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ありがとうおじさんの話この「ありがとうございます」を唱える時は、もう純粋な心、無心の心でいいんですね。神様の最高のプレゼントを受けるために、その心を調(ととの)えるために「ありがとうございます」を唱えるの。そうすると、自然に神様からのプレゼントを無限にいっぱい受けられるように変わるんですね。もう、今更願うことは何も無いんですね。既に与えられてるのに気づいていけばいいという、気づきが増えてくるんですね。「ああ、こんなにも与えられていた」というのがよくわかってくるね。 幸せは探し求めたら逃げていくんですよ、待ってたらいいんです、待ってたら。「ありがとうございます」を唱えて待ってたら寄ってくるの。寄って来るって、もう既にあるんですね。もう既にあるのに気づくだけなんですね。 特に「思いの心」というのは霧のように立ち込めて、まわりを見えなくしてるんですけど。先ず「ありがとうございます」で、自分の心に溜めた思いがぜんぶ消されていくんですね。それで、まわりが霧が晴れたように見えだすんですね。そしたら「無限の幸せが一杯あった」というのに気づいていくんですね
2013/10/28
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ありがとうおじさんの話先ず、その感謝の心を奮い起こさないとね、「無限の無限の何々」という言葉を使いながら大きく素晴らしいプレゼントを受け取ろうとしないといけないですね。そして「ありがたい」という気持ちを深く起すことね。先ず感謝することが大事ね。 次に、感謝の心が深くなったら今度は「報恩の心」という恩返しの心が自然に湧き出るんですよね。 「神さまからこんなにす晴らしものをもらった、プレゼントしてもらった」という。そうしたら、神さまへ恩返しをしようという気持ちが必然的に起こりますね。本当は万分の一も恩返しはできないんですね、どんなにあがいても駄目ですね、億分の一もできない。無限億万分の一すらできないかも知れないね。でも、恩返しに生きようとするでしょう、そして自分の受けたものを全部もう一回神様にお返しするんですよね。それで、空っぽになって、また新たに受け直すのね。 呼吸と同じでね、吸うばっかしだったら呼吸は止まるんですね。一回吸ったものを全部吐き出さないと、全部吐き出したら、また新しい空気が入るように神さまのプレゼントを大きく受けられるようになるのね。 だから、「感謝して恩返しの心で与え尽していく、お返ししていく」この繰り返しをしているうちに、どんどん大きく受けられて、大きくお返しできるようになっていくのね。だから、「感謝と報恩の心を生きる」これが古神道の生き方なんですね。
2013/10/25
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ありがとうおじさんの話この一言「ありがとうございます」の一言で、神さまの心がぜんぶ把握できるの。 神さまの心の中に無限の無限の段階の心がぜんぶあるわけでしょう。だから、すべての心を把握するのがこの「ありがとうございます」ね。 すべての心を把握するなんて大変でしょう、本当は大変なんよ、でもできるのよね。阿保にならないとできないけど、一番単純馬鹿にならないとね。「ありがとうございます」に絞り込むのがいいのね。みんな枝葉に心を向けすぎて難しいことをいっぱいし過ぎてるからね、一番大元へ心を向けるというのが大事でしょう。一番大元は一つよね、枝葉じゃないから一つしかないのね。だから、一番大元の、一番根源の一つのところへ心を向けたらいいね。それが「ありがとうございます」という言葉やね。そうすると全体を把握できるようになってくる。 だから、コロコロ変化する心も、ぜんぶ「ありがとうございます」の中に含まれてるからね。ややこしい心も一々探らなくてもいいよ。 柳生流の極意の歌というのは「こころこそ こころまよわす こころなり こころにこころ こころゆるすな」なんて心がたくさん出てくるね。ぜんぶ違うのね、この心ね。 でも、皆さんだったらわかるでしょう、一つ一つの心が何を指しているかってね。難しくないわね、こんなのはね。「ありがとうございます」で神さまの心がわかったら、ぜんぶ中にあるのよ、それがね。
2013/10/24
