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2005 10/31(月)こんばんは、minminです。 今日はハロウィンだそうで、今月はあちこちでオレンジ色の巨大なカボチャやアレンジ用のかわいい形のカボチャを見かけました。日本では馴染みが薄かったこのお祭りがだんだん浸透してきたのは、デパートやスーパーのちからもあるのかもしれません。お菓子売り場にはハロウィン関係のかわいいお菓子が並び、100均にさえオレンジ系のオーナメントが数多く揃えてありました。昨日行ったスーパーでは大きなカボチャの重量あてクイズや仮装した子供達が建物内の専門店を回るイベントまであったようです。楽しいことが増えて、消費も伸びたら世の中も少しは明るくなるのかしら。私も小さなカボチャを2~3個買ってきて木の実と一緒に飾りましたが、このまま捨てるのも勿体ないので、更に中をくりぬいてアレンジでもしようかと思っています。明日から11月ですが、これからはクリスマス路線になりますね。クリスマスケーキの予約のチラシも新聞に入ってました。気の早い次女はプレゼントを何にしようか考えているようです。私もクリスマスまでは大好きです。リースを作ったり部屋を飾ったり、ツリーを出したり。大人でも何だか気持ちが弾むのですが、お正月がなければもっといい。年末年始は苦手で~す。^^;
2005.10.31
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次女が「おはぎさんになっちゃた~」と涙声で起きてきたのは数年前でしたが、彼女の左瞼は見事に赤く腫れあがっていました。事情を聞いてみると夜中に蚊に刺されてらしいのですが、「あのさ、おはぎさんじゃぁなくてお岩さんじゃないの?」と笑いを堪えて私が言うと「そうかもしれない」と次女も笑いながら泣き出しました。「こんな顔じゃ学校なんか行けない」と言うのでその日は休みましたが、どうしてお岩さんがおはぎさんになったのか分からないままでした。その次女が土曜日の朝も「おはぎさん」となって起きてきました。「夕べ、蚊がいた~」またしても左瞼が派手に腫れあがっています。どんなに爆睡していても蚊が顔まで近づいてきたら私は羽音で目が覚めますけど、刺されても気がつかないのかな~。ちょうど部活は遠征練習日でJRと私鉄に乗って出かける予定でした。「これは休むしかない」とまず友人に電話したあと、顧問に連絡していましたがなかなか状況を理解してもらえなかったようです。蚊に刺されたのと走れないのに何の関係があるのか…と顧問に突かれたようで「片目が腫れてよく見えませんし、私も一応女子ですから、この顔では電車に乗って遠くまでは行けませんっ」と強硬に説明し顧問のタメイキと共に了解されたようです。やっぱりあの顔じゃ電車には乗れないよね~と長女も笑いを堪えながら私に囁きます。それにしても、どうして「おはぎさん」なのでしょう。これはきっとナゾのままですね。
2005.10.30
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2005 10/30(日)こんにちは、minminです。ロッテの優勝は31年ぶり、ホワイトソックスは88年ぶり、では23年は何でしょう?それは、それは新しいTVの買い替え記録です。私達の部屋で見ていたTVは82年製とシールが貼ってありました。時々来てくれる町内の電気屋さんから「オリンピックももう直ぐだし、思い切って買い換えましょうよ」と言われたのはシドニーの時でした。あはは。粘って粘って見続けているうちにビデオが壊れ衛星が映らなくなり、リモコンだけは汎用型に買い替えましたが、子供達からのブーイング続出。我家のTV・ビデオ事情はとても遅れていたのです。でも一番のネックだったのはDVDの規格が統一されるかどうか、でした。しかしこれ以上待っても大して進展もないようですし、地上デジタルも時間の問題のようなので思い切って決めることにしました。カタログを見ていてDVDとVHSが使えるタイプは地上デジタル対応でないことが分かりました。ビデオは無しでもいいよね、と提案しましたが、まだ見たいビデオがあると子供達も粘ります。結局、ビデオデッキは再生のみ使うのだからと安~いタイプを別乗せにしました。(今は一万を切るようなデッキもあるのですね~)そして、昨日が配達日。作業用のスペースを確保する為に家具を動かしたり、ついでに掃除や要らない物を整理したり…と何だか慌ただしい一日で、夜になるとグッタリしてしまい日記の更新も出来ずに休んでしまいました。嬉しかったのは我が家のあたりではすでに地上デジタルが入っていたことです。量販店では住所から「まだそのあたりは来てませんね~。でも時間の問題ですから」と言われていたのですが、昨日の配達のお兄さんがセットアップするうちに「おっ、もう入りますよ。よかったスね」と喜んでくれました。今まで見ていた物が物だけに、その画像の美しさは素晴らしく思わず歓声をあげてしまいました。実は義母の部屋のも先日デジタル対応型に買い替え、来週が配達になっています。「このあたりデジタルが入るようだからお義母さんのも大丈夫よ」と義父に聞こえないようにこっそり教えてあげました。(義父は春先にろくにカタログを見もしないで、デジタル不対応、衛星はNHKのみ…の小型液晶TVを購入しずっと悔しがっているのです。)まだゆっくりと取説も読んでませんが、取説の字が小さいし一度では理解出来なくなって来ているので(涙)先に子供達に読ませようかと思っています。TVと一緒にPCも買い換えたのですが、配達と初期設定・データ移行などを水曜日に予定しています。楽しみ半分、お疲れ半分。。。
2005.10.30
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朝晩寒くなってきました。長女もカゼ気味です。インフルエンザの予防接種の季節も始まりました。我が家の高齢者は先週、主治医に打ってもらいました。前日「熱発だ~」と騒いだ義父を安心させるために受診させたのに、「ついでだからインフルエンザも受けていく」です。はぁ~、また具合が悪くなったら何が原因か分からないじゃないの~。そうは思いましたが主治医もOKを出したので、まっいいか。でも翌日からまた体調が優れず、前前日の不調のせいか予防接種のせいか分からないまま数日を過しました。私達はまだ受けてませんがshinも毎日疲れて帰ってくるし、長女はナンチャッテと言えども一応受験生だし。今年も受けなくては…と思っています。でもね、高齢者は自治体の補助があるので一回1000円ですみますが、普通は2000円から5000円近くと料金の開きがあります。ワクチンは同じと聞きますから、料金は要チェックです。4人分ですからこの差は大きい(笑)。去年はshinと私がリハビリ病院の近くで、子供達は地元の整形外科で受けました。でも3月に入ってshinが39度(これくらいだと発熱ですよね~)の熱を出し内科で調べてもらったらB型でしたぁ。聞いただけで病気が移った気になる両親ですからshinのインフルはタダの風邪ということにしていましたが、やはり高齢者が罹ると怖いですよね~。注射の痛みは一瞬ですむのでガマンできますが、注射の跡がだんだん硬く盛り上がって痒くなります。これって変な体質かな~。
2005.10.28
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2005 10/28(金)こんにちは、minminです。全国的には今日まで、関東地方は今日だけのお天気だそうで。次女が出した夏物の山を洗って干して洗って干しての午前中でした。そして、2時過ぎに行った郵便局のATMは結構混んでいました。最近はフォーク並びが浸透しているのでかなり人は並んでいるものの機械も3台あるし、と私も列の後ろに並びました。そしたら一番左の機械を操作していた男性が問い合わせ用の受話器を持ってモタモタ説明を始めました。「あのぉ、紙幣の所に硬貨を入れてしまって…」係りの人が来るまでかなり時間がかかり、ATMは実質2台になりました。さらに私の後ろの初老の男性が「あのぉ、郵便局では機械で暗証番号を変えられるのですか」と私に聞きます。「知らねーよ。郵便局の人に聞いたら」なんて気の弱い私は言えませんから「分かりません」と丁寧に答えました。やっと私の番が来ました。通帳が斜めに入ったのでもう一度入れ直しをしていたら「あら、私まだ終わってないのよね」と私の前の順番で一度機械から離れた女性が戻ってきました。「へ~??」あっけに取られている間にスルリと私の前に滑り込み、払込を済ませました。さすがに立ち去る時は「どうもスミマセン」と言ったので自分の行為がどんなものなのか、自覚はしているようでしたが私も釈然としません。こんな時が子供達が使う「むかつく~」瞬間なのでしょうね。それにしても情けないのは気の弱い私。(ホントですからねっ)こんな時に、相手にはチクリと刺さり、言った私は後味サワヤカな一言ってないのでしょうか。誰か教えて~~~。
2005.10.28
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2005 10/27(木)こんばんは、minminです。昨夜から寒くなり毛布を一枚足しました。さて我が家の近くの県道沿い、500メートルぐらいの範囲に新しいお店が3軒出来てます。一つは畳屋さんの後に「タコス&バー」と看板が出てました。オープンは来月3日とありました。バーだったらランチはしないのかなぁ。美味しいタコスを食べたいです。もう一軒は潰れた婦人服の店舗あとにハンバーグ屋さん。ここはもうオープンしているのですが、急に路駐が増えたのは美味しいサインでしょうか。主婦としては普段自宅で食べれないものを外食したいな、と思うのですが明るい店内はいつも活気に溢れているようで気になります。最後の一軒はまだ工事中です。かなり高齢のおばあちゃんが一人で雑貨屋さんをしていましたが、洗剤や掃除道具を定価で売っていたので直ぐ近くにスーパーが何軒も出来てはお客も来ないでしょう。店じまいをしていたのでおばあちゃんの調子が悪くなったのかな、と心配しましたが数日後に元気に歩いていたのでちょっと安心。で、このお店、絶対に食べ物屋さんだと思うのですが(こんな勘は当たります)なかなか工事が進まず、前を通るたびに気になります。看板くらい先に出せばいいのにぃ。この3軒の共通点はテラスの部分があること。テーブルの部分や入口の小さいスペースが外に張り出しているのが何だか今のカフェ風です。とりあえずは、ハンバーグかなぁ。タコスも早く食べた~い。
2005.10.27
