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(山吹) (瀧)ほろほろと 桜ちるか 風の音 芭蕉翁 満開になりましたよ~~庭の桜が。今日の風に音をたてながら 散っている様に見えます。一年で最多忙期に入りましたので暫くブログをお休みします。ブロ友さんの所には訪問させていいただきますが読み逃げさせていただきます。慣れない労働の後にはコメントを書く余力がないのでお許し下さい。(あっと言う間に満開を迎えて)岡山県の ドイツの森で孫達がウインナー作りに挑戦いろんな大きさのウインナーを10本お土産に持って来てくれました。1本の量が多くて売ってるウインナーより美味しく感じました。一泊二日の春休みの旅は 楽しかったみたいです。畑にあるレタスと一緒に パンを焼いて今日の昼食にしました。(燃えるようなチューリップが咲いています。)
April 3, 2013
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世は桜。咲いた~咲いた~桜が咲いた~と 騒いでいますが孫の誕生樹にと植えた我が家の桜は未だ一分咲きです。おまけに写したのは もう日が暮れようとしている時間明るくは写ってくれませんでした。でも、やがて咲く此の木一杯の満開の桜は華やかで この下でゴザを敷いて 毎年、孫達とお花見をしています。東京の孫が ラナンとソラの赤ちゃんを待ちかねていますが残念な事にラナンとソラに桜が咲いてくれませんでした。近くに居る、孫の卒園式がありました。泣いて娘を困らせた孫も4月から一年生になります。着物で式に臨む娘が 婿と美容院に行く為 朝7時に娘宅に向かいました。この日は孫二人と一緒に朝食をとりましたが6歳の孫が妹と私におむすびやウインナー、玉子焼きなどを小皿に入れてくれました。パンにはチーズを乗せて。チーズは苦手な私ですが若い朝食を食べました。いつのまにか周りの者に気配りが出来、一人前に頼る事も出来る孫の成長に これで、安心して老いていける事が出来ると嬉しく思いました。桜は未だ未だですが庭にはたくさんの花が色を競っていますよ~。花、花、花の季節ですね。
March 24, 2013
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年末に安いシクラメンを買って縁側に置いてあるが4か月近くになる今日も花の咲く勢いは衰える様子も無く今が盛りとばかり咲き続けている。この場所で写真を撮ると安いデジカメでも腕が悪くても そこそこの写真を撮る事が出来るように思える。毎年バレンタインの前から手作りチョコをくれる友達が居る。何回も何回もプレゼントしてくれる彼女の生チョコは美味しくてチョコレートを食べる事の出来なかった私が最近はよくチョコを食べています。頂くのはチョコだけでは無く、まだ温かいシフォンケーキやお赤飯など我が家の食卓を賑わせていただいています。料理上手で家庭的な彼女が 明日はアスリートに変身。初春の吉野川を走るハーフマラソンに練習無しで出場します。今回が4回目とは言え毎回、全くの練習無しで参加し、完走を遂げています。今年60歳(バラしてごめんね)の彼女が練習もせずスタートです。 日頃は控えめで誰に対しても優しい彼女がこの時ばかりは鉄人に見えます。マラソンの後で会にお世話に来て下さるとの事です。「シャワーをして来るから 少し遅れます。」と言っていた。タフですねぇ~驚きますねぇ~頑張れ~~Y恵ちゃん。!!我が家の食卓も貴女を応援していますよ~~。(今日も孫達にと焼き菓子とクッキーを・・・)
March 16, 2013
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春が来た~春が来た~どこに来た~ やっぱり来た~やっぱり来た~野にも来た~~ おはようございます。用事に追われブロ友の皆さまへの訪問が遅れて 失礼をしています。周りがすっかり春らしくなりましたね。隣国からの黄砂と PM2.5と共に庭には一年を待ち兼ねてたように一斉に花が咲き始めました。今は小学一年生の東京の孫が「婆ちゃん歌を歌うね。」と歌ってくれたのが 春の名曲{春が来た」でした。春が来た~春が来た~どこに来た~やっぱり来た~やっぱり来た~野にも来た~ 幼稚園児らしい歌詞の付け方に 滅多に会えない可愛さと 可笑しさに笑いを噛み殺して 聞いていましたがそれからは私には春の歌は初春に歌う定番曲となっています。寒さが厳しかった今冬の 南国徳島にやっぱり春が来て花が咲き出しました。寒い間は外に出る事をしなかったゴルーも昨日は冷たい石のテーブルの上に座り、草取りを見てくれていました。 毎年決まった位置に増える事も無く咲き続ける福寿草が咲きました。花の形より 名前の方が良いですね。皆さまの元に福と寿が届きますように (クリスマスローズが彼方此方に花を咲かせています。手間いらずの花です。)
March 10, 2013
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友人より砥部に行くからと誘いを受けた。愛媛に行く時はいつも砥部を経由するコースをとっていた。道後温泉に浸かってのんびりするのも良いが砥部に行き あの分厚い砥部焼に触れるのは楽しい。愛媛県伊予郡砥部町刀剣研磨の伊予砥石の故郷その砥石から出る屑石から磁器を作り出して今日の砥部焼と名を広めている。私には砥部焼には格別の思い入れがある。社会人になって初めての給料で自炊の器に砥部焼を選んだ。手に持つと他の焼き物より厚く手作りの使い良さが伝わって来てその上少々の事では割れない堅牢性があった。少ない給料から買ったのはお茶碗とコップだけだったが長い間使用していたように思います。( お手洗いも綺麗ですね~ )柳宗悦、バーナードリーチ、浜田庄司氏らが砥部焼に訪れ明治以降 伊予ダンボールの名で輸出されてるとの事です。40年前から 今も変わらぬ絵柄で変わったのは値段が凄く高くなった事です。[笑)それだけの年月が経っていったのだと感じました。数ある焼き物の中で砥部焼が好きですね。娘達の嫁入り道具の中にも数点の砥部焼を入れたように思います。 この日は観光客もまばらで店の外には鳴門金時のサツマイモを売っていましたが徳島で買うより安い値段で売っていた。
February 23, 2013
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楽しみにしていたデコポンが収穫出来ました。春に病気が付き惜しい、勿体無いと思いながら実を落としましたが収穫出来たのは30個。庭の木に 実が成る事は嬉しいです。宮崎の友人から荷物が届きました。真空パックに入った焼き鳥、あく巻き。ういろ等箱いっぱいの荷物を送ってくれました。宮崎の地鶏の美味しさはテレビで良く見ていましたが本当に美味しいですね。最近には見られない食欲が起きて食べ続けてしまいました。はまりそうです。電話をするとご主人さんが出られて「居酒屋で 食べる方がもっと美味しいですよ。是非来て下さい。家内は私よりお酒が強いです。」と言っていました。はまりそうな炭焼き鳥の 居酒屋鳥の里 上京した時 彼女の友人が経営する赤坂のお店に飲みに行った事があった。九州と土佐の女が、花のお江戸で終電車まで飲ませてもらったがお刺身やフルーツ、いろんな物が出て ビックリするぐらい安い料金で「この料金だったら、お店 大赤字やねぇ~」と二人で話ながら帰って来た事があった。変化の無い 田舎暮らしをしているとこの様な事が思い出となって 楽しくなってしまいます。彼女は時々 菊坂のお隣さんでコメントをくれますが今は宮崎に帰り 宮崎のお隣さんになっています。
February 13, 2013
