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2004 10/31(日)長女の携帯が不調になった。帰宅途中に販売店に寄って見てもらったら「要修理」と言われたそうだ。 修理代を聞くと、とても1年半使った携帯にかける金額ではなく、機種変更する事にした。午前中、娘とSHOPへ行き、先日私が購入したタイプの色違いに決める。(これでわからない事は娘に聞ける!)しかしよくよく調べてもらうと、娘の携帯は壊れたのではなく、受信メールを削除していなかったためにマンタン状態になり一種のエラー表示が出ていた事が分かった。ナント。本人は…バツの悪そうな顔をしていたが、人騒がせ!、本当に。2003 10/31(金) *自宅復帰6日目*午前中O先生の自主トレを済ませて駅まで歩きました。拘る訳ではないけれど、shinがタイムを気にするので計ってみました。今日は28分で着いたようです。たった2分のことですが、タイムを縮められてshinも嬉しそうでした。帰りはスーパーで少しだけ買い物をし、バスに乗りました。駅からだと座れますが、一つ先のスーパーでは時間帯次第ではもう席がありません。今日もかなり混んでいました。これもバランスのトレーニングと思って注意していましたが、降車のバス停まで手摺りに摑まりずっと立っていられました。結構運動神経も復活しているように思います。午後からは早めのお風呂に入ったりして休養しました。サプリメントのポイントを溜めてGETした体脂肪計つき体重計でshinは毎日体重を測っていますが、なかなか落ちないようです。また健保の選択常備薬の中にデジタル血圧計が入っていたので迷わず選びました。ちょうど退院のタイミングで届いたので、これも毎日測っているようです。今のところお薬をキチンと服用していることもあり、血圧も安定しています。体重と体脂肪率、血圧は毎日ノートに記録しているようです。計測後、しばらく記憶が必要ですし、毎日同じタイミングで測る事も覚えておかないといけないので、今のshinには大事なDUTYの一つです。もう少ししたら、この毎日のデータをshinがエクセルで管理出来るようになれば…と私は欲張りな希望を持っています。今日で10月が終わります。終わりの後には始めが来ますが、今の私は終わる事も始まる事も怖く思う時があります。もっと攻めの気持ちにならないといけない…のかなぁ。
2004.10.31
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2004 10/30(土)shinは午前中PT。T先生の訪問は10時。両親がそれぞれリハビリをしてもらう。来週の金曜日は後任の先生と一緒に来ては下さるが、先生の訪問日としては今日が最後になる。この一年あまり、両親も私達も大変お世話になったT先生。特に私達は精神的にもシンドイ一年だったが、要所要所でキチンとフォローしてもらいどれだけ心強かっただろう。T先生本当にありがとうございました。これからの新しい世界でも是非先生の力を発揮してもらいたいと心から思う。2003 10/30(木) *自宅復帰5日目*今日は初の外来OTです。shinと電車で行く事にしました。駅まで徒歩で30分。JRと私鉄に乗り換えて1時間ちょっとで着きました。駅の上り階段では左側の手すりを持つために、杖を右手に持ち替えましたが縦に持てばよいものを後ろの人の顔の位置に杖先が来るように横に持ったので、少々慌てました。ジャケットの右ポケットにパスケースを入れておいたのですが、改札まで来たら忘れてしまい、あちこち探していました。まだ外出にも慣れていないので仕方がないのかとも思いましたが、ちょっと不安な気持ちになりました。一つ一つの行動パターンをある程度決めておかなくてはいけないのでしょうか。良い天気だったのでお昼は時計台広場で食べました。ちょうどshinより先に退院したIさんと会いました。今日はPTだそうです。OTのI先生も自宅復帰後の様子が心配だったようです。PTの自主トレ(O先生がメニューを作りパソコンでプリントしてもらいました)や朝夕のフトンの上げ下ろしは自分でやっている事、また今日の通院の様子なども報告しました。「一度に何もかもは出来ないので、徐々にステップアップしていきましょう」と優しい言葉です。駅での様子に少々焦ってしまった私ですが、長い目が必要なようです。お風呂の手すり工事の見積も見てもらいました。図面では手すりの位置が浴槽の丁度中央にきていましたが、向きを決めて入るのならば中央より少し足側に着けた方が利用しやすい…とアドバイスをもらいました。早速業者に連絡しようと思います。帰りは途中で買い物もして帰りましたが、リハビリの帰りに買い物までは大変と分かりました。私も慣れが必要なようです。
2004.10.30
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2004 10/29(金)本日はK先生の診察日。shinは早めに着くように行き、書類の受け取りやTさんのお見舞いを済ませる。私は2時に現地集合。SWのUさんに先日からの健保の報告とお礼。K先生の診察はいつも多いのだが、shinが早めに診察券を出していたようで2時ちょうどに呼ばれた。退院1年、近況、右腕の痛み、脳外の受診予定などをshinが報告する。いつものようにキチンと話を聞いてもらえ家族としても気持ちが落ち着く。退院時からshinの薬は朝、血圧関係の薬を飲み、昼と夜は胃薬だけになっていたのだが、昼夜の薬が今日から無くなった。それで一包化の必要も無くなりバラで薬を出してもらったので、朝の薬の個数だけをチェックすればよくなった。一包化をいつのタイミングで止めるか夏ごろshinと検討していたのだが、自然な形で次のステップに進めた。必要な事は必ずタイミングが決まっているから…とH病院のSWにアドバイスしてもらったが、こんな時に「やっぱりそうだな」と納得する私。PT室の前で最初の病室でお世話になったUさんに会った。「通院リハビリはつづけていたのですよ」と奥さんが言われたが私は一年ぶりだったので、Uさんの歩行レベルがグッと上がっていたのが嬉しかった。久しぶりにお話ができたが、少々お疲れの様子だったのが気になる。やはり高齢のご夫婦お二人ではどちらかが病気になると大変なのだろう。介護保険なども上手に使って、なるべく平らかに過してもらいたいな…とおせっかいながら思ってしまった。2003 10/29(水) *自宅復帰4日目*退院後初めてのリハビリはSTです。9:40の予約なので早めに家をでましたが、余裕で駐車場に入れました。自宅での様子などをS先生に報告し、リハビリに入ります。リハビリと言ってもSTは体を使うわけではなく、プリントを読んだり質問に答えたり。そのやりとりの中で先生はいろいろと判断し、次の方針が決まっていくようです。雑談のようでも先生はshinの受け答えには敏感に反応しているのが分かります。素人の私が聞いていても「あら」と思う事もしばしばなのでshinの状態はまだまだ途上と言えるでしょう。退院前にした検査の結果も僅かながら上がっており、shinも嬉しそうにしていました。次回の宿題プリントを貰い、今日は終わりです。退院前にK先生が「なるべく早めにH病院の脳外は受診しておいてください」と言われたので、脳外の今日の予約を入れました。脳外の受診の前に、H病院のリハビリ室のS先生とO先生にF病院退院の報告をしました。お二人ともshinが歩いているのを見て、ちょっと驚かれた様子です。ここを出るときのshinの状態が思い出されました。shinはH病院のリハビリ室の明るさにとても驚いた風です。F病院の半地下のリハビリ室と違い、新しいH病院のリハビリ室は東南側にあり、窓も大きくとってあるので本当に明るい部屋です。「ここってこんなに明るかったんだ」としきりに言います。F病院に転院した当初、意識レベルの質と量は明るさに置き換えられる…とK先生の説明がありましたが、まさにその通りだと実感しました。脳外は1時過ぎにやっと受診できました。例のとおりしごくあっさりした診察でしたが、数回にわけて「高次機能検査」をすることになりました。H病院の前にY子ちゃんの勤務する薬局があります。まだ勤務中だったので悪かったのですが、shinもY子ちゃんに挨拶が出来ました。
2004.10.29
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2004 10/28(木)午後から散歩を兼ねて、shinと外出。私のプリペイドタイプの携帯は1年半使って充電のもちが悪くなり、買い換える事にした。長女にも中間試験前に人参を吊るしたのだが、気がついたのかつかないのか…。一人で機能を覚えなくてはいけないのだけれど、新規0円に惹かれて決心したのだ。携帯の世界は3ヶ月サイクルで新製品が出るらしく、おばさんにはついていけない。でも携帯ショップのお兄さんが丁寧に説明してくれ、shinと長女の家族割引に私も入る事にした。メールが主の長女の料金プランを変更し、上手に使えば3人分の料金もshinと長女が以前使っていた時とさほど変わらない計算になるのだが…。お楽しみ。それにしても取説の字の小さい事。私のロービジョンの目ではかなり厳しい。やはり長女も一緒に変えれば良かったかな?手続きの待ち時間があり、shinとゆっくりコーヒを飲む。流れている音楽のボリュームが気になったのだが、かえって人の耳を気にせずにすむことがわかり、ナルホドと納得。退院一年を思い出してアレコレ話ができた。たまには環境を変えるのって悪くない。2003 10/28(火) *自宅復帰3日目*雨になりました。今日は無理して外出はしないで家で過すことにします。午前中、ケアマネージャーのKさんとお風呂の手すりを着けてくれる業者が来ました。手すりの位置を確認し、後日見積もりをFAXしてもらう事になりました。両親はもう介護保険の更新手続きです。利用始めは6ヶ月で手続きが必要だそうです。こんな時Kさんは丁寧に説明してくれます。両親も私も初めてなので、しっかり説明してもらえるのは安心につながります。今朝は驚きがありました。朝食の用意を済ませて2階に上がると、shinが布団を片づけていました。2階の押入れは下のスペースだけでオマケに奥が深く作ってあるので使いにくいのですが、病前のshinの仕事を復活してくれました。布団の上げ下ろしはかなりバランスが必要だと思うので、shinの体のためにもいいリハビリになるかもしれません。何より自分で気がついて手伝ってくれた事が嬉しく、朝からいい気分になりました。 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-3333ももうすぐでしょうか。getした方、よかったら足跡残してくださいね。
2004.10.28
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2004 10/27(水)最近野菜が高く、特に葉っぱものはあまりの高さに手が出ない。でも新潟では暖かいものすら食べられない方たちもまだ沢山いらっしゃるので、文句は言わない。私はもやし専門。なはは。水曜日は生協の日だが、ダメもとで注文したお野菜が沢山きたので今日はビックリ。不順な天候でもお野菜を作り続ける農家の方たちにも感謝だが、こんな時は価格が決まっている生協に卸すのも大変だろうな…と思ってしまう。新潟の被災地は余震がなかなかおさまらないようで、復興までにはまだ時間もかかるのだろう。雪が深い所だけに、これから冬に向けての心持を考えると本当に胸が痛む。2003 10/27(月) *自宅復帰2日目*退院してからお天気が続きます。今日は駅まで歩いてみました。所用時間30分。病前は20分のコースでしたから、1.5倍です。時間はかかったものの、歩きに関してはさほど心配な点は無くちょっと安心です。shinは「30分か」と少々ションボリしていますが、回数をこなす事で時間を縮める事は出来ると思います。積み重ね…でしょうか。駅近くの医院でshinと私はインフルエンザの予防接種を受けました。夏休みに次女が予防接種を受けた所ですが、shinは初めてかかるので一応病気の事やお薬についても説明をしました。先生は丁寧に話を聞いてくださるので、shinも安心して説明が出来たようです。いつになるかは分かりませんが、リハビリ病院から卒業になった時、安心してかかれる病院を探しておかなくてはいけません。shinの足元は病前に履いていたスニーカーですが、退院記念に新しく購入する事にしました。shinのを2足と私の分も買いました。昨日までが2割引だったとかで主婦としてはちょっと残念でしたが、新しい靴を履いてshinがしっかり歩いてくれると思えば気持ちも弾みます。通院にも使うのでshinがスイカにチャージをしました。F病院はJRと私鉄を使って通う予定です。以前は何とも思っていなかった「歩く」為の準備がshinと出来たことを感謝しました。
