2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全6件 (6件中 1-6件目)
1
ノリノリは2つ程内定を貰って仕事が選べる状態になったが、どっちが良い仕事か、というよりはどっちがマシな仕事か、という選択肢になっている。それを考えるだけでまた、は~っとため息が出てしまう。来週からどこかで働き始めることになるが、初給料まで2週間、それまでどうやって生き延びよう、という不安と疑問が私の中にある。考えても結論はでないのだが、考えないとこのパズルを解くことは決してできない。色々なことは行き当たりばったりで済むのだが、お金ばっかりはそうはいかないのだ。ここで明るい話題を探そうと思えばゆーゆーのことであるが、こういう日に限ってゆーゆーは私に複雑な思いをさせる。お風呂の栓についているチェーンが外れて、落ちていた。その鎖を手に掛けてゆーゆーは正座し、壁に向かって「なんも~お~えんえお~」(なんみょうほうれんげっきょう)と唱えてくれた。かわいいんだけど、これもまた私の中からため息となって生気を奪っていくのだ。体の力を抜きたいけれど、こんなことも油断ができないと、ついつい神経を張り詰めてしまう。そんな時もっと楽な生き方を思い浮かべようとするのだが、悲しいことに私は自分の「芯」を忘れられるほどやわらかい生き物でないらしく、頑なに「芯」が辿るべき道について考えてしまうのだ。
January 31, 2007
コメント(8)
波に乗ってきたのか、ノリノリの就職活動の勢いが半端ない。最初からそのくらい頑張ればいいのにって言う言葉はさて置いて、面接後のフォローアップの電話もきちんと行ったり(昔はそれさえもしなかった)、だめもとでも自分の希望の職種に応募して面接を勝ち取って見たりだの、あれよあれよという間にオファーが舞い込んできて「フルタイム就職活動」に花が開いている。頑張った分だけ結果がでるっていうのをやっと実感したみたい。あぁ、よかった、よかった。自分のことのようにうれしいし、そんなノリノリが誇らしい。前回の悲壮な日記を読み返すと自分でもなんだかこれでいいのかな…って思ったりしたが今日のノリノリを見る為に私はあの時を抜けてきたんだ。辛いときのことを書いて記録に残したけど、これからはもう去年のことは忘れられますように。
January 27, 2007
コメント(8)
→ 昨日の骨抜きになったノリノリからの続き→次の日私達は家族3人でゆーゆーのベイビーシッターさんの所に挨拶しに行った。個人的にも仲の良い私達に彼女は「最近どう?就職どうなった?」と聞いた。嘘のつけない私は「私達別居するんです。」と決意を表明した。ノリノリは横で口を噤んでいた。泣きながら経緯を語るとノリノリの友達でもある彼女は彼にびしっと発破をかけて、彼を励ました。悲しそうな顔を見る度「別居した方がお互いの為なんだ」と言う意志が強くなり、彼女に言われてうんともすんとも言わない彼を見て辛くなった。私はもう明日にでも家を出て行って貰おうと考えていたが、彼女がうまく取り持ってくれて今月一杯頑張って職を見つけたら、見逃してあげよう、あげれるよね?と期限をつけた。私ががみがみ言うと相手のやる気を殺ぐかも知れないから、口出しをしないであげて。あと半月しかないけれど、彼だって家族が大切ならきっと出来るよ。その後家に帰るとノリノリはずっとお経を上げていた。目くじらを立てて就職活動を始めるのかな?と思っていたので心外だったけれども、これで彼の集中力ややる気が出るのかもしれないと思って黙ってゆーゆーと遊んでいた。次の日も彼は朝からお経をして、お昼ご飯になって最近近所に引っ越してきた仲の良いT・T夫婦と食事をした。家に帰って少し休んでから彼は学会のミーティングがあるといって晩御飯の後に出て行ったきり真夜中まで帰ってこなかった。帰ってきたらお経をした。そして次の日もお経を上げ続け、私がゆーゆーと友達のJosephのところに挨拶に行くから、というのに付いてきたいといい、行かなくていいんだよ?