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先日 友人と三人で大阪に用事を兼ねた観光に行った。午前中に用事を済ませ 数十年ぶりに歩く大阪は人、人、人の中を泳ぐ思いがしました。 出掛ける前に夕食は南京町でと約束をしていたので 楽しみにしていた。 私の南京町の思い出は、お洒落な神戸とは雰囲気を異にした異国の街であったが数年経った今、 再びの南京町に新たな感動は生まれませんでした。歳を重ねたせいでしょうか?それともあの頃は若かったのでしょうか[笑)20年前に中国に赴任していた友人が北京語を使って 店員と話をしていた。嬉しそうで 話す度に手に買い物が増えていき中身は小龍包ばかり。日が暮れて ポツリポツリと点く我が家付近の灯りと違い此処では一斉に沢山の灯りが点く。赤い建物の中に余計華やかに見えます。電飾大好きだけれど反対側から入口へと向かうと灯りの中に見える大丸の建物を見た時ホッとしました。やっぱりこの光景が落ち着きますね。
February 5, 2013
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今日のニュースで徳島に梅の花の開花した事を流していたとブロ友さんから教えていただきました。厳寒の中にも一歩、一歩と春に向かって季節が歩んでいってるのですね。庭に立つ、老木の梅の木は主人に春の到来を教えてはくれません。いつも他所より遅く咲いて 自分で満足をしたかのように花の終わりを遂げます。だから 私は毎年、他所の梅の花で匂いを、楽しませていただいています。 デュークが帰ってきました。エリザベスカラーを除けた デュークはいつものように 若年寄の生活をしています。
January 30, 2013
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デュークが病院から帰って来た。首に、エリザベスカラーを付けて。チンチラのオスで性格は穏やか、他の猫と騒いだりする事は滅多に無い。小さい時から若年寄みたいに落ち着いて動作もゆったりしている。14年前 ゴルーにも不妊手術をした。あれから 混合ワクチンの通院以外 ゴルーは病気で通院する事なく今日まで過ごしてくれている。獣医さんが 「早く手術をした方が 元気で長生きしますよ。」と言われたのと何匹も猫を、責任持って飼う事は出来無いので手術に踏み切ったのだが、痛いのか 側に来て床に寝る デュークの顔を見てたら辛くなって来た。娘も同じ気持ちなのだう。デュークの身体を孫と撫で続けていた。いつもと違うデュークの姿に ラナンもソラも静かになって キャツタワーの上から下りて来ない。気が重くなって昨夜は 夜中に目が覚め、眠れなかった。31日には抜糸をする。その後は、いつものデュークの元気な姿を見せてくれるのだろうか。年のせいでしょうか こんな事が心を大きく占めます。 ソラ、雄。 ラナン、雌 もう直ぐ1歳。
January 24, 2013
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それは去年の事。行く所も無いので これから高松まで散歩がてらに食事に行こうと言う話が おばさん同士で直ぐに決まった。友人が私に行く先を決めよと言ったので「それなら郷屋敷。」と答えた。高松の美味しいお店等は知らない。知っている所は何度か言った事がある 郷屋敷だけ。郷屋敷香川県高松市牟礼町大町江戸中期の与力屋敷有形文化財に登録幽玄の美でしょうかきれいですねぇ~~今振り返えると 頼んだ料理を思い出せない。思い出せるのは、器だけは豪華に目を引いたがお料理は余り美味しいとは思わなかったし、量も少なかった。高い物を頼まなかったのと 此処は讃岐うどんの味を売ってるお店、無理はないのかも・・・。二人で来る途中の車の中で 散々 飲み喰いしてきていたので空腹感は最初から無かった。此の店では どの部屋からも枯山水の庭が見えます。180席と5つの個室があり個室は2000円アップ。この枯山水は 門を入って直ぐの庭です。モダン和風ですかねぇ~~。古い物と新しい物が融合していて目を引きますね。安い料金で 高級料亭の雰囲気を味わえました。「又良いお店が 有ったら誘ってね~~。」と言いながら友人は帰って行きましたが郷屋敷の近くに もっと庭を楽しめるお店があるからと情報を残して行きました。
January 18, 2013
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( 朱塗りの山門、別名赤門寺。国の有形文化財 )徳島県美馬市美馬町 浄土真宗の寺 千葉山安楽寺。先日 ウォーキングの仲間の案内で美馬町にある安楽寺を参拝した。徳島に住んで長い年月が経つが 一帯を寺町と呼ぶ中に建つ安楽寺の存在を此の時まで知らなかった。此の寺町界隈には、他にも重厚な構えを持つ古いお寺が何件かあるが最初に目に飛び込んでくるのが 丹塗の重層門。県下五大門の一つと言われている安楽寺の朱塗りの山門である。関東の豪族であった 千葉彦太郎常重が入寺四国最古、最有力の真宗寺院として今日まで栄えているとの事。 中に導かれて 驚いたのは 古い建物の本堂と違い新しく建てられた客殿の中にある能舞台。県下唯一の舞台である。天井、廊下、庭 等を拝見させてていただいたが豪華で有りながら落ち着いた雰囲気があった。中でも適度に配置された家具等に高価でありながらもそれを感じさせないセンスの良さが見られ魅かれる思いに、もっと時間が欲しいと思った。お寺がこんなに綺麗でお洒落だなんて・・・・。住む人の趣味の良さと此のお寺は、裕福なお寺なんだなぁ~~と感じた。 ( 1996年に誕生した能舞台 )( 国の有形文化財 の鐘楼 )( 住職さんの執務室かなぁ~ 素敵な絵画が数点。 ) ( 広い廊下から 中庭を 置いてる家具に心が浮つきます。)( 能舞台の天井など )美味しい作ったばかりのお饅頭をいただき渋い焼き物で接待してくれました。(入母屋作りの平屋立ての本堂。国の有形文化財に登録 )
January 16, 2013
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庭に点く灯りも 最近は明るい内から点灯するようになった。タイマーの設定を二回し直したのだが日が長くなった事を知らされる。今日は1月13日正月の3日に 実家より東京の孫にと預かったお年玉を送ることをすっかり忘れていた。昨日慌てて送ったがこんな大事な事を忘れるなんて 自分でも少なからずショックを感じる。未だ若い 夫婦二人で 子供の手など借りずにまだまだやって行けると言う日頃の自信が揺らぎそうになる。庭に咲くやぶらんの花は咲く時期になると綺麗な紫の花を咲かせる。何の手入れもせず 放ったらかしにしているが咲く時は紫の花色を周りに誇示するように咲く。冬場の枯れ模様に何度引き抜いて放ろうかと思ったが今はやぶらんは好きな花の一つ。私も枯れっぱなしは嫌これからは咲く時期も作らなければ。[笑)と、 これが今年の決め事かなぁ~~。お正月に東京の娘夫婦から和菓子が送られて来ました。一箱は 実家に。小一の孫から手紙が「爺ちゃんと仲良く食べて」食べた数は少し私が多かったように・・・年の始めに神棚からヒラヒラと落ちて来た一万円札二枚は棚からぼた餅では無く忘れたお年玉でした。
January 13, 2013
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今日は四日田舎に住んで居る為か お正月ムードもあまり感じないまま正月三が日が過ぎ新春の阿波路を駆け抜ける徳島駅伝がスタートした。元旦から天気は良いが肌に触れる風の冷たさは例年より寒いように感じる。 娘夫婦が福袋を買って来てくれました。旅先から何度も電話をくれましたが福袋を買うなんて 初めてのように思います。特に衣料は 顔に合わない物は買わないようにしていたので中身を見れない福袋は苦手でした。「綺麗な色よ~~」と電話で聞いていたのでワクワクしながら娘宅に向かった。AIGLEの福袋(モスグリーンのダウン)(パーカーとTシャツ、ウエストポーチ)写真より実物が色が綺麗に思えます。もう一つの袋は無印の店で。Tシャツの形が気に入っていますが似合うかどうかは分かりません。[笑)最近はあまり服を買うのには意欲的でなかったけどやはり嬉しいですね~~。あの長蛇の列に並ぶ気力と体力が無い為福袋は興味が薄かったですが私にでも着る事が出来る 衣類が入っているのは嬉しく思いました。沢山 入っていて値段も凄く安い。だから 今は福袋大好きです。!