2004.10.27
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2004 10/26(火)ケアマネージャーKさんの訪問。10時の約束だったが義母は土曜日のインフルエンザの予防接種のせいか体がダルイらしく、なかなか起きれなかった。「Kさんに報告する事はメモしておこうね」とshinにも話しておいたので、まとめてはいたようだがメモ帳は部屋に忘れて降りてきた。いつもながらニッコリじっくりのKさん。一緒にいるだけで気持ちも落ち着くのはKさんの人柄だろう。今日の父は随分冷静な判断力で話をしていたので、よしよしと思っていたが、後半は同じ事を何回も何回も繰り返し、それに気がついていない。Kさんは忍耐強く話を聞いて下さるが、やはり大変なお仕事だと思う。shinは脳出血がもとで高次脳機能障害になり感覚性の失語も指摘されているが、加齢からくる失語もあるのだろうか。感覚性失語は、人の話・自分の話を客観的に聞くことが出来ないために何度も同じ話を繰り返す症状があるらしいのだが、これは多くのお年寄りでも見られる現象だと思う。高次脳と加齢の年齢的な境界があるのだろうか。一度誰かに聞いてみたいと思う。2003 10/26(日) *自宅復帰1日目*長女の模試があるのでゆっくり7時に朝食をとりました。私達の部屋に置いているソファーの座面がへたってしまい、よく座る中央部分は窪んでいます。随分以前から張り替えたいと思っていましたが、先延ばしにしていました。右マヒのshinが座ると体がヘナヘナしてしまいます。手足だけのマヒではなく、胴体部分も病前とは状態が変わっており支える力が戻っていません。タウン紙に載っていた張替え屋さんに見積を取ってもらうことにしました。枠はしっかりしていて充分使えるようなので、やはり張り替えてもらう事にしました。この時期は注文も多いらしく、年末までに仕上がるかどうか・・・との事です。もっと早く決めていればよかったと悔やみましたが、仕方ありません。昼食後、walkingに出かけました。ポカポカと暖かい午後で、気持ちよく歩けました。我家は坂道の途中にあるので、どんなコース取りをしても下りと上りがあります。入院中は階段の訓練はありましたが、坂道はほとんど練習していないのでちょっと心配でした。今日は下ってから大きく上り最後には下りと言うコースにしました。先日行った運動公園がちょうど頂上です。今日も青空に高く高く凧が上がっていました。顔を上げて高い空を見上げるのは、とても気持ちの良いものだと改めて思いました。何だかフッと心が軽くなるような気がします。shinもじっと凧を見上げています。昔から凧は人の思いを乗せて空へ上がっていったのでしょうか。小一時間のコースでしたが、初日はwalking成功です。shinも予想より疲れていないようです。お天気の日はどんどん外出しようね…とshinが言いました。
2004.10.26
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2004 10/25(月)「今日で退院一周年だね」とshin。あっと言う間の一年だった。本当に。お天気になり温度も上がって動きやすい日となった。shinは先週のオヤシラズの続きで午前中は歯科。午後からボッチャという軽スポーツをしに出かける。shinが60歳だったら…今のままの生活でぼちぼちリハビリを兼ねて活動してくれればそれで良い…そう思っただろう。しかし子供達もまだ教育の途中だし、shin自身50歳のご隠居さんは辛いだろう。だから何としても社会復帰して欲しい…と願って頑張った一年だったが。焦りもあっただろう。もっと長い目で見ていい事も沢山あったと思う。私のきつい言葉にshinも随分ストレスを溜めたかもしれない。ただ分かって欲しいのはshinが事あるごとに「100%の回復は無理としても70~80%を目指したい」と言っていたから、私もついつい口を出し、手を出し、したのかもしれない。嫌な事や苦手な事を避けて通れば楽ではあるが、脳血管の病後でも一日一日の積み重ねは大きく、3~4ヶ月のスパンで比較をすると進歩も見えてくる。社会復帰まではまだ道のりは長いはずだが、ニコニコしながらウルサイ奥さんを続けよう。2003 10/25(土) *転院102日目*いよいよ退院の日になりました。午前中はOTとS先生のビデオ撮影の予定があるので、次女と私は午後から病院へ行きました。病室へ入ると昨日用意していた服にもう着替えています。さらに荷物までまとめてあります。shinの弾む気持ちが分かります。同室のYさんは外泊ですでにお帰りでしたが、他の方には皆さんにご挨拶が出来ました。お隣のベットのYTさんは吉祥寺の有名な和菓子屋さんの最中を奥さんがshinの退院に合わせて買ってきて下さったようで、shinも感激しています。「来週から外来リハで来ますから、また顔を出します」とshinが言うと「待ってるよ~」と皆さんも笑顔で答えてくれました。また会えると分かっているお別れですが、楽しい312号室だったのでshinも名残惜しそうです。ナースセンターでお薬をもらっていると、Tさんの奥さんがわざわざ病室から出てきて挨拶して下さいました。Tさんとは転院当初、食事の時にコミュニケーションが上手く取れずにケンカのようになった事がありました。ちょうど私もその時は居合わせたので驚いてしまったのですが、その後shinはTさんと気持ちが通じるようになっていました。Tさんは失語症があり、なかなか言葉が出てこないのですがshinは「おはよう」とか「どう調子は」などと話しかけを続けTさんも表情でshinに答えてくれるようになったようです。312号室の皆さんとも、出ない言葉をお互いにフォローしたりしながらいい交流ができ本当に感謝していますが、Tさんとshinとは最初にいきさつがあっただけに二人の関係!が微笑ましく嬉しく思いました。奥さんは「嬉しいじゃないですか。退院おめでとうございます。ウチも頑張るから、○さんも頑張ってリハビリ続けてくださいね」と言われました。肝心のTさんは外泊の予定だったそうですが、風邪を引いてしまい外泊延期になって少ししょげているそうです。退院の嬉しさとは別に、後から入って先に出てしまうようで何だか申し訳ないような気持ちにもなりました。Tさんの回復を心から祈るばかりです。ニコニコのshinは杖1本、私と次女は沢山の荷物を持って帰宅しました。長い入院生活でしたが、とうとう退院する事が出来ました。 *-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-日記の一番最初に書きましたが、shinの発病一年を前にして私の精神状態がとても不安定になりました。あれこれ原因を考えてみましたが、shinの発病した日が近づき私の気持ちが揺れているのだと思い至りました。当の本人は発病前後の記憶がほとんど無いため、「何ともないよ」といたってノンキです。OTのI先生は「覚えていない方が楽な場合もあるのですよ」と言われました。確かにそうかもしれません。ただ私の気持ちも整理しなくては…とずっと思っていたのでこの並行日記をつけ始めました。入院中の記録ノートが5冊、退院してからも数冊ありますがもう一度読み返してみると随分忘れている事もあったり、逆に昨日の事は思い出せなくてもノートを読んで鮮やかに蘇る事もありました。私の最近の記憶力の低下を考えればやはりキチンと記録に残しておいたが良いと思いました。当初は退院までを一つの区切りにしようかと思っていましたが、この後もいろんな事があったのでもう少し続けてみようと思っています。4ヶ月あまり、このシンドイ系の日記を読んで下さって本当にありがとうございました。ネットのマナーも知らずに始めたので、随分失礼もしてしまい後から冷や汗が出たことも実はありました。その一方で改めて励ましていただいたり、新しい出会いがあったりと、不安の中で始めた並行日記にも沢山の喜びもありました。更に続くシンドイ系なのでアクセス数は日々減っていくかもしれませんが、もう少し頑張ってみようかと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。
2004.10.25
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2004 10/24(日)一夜明けると新潟の地震はとんでもなく被害が大きくなっていた。被災された方は数知れず、新幹線の脱線、道路寸断、町や村の孤立、停電、火事…など言葉もない。高校の同窓会ML経由で六日町に住む同級生が安否を知らせてくれた。幸い怪我も無く自宅も大丈夫だったようだが、昨夜は用心して車の中で休んだらしい。それでも余震が続いてトランポリンの上にいるような一夜だったとか。恐かっただろう。人間の力ではどうすることも出来ない災害だけに私達はことさらの恐怖を感じる。なくなられた方々のご冥福をお祈りするとともに一日も早く復旧に取り掛かれるよう願うばかりだ。午後、F病院で同室だったKさんの奥さんのK子さんから電話を貰った。Kさんは70代、K子さんは60代だがお二人とも明るくて気持ちが若く、好奇心も沢山あるご夫婦だ。それぞれ退院し外来で会う度に「携帯買ったら連絡するわね」と言われていたが、とうとう待望の電話がかかってきた。最近はshinが一人で病院へ行くことも多くなり、私はしばらく会っていなかったのだが、お二人とも元気そうで「近く温泉へ行ってみようかと思うのよ」と嬉しそうに話しておられた。メールアドレスも教えてもらったので初メールも送る。退院してからもこんな形でお付き合い出来るのはとても嬉しい事だ。2003 10/24(金) *転院101日目*両親も朝から外出し、次女も時差登校で10時過ぎに学校へ行きました。昨日と変わってとてもよいお天気です。午前中から病院へ行き、PTを見学しました。相変わらず右の摺り足はそのままです。O先生も苦笑いです。先生がちょっと忙しくお昼になってしまいました。「金曜日は麺の日だから、○さん延びないうちに食べておいでよ。午後からもうちょっとやろう」とO先生が言います。「へー金曜日は麺の日ですか」とshin。「あれ、気づかなかったの?ボク麺が延びないように金曜日は気を使ってたのにナァ」とO先生が笑います。「先生、ごめん。知らなかったよ。ありがとうございます」きっといろんな場面でいろんな方々にお世話になったshinでしょう。そしてそれに気がつかなかったshinでしょう。皆さん本当にありがとうございます。明日はPTのS先生がshinの歩行の様子をビデオ撮影したいとの事で午前中は忙しいようです。午後から最初に同室だったKさんと時計台広場でお茶をのみました。まだ日差しが残っていたのでホッコリと気持ちが良い午後でした。Kさんも奥さんもとても気持ちの良いご夫婦で子供達にも親切にしていただきました。ひと足先にshinが退院する事になりましたが、Kさんのお宅はわりと近いので外来でお会いする事になるでしょう。デジカメでshinとKさんの写真を撮りました。数枚撮ったうちの一枚は右手で小さなピースを作って写っていたKさんです。お別れ前にKさんのお茶目な部分も知りました。明日の退院には次女も一緒に来てくれるはずですが、いらない物は先にもって帰る事にします。季節が変わって衣類は入れ替えもしたのですが、100日を過すと荷物もいつの間にか増えていた事が改めて分かりました。shinがOTで作っていた皮細工のストラップも完成し、色画用紙の台紙に「お世話になりました。更なるリハビリを続けます。shin」と書き、切込みを入れてストラップをはめ込みました。マドレーヌ用のセロファンの袋がジャストサイズだったのでそれでラッピングをし、お世話になった同室の方やスタッフ、先生方にもお配りしました。7月に転院して来た時はまだ歩く事もままならず、車イスの操作も上手く出来ず…と今思えば背中がぞっとするような状態でしたが、先生方のお蔭で退院の日を迎えようとしています。当初はリハビリの成果も見えず本人も短気になったりやけになった事もありました。私もそんなshinをしっかり受け止める事も出来ず、悩んだり落ち込んだりの日々でしたが、根本的に二人ともノウテンキだったのでしょう。あまり深刻にもならずに過す事ができました。子供達や家族、友人知人の励ましは本当にありがたいものでした。またF病院の先生方のある種使命感に満ちたリハビリは、本当に鮮烈かつ的確だったと思います。厳しいリハビリでしたが、もしかしたらこれからの道のりの方がもっと大変なのかもしれません。でもこの100日間があったから、また先生方のサポートがあるからこれからも頑張れる…そう信じたい私です。