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2005 10/26(水)こんばんは、minminです。お天気だと思っていたのに薄ら寒い一日でした。さて、昨日の指揮に続き今日は合唱コンクールの本番で私も二日続けて学校へ行きました。例年、一年二年は午前中、三年は午後からの発表になるのですが、今日は二年の合唱と三年の一部を聞きました。昨年の一年の時とは表現力やステージマナー、指揮者の音楽性など格段の進歩がそれぞれのクラスで見られました。特に一年の時はポキポキと折れそうなぎこちない動きが、どの指揮者も滑らかでその背中からも音楽を感じられる指揮になっていました。照れも取れたのでしょうね。しかし中学男子の変声期の声は聞いていても辛いですね。高音は出ないし地声は出てくるし、ちょっと可哀想でもありました。もう少し発声法を工夫したり、音域を考えた選曲ができないものかと思いました。さて、5番目に歌ったクラスの自由曲は「時の旅人」。最後に歌った次女のクラスは「Loving You」。聞き終わってこのどちらかが最優秀を取るかな…と思いながら昼休みを迎えました。午後からは3年生の自由曲に「インテラパックス」があったので(lemidoriさん、聞いてきたよ~)これを聞いてから帰りましたが、合唱と伴奏の絡みがあるようでないようで難しい曲でした。夕方、帰宅した次女は目が腫れていました。「時の旅人が最優秀。でも最優秀が取れなくて泣いたのではなく、満足がいく伴奏が弾けなかったのが悔しくて、クラスに帰って号泣したの」と、まだ少しウルウルしていました。本番では目立ったミスは感じなかったのですが、本人は自由曲に不満が残ったとか…。(課題曲に比べれば弾きこみが足りなかったのかもしれません)私は恥ずかしがりやの次女がクラスの仲間の前で「号泣」したことの方が驚きでしたが、それだけ感情を出せるようになったのかとチョッピリ安心もしました。最優秀賞は逃したものの、自由曲の指揮者から「Mさん、伴奏2曲弾いたのだから行っといで」と促されて表彰台に登ったそうです。やはり女性の武器は涙なのか、と思ったら自由曲の指揮者も最優秀が取れなくて悔し涙を流したとか…。思うような結果は取れなくても、クラスがだんだん纏まりつつ朝練、放練と時間を工面しながら音楽が出来たことは子供達の心にも何かしら残るのだろう、と思います。親も子もいい時間が過せました。
2005.10.26
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2005 10/26(水)おはようございます、minminです。絶好調のロッテは昨夜も10点を取り勝ってしまいました。31年ぶりのことですのでロッテに勝ってもらいたいのですが、その前に阪神も意地を見せて3連勝した上で最後に決めてもらいたい…ってこれはワガママでしょうかね。結婚前までは高校野球以外はさほど興味もなく過していたので、日本シリーズで世間が沸いていても全然気になりませんでした。私が高3の秋、どのチームが残っていたのか全く覚えていませんがその日はデイゲームでちょうど担任の現国の時間だったと思います。学生服に小さなラジオを仕込んだI君はイヤホンをつけた耳側に頬杖をついたようにして上手く隠し、授業を受けるふりをしていました。I君の周りは隠しラジオを知っているので時々状況を聞いたりニヤニヤして眠たい現国の時間を過していました。と、突然I君が「よしっ、やったぁ~!」と机を叩いて立ち上がりました。驚く周囲と担任のあっけに取られた顔。当の本人も我に帰ってバツが悪そうにしています。この後、I君が職員室へ連行されたのは言うまでもありません。日本シリーズの頃になると必ず思い出してしまうエピソードです。3試合合計で30点も取ってしまったロッテ。この勢いはもう止まらないのでしょうか。日本シリーズ史上3連勝したチームの優勝確率は8割とか…。でも3連敗から4連勝して勝ったチームも3つほどある、と今朝のニュースで言っていました。今夜、どうなるかな~。
2005.10.26
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2005 10/25(火)こんばんは、minminです。午前中、中学へ。その後ちょっと遠くまでついでの外出でしたが、とてもよいお天気で駅まで歩いている時にふとジョンデンバーの歌を口ずさんでいました。今の季節にしてはちょっと高めの気温でしたが、背中に当たる日差しが気持ちよく空気のベストを着ているようでした。昨日から気になることもあったのですが、それもメールが届いて状況が分かり安心しました。日常の生活の中にはあれもこれもと、心配事や先延ばし事項などが一杯なのですが、今日はお日さまに励まされながら気持ちも少し軽くなりました。この季節、秋晴れもそんなに多くはありませんが、何の憂いも無く過せる時間も大してないのだな…と感じた秋の一日でした。
2005.10.25
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2005 10/24(月)こんばんは、minminです。イギリスのロックバンド*QUEEN*が来日しました。と言ってもフレディ亡きあと活動を休止していたQUEENですが、今回はポール・ロジャースをメンバーとしての日本公演です。私は基本的にはロックって苦手なのですが、QUEENは別です。特にあのコーラスワークにはゾクゾクしてしまいます。そしてスポーツと相性がいいのもQUEENの音楽の特長でしょう。shinが元気な頃JBLの試合にはよく行きましたが、バスケの試合中に"WE WILL ROCK YOU"が流れるとコートの雰囲気も一段とよくなったように見えました。今年の甲子園の応援スタンドからも"WE WILL WE WILL ROCK YOU"と力強い歌声が何度も聞こえました。あのメロディーのシンプルさがうけるのでしょうか。ブライアン・メイの名曲が今の若者達にも共感を持たれているのが嬉しかったオバサンです。合唱コンの自由曲を何にしようか迷っていた次女のクラスでしたが「ドン・ドン・チャ、ドン・ドン・チャ…」って足踏みと手拍子から始めたら受けるよ…と提案しましたが、即却下されました。いいと思うんだけどなぁ~。数駅先のアリーナでも公演があるようです。かなり気持ちも動きましたが、ライブのテンションを考えると腰が引けました。オールスタンディングなんて今の私には体力不足です。QUEENのライブのためには体も鍛えなくっちゃね。
2005.10.24
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2005 10/23(日)こんばんは、minminです。今日の空は澄み渡り気持ちのよい秋晴れでした。さて昨日に続き、次女と音との関わりについて。次女は比較的早くピアノと巡りあい、いい先生にも恵まれたのでとてもよい音のスタートができました。感謝です♪「音楽の間口は広くていいのですよ」と言われる先生の言葉に甘え数年後にはピアノとバイオリンを楽しむこともできました。しかし始めた当初は集中力もなくピアノの前にじっと座ることもままならないレッスンの時間も度々でしたが、先生がじっと待ってくださったこともあり毎週のお稽古は待ちきれない様子でした。でも発表会の前ともなると私の方があれこれ気にするあまり、自宅での練習では親子の衝突や次女の涙も見られ、どんなお稽古でも通らなくてはいけないことも人並みに経験しました。先生とピアノの連弾をしたり、私のヒヤヒヤ伴奏でバイオリンを弾いたりと夏休みの終わり頃の発表会では精神的にもシンドい思いもしたようですが、演奏が終わった時の何とも言えない達成感と喜びがクセになっていったように見えました。今はレッスンは受けていませんが暇があるとピアノを弾いています。今週ある文化祭では合唱コンの伴奏を2曲と選択授業の発表で指揮まで引き受けてしまい、ここ数日はナーバスです。吹奏楽ではパーカッション担当のクラスの男子から「Mさん、6連符が走ってるよ。走るのはグランドでね」と言われたそうです。「あの耳で指揮もして欲しかったな~」と自由曲の指揮者には少々不満もある次女ですが、次女本人にも課題が沢山あるので人のことは言えないでしょう。しかし昨年の自由曲の伴奏の様子と比較すると随分気持ちの余裕も出てきたように見えます。ただ「伴奏は暗譜でする」と言ったのですが舞台の上では何が起こるか分からないし、もし真っ白になった時も自分だけの問題では済まないので見なくてもいいから楽譜は用意するようにアドバイスしました。胃の調子も良くなく「めまいがする~」と言いながらここ数日を過している次女ですが、私だってドキドキしています。喜びの為の道のりは平坦ではありませんね~。
2005.10.23
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つい先日、嬉しいことがありました。このブログで「蝉しぐれ」「蝉しぐれ」とみんみん騒いでいたからでしょうか、高校の先輩がJRのフリーペーパー「トランヴェール・10月号」を送って下さいました。この10月号は~藤沢周平 「蝉しぐれ」を旅する~とありました。封をきるなりこのタイトルですから、「やられた~」って感じです。(笑)藤沢周平さんの故郷は山形の鶴岡ですが、彼の小説の中でもよく舞台となる架空の海坂藩(うなさかはん)も山形の小藩という設定です。鶴岡の美しい風景と小説「蝉しぐれ」を重ね合わせていきながら紹介する企画はファンにとってはどこもたまらないページばかりです。よくよく読めば先日見た映画の解釈が違っていたことが分かったり、鶴岡のガイドブックを辿りながら文四郎の行動範囲がはっきりしたり…と小説と映画を更に面白くする内容ばかりです。おまけも一つありました。「山形の食用菊」を紹介するページです。これが届く前日にcafe-roseさんのページで菊の話が出ていて私は食用菊の事を「思いのほか」と覚えていたのでそのようなコメントをしたのですが、実は「もってのほか」だったことが分かりました。小説の中にも作家のこだわりの食べ物もいくつか出てきたりするのですが、季節もちょうど秋ですし、この食用菊も一度食べてみようと思いました。最近は新幹線にも乗らないのでこんな小冊子があることは知りませんでしたが、航空会社の機内誌と同じような感じで新幹線やグリーン車の座席ポケットに入っているそうです。来月の特集は「古地図でたどる江戸東京」とありました。これまた私の好きな世界です。楽しみが一つ増えました。先輩、本当にどうもありがとうございました。
2005.10.22