と主張しても付いてきた。そして、訪問が終わった後、また学会のミーティングに行った。我慢は頂点に達していた。あの態度はなんなんだ?就職活動をしないと言うのは別居したいと言われているのと同じようなことだとしか思えない。私は彼の宗教に反対していない、お経をするのだってダメだと思わない、でも就職活動なくして就職できるわけないだろう!別居して、離婚して、新しい生活を始めること自体は悪くないかも、と考えていたけれどあの何もしない彼が、彼自身が今変わらなくて、いつ変わるのだろう?私は努力した、でも彼は私の努力に甘えてきた、じゃぁ誰が彼に、今はお経だけで縁起担ぎしてる場合じゃなくて汗水たらして一瞬一瞬頑張っていかなければいけない時だと、教えてくれるのだろう。今彼が頑張らなくて変わらないまま私が受け入れたら一生私は今の思いを持ち続けるだろう。そんなのは嫌、私は人に甘えない人と一生を過ごしていきたい。私は別れてもいいけど、と思いながら彼に実際一番近い人々のことを頭に思い浮かべた。そうだ、彼には10数年のお付き合いの「お母さん」と呼んでいる人がニュージャージーに住んでいた。彼女なら、あんたしっかりしなさい、もっと頑張れるでしょう?と彼に一言言ってくれるんじゃないのかな?と考えた。彼の友好関係は乏しいけれど、そういうときの為の学会の人脈でしょう…自分を失っている彼に彼のことを心配してくれる人から少しでも励ましの言葉をあげて欲しい。私が彼女に電話をして経緯を説明して、彼に何か言葉を掛けてくださいと頼むと意外な答えが返ってきた。「彼は過去数年ミーティングに出てこなかった。運を使い果たしたのよ。仕事辞めたときだって、え?っと思ったし、ミーティングでなさいとは言ってきたし。彼に言うことはもう無い。今はみXXちゃんが(私)彼の就職が決まるようにお経をあげてよ。」さっぱりわからなかった。彼の境涯(宗教用語?性分)が変わらなければいけない時に私が彼の就職が決まるようにお経をあげる、というのはどういうことなのだ。じゃぁ仮に私が一生懸命祈ったとしてそのご利益で彼の就職が決まったら、また彼は私の努力に便乗するではないか。何の躊躇もなく真っ直ぐに伝えられたそのリクエストに戸惑って苦し紛れに「ん…でもそれで彼の就職が決まったら腹が立つ。」と答えると「でも、彼の就職が決まらないのは彼だけの問題じゃなくてあなたの問題でもあるでしょう、困っているんだから。自分の問題を乗り越える為にお経があるし。」分からない。彼が変わらないのは彼の問題で、確かに彼がぐうたらしているのは私の問題でもあるけれども、私はそこまでして彼と将来一緒にいたいのかな、と考えた時、いや彼のこんなぐうたらな境涯と共に暮らして自分の人生を蒙るのはごめんだと、彼の問題を治すのは私の生涯の課題ではない、と結論はこの数日でもう出ているのだ。私が彼女から欲しい言葉は私のことじゃなくて…あなたをお母さんと何年も慕ってきたうちの旦那に対する言葉なのに。あきらめて電話を切った。確かに本当の親ではない。でももし本当の親だったらこんなむごい対応は無いだろう。愛情あって、怒りも激励も生まれるのではないか。彼に言う言葉はない、ってそんな冷たい対応があるのか、私がお経を唱えるのは彼女から彼への愛情に匹敵することなのだろうか、とにかく、私が勇気を出して彼女にわざわざ電話をして助けを求めたことは予想外れの結果となって、ノリノリがかわいそうで仕方なくなった。別居するまで伝えたのに、彼女は彼の幸せを実際それほど望んでいないのだろう、と受け取った。結局、今私にとても近い存在でもある先に書いたT・T夫婦の奥さんの彼女がノリノリに私の気持ちや頑張る為の気持ちの持ちようなどを説明してくれて、彼は随分気を取り直して家に帰ってきた。彼らも学会の人だ。何を話したのかよく知らないのだが、私が電話口でショックを受けて泣いていた時間、彼らはきっと密度の濃い話を重ねて、ノリノリはいよいよ「目くじらを立てて」就職活動を始めた。不思議なもので、元気に頑張っているノリノリを見ると私も元気が出てきて、じゃぁこれもやってみようか、がんばろうか、とやる気が出てくる。彼のことを信じたい、と意欲が沸いて来る。あとX日でお別れかもしれないね、とキツイ冗談を言いながら心で絶対大丈夫、これからも頑張ろうね、と言っている私がいる。