2004.10.24
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2004 10/23(土)とても久しぶりに次女の矯正歯科へ一緒に行った。shinの発病の日、去年の6月14日には一緒に行ったのだがもしかしたらそれっきりだったかもしれない。行けば発病の日を思い出しそうで無意識のうちに矯正歯科は鬼門になっていたのかも。…でずっと一人で行かせていた事をしっかり後悔してしまった。次女の場合、歯に矯正の装置を着けているのだが、それだけで済む問題ではなく、舌の位置(上あごの天井につけるのが普通らしい)を意識したり、食事以外の時間は上下の装置を小さなゴムで繋いでいたりしないといけないのだが、周りが関わる事をこの一年以上私はすっかり忘れていた。しばらく様子を見た上で「今まで避けていましたが、抜歯か顎の骨を削るか舌をカットするか・・・Mちゃんどれも痛いかもよ~」と先生は脅すし。次女も恐くなったのか神妙な顔をしている。これから自分がやる事を少し意識してくれればいいな…とノンキな母は思った。夕方、地震がおきる。震源地は新潟県。大きな地震のようだ。被害が少なければいいが・・・。2003 10/23(木) *転院100日目*午前中のSTに間に合うように病院へ行きました。S先生にこれからの事を相談しました。勿論通院STは続けます。家庭で出来る事は1いくつかの条件を出して買い物や家事をする。2ニュースを見て(新聞、TV)間を空けてトピックスを書く。3文章を読んで質問をする。などをアドバイスしてもらいました。最初の方向が一つあれば段階的に進んでいけると思います。昨日はOTのI先生はお休みでしたので、昨日の面会の話も報告しました。 夕方日光から次女が帰るので私も早めに帰宅する事にしました。小雨の中、無事小学6年生は帰って来ました。4年前の長女の時は横浜からの電車の乗り降りでしたが、今日の帰りは特別電車で最寄り駅まで乗って帰ってきました。「ふん、今どきの若い子はいいわね!」と長女は言っていましたが…。僅か一日の旅行でしたが、楽しい事は沢山あったようで話は止まりません。決まった額のお小遣いでそれぞれにお土産まで買ってきています。疲れていたのでしょう。話すだけ話したら、夕食もそこそこに寝てしまいました。明日は時差登校なのでゆっくり休めます。
2004.10.23
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2004 10/22(金)T先生の最後の訪問日だったが先生が風邪気味のため来週に振り替えになった。海外へ行かれる準備もあるだろうし、慌ただしい毎日なのだろう。先生早く良くなってね。これから風邪の季節に向かう。両親ももうすぐインフルエンザの予防接種を受けるだろう。shinと私も今年も予定している。特に次女は今年は風邪ばかりひいているので、体調が回復したら早めに接種させようと思う。それにしても接種料金がまちまちなのには驚いてしまう。私が知っている範囲では2000円~4000円とひらきがあるがこれは何故だろう。要チェックだ。2003 10/22(水) *転院99日目*今日と明日、次女は日光へ修学旅行です。たった1泊ですが楽しんできて欲しいものです。今朝は雨になり大きなリュックが可哀相だったので駅まで送りました。長女の登校時間に合わせたもので少々集合時間には早かったのですが。それでも校長先生を始めぼちぼち子供達も集まりだし、雨にも負けず皆ウキウキしているのが分かり私も嬉しくなりました。やはり行事は沢山で楽しみたいと思います。Kさんとの約束の時間が1時間早まったので病院へも早く着きました。駐車場も空いていたので、30分ほど車で仮眠を取りました。以前は集中力?が無く車の中では寝れませんでしたが、F病院の地下駐車場はいい具合に照明も暗く、車をロックし、シートを倒すとすぐ寝れる私です。地区センターへの外出許可も貰っていましたが、時間が重なったのでキャンセルしました。約束どおり3時にKさんがみえました。「電話でのお話の通り、休職延長は2ヶ月です。復職は来年1月とお考えください。それ以上の延長は認められませんので予めご承知おきください」との事でした。主治医のK先生やリハビリの先生達は「せめて来年の4月、できれば発症から一年の6月まで延長できたら…」と言われますが、転職後わずかしか会社に貢献していないshinには無理な話なのです。あと2ヶ月だけでも延長できた事は感謝しなくてはいけません。大切な話が済むとKさんのお顔もほころびました。「いやぁ、私も実は血圧が高く薬も飲んでいるのですよ。小さな梗塞も二つ三つあるんですがね…」と言われました。先日のカンファレンスでshinの梗塞も写真で見たのですが、ここでマイナス情報は出せません。「Kさんもお大事になさってくださいね」と言うのが私には精一杯でした。さあ、これで懸案事項が一つ解決しました。婦長さんやK先生からも「退院は~?」とそれとなくプレッシャーもかかっていたので、急ですが今週の土曜日に退院する事にしました。F病院では例外もありますが入院期間は3ヶ月が普通のようです。入院中は偶数土曜と日曜日を除いて毎日リハビリがあります。外来になると週に1回のリハビリが原則ですから、入院中は一週間で外来1ヶ月分になります。「皆さん少~し引っ張るのよ」と先に退院された方から聞いていましたが、shinも予定より10日ばかり過ぎてしまいました。ベット待ちをしている方もいるかもしれません。普通の病気と大きく違うのは「全快」と言えない事でしょうか。段差の解消や手すりの増設、トイレの改装など退院にあたり自宅の大きな改修が必要な方はそれが済むまで退院できません。shinの場合はありがたい事に介護保険を利用してお風呂に手すりをつける程度で済みそうなので、これ以上は延ばせないと思いました。ナースセンターで「あのぉ、急なんですけど」と退院の希望を伝えると「あらぁ、本当に急ですねぇ」と看護師さんも笑います。1週間くらいは余裕を持たせなくてはいけなかったようです。延長になった2ヶ月は有効に使わなくてはいけません。焦りは禁物ですが、ノンビリ過していてはきっとあっという間に過ぎてしまうでしょう。ある程度優先順位をつけて過ごす事になると思います。診断書、紹介状、請求書、証明書…一度に沢山の書類が必要になりました。しばらくは忙しい日々が続きそうです。今夜はshinは勿論、次女もいないので静かな夜になりそうです。
2004.10.22
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2004 10/21(木)台風23号は各地に大きな被害を残して通り過ぎた。バスの屋根の上で寒さに震え救助を待ったご老人は生きた心地がしなかっただろう。美しい帆船の「海王丸」が大きく傾き波に洗われる姿は悲しかった。亡くなった方行方不明の方も沢山おられて、心が痛む。今年は台風が多いから…と片づけてしまうにはあまりにも被害が大きすぎる。自然の前には人間は無力…の証明が今年はこれでもかこれでもかとなされたようにも思うのだが。人智を超える災害には人はなす術もないのだろうか。どんな情報も瞬時にお取り寄せできる時代に生きる私達は情報を得た時点で安全まで手に入れたと錯覚してしまうのかもしれない。「用心する」謙虚さを忘れてはいないだろうか。私ももう一度自分の足元を見直してみたい。2003 10/21(火) *転院98日目*朝一番でshinの会社のKさんより電話がありました。「休職延長2ヶ月OK]との事です。あ~よかった。この10日間の長かった事。また一つ問題をクリア出来、嬉しさがこみ上げてきました。早速SWのUさんに電話で報告しました。Uさんも一緒になって喜んでくれました。明日4時にKさんが病院まで来て下さるので、またお部屋を取ってもらうことにしました。shinもKさんからの返事を聞いてホッとした様子です。明日細かい事は分かると思いますが、本当にヤレヤレです。OTのI先生、PTのO先生にも早速お知らせしました。どちらの先生もとても喜んでくれました。あ~良かった。今日から高校生の長女は中間試験です。12月のスキー合宿に参加したいと試験の目標値を出しました。ご褒美つきの試験は基本的に好きではないのですが、本人もヤル気になっているようだし、今年は随分シンドイ思いもさせたので、私もOKしました。
2004.10.21
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2004 10/20(水)目覚ましがあるのだから・・・朝は起こさない事にしているのだけれど、今朝はちょっと心配で長女に声をかける。パジャマの上にセーターを着、冷却シートをおでこにはりマスクまでかけて寝ていたので笑ってしまった。熱も少し残っているようだが(昨夜飲んだドリンク剤は効果なし)学校には行くと言う。食欲もあり全体の様子も悪くないので、中間試験最終日と言うこともあり登校させる。ただ雨も降るので大甘かとも思ったが駅までは車で送った。「私って少し熱があるほうが調子がいいのかもしれない。試験はね見たことある問題が沢山あったよ。へへ」と帰宅後言う娘。く~っ、心配していたのにぃ。夜から台風の雨風がひどくなる。月曜日のshinの不調から始まり、今日は私も調子がいまいち。気圧が下がると頭が重くなるのかしらん。こんな日は早く休む事にしよう。2003 10/20(月) *転院97日目*午前中PTを見学しました。なかなか右の摺り足が直りません。と言うよりshinの意識の問題でしょう。「先生、定規を持って一緒に歩きましょうか。右足を上手く使えないときは後ろからピシッと…」O先生は笑っていますが私は半分本気です。shinも懸命にリハビリはしているのですが、歩いているうちに問題意識が薄くなるようです。ちょっと走ったりルームランナーで早歩きをした後は、足も上手くつかえる事も多いので、運動機能の問題ではなくやはり意識の問題でしょう。地区のリハビリ教室の事を介護保険の担当の方に教えてもらいました。水曜日に開かれているようなので、今週の水曜日に見学してみようかと思います。担当看護師のIさんに相談したところ「どんどん行ってください」とOKが出ました。会社からの返事がなかなか来ず、shinも気にしているようなので気分転換に外出してみようと思います。次女は学校から観劇に行きました。修学旅行前なのに慌ただしいなと思いましたが、ダメもとで6年の先生が応募したら3クラス分の席が当たったそうです。楽しい事は沢山あったがいいですね。