新年明けましておめでとう ございます。本年もよろしくお願いします。( 偶然に゙ヴェネチアングラスを撮る機会を。綺麗ですね~~)2013年のお正月ブロ友の皆様は 如何お過ごしでしょうか?娘夫婦が旅行に出掛けた為猫4匹と犬1匹の世話を又、一人でしています。出掛ける前に娘から 「これ猫の世話のお礼。」と乳液を1本もらいましたが 私は化粧水が切れそうだから化粧水の方が良かったのですけど・・・・[笑)皆様にとって 最高の年でありますようお祈りしています。
January 1, 2013
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四国八十八か所霊場85番札所八栗寺寺名は空海が植えた8つの焼栗が 成長繁茂したと言う話に由来。秋晴れの気候に浮かれ 讃岐路へと車を走らす。運転は勿論 私。友は 横でお菓子を食べながら遠足気分。何度か道に迷いながら着いた八栗寺はいろは歌に導かれながら ケーブルカーで上に向かう。このいろは歌は今迄に聞いた歌と違う心に浸みこんで来る歌でお詣りに向かっていると言う 気持ちを新たにしてくれた。山号5剣山。弘法大師がここで虚空蔵求聞持法を収めた時5本の剣が空から降り蔵王権現が現れ此の地が霊地である事を告げたと言い伝えられている。(寺伝より)友人は山頂の5つのコブの形が 仏様が横になって寝ている、顔であり額 、鼻、口、顎、喉仏に見えて 小さい頃、遠足で見た時から強烈な印象になって残っていると言う。八栗寺本坊。中に入ると 立派な門に目を奪われる。( 五剣山霊場八十八か所の移転碑 )初めて訪れた寺院であったが 参拝者の信仰心が寺の隅々に 漂っているような感じがした。一か所、一か所に見る風景が心を打ち友人と喋る言葉も少なくなっていた。次 行く所は ケーブルカーの前面に 見える屋島。乗り手二人だけの 帰りに いろは歌は聞けるのかと訪ねると 帰りの道には流れないとの返事が返って来た。残念。
November 17, 2012
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祖谷渓へ目標物は しょんべん小僧標高100メートルを超す 祖谷街道の難所とされ勾配は急、 断崖が続く 暗い山道が続く。車を山へ そして又山へと走らせ 祖谷渓を 目指す。 地上 200メートル 深く切り込んだ 渓谷の断崖絶壁の 切り立った岩の上に立つ しょんべん小僧。落下防止の手すりの基礎部分に 上がり写真を撮るが 下を覗くと 目が眩みそうになる。この上から 地元の子供や 旅人が度胸試しにおしっこを したとの言い伝えがあるがはたして ここからおしっこが出来るのか?と言う疑問が湧いてしまう。あまりの怖さに 出ないのでは・・・・。[笑) ここからの放尿は 霧状になってしまうとの事。 ( 剣山国定公園 祖谷渓 )おしっこ おしっこ と、はしたなく連発した後は秘境 ホテル祖谷温泉。このホテルはケーブルカーで170メートルの下におりた露天風呂が有名である。此の日は バスから 降りた外人の観光客に出会う。 数年前、高知からの友人達と来た事があるがお湯は少し温めであるが 風呂から見える渓谷美が素晴らしかった。昼時間も過ぎて行く名物 祖谷そばを求めて 車を走らす。純手打ちそば そば道場此の店では そばを作る体験が出来るが 次へと急ぐ私達は かけそばを注文する。そばはあまり食べない生活だが 空腹の胃には美味しく感じた。山の日暮れは 早い。次の目的地に向かって 又走る事にした。
November 11, 2012
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祖谷のかずら橋や蜘蛛の如く~風も吹かんのに~ゆらゆらと~~~ (阿波の粉ひき節より)紅葉を探しに 友人9人と2台の車でかずら橋へ。国道32号線 高知方面 祖谷口から左折して祖谷渓に入る。途中の紅葉に足を止めながら 狭い山道を走る。8:30分に出発をし 12;30分頃に橋に着いた。かずら橋徳島県三好市西祖谷山村善徳徳島県の西部に位置し市の90パーセントを山で構成し中央を吉野川が流れる。日本3奇橋の一つに挙げられ世界の徒歩吊り橋10選にも選ばれてる。交通アクセスは こちら5t のしらちくかずらで作られ長さ 45メートル幅 2メートル水面上 14メートル平家の落人たちが 追ってから逃れる為にいつでも切り離せるように 造ったと言う橋。昔は 深山渓谷地帯の唯一の交通手段とされていた。3年ごとに架け替えられ年間35万人の観光客が訪れている。添乗員さんでしょうか高齢の団体客を案内しながら 出口で真剣に一人一人の渡る姿を見つめていた。祖谷渓の紅葉の美しさに比べるとかずら橋付近の 色づきは 今一つ物足りなさを感じたが圧倒的な存在感を放つ45メートルのかずらの橋の前では 葉も色を失うのかも・・・・( かずら橋への入り口 入場料 500円 )写真を撮ろうとカメラをポケットに入れてはいたが 隙間に落ちそうに感じ14メートル下に流れる川の水に足もすくむ。 風も 吹かんのに~ゆらゆらと~~風も吹かんのに~ ゆらゆらと~~ うわ~~怖!!一歩 前に足を進める毎に揺れる怖さに 手を放すことが出来なかった。( 平日と言うのに 大勢の団体客が来ていて此の男性客は 渡り始めて 直ぐ引き返していた。 )
November 7, 2012
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( 柚子 ) 晴天の秋晴れ内外に 用事が山積しているように感じる。夜が明けると 暫くは忙しい日が続きそうだ。 毎年近所の友人から沢山の苗を頂くが今年はそら豆の種もいただいた。家庭菜園はあまり好きではないが 孫達が野菜を好む為今年は昨年より 広い菜園を作った。色づいてる柚子も、収穫しなければならない時期が来ている。寒いと着込んだ服が 暑い。喉が 乾いたので中に入ると 沢山の枯葉と毛玉を付けたゴルーが椅子で寝ていた。ゴルーは良いなぁ~。午後から 汚れ序に 庭の草取りと除草剤を撒く。娘の家の庭にも除草をしに行くと作業の途中に孫が幼稚園から帰って来た。「お母さん、今夜 夕食を一緒に食べよう」と誘ってくれた。婿が出張との事。そういえば数年前 積雪で帰宅出来なかった婿が居ない寂しさに 孫が夜中に 私の所に泊まりに来てくれた事があった。今夜は孫達と一緒の食事、夕飯の支度をしなくていい楽な夜。世間は行楽の秋だと言ってるのに 私は、用事に追われている。 ( キッシュとシチューを作ってくれて ) ( 同じお米なのに ガス窯で炊いた お米は美味しく感じる。婿が漬けた 家庭菜園のわさび漬け )
November 2, 2012
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拝啓 ふるさと様 ご無沙汰をしています。爽やかな秋風が吹く季節となりました。今日 帰ってまいりました。前回ふるさとに帰ってから 幾年月が経ちましたでしょうかバスから降り立つ景色には路面を走る 懐かしい土佐電鉄の電車が見えます。遠く離れて暮らしていても18まで育ててくれた この地を 忘れた事はありません。どうか あなたも 私の事を忘れないで下さい。 敬具 久し振りに高知に帰って来た。小学時代の同窓の集まりがあり 今回はブロ友のH子さんに教えてもらい バスで帰郷。トンネルを数えながら一人走らす車より費用も安く、身体も楽。会場の はりまや橋西の 葉牡丹には店前の薄暗くなった路上に5~6人の人影があった。近づくと 「 Tさんが来るのを待っていたがよえ。」と私が来るのを 待っていてくれてたいつものメンバーが居た。 葉牡丹は安い。私の故郷の仲間は大酒を飲む。此処では飲んで、食べて、喋って一人3000円ぐらい支払う。司牡丹を好む女性の方が 飲む量が多いその後、Y君の経営する店に移って 又酒を飲む。今回は13人。宴の後は いつものようにホテルまで皆で、私を送ってくれた。 あくる日の11時 はりまや橋発のバスに乗った。この西を 少し歩けば 家だけが 残っている実家がある。母が逝った後の 実家近くには龍馬のうまれた町記念館が出来ていた。 ( 土佐電鉄の土電と呼ばれてる 電車) ( 日本でただ一つ 天守閣と追手門が一枚の写真の中に入る高知城。別名 鷹城 ) ( 土佐の高知のはりまや橋で~ぼんさん かんざし買うを見た~の純真の居た 五台山竹林寺。純真は坂本龍馬とほぼ 同世代の実在の僧侶 ) ( 懐かしの母校のある 追手筋 )