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2005 10/22(土)こんにちは、minminです。最近、長女がピアノを弾きだしました。って特別なことではないですよね。幼い時から超がつくマイペースな娘でしたから、私がそれとなく座らせるピアノのイスやわざとらしくさり気なく置いている分数バイオリンには結局見向きもせずに17歳になりました。もしかしたらネズミ捕りに仕掛けたチーズを食べると取り返しがつかないことになるのかもしれない、と本能的に察知したのかもしれませんね。これはお互いの幸せの為には結果的に正しい選択だったのかもしれません。それでも次女とは音楽を通して共通の時間や話題が持ててきた分、長女とは少し意識してコミュニケーションをしていたようにも思えます。次女と音との関わりは次回に書きますがピアノや弦の練習を次女と私がしている時、長女はもしかしたら淋しい思いをしてたのかもしれない…そんな風に考えたこともありました。その長女が数日前から急にピアノを弾きだしたのです。どーしたことでしょうか。驚きの方が先にたちました。長女は学校での昼食の時間は合唱部のお友達と音楽室で過すのが日課になっているらしいのですが、そこでお友達が弾くメロディーを聞き覚えて帰り、自宅のピアノで再現する…それがここ数日のパターンです。ビゼーの「ハバネラ」、スコット・ジョプリンの「The Entertainer」、モーツァルトのトルコマーチと脈絡のない数曲ですがあまりに熱心に弾くので「片手だけより簡単でも両手で弾いてみる?」とチーズをぶら下げてみるとパクリと食いついてきました。シメシメ。一応楽譜だけは読めるようにしてあげたつもりだったのですが学校の礼拝では讃美歌を毎週歌うものの、芸術科目は書道を選択していたので、音符はすっかり読めなくなっていました。それでも耳はそこそこだったようで聞き覚えの曲もほぼ正確に弾いているので後付で楽譜という形になりましたが、スコット・ジョプリンの楽譜を渡すと「え~、両手で弾くの~」なんて言いながらも今まで見たこともないような熱心さで繰り返して練習をしています。1ページに5段ほどの大きさの楽譜ですから初心者レベルの曲ではありますが練習の成果が自分でも分かるのが嬉しいらしく、弾きだしたら30~40分はすぐに経っています。私や家族が驚いている以上に、本人も自分の変化に戸惑いながらも音を楽しんでいます。幼い時に強制していたら、娘の喜びを一つ失くしていたことになったのでしょう。「根性のない母で良かった」と自分の弱点を慰める私ではありますが、たどたどしいピアノの音が妙に嬉しい毎日です。
2005.10.22
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エンジのハイソックスが高3の娘の指定ソックスです。中には紺やルーズを履いている子もいるらしいのですが、ルーズは洗濯がしにくいし(白ですからね~)紺は次女が履いているから(区別がつかなくなりますからね~)…という母の事情を強引に押し通したのでずっとエンジをはいています。ところが先日、カカトが薄くなっているのを発見しました。え~この時期になってですかぁ。買い換えるのはイヤだけど針も持ちたくないし。でも穴があくのは時間の問題だし。ちょうどいい色が無かったので、とりあえず学校の帰りに糸を買ってくるように言いました。そして、今朝。指定セーターも薄くなっているのを発見。2色から選んでよかったのですが、長女は明るい方の色を選びました。セーター登校はダメなはずですが、真夏以外はずっとセーターを着ているためかカバンが当たる部分が擦れていたのでした。今日も帰りに糸を頼みました。丁度の色が無かったのが、お店の人は刺繍糸を選んでくれたようです。「卒業したら制服はどうする?文化祭の制服リサイクルもあるよね」と卒業を前提として!?娘に聞くと「そーねー。ネットで売ろうかな~。スカートとかは十万はするらしいよ。制服代の元は取れるでしょ」とニヤニヤしています。ひょえ~。じゅ、十万ですか。おかしな世の中ですねー。変な人がいっぱいいるってことでしょうか。スカートの行方はまた考えるとして、先に靴下とセーターです。カーサンは今から夜なべをします。
2005.10.21
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2005 10/21(金)こんばんは、minminです。昨夜の答えです。皆さんの推理はなかなか素晴らしいものでしたよ。*****************オリジナルの広告の下に現代のコピーも載せてありました。なんの宣伝か分かりますか?★ 大正のおかわりにも。平成のおかわりにも。 これは桃屋でした。 「花らっきょうと野菜味醂漬け 至ル処ノ食料品店 酒店ニアリ」(大正12年)とありました。★★ 時代のそばに。心のそばに。 森永チョコレート。 「栄養は健康へ 味わひは愉悦(よろこび)へ」(昭和初期) 一個・五銭・十銭★★★ 虫に恨まれて、120年。 キンチョー。ー大日本除蟲粉株式會社ー(大正11年) これには懸賞がついていました。 曰く、「金鳥香ニ火ヲ付ケテカラ何分間デ蚊ガ落チマスカ」 う~ん、難しい。 原稿をかなり伸ばしてあるので小さな活字は潰れている のですが賞品には「銀製腕巻時計十個 上等萬年筆百本 金鳥フライトル二千個」などがありました。 ★★★★ 母の、母の、母の、母も使っていました。 これは津村順天堂の「中将湯」です。 「飲んで達者になった上(うへ) うい和子達を 儲けばや」(昭和10年) たしか今でもこの商品はありますよね。★★★★★ 初恋前のお子さまにも。初恋を忘れた大人にも。 ピンポ~ン。カルピスでした。 「比の一杯に 初戀(はつこひ)の味がある 初戀の味(あぢ)は即ち 真、善、美、の味」(大正12年) カルピスも古いですね~。義父とほぼ同い年だわ。時代を超えて伝わる力を持つ広告は人生乾杯さんが言われるように「芸術作品」でしょう。私個人としては、何かしら微笑む程度の笑いの要素があるものが好きですがそれも時代が安定していないと難しいことなのかもしれませんね。
2005.10.21
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2005 10/20(木)こんばんは、minminです。久々の秋日和でした。二日ぶりに通った歩道から見える調整池の上の広大な空き地は艶やかなススキの海になっていました。さて、今日は「新聞広告の日」だそうです。昨日の我が家の購読紙には2面から22面までの広告紙面に明治から昭和にかけて実際に使われた昔懐かしい広告が掲載されていました。キューピーマヨネーズ、中将湯、コロンビア、ミツカン…みんな昔からあった商品でメーカーだったのねー。シンプルに商品名と住所だけのものから商品の効能・特長・価格をしるしているもの、膝を打つようなうまいコピーを載せているもの…いろんな広告がありましたが、仮名遣いを除けば「古さ」を感じさせず、むしろ新鮮な言葉の響きに驚いたりもしました。日本人の持つ言葉のセンスがキラリと光り、モノクロの世界の表現力は現代の色と言葉と音が溢れかえるCMよりも説得力があり、心に残ります。物が少ない時代にただの「情報」だけでなく、人の夢や憧れを感じることができる広告だと思いました。江戸時代の平賀源内さんが夏の暑い時期、「土用の丑の日にウナギを食べよう」と宣伝したのが広告の始まりと聞いたことがありますが、コピーライターなどと言う横文字の職業などありもしなかった頃から共感を呼ぶ広告はあったのですね。URLを探しましたが、産経新聞と博報堂の共同企画らしく特別なアドレスは見つかりませんでした。興味がある方は10月19日の産経新聞(朝刊のみ)をご覧ください。懐かしい気持ちになって、クスリと笑えるかも…。*******オリジナルの広告の下に現代のコピーも載せてありました。なんの宣伝か分かりますか?★ 大正のおかわりにも。平成のおかわりにも。★★ 時代のそばに。心のそばに。★★★ 虫に恨まれて、120年。★★★★ 母の、母の、母の、母も使っていました。★★★★★ 初恋前のお子さまにも。初恋を忘れた大人にも。
2005.10.20
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暖房はまだ要らないけれど朝晩はちょっと寒い…そんな季節になりましたね。10月も末になると、母は古いスーツケースをパチンと開けます。スーツケースの中には色とりどりの毛糸だまが沢山入ってました。「あ~背中が寒い。ベストでも編もう」と言いながら毛糸を選ぶのが秋の夜長のお決まりのようになっていました。手先の早い母でしたから毛糸を選び模様をざっと決めると、直ぐに編み始めます。大きな編み目模様のベストだったら二晩もあれば出来上がってました。「あ~あったかい」と目を細めながら喜ぶ母は子供のようでした。私は編みものよりもスーツケースの中の毛糸が好きで、パチンと開けてはその色合いを見たり毛糸を並び変えたりして遊んでいました。毛糸は不思議です。編んで、着て、解いて、洗って、また編む。究極のリサイクル素材かもしれません。父や弟には新しい毛糸でアラン模様のセーターを編んでました。お正月に間に合わせるように12月になると暇さえあれば編み棒を動かしていたように覚えています。凝り性の母は編みあがっていくプロセスが好きだったようで、出来上がるともう次のプランを考えていました。「来年はこれを解いて、え~と何を編もうかな」やっと出来た作品なのにもう解くことを考えるなんて、私には理解できませんが母はそんな人なのです。あの頃の母と同じくらいの年齢になって、私も「背中の寒さ」を感じるようになりました。(背中、寒くないですかぁ。え、私だけ?)母と違って魔法のスーツケースも持たず、不器用な私です。自分で作るよりも手軽に形のよい物が手に入る時代になり、私は楽を選びます。今夜着ているのもとても自分では編めないような薄手のベストです。一枚着てるだけで背中が温かく、仕事もはかどります。でも「私も背中が寒いのよ」なんて母には絶対に言いません。「ほ~ら、ごらん」って笑われますからね。
2005.10.19
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2005 10/19(水)おはようございます、minminです。長く続いた雨もやっと止んだものの日差しはまだ無く、それでも洗濯物はいっぱいベランダに並べました。さて、この前から太り続けていた例のビニ傘。昨日見たらありません。「やったぁ、誰か持っていったんだわ。ラッキー」と次女を送る車の中で叫びました。するろ後ろに座っていた次女が「私はそーは思わないよ。これはきっとおばあちゃんだね」とボソリ。う~ん、そうだろうか。車を降りてガレージの周りをチェックしたら。水を捨てた錆びたビニ傘が物置の横に逆さに立てかけてありました。あぁ、やっぱり。次女の読みは正解でした。花時が過ぎた鉢、大騒ぎして買った家電、着なくなった洋服…。いつもそうです。とりあえず、自分の目につかない所へ移動させ後は忘れる…。誰がばらして捨てるのかしらねー、あの傘。私、知~らないっと。