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ありがとうおじさんの話この感謝の心っていうのはもの凄い不思議ですよね。特に「ありがとうございます」っていうこの言葉が不思議で不思議で―― わかったと言う人はわかってないんですよ「わからない、わからない、まだわからない」というのがいいですね。 まあ、現実にいろんな病気がパッと治ったり、水がきれいにサッと変化したり、そりゃあ、奇跡的に見えることは、まあ神様からの手品みたいなものですけど、一般に見せてくださるのね。でも、こんなのは取るに足らないというね。本当の「ありがとうございます」の言霊からくる神様の大奇跡というのは、無限の無限のチャンネルを与え続けることでしょう、そこの方が大事なんですよね。それを受け取るための言葉がこの「ありがとうございます」でしょう。今更小さい奇跡を起してもらって喜んでるようでは駄目なんですよ。本当のプレゼントを受け取るという方が大事なんですよね。もう既にあるものを受け取る。 その練習を積み重ねると、もう常に無限の無限の幸せで一杯、常に無限の無限の安らぎで一杯となるのね。 でもね、思いの心って時々顔を出すんですよね。この思いの心と感謝の心の違いが大事なんですね。 同じ心でも大きく分けると二つに分かれるね。「本心の心と業想念の心」とか「感謝の心と思いの心」とか「プラスの心とマイナスの心」とか、いろんなわけ方ができるんですね。 感謝の心は常に新たに神様の最高のプレゼントを受け取る心ですね、だから常に無限に無限に輝いている心ね、新しい心ね。 思いの心は受け損なってる心ね。だから、過去のものにしがみついて過去だけしか掴んでないという心ね、古い心、汚れてる心ね。
2013/10/23
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ありがとうおじさんの話この世を見て、この世の番組からいろんな勉強もさせていただくんですけど。「思い通りに」という心のときはできないでしょう、勉強ってね。思い通りになったらちょっと喜ぶだけですもんね。まわりのことは何も見えてないですよ、見てないですよ、本当にね。「もう、まわりは何も眼中にない」という感じですね。 でも、思いの心を捨てて、感謝の心に切り替わったときに、感謝に生き始めたときに、はじめてまわりが見え出すんです。細かいところまで見えて気づくんですよね。そうすると、いっぱい価値あるものが与えられているというのに気づいてわかってくるんですよね。 気づきが感謝の一つですよね。そしてそこに価値を見出すというのが感謝の一つなんですよね。 数え上げたら無限にありますね、感謝の対象、気づきがね。
2013/10/22
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ありがとうおじさんの話いろんなことを勉強するよりもね「ありがとうございます」になりきって、その中に飛び込むほうがいいんですね。そうすると習わないことがわかるんですね。神さまの知恵がスッと入ると習ったことがないこともぜんぶわかるんです。したことがないことができるんですね。ここが凄いところなんですね。神さまの助けを受けると、神さまの知恵・能力・力が出てくるんですね。これが一番の最短コースなんですね。もう、ぜんぶ捨てきったときに、はじめて神さまの全てが与えられて受けるんですよね。これが真の感謝の一つですね。
2013/10/18
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ありがとうおじさんの話「真の感謝」というのは、思いを叶えるためじゃないんです。思いの全てを捨てきって感謝に入るんですね。そうすると、神さまの全てを受けて、真の感謝に入っていくんですよね。でも、どちらが楽かというのはね、思い通りに生きたら苦しいですよ。それは皆さんね、嫌というほど体験しているはずなんですよ。特にここに来られる方は、もうそういう時期になっているはずなんですよね。思い通りに生きて幸せになるとは、皆さんはもう全然思ってないはずなんですね。如何にその思いを消そうか、消していただこうかという、こういう気持ちで感謝に入っていらっしゃるよね。もう感謝一筋に絞り込めばいいんですね、後は何も要らないんです。 だから「真の感謝」というのは、感謝一筋に絞り込むという、そういう一面もあるんですね。もう、ぜんぶ他のことも忘れたほうがいいんです。「ありがとうございますだけでいい」というぐらいにね。 でも、賢い人はまだまだ勉強をするんですよね「あれもこれも」って勉強をしたがるんですけど。でも、阿保(あほ)になったほうがいいみたいですね、みんな忘れてしまって、みんな忘れて忘れてね、阿保になりきって、「もう、ありがとうございますしか私は覚えておりません」って。そのぐらいがいいみたいですよね。
