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何事も平等にすべき(無理ですが)と思い加筆いたします。
天皇(皇太子・摂政の宮)に対して単身その生命を狙った
難波大助の狙撃事件にはその時代の影響が強く感じられます。
後の昭和天皇は無傷で無事であったにも関わらず大逆事件と
して処刑される。
父親は衆院議員である、決して貧しい家柄ではないのに彼が
その時代にこの様なあり得ないことをなしたのは母の不存在と
時代背景がありましょう。
不幸なことに、日本はかってのこの様な時代に卑近している。
尚、父は議員を辞して餓死したと言う。
そのことは大助自身にも予見されたと思うが父を無視した事は
父に対する憎悪、拒否感があったのでありましょう。
更に時代を遡れば承久の乱で後鳥羽上皇を隠岐の島に流罪
させた北条政子、義時たちの鎌倉幕府の首脳達。
後醍醐天皇を同様に承久の故事にならって隠岐の島へ流罪
とした北条執権政府が見られますが、吾妻鏡などを見るに
天皇に対してはやはりひれ伏すような姿勢(思想)が見える。
わたしは、天皇制反対論者ではありませんが、斯くも時代を
超越して存在する権威に対して下位の者として頭を垂れさせ
られて来た者たちの中で、その権威に反抗する者達が無かった
のかという興味がありました。
*
守護霊についてですが、完全に否定できないものと知りました。
わたしにたいして否定的、攻撃的な霊の存在を確認しました。
このことはよく見極めてから記したいと思います。