2005.10.19
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shinが「働くおとーさん」になって増えたもの。それは、ポケットティッシュです。差し出されれば断れない性格らしく、会社の最寄の駅で朝夕少なくても2個ずつは貰ってきます。以前の会社にいる時も乗り換えは大きな駅でしたので引き出し一杯あったのですが、この2年でストックも無くなっていました。ドラッグストアでもスーパーでも買えばあるのに、あれはナゼか貰いたい。子供達も「もうすぐ無くなるね」なんて淋しいことを言い出すし。我が家で貰えない人は義母と次女です。義母は外出から帰宅すると「おじいちゃんにはくれるのに私にはくれない」と不満を言います。ナゼか義母はお配りものを貰ったことがないのです。「タイミングを合わせたり、一瞬相手を見るのよ」と長女がレクチャーしていましたが、DNAコピーの孫に言われるのもちょっと癪なようです。次女は恥ずかしくて手が出せないタイプです。「い~じゃん。向こうも仕事なんだから早く終わらせたいんだよ」とこれまた長女に言われて悔しがります。以前、都心で「ペットボトルのウーロン茶2本セット」を配っていた時も次女は貰えずでも欲しがるので、長女がもう一度通りがかって貰ったことがありました。あれって波に乗ればそれで済むのにね~。でも、もう引き出しが満杯です。どこかで配ろうかな~。
2005.10.18
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2005 10/18(火)おはようございます、minminです。昨夜は少々興奮しておりましてお祝いが今朝になりました。千葉ロッテマリーンズとファンの皆様、リーグ優勝おめでとうございます。バレンタイン監督がコメントしていたように、どちらも負けてはいけなかった…くらいのいい試合でしたね。ソフトバンクの選手もよくがんばっていたけれど、最後に流れが変わった時のロッテの引力が強かったのかもしれません。今シーズン、ロッテはバレンタイン監督と共にずっと注目されていました。どこぞのチームと比べれば年棒だって知名度だってずっと低い選手たちでしたが、その活躍ははるかに上回るものでしたね。「選手達を誇りに思う。小さな失敗くらいでは選手を見限ったりしない。ノーマジック、選手もスタッフもよくがんばった」…監督にこんな事を言われれば誰だって自信と希望を持ち「よっしゃ」と思うでしょう。私は野球の技術的なことはよく分かりませんが、今年のロッテの優勝はプラスアルファの部分が大きかったのではないか…と思います。これから続く日本シリーズ、菊花賞で無敗の3冠を狙うディープインパクト、大リーグの行方…私の「見るだけ」スポーツの秋 はまだ続きます。
2005.10.18
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ちょっとドキドキしています。3対2、ソフトバンクのリード、9回表。31年ぶりの優勝を狙っていた昨夜のロッテは勝ち急いだのか5点を許してしまい、崖っぷちのソフトバンクが生き返りました。バレンタイン監督の上司力?が話題になり、今年のロッテの強さは選手の能力が十分に生かされているからだ…とリポートされていましたが…。やはりちょっと硬くなっているのでしょうか。昨夜まではロッテに祝杯を挙げて欲しいと思っていましたが、ここまでくるともう少し楽しませてもらおーか…と。身勝手なもんですね~。へへへ。それにしても、せっかくプレイオフまでしてがんばっているパ・リーグなのに夕べは地上波ではどこも放送していませんでした。…とここまで書いたところでゲーム終了。明日も楽しませてもらえそうです。明日は当然、放送あるよねぇ。。。
2005.10.16
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2005 10/16(日)こんばんは、minminです。最近出会った新しい食べ物…ちくわぶです。練り物売り場で見たことはあったものの、今まで食べたことはありませんでした。九州には無かった、と思います。もしかしたら母が使わなかっただけかもしれないけれど。買い物の時に何となく手にして、何となく買ってしまいました。とりあえずチルド室へ入れましたが、食べるまでにはもう少し時間がかかりました。最初は具沢山のお味噌汁に入れてみました。食感はモチモチっとしていて我が家の薄めのお味噌汁でもよく味が沁みてくれました。モチモチしたものは義歯にくっつきやすいのでクレームが出るかと思っていましたが、好みだったらしく高齢者も食べていました。次はおでん風の煮物に入れてみました。これもOK。もともとおでん種なので美味しくて当ー然でしょうが。今日はすき焼き風の煮物に入れてみました。ちょっと煮込んだだけですが柔らかさと味付きのバランスが良く、すき焼きに入れるお餅の代わりのような感じです。何となくもっと粉っぽい食べ物かと思い込んでいたのですが、もっと早く食べればよかったなぁ。調べてみたら「小麦粉をこねて竹輪に似た形にして蒸した食品」とありました。生麩も美味しいですが、もっとお手軽にグルテンが食べられます。今度はお汁粉にいれてみようかと思ってます。
2005.10.16
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もう少しキレイなカカトだったんだけどなぁ~。この2年、何だかワサワサと暮していたせいか、私のカカトはすっかり荒れてしまいました。触ってもガサガサ、靴下履いてもガサガサ。おまけに履いた靴下はいつの間にか、グルッと回って踵の部分が甲の上でプクンと膨れてるし。それも右足だけ。なんで~。でもね、「お風呂上りにクリームをたっぷり塗って靴下を履いてごらん」って教えてもらったから半信半疑でやってみたら、あらまっ。ガサガサがなくなりましたよ。まだツルツルまではいかないけれど、毎日クリーム&靴下で踵美人を目指してますのよ。去年は初めてピリッと切れたりもして驚いたのだけど、この冬は大丈夫だわ。うれし。お顔もクリーム塗って靴下はいてみようかしらん。
2005.10.15
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2005 10/15(土)こんばんは、minminです。10月とは思えないような蒸し暑い土曜日でした。「6度8分は平熱ですから、ご心配いりませんよ」F先生はいつものように穏やかな口調です。「はぁ~そうですかぁ」義父は分かっているのか、いないのか…。「発熱だ、熱発!カゼひいた」と騒ぐ義父。「6度8分は熱のうちにははいりませんっ」と義母も熱くなって答えていたのは夕べのことです。あ~、また始まった。高齢者の平熱が低いからと言っても6度台で熱発とは…。これは、自分に注目して欲しい、と無意識のアピールでしょうか。週末だし、このままにしていたら土日はずっと騒ぐでしょう。急いで仕事を済ませ、12時前にはF先生に診てもらうことができました。すでに今朝は平熱に下がっていたので、心なしか余裕の表情の義父。それでもF先生に「大丈夫」と言われ、ちょいと複雑な顔つきです。でもね、だからと言って、ついでにインフルエンザの予防接種まで一緒に受けることはないんじゃなぁ~い?一応、昨日は「カゼひいた」とか騒いでたでしょ?明日、本当のカゼひいてたりしてね。ふふふ。
2005.10.15
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朝食の時に、古い井戸に住む大ウナギのニュースが出ました。毎年一回、ご無事かどうか確認をかねて身体測定をするのだそうです。年齢は聞き逃しましたが、身長は168センチ、体重は15キロ…。「え~去年より5センチ縮んで168センチ。ありえないよ、ウナギのくせして。人間の私が148センチでガマンしてるのにぃ。ふんっ」食事をしながら長女がブツブツ言いました。たしかにねぇ、身長と学力、もう少し伸ばしたいよねぇ。
2005.10.14
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2005 10/14(金)おはようございます、minminです。雨だと思っていたのに、見事に外れた天気予報。今朝も私はベランダと洗面所を何度も往復しました。洗いあがったタオルケットを干していたら、家の前を小学生の一団が通りました。体操服を着てリュック背負ってワイワイガヤガヤ。体格からして5年生かな。方向からして四季の森へ行くのね。じゃあ時期からして、今日はきっと稲刈りね。おめでと~。今年は豊作なのかな。お天気も良いし、沢山刈れるといいよね。中学校の隣にある県立の自然公園の中に田んぼが3枚あります。近辺の小学校が毎年、田植えから稲刈りまでをさせてもらいます。この辺りもちょっと車を走らせれば田んぼが広がる地域ではあるのですが実際に米作りを手伝った子など殆どなく、貴重な経験をさせてもらっています。八十八ものお仕事など無論出来るはずもなく、ボランティアのおじいさん達にいろいろと助けてもらいながらの作業です。それでもドロドロの田植え、暑い時期の案山子作り、草引き、稲刈り、収穫祭と子供達が米を通して見えるものは大きく濃いようです。我が家の子供達も随分楽しませてもらいました。実際に体験しないと分からない事が体を通して入ってくるのは、子供達にも新鮮だったようです。でも一番楽しかったのは田んぼの近くにある手漕ぎポンプの井戸から水をくみ上げて手足を洗ったことだったとか…。そんなものかねぇ~。刈り取った稲はおじいさん達が干してくれ、学校へ届きます。来月は収穫祭のお餅つきがあるはずです。
2005.10.14
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人生乾杯さんの日記で「焼き茄子」が出てきて無性に食べたくなって今夜は焼きナスにしようとしたのだけど家のグリルが狭くてナスが一度に入らなかったから蒸しナスにしようと思ってでも蒸し器を出すのがメンドーだったのでいつも使うグリルパンにお湯をはって8本を湯せんみたいにしてみたら20分たってもなかなか柔らかくならなくて仕方がないから蒸し器を出して10本全部入れたら10分ですぐ蒸せちゃってそれなりに美味しかったからあ~最初から蒸し器を使えば良かったなーって思ってたら「レンジでチンでもよかったね」って娘に言われてな み だ
2005.10.13
