ねぼすけの読書感想日記

ねぼすけの読書感想日記

2009.02.09
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カテゴリ: 書評

利己的な遺伝子 」で衝撃を受けたので、その続編を読んだものである。

本書は、前作が一般市民を読者層と想定していたため非常に読みやすいスタイルをとっていたものと一変し、筆者の主張の根底にある「生物は遺伝子の単なる乗り物である」に対する学者・知識人の批判への理論的再回答である。このため、かなり攻撃的な文体と、皮肉・専門用語を多用し、本書の完成度としては、少し繊細さに欠け洗練されていないように思える。

本書の主張の根幹は、「人間の目の構造」や「コウモリのエコーロケーション(超音波による地形把握)」のような非常に精緻で複雑な生物の器官であっても、神や偶然が作った(時計職人で比喩)のではなく、自然淘汰・特に累積淘汰(多様な進化形のうち、最も自然に適合するものが残っていく)による長い年月で作られたものである、ということである。このことを、デザイナーは意思をもたない自然淘汰、すなわち「盲目の時計職人」と表現している。

自分自身は、完全に筆者ドーキンスの主張に同意するし、これが正しいと信じることができる。ただ、一抹の不安は、高度に社会や文化を進化させてきた人類は、自然淘汰の圧力がほとんどかかっていないのではないかということである。例えば、社会的弱者に対して、政治や社会はなんらかの保護や援助・支援を行うことが社会システムとして既に組み込まれている。自然界は、自然環境により適合し子孫を残す遺伝子が繁栄し、あとは淘汰されていくことで多様な種と進化が促進される。一体、人類は、社会・文化的には「進化」していくとはいえ、DNAや生物的に「進化」はしていかないだろうと言える。ではどうなっていくのであろう・・・といった不安が残るが、この回答は本書では示唆さえない。

ただ、生物学的進化のスピードは、社会的進化のスピードと比較にならないほど遅い。従って、生物学的進化論は、人類が想像できるほどの将来に対してはほどんど無力であるはずである。このことは、単に、今の事実の解明、例えば、なぜこのような生物器官ができあがったのかとか、どうして生物はこのような行動をとるのかといったことに対する、理論的説明を行えるツールでしかないような気がする。それはそれで過去や現在に対する価値はあるが、将来に対する価値がないことが学問としての致命的欠陥であろう。そんなことを感じます。

生物学に非常に興味を持たせてくれた上で、色々と考えさせてくれるすばらしい本です。おすすめですが、この本の前に「利己的な遺伝子」を読むことを強く薦めます。(評価:星四つ ★★★★☆)



盲目の時計職人







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Last updated  2009.02.11 11:37:00 コメントを書く
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