2004.10.20
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2004 10/19(火)shinの頬は少し腫れもひいたようだが、まだ口は開けづらそうでいまいち元気もない。午後からは久々にY子ちゃんとお茶をする。「12月あたままで仕事も調整中だから…」と誘ってくれた。子供の事、自分や親の事、将来…とおしゃべりのタネは尽きないのだが今の私達って現実的な問題が多い年代なのかもしれない。30代までは子育て一直線だったけれど、ふっと気がつくと40代で。子供も進学の問題が大きくなり、それから親の健康状態が気になる。そうこうするうちにもう自分達の老後も考える時期になり、あれ~結婚生活って結構早く経つのねぇ~。お互いの事情が分かっているY子ちゃんと話すとスーッと気持ちが軽くなるのが分かる。おしゃべりの最後はペットコーナーに行き、かわいいワンちゃんをチェック。ワンちゃん飼おうかな、子供みたいに反抗しないよね・・・なんて笑いながら話してY子ちゃんと別れた。一人で暮らしていればもっとじっくり人生を過す事もできるだろう。家族の存在は暖かく時として重たい。さらに辛さが加わる事もある。この一年間を振り返れば、少なくとも子供達は推進力になってくれたように思う。子供がいたから頑張れた…のではなくて子供達に引っ張られてここまで来たようにも思う。私一人ではshinの事も両親の事も、投げ出してしまっていたかもしれないな…。そう思いながら帰宅すると二人の娘が久々の熱発。昨日から風邪気味の次女に加えて明日まで中間試験の長女も目がウルウルしている。おでこに貼る冷却シートもきれていて、「前回熱を出したのは誰だったかなぁ」などと考えながら台風の雨の中をドラッグストアまで車を走らせた私だった。2003 10/19(日) *転院96日目*天気も良く早めに病院へ行きました。「シロ○マのアイスを食べたい」とshinが言うので時計台広場に行きました。このアイスは312号室の人気商品で、皆さんよくおやつに食べているようです。アイスの中にカットフルーツとあずきが入っているアイスバーなのですが甘みも程よく美味しい。今日は気温も高めだったので外で食べましたが、だんだん冷えてきました。夏とは日差しの角度もすっかり変わり、3時過ぎるとどこのベンチもほとんど日陰になっています。季節が変わった事が実感されます。私は季節の変わり目も変化があって好きですが、今は早く季節がすすんで欲しいような進むのが恐いような複雑な気持ちです。この1週間会社から連絡が無かった事についてshinと話をしました。shinも気にしているようです。答えが無い事が答えでしょうか。明日定例FAXを送り、水曜日まで待ってみようと決めました。
2004.10.19
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2004 10/18(月)3時ごろ「OTが終わったんだけど奥歯がイテェから歯医者かな」とshinから電話。ちょうど次女もカゼ気味で病院へ連れて行こうかと思っているところだったので、急いで歯科にも連絡を取る。少々のカゼぐらいだと自力で直させたいと常々思っているのだが、両親にうつると可哀相だし特に義母は体力が無いので一旦病気になると直りも遅い。そんなこんなでちょっとのカゼにも病院へ行く子供に育ってしまった。shinは歯科には随分行っていなかったが、以前からかかっていた先生に連絡を取ると「すぐOK」。診察前に去年の病気と服薬中の薬を説明した上で診察台へ。オヤシラズがキチンと出ていないので周りの歯茎が化膿しているらしい。抜いた方がいいとも言われたが、取り敢えずは痛み止めと抗生剤で痛みと腫れを取ってからになる。抜く場合は持病もあるので全身管理が出来る大きな病院を紹介しますから・・・と言われたが様子を見てみる事にした。10年前にも右の奥の歯茎が同じように腫れオヤシラズの抜歯を勧められたらしいのだが、腫れがひいてそのままにしていたようだ。もともと歯磨きが嫌いな人でマメに磨くようになったのは病気をしてからだ。F病院でデイルームで食事を摂って居た頃は食後は看護師さんの誘導で、患者はそのまま洗面所へ直行していた。車イスの背中には歯磨きセットを皆さん吊るしていたので、場所を移動するだけですぐ歯磨きできたのだ。トイレに入るときも歯磨きセットをつけたまま入る事になるので最初は抵抗もあったが、いちいち部屋に戻る手間も要らずいい方法なのだろう。退院後も歯磨きだけはマメにするようになり、子供達も「お父さんスゴイじゃん」などと言っていた。ただ右手でブラシを使っていたのでコントロールは良くなかったかもしれない。歯ブラシがすぐ広がっていたのも力の入れすぎだろう。ただでさえも磨きにくい奥歯だからshinにはきっと難しかったのだろう。よく見れば左のほっぺが腫れており、本当にさえない顔をしている。お気の毒と思いつつ、ちょっとだけ可笑しくもあった。2003 10/18(土) *転院95日目*午後から次女と病院へ行きました。ノートをデイルームで記入した後、先日からshinが作っていたストラップのパーツが出来ていたのでマルカンに通してみました。デイルームの明るい照明の下だと小さい作業でもよく見えます。何だか3人で内職をしているようです。ちょうどI先生が通りかかってので出来上がったストラップを早速見てもらいました。「○さんなかなか良い出来ですね」と誉めてもらいshinも嬉しそうです。「その後会社からは…」と先生も心配そうに聞かれます。まだ連絡なしです・・と答えると「もう少し待ってみましょうか」・・・そうもう少し待つしかないようです。
2004.10.18
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2004 10/17(日)昨日の駅伝大会で、先輩の持ち物を紛失してしまった次女は朝から元気がない。先生の話、先輩のお母さんの話、本人の話を総合してみても次女の注意力が足らずに起きてしまったことのようだ。昨夜先輩のお宅にはお詫びの電話をかけたのだが、今朝改めて先輩のお母さんから「どうぞ気にしないでください。Mさんもこれから寒くなりますが練習頑張ってくださいね」と暖かい電話を頂いた。しょげているのにちょっと可哀相かなとも思ったが、日頃から気になっていた点もあったので次女にはshinと二人で今回の事と、これからの事についてみっちり話をした。親としてしなければいけない事、それから子供に対する言葉の内容などshinの考えをまず探るような形になったが、病前のスタンスとほぼ一致したので、暖かい電話もあり私の気持ちも落ち着いた。2003 10/17(金) *転院94日目*久々のPT見学のため午前中病院へ行きました。早く着いたので3Fへ上がると主治医のK先生からお話がありました。昨日より一週間分の薬管理にするべく、夕食後薬剤師と看護師が病室で○さんに説明をしました。 ↓説明後、練習のため17日分の薬を○さんの薬トレーにセットしました。 ↓その後、別の看護師が来て「16日分の薬を飲んでないですね」と○さんに指摘しました。(ナースセンターでshinのお薬管理については申し送りがなかったようです) ↓○さんは「あれ、そうだっけ?」と言い、さっきのお薬の管理の話は思い出せなかったのです。 ↓事情を知らない看護師は私(K先生)と相談の上、16日の朝のお薬だけを○さんに飲ませました。 ↓その後ナースセンターで真相が分かり、○さんはまだお薬管理能力が無いので、お薬は一日配薬になりました。 ↓こちらの手違いで○さんを混乱させ余計なお薬を飲ませてしまいましたが、今朝のお薬で調整をしましたので体調への影響はないと思います。申し訳ありませんでした。ただお薬の管理はまだ無理なようですから、従来どおりの一日配薬にします。…このような説明でした。確かに私は昨日は午後から病院へ行きましたが、shinの薬は夕食分だけが残っていたのを覚えています。ふ~んお薬管理については看護師の判断で決まる病院なのね・・・と思いつつも、ミスをはっきり述べて謝って下さった主治医の行為は信頼できると思いました。そういえば先日F病院の系列病院で大きな医療ミスがありニュースになったばかりです。その影響もあるのかもしれませんが、患者や家族としては隠されるよりはっきり言ってもらった方がいいのかな…と思いました。今回の事でshinの記憶のレベルもはっきりしました。でもめげていても前へは進めません。もう少し良くなる、もう少し出来るようになる、もう少し…shinの回復を信じる事にします。
2004.10.17
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2004 10/16(土)次女が5時半に出るので早起きの土曜日。起きると体調が悪いらしく「ノドがいたい」と超不機嫌。 小さい頃は目覚めも良かったのになぁ。そういう私もシッカリ目覚めている訳ではなく、次女の態度に刺激されて朝から親子で険悪なムードになってしまった。もっと晴れるのかと期待していたが、どんてん。shinが病気してからというもの小さな花壇もほったらかしで油断すると野良猫のトイレになっている始末。でも今日は少し手入れをする事にした。先に昼食の支度を済ませ、雑草を抜き落ち葉を取り、チューリップとカサブランカの球根を植えた。今年は夏の楽しみの朝顔と夕顔のタネをまきださず、ちゃっかりお隣の朝顔を期待していたら、「あら~家も今年はまかなかったから○さんの朝顔と夕顔を楽しみにしてたのよ」とお隣さん。「こんな偶然もあるのねぇ」と二人で笑ってしまった夏だった。球根は寒い冬を静かにじっと耐えて、一斉に花を咲かしてくれる。寒さが苦手な私は楽しみを作って春を待つ。花壇の回りもキレイに掃除をし、葉の整理をした折鶴蘭の鶴の部分やほおずきの実を使って小さなアレンジも作った。以前は月に一回アレンジメントも習ったりしていたが、最近は気持ちの余裕もなく過しているせいか、植物をさわる機会も減ってしまっていた。でも今日は土や球根や葉っぱをさわっていると気持ちが落ち着き余計な事は考えずにあっという間に時間が過ぎてしまった。玄関周りもこざっぱりとして、秋らしい花壇になりちょっといい気持ち。だれか気付いてくれるかなぁ。2003 10/16(木) *転院93日目*2時のSTに間に合うように家を出ました。午前中ソワソワしましたが今日も会社からの連絡はありません。久々のST見学です。どこがどう…とはっきりとは分からないのですが、前回よりはshinの受け答えやその内容のレベルが上がったように思うのは気のせいでしょうか。何を聞いても「同じ言葉」で答える時期がありました。これは何?・・・「新聞」今朝何を食べたの?・・・「新聞」明日のリハビリの予定は?・・・「新聞」という具合に一つの言葉に拘ってしまうのも失語症の典型らしいのですが、最近はかなり減ってきたように思います。自分でも答えてから違っているのはウスウス分かるらしいのですが、でも正しい言葉は出てこないので本人もとてももどかしそうにしていました。思っている事と出てくる言葉のギャップから人によっては癇癪を起こしたり短気になったりするらしいのですが、shinはそこまで深刻にはならなかったようです。OTはストラップのサイズに皮をカットし(もちろんハサミで)つやだしまでが今日のdutyのようです。皮も結構厚くハサミを右手で使うのも大変そうです。目が真剣になりハサミを動かす度に口も一緒に動きます。次女がハサミを使い出した二つか三つの頃、こんな目つきと口元だった事を思い出し、ちょっと可笑しくなりました。親子ってこんなところが似るんですね。何となく電話も気になり早めに帰宅しました。ひと足早く帰っていた次女が、洗濯物を取り入れお風呂もためてくれていました。 shinが病気になってから子供達は本当によく協力してくれるようになり、私も助かります。
2004.10.16
