ねぼすけの読書感想日記

ねぼすけの読書感想日記

2009.02.06
XML
カテゴリ: 書評



不思議だとは思いませんか。人体は細胞のみで構成されているのに、なぜ、心や意識が人体にあることに。私は、ずっと昔から不思議でした。でも、ずいぶん前にこのことについて考えることをやめていたが、再び思い返した。

本書の最初に「・・・なぜ、脳の中の神経活動によって、私たちの意識が生み出されるのかが、皆目わかっていない。」とのフレーズがあり、その答えを期待して心踊った。筆者の提示した答えは、こうである。”私たちの意識の中で、数多くの他と区別されてとらえられる<あるもの>(これをクオリア=質感と呼んでいる)がある。この<あるもの>が<あるもの>として、変わらず継続して意識する主体が<私>であり、これが私たちの意識というものだ。”と。

うーん、分かったようで分からない。というより、納得できないし腹にも腑にも落ちない。私なら、こう説明する。”私たちの脳の中で、数多くの他と区別される<あるもの>(これをクオリア=質感と呼ぶ)がある。この<あるもの>が、変わらず継続して脳の中の神経活動のパターンがあり、意識する<私>自体もクオリアであり、この神経活動パターンが私たちの意識というものだ”と。よっぽどこちらの方が自分にとって納得性が高いし、これがそうだとすると、後は、神経活動によってクオリアが導き出せるのかどうかの問題に収斂する。

筆者はこの本の中で、何度も何度も同じような説明をくどく行うし、「私はこう感じたことがある。あなたも以前そう感じたはずだ」という傲慢で極楽とんぼな説明も随所で見られる。とても十分に推敲され、洗練された本とは言えない。残念ながら、駄作としか言いようがない。著者の他の本は知らないが、同じ調子の本であるなら、本当に見かけ倒しもいいとこだ。(評価:星二つ ★★☆☆☆)



意識とはなにか


<参考書籍>
R.P.ファイマン「物理法則はいかにして発見されたか」






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.02.06 23:55:55 コメントを書く
[書評] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: