Atelier Mashenka

Atelier Mashenka

2009.08.03
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カテゴリ: 思索・読書


Kが亡くなった。昨夜連絡があった。
18日にお通夜、19日に告別式。
誕生日に告別式をやることになるとは。

Kの死を知らせると、親友のKyouちゃんから詩が送られてきた。
Kyouちゃんの詩は本当に"うた"だ。ゆらぎだ。
私とは随分違う。

今の私は何にも言葉が出なくて、うたうことはできない。



7月18日
豊橋へ向かう新幹線ひかりの中。運ばれる、運ばれる。
過去へ運ばれてゆく。

人は死に瀕するとその人のいいところばかり思い出す。
そして惜しむ。
生きているうちにお互い認め合って許しあっていければいいのにね。
存在そのものが失われそうになって初めて、その存在の貴さに気づく。

小さな単線の駅の、何気ない柱、枕木、はげかけたペンキの色。
名も知らぬ雑草。
そんな風景が何故こんなに心懐かしく、魅かれるのだろう。


これは私の転機になり得るだろうか。

何が変わったわけじゃない。彼と離れて7年経ち、
会うことも話すこともなかったけれど。
何か変わるだろうか?



7月19日
終わった。終わったのだ。
急に激しい雷雨が降る。
洗い流せ洗い流せ。ぬぐい去れ。

これからなのだ。これから意味が立ち上がってくるのだ。
今回のことの意味。
何を学ぶべきか。何を捨て去るべきか。


妄想。
人生の悩み煩いの90%は妄想だ。そう思っている。
今日は火葬場に行き、火葬、収骨に立ち会っても
想像したようなパニックにはならなかった。
むしろ実感がわかなかった。
棺に泣きすがる彼のおかあさんが遠く見えた。


空(くう)になった。空(そら)になった。

空へ翔り、身軽な身体となり、下界を見下ろし、哄笑している。
そうであったらいい。


告別式のとき、たくさんの参列者がいて、
Hさんの心に響く弔辞があって、祭壇の上の写真を見ているうちに、
急に、彼は幸せだったんだな、と思えた。
辛かろうが、淋しかろうが、たくさんの人の愛に囲まれていたのは確かなのだ。
そして彼も周りの人を愛していた。


親族の待合室を抜け出した。
立ち昇る煙を見たかったけれど、煙は見えなかった。
蝉の声と小さな用水のせせらぎの音の中で、ぼーっと空を見上げていた。
蝉の声は優しかった。
細い柔らかいリリアンが紡がれていくような
あんなにデリケートで優しいゆらぎの声に聞こえたのは初めてだ。



7月21日
弟さんと毎日のように、今日の血圧はいくつ、脈拍はいくつ、
19日まであと何日、とカウントしていた日々がすでに懐かしい。


人は哀しみの中でも笑えるものなのだ。


お通夜の晩と、告別式のたった1日半の短い間に経験した、
たくさんのたくさんのこと。
濃く、あたたかく、暗く、湿っていて、割り切ることのできないもの。
胸の奥に追いやられた言葉。


虚しい。


昨夜は久々に飲みすぎた。気分悪くなって道端に座り込んだ。
そんなのは久しぶりだったな。


喪失。喪失してきた、この7年間で。
彼の不在には慣れてしまったが、絶対的な不在ではなかった。
今あるのは絶対的不在だ。
あり得ぬ未来だ。
彼の時は止まり、閉じ、完結してしまった。
絶対的無言だ。


もうしょうがなかったのだ、あんなに白く冷たくなってしまっては。
もう焼くしかなかったのだ。
あの骨がKのものだとはまだ信じられないし、
あの肉体が無くなってしまったことも信じられない。


7月22日
あの日の朝を覚えている。
前夜の雨でアスファルトは湿っていて、明け方の街はブルーグレイ、
夏だというのに空気はひんやり冷たかった。
懐かしい街、二度と足を踏み入れることはないと思っていた街を運転した。
途中のコンビニに寄った。お客など誰もいない店内。
パンとあたたかい飲み物を買い、駐車場で車の中で食べた。
朝4時半だった。
そして病院へ向かった。
瀕死の彼に、そして捨ててきた過去に立ち向かう時間が近づいてくる。


哀しみに侵食される。
この身体のだるさは哀しみが内側から巣食い、
私をひきずり落とそうとしているのかもしれない。


ふと考える。
自分が死ぬとき、それが遠い将来なのか、
案外近い将来なのかわからないけれど、
Kのことを思ったとき、それはプラスにしか考えられないのではないか。

振り返って、出会えて一緒の時間を過ごせて影響を与え合って、
本当によかったと思うしかないような気がする。
今のいっときの哀しみに暮れてしまうとそれしか見えなくなってしまうけれど、
人生長く生きたとしても、終わりのときには
さほど違いを感じないのではないだろうか?
(カミュの「異邦人」を思い起こす。)

死という理不尽さは依然としてあり、
人生のはかなさを痛いほどかみしめるのではないだろうか?
先に人生を駆け抜けてしまった先輩として、
ただただ出会いに感謝するのではないだろうか?

