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2022年06月15日
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西村トシ子さんからのメール その3

4 原判決が、その審理不尽によって見落とした本件の重要な事実(その2)

故成生の死が「自殺」ではないことについては、上記のとおり最も重要な「動機」が存在していなかったのであるが、動燃は警察の協力を得ながら、簡単にそのようにきめつけて、遺体の火葬にまであっという間に事態を進めて、真実の解明を困難にしてしまった。そして、故成生を悲しい犠牲者として喧伝し、問題をそらせてしまった。

 しかし、そうであるがゆえに、多くの不合理を残すこととなった。

 ここで、この問題について、既述するところとやや重複も存するが、大切なことであるので、敢えてこれを厭わず論ずることとする。

 ⑴この死は、監察医による法医学的監察も未だ行われていない極く早期の段階から、「自殺」と広報された。(控訴人は午前9時頃、自宅から病院に急行していたタクシーの中で、ラジオのニュースで聞かされた。監察医の検案は午前10時55分であった)。

 原告は当時、柏市に居住していたのであるが、知らせを聞いて驚愕し、直ちに聖路加病院の救急部に急行し、悲しい対面を行った。

 このときの率直な印象としては、一定の傷は存在していたものの、遺体には破壊的損傷は全くなく、30mもの高所から固い路面に転落死したものとは絶対に思えないものであった。

 ⑵ なお、故成生が宿泊していたとされるホテルには、そうだとすれば同人の遺品が残されていたはずである。しかし、控訴人は、同人が亡くなったことを知らされた日、動燃があらかじめ自宅に迎えに来るよう手配したハイヤーにより聖路加病院へと向かい、帰りは、動燃が用意した霊柩車が病院に横付けされており、霊柩車が遺体を乗せたあと直ぐ,ホテルに寄ること無く,高速道路を通って自宅に直行した。このように、原告の移動についても動燃の計画どおりに事は進められたのである。

 ⑶ 聖路加病院の地下霊安室前で、動燃側から、部分的に一定の遺品は控訴人の元に返された。

 しかし、そこには大きな問題が存在した。この点については、後記するが、遺品は、ホテル→警察 聖路加病院→警察 のルートで警察に保管されたとされているが、警察は一定物品は控訴人に渡したが、その他の物は遺族を無視して、動燃関係者に渡したとされており、これがその後、大畑理事から控訴人に渡された。しかし、そこには本件訴訟で控訴人が引渡請求しているところの遺品が漏れているのである。そもそも、

 1. 遺品には何が残されていたのか、

 2. ホテル・警察は何を保管していたのか

を遺族に明示的に明らかにされるべきであるのに、これをすることがなかった。

 そして、

  3. 何が返還され、控訴人が実際に受領したのか

についても、一切記録が明らかにされていない。

 これらは、本来であれば、明示的に記録に残し、また返還の有無については遺族の受領証が残されているべきであるが、控訴人が一縷の望みを抱いたvs東京都訴訟に於いても、遂に警視庁はこれらを明らかにすることはなかった。

 ⑷ なお、控訴人は、聖路加病院から預かり品の目録を入手し、裁判に提出したが、これは故成生が死亡してからずっと後になってようやく入手し得た、聖路加病院の資料である。

 すなわち、控訴人は何としても夫成生の不審な死の真相を究明したいと考え、成生の死去以降20年以上、八方手を尽くして来たのであるが、この資料については、死去後6年後である2002年7月に至って、ようやくに、聖路加国際病院から、他の救急医療記録一綴りと共に開示を得ることが出来たのであった。明確な記録が残されているべきはずの警察によっては何ら明らかにされて来なかった遺品の内容一部が、明確な資料として初めて入手されたのであった。

 ⑸ そして、葬儀等も、勝手に控訴人宅に大勢上がり込んできた動燃の職員らの手によって、遺族は完全に無視されたままに、(田中科学技術庁長官まで列席して)賑々しく挙行され、まことに手際よくあっという間に遺体の火葬まで行われてしまった。