January 25, 2007
コメント(6)
骨抜きになってヘドロになっていたノリノリはあれから私の友達に正されてしゃきっとするようになった。別居宣告をされてその期限の間になんとか就職をしようとようやくやる気がでてがむしゃらになって頑張るようになった。多分、期限以内にどういう形でも働くことが決まるであろう。日本から帰ってきてノリノリと話した時、彼は約束の「トレーニングを終わらす」ということをしていなかった。無職になり数ヶ月が経ち、就職活動をぼんやりやっていた彼は、生活費が無いと私が泣いて怒るまでバイトも始めなかった。やっと始めたバイトはダンキンドーナツで、時給6ドル50セントというファーストフードと言えばまぁ当然の賃金で、働く分だけゆーゆーの高い保育園代が超過して私は口を噤んだ。もう一つバイトをすればいい、と私は言った。何はともあれ、始めたのは彼の責任だからすぐ辞めて欲しいと思わなかった。が、あまりにも赤字が進むので何かマシなものでいいからして欲しかった。フルタイムで申し込んだバイトをパートにしてもらって(何故フルで申し込んだのか私は納得できなかったが、パートだと雇ってもらえないと彼は主張した)、給料がもう少しマシなところでまたパートをすればいいじゃない。数日後彼が思いついたのは昔の知り合いが働いているレストランでウエイターをすることだった。「昔の…」と言う発想はいかにもノリノリらしく安直だと思ったが彼が主張するので自分を抑えた。レストランが嫌で辞めたのにレストランでまた働こうと思うなんて到底理解できることではなかったが、とにかく彼のやる気を信じることにした。彼は面接に行き、パートを掛け持ちしたら良い、という私のアイデアもさっぱり無視して、ダンキンドーナツをさっさと辞めてしまった。一体何を面接を話したの?と問いただすとフルタイムで働くと向こうに言ったから、と言う。これからのお給料はどういう仕組みでいつ貰えるの、フルタイムっていつからそうなるの、と基本的な質問をすると彼は「いや最初に働く日にそれを聞いてくる…」と答えた。なぜ面接の時に聞かないんだ、とこみ上げる苛立ちを抑えるべく、私はそれからノリノリとの会話を減らしてオンラインゲームに熱中することにし、働き始める日を待った。働き始めてからしばらくして、私が泣いて机を叩いていい加減にしてくれ、と叫ぶまで彼はお給料がいつもらえるのか、時給が幾らでいつからどうチップが貰えるのかでさえも聞いてこなかった。結局フルタイムで働くと申し出たものの、最初は「トレーニング期間」ということで週4日4時間のみの勤務であった。ダンキンドーナツを辞めたことを責め立てたかったが、彼は「僕はこの仕事に専念したい、そうでないとこの先もきちんと出来なさそうだし…」と主張した。どうしたらトレーニングが終わるの?と聞くと「スケジュールを終えてテストをパスすればすぐさ」と自信ありげに答えた。テストは簡単なものではなかった。高級レストランなので基準が厳しく、メニューの中身、リカー・ワインリストを含めた原材料などを全て丸暗記しなければいけなかった。彼は生涯丸暗記などしたことがなかったのでかなり怖気づいていた。こんなことも手取り足取り教えなきゃいけないんだなぁ、とあまりにも頼りない旦那に愕然としながら私はそれでも丸暗記の仕方を教え、自分でも一緒に覚えてあげて、ノリノリも調子をつかんでどんどんメニューを覚えていった。テストは前菜、メインコースなどのセクション別で5,6個に分かれ、トレーニングが終わることを信じて週に1個のペースで彼は受けていった。それから約一ヶ月が経とうとし、クリスマス前の私とゆーゆーの日本への帰国が迫ってきていた。