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2005 10/13(木)こんにちは、minminです。昨日に続いていいお天気でしたが今朝は義父の受診の日でしたので、ギリギリまでベランダで干し物をして出かけました。今日は昨年手術をした総合病院での受診でしたので待つ覚悟で行きました。義父は補聴器を着けてはいるものの聞こえが悪く、判断力も低下しているので一人の受診は難しくなってきています。待合室ではやっぱりお年寄りが多かったかな。一人の人もいましたが、若い家族と一緒の人や介護保険を利用して付き添ってもらっている人も見かけましたあ、ここの看護師さん、キャップを被っている…何か違うな~と思いながら忙しそうに働く看護師さんを見ていて気がつきました。最近は看護師さんがキャップを被ってない病院が多く、そんな所ではちょっと残念な気分になります。まだ私が幼かった頃、ナースは看護師さんではなく看護婦さんでした。制服も淡いピンクやブルーなどなく、白衣。そして硬く糊がきいてそうな看護婦さんのキャップ。あ~憬れてたなぁ。新聞に裏が白い広告など入っていたら長細くたたんでピンで留め「カンゴクさんでーす」なんて言いながら遊んでいました。小さい頃は「カンゴクさん」としか言えなかった私。shinが入院した病院でも看護師さんはキャップなしでした。「患者さんに当たって痛い思いをさせたりすることもあるので…」とまだ若い看護師さんは笑いながら説明してくれました。shinの入院先は大学病院系列だったので実習生も多かったのですが、現場の看護師さんがキャップを被らなくなったからでしょうか、実習生がチョコンと頭の上に乗せていました。実習生の宿舎がshinの病院の上にあったようで、実習先の総合病院へ通う生徒さんたちも沢山見かけました。かわいいナース姿の女子学生に混じって男性も結構いたのですが、男子は低いコックさんの帽子みたいなのを被っていました。ふ~ん、今は学生さんがあのぼーしを被るのかー。すると看護科卒業のナースキャップの授与式ってもうないのかな。キャンドルを持ってナイチンゲール憲章を唱えながら一人ずつキャップを被せてもらう風景を見た事がありますが、なんだかじ~んときたのになぁ。やっぱり私は「キャップを被った看護婦さん」が好きです。^^
2005.10.13
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本当に美しく切ない映画でした。日本にもこんなに美しい風景がまだ残っているのかと、ロケの映像の多さにも驚きました。山形の深い雪、桜と新緑の季節、蝉がしぐれ鳴く夏木立、黄金に輝く稲穂の波…黒土監督は自然描写だけではなく、例えば文四郎や隣のふくが住む組屋敷も実際に山形に建て一年間風雨に晒す…そんな目に見えないところまでのこだわりが映画の厚みと深さを増していたように思えます。逞しく成長した文四郎や美しく輝くふくも光る存在でしたが、前髪が残る文四郎、川辺で砧を使いながら洗濯をするふくの初々しさ素朴さもよく描かれていました。北国の小藩の下級武士の組屋敷の生活は質素と言うより貧乏で、日々の糧のためにニワトリを飼ったり野菜を作ったり。父は朝餉の足しに野菜を取りにざるを持って庭に立ちますが、大きくなるまで待つ余裕もなく幼子の拳ほどもない茄子を嬉しそうに千切ったりするのです。「新しい裃が、欲しい」と遠慮がちに言う文四郎の父助左衛門に母登世は「そんな余裕は…」と口ごもります。「そうか」父は少しく肩を落として登城します。そんな生活の中でも文四郎は真っ直ぐ育ちます。原作では文四郎は牧家の養子ですが、そのことは触れずに父への距離を縮め情を深めていく文四郎が淡々と描かれていました。いわれなき罪をきせられた父の亡き骸を乗せた荷車を文四郎が一人で引っ張り上げる矢場の坂の場面。やりきれない思いはどんなにがんばっても登りきれない坂と人の世の無情を重ね合わせます。暑さの中、朦朧となる文四郎のはるか上から陽炎のようにふくが現れ荷車の後ろを押してくれます。他には誰一人手伝う者もなく、あたりに響くのは降りしきるような蝉しぐれだけ。こんな名場面ではもちろん涙でしたが、まだ平穏だった頃、父が縁側で針に糸を通そうとしている様子にお茶を運んできた母が笑いながら手を貸す…そんな何気ない場面でもやっぱり涙してしましました。縁側の向こうに見えるのは鳥海山でしょうか。こんな「普通」を絵に出来る監督の力量と原作への想いが伝わり、またまた涙してしまう私。映画の後半ももちろん素晴らしかったのですが、私は前半ですでにノックアウトされた気分でした。帰宅後、もう一度調べてみると原作は藤沢周平氏が故郷の山形新聞に連載(’86~87)し、’88年に文藝春秋から初版が出ていました。’88年と言えば長女が生まれた年であり前半のふくを演じた佐津川愛美さんの生まれた年でもあります。ちょうど世の中はブクブクと泡立っていた頃でしょうか。そんな時期に敢えて「普通」をテーマにしたこの作品を出版した作者からの静かなメッセージを改めて感じました。上映前のロビーは中年女性の賑やかな一群がアチコチに目立ちました。「ああ、こちらは~四月の雪~チームね」「火曜日でこの賑わいだったら明日の水曜レディースデーは…」そう思いながらすれ違いました。帰りに泣きはらした目が気になって洗面所へ行くと、またまた一群と遭遇。でもさっきとはうって変わって静かだし、目元も心なしか赤いし。ははー、ヨンさまチームもやっぱり泣いたのね。黒土監督、ヨンさま、どちらも恐るべし、か。
2005.10.12
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2005 10/12(水)こんにちは、minminです。久々にお日さまが顔を出し、ベランダは洗濯物でいっぱいです。9月の台風17号のあと、我が家の前にビニ傘が一本落ちてました。誰か置き忘れたのか、どこからか飛んできたのか…。とりあえずフェンスにかけておきました。秋晴れの日も少ない今年、誰も傘を持って行かないし傘の中には雨水が溜まりビニ傘はだんだん太ってきました。季節柄、もうボーフラも湧きはしないでしょうが、これってどーしたらよいでしょうね。ゴミに出すには一度傘をばらしビニールと骨に分けた上、別々の収集日に出さねばなりません。我が家の古くなった傘ですら面倒でそのままになっているのに、誰のものとも知れないビニ傘にそこまで手間をかけるか…。半月以上もフェンスに掛かったままのビニ傘を見るたびに、小さなため息が出て私の幸せが逃げていきます。毎日登下校で通る小学生、中学生諸君、あの傘をお隣の塀にそっとかけておいてはくれないでしょうかね。
2005.10.12
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2005 10/11(火)こんばんは、minminです。外出先でやたらと子供が目につきましたが、二学期制の秋休みと気がつくのにしばし時間がかかりました。次女の学校も二学期制ですが、いろいろと調整したらしくカレンダー通りの休みで今日から後期がスタートしました。実は今日は「蝉しぐれ」を見に行きました。世田谷文学館の「藤沢周平の世界展」とどちらにしようかと迷ったのですが、祝日月曜の次の日でしたのでお休みと分かり、映画を先にしました。ほぼ私が見たかった「蝉しぐれ」だったのですが、今夜は気持ちがいっぱいで言葉がありません。おまけに「泣き」がテーマの映画ではないのに、最初からずっと涙しながら見ていたので(何故か涙が止まりませんでした)すでにこの時間で頭がボーッとしています。そんな訳で今夜は、おやすみなさい。
2005.10.11
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今年は 敗戦後六十年になります 先の戦争を語り継ぐことが困難になってきた今 一少年の見た昭和二十年の冬から秋までを書き残しておきたいと思います 戦前から長崎の思案橋で料亭だった私の家は 戦中には海軍に接収され臨時の水交社になりました 白い軍服に短剣をつった若者が旅立つ時 母はなぜか私を抱いて見送るのが常でした 昭和二十年の正月は 憲兵隊の荒々しい軍靴の音で明けました 海軍首脳が風呂場で話したことを父が釜の焚口で聞いて口外したという スパイの名目での逮捕でした それから 寒風の中 春が来るまで 母と私は父への差し入れの日々が続きました 四月八日は 私の幼稚園の入園式の日でした なぜか私は母の死を予感していたらしく 朝から母の着物の袂を握り締めて離しませんでした 母は 便所の中で私にかぶさるように倒れましたので 女中達が病院へ運びましたが 手術が失敗して亡くなりました 布団に寝かされて白い布をかけられた母と共に 私一人が病室に何時間も残されました その後父は海軍司令部の要請で憲兵隊から釈放され病室に飛び込んできて 絶句したままでした 八月九日の朝 庭で弟とチャンバラごっこをしていましたら 空襲警戒警報が鳴って 青いはるかな上空を銀色の飛行機がゆき 白い落下傘を落としました 「きれいかねぇ」といったとたん 強烈な光と 体で受け止めるような衝撃がきて 家中のガラスがこなごなになりました すぐに山腹の防空壕へ逃げましたが 街が燃える熱で寝苦しい夜が続きました 長崎の旧市街は幸いにも焼失をまぬがれました 思案橋は市電の終点だったのと空き地があったため 数十メートルの穴が掘られ 死体が運ばれてきてうずたかく積み上げられ 重油をかけて焼かれました 再び子供達には普通の日々が戻ってきて チャンバラをしていると 「坊や達 親戚の者ば探してくれんね 金歯が目印たい」とおばさん達に言われて 棒でしゃれこうべの山をつつきました 本当に親戚を探していたのか 金を集めていたのか 子供達には知る由もありませんでした 私の家が進駐軍の将校クラブとして接収されると 家の蔵は一夜にして 米俵と味噌と酒樽が メリケン粉と牛肉とウィスキーやワインに変わりました 平成十七年秋 石 橋 正 敏-------------***石橋正敏さんは私の高校の先輩です。長野県は小県郡青木村という所にワインセラーをお持ちでドイツワインの販売をされています。また銀座にはローゼンタールというワインのお店も開いておられます。アオキ・ワインセラーからは春と秋にワインのカタログが送られてきます。年に一度利用するかしないか…くらいの私にもとても格調高いカタログを送ってくださるのです。そのカタログと一緒にアオキ・ワインセラー便りがいつも同封されています。今回はメール便を使って今朝届いていました。石橋さんの文章はお読みになって分かるように、余計な甘みや雑味がなく簡潔かつ深さがあります。さながらアオキ・ワインセラーのワインのような味わいです。この数日間、故郷長崎の事を強く思っていた私のもとに今朝届いたこのアオキ・ワインセラー便りをどうしても皆さんにご紹介したくなりました。まるで映画のストーリーにもあるような出来事を淡々と綴っておられ、朝から涙を流してしまいました。私は原爆の体験もなく語り継ぐべき材を持たない世代ではありますが、ネットを使ってご紹介は出来ます。長崎に生まれ育った者の小さな役割が少しでも果たせれば…そういう思いから早速石橋さんへメールをしました。石橋さんとは在京の同窓会でもお会いした事はありませんが、その控えめなお人柄は電話で数回お話しただけでも伝わってきます。ですから、もしかしたこのような形でのご紹介は本意ではないかもしれない…と午後からは幾分重たい気持ちで過していました。ところが快いお返事をいただくことができました。嬉しさと共に感謝の気持ちで一杯です。おくんちも終わった今日、こうやって原文のままご紹介することができました。石橋さん、本当にありがとうございました。-------------***石橋さんのアオキ・ワインセラーにはこちらからどうぞ。しばしドイツを旅しているようなHPです。