全てをプラスにしてうたうことは私にできるだろうか?



7月28日
何か全く異なった視点から、異なった理解や考え方ができないものだろうか?
それを探りつつある。
まだ漠然としているけれど、それが課題なのかも。
今回の一連のことの。そしてこれまでの。これからに対しての。
何か大きなブレイクスルーが必要なのかもしれない。
考え方の転回。
それはほんのちょっとしたことかもしれない。
しかしそれが大事な気がする。それによって生き方が変わるかも。


マルコムによるヴィトゲンシュタインの回想録を読んでいる。
Kの実家にあった本だ。
Kがヴィトゲンシュタインの哲学が好きだったから、軽い気持ちで読み始めたら
予想以上に多くの示唆があり、考えさせられている。発見もある。
そして私自身も勇気づけられている。

彼はヴィトゲンシュタイン同様、現世的な幸福を求めなかったかもしれない。
そして思っていたよりもすでに、哲学的生き方をしていたと思い至る。
常に考え、分析し、批判し、正しいと思うことははっきり言い、絶対曲げなかった。



7月29日
千葉の姉のところで感じた生き生きとした感覚、解放感。
生き生きとした風に吹かれた2日間だった。

死、はかなさ、虚しさ、物質世界の重圧、
そうしたものに打ちのめされて、無力感を感じていたのに、
千葉行きはそれらを払拭してくれた。
とても楽しく、充実した時間だった。

姉の家のあの清潔で、いつも爽やかな風が通っているような雰囲気、
九十九里の砂浜の広々とひらけた風景、それらが印象的に私の中に刻み込まれた。
何かを示唆している。


ヴィトゲンシュタインの回想録を読んで、Kのことを考える。
そしてヴィトゲンシュタインのように死の床で「素晴らしい人生だった!」と
叫びたかったかどうか、わからないけれど、
思うように生きたのだからこれでいいのだろうと思えた。
それぞれにそれぞれの条件を背負って生き、そして死んでいくのだ。
私は私の思うように生きていくこと。



7月30日
昨夜の月は幻想的だった。
半分欠けていてもやに包まれて、黄色い光を発していた。
あそこにKはいて哲学しているのだろうか、
地上を見下ろしているのだろうか、とぼんやり考えた。
そういうことを考えるのは、以前は自分に禁じていたけれど、
今、そう考えたほうがよりよく生きられるのであれば、
それでいいではないかと思う自分もいる。
死、現世での死は解放であって、死した後は空翔けることができるのだ、と。


8月2日
死はこの現世からの離脱ではあるけれど、その先のことは何もわからない。
それについては何も語れない。
でも何を信じてもいいのだろう。
大事なのはよく生きることで、何かを信じてよりよく生きられるのであれば、
真実かどうかは重要でないのかもしれない。
かと言って虚飾はやはり好きになれないが。


途切れた糸。何も思わない、感じない、考えられない。
Kの思考はもう、存在しない。
もう本当に後戻りできない。取り返しはつかない。


今取り組んでいる、この死生観の問題。哲学と宗教。
過去をどうとらえるか、それらをブレイクスルーしたとき、
より自由になれる気がする。
自分が何をなすべきかもっと見えてくる気がする。
今の自分は何も捨てられない。


自分を信じること。


ヴィトゲンシュタインの回想録を読んで思ったこと。
不幸でもいいのだということ。
傍から見て不幸に見えても、それでいいのだということ。
Kはあれでよかったのだと、不幸でよかったのだ、と。
理解ある優しい女性と再婚して穏やかに暮らして
学問して、著作活動して成功する――
それは私の彼に対する希み、願いではあったけれど、
考えれば実は似つかわしくない生き方なのかもしれない。

彼は孤独で、病に苦しんで、社会的に辛い思いをしつつ、
でも正しいと思うことは絶対曲げず、言いたいことを言って闘い続けてきた。
そして倒れた。
のたれ死んだも同然だ。
穏やかな人生とは無縁だった。
賞賛したい。

彼は言い訳なんかしなかった。
憐れみもいらなかった。
彼は一番大事なものを手離して、哲学の神についていったのだろうか?
ついていけたのだろうか?


私はどうだろう。
私は離婚によって大きな大事なものを捨てた。
それまでの生活を捨て、友人や知人を捨てた。
どん底に見えた。無一物状態を感じた。
そこから這い上がってきた。
しかし、今、今はどうだろう?生ぬるくないだろうか?