トレーニングが終わっていないチップ無しのノリノリの給料は一週間$100を切り、ゆーゆーの保育園代は週2日で$136、それだけでも苦しいのにノリノリは時間がある分「牛乳が…卵が…肉が…」と買い物に行く度お菓子だの、雑貨だの余計なものを買ってきて私は怒りを通してあきれた。私は既に自分の両親に泣く泣く生命保険代などの大きな出費を助けて貰っていた。彼のお金の使い方には我慢が出来ず、クレジットカードも現金も全て取り上げた。テストは残り一つとなっていたので私達が日本で過ごしている間、ノリノリはトレーニングを終わらせてしっかり働いてお金を稼いでいるように、と約束した。今まで赤字になった分きちんと蓄えて、来年またきちんとした就職が決まるまで持たせよう、と明るい気持ちで彼を励ました。就職活動が一番だけど、とにかくトレーニングを終わらせて…。だから。アメリカに帰ってきた夜、まさかとは思っていたけどノリノリがテストを結局受けず、レストラン側が以前の経歴を考慮して一ランク上のポジションをオファーしていたのにも関わらず、テストを回避してトレーニングを終わらすために「もっと簡単な仕事にしてくれ」と頼んだと聞いて、頭が真っ白になってゆーゆーを彼の腕から取り上げて部屋にこもって泣いた。日本にいた時、私は彼の弁護をするのが大変だった。私の両親はとても堅実で努力をして生きてきた人々なので、彼の就職活動の仕方や態度について理解できないことが沢山あった。彼らが「何でXXさんは(ノリノリ)…しないの?」「何でXXできないの?」と思うことは既に私の疑問でもあり、その度「あの人はちょっとつかみが遅いんだけど努力してるし…」とか「トレーニングを終わらす約束だから今はお給料少ないけど大丈夫」とかとにかく「あの人は大丈夫、やれば出来る人だから」と説得し続けた。彼の実家にゆーゆーと二人で行った時も「あの人は今無職で残念ながらこちらには一緒に連れて帰れませんでしたけれども、トレーニングを終わらすために一生懸命頑張っていますから、大丈夫です」とご両親にいかに彼が頑張り屋で優しいお父さんをしているか一生懸命説明して、浪費癖があって困ってるとかそんなことは一言も言わないように気をつけた。あの人はそんな私の気遣いも全て無駄にしてくれた。泣いてる私を見てゆーゆーはいい子、いい子、と頭を撫でてくれた。色々考えてみたけれど、これはもう別居して家を出て行って貰えば彼も自分で生活する為に必死に働くのではないだろうか、と思うようになった。次の第二の母だと思っていた人に続く
January 24, 2007
コメント(2)
2歳半になった男の子のゆーゆー。一応記録として、そして他の子供ってどんな風になっているんだろう?というそんな人々の気持ちも考慮して、思いっきり親ばかだけど、今のゆーゆーが出来ることについて書こうと思います。★取りあえず自慢ばっかりもなんなのでゆーゆーが出来ないことについて1.ゆーゆーは言葉をまだはっきりしゃべれない。英語と日本語両方で育っているからだと思うんだけど、同じ年のアメリカ人とも日本人とも比較しても遅いと思う。単語は言えるけど、長いセンテンスになると何を言っているのかさっぱりわからない。英語発音、日本語発音が頭の中でごっちゃになっていていまいち声に出す音がつかめていないらしい。人が言っていることはどちらの言語でも殆ど理解しているが。2.ゆーゆーは体重がとても軽い。アメリカ人平均より30%以下。日本人の子でもきっとこのぐらいの子は12-13キロはあるんではないだろうか?ゆーゆーは11キロいったかいかないか、背丈は普通だけど小さすぎる!ご飯は一杯食べるのだけど、すぐうんちになって出てしまう…ついでに体がすごく筋肉質。3.ゆーゆーはおむつ卒業からまだ程遠い。トイレに行くことは知っている、トイレで何をすべきかしっている、時々トイレに行きたいと言う、けれども自分がいつトイレに行くべきなのか良く分かっていないのだと思う。おしっこもうんちもまだ頻度が高いのでいまいち決め手がないのかな。保育園でトイレにちゃんといける子もいるみたいなのでうすうす焦ってはいるみたい。4.