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2026.05.26
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テーマ: ニュース(96817)
カテゴリ: 経済・社会・企業
日本にコンビニエンスストアを定着させた、セブン&アイ・ホールディングスの名誉顧問、鈴木敏文氏がお亡くなりになりました。
心不全のため93歳で亡くなられたということです。

鈴木氏は中央大経済学部を卒業後、東京出版販売(現トーハン)を経て、1963年にヨーカ堂(現イトーヨーカ堂)に入社されました。
1992年に創業者の伊藤雅俊社長が、総会屋への現金供与事件で辞任したことを受け、副社長から社長に昇格しました。

2003年からはヨーカ堂とセブン-イレブン・ジャパンの会長兼最高経営責任者(CEO)として、グループ全体の指揮を執りました。
そして、2005年には持株会社セブン&アイHDを設立し、会長兼CEOに就任されています。

鈴木氏といえば、コンビニの生みの親とも言うべき方です。


そして、アメリカのサウスランド社と提携し、1974年に東京都江東区にセブン-イレブン1号店を誕生させました。
この1号店の話は度々取り上げられていますが、20代の若い酒屋さんがオーナーで、最初に売れた商品はサングラスだったと記憶しています。

その後、コンビニは社会インフラとなりました。
家庭でつくるものだったおにぎりやおでんの販売をはじめ、ペットボトルのお茶や水、レジ後ろでのスナックや飲料など、次々と販売を始めます。

「スラーピー」というシャーベットなどは、高校時代によく買って食べました。
その後も宅急便の取り扱いや公共料金の支払いなど、コンビニは社会インフラとなっていきました。

さらに、2001年には流通業で初めて銀行業に参入します。
当時は銀行ATMしかない時代で、土日などは開いていないATMも多くありました。

当時の「アイワイバンク銀行」現在の「セブン銀行」は、静岡にいた私には画期的なサービスに思いました。
今や当たり前となったコンビニATMですが、土日でもコンビニで手軽にお金を引き出せるのは、凄い時代になったものだと思ったものです。

鈴木氏は2016年4月、セブン&アイ・ホールディングスの会長職を突然、退任します。
社内のクーデターと言われていました。

鈴木氏が去った後のセブン&アイは、迷走を続けました。
今のセブンは、かつての勢いを誇った姿はなく、グループ体制は大幅に刷新されました。

カリスマはその様子を、どのような思いで見ていたのでしょうか。
謹んでご冥福をお祈りいたします。





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最終更新日  2026.05.26 17:16:59
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