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2004 10/14(木)とりあえず雨が上がったのでベランダ一杯の洗濯物を干す。何日ぶりだろう。全部は乾かないのも承知で次々に洗っては干し、湿っているものは仕上げの乾燥機に放り込む。shinは先日延期になったグランドゴルフへ行く予定だったがグランドコンディションが悪く、千切り絵をする事になったようだ。今回のテーマは「なす」と「もも」の2種類で、繊維がある和紙を手で千切り小さな色紙に貼るのは結構大変だった…と言っていた。以前地区センターで「もも」を題材に選んでいたのを覚えていたらしく今回は「なす」を作ってきた。和紙は色合いも深みといいムラがあり、ぷっくり太ったなすが2個出来ていた。ちょうどいい具合に漬かった糠漬けの色…のようにも見え、子供達にも「へぇ~お父さんが作ったの。なかなかじゃん」と言われ満更でもない様子だった。病前より右手は「不器」さんだったので、OTの時間の籐のカゴや皮のストラップ、陶芸や千切り絵など病気をしなかったら一生ご縁が無いものだったかもしれない。そう思えば人との出会いも物との出会いも、皆何かしら意味があるようで不思議な気さえする。2003 10/14(火) *転院91日目*家族が帰って来ただけなのに、外泊の後はやはり疲れます。昨夜は実家の母も電話をかけてきましたが、うまく対応できず早々に切ってしまいました。疲れたままで話をしていると必ず母とはケンカになるから不思議です。ごめんね、お母さん。今日は病院は休みにしたので一日ゆっくり過すことにしました。定例FAXを会社に送信し、ノートの整理と外泊時の献立を記入していたら半日が過ぎてしまいました。病前shinが会社から帰ってくると、私が見ているTVのチャンネルを変えてしまう事がよくありました。「疲れている時はスルーッと流して見れるものがいいんだ」とか言っていました。疲れているなら見なきゃいいじゃない…とも思いましたがテレビっ子?のshinはテレビがないと過せない人でした。shinが病気になってから私の好みが変わりました。以前見ていたようなシリアスなドラマなど、夜の8時を過ぎるととても見る体力はありません。かと言って音も画もないのも何だか心細い気がします。スルーッと流す…と言う事が理解出来ました。あの頃はshinと私の疲れ方のレベルが全然違っていたのですね。全く分からないことでした。shinが病気になってからやっと思い至ったのですから、ノンキというか鈍感というか・・・。急性期のH病院ではshinはあまりTVを見ようとしませんでした。野球や相撲などをつけたりしましたが、以前のように興味を示しませんでした。F病院に移ってからはちょうど甲子園やプロ野球も佳境に入るシーズンで、少しずつ見るようになってきました。ただF病院はテレビカードを購入しイヤホンを使ってTVを見るのですが夜などつけたまま寝ているらしく、一晩でカードの残がなくなる事もしばしばです。親切な看護師さんは見回りの時にそっとスイッチを切ってくれたりするようですが。H病院は何時間見ても一日500円というシステムだったのであまり見ないshinには勿体無かったのです。でも今になってこれだけ見るのなら一日500円の方がよかったなぁ…なんてケチな事を考える私です。
2004.10.15
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2004 10/15(金)抜けるような青空って今日のような天気を言うのだろう。本当にすばらしいお天気。百点満点。1時にT先生とラポー○で会う約束だったので久々に気持ちよいドライブをしたが、あまりの日差しに右手がひりひりしてしまった。shinは午前中スポーツをしていたのでお昼が遅くなったらしく、先生が見えたときには仲間の方たちとまだ昼食中だった。(この辺の時間の使い方が問題だと思う。でも以前から人を待たせるのは平気な人だったので病気のせいだかどうだか…)T先生は専門の話も分かりやすく説明してくれるので私もshinの病気や両親についても状態が納得できる。先生は近く技術指導で海外に行かれる予定なので、後任のOTの先生とshinのお見合い?を計画する事になった。来月あたり一緒に外出をしながらshinの今の状態を判断してもらう事になるようだ。私もこれは良い方法だと思う。座って話をするだけでは動作のチェックはしにくいし、外を歩けばどれ位の判断力や記憶力があるかもすぐに分かってもらえる。shinが話しに加わると先生の目もプロのそれになり、shinの話の端々から瞬時にいろんな判断をしたり質問をしたりするのが、いつもながらスゴイと思う私だ。雑談をしているようでも大切な事は見逃さずキチンとチェックがはいる。このあたりshinは気がついているのかどうか。謎。2003 10/15(水) *転院92日目*2時ごろ病院へ着きました。shinの部屋は6人部屋ですが、皆さんほどほどの距離を持ちつつ仲がいいのです。話が合うと言った方がいいでしょうか。年令はshinが一番若くて49歳。最年長の方でも60歳そこそこで皆さん日常の動作も自立しておられます。会話の内容も多岐にわたり、いつ行っても誰かと話しをしているshinです。転院当初は物の名前がなかなか出てこなかったりもしましたが、毎日病室で楽しい会話が出来る状態はどれだけshinのリハビリに役立っているかと思うと本当に感謝です。3時から栄養指導パート2です。今日は「塩分」について。カロリーは見た目でもかなり判断できる部分がありますが塩分は見えないだけに問題です。日頃の料理の仕方や食べ方などのチェックもありましたが、大きな過ちは無かったようです。毎食お漬物がかかせない、何にでもお醤油をかける、ラーメンのスープは全部飲む…などありませんかと質問されました。ただ一日7グラムの塩分だとほとんど「塩」としては取れないことが分かりました。すでに調味料、加工品などに含まれているからです。カマボコやハムなどの加工品はかなり塩分も多く、要注意だと思いました。外泊中の献立表を渡して栄養指導は終わりました。サンプルの調味料や資料などたくさん貰いましたが、気楽にやるようにとアドバイスを受けました。次女の迎えがあるので早めに病院を出ました。今日は塾が長引いて40分ほど待ちました。エンジンを切って仮眠です。今はどこでもどれだけでもすぐに眠れます。今日も会社からは連絡がありませんでした。電話が鳴るたびにビクッとしてしまいます。
2004.10.14
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2004 10/13(水)パ・リーグのプレイオフも終わり、今日からダイ○ーの「応援感謝セール」が始まる(昨日は新聞休刊日だったので)。応援ありがとう・・ってうまいなと毎年思う。セールの準備はやらないといけないけど、勝つか負けるかも分からない。結果が出てからでは間に合わない。それで応援ありがとう…なのだろう。今日の目玉商品は興味薄だったけれど日用品の割引は大きいので消耗品をしっかりget。帰宅後PC。昨日買ったアプリケーションをインストール中にトラブル発生。見事にフリーズしてしまった。こうなるとPCにはど素人の私だからお手上げで、サポートセンターに頼るしかないのだけれど。サポートの窓口って電話が繋がらないのがお決まりで。そうこうするうちに生協の配達が来たりお昼になったり。午後から学校の用事もあったのでPCはそのままの状態で一度出かける。もしかして・・・なんて思いながら帰ったが直っている訳もなくPCの前に座り込んで電話。やっとPCメーカーの窓口と話が出来、あれこれ試してみる。私のレベルがレベルなので向こうのお兄さんの声がだんだん固くなってくるのが分かる。「…ですから先ほど申しましたように…」あれ、これって私が家族に対して思う苛立ちと同じだわ…と思いながらも切られたら最後なので必死に食いつき、なんとかフリーズ状態から脱することができた。「あ~ありがとうございました。お蔭で修理に出さずに済みました」と言うと最後にはあちらも「いえいえ、よかったです。ほんとうに」と優しい声音で言ってくれた。4時間もこの状態であればこのまま改善する見込みは無く、故障覚悟で一度電源を落としますか…と言われたのだから無事解決できた私の喜びは…わかるでしょ。さて次はアプリケーションの会社に電話して次のサポートに移る。ここも「只今電話が大変込み合っておりますので、しばらくおまちください」と言うアナウンスを15分ぶん聞いてやっと私の順番になった。私も随分落ち着きを取り戻していたし、サポートもうまくやってくれて30程度でこちらも解決。ほぉ~。PCトラブルになる度に自分のレベルが情けなくなるのだけれど、喉もと過ぎれば・・・で今まで来てしまった。shinの教室の経営者からも「奥さんも一緒にどうですか」と言われた事を思い出し、検討してみようかと真剣に思った一日だった。はぁ~疲れたよ。2003 10/13(月) *転院90日目*今朝は少し早く起きました。近所の個人商店がパン会社系列のプチコンビニに変わるため在庫半額セールがあるそうで、次女と買い物に行きました。「こんなもんかなぁ~」と言いながら次女とレジに並んだら前のお客さんはかご3個ぶんのお買い物です。お店の人もレジうちだけで汗をかいています。「5万3千円の半額なので…」と聞こえてしまいました。ヒョエ~殆ど食料品のようですが、私の食品レジでの支払い最高額はいくらだったかな…とつまらない事を考えてしまいました。月曜日は病院のシャワーの日ですが今日の分はキャンセルしてきたので、shinは朝風呂です。看護師さんに「家族が入るときはお湯は変えたがいいですよ」と言われていたので、shinが上がるともう一度フロ掃除です。お昼は夕べのすき焼きにおうどんを入れて食べました。午後から帰ると分かっているのに、今日も母は皆とタイミングが合いません。お昼ぐらい起きてくればいいのにね…とshinに言ったら寂しそうに笑っていました。家を出るときはスゴイ雨と雷でしたが、病院に着いた頃にはウソのように雨も上がり青空さえ見えていました。今日は本当にタイミングが合わなかったね・・・とshinが言いました。「看護師さんが優しかったよ」と312号室へ入るなりshinの隣のYTさんが言いました。この連休は6人中4人外泊だったのでいつも賑やかなこの部屋も静かだったようです。YTさんのマヒは左側です。shinのお隣なのでshinの日常を見ては「いいなぁ、○さんは上手く靴が履けて」とか「靴下はくのうまいね」などどshinに言います。shinも結構モタモタしているのですが「ボクの不実な左手はなかなか言う事を聞いてくれないよ」「リハビリのセンス、ボクには無いのかなぁ」と笑いながら言われます。でも右手はきくので万年筆で日記をつけておられます。いつか「ほら入院してもうこんなに書いたんだよ」と見せられた日記はとてもキレイな字が並んでいました。お帰り1号がshinでした。これから夕方にかけて皆さん戻ってこられるでしょう。またいつもの312号室になります。先日信号待ちでふと見上げるとお月様の横にきらりと火星が見えました。昨日shinと一緒に見た凧も高く高く空を上がって行きました。顔を上げて遠くを見てみれば、何だか今の悩みが小さく思えます。病気も仕事も家族の事も…大した事はないのかもナンテ気持ちがちょっとだけ膨らみます。そして明日からもまた頑張ろうと思えてくるから不思議です。そうそう、火星を見た時に、あ~Zさんに会いたいなぁと思ったのですが、その晩Zさんからメールが届いていたのには驚きました。チャンスを見落とさないためにも顔はシッカリ上げて、願いは強く持ってこれからも過ごさなくては・・・そう思いながら夕方の道を急ぎました。
2004.10.13