2005.10.10
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2005 10/10(月・祝)こんにちは、minminです。体育の日の今日、晴れる確率はかなり高いそうですが、こちらは雨です。また、長崎か…。スミマセン、今日までお付き合いください。以前はハッピーマンデイなんてありませんでしたから、10月10日は必ず休日でした。天気も良く予定通りに10月7・8・9日とおくんちが済むと都合よく10日はお休みというわけです。踊町の出演者をはじめ、くんちに関わった人たちが一日ゆっくりするために10日はあるのだ、と私は小さい頃からそう思っていました。これってある意味、中華思想でしょうか?(笑)今年はカレンダーまわりも上手くいき、月曜祝日となりました。祭りのざわめきも消え、今日の長崎は静かになっていることでしょう。くんちに関係したすべての皆さん、お疲れ様でした。また来年も楽しみにしています。
2005.10.10
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2005 10/9(日)こんばんは、minminです。朝から冷たい雨でした。未だに朝顔の種を取り出さず、お天気とのタイミングが合わない毎日です。(すでに葉は殆ど落ち、茶色の蔓と僅かに残った小さな葉が余計に黄昏て見えます)さて。義父がちょっと不調になったのですが、義母は買ったばかりの常備薬を箱ごと渡してしまい義父の混乱を招きそうになりました。義父は日常のクスリについても毎日「飲んだかな、まだかな」と家族に問います。義母が使っている1週間用のお薬入れを義父にも勧めるのですが、人の後から同じものを使うのはいやのようでクスリの管理はますます難しくなっていきます。せめて義母なりは…と夕食後TVを見ていた義母を急き立てて飲まなくなったクスリの整理をしました。見てみればいつもクスリを入れているキャビネットの下段、中段、上段から飲まなくなったサプリメント、以前診てもらっていた漢方医院のクスリ、その前に掛かっていた漢方医院のクスリ、耳鼻科、皮膚科、先生が怖いからと行くのをやめた内科、以前入院した総合病院…あらゆる病院の飲みかけのクスリが出るわ出るわ。それも特に分類している様子はなく、無造作にいろんなクスリ袋が混じったり封も切ってないサプリメントも沢山出てきました。クスリ袋からゴソゴソガサガサ。テーブルの上にクスリだけ出すと大きな一山が出来ました。日付を確認すると、一番古いのは平成6年。新しいのでも平成14年。軽~く世紀を超えているではありませんかっ。ひょえ~。もともと物の管理は得意ではなく、先入れ先出しなど望むべくもない人ではありますが、ここまで溜め込んでいるとは私も思いませんでした。一緒に住みだした頃、義母の引越し荷物からLダンボール一箱分のラップ類が出てきました。サイズも数もばっちり揃っていたので有難く使わせてもらいましたが、全部使い終わるのに3年かかりました。その間私はラップ類を買っていません。おしなべて何に対しても同じような傾向があるのですが、今回のクスリにはちょっと考えてしまいました。古いものも新しいものも分からなくなったら何でも全部飲んだりすることもあるのでしょうか。私も物の管理は得意ではありませんから、両親のクスリ(一体何種類あるのだろー)の管理なんてできないぞぉ~。「クスリ袋はシュレッダーにかけるから」と義母は言いましたが、ほっとくとまた世紀を超えそうなので、クスリと一緒の袋に一枚ずつ絞った形で放り込みました。何年も前のクスリだもの、プライバシーもなにもないわ。ちなみにクスリとクスリ袋を大きなゴミ袋にまとめましたが、その重さ約3キロでした。はぁ~~~。誰が出すのぉ~~~。
2005.10.09
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2005 10/8(土)こんばんは、minminです。寒露の今日は少々蒸し暑いようなお天気でした。こんな天候でも衣類の整理が済んでないので楽々半袖生活ができる私です。なはは。さて、我が家には複数のごはんがあります。まず金のごはん、これは金粉がパラパラ…ではなくただの玄米ごはんです。「朝のお呼ばれ」には何の不都合も無かった私が、お腹の張りや体重の増加で不調になったのは3年前でした。今まで陥ったことのない状況はただただ不快で、気にすればするほど症状もひどくなりました。お薬もいろいろあるようですが、効果が予測できないのは不安で外出も控えるようでは困ります。友人からも勧められ玄米を食べてみることにしました。最初は半信半疑でしたが季節も野菜が豊富な冬場でしたので、あらゆる菜っ葉の煮びたしと玄米ご飯は今まで知らなかった素材の旨さが感じられ新鮮な美味しさでした。効果もバッチリで、気持ちもすごく落ち着きました。白米の6倍の食物繊維があると言われる玄米ですが、最初は自分の分だけ炊飯用の鍋で炊きました。そのうちshinや娘達も食べるようになり、ニキビが減ったり定期便が約束されたりと効果が実感できたらしく、今でも続いています。shinの会社には社食がなくこの9月からはお弁当が3個になりました。玄米は冷めるとポロポロとなるのでお弁当には向きません。お弁当用のごはんを優先して夕食も白いごはんになることも増えました。そんな時、娘たちからは「わぁ~銀シャリだ~」と大袈裟なリアクションがでます。玄米に比べれば頼りないような噛み心地の白米ですが、それはそれで嬉しいらしいようです。一方高齢者は歯への負担を減らす目的で柔飯を炊きます。2カップのお米を2.5倍の水加減にしてお鍋で20分。お水が多いとごはんは増えるのですねぇ~。ふふふ。最近は雑穀も注目され、ヒエ・アワ・ムギ・マメや珍しいところでは赤米や黒米、キヌアなどいろいろなツブツブ穀類が豊富です。以前、お昼用にムギでリゾットを炊いてみましたが、プチプチと弾ける感じの美味しさは子供達にも好評でした。貧乏だった頃の日本ではお米が食べられなくて代替の選択肢だったようですが、最近はアレルギーの問題もあり「雑穀」という呼び名では気の毒な感じがするくらい需要も伸びているようです。金と銀のごはんに加え、今年の食欲の秋は雑穀もいろいろと試してみようかと思っています。おいしいレシピがあったら教えてくださいね。
2005.10.08
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2005 10/6(木)こんにちは、minminです。朝まで残っていた雨も昼前には上がりました。少しでも晴れてくれると嬉しいです。さて、昨日の続き。高校の話はしましたが、小学校中学校も踊町から通学する子も沢山いて龍踊に出るような子もいるのです。練習は6月から始まりますが、くんちが近づくと掃除の時間にはホウキや塵取りモップを使って龍踊ショーが始まります。くんちに出る子が指導者となり、他の生徒が練習します。いまで言うボイスパーカッションも加わり、ホウキを逆さにもって龍の列、モップも逆さにもって玉使い、塵取りは中華シンバル…。毎年こんな生活をしていれば、自然と祭りも好きになろうというものでしょう。でもここからが問題でした。私がくんちに出るにはどうしたらよいか。踊町は約60町ちかくあり、それぞれ踊りや曳物、担ぎ物、通り物など出し物が決まっいます。7年に一度当番町が回ってくるのがお約束ですが、一部の踊りやお囃子以外では大きくなった女子は殆ど出ることはありません。現在は町の中心部はドーナツ化現象でくんちの後継者も少なく、数年前にも女性が曳物に出ているのをビデオで見ました。7日は7時から地元民放局が奉納踊りを生中継します。その録画を見ながら、「あ~生まれるのが20年は早かったか」と残念な気持ちになりました。それで、その頃考えた事と言えば。普通にしていてはくんちには出れません。3つばかり方法を思いつきました。プラン1はとっとと結婚し、子供を諏訪幼稚園へ入れる。(諏訪幼稚園は諏訪神社の中にあります)諏訪幼稚園の子供はくんちの時はお稚児さんとして行列を組みます。お母さんもお稚児さんのお世話係で行列の後ろにつきます。これでもくんちに参加したことに、なるか…。プラン2。結婚して踊町に引越し、成長した子供をくんちに出してもらう。これも結婚と出産が条件ですが、自分が出るわけではないのでプラン1より更にくんちが遠くなります。プラン3。これは受験に失敗したら長崎検番の門をたたき、芸者になる。ピアノや声楽とは少々枝が違うかもしれませんが、芸の道に精進し晴れて芸者さんになる。踊町とは別に検番のきれいどころは毎年お囃子と踊りを奉納します。踊り馬場の石畳の上に新調の黒留袖で直に座って芸を披露する姿はもう「心意気」の世界です。う~む。今の私にはこれが一番よい方法かもしれない。自分を磨いてくんちに出る(もう出れると決めていた!)のは、すばらしい事ではないか。もう私はこのプランしかない、と思いました。ちょうど受験のシステムが一変する年に当たったので、担任も先が読めず必要以上に滑り止めの受験を勧めましたが、頑なに第一希望一本を通したのも「検番」の存在があったからかもしれません。ところがどうしたマグレかお情けか…。希望校へ合格していまい、喜ぶ周囲へ「検番」とは言い出せず、プランとは違う人生を歩み始めたのでありました。もしあの時、ブラブラ節の愛八さんのように芸の道へ進んでいたら…。きっとminmin姐さんminmin母さんと呼ばれ、毎年踊り馬場でお囃子を奏でていたかもしれません。あ~人生ってわかりませんねぇ。例年踊町は7町がお約束ですが、今年の出し物は5つだそうです。やはり街中の人口が減っていることもあるのでしょうね。明日の長崎のお天気はどうでしょうか。ちょっと暑いくらいのお天気がくんちに似合います。そして、くんちが終わると長崎の秋は一気に深くなるのです。今年のくんちについて、もっと知りたい方はこちら.