 控訴人ら遺族にとって、まさに「あれよあれよ」という間に事態は進行させられ、火葬と共に潮が引くように動燃関係者が引き上げたあと、遺族らが気付くと、骨壺と遺品の一部しか残されてはいなかったというのが実のところであった。(なお、もちろん控訴人ら遺族は、自分達が動き、自分たちの費用で葬儀を行うつもりであったが、しかし、動燃は遺族に相談もせず勝手に大規模で麗々しい葬儀を、恰かも「動燃葬」の如くに行ったうえで、巨額の費用は全額遺族につけ回してきた。これについては、原告は割り切れない思いを抱かされた。)

 ⑹ 以上のとおりであって、故成生の遺体については解剖されることもなかった(監察医は解剖もしないという手抜きを敢えて行った)。このことは、故成生の死因について解明する上で大きな障碍となっている。

 また、監察の後は、事実上動燃が遺体を管理しているも同然であり、全てを動燃が主導して、一挙に火葬までことが運ばれてしまったというのが実情であった。

 更に、前記のとおり、衣服や靴その他、故成生の死に方を解明する上で必須の情報が得られるはずの種々の遺品は、遺族には返されないままに秘匿されてしまったのであった。

 要するに、故成生については、あたかも「重要な情報は残さない」ことが基調であるように符節が合せられて、警察・監察医・動燃によってことが処理されてしまったのである。

なお、当時、中央警察署刑事課の荒井係官の指揮の下に現場に臨場した高野係官の証言によれば、荒井は「変死者は動燃の関係者である」ということを知っており、そのことを意識して捜査に当たったという。そうして彼らは簡単に、「自殺」と決めつけて、通常の警察活動とは異なる活動を行い、以降の捜査を打切ってしまうと共に、遺族らが真実を追究しようとする手掛かりを隠蔽してしまったのであった。

 ⑺ そして既述のとおり、動燃はこの事態を最大限に活用した。

 すなわち、もんじゅナトリウム漏出という重大事故、および動燃によるこれについての隠蔽工作の解明の過程に於いて、「遂に痛ましい犠牲者が出てしまった」なる、筋違いのお涙頂戴的なキャンペーンが張られた。

 そして社会的には、このキャンペーンの影響を受けて、大きく盛り上がっていた「事故隠蔽」に対する非難は急速に下火となってしまったのであった。

 ⑻ こうした一連の経過・情況からするならば、過去の疑獄事件に於いて必ずといってよいほど、キーパーソンと言うべき現場職員の「自殺」問題が発生してきたのであるが、本件もそのような自殺であると装った上での口封じとの疑いが濃厚な、突然の死であった。

 このように見るべき理由の一端は、上記に加えて次のとおりである。

 ア そもそも故成生には、自死しなければならないような理由は皆無であった。「遺書」には、組織・同僚に迷惑をかけた旨の詫びの文言がある。しかし、故人は、そもそも動燃に対して、また今回の事故について、さほど動燃に対して忠誠心を有していたわけではなかった事が決して看過されてはならない。遺書の文言は、一見もっともらしく思われるかも知れないが、紋切り型であり空々しいものであるにすぎないのである。

 イ すなわち、考えてみれば、故成生は総務部員として、動燃の汚れ仕事(人形峠のウラン残土問題の処理など。本件もまた、まさにそのような「汚れ仕事」であった)や、あるいは後ろ暗い仕事(例えば、東海村での選挙活動など)に主として従事させられてきていた。

 故人はこのことについて喜ばない気持を持ち続けてきていた。本件「証拠隠し問題」についての調査を、上司である大畑理事から下命されたときにも、「なんで俺が・・・」との不満を原告に漏らしていたところである。動燃が誠意を以て行動してさえいたならば、全く必要の無い業務であったからである。不誠実な他のセクションの尻ぬぐいをさせられているのである。