大きな波がやってくる。これを乗り越えないと次へ行けない。


深遠なるものを感じたい。


自分自身に突きつけるもの。生。容赦ない問い。


雨が降り、蝉の声が降る。
この雨は8月だというのに梅雨のままのようだ。
この夏の雨と蝉の声は、Kのもとへかけつけ、
また火葬したときの情景とともに焼き付けられるだろう。







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Last updated  2009.09.23 01:25:13
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お悔やみ申し上げます  
一村雨  さん
久々の更新。しかしその内容に驚きました。
そして、最後までブログの画面から目が離せませんでした。
あまりにも若い。
Kさまのご冥福とマーシャさんの心の安寧を
お祈りいたします。 (2009.09.22 09:39:32)

Re:生と死の情景~その3(08/03)  
wheatgrass  さん
mashenkaさんどうしてるかなぁ~と気になっていました。
ブログが更新されて少しホッとしました。
ご冥福をお祈りします。
そして、mashenkaさんがもし今、闇の中にいるのなら
そこに光明がさして、その光が少しずつ広く明るくなりますように。
(2009.09.23 00:17:20)

一村雨さん  
mashenka  さん
ご無沙汰していてすみません。
コメントをありがとうございました。

>久々の更新。しかしその内容に驚きました。
>そして、最後までブログの画面から目が離せませんでした。
>あまりにも若い。
>Kさまのご冥福とマーシャさんの心の安寧を
>お祈りいたします。

一連のことを書くのは躊躇しておりましたが、
あたたかいコメントをありがとうございます。
いろいろ考えさせられてます。
またお会いする機会があったら、お話しさせて下さいね。
(2009.09.23 02:02:20)

wheatgrassさん  
mashenka  さん
コメントをありがとうございます。
最近は読み逃げばかりですみません・・
wheatgrassさんのブログにはいつも励まされてます。

>mashenkaさんどうしてるかなぁ~と気になっていました。
>ブログが更新されて少しホッとしました。
>ご冥福をお祈りします。
>そして、mashenkaさんがもし今、闇の中にいるのなら
>そこに光明がさして、その光が少しずつ広く明るくなりますように。

お心遣い、ありがとうございます。
おかげさまでだいぶ気持ちが整理されてきたので、
ブログをアップすることができました。
本当の答えはまだ見えてませんが、それは一生追求するものかもしれませんね・・
(2009.09.23 02:07:12)

mashenkaさん  
れおなるど21 さん
mashenkaさん。あんまり久しぶりで覗くことさえ
躊躇いだったのですが、そしてあまりに驚いて、
(しかも、本日更新されているようで…)
ふさわしい言葉がありませんが、mashenkaさんはいつも
透明な何かを発しているような気がします。

ご冥福をお祈りします。mashenkaさんもどうぞお元気に…
何だか突然に、ごめんなさいね。 (2009.09.23 12:54:08)

れおなるど21さん  
mashenka  さん
お久しぶりです。コメントありがとうございます。

>mashenkaさん。あんまり久しぶりで覗くことさえ
>躊躇いだったのですが、そしてあまりに驚いて、
>(しかも、本日更新されているようで…)
>ふさわしい言葉がありませんが、mashenkaさんはいつも
>透明な何かを発しているような気がします。

>ご冥福をお祈りします。mashenkaさんもどうぞお元気に…
>何だか突然に、ごめんなさいね。

こんな内容の記事にコメントを書くのはある意味勇気のいることだと思います。
ありがとうございます。
私もこれらをアップすることにためらいがあったのですが、
宙ぶらりんのまま、何事もなかったように
ブログを続けることは出来なかったので、アップしてみました。
これでまた少しずつ進めそうです。

お読み下さり、ありがとうございました。
また気が向いたらのぞきにいらしてくださいね。
(2009.09.23 13:57:46)

一歩  
★山。 さん
また踏み出したんだね。
待ってました、ブログアップ。

前日、うちのおばばも天に召されました。
おばばと過ごした時間を思い出すと、
楽しいことばっかりで、家族と笑い話になります。
きっと、辛かったことよりも、
楽しかったことを思ったほうが、おばばも喜ぶと思って。

死って考えさせられることが多いよね。
もっと生きてる間に頑張らなくっちゃ、って思いました。 (2009.09.26 21:14:05)

★山。さん  
mashenka  さん
コメントありがとう。

>また踏み出したんだね。
>待ってました、ブログアップ。

>前日、うちのおばばも天に召されました。
>おばばと過ごした時間を思い出すと、
>楽しいことばっかりで、家族と笑い話になります。
>きっと、辛かったことよりも、
>楽しかったことを思ったほうが、おばばも喜ぶと思って。

>死って考えさせられることが多いよね。
>もっと生きてる間に頑張らなくっちゃ、って思いました。

おばばちゃんのこと、お悔やみ申し上げます。
★のことだから、★一家のことだから、
きっと悔いのない関わりをされたことと思います。

ほんと、後悔のないようにしたいものだよね。
自分に対しても、人に対しても。
またゆっくり話そうね。
(2009.09.26 21:33:56)

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