2005.10.06
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2005 10/5(水)こんばんは、minminです。今日は一日ヒンヤリした雨が続きました。こんな日は一気に季節が進むようです。さて、10月7日~9日の三日間は長崎の一大イベント、諏訪神社の秋の大祭~長崎くんち~が行われます。映画のタイトルにもなりましたが、長崎ぶらぶら節という民謡があり「♪長崎名物、ハタアゲ、盆まつり…」と冒頭でも歌われていますが、長崎人にとって、春のハタアゲ、夏の精霊流し、そして秋のくんちはとても大きな季節の行事なのです。ハタアゲと精霊流しについては以前の日記でも触れましたので、今日は長崎くんち。長崎へ行ったことがない人でも「こっこでしょ」や「龍踊り」などはTVでみたことがあるかもしれませんね。他にも「川舟」や「オランダ万歳」「南蛮船」などなど各町の出し物があり数年に一度、順番が回ってきて、3日間出し物を披露するしきたりです。本番は7日からですが10月の声を聞くと街中もザワザワと浮き立ち、「庭見せ(にわみせ:出演者の衣装や出し物などを古い商家の中庭などもディスプレイしながら披露します)」「人数揃い(にいぞろい:本番を前に最後の仕上げをかねて演技の披露です。ガラ・コンサートみたいなものでしょうか)」とプレイベントをこなして、7日を迎えます。出し物はまずは諏訪神社に奉納するのがしきたりですから、7日は朝7時から諏訪神社の階段下(踊り馬場)で背中に朝日を浴びながらお披露目です。一つの演目が終わるたびに客席からは「もってこ~い(アンコールの意味)」の掛け声がかかり、一旦は神社の階段を下りかけた出演者達も二度三度と引き戻されます。この祭初日の諏訪神社には沢山の見物客があふれますが、長坂と呼ばれる階段は無料の見物席ですので数日前から座り込んで座席をキープする元気な若者達もいれば、その横には斜面を利用して桟敷席が組まれますので「大人」になるとチケットを購入し、お重に詰めたご馳走やお酒などを持ってゆっくりと観覧するのです。今日のタイトル「10/7 朝7時の諏訪神社桟敷一人分あります」は高校の同窓会MLで今朝まわってきました。一桝4人分の桟敷席を購入したようですが、一人が急用で行けなくなりどなたか一緒に見ませんか…という内容のメールでした。どうやら県外の方らしく急いで連絡してほしい様子でしたが、すぐに名乗りを上げた同窓生がいたらしくお礼のメールがまわってきました。私の母校は諏訪神社のすぐ近くですし踊町から通学してくる生徒も多いので、くんちと言えば血が騒ぐのです。以前は7日になると先生方がハンドマイクを持って「○○高校の生徒は学校へ行きなさ~い。もうすぐ授業が始まりま~す」と長坂まで迎えに行っていたとか…。それぐらい祭り好きが揃った学校でした。私もそんな環境にいたのでくんちには是非出てみたいと思い、どうしたら出れるか真剣に考えたことがありました。この続きは、また明日。
2005.10.05
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2005 10/4(火)おはようございます、minminです。朝顔の種を採りださず、半ば枯れた蔓が曇りの空とあいまって妙に淋しい朝です。何だか仰々しいタイトルになりましたね。lemidoriさんの日記を読んでいて、ツルツルと繋がって出てきました。合気道は相手が攻めてくる力を利用して敵を倒す、どちらかと言えば守りの武道でしょうか。弟が小学生の頃、道場へ通ってました。でもその頃の彼は体を動かすのが苦手で合気道も自分から進んで始めた訳ではなかったようですが、近所の同級生のお父さんが師範だったこともあり、毎週日曜日の稽古は師範のバイクの後ろに乗せてもらって何とか通っていました。もう一つの引力は道場の隣が県立の図書館でしたので、帰りはそこでめイッパイ過し本も借りてこれる、これも彼にとっては非常に魅力だったようです。「強くなりたい」「上手くなりたい」といった向上心のようなものはあまり無かったようであるものの、それでも4~5年続いたでしょうか。上級生にからまれて仕方なく技を使ったこともあるようでした。そんなある日、我が家に空き巣が入りました。私が帰宅すると、すでにいろんな処置は済んだ後でしたが家具のアチコチに例の白い粉が付いていたのを覚えています。「ばかだよね~。ウチには何も取る物なんてないのに」と母はいささか興奮を引きずりながらも笑っていました。ホントにおバカなドロボーさんで、台所のガラス戸を割っていたのですが、普通は割った所から手を入れて鍵を開けますよね。でも戸は閉まったままで、ギザギザのガラスの穴から出入りしたらしいのです。更に冷蔵庫の牛乳を飲んだ形跡。そして取っていったものは、弟の合気道の胴着一式でした。(新築したばかりの我が家でしたから、な~んにも無かったはずです)胴着が無ければ通うこともできず、暫くは稽古も休んだように覚えています。ところが後日、取られた胴着が出てきました。ナゼ合気道の胴着を取ったのか。ドロボーさんは小さい頃、柔道だか合気道だかを習いたかったらしいのですが、いろんな事情で出来なかったとか。それで、牛乳を飲んだあと子供用の胴着を見つけ、とても欲しくなり失敬したそうです。別件で捕まり余罪を追求されるうちに我が家の事も分かって、あるコインロッカーから弟の胴着が出てきました。父の親友が県警の鑑識さんだったのでちょっとだけ詳しく事情も知ることができたようです。そんなこんなで弟の手元に戻った胴着ですが、その後彼が稽古を再開したかどうか、私には思いだせません。空手は長女が小中と稽古に通いました。およそ武道とは対極にある娘でしたが、クラスの男子に誘われたのがキッカケだったように覚えています。小学校の体育館を借りての稽古でしたので歩いても行けたのですが、毎週木曜日は胴着を着て拳サポをつけ自転車を飛ばしていました。寒い冬の素足は冷たかろう…と義母は心配していましたが、受験生になるまで続き最後は何とか茶帯までいきました。でも低学年の時の文集には「ヤワラちゃんのようになりたい」と書いていたので、ひょっとしたら格好は似ているし得意の勘違いモードだったかもしれません。その空手の大会が行われる県立の武道館で弓道の装束を見て、転機が訪れたようです。進学した高校にも弓道部があり、あれこれ他の部活にも気持ちが揺れたようですが、晴れてナンチャッテ弓道部員となりました。空手はお道具も胴着と拳サポぐらいで、昇級した時に帯を新しく購入すればよかったのですが、弓道は一式揃えさせられました。胴着・袴・足袋は勿論、矢筒・矢…など細々した物を揃えるとフ~って感じでした。代々行きつけの弓道具店があり胴着・袴も採寸して作ってもらったのに、いざ自宅で試着してみたら袴が長い。もともと小柄な娘ではありますが、成長を見越して…という訳でもなさそうだし「裾上げしようか。でも一度お店の人に相談してみてね」と、後は娘に任せました。慌てて裾を切ったり上げたりしなくて良かったです。同姓の一年生がもう一人いて「私の袴、短~い」と部室で騒ぎになり、弓道具店の渡し間違いだったことが分かりました。それにしても、お姫様ドレス状態の袴は笑えました。更に、彼女はなかなか袴の前後を覚えられず着付けにも手間取っていたらしいです。高校3年間ナンチャッテ部員らしく、そこそこの練習、そこそこの試合出場をこなし、晴れて引退。矢筒は自分の部屋の隅に立てかけてあるようですが、胴着一式はそういえばどうしたのだろう。洗濯した覚えは、足袋以外ないような…。部室のロッカーにおきっぱなのでしょうか。あら~ごめんね、lemidoriさん。せっかく「凛々しい袴姿」のTBだったのに、締まらないお話の連続でしたぁ。どうも我が家のDNAは武道向きではないらしいです。
2005.10.04
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今朝起きると、いつものように長女の部屋の照明がついてました。「あぁまた、つけっ放しで寝たのね」毎度の事ながらどうして電気を消して寝れないのか理解できません。洗面をしていると「おっはよ~」と目覚めた声が背後でします。顔を上げ鏡をのぞくと、朝に弱い長女がかなりの覚醒モードで写っています。「どうかしたの、具合でも悪い?」と母が聞けば「失礼ね。私でも早起きぐらいできるわよ。今朝は3時半に目が覚めたからそのまま起きてたの」「ひょえ~~~」目覚まし2個、携帯、妹、とあらゆる手段で起こしても「うん分かってる」と言ってまた横になり2度寝3度寝をする娘ですから、今朝の行動には少々ビックリです。が、よく考えてみると3時半に起きれたということはとても早く寝たってことよね、受験生。まあいいわ。「あ~お腹減った」と言いながらshinと一緒に6時には朝食を済まし、7時には登校しました。出掛けには「あ、お風呂も洗っといたからね」だって。う~~~ん、夢の中で何かあったのだろーか。ナゾ。一方寝起きが人一倍悪いのは次女です。はっきり言ってコワイ。幼い頃は寝つきも寝起きも良く、起きたらぱちっと目を開けて「マンマ~」。もう少し大きくなると「パンパン(パンのことです)くださーい」が「おはよう」の代わりでした。それが最近は声をかけても返事もろくにせず、ブスッとしたまま食卓につきます。さすがに私も切れて「もう少し普通に降りてらっしゃい」と叱ったこともありますが、さわらぬかみになんとか…って感じでしょうか。さて私の寝起きは普通、のつもりでした。でも朝早くは頭が働かず、まず携帯のアラームが鳴った時点で「えっと今日は何曜日?予定はなんだっけ」と暫し考えなければいけない毎日です。あ、これは寝起きではありませんね。どれだけボンヤリしているか、ですね。夕食後、「明日も早起きしてね。今日はお風呂も洗ってくれて助かった~。チュッ」と長女に言っておきました。とっとと朝食を済ませ、とっとと出かけてくれるのは大変ありがたい。おまけにお風呂の掃除までしてくれれば、母は感謝の言葉もありません。さて、明日はどーなるでしょうか。