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2004 10/12(火)中学校は後期の始業式。先週末が前期の終業式で土日プラス祝日一日を挟んで「さあ、新学期だ」と言われても…。子供にとっても教師にとっても、気持ちを切り替えるって結構大事だと思うのだけど…。慣れの問題もあるだろうが、二学期制とは小中学生にとっては何かシマリの無いシステムにも思える。午後からは駅伝の試走とかでまた雨の中会場練習に出かけた次女。こうやって体は強くなるのか、疲れが溜まるだけなのか…分からない。9月からずっと引きずっている健保の問題。「急ぎ答えよ」と急かしたわりには回答が一向に来ない。11日で書類を提出してから一月が経つ。こちらから回答のタイミングを問い合わせることにした。朝一番でshinがFAXで問い合わせたところshinの外出後、健保より電話があった。「すでに従来どおりの支給が決定されていますので、○○日に振込みますから」と担当者の弁。オイオイ順番違わないかな?そちらが聞いてきたのだから「こうこうなりました」ってお知らせがあってもいいんじゃないの?と言いたかったが、エネルギーは無駄に使わず取っておこう。今回はダメだったときの対策もSWのUさんと少し相談していたが、使わずに済んで良かった。shinが病気になってから何かにつけて待つことが多くなり、セッカチの私も随分慣らされたように思う。「待つ」って心配事も一緒に持ってなくてはいけない事も多く、少々シンドイのだ。以前は1分でも早くクリアーにしたいっ…そんな性格の私だったから背負っているものの重さに我慢出来なくなる事もあったけれど。病気と併せてこんな事もオマケでついてきて、気持ちが鈍になってきたのか…。イヤイヤ少しだけ成長した…と思う事にしておこうか。2003 10/12(日) *転院89日目*外泊二日目。8時過ぎまでゆっくり寝ました。朝食はホットケーキです。ホットプレートでもオーブンでも小麦粉が焼ける香りって食欲をそそるし暖かい気持ちになれるので、私は大好きです。天気予報が外れて晴れたのでshinと近所を歩いてみました。家の前の坂道を下り、子供達が小さい頃遊んだ公園を通り過ぎ新しく出来た運動公園まで行きました。足元はかなりシッカリしてきました。スピードはこれから量をこなせばついてくるでしょう。公園の広場でおじさん達が凧揚げをしていました。黒いカラス?にも見える凧を幾つも連ねて高く高く上げている人もいれば、かなりの大きさの凧を芥子粒に見えるほど上げている人もいます。自分の手元から大空高く上がっていく凧をコントロールするのは幾つになっても楽しい事に見えます。shinも「スゴイナァ~」と言いながら見とれています。帰りはN街道を下り中学の通学路を通って帰りました。曲がり角や別れ道ではそれとなくshinを先に歩かせましたが、方向も忘れていないようで正しく道をとることが出来ました。慣れの問題もあるでしょうが、shinが家に居ると一日が早く過ぎます。退院したら病院に通わなくて済むぶん、楽かなと思っていますが、もしかしたらそうでもないかも。昨日弟がshinに持って来てくれたストラップを新しい杖につけました。トンボ玉で出来ている小さな人形ですが、歩くたびに杖に触れてカチャカチャとカワイイ音を立てます。歩いているshinを応援してくれているようです。弟の心遣いを嬉しく思いました。
2004.10.12
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2004 10/11(月)朝から小雨。次女は土曜日に延期になった県大会の応援で6時に家を出た。弁当を作るとなると4時半起きで、こんな日は昼過ぎでもう8時間労働は軽く越えてしまい、頭の働きも輪をかけて鈍くなる。午後から照明の取り替えに電気屋さんが来る。両親が余りに「部屋の明かりが暗い暗い」と言うものだから新しい物と取り替える事になった。(暗く感じるのは白内症のせいもあるかもしれない)今どきの照明は天井付けもカチャッ、パカッで出来てしまい軽くて簡単になっているのには驚いた。両親は「明るくなった、明るくなった」と大喜びだが、あの白々しい明るさは私の目には痛いくらいで、取り替えなかった台所でホッとする始末だ。最近の電気製品は省エネタイプが主流なので、両親の消し忘れが多い我家の電気料金も少し軽くなるかしらんと期待はしているけれど。2003 10/11(土) *転院88日目*高校の進路ガイダンスがあり出かけました。今年高校に入ったばかりなのにもう進路の事を考えるのか…と思いましたが、やはり行ってよかったです。shinも病気になったし出来ればお金がかからない方法で進学してくれたらナァ・・・と漠然と思っていましたが、関東近辺の大学は難関校が多く現状は限りなく厳しい事が分かりました。ただでさえもノンビリ系の娘なのに。あ~困ったな。かなり早く会場を出たのにスクールバスがなかなか来ず、病院に着いたのは4時過ぎでした。昨日に引き続き弟が来てくれていて、shinと次女と3人で話をしていました。今日は外泊も予定しているのでshinも着替えを済ませて、駅前のスタ○でお茶にしました。朝からもO先生と駅周辺を歩いているので駅までは今日は2回目になりますが、あまり疲れた様子も見せずコーヒーの上のフロートに子供のように夢中になっていました。昨日とり忘れたデジカメの写真も、病院の前の時計台広場で「立って」撮りました。今日も都心で泊まると言うので改札まで弟を見送り、私達も家へ帰りました。外泊も2回目になるといろいろと手抜きも出来るようになり簡単な夕食で今夜は済ませました。1回目は掃除、布団干し、食事の用意とシンドイ思いもしまいしましたが、今日は疲れてしまったのでお風呂も入らずに寝ました。これくらいのスタンスでいいのかも…。
2004.10.11
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2004 10/10(日)台風一過の晴天…とはいかず、薄ら寒い日曜日となる。やはり台風の後は晴れて欲しいと思うのは私だけかな。台風が上陸した伊豆や通過した横浜の大型トラック横倒し、長野の地すべり…など局地的に大きな被害が出ているようで胸が痛む。昨日行けなかったTさんのお見舞いにF病院へ。去年と同じ312号室におられた。(ここは自立度の高い患者用の部屋なのでTさんの今の状態もほぼ分かり安心した)入院前にお会いした時とあまり変わらない様子だった。マヒも見た目には殆ど分からないくらいだが、歩行が小またになっているし右手が肩より上に上がりにくいとかでST・OT・PTとリハビリは3種類だそうだ。リハビリ専門病院の特殊性から病院の生活に慣れるのに一月近くかかるのが普通のようだがTさんは病院の様子が分かっているので余裕の表情が伺われ、その分リハビリも快調に進むのではないかと私は思った。日曜日はリハビリも休みでスタッフも少なめ…ちょっとノンビリした雰囲気が漂う中デイルームで話をしていると、看護師さんたちも顔を見せ、Tさんのお見舞いに来たのにshinも自分の近況を話したりしていた。退院してほぼ一年が経つのにこうやって入院患者を覚えてもらっているのもリハビリ病院ならではかもしれない。shinの掲示板の案内はナースセンターにもしておいたのだがMさんという看護師さんは「家ではネット接続していないので病院で時々見てますよ」なんて話をしてくれた。退院後の患者の様子も少しは分かるだろうし、障害を持つ人たちの日常が病院にも少しはフィードバックできているのかもしれない。夕方部活に出かけていた次女が帰宅。今日は大きな競技場のサブトラックへ出かけたのだが、昨日の台風で冠水し利用出来なかった…とブ~ツカ言っていた。「もっと大きな被害を受けた人たちは沢山いるのよ」2003 10/10(金) *転院87日目*今日は九州から弟が上京する予定ですが、小学校の懇談会があり病院へ行くのは夕方になりそうです。4時過ぎに次女と病院へ出かけました。途中図書館に寄り、ドラッグストアで買い物を済ませました。同室のYさんの話だと弟が病室へ入ってきてshinはかなり感激したようです。私達が着くまでにOTを見学したり二人で話をしたりと時間をかけてshinと向き合ってくれたようで私も嬉しく思いました。弟は事あるごとに電話やメールでshinの状況を尋ねてくれていたので、実際のshinを見てリハビリの成果も実感したらしく「お兄さん随分良くなっているね」と喜んでくれました。6時ごろ長女も来ました。夕食は病室で食べるので、私達もこのタイミングで病院を出ました。先日外出した町へ4人で食事に行きました。「この組み合わせだと家族におもわれるのかなぁ」とへんな心配をする次女です。今月は弟の誕生月なのでひと足早いお祝いを兼ねての夕食です。プレゼントはさっきドラッグストアで次女が買った育毛スプレー。「ボクはまだ不自由していないけどね。ありがとう」と弟も笑っています。久々に楽しい食事でした。今夜は都心に泊まって明日また来てくれると言います。明日は外泊と重なるのですが、夕方病院で落ち合う事にしました。
2004.10.10
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2004 10/9(土)午前中PC、午後から先日入院したTさんのお見舞いの予定だったが、台風22号の影響で朝から雨のため延期。次女の部活は県大会の応援だったがこれも延期。長女は制服に着替えて朝食まで食べていたが、学校に電話してみるとやはり休校。で、みんな家にこもる一日となった。私はと言えば主婦業はお休みにもならず、ごはんを3回作ってアイロンをかけてネットサーフィンをしているうちに一日が終わる。夕方からの雨風はすごかったが速度が速い台風だったので通り過ぎるのも早くて済んだのは幸だった。被害は明日にならないと分からないが、軽くて済むように祈るばかりだ。子供達は学校や部活が休みになった事で、何となくソワソワうきうきしていたが、これは自然災害を知らないが故だろう。自然を前にして人間は無力だから。2003 10/9(木) *転院86日目*今日はいよいよshinの会社のKさんが来る日です。休職の延長願いが大きなポイントですが、朝から落ち着かない私です。でも落ち着かなくては…。約束は4時なので、その前にノートの記入をしたり外の空気をすったりしました。今朝はPTの時間が10:20スタートに変更されてshinにもそれを伝えておいたのですが、やはり忘れてしまったらしくO先生に迷惑をかけてしまいました。リハビリの時間は自分で動けない患者さんについては看護師さんや助手さんが車イスを押してリハビリ室まで連れて行ってくれるので、あまり気にする必要もありません。でもshinがいる312号室は日常生活についても自立度が高いと認識されているので、いちいちリハビリのチェックは無く各々がホワイトボードで時間を確認しなければいけません。shinは決まった時間には対応出来るようになってきましたが、ちょっと変化があると忘れたり対応出来なかったりするようです。患者同士でも「今日は何時からなの」と聞いたり聞かれたりしているようですが、これをあてにしてはいけません。家族も意識して何回も確認しないといけないのでしょう。8月末から借りていた杖ですが、O先生にはできれば杖無しで退院して欲しいと言われました。でも先日の外出時にかなりの視線を集めたので、「しばらくは持っていた方がshinのためにも周囲のためにもなると思う」とO先生に伝えました。その結果、今日はマイ杖の購入となりました。リハビリ病院だけあって売店には杖の種類も豊富ですし、売店の方の説明も丁寧です。いろいろ試してみましたが、グリップが握りやすく軽めのタイプにしました。そのままPT室に直行し、O先生に見てもらってOKが出たので杖の長さを調整してもらいました。(PT室には杖を切るための鋸もあるようです)O先生に今朝のPT遅刻をお詫びしました。良くある事らしく、「これもリハビリだから」と言ってもらいちょっと気持ちが楽になりました。3時からOTです。I先生にも今日の予定は話してあるので、先生も時間を気にしています。時々長引いたりする事もあるのですが「今日は時間通りに終わるからね」と言われました。今日の面会のお部屋は1Fの会議室をSWのUさんに用意してもらいました。私は早めにOT室を出て部屋を確認しUさんに挨拶をすませました。OT室へ戻ったらshinもI先生もいません。二人で3Fへ戻ったらしいので、私も3Fへ上がります。