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”めぞん一刻”全巻読み終わって無理やり倉庫の中へ
突っ込んだ。
”読み終わって”と書いたつもりが”世も終わって”と出て来て
”無理やり”と書いたつもりが”真理やり”と現れた、、。
これって今読んでる”人間臨終図鑑”の影響かなどと思ったり。
とにかく、年老いてからの風邪引きと転倒は生命とりになるようです。
自然と転居したり移住を試みるようですが、寒冷地であったり、気候が
不順だったりと言うことが多いですね。
健康に留意して健康器具を揃えていても結局ガンになったり、
暴飲暴食を控えて小食にしていても糖尿でなくなったりと言う例も
あるようです。
病名は無理やり考案されてつけられたような人物もいるし、多すぎて
どれが死因か不明な人もいるようです。
ま、ほとんどの人は臨終に至るまでのた打ち回って死ぬようですから
健康なままで”刑死”する人が幸福に感じてしまう有様です、。
ところで、わたし、音楽が聴けなくなっていることに漸く気付きました。
5分の音楽ですら聴き続けるのが耐えられません。
それほど、忙しいというわけでも無いのに、おかしいと思います。
本なども自分が買い求めた本は読むのですが、以前買い求めた
物には手も出そうとしません。
自分に何らかの変化が現れているようです。
多分、眼前の対象物を凝視することもなくなってるようです。
これは、命拾いしたという安堵感で浮ついたままの時間を
刻んできた結果かも知れません。
あれ程の苦痛と虚無感、無力感、絶望感を同時に与える
症状が消え去ってからの開放感のなせる業でしょう。
”若し、助かったなら”などと言う想いも皆無でしたから、、。
”若し、生きていたら”と言う考えも出来なかったから、、。
そのありえない時間を生きている自分が、どうすればよいか
などと言うことはまったくの想定外の出来事なので、、。
今頃になってそのような思いに達するのはやはり”図鑑”の
おかげでしょうかね。
誤診で病床に伏す前には、計画、予定を書かなければ落ち着いて
いられない人間でしたが、今は目的も目標も皆無ですから。
これは、何とかしなければならないのかなあ。
でも”何々しなければならない”と言う考え方は嫌いだし、、。
もう少し経って暖かくなれば土いじりを始めますので、土と植物と
話しながらよく考えて見ましょう。