October 26, 2012
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今日は大嫌いな歯の治療の日いつも2時間近く 診察台の上に寝かされガーガー、ガリガリと歯を削られる。まるで口の中で工事されてるような気分になる。前回は顎が外れているのではと言う心配までした。どこかで先生が他の患者に「インプラントばかりやなぁ~ まるでサイボーグみたいや」と言ってるのが聞こえる。「早く終わって欲しい」と祈るようにただひたすら帰りの時間を待ちわびた。夜、娘が栗を持って来てくれた。丹波まで栗拾いに行ってたとの事。大粒の栗は美味しいそうだが私には此処 四国から丹波までの道中の費用を考えてしまう。「 マロングラッセを作ってみようか 」と言う娘の声もうわの空。今日は疲れた。相変わらず外を 枯葉を付けて歩いているゴルーも もう14歳歯大丈夫かなぁ~と気になる。大粒のドングリを沢山 山から拾って来た。丹波まで行かなくても此方で大粒を探せます。かずらで籠を編んで何処かに飾ろうと思う。秋、深しこれで 歯の治療がなければ最高なんだけどね。
October 25, 2012
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元職場の同僚を誘い 大歩危峡に行く事にした。小歩危、次は 大歩危と車を走らせながら数え切れないほどの距離を実家に向けて走らせて来たが ゆっくりと足を止めるのは今回が初めて。大歩危峡 徳島県三好市山城町と高知県長岡郡大豊町に跨り剣山国定公園に含まれている。 吉野川中流域に位置し対岸は三好市西祖谷山村。数年前、小学時代の友人9人が 同窓会と称して此処まで出向いてくれた事があった。祖谷のホテルに泊まり 翌日は祖谷の温泉巡りこの渓谷に下りる事はしなかった。 まんなかと言うレストランに車を止め下に降りて行くと 深緑色の水が流れていた。帰省する車の窓からチラリと見続けてきた川の色である。(左 祖谷渓谷渓谷内を、JR 土讃線が通っています。)川下りの遊覧船があり往復30分で費用は1050円舟に乗り下からの大歩危峡を見る事が出来た。 両岸の岩は 変成岩類で構成されており白い岩と 透き通る深緑の川の色がきれい。 ( 右 高知方面 国道32号線左 祖谷渓谷 ) 「おっ!」愛想を言うのが苦手な船頭さんが表情が崩れたのが 餌付けしているトンビに餌を投げた時、手元が狂い 舟に居た高齢のご婦人の膝に落ちた。静かにエンジンを止め 夫人の所に行き 何事もなかったように餌をもう一度投げた。此の舟は高齢の方が半数を占めていて 静かで言葉を発す者はいない。唯一同僚が「落ちましたねぇ」と丁寧に対応していたのがおかしかった。( すれ違う戻りの舟 ) ( もうそろそろ 夕暮れも・・・・。 )
October 21, 2012
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昨日、今日と秋祭り朝、散歩の目的地として 八幡様にお詣りに行っているが昨日の朝 神主さんの奥様から10時にお神輿が神社の前に置かれるとの情報をいただいた。カメラを持ち神社に行くとお神輿は雨に濡れないように 屋根をビニールで覆われ 屋台を設置する人の姿も見える。 時間を置いて 又写しに行こうと思っていたが午後からは 大雨警報が出る天候に変わり買い物に行く車の前が見えない程の大雨となった 今日も朝から雨子供達がお神輿を引く頃には 雨の止み間が出来た。氏神様の神社の前で 当番役さんがニコニコしていつもの年より多い子供達に 事故の注意をしていた。これから この子達は、小さな神輿を引いて氏子の家を一軒、一軒回って 行く。訪ねて来てくれた家ではお神輿の前に感謝のお金(お賽銭?)を供える。供えられたお金は 後で子供達が分ける事の出来る一年に一度の小遣いの稼ぎ日です。張り切ってる様子が分かりますねぇ~。 家に帰り千円札を和紙に包み 今か今かと待っていると門の方で騒がしい声がして来た。「この家、誰か居るのか?」と言う声が聞こえる。 「居ますよ~」と答えると「居る。!」と嬉しそう。( 折角訪ねて来たんだものね~^^ )何十年も前から 受け継がれている秋祭りの行事。このお神輿で得た小遣いは、50年前の主人の時代でも楽しみだったと 繰り返し語っていた。賑やかで大勢の子供の声が聞こえた一日でした。>^_^<(供えられたお金を お神輿から落ちないように 年長の子が管理している。)
October 18, 2012
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孫達の運動会も終わった。真っ青に晴れた秋空を見ていると落ち着かなくなって来た。思えば丁度去年の今頃右手首を折り、手術後の痛みに耐えながら紅葉などとは無関係痛い、痛くてたまらないの日々を送っていた。そのせいか、今年は秋に向かって貪欲なほどの夢がある。「雨乞いの滝を見に行こう」と誘ったら5歳と6歳の孫から「行く」との返事が返って来た。徳島県名西郡神山町神領にある雨乞いの滝に向かう。うっそうと生え茂る木の間に苔に覆われた道をウグイス滝、不動滝、もみじ滝、観音滝へと登って行く。道は急勾配の所もあり 水の流れている所もあった。40分近く登る間 大きく道に圧し掛かるような岩の所以外は何も言わずに追いて来た。前回この滝に登ったのは13年前頃娘達が独身の時に一緒に登ったのが最後。( 雨乞いの滝に行くまでにある4つの滝も轟々と水の落ちる見応えのある滝が続いていた。 )雨乞いの滝 落差45メートル、3段滝の雌滝左雄滝落差、27メートルの夫婦滝日本の滝100選の一つに選ばれている。大きな石がゴロゴロと転がっている中を 滝壺の近くまで歩いて行ける。この上には卑弥呼伝説が残っている。 悲願寺がある。下に降りると 駐車場に水引草の花が咲いていた。前に来た時は 沢山の赤い色がこの場所に見えていたが今は数本の花が 蓼の花の中に混じり咲いていた。貪欲に 秋に向かっての一つ願い(?)を叶える事が出来た。 2~3日したら、急激な運動に身体のあちこちに痛みが出るのではないかと思う。(笑)
October 15, 2012
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徳島県美馬市脇町重要伝統的建造物群保存地区うだつの町並み 去る10月1日ウォーキングの仲間と一緒に脇町のうだつの町並みを歩いた。江戸時代から明治にかけて阿波藍の集散地として栄えた町である。2階の屋根の両端には しっくいで塗られた虫籠窓がある。元々は隣家からの火事を防ぐ壁として 造られた物であるがこれを造るのには多大な費用がかかる為自己の財力を誇示する手段として裕福な者にしか造れなかったと言う。 それゆえ「 うだつがあがる 」の語源がここから来てると言われている。屋根は瓦ぶき 藍商の町と呼ばれ現在は50個の建物が残っているとの事で歴史街道となり日本の道 百選に選ばれている。 日本瓦に漆喰で塗られた白い壁の建物が続いていて店舗になってる建物もあり皆それぞれの好みの店へと足を踏み入れていた。古い物が大好き、中でも建物や年月を経てきた日本庭園これらの物を見せてくれるのなら一日 一人で放って置かれても平気古く重厚な建物の中に見える格子戸や玄関の構えも今我が家に一つでも造ろうと努力しても造れない高価で立派な物が白壁の中に極、普通のように並んでいた。この町では 他にも町のあちこちに小さな新しく造られたうだつを見る事が出来た。白壁の魅力を見せてくれたウォーキング。秋晴れと言うのには未だ少し早い様に感じた一日歩行時間は2時間でした。 (比較的新しいと物と思われる図書館) (この町のもう一つの国指定の重要文化財旧長岡家山林労働、タバコ栽培の民家)
