全7件 (7件中 1-7件目)
1
今日から新学期が始まりました。夏休み明けはとくに子どもは不安になりやすいようですね。不登校になる子が増えると聞きました。私も新しい土地で緊張したのですが、娘はとくに繊細なところがあるので心配です。嫌なことを嫌だと言えるように、話しやすい雰囲気づくりをしていきたいと思います。夫と別居してからたくさんの時間が過ぎたのですが、今もまだ気持ちは落ち着いていません。この気持ちが落ち着いた頃、別居までの流れや別居後の変化等、書いていきたいと思います。
2023.08.28
コメント(0)
ようやく私たちは旅に出て、新しい町にたどり着きました。たくさんの準備をしてここまでやってきて、それなりの覚悟もありました。今、私たちの前に一つの大きな塔があってその一番上には何らかのゴールがあるような気がしています。この塔の門にも夫からの罠が仕掛けてあって、まだ先へ進めない状態です。私は夫への期待を無くして、敵としてここまでやってきたつもりでした。それが今夫からの連絡という罠にハマりそうになっています。夫から「もうしない。ごめんなさい。」ときていた連絡が、いつしか「君にこんなことされたけど、俺は好きだったよ。」に変わっていました。「俺はもう簡単に変わるとは言わない。」この言葉、私はいつしかいい方向に解釈して、また夫に期待をしてしまったのかもしれません。「あぁ、やっと分かったんだ。人は簡単に変われないことを。気づいたなら少しでも私たちの関係性が変わるかもしれない。私と夫と子どもたちがみんなが笑顔で居られる生活を送れるのかもしれない…」そう思って夫の連絡を待っていたのですが、夫から届いたメッセージの中に本音を見つけてしまったのです。直接そのように書いてあったわけではありませんが…。「色んな人と話をして、俺が絶対的に悪いことをしたわけじゃないと気がついた。だからもう上辺だけの謝罪も必要ない。そして上辺だけの“俺は変わる”ももう言わない。」そのように読み取れました。どうしてこの人に期待をしてしまうんだろう。これでは今までと何も変わらない。私自身の意思はどこにあるんだろう。子どもの言葉、夫の言葉、周りからの言葉。それにふらふらと惑わされて先へ進もうとしない。私には今すぐ目の前の塔の門をぶち破って、誰の意見も聞き入れずゴールまで突っ走る力がありません。少しずつ旅の仲間の意見を聞きながら試行錯誤してゆっくりゆっくり進んでいくしかありません。ここまで来たのだからとりあえず門は開いて、上を目指して進んでいきたいです。これからも夫の仕掛けた罠には引っかからないように気をつけます。
2023.08.24
コメント(0)
![]()
ようやく夏休みも後半となり、毎日毎日姉妹喧嘩してるふたりとの時間もこれから短くなっていくんだなと感じています。今回の夏は、ものすごくあっという間でした。前回は子どもと遊ぶ時間や体験が印象的だったのですが…。ほとんどお家に居たなぁと思います。子どもの夏休みといえば宿題もありますね。今回は事情があって、できたものだけ持ってくれば良いと先生が仰ってたので気楽でしたが…。とくに大変だったのは植物を育てることでした。今回はほとんどお家にいたので問題なかったのですが、旅行等で水やりができないときにこんなものがあったら便利だなと思いました。残りの夏休み、もう少し子どもと楽しく過ごせるような工夫をしていきたいと思います。
2023.08.19
コメント(0)
夫は、ありとあらゆる手段で私たちを引き戻そうとしてきます。下手に出てみたり、子どもが可哀想じゃないかと言ってみたり。争うことに使うお金がもったいない。君にも不満はあった。話し合いがない状態で出ていくのはどういうことか。もし離婚をしないのであれば、自由にしていいよ。仲良かった頃に戻りたい。子どもに会いたい。ご飯が喉に通らない。生きられない。反省や苦しみをわかって欲しい。そこには、私が不安になるような言葉や脅しの言葉が見え隠れしています。この言葉たちには裏がある。何もかも自分の支配下に置こうとする夫のコントロールという必殺技。別居してから2週間ほど、その言葉の裏の意味を考えないようにして「もし本当に夫が変わったのであれば…」という期待を持っていました。別居してから日を重ねるごとに夫からの全ての言葉が、そういう夫の技なのだと確信に変わっています。今は「夫が変わる」という状況を全く信じていません。真相は分かりません。夫の本当の気持ちも分かりません。ただ、私は夫から受ける言葉を罠であるとしか思えなくなっています。私は今まで夫の攻撃に何もせずただ耐えていただけですが、今は大きな盾を持って「防御をする」という選択ができるようになりました。この防御力、もう少し上げていきたいなと思ったところです。
2023.08.13
コメント(0)
夫から「もう今までのようなことはしない。信じてほしい。」というメッセージが届いています。夫からの「信じてほしい」は、結婚してから数年経っていますが何度もありました。その信用は何度も破られて、今も尚「信じてほしい」と言ってきています。信じるとはなんなのだろう。今まで私は、夫が今度こそは変わってくれると期待して信じていたのだと思います。信じない自分が悪者のような気もしていたし、実際に「どうして信じてくれないんだ!」と責められたこともありました。夫との未来が予想できて、夫の可能性に賭けてみたいと信じていた今までの私。自分を守るために信じていた今までの私。その私は、夫と離れてどこかへ消えてしまいました。信じるというのは誰かに強制されるものでもないし、自分が信じたいから信じる。その人のことや、その人との未来が大切だから信じる。ということなのだと私は考えます。今の私には、夫との未来が見えません。信じたい人ではありません。これまで一緒に居た大切だった人ではありますが、自分のことを壊して何度も嘘をつくような人は大切な人とは言えません。子どものことを抜きにすれば、私にとってもう関わりたくない人です。「どんなに約束を破られても、どんなに傷付けられても絶対にその人を信じる」という姿勢も素敵です。しかし、私は子どもたちに「どんなことがあっても信じてあげてね」と言えません。他人を大切にするより前に、自分のことを大切にしてね。と教えてあげたいです。
