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殿の側用人の宮原保左衛門の讒言で我が一族は
逆臣となった。
いやしくも一門である我が父北森靖允に対する主君
である道後守の日頃の妬み心に付け入った宮原の
謀略であった。
道後守には世継がなく、吾等は四人きょうだいであった。
靖允は道後守の唯一の弟である。
北森の家の相続時も祖父より家内に重きをおいていた
祖母の意図で優秀ではあったが性格的に感情の起伏
が激しい靖惟に跡目が決まったという経緯があったのだ。
父である靖允もお家の為に一族が滅ぶ事など容認しない
強い性格の持ち主であり、兄に対する反感もあったので
前々からこのときあることを覚悟して備えていたのだった。
北森家中を二分する騒動が起きるのは必然的成り行きであった。
北森の城から辰巳の方角にある菅沢城が我らの居城である。
靖允は武器弾薬の中でも火薬を主に集積していて腹心の多田
源五に秘中の秘としてその任につかせていた。
しかし、主君の靖惟も幼少の頃から母に溺愛される程の才覚の
持ち主であったから靖允以上に軍備に疎漏する所は考えられ
なかった。