October 11, 2012
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10月8日 体育の日我が家も孫達の運動会が行われた。5時に起き、昨日近所のメル友から貰った キャベツとブロッコリの苗に水を遣りに行く。メル友は野菜の苗たてが上手で 今年も30本のキャベツの苗をいただいた。 春に病気が付き 勿体無いと思いながら枝ごと実を切り落とした デコポンも大きくなっていた。切り落とした実を数えながら処分したがまだ30近くの実をつけてくれている。 毎年沢山の実をつける八朔や甘夏、柚子などと一緒に収穫時を考え 柑橘類の好きな東京の孫と婿に送ろうと思う。久し振りに空にカメラを向けると真っ青な10月の空が見える。1時間前に着くが既に殆どの席が色とりどりのシートで占められており父親達も 早朝の席取りで大変だっただろうと思われる。競技がスタート。小さな身体で 親を探しながら走る子供もあれば先生にしがみ付いて泣いてる子もある。高価なカメラを手に持つ 父兄達の間をすり抜け1万円足らずのデジカメを持って 孫の姿を追った。 ( 始まってから1時間もしないうちに父兄の熱気に吹かれ ダウンした禁煙の張り紙。)( 5時起きで作ったと言うお弁当。美味しいかったですよ。!(^^)!) ( 阿波踊り )今の親達は 子供と一緒に競技する事が多い。婆ちゃんも他の人の邪魔にならないようカメラを片手に園内をウロウロ。真黒になった孫達を追いながら 今日も又月日が流れて行った事を知らされました。楽しく、少し疲れを感じた体育の日。お弁当の残りで今夜は済まそうと思っていたら友人のYさんが夕方 お赤飯と巻き寿司とおはぎを持ってきてくれた。
October 8, 2012
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私の東京物語東京駅とブロ友と10月1日付けの此方の新聞に5年に及ぶ東京駅の保存 復元工事が終了し全面開業した事が掲載されていた。大正期のレンガ作りのレトロな外観が免震工事を終え ライトアップされ 浮かび上がっていた。総工費、500億この春娘宅に長逗留させてもらっていた時相棒のM江ちゃんと 東京駅を見に行く機会を得る事が出来た。お濠の方から 駅に向かうが、 お上りさん同士途中で分からなくなった。 こんな時はおまわりさんに尋ねるのが一番と近くに立つ二人連れの警察官に聞くと目の前に建つ 建物を指さしてくれた。その距離50メートル。おまわりさん達も 笑いを噛み殺していた。工事中の東京駅は テントで覆われ一部しか見えなかった。東京駅からお濠に向かう途中に和田倉噴水公園があった。3つが3様の表情を持つと言われる噴水と広々した豊かな公園にここが本当に東京なのかと思われた。上京する時の 楽しみの一つにブロ友のユニコーンさんと お会い出来る事があった。不慣れな私を気遣い 本郷3丁目の駅まで出向いて下さった。お会い出来た彼女は年齢より若く見え その上お洒落。何だか凄く嬉しかった。長時間お喋りし 又の日を約束して別れたが東京は楽しい時間を沢山齎せてくれた。ユニコーンさんから頂いた 眼鏡ケースと小物入れはシルクの光沢に包まれ 私の日常生活に 重宝で便利な物として使われている。
October 4, 2012
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9月30日昨日は中秋の名月。台風17号の影響で 楽しみにしていたS会の月見ウォーキングも中止。夕方、娘より電話があり「お月見のお団子が出来たから 食べに来て。」と言う。路面はまだ濡れている。昨年のちょうど今頃 台風の日に離れた犬を探しに 水が流れている道で転倒し手首を骨折した苦い思い出がある。念の為 山登りに使っていた杖を突きながら向かう。 お団子を食べながら窓の外を見るとオリーブの木が 大きく風に流されている。帰り道 西の空を見ると畑が 水を張った延々と続く一枚の田んぼのようになっていた。深夜3時窓から煌々と差し込む 月の光に目が覚めた。いつもの時間この時間にトイレへと向かうがこのまま寝床につくのは 躊躇された。外に出ると諦めてた月が出ていた。カメラを向けながら静まり返る 周りの空気の中で用水の中を流れる 大量の水の音に人影が近づいて来るような不気味さを感じた。ススキもリンドウの花も無い名月。これも一つの名月の観賞の仕方そう自分流に解釈して布団に潜り込んだ。 寒かった!
霧の森大福ひまわりさんのブログに 霧の森大福の事を扱っていた事があった。「はなまるマーケット」「とんねるずのみなさんのおかげでした」「秘密のケンミンshow 」などで取り上げられている和菓子で中々手に入れる事が出来ない 不定期販売の和菓子である。と書いていたのを大の甘党の私には 忘れる事のないよう記憶に留めていた。(笑)塩塚高原、愛媛県四国中央市側センタ-ハウス。昼食にと入ったお店の外に「霧の森大福」と書いた旗が靡いていた。食事を頼む前に大福の販売を聞くと 売っているとの事。2箱購入し この大福を知らなかった友人にも薦める。茶そば 400円山の頂上で販売しているのにも拘わらず値段も安くあまりソバを食べない私にも 美味しいと感じた。ソバより 木の年月を表しているテーブルが気になった。家に帰り 大福が映えそうな器を探して写真を撮る事にした。柔らかすぎて上手く切れない。失敗したのを紙に包むのが面倒なので 食べていたらいつのまにか 半分食べていた。気持ちが悪くなり 暫くは甘いものを控えようと思う。霧の森大福 8個入り1050円もう1箱は孫達にと届けた。
September 29, 2012
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先日娘が孫達の遊び場に続く道が もっこうバラで覆われて怖がって行けれないと言ってた。今日はこれと言った予定もない。天気も曇りの空。敬老の日の 「大好き~。」の言葉のお礼に孫達の遊び場の整理をする為に 娘宅に行く事にした。 アーチに這わせたもっこう薔薇は 怪獣のようにあちこちに枝を伸ばして遊び場に行く 道を塞いでいた。それらを切り 這わせる枝は結び、やっと道が開けた。家の西にある遊び場は この夏の暑さに孫達も 暫くは使っていない様子。匂いが良いと植えてた 白いもっこう薔薇は南のフェンスに少しでも陰になるように 大きく丸く結びつけた。春に 「婆ちゃん押して。」って 言う孫の言葉に骨折後の傷む手で「 これもリハビリのうち 」 と押していたブランコには白く埃がかぶっていた。来年は防腐剤を塗らないと・・・。草も殆ど抜く事が出来た。曇り空と言ってもまだ9月暑いし 喉も乾き もう疲れてきた。頃合いを見てたかのように 娘が「お母さん ケーキが焼けたから休んで」と声をかけてくれた。実家の分と2個 サツマイモのケーキが焼けていた。私の好きなアップルケーキは リンゴの美味しい冬まで待たなければならない。夕方 娘に「 ブランコで遊んでいる? 」って電話で聞いたら「 運動会の練習で疲れているみたい 中で遊んでいる。」との返事。これを聞いたら急に 右手が痛くなったように感じる。[笑)もう少し 涼しくなってから手入れしても良かったのかなぁ~今日は少し 張り切り過ぎたように思った。(+_+)
September 24, 2012