2023.08.09
コメント(0)
前回、私は自分自身を取り戻したと書きました。それでも毎日自信に満ち溢れているわけではありません。別居期間に「失敗したな」と思うことがあったのでここに残しておこうと思います。夫からの大量のメッセージに、少し話し合いの余地があると勘違いしたときの出来事を書きたいと思います。夫が送ってくるメッセージには矛盾もあり、記憶が改ざんされている箇所もあり、少しだけ訂正しようと反応をしてしまいました。無視を徹底していればよかったのですが、子どもの話も出ていたので返信しました。「ごめんなさい。信じてください、お願いします。」と送ってきていたメッセージが、私の返信によって少しずつ変化していきました。「俺は悪い人間じゃない。あなたも同じことしてたよね。あなたもこういうところは良くなかったよね。」という文章になっています。それを見て「私も悪かったな……」と多少思ったのですが、これでは今まで私が積み上げてきた経験値をリセットすることになる…と思い直しました。改めて、夫の今までの謝罪の言葉は私をコントロールするためだけの道具であったのだと実感しました。今まで何も反応せず、相手にされなかったのに突然反応したので夫は驚いたかと思います。そしてまだコントロールすることができると、喜んだに違いありません。モラハラをしてくる相手から離れられた場合、反応しないことはとても重要だと感じました。
2023.08.06
コメント(0)
共依存。モラハラ夫とその妻、その逆も。支配したい人とされたい人。私は支配されたいという意識はなかったのですが、自分の考えや意思がなく結果的に支配されにいっていたと気が付きました。自信のないもの同士が、支配することで自信を得る。支配されることで自信を得る。この関係が切れることはとても難しいと思います。全てを決めてくれる夫。支えてくれる人。従ってさえいれば間違いない。と信じていました。夫は私を必要としてくれているし、それに対しての生きがいもあったと思います。そんな夫から距離を置いて、初日の出来事。鳴り止まない夫からの電話に恐怖がありました。「早く帰ってこい」と言われると思っていたからです。しかし夫は「ごめんなさい」としか言わなかったのです。「戻ってきてほしい、家族が好きだ」と。その言葉を聞いて、私は涙が溢れてきました。何年ぶりかの涙です。自分の感情がなくなっていたので、私自身驚きました。何の涙だったのかはわかりません。「まだ自分のことしか話さないのか、子どもの気持ちは考えていないのか?」と悲しくなったのもあります。この時は、夫から勝手に離れてしまって申し訳ないとも思っていたと思います。こんなに反省してくれるなら…離れなければ…と本気で思っていたと思います。それから数日経って、私が夫からの言葉に涙することは一度もありませんでした。まだ夫と暮らしている時、夫からの洗脳さ完全に解けたと思っていましたが完全に解けたのは夫から離れた今だったのだと感じます。夫が何を言ってきても、何も響きません。可哀想だとも、申し訳ないとも、何も。夫からのメッセージが届く度に「何これ。」と声に出てしまいます。私は今まで何をしていたんだろう。夫と暮らすメリットが一つも思い浮かびません。子どもからの言葉には「勝手に決めてごめんね。本当は今まで通りがいいよね…」と悩んでしまうこともあります。あのまま生活していれば「こんなことしなくても良かったのにな」と思うことも何度もありました。それでも、あの家に居て私が本当の笑顔で過ごせることはなかったし今以上に子どもと向き合う余裕はなかったと思います。今までとは違う生活になって、「子どもの気持ちはどうだろうか」と真っ先に考えられるようになったのも良い結果だったと思いました。離れる前は、たくさんのことを想定して諦めなければならないこともあって、不安でいっぱいでした。誰かに相談に行っても責められる言葉が多かったし、私が子どもと一緒に暮らしていく能力があるのか測られているような感覚もありました。何もない自分に落ち込んだし、思った以上に子どもたちに迷惑をかけていることに失望したし、このまま存在していても良いのか悩みました。今も子どもに迷惑をかけていることは変わりないのですが、自分を取り戻すことができていたと思います。離れるという選択肢が間違ってはいなかったと自信を持つことができています。最終的には「出て行っちゃえば、なんとかなる」と投げやりにもなって、出てきてしまいましたが、それが良い結果になったので良かったです。モラハラ夫の話が出る時「そんなの離れちゃえばいいじゃん」「絶対すぐに離れるべきだ」とよく聞きます。当事者からすれば「そんなに簡単に離れられるものじゃない」と思っていました。なので今モラハラに苦しんでる方に離れるべきだと言うつもりはありません。夫の言葉はただ自分の自信を得る為の手段であって、その言葉に意味も重みもありません。その言葉に傷つく必要はありません。自分の「これが好き、これが嫌だ、楽しい、悲しい」という気持ちを忘れないように過ごしてほしいと思います。
2023.08.03
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1