shinにはG階のエレベーター前でKさんを待ってもらうことにしました。そうこうしていたらK先生が来て「○さん、悪いけどこの書類にサインをしてくれませんか」と9月分のリハビリ計画書を出されました。(これって8月に見せてもらうはずの書類じゃないのかな~)と思いながら焦ってサインをしました。改めてエレベーターを待っていたらshinとKさん、Mさんが上がって来たので再び1Fへ降りてもらいました。(今日の部屋は1Fだからね…とshinには伝えていたのでけど忘れているようです)Uさんが点灯し使用中の札を下げておいてくれた部屋に4人で入りました。とても大きい部屋で普段はSTのグループレッスンが行われたりする所のようです。部屋の中央に長机がセットしてありました。「何だか入社面接のようですね」とKさんが言われました。shinの状況を聞いたり、会社の人の名前が出てきたり、職場復帰の意思を確認されたり、握手を求められたり、それぞれに出したペットボトルのお茶をshinが開けるところをじっと見られたり…全~部テストと感じましたがshinもわりとそつなくこなせたので安心しました。こちらも復職の希望を述べたあと、リハビリもまだ途上でありせめて今年一杯は休職してリハビリに励んでもらいたいとの主治医の意見も伝えました。また今月末の退院のスケジュールや身障者手帳の申請予定(これはI先生とも相談のうえ、情報を出す事にしました。従業員56名以上の会社は身障者の雇用率1.8%を満たさなければいけませんが、実情はマッチングが難しくshinの会社も例外ではありません。shinも病前はこの関係の仕事にも関わっていたので会社の事情も分かっていました)なども伝えました。最後はG階の玄関までお二人を見送り、1時間ほどの面談は終わりました。結論は会社持ち帰りで後日連絡となりました。感触は…五分五分でしょうか。UさんとI先生が首を長くして待っていました。内容と今日の結果を報告し、お礼を言いました。前にも書きましたがshinの判断力が病前と変わらない状態であれば私も必要以上の心配はしません。でも高次脳の影響はまだあちこちに見られ、shinだけに重要な事を任せられる状態ではありません。家族内ではある程度の報告は出来ても相談は無理な事がよく分かったので、こうやってUさんやI先生に関わって貰い、本当に心強く思うのです。数日前から緊張していたこともあり、とても疲れました。病院の夕食もすぐ始まりそうでしたが、今日は何をする気力も無く早々に帰りました。
2004.10.09
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2004 10/8(金)ここ何日か申し合わせたようにいろいろと不具合が出てきたが、今日は台所の水栓の取替えとインターホンの修理。水栓は新しいのがキレイについたが、インターホンは機械の故障ではなく配線の問題と分かり、また別の業者に頼むことになった。別に私が工事や修理をする訳ではないが、人が出入りすると何だか慌ただしくペースがつかめないまま一日が終わってしまう。午前中はPTのT先生の訪問日…。先生がPTのお仕事で海外に行く事になり、今月一杯で訪問は終わることになった。両親も私達も大きな信頼を寄せ何かにつけて相談にのってもらっていた心強い存在なだけに、突然のお話は驚きとショックが大きかった。しかし先生の海外でのお仕事もとても重要な意味があり、先生の持つ素晴らしい能力を外国で活かせるのであれば、頑張っていただきたいとも思う。特に同じ女性として、乗れるタイミングで良い波が来たら迷わず挑戦して欲しいと心から思う。がんばってね、T先生。2003 10/8(水) *転院85日目*昨日は病院を休みましたが、shinからは電話もありませんでした。(テレカは持たせていますが積極的に使おうとはしません。これも病気のせいでしょうか)11時のPTに間に合うように出かけました。ここ何日も体のバランス調整が主になっています。O先生もいろいろと対策を考えてくださいますが、shinはなかなか上手くバランスを取ることが出来ません。体の能力的な問題よりも頭で理解したことの再現力(とでもいうのかしら)の不足でしょう。これもきっと高次脳と関係があると思います。OTはお休みでSTは朝一番だったので、今日はもう帰る事にします。久々にY子ちゃんとランチです。病気の家族がいると少しずつですが確実にいろんな「オリ」が溜まるのが分かります。子供達があと10才大きければ話せる事も今は私の胸にしまうしかなく、そんな話を「うんうん」と聞いてくれるY子ちゃんの存在は大きくありがたいのです。帰宅すると学校の創立記念日で家にいた次女が紅茶をいれてくれました。カップから上がる湯気と一緒に私の心もジワ~ッと温まりました。
2004.10.08
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2004 10/7(木)昨夜の地震は大きく揺れも長かった。最近は明け方の地震が多かったので寝ぼけ眼で時計を見るとまだ12時前。朝聞いてみるとshinは気付かなかったらしい。そう言えば夕べは疲れていたようで、寝たのも早かった。きっと熟睡していたのだろう。子供達は「お父さんてば、信じられない」と笑っていた。今日も良いお天気だったが家の前の道路工事で埃もすごく、洗濯物もあまり干せなくてちょと悔しい。私の故郷では今日から三日間諏訪神社の秋の大祭「長崎くんち」が始まる。出し物の当番町、おみこしの当番町は数年おきに順番が回ってくる。今年は人気の「コッコデショ」もあり街の人たちも楽しみにしているようだ。小中高と出し物当番町(踊り町)に住む生徒が沢山通っていたのでおくんちに出る子も多く、掃除の時間にホウキやちりとりを持って蛇踊りの真似事を皆でやったのも今では懐かしい思い出だ。何年も見ていない故郷の祭り。ゆっくり帰ってみたくなった。2003 10/7(火) *転院84日目*今日はOT・ST・PTとリハビリは三つありますが、とても腰が痛いので病院は休むことにしました。両親からシップを貰い腰に貼りました。一日ボーッとして過しました。以前はボーッと過した日は何かしら罪悪感のようなものがあったのですが、環境が変わってみるとこんな時間も必要だと思えます。人それぞれ疲れ方が違うのに私はこれまで自分の尺度で家族に接していたのかもしれません。夕食もバッチリ手を抜き一日らくちんをしました。夜、「週末上京の予定があるので、お兄さんのお見舞いに行きます」と九州の弟からメールです。金曜日は小学校の懇談会、土曜日は高校のガイダンス説明会と週末外泊。うわぁ、バッチリ重なってしまいました。弟も予定は変えられないようなので金曜日の夕方、病院に集合することにしました。
2004.10.07
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2004 10/6(水)雨で延期になったお祭りの提灯が昨日まで淋しく濡れていたけれど、今日はさっぱり乾いて秋空に映えていた。私はバッテリーがソーラーなので?お天気でないと元気にならない。さすがにタオルケット一枚では寒い…と子供達からもクレームが出たのでお布団も干さねば。何日も乾かせなかった洗濯物も沢山干す。あれもこれも…で狭いベランダは満員になったけれど、こんな時の私の気持ちは結構満足感で一杯。日頃怠けているので「主婦してる~」って実感できるからかしらん。2003 10/6(月) *転院83日目*午後から病院で栄養相談があるので早めに家をでました。お昼を食べる時間が取れず、ホカ弁を買って駐車場待ちの間に車の中で済ませましたが、お茶を買うのを忘れていたのでちょっと辛かったです。デイルームでノートの記入をしていると栄養士のOさんが来ました。初回はカロリーについて。次回は塩分についてだそうです。shinは以前から太りやすい体質で、私も繊維が多い食べ物や年齢的にも肉より魚を多くしたりとある程度バランスには気をつけていたつもりでしたが、最近は外食も多くなりお酒も増えていました。今回こんなに大きな病気になり、私としては今後の自信が無くなりそう…と少しゴネてみました。shinは困った顔をしています。ふふふ。次回の外泊時の食事記録が宿題となりました。糖尿ではありませんが義父も以前糖尿だったので、糖尿食の1600~1800カロリーを目安に説明を受けました。野菜・キノコ・海草などを沢山摂る事、食べるスピードにも注意が出ました(shinはすごく早食いでした。義父もあまり噛まずに早食いです)。以前shinの体重は何回か落とした事があるので、本人の自覚と家族の協力が得られればヘルシーな食事は何とか作れると思いますがshinが好きだから…と甘いものを沢山買ってこられたりすると困る訳です。妻は健康を考えますが、親は子供を喜ばせたいと第一に思うようです。月曜日の定例FAXを送信すると、会社のKさんから電話があり9日(木)に病院でお会いする事になりました。う~ん、いよいよです。休職の延長は認められるでしょうか。
2004.10.06
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2004 10/5(火)昨日よりすごい雨。朝から本気で降っている。shinは銀行で払い込みをしてからPCへ行くと言うので、今日は車で送ってしまった。昔から雨には溶ける(?)体質らしく、帰宅時に雨が降っていると駅から「お迎えコール」がかかっていたが、今日はバスに乗り自力で帰ってきた。着ていったパーカーもビッショリ濡れていた。雨の日に傘を差したりカッパを着たりして懸命に歩いている障害がある人を見る時、「あぁ頑張っているな」と言う思いと共に何となく胸がざわつく事があるのだが、これは私の感傷だろうか。どうしても出かけなければいけない用事があれば、濡れても転ぶ危険が増えても外出する。その前向きな気持ちだけを暖かく思ってあげればよいと分かってはいるものの、余計な事まで考えてしまう私。障害についてきちんと理解が出来てないんだ、きっと。2003 10/5(日) *転院82日目*今日はshinと初外出です。最寄駅の一つ前にデパートや大きな本屋などがあるので次女と3人で出かける事にしました。F病院から徒歩で駅までshinの足で10分程度です。駅はエレベーターもエスカレーターもあり、上りはエスカレーターにしました。乗るタイミングが取れるかとちょっと心配でしたが、本人は意識していないようでスンナリとステップに立てベルトをつかむ事ができました。電車に乗るのは何ヶ月ぶりでしょうか。本人も興奮しているのが分かります。一駅なので座った途端に着きました。本屋で好きな作家の本を買い、デパ地下で同室の方たちへお菓子を買いました。3時前にお茶にしました。少々疲れたようですが、「以前は普通にこんな事もしていたのになぁ。コーヒー一杯でも新鮮だよ」とshinが言いました。病気を境に生活の環境が一変したのです。疲れるのも新鮮に感じるのも無理はありません。でも「また機会があれば外出したい」と言ったので、出かけて良かったと思いました。また同じルートで帰りました。エスカレーター、エレベーター、ホームと電車の隙間、段差、階段…など足元に関しては大きな問題は無かったと思います。shinが左手に持っていた杖にはかなりの視線が集まっていました。(本人は感じていなかったようですが)PTのO先生は出来れば杖無しで歩いて欲しいようなのですが、退院しても歩行と判断力が病前のレベルに近づくまでは、アピールの為に持っていたほうがいいな・・・と思いました。ナースセンターに報告して早めに帰りました。病院では疲れも意識しませんでしたが、帰るとどっと疲れました。次女も楽しそうでしたが、いろいろと気を使っているのが分かり頼もしくありがたく思いました。本人も家族も外出には慣れが必要だと分かりました。
2004.10.05