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塩塚高原。 東側に徳島県三好市の高原キャンプ場西側に愛媛県四国中央市の霧の高原があり両県の境界に立つ 標高1043メートルのススキの山である。友人が新車馴らしに 井川池田の高速道を降りて 約1時間。狭い山道を走らせ 連れて行ってくれた。4月上旬土曜日の夜に 徳島側からは「野焼き」翌日の昼に 愛媛県側からは「山焼き」が行われ今は 山全体が ススキで覆われている。7~8年前訪れた時はパラグライダーをしている 若者が居たが今日は金曜日パラグライダーをしている者は一人も居なかった。向かいの山の頂上に 人影が見えその中の一人が 大きな傘を差しているのがはっきりと見える。身長170センチの友人が その方に向けて大きく手を振ったが見えないのか 返事は返って来なかった。( 小さな花が咲いています。)昼食をとったお店の人が ここからお天気の良い時は瀬戸大橋が見えると教えてくれたが今日は曇り、残念ながら 見る事が出来ませんでした。
September 21, 2012
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朝 起きると 昨夜降った雨が 庭の花木を濡らしていた。これで少しは 秋らしい日がやって来るのかと 期待してしまう。カーテンを開けると ガラスに顔を着けたゴルーが居た。お腹を空かして 私の起きるのを ガラスの向こうで待っている。夜中に ゴルーは決まったように 外に這い出して行く。老猫なのに 夜遊びを止めようともしないでわたしが起きるまで耳元に来てしつこく 鳴き続ける。昨日 近くに住む 孫が幼稚園で作った敬老の日のプレゼントを持って来てくれた。肩たたき券は 畑をしている爺ちゃんに と 孫達は よく働いている人を見ているみたいです。(笑) 6回分の肩たたき券ですが 二人で半分してね。 とは 言いませんでした。(p_-) 自転車に乗り 帰って行きますが、まだ5歳と6歳危なくない所まで送って行きます。よく泣き 娘を困らせた孫がいつのまにか自転車で 用事を伝えに来る。その成長した後ろ姿を見ながら月日が 大きく流れた事を知らされますね。最近は このような人形に心惹かれるようになりました。二人仲良く 人生を歩んで来た姿は、私の心に深い感動を呼び起こします。今日、娘が帽子を買ってくれました。喜んでいると「去年は 何か要るものが有る?」って聞いたらお母さんは 「私は まだ敬老の日に入らない年齢。」と怒ったそうです。(+_+)やっぱりプレゼントは嬉しいから 来年からは素直に貰おうと思っています。[笑)
September 15, 2012
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こんばんはお疲れ様です。今夏も 太陽から身を隠すように暮らしていましたが稲刈りの季節が やって来ました。今年は 俄か農婦となり 汗をかいています。じりじりと照りつける 太陽を全身に受けて 頑張っていますが黄金色に垂れ下がると喜ばれる稲穂も 私には、身体がはしかくなるだけで・・・。(笑) 何処からか 沢山のツバメ飛んできて虫を探して 低空飛行をしています。 今日は トンボの姿も見る事が出来ました。地面をよく見ると 数えきれないバッタの子が足や手に飛びついてきます。昔、子供の頃に嗅いだ 土の匂いと虫に囲まれていますが一年に一回しか使わない コンバインや乾燥機に故障が続出し思うように 仕事が運びません。[笑) ( もう 弾けそうな勢いのお米です。 )そんな中で 唯一の楽しみがお米をすった後に出る もみ殻で焼く焼き芋です。ホイルに包み 人数分だけ入れました。1時間10分後に 取り出し、焼けてるか竹串を刺しますお芋の皮を剥いた写真をと 思いましたが 近所の小さな子供が来たので私のを食べてもらいました。お芋 好きだとの事です。 仲間が居て良かった~~。又来てね~~。(*^_^*)孫が「美味しいと」 と食べてたのでまた明日焼こうと思っています。(お芋の代わりに 家庭菜園でとれた激辛唐辛子です。)
September 11, 2012
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写真は ちょうど去年の今頃友人達と 行った時写した物です。深い色をたたえた 水の色が印象的でこの公渕森林公園の一番の 思い出として残りいつかブログにのせれたらと 思い保存していました。屋島の浦で 源氏と平家が激しく戦い 平家の公達が義経の攻撃に敗れ 傷を負い この地に来た時池の中から お香の匂いが漂う。匂いに惹かれ 池を覗き込むと池の中から 黒髪の姫が「笛とお琴を合わせましょう。」と誘って来た。一人又一人と倒れていきとうとう、一人だけになっていた公達は「自分を待ってくれてる者が居る。」と思い池に身を躍らせたと言う。そしてその直後・・・・一瞬 月の光がくだけ散り 再びあたり一面が冴えわたった。( 讃岐のおもしろ伝説より )人は傷を負い 追われて一人になった時の孤独感を描いていて 寂しくなりますね。堤高 27.1メートル堤長 450メートル貯水量 1785千立方メートル 公渕池 公園内には 立派な灯篭や 沢山の睡蓮が咲いてる池も・・色づき始めた 柿の実や 萩の花も咲いていました。
September 9, 2012
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秋の夕日に~ 照る山~~紅葉 濃いも 薄い~~も お疲れ様です昼間はまだまだ 暑いですがこの時間になると 肌に触れる風に、秋を感じる様になりました。ブロ友の皆様は 夏バテをしていませんか?今日は 雷と雨が降る 不安定な一日でしたが朝の内は お天気でしたので残り少ない 家庭菜園と 庭の手入れをしました。雨上がりの庭に 秋明菊が一輪咲いているのを見つけました。どこからか 飛んできた百合の種が 花を開かせています。 畑から 坊ちゃん南瓜と 激辛唐辛子がとれました。殆どの 夏野菜が終わりを迎えてる中で落花生が 花を咲かせています。いつ頃 食べれるのでしょうか(笑)( 雨に濡れた 庭で 後をついて来るゴルー )
September 5, 2012
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私の 東京物語。本郷界隈東京での生活で この歳になって もう一度勉強させられたのは近くにある 文豪達の旧居跡。教科書に出ていた文人達の名前が 文京区の教育委員会の看板で案内されていた。孫を送り 帰る道筋に菊坂通りがある。5000円札の肖像でお馴染みの 樋口一葉が亡くなるまで此の地に住んでいた。一葉が死ぬ直前まで 通っていた伊勢屋質店があり、今も残っている。 (伊勢屋質店)途中 右に折れ 坂を登ると文豪達の サロンとなった 菊富士ホテル跡がある。前の日記は こちら この道を 東大の方に 向かう途中に 徳田秋声の旧居が新しい建築物の家並みの中に 昔のままの姿で建ち続けている。( 写真を 何枚か撮ったのですが どこに置いたのか出て来ません。 ) 菊坂通りを 左に折れると 坪内逍遥の旧居跡がありこのたどん坂を逍遥も 登っていたと言われている。 登りきった 坂の右手に看板だけの 旧居跡。この時は工事をしていた。この道と反対に 菊坂通りを 右に曲がり坂を登ると 石川啄木が住んでいた 蓋平館がある。 東京を 知らない私に孫と遊んだり 散歩している時、 メモを片手に道行く人が これらの場所を訪ねて来る。 東京は 面白い。錆びついて行こうとする 脳を刺激してくれる。
September 3, 2012
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花のお江戸での ランチ。その一。 日曜日の11時、M江ちゃんから「ランチしよう。」 と電話がかかって来た。今日は 孫達も学校は休み。東京 在住4年目に入る M江ちゃんの提案で東大、赤門近くのお店に入った。店の名前は サイ〇リア赤ワインとチーズたっぷりの料理3品を注文した。ボリュームたっぷりの 料理に このワインの量。飲みきれないと思っていたが いつのまにか空になってしまった。( ピンク色に染まった M江ちゃん )支払ったお金は一人五百円足らず。本当、安いわ~~。此処から 百メートル歩けば 娘宅。坂を上って行くと 三階の窓ガラスに顔をくっつけた、孫二人が私の帰りを待っていてくれた。下に降りて 鍵を開けてくれる孫に匂いはしないかと気になった。婿にランチの話をすると 「お母さん あのワインで悪酔いしませんでしたか?」と笑いながら 聞いてきた。 婿も同じコースで酔った事があるそうな。(笑)午後 娘が買い物に連れて行ってくれる。「 お母さん スカイツリーの上に 雲がかかっているから写真を撮ったらー?」と教えてくれ 車の中から 撮る事が出来た。昼間に安く飲んで食べた ワインとランチ雲に隠れた スカイツリー、 やっぱり 東京は 楽しいと思った。