2013/10/16
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ありがとうおじさんの話全身の細胞六十兆の細胞の一個一個が、やっぱり本当に命を輝かせて、自分を幸せにするのに働いてくれているって、これだけでも「細胞さん、ありがとうございます」って言わずにおれなくなるのね。 太陽一つでもそうやね、毎日毎日新しい太陽がどんどん出てきて、輝いて、幸せ与え続けてるね。これが一瞬すっと消えてしまったらどうなるか、大変よねえ。地球は闇になってしまうでしょう。 そういうふうに今、与えられたものを、幸せをずーっと数え上げていくと気づきがどんどん増えるのね。感謝がどんどん湧きあがるように出てきてね。それが根本になったら、神さまへの本当の感謝が徹底できるようになってきますよね。「現実からの神さまのプレゼントを感じる・感謝」というのは、まだ浅いのね。奥から、一番奥からのプレゼントを感じるのが、一番深い感謝になるのね。そうすると現実がぜんぜん闇でも、心はもう無限に無限に幸せ一杯という状態になれるのね。無条件に幸せってそこにあるのよね。 先ず、今は現実から幸せを数え上げたら一番手っ取り早いと思うんですね。
2013/10/11
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ありがとうおじさんの話思いに執(とら)われると、思いの縛りにあうとちょっと邪魔されるんですね。純粋に感謝に戻ったときは、本当の感謝にスッと神さまの力で引き入れてもらうんですね、感謝の心にスッとね。でも「思い」というのがちょっと曲者なんですね。ちょっとでも「自分の思い通りに」というとね、もう神さまは遠慮してしまうのね、人の自由は絶対に縛れないんですね。ほんのちょっとですよ、ちょっと思い通りにしたいというだけでね「そうしなさい」というのね、先に。そうすると神さまは引っ込んでしまうのね。 でも、これが逆になるといいんですね、どれだけ思いがあっても「自分は感謝一筋に生きたい!」というふうに、もう真剣に感謝を前面に出せばいいんですね。「私はもう感謝だけでいい」というふうにね、ここが絞り込むというんですけど。「感謝一筋に絞り込む」という、感謝だけに絞り込む心になると神様が働けるんです。だから、無限の思いがあってもいいんですね。みんなの思いをぜんぶ背負ってもいいんですね。無限の無限の思いがあっても大丈夫なんですね。絞り込めば「ありがとうございます」に絞り込めば、神さまが人の自由意思を縛らずに働けるんですね。だからスッと助けに入るんですね。
2013/10/09
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ありがとうおじさんの話自由自在にね。一瞬一瞬を大事に楽しめばいいよね。本当はもう、神さまとの対面を楽しむのがお祈りよね。太陽を見ても、太陽を「神さまの愛の現われ」って感じたら神さまと対面よね。そよ風の中に自分を置いて、「ああ、気持ちいいなあ」というのも神さまとの対面なのよね。 神さまと対面・出会うというのがお祈りなんよね。(すべて?)すべてよ。全てに神さまを見出して行く、そういう練習よね。(自由自在で?)自由自在でいいね、自由自在がね。 お布団に入って寝る時もそうやね、布団を「神さまの愛の御手」ていうふうに「神さまの愛」というふうに見ていけば、布団の中にゴロッと横になるだけで神さまに包まれるじゃない、愛にね。だから形じゃないね、自由自在がいいよね。
2013/10/07
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ありがとうおじさんの話本当の愛語は「感謝」なんですよ「ありがとうございます」だけ。「ありがとうございます」が、神さまと一体化する言葉ですよね。「愛」というのは神さまとの一体感の言葉ね。「愛はすべてと一体」という意味でしょう。一つに合体して合ってるっていう、合一してるという意味ですよねえ。「愛」が一体感だったら「ありがとうございます」が全てと一体化する言葉なんで「愛語」というと「ありがとうございます」だけよね、本当はね。
2013/10/03
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