ウ ところで、証拠隠しを行った動燃は、当然ながら厳しい批判に晒された。

  ついに、96年1月12日に弁明の記者会見を行うところに追い詰められた。

  ところが、会見を行った大石理事長らは記者からの追及に対してしどろもどろとなる失態を演じた(再度の会見ですら説明しきれなかった)。このため、遂に異例の3回目の会見が設定されるに至り、しかも故成生はあくまでスタッフにすぎなかったにもかかわらず、会見の場にかり出され、説明をするよう命じられた。故成生は、部内で予め作成していたストーリーどおりに説明しきり、役割を全うし動燃の窮地を救った。

 エ この経過からするならば、故成生は「迷惑をかけた」どころか、動燃にとっての恩人なのであって、動燃に対して申し訳ないと感じることなどありえなかった。ましてや、責任を感じて自殺しなければならないなどという理由は皆無であった。

 オ また、私生活では、長男の結婚式を春に控えており、正月には結婚相手となる相手方も挨拶に来た。長子の結婚はとりわけて、誰にとっても、長いようで短かった子育ての一区切りであって特別の感慨が湧くものであり、強く祝福してやりたいと思うものである。しかるに、このような大事を目前に控えて、何のためにわざわざ、自らと子どもの人生の喜びに敢えて冷水を浴びせるような不吉を行わなければならないであろうか。動燃に対して何も悪いことをしていない、むしろ諸事の後始末に追われ、心中に複雑な気持を抱きながらも、黙々とこれをこなして動燃のために働いてきた故成生が、「申し訳ない」などと言って、長男の慶事をわざわざ汚すようなことをしなければならない理由がどこにあったであろうか。

 以上からすると、この時期・状況に於いて、故成生には自殺するなどという内発的動機・理由は皆無であったのである。

 カ 一方、故成生は命じられた調査を行う過程に於いて、必然的にもんじゅないし事故、およびこれについての隠蔽工作に関する裏情報を色々知ることとなった。

 12日の記者会見は何とか乗り切ったことは、動燃にとって大きな節目であった。動燃の危機が去ったわけでは無いが、むしろ、12日の記者会見でのストーリーで押し通すべきであって、だとすると、色々知りすぎてしまっている故成生は、動燃にとっては利用価値が低下したのみならず、むしろ、重要情報が漏出するかも知れない点で、警戒しなければならない存在となったのであった。

 今次、もんじゅの廃炉決定がなされ、これに前後して「もんじゅ問題」が新聞紙上等に於いて詳細に取上げられるに至った。これらの記事を見るにつけ改めて驚かされるのは、もんじゅプロジェクトに投下され動く資金の金額の極端な大きさである。零細な庶民には到底現実感覚が湧かないほどの巨額性である。当然、この巨額の資金に絡む利権も大きなものとなる。

 しかしてナトリウム漏出事故は、高速炉開発に於けるその本質からして、この大きな利権の当事者である動燃にとっては、絶体絶命の危機であった。もしこれの処理に失敗すれば、計画の中止・動燃の解体にも及びかねない危機であった(今般、20年遅れでこれは顕在化した。長年に亘って一貫して不祥事が絶えない動燃に対しては、原子力規制委員会がもんじゅ運営当事者としての能力を見限り、他の団体に移管する事を要求するに至った)。当時、まさに動燃としては、この大きな利権に衝動されて、その防衛のために組織の延命を賭けてなすべきをなさねばならない状況にあった。

 そのような状況・事態の進展に於いて、上記のような立場にある故成生は、動燃にとってむしろ、微妙ないし危険な存在になっていたのであった。

⑼ 小括

 以上によると、本件遺品問題に於ける不合理は、故成生に対する関係機関による殊更な「自殺」扱いに起因している。

 そして、この理不尽な「自殺」扱いは、当時のもんじゅ・動燃を巡る大きく強い政治力学の磁場によるバイアスの中で行われたということが、決して看過されてはならない。

 その4へ続く






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最終更新日  2022年06月15日 09時19分10秒
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