September 1, 2012
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いつもお詣りに行く 神社で 時々小学生達のラジオ体操に出会わす時がある。カメラを持参しておらず 撮る事が出来なかったが夏休みも もう終わり。今日は忘れず持って行く事が出来た。この神社は毎朝 神主さんご夫婦が 雨の日以外 綺麗にお掃除をして 掃き清めている 広い境内がある。友人と散歩する目的の場所であるがまだ6時だと言うのに 氏子の参拝も多く、「おはようございます。」と言う声が あちこちから聞こえて来る。まだお若い 神主ご夫婦の人柄が 人々を呼び寄せているのが 伺われる。 ラジオ体操の場所は この空気の澄み渡った神社の境内の中。集まってくる子供の数も他所と同じで 多くない。訪れる参拝客が子供に 学校の総人数を今日も聞いていた。 無病息災を祈る 輪抜けさま。 夏祭りの時の写真です。 ( 毎朝奥様がお掃除を) 神主さんもお掃除を・・ 綺麗に掃き清められています。 さあ~~ラジオ体操が始まります。新しい朝がきた~希望の朝だ~~神主さんご夫婦も一緒です。 もうこの辺で ムズムズ、撮るのは止めて私も体操に飛び込みました。 この広い土に~伸ばせよ~それ~一二~三 数年ぶりのラジオ体操でした。
August 29, 2012
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昨日、今日と二日 五時に起き、気になっていた家庭菜園の 草取りをする事にした。下に 黒のマルチを敷いていても 草はいくらでも生えてくれる。孫が幼稚園から 綿の種を10個 もらって来て植えていたが新芽を 鳩が食べ4本だけ残っていた。幼稚園の先生から「沢山なったら 少し返してね。」と言われていたので他の野菜より 気になっていた。オクラの花ばかりが 咲いているように見える。全部、駄目だったかと近くに行くと オクラの花と綿の花が それぞれの枝に同じ花を咲かせているように見えた。オクラの花と 綿の花は アオイ科に属していて区別がつき難いらしい。( 綿の花 ) ( オクラの花 ) ( 花が咲いた後のピンク色になった 綿の花 ) わぁ~~い わぁ~~い 綿の花が咲いた~~ 花が弾けた後に やっと一つ 待望の綿の花が・・・。先日雨が上がった後に 西の空に二つの虹が 出現しました。ブログに載せようと カメラを向けましたが見えますでしょうか?左に 薄くもう一つ 虹が出ています。見えたら 嬉しいです。
August 26, 2012
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年に一度知り合いと行く旅行が 今年は厳島神社。今、NHKで流している 大河ドラマ 「 平清盛 」の影響も受け早くから 楽しみに待っていた。雨も上がり 指定のない座席を陽のあたらない場所にと早朝から来て選んだが 南側の席を又選んでしまう。こんなミスは いつもの事別に気にはならない。車酔いする私に 友人が窓際の席を譲ってくれ、豊かに降る太陽を浴びながら宮島に着いた。 ( 鳥居 ) ( 五重塔 ) (全国に500ある 厳島神社の総本社。古代から島 そのものが 神として信仰されていたと言う。 ) 平家の守り神として 平清盛が社殿を造営 ( 海を敷地として 回廊で結ばれた、平安時代の 寝殿造り ) ( 音戸の瀬戸 清盛塚 )久し振りの旅行で興奮しすぎたのか腹痛を起こし ホテルでの夕飯は皆の美味しそうに食べるのを 見ていたが 空腹感はわかなかった。あくる日も晴れ 初めての町を観光出来るのが 楽しい。
August 21, 2012
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田舎から上京して 何をしていたかと思い出してみると財布の中身を計算しながらよく友達とランチをしていたように思う。中でもM江ちゃんとは連日のように何処かに出掛けた。東京での生活の中で彼女が居ると居ないとでは楽しさが大きく違っていた。この日は 神楽坂に決まり、孫を学校に送ると粋な町、神楽坂に向かう事にした。ワクワクしながら。 ( 神楽坂通り ) 一つ横の道に入ると 粋に着物を着こなした 年増のお姉さん達の姿も見る事が出来た。焼き物の工房にも気楽に入れる。 お腹が空いたので 安くて美味しそうなランチを探して入る事にした。しっとりとした店の構えが素敵で、その上値段も1000円と 手頃であった。始めは私達二人だけだった店内が 直ぐにいっぱいになった。それも女性客ばかりで・・・。 毎年、神楽坂で阿波踊りが踊られているとの事人が住み 趣豊かな料亭街がある多様性の町、神楽坂で、 お上りさんの私達がランチが出来た事が嬉しかった。
August 16, 2012
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今日は 終戦記念日 此方の地方紙に 連日 「戦没画学生 生命の絵」 無言館の収蔵作品が紹介されています。今日は67回目の終戦記念日。論説・鳴潮に 「 戦死したのは画学生や作曲家ばかりでなく、その何十万倍もの無名の人々が 戦争に命を奪われた。一枚の絵、一曲の楽譜どころか、一片の骨すら残さずに・・・・」と書いている。戦争を知らない 私でも 平和の有難さを しみじみ感じる日です。この写真は今年4月 友人のM江ちゃんと参拝した時に写したものです。 ( 靖国神社 参道入り口の大鳥居 ) ( 近代日本陸軍の祖、靖国神社を創建した 大村益次郎の銅像。 ) 東京三代銅像の一つと言われ、上野の西郷隆盛と向き合っているとの説がある。 ( 昭和9年に創建された 神門。 中央の二つの扉に 直径1.5メートルの菊花の紋章が ) ( 拝殿 ) いつもと違い 心がピリッと引き締まる思いがしたが帰り道 本郷3丁目の駅までの道順を重ねて尋ねた九段下から乗る半蔵門線の年配の駅員さんの 怒ったような対応。少し残念だった。東京では どの線に乗っても 凄く親切。駅員に限らず 皆、職業意識が強く 丁寧でプロ意識に徹している。 これは地方では見られない 素晴らしい事だといつも感心させられている。
August 15, 2012
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暑中お見舞い申し上げます。家の近くに ひまわり畑が出現しました。昨年までは 野菜を植えていましたが今年は沢山の向日葵が 辺りを華やかにしてくれています。この写真は 西側から撮りました。やっぱり 全員、まわれ~右でお日さまの方に向いて咲いていますね。(笑)ギラギラと照りつく太陽を避けて早朝の散歩をしていますが帰路は友人と二人で この道を選んでいます。猫達も暑さに弱っていますが中でもゴルーは涼しい所を探してひたすら休息と睡眠の日々を繰り返しています。家族一同ゴルーが今夏も元気で過ごしてくれる事を願っています。ブログ仲間の皆様も楽しいお盆休みをお過ごし下さい。
August 11, 2012