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2004 10/4(月)雨の日の外出は皆さんあまりお好きではないだろう。(小さい頃、新しい雨具を買ってもらった時は雨が待ちどおしかったけれど)足元は悪いし傘は差さなくてはいけないので片手は使えない。ハンディキャップがあればなおさらだ。マヒがある人だけでなくお年よりや赤ちゃん連れ、或いは視覚障害がある方…。出かけるのであればお天気は良いにこしたことはない。今日はST・OTのリハビリ2本立てで、おまけに朝から雨。「病院どうする?」と聞くと「一人で行くよ」と言う。安全のため杖は持ちたいのだが傘を差して杖を持つとなると両手がふさがるし、建物に入ったり電車に乗ったりする時は傘と杖の2本差しになって、荷物も増えるし忘れ物の原因にもなる。いろいろ考えたのだが結局杖は使わず、開閉ワンタッチの傘(傘の先が太くゴムで出来ているので閉じた時についてもスルリと滑りにくい)1本で出かける事になった。私が駅まで車で送るのが一番手っ取り早くて安全なのは分かっているが、社会復帰を目指しているのに雨の度に家族をあてにするようでも困る訳で。「一人で行くよ」と言ったshinの前向きな気持ちが少し頼もしかった。2003 10/4(土) *転院81日目*先日からシップを貼ったり子供達に揉んでもらったりしていた私の肩と腰ですが、とても辛くなったので鍼治療にいく事にしました。子供達も私の状態を分かってくれているので「今日の病院は休んでいいよ。私達で行くから」と言ってくれました。鍼の先生は聞き上手なので私の体をほぐしながら、話もじっくり聞いてくれました。頭、肩、腰としっかりうってもらい、随分体も楽になりました。長女の学校が終わる時間を見計らって次女も出かけたようです。二人で作戦を立てて(!)、先に学習。それからお父さんの好きなものを買ってきておやつにしよう…と言っていました。F病院に転院して2ヶ月以上が過ぎ、子供達もshinの状態の把握が出来ておりキチンと対応してくれます。頼もしい二人です。昼過ぎに帰宅したら、インフルエンザの予防接種に出かけた両親も帰っていました。「なんだ、病院には行ってないのか」こんな聞き方をされる時が一番私の胃にこたえます。朝から今日のスケジュールは説明したのになぁ。もう覚えるのは無理なのでしょうか。過剰な期待はせず、その都度説明をしないといけないレベルまできたのでしょうか。今の私にその根気があるかどうか…。それに私だけが関わらないといけない事なの…?明日の日曜日はshinと外出を予定しています。お天気もよさそうです。
2004.10.04
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2004 10/3(日)昨日と一昨日は「これでもか」って感じのお天気だったが今日は雨。部活で地域のお神輿に参加しなくてはいけなかった次女は「ラッキー」と喜んでいた。shinは外出の予定も無く、「音読・計算」の後は掲示板の書き込みをしたり野球を見たりして過していた。もともとスポーツ観戦は大好きなので病前から日曜日はTVの前に座りこみ、チャンネルを忙しく変える人だった。病後しばらくはリモコンの使い方も忘れているほどで、スポーツ番組にもさほど興味を示さず新聞の番組欄のチェックもしていなかった。最近は番組のスケジュールも覚えられるようになり(こんな事は覚えられる)時間は外さなくなった。今年はオリンピックイヤーだったので特に見るものも多かったが、さすがに深夜のTVはやめて朝から見ていた。サッカーは特に熱くなるらしく、大きな声で声援している。子供達は「お父さん、また血管切らないでね」と心配して声をかける事もある。こうやって自分が好きな事をまた楽しめるようになるのは、とても幸せなのだろう。病気の後遺症で無気力になったりいろんな物に対する好奇心や興味が無くなる例も聞いたりするにつけ、shinの状態を感謝している。アメリカではイチローが新記録を更新中。黙々と努力をする人だと聞いたが、記録達成までのプレッシャーから逃げずに苦しみながらも楽しんだ…と言うコメントを聞くと改めてスゴイ人なのだと思った。中日の優勝記事よりもイチローの記録達成の記事が大きくて笑ってしまったが、日本の野球ももっともっと面白くエキサイティングにして欲しい。2003 10/3(金) *転院80日目*2時に介護保険の面接があるので、早めに病院へ行きました。STの宿題とノートの記入を済ませ、区役所のOさんを待ちました。両親の時と同じような質問をされましたが、「お話を進めておいてください」と言われたので介護度はどうなるか分かりませんがきっと申請は通るのでしょう。shinのケアマネージャーを決めなくてはいけません。OTと時間が被るかなと思っていましたが、4時前にはスタートできました。面接のため少々疲れた様子でしたが、先週の不調の時ほどではありませんでした。2枚目の皮の刻印をし、後はADL室の畳の上でマッサージです。前回ここでマッサージをした時、I先生はshinの左手をマッサージして「はい、では今日はこれで」なんて言うものだから「先生、つかぬ事をお聞きしますが右手のマッサージは後日でしょうか」と尋ねると「あ~ごめん。右と左間違えたよ。今日は両方ね」と慌てて右手のマッサージもしてくれました。廊下で会ったりすると何か怒っているのかな…と怖い印象もあるI先生なのですが、実際はユーモアもあり患者にも家族にも親身に接してくれる先生です。きっと照れ屋なんでしょう。PTは5時スタートです。実習生のTさんはずっとO先生についていたので、shinも随分お世話になりました。今日が最後の実習日だそうで、shinと一緒にお礼を言いました。きっといいPTの先生になるでしょう。来週からPTは11時スタートになるそうです。見学も毎日とはいかないので、ポイントを決めて来ようと思います。10月に入りリハビリも仕上げの段階でしょうか。様子がだんだん変わってくるのが分かります。
2004.10.03
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2004 10/2(土)週末予定の無いshinは朝からノンビリしている。次女は友達のお姉さんの高校の文化祭へ行く。長女は昨日は都民の日で学校は休みだったが、今日はいつもの土曜日と同じ時間割らしい。私も午後から高校の進路ガイダンスで出かける。10月というのに暑いくらいで、何を着てよいのか迷ってしまう。私の故郷では10月の7,8,9とお祭りがあるのだが、その頃まではやはり暑い。お祭りの終わりと秋の涼しさが一緒に来て、何となく淋しくなったことを思い出した。2003 10/2(木) *転院79日目*病院の前にあれこれ用事を済ませていたら、ちょっと遅くなりました。今日は学習もまだスタートしていなかったので、ベットのオーバーテーブルでノートの記入だけを済ませました。OTはストラップ用の1枚目の皮の刻印が済んでいました。shinが2枚目をトントンしながらI先生は会社の事を心配して聞いてくれました。(shinの部屋ではOTの皮細工をトントントンと呼んでいます)昨日はI先生が休みだったので報告がまだでした。「そうか、これからですね。気になる事があったら何でも相談してください」と言われました。OT室の前でNさんの奥さんに会いました。自宅が近いので、かかりつけの開業医について聞いてみました。shinが以前かかっていた先生はかなり高齢なので、他の先生も捜してみようかと思っていたからです。Nさんもどうしようかと思っているらしく、捜している風でした。また情報交換をすることにしました。OT後PTまで1時間ほどあったので時計台広場でお茶にしました。昨日は大福を3個も食べたので、今日は飲み物だけです。28度といわれていましたがさすがに夕方は涼しいです。「寒いくらいだね」と言うと「中に入ろうか」と気を使えるようになっているので、ちょっと可笑しくちょっと嬉しく。「あなたの場合、手足のマヒと頭の状態が良いバランスで回復してきたかもね」と私が言ったらshinは笑っていましたが手足が利かないで頭だけがクリアーだとやはり余計に辛かったと思います。徒に焦ったりリハビリをやり過ぎて体を壊したり脱臼したりする例も聞いていました。欲がないshinの様子を歯がゆく見ていた時期もありましたが神様は試練と共にバランスも与えてくださったのかもしれません。
2004.10.02
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2004 10/1(金)今日から10月。秋らしい爽やかな天気となる。朝から布団や洗濯物を沢山干した。グランドゴルフとフィットネスへ出かけたshinからショッキングな電話。「Tさん(入院仲間)が入院した。電話して分かったんだけど今お見舞いが済んだからこれから帰る」帰宅したshinの話によると、Tさんは9月下旬に自宅で脳梗塞を起こしたらしい。最初は軽い麻痺がおき、様子を見ていたところだんだん悪くなったので、娘さんの車で救急指定の病院へ行ったらしいのだが、当直に脳外の先生がいなくて一旦自宅へ帰されたらしい。(信じられない!)翌朝もう一度病院へ行くと「即入院」。shinの話ではもう歩行も出来ていて話もふつうだったらしいのだが、最初の時点で的確な処置が行われていればもっと軽く済んだはずだ。出血だと症状がもっと劇的なので周りも慌てるのだが、梗塞は「あれ」と思う程度だったり暫くすると普通の状態に戻る事もあり、そのせいで処置が遅れる事は多々あるらしい。一度脳血管の病気をした人はおかしいと思ったら救急車を呼ぶべしと思う。本人と家族、救急隊員がいればきちんとした情報も病院へ伝わるしその後の処置も違うはずだ。間違っても「担当がいないから明日来て」なんて言われない。Tさんは8月に別の病気で手術をしたものの、その後は運動や旅行も楽しむまでに回復していただけに、私もショックだった。服薬もきちんと行い血圧も安定していたと聞くにつれ、再発は見えない恐さだとつくづく思う。体調管理をしていても再発するのであれば、どうしたらよいのか…と暗くなってしまいそうだが、やはり積極的に生活する姿勢は大切だろう。外出先で梗塞の典型的な症状(手足の麻痺、言葉が出ないなど)が出たら必ず救急車を呼んでもらおうとshinとも話した。仮に喋れなくてもバックのポケットを指差してお薬手帳や診察券に気付いてもらえば、病院の選択ひとつにしても違ってくると思うから。こんな事はあって欲しくはないのだが、万一を考えるのも大事かもしれない。先日TVで見たのだが、アメリカでは脳梗塞が起きて3時間で適切な処置ができるように体制を作っているそうだ。名前は忘れたが3時間以内にあるお薬を点滴する事で、目覚しい回復があるとか。日本ではまだ認可されていないお薬らしいのだが、梗塞を起こしているのに一旦帰宅させるような医療レベルの病院があるようでは、まだまだ道のりは遠いと思う。2003 10/1(水) *転院78日目*お天気なので午前中は夏物の洗濯に励みました。朝一でshinの会社のKさんに電話しましたが外出中で、昼過ぎに話が出来ました。復職についても本人が気にしている旨を伝え、来週中にKさんが病院へ来てくださる事になりました。電話だけでこんなに疲れてどうするの?来週までに胃を壊しそうです。都民の日で学校が休みの長女と病院へ行きました。shinに電話の内容を伝えると「そうか」と言いました。昨日相談したUさんは不在だったのでとりあえずメモでお知らせしました。OTの前に長女と3人で時計台広場でおやつにしました。shinは「うまいうまい」と大福を3個も食べました。これは食べすぎでしょう。YさんとOT室の前で会いました。お互い待ち時間があったので、いろいろと話ができました。病名は分かりませんがYさんは難病で歩行が厳しくなったそうです。先日からは頑張りすぎて体調を壊し、リハビリがストップしていたとか。精神的にも辛い毎日だったでしょう。病気もイヤです。怪我もイヤです。PTを少し見学して帰る事にしました。「今日は大福を3個食べているので、エネルギーは沢山ありますから」とO先生に言うと笑っていました。
2004.10.01
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