でした。大関にはなれませんでしたが、「史上最強の関脇」と呼ばれました。1976年1月場所10日目に、史上初の幕内連続出場1,000回を達成しましたが、その場所は7勝8敗、翌3月場所は6勝9敗と負け越し、5月場所も初日から4連敗したところで、引退を表明しました。子供心ながらに、突然の引退という印象でした。引退後は年寄秀ノ山を襲名し、佐渡ケ嶽部屋付きの親方として、後進を指導しました。日本相撲協会の理事も務め、2009年7月場所限りで定年退職しています。大関にはなれなかった長谷川関ですが、私生活では生命の危機を間一髪免れるという幸運が、何回かありました。ちゃんこ番の時に同僚力士がフグ中毒死した事件では、同じくちゃんこ番だったものの、たまたま腹の調子が悪く、味見をしなかったため九死に一生を得たということがありました。また、搭乗するはずだった飛行機を、たまたま友人に会ったことでキャンセルしたことで、その飛行機が墜落、全員が犠牲になるという事故から免れる、ということもありました。元力士としては81歳までのご長寿でのご逝去に際し、心よりご冥福をお祈りいたします。
2026.06.11
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プロ野球交流戦の真っ只中ですが、楽天の三木監督の休養が発表されました。前日の巨人戦に敗れ、日付が変わった午前1時に発表という、異例の事態となりました。楽天は昨日の試合終了時点で、21勝36敗1分けの借金15と低迷しています。5位ロッテと7ゲーム差のパ・リーグ最下位で、交流戦も2勝10敗の勝率1割6分7厘、最下位に沈んでいる状況です。今シーズンの楽天は、ここまで誤算続きでした。昨シーズン新人ながらベストナインに輝いた宗山塁選手が、左手首を痛めて開幕に間に合わず、現在も1軍出場がありません。また、メジャーから補強した前田健太投手が1勝もできず、現在は二軍で調整中です。投打ともに振るわない状況で、コーチ陣の入れ替えや、鈴木大地選手をキャプテンに就任させたものの、チーム状況は好転していません。昨日の巨人戦でも、昨年まで楽天に在籍していた則本投手に6回まで無得点に抑えられ、8-2と大敗していました。このような状況から、三木監督の休養、事実上の解任に至ったと思われます。三木監督は2020年に楽天の監督に就任しましたが、その年は4位に終わり、翌2021年からは2軍監督に配置転換になりました。その間、石井一久GMが監督に就任したものの振るわず、その後に就任した今江敏晃監督も1年で退任し、昨シーズンから再び1軍監督に就任していました。昨シーズンも4位に終わり、今シーズンは最下位から上昇の機運がありません。今後は、塩川達也ヘッドコーチが監督代行を務めます。楽天は監督が頻繁に変わることで有名です。1年で退任した監督は、初代の田尾監督、ブラウン監督、大久保監督、平石監督、前監督時の三木監督、今江監督と、6人もいます。長期政権は野村監督、星野監督の4年、梨田監督の3年に、GM兼任の石井監督も3年と、この4人だけです。石井GMも長年GMを務めていますが、成績は全く上向かないばかりか、監督の交代ばかりで選手も戸惑っているのではないでしょうか。巨人は阿部前監督から橋上監督代行に変わった途端、チームは勝ち星を重ねています。楽天は果たしてどうなるでしょうか。
2026.06.10
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昨日は、初めての大学での授業でした。これまでは関東の大学ばかりでしたが、初めて関西で講義を行いました。10年以上お付き合いいただいている公認会計士の先生が、講師を務めておられる授業です。そのご縁で、登壇する機会をいただきました。午後の授業ですので、朝からの移動で向かいます。あいにくの雨模様の中ですが、無事に到着しました。キャンパス内はとても美しく、落ち着いた雰囲気のある素晴らしいキャンパスです。このような場所で学べる学生さんは、幸せだなと思いました。キャンパス内のカフェで少し仕事をした後、先生と合流しました。昼食を共にしながら、授業の打ち合わせをしてから臨みます。13時半から授業が始まりました。冒頭に先生から紹介していただき、その後すぐに講義を行いました。この日のために、内容は色々と考えてきました。二部構成で、一つは私自身のキャリアについて、もう一つは会計についてです。私のキャリアは波瀾万丈で、大きなターニングポイントがいくつかあります。新入社員で営業、税理士試験合格で経理へ、上海への赴任、転職、MBA取得、そして独立開業と、色々な出来事と共に、その時のマインドや取り組んだことを説明しました。会計については、財務諸表から何がわかるのか、いかに経営に活かすのか、実際の分析事例をもとに紹介しました。数字を読むことで、経営に活かすことができる、ということを訴えました。そして、数字を武器に自分のキャリアをつくる、ということを説明し、そのためには長所を徹底的に伸ばして、短所は無視する、と訴えました。短所を直そうとして、長所まで小さくなって欲しくない、という想いから、このような締めくくりにしました。学生の皆様に授業後も色々と質問していただき、大変素晴らしい時間となりました。教室は次の授業があるため、廊下に出て何十分も熱心に質問をされる複数の学生さんの熱心さには、敬服しました。素晴らしい経験になりました。このような機会をいただきました先生に、心より感謝を申し上げます。
2026.06.09
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税理士試験に合格したのは、もう25年ほど前になります。簿記検定の勉強を始めてから、税理士試験の官報合格まで6年かかりました。当時の税理士試験には受験資格要件があり、私は大学の社会学部出身だったため、要件を満たしていませんでした。そのため、受験資格要件である簿記1級の合格が必要でした。大学の講義で、税理士試験の話をすることがあります。恥ずかしながら私は、簿記にかなり苦戦した過去があります。簿記の素人だった私は、独学で2級に合格しました。次の目標である1級合格を目指して、大原簿記学校の日曜日の講座に通い、勉強を続けました。それでもなかなか合格できず、簿記1級は2回落ちて3回目の受験で何とか合格できました。それも、70点以上が合格の試験で、71点での合格でした。そこから税理士試験の勉強に入り、まずは多くの方と同じように会計科目の必修である簿記論と財務諸表論を勉強しました。簿記論は計算中心、財務諸表論は理論中心でした。1年目は簿記論と財務諸表論を受験して、財務諸表論に合格しました。2年目に税法科目である消費税法と簿記論を受験して、消費税法に合格しました。簿記論は2年続けて落ちて、3年目には法人税法と簿記論という、かなり痺れる勉強でした。この時法人税法は1回目で、そして3回目の受験で簿記論にようやく合格できました。簿記は好きなのに、試験となるとうまくいきませんでした。あれほど苦戦したのですが、そんな私でも後に年商1兆円企業の経理部長を務めました。そして、今は税理士をやっています。簿記1級が71点で合格でも、その後の人生で何も困ったことはありません。税理士試験勉強中の皆様、頑張ってください。諦めなければ、必ず道は開けます。
2026.06.08
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