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いつも行く スーパーの入り口にほおずきの鉢植えが置いてあった。カラカラに乾いた土壌を見せて。値段も 大幅に値下げしていた。最近は あまり見かけた事が無かったが先日東京の 孫が ほおずきの事を聞いて来た事があったので 買う事にした。玩具など 買い与えられていなかった時代周りにある物を見つけて 遊んでいた。ほおずきの オレンジの実の中に、同じ色をした丸い本当の実があり それを楊枝で少しずつ 掻き出して空になった中に 口をつけ パコパコと音を出して遊んでいた事を思い出す。 誰が一番に出来るか水で濡らしながら川の横で競争していた。夜は この川の上を飛ぶ 蛍の光を縁側から見る事が出来た。安全であったし安心できた日の繰り返し。今、 懐かしく その時代を孫達の時代にもと願ってしまう。良い時代に育ててもらったと 心深く思うのは私だけだろうか。( 3日ぶりに行った畑には バケツいっぱいのミニトマトが 実っていた )
July 19, 2012
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梅雨は未だあけないが まさしく夏。 今日は 暑かった。パソコン教室から帰ると ゴルーが縁側で寝ていた。朝出かける時と 同じ格好で身体に付いてる 枯葉の数も同じ。 娘達家族が 旅行に出かけてしまった。猫4匹、犬1匹を 一人で世話をしなければならない。今日で4日目。疲れたし、もう飽きた。世話するついでに youtubeを撮らせてもらう事にした。小さい猫に上から 見下ろされていると牢名主に見張られているようで 居心地が悪い。餌をやる時は 足元にじゃれついて来て可愛いいが・・やっぱり ゴルーと二人の時が 安定感があって良い。同じ年寄同士生活のリズムが 合って楽だ。(サムテイラーのテナーサツクスでサマータイ ム)
July 9, 2012
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「切れるの別れるのって そんな事は芸者の時に言うものよ・・・・私にゃ 死ねと言って下さい」 ( いいねぇ~ 死ぬまでに一度は言ってみたい言葉やわ~~) 泉鏡花の 婦系図で有名な お蔦のセリフである。 お江戸、東京一の天満宮、湯島神社が近くにあった。東京では何を聞いても全てテレビやラジオで聞いた事のある地名ばかりで「行ってみよう」 と言う興味をそそられる。 境内の中は 広く日本庭園の中に泉鏡花の石碑が建っていた。坪単価?百万と聞く地で この広々とした所に立ち立派な建物を見ると 優雅な気持ちになって田舎から上京して来た事も忘れてしまう。この日は参拝客も数人。かの有名な梅の花の時期も とうに過ぎていた。この先を100メートル下れば 御徒町。上野公園、アメ横、美術館などあるが安く物を売る アメ横をぶらぶらするのが好き。最近、ご朱印帳を書いてもらうのが楽しみの一つになっている。次回上京の折は、ご記帳をお願いしたいと思っている。
July 5, 2012
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40日の東京生活のある日娘婿より 「 お母さん ハーブの沢山植えてるホテルを予約しましたから。」 と連絡があった。 場所は 千葉県夷隅郡大多喜町小土呂255 大多喜ハーブガーデン ノルマンジーの家 7000坪の土地にハーブを植えドッグランやドッグカフェ そして広大な敷地の中には チャペルまで建っていた。 総客室は10室室内の調度品は全て同じではなく、落ち着いた 上品でお洒落なホテルである。両開きされた 窓からは5月の風に乗って擦れ合う青葉の音が聞こえ ベッドの上で大開脚する孫の姿は 未だ右手首が十分に曲がらない私には羨ましい~~光景であった。(笑)夕食にコースでいただいた料理には ハーブがふんだんに使われており「美味しい!」この一言であり、そして、もう一言 言わせてもらえるのなら遠く離れ、幼い時抱いてあげる事も出来なかった愛しい孫と 優しい娘婿 見知らぬ土地で苦労して育ててきたであろう娘に感謝です。 帰り際にホテルの庭で咲いてるハーブの花で花束を作り,プレゼントしてくれたホテルのお兄さん達も今で言う イケメン揃い。(これも 目の保養かなぁ~)アーチの上で香ってた 白いもっこうバラの花の咲く季節が来る度に 房総での思い出を老いに向かう姿と重ねながら懐かしく思う事だと思う。
July 3, 2012
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振り向けば~ 猫、猫~ 猫しか~見えない~~ ( マルシアの ふりむけば横浜 より ) 40日の 東京生活から帰って来ると、2匹しか居ない筈の 猫が 何故か4匹になっていた。 雌 1匹と雄 3匹の ALL チンチラ。 その中の一匹は 言わずもがな、 我が家の守り主の ゴルーである。 娘があちこちから 空輸してもらって来た猫軍団。 それぞれが小さな声で、「ニャー」 と鳴き 振り向くと 踏みそうになる。 このゴルーの顔は 仲間が出来て喜んでいるのでしょうか? それとも 憮然としてるのでしょうか よく 分かりません。 勿論、名前もつけてます。 ラナンとソラです。 今日は ブログデビューをさせていただきました。
June 20, 2012
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久し振りの 更新です。 5月3日。 娘婿の案内で 千葉県夷隅郡大多喜町に行く事に なった。 四国内で生まれ住む、私には少し遠く感じたが テレビで見た此の地は 憧れの町でも あった。 徳川四天王の一人 本多忠勝が 11年間領知した 10万石の城下町、 大多喜。 向かう景色の中に 点在するゴルフ場は 立派で数も多い。 駅に着くと沿線自治体が出資する、黄色の列車 ユーミン列車が走っていた。 道には 城下町に相応しい 新しい街路灯が建ち 古い歴史を持ち続けて佇む家並みと マッチしていた。 下校する学生の群れを 駅で見 古いモノと新しい人達が調和するこの町の 魅力を見せてもらった様に感じた。 陽の落ちる前にと急いだ 養老の滝は 前日の雨量を蓄えてゴウゴウと落ちていた。 青々とした山と滝、そして城下町の 大多喜町。 思い出深かったが 何よりも 少し背が伸びた 孫達と一つ、一つ、 と 過ごしていった時間の流れ・・・・ 私には 最高の忘れる事の無い 思い出となった。
June 17, 2012
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友人のお孫さんに 春が来た。待ちに待った合格発表を受け取り 安堵と喜びの日を過ごされて居る事だろうと思うと 嬉しかった。年齢は近いが彼女には 母のような優しさと慈しみの心で今日まで接してもらって来た。感謝しても し尽くせない思いを抱いている。そんな彼女が我が身より 大事にしていたのが 孫のM奈ちゃん。自分の夢を諦めず 最後まで追求し、頑張ったM奈ちゃんの吉報を私も 今か今かと待っていた。おめでとう! M奈ちゃん!貴女なら 病気で苦しむ人に 優しく接する人であれると信じている。18才の門出に 幸多からん事を祈る。 18才に 桜咲く (友人がM奈ちゃんへの思いを書いた自費出版の本)
March 17, 2012
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福寿草の花が咲いた。花の姿より名前が良い。JA主催 小林幸子ショーの招待を受け行く事にした。数十台のバスが駐車している横を通り 会場に着くと席は前列より12番目、裸眼1.2の私には良く見える席だ。実物の彼女はテレビの画面で見るより 綺麗で華奢。2006年の紅白で見せた舞台衣装を着て歌っていたが衣装の豪華さと、舞台の高さに高所恐怖症の私は怖さを感じてしまった。JAZZであれクラシックであれ歌は良い。人の心を和ませ 優しくしてくれる。会場でY恵ちゃんに会い 又手作りチョコをもらった。これも非常に 嬉しい出来事である。(笑) (このような車体に小林幸子の写真を書いた車が 駐車していた。) (チョコの写真をと、思いながらあまりの美味しさに食べ続け かろうじて理性で止めた残りの チョコ)
March 9, 2012
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