お気に入りの毛布から卒業できないし、眠いときの指しゃぶりはまだ卒業できない。束縛される時間は既に随分短くはなってきてるけど…出っ歯ですよ、出っ歯!5.箸はまだ使えない。そろそろ同じ歳でも使える子がいるのが気になるところ…★子供自慢・2歳半ならこんなことができます!1.ゆーゆーは歌を既に沢山覚えていて、歌える。ABCの歌は随分前から、他にも手ぶりつきでおべんとうばこの歌、Happy Birthday、機関車トーマスにでてくる10曲ほどの歌、アンパンマンの歌とDVDに出てくる歌、童謡えほんの歌、を歌詞も覚えていないものもあるけれど、大体既に歌詞付きで覚えている。それらの歌が彼の鼻歌となってもでてくるし、DVDで流れると一緒になって歌っている。はっきりいえない言葉もたくさんあるけれど、ABCは言えるかな。おべんとうの歌とか歌うと「おじにり、おじにりちょっととまち~(おにぎりおにぎりちょっと詰めて~)」とかなってかわいいかも。2.ブレークダンスをする。Black Eyed PeaとかUsherなどのヒップホップ系の音楽ですごく気に入っている曲があって、それらの曲にあわせて踊る。それもただ体を動かすとかそんなもんじゃなくて、体をちょっと動かしたかな、と思うとひょっと飛んで地べたに這いつくばって着地、手で体を支えて足を上げ、また着地した後起き上がったりでんぐり返しをしたり、くるっと回ってみたり、、、しかも曲自体を覚えているので曲が止まるとこ、リズムが変わるところでポーズをつける。最初見たとき私は空いた口がふさがらなかったよ~!確かにダンスをよく一緒にしたけれど…ブレークダンスは教えてないよ!昔シッターさんの家でUsherのライブビデオを見たのは知ってるんだけど…。*注釈:家には今テレビがないのでパソコンで子供のDVDを見る意外映像を見せるチャンスがない。3.小さい子にやさしく、他の子供とどう遊べばいいのか知っている。私が他の子連れの友達と会ったり、どこかの場所で他に子供がいた時にゆーゆーはその子を年下か同じくらいの歳か、年上かを判断して、小さい子であればおもちゃを貸してあげたりハグしてあげたり、真似をしてその子の気を引いたりして相手の心をほぐすことができる。(どこで覚えたんだろ、すごいなぁ~)同じくらいの歳の子とかに会うと、相手が持っているおもちゃにすごく嫉妬して取り上げて喧嘩する。でもいったんおもちゃを離れると一緒に走ったりとか万歳と奇声を発して威嚇しあったりとかして楽しそうに遊ぶ。相手に突き飛ばされてもやり返したりしない。年上の子と会うと結構緊張するらしく、相手が触ってる公共のおもちゃなどを相手が使い終わるまで端っこでいじいじ待っていたりする。でも一旦相手が一緒に遊んでくれるとなるといい子分となって一緒に走ったりなんだりして遊ぶ。基本的にシャイじゃないんだろうな。しかし!同じくらいか年上の女の子に「あ!ベイビー!」と愛情たっぷりに近寄られると顔を背けて「女には興味ねぇっ」みたいな顔をして相手にしないときがある。ちょっと不思議。4.ゆーゆーは言うことを聞く。基本的に本当に危ないとか迷惑になって良くないとき以外には私は注意しないので、止めて、と頼んだときには必ず止める。一歳になる前からして欲しくないことをゆーゆーがしたときは「これはxxxxで危ないから止めようね」とか「こうするとうるさい音がでて皆に迷惑だから止めよう」とかしぶとく言って聞かせてきたので、何が良くないことなのか怒られることなのか、というのを大体分かっていて、最初からめちゃめちゃしない。例えばレストランなどに友達などと行き、ゆーゆーは大抵おなかが一杯になったら椅子から降りたくなる。大人はまだ食事が残っているのでここで切り上げるわけには行かないから、私はゆーゆーを席から下ろす。男の子だし、小さい子にずっと席に座っていろなんて無理、それは分かってる。しかしゆーゆーはその後レストラン中を駆け回って、とかそんなことは絶対しない。私達の食べているテーブルの下か、テーブルの周りで勝手に遊んでいる。そして一緒にいる人々に挨拶をして回ったりする。