2005.10.03
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2005 10/3(月)こんにちは、minminです。夏日の昨日に比べたら涼しい月曜日でした。昼食の後のまどろみからゆっくりと起こしてくれたのは、ホーミーの声でした。ホーミーは二つの音を同時に出すモンゴル独特の発声だそうです。午睡の後のボンヤリした頭で見るTVの中では宇宙飛行士の野口聡一さんに似た男性がモンゴルの民族服を着、女性が奏でる民族楽器の伴奏で歌っていました。どうやらホーミーの部分は歌詞ではなくボカリーズ風で、ちょっと機械的な感じさえする和音はとても不思議な響きでした。次のモンゴル語の歌詞の部分は対照的に早いパッセージで歌っていました。人間の声帯でこんなことができるなんて、すごいですね。私の弟のブログでもホーミーについて触れていたのですが、彼は先日、市民オケでソプラノの中丸三千繪さんの歌伴があったそうですが、中丸さんの歌声も近くでは倍音が聞こえた、と言ってました。モンゴルから青森へ来たこの人たちは、暫く日本に滞在しながらモンゴル文化を紹介しているそうです。ホーミーもモンゴル民族楽器も人工的なホールより青空の下、緑の草原の上が似合うように思います。そうそう、短い時間ですが○ニクロのCMでホーミーを聞く事ができますよ。ウィ~ン、ヒュイ~ンと不思議な余韻のCMです。---------*猫通りさんのコメントにある、渡邊満喜子さんのインタビューページはこちらです。
2005.10.03
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今日は書きたいことがいっぱいで。午後と聞いていた国勢調査の回収はお昼前に来ました。一応記入はすんでいたので別に構わないのだけど、「あら午後から回収って聞いてましたけどぉ」と一応軽~くね。「え、えっとそうでしたか」と気の毒なほどうろたえる回収人、いえ調査員のおじいさんはビーサンにジャージで「国勢調査」と大きく書かれた紙袋を持っていました。今考えれば「二日午後」と聞いたのも義父ですから正しい情報だったかどうか、定かではないのよね。おじいさん、ごめんね。普通は私、気が弱いのだけど今日は暑かったし。でも千葉だったかしら、調査員の人が調査票をひったくられたことがあったでしょ。「国勢調査」バック持ってれば何してるかすぐ分かるし、中味は究極の個人情報でしょ。もし襲われたらビーサンで走って追いかけられる?やっぱり無理っぽいか。次回の国勢調査は調査員の平均年齢も少し下げた方がいいと思いません?足が速い人とか、武道が出来る人とか、顔がコワイ系の人とか…。あら、余計なお世話でしたね。
2005.10.02
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PCの前に座っているだけで汗ばむ午後で、おやつのアイスを買いにでました。すぐ近くにあるナンチャッテコンビニはずっと昔から個人商店だったのですが、最近大手パンメーカー系列の準コンビニになりました。今日は店先でかわいい呼び声が響いていました。この店のお孫ちゃんやお友達が売り子さんになって、陶器を売っています。「いらっしゃい、いらっしゃい。どれでも50円でーす。イッパイ買ってね~」と売っているのはお友達のお父さんの関係の商品だそうで、売上は子供達のおやつ代になるとか。なぜか某有名デパートの値札が付いている陶器で大きなプラのカゴに4つほどの量が店先に広げられています。子供達は売り子さんと会計さんと商品包み係を汗だくでやってました。「フリマの経験が役にたったわ」と見守るお母さんが笑っていましたが、子どもたちも楽しそうでした。アイスを忘れて、来年の夏に使えるような(このへんが50円の所以なのね)お皿と蕎麦猪口風カップ、それに茶色のポットを買いました。早く新しいPCが欲しいな~。お写真で1個50円也の食器を自慢できるのに~。帰ってから気が付いたこと。この食器、どこにしまうのよ。食器棚はもう一杯なんですけどぉ。
2005.10.02
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2005 10/2(日)こんにちは、minminです。今日は真夏日です。洗濯物がよく乾きましたが、30度はさすがに暑いです。さて昨日はスーパーの特売日で大賑わいでした。鮮魚コーナーでは鯵が一匹100円。養殖ながら鯛も一匹600円でした。(ウチの会社はバカだよ、って鮮魚売り場のおじさんが呆れてました)昔の養殖鯛はギトギトして食べられませんでしたが、最近のは味も見かけもよくなりました。鯵6匹と鯛が同じ値段なら、やっぱ鯛でしょう。3枚におろしてもらい(皮をひいてね、と言うのを忘れてはいけません)あらも勿論いれてもらいます。(頭は二つに割ってね、と言うのを忘れてはいけません)あらから出るお出汁は上品でとても美味しいので、お刺身もさることながらお澄ましも家族は大好きですし、また義母は頭をむしるのが好きです。頭の部分はコラーゲンたっぷりって感じでツルンとしていますが義父もshinも面倒なことは嫌いらしく、むしるのは女性ばかりです。お澄ましも多めに作ったので、片付けの時に「明日の昼はこれでおうどんにしよう」と一人つぶやきました。そしたら、外出予定のある娘達から「ずる~い。私達いないのにぃ~」とブーイング。そばにいたのを気が付かなかったわ。そうか、二人とも出かけるのだった。私も仕事だし。どうしよっかな~。「よし、3人で朝食べよう。でも起きてこられなかったらまた今度ね」そんな訳で今朝は3人で朝うどんでしたぁ。ネギをたっぷりいれて美味しかったな~。
2005.10.02
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2005 10/1(土)こんばんは、minminです。今日から10月ですね。日差しと風がちょっと強かったですが、爽やかな一日でした。さて、先日から懸案のTVとPC。今日はshinと量販店に行ってみました。我が家の近くには電気関係の大きい量販店が二つあります。春先までもう一軒ありましたが、半端な価格設定とアイテム数に負けて撤退しました。最初は先発店のY電機。4月にオープンしたN島に押されている様子でしたので、あまり期待はしていなかったのですが…。まずPC担当者が近づいてきて商品の説明を始めました。聞きたいことはいろいろあったのですが、私のど素人質問にも丁寧に答えてくれました。ウイルス対策もちょっとお得な情報を教えてくれたりして、なかなかポイントが高かったです。(ただ声も高く、聞いていてついつい口元に目がいったりして)PCとプリンターでの見積もりも出してくれ、大きく気持ちも動きました。TVの担当者も感じがよく、地上デジタルについても詳しく説明してくれました。なにせ82年製のTVを見ているのですから、どの商品を見ても目移りがするのですが、なかでもディー○というDVDプレーヤーにはびっくりしました。VHSも再生できるタイプですが、テレビ番組ガイドがボタンひとつで表示されたりビデオやディスクを使わなくても録画できちゃうのには、shinも私も浦島太郎状態でした。でもやはり比較してみないとね。どっさりカタログを貰って次はN島へ。PC売り場を歩いていると、きれいなお姉さんがニッコリ笑って近づいてきました。 ついさっきY電機で聞いてきたことを、もう一度尋ねてみました。(ちょっとイジワル?)「え~、少々おまちくださいね」→聞きに行く。「えっと、(カタログを調べながら)すみませんお待ちください」→聞きに行く。Y電機の1/10も答えられないお姉さんにビックリしがっかりし…。価格的には大きな違いはありませんでしたが、やはりスタッフの専門力は優先度が高いかな~。明日、もう一度カタログを見ながら検討して決めようと思います。
2005.10.01
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