例えば沢山人がいてちょっと静かにしなければならない場所にいく。他にも子供がいて駆け回っていて、壁にぶつかって大きな音を立てる。ゆーゆーも真似して走って壁にぶつかったりしたがこちらが「ゆーゆー、しーっ!ダメ、ぶつからないで!」と注意すると、走って壁側に来たとき、ゆっくりになって両手でちょっと壁を触るだけにして音をもう立てない。そしてそれをしない他の子供に「NO!」とか注意したりする。(まぁそういう子はゆーゆーに言われても言うことを聞くわけではないが)他にもペンやクレヨンで何か書くときは机の上で紙に書くこととかそういうことも守ってくれる。高いところにある、割れそうなものは絶対触らない。5.本が好き。機関車トーマスとアンパンマンのDVDはほんと、大好きで毎日のように見たがるんだけど、それ以外にちゃんと本が好き。静かになったな、と思うと絵本をめくっている時もあって、「いやー、ノリノリに全く似てないねぇ」と私達は時々冗談を言う。日本語も英語もどっちも好きで、寝る前に時々読んであげるのだが、一冊といわず、こっちが止めようというまで何冊も読んでもらいたがるのでちょっと大変な時もある。6.大人とも積極的に遊ぶ。ゆーゆーは殆ど人見知りをしない。私の友達は自分の友達でもあると思っているらしく、どこにいってもどんな人と会っても自分に注意を引いてもらえる時は一緒に遊ぼうとする。私と友達が話しこんでると遠慮して一人で遊んでるが、あ、っと思ったら人の手を引いて席から立たせ、ボール投げをしよう、と誘ったり自慢のトーマス機関車を見せてあげようとしたりする。ダンスが好きなので時々私に「ダンス!ダンス!」と音楽を要求する。(ダンスを要求するとき必ず右手を素早く上下してダンス!というのでかわいい)音楽を流すとその場にいる人全員を広い場所に集めて、自分と共にダンスをさせる。ゆーゆーがいなかったら私達絶対一緒に踊んないってば…、としぶしぶ踊っている友達を見てほくそえんだりしている。7.人にウけたことをまたやって人を笑わす目をつぶって変な顔をして千鳥足で歩いてみたり…時々「誰がそんなの教えたの~?」みたいなおかしいことをして皆が笑うとまたやる。人を笑わすのがうれしいらしいんだよね。それって性格なのかな。小さい子の本能なのかな。とにかくゆーゆーはいつでも楽しそうにして、皆を笑わすのが好き。Happy Boyと人々によく言われるけれど本当にそうだと思う。あんなにいつも楽しそうなのがうらやましいし(は~、私もそうなりたい!)、とっても誇らしい。8.以前にも書いた気がするけどシャワーを頭から浴びることができる。6ヶ月のときから躊躇もせず頭からシャワーを浴びせて親しませて来たので頭を洗うときは水を被るものと既に理解している。とにかく親としてありがたく、便利。★★★そんなこんなで思いつくことを書いてみました。最近は少し日本語が上手になって「No!」「No way!」「Mine!」だけじゃなくて「やだ」「ぼくの」とか少し言えるようになりました。な行をいうときどうしても英語発音が抜けず「n」が入るので「いんぬ~(いぬ)」「おんなら~(おなら)」とか聞こえて面白いです。
January 22, 2007
コメント(8)
こんにちは。しばらく何も更新もしないで、連絡も取らず、無礼を本当にごめんなさい。これからもどのくらい書けるのか分からないけれど、そして前のように一杯書ける自信は今はまるで無いのだけれど取りあえず以前からページに来ていただいて心配をしていていただいた方々に、挨拶をしたいな、と思いました。産後欝は抜けました。針をあれから2ヶ月ほど続けて、それから時間が経つに連れ調子が戻って、もう少しあれをやろう、これをやろう、という意欲がわくようになりました。ゆーゆーを育てるのがもっと楽しくなって、その可愛さが自分のパワーに戻るようになりました。自信を持って子育てをしていたので、ゆーゆーはとても自立した2歳児になって、危ないこともしないし、人ともすぐ打ち解けるし、私と離れても一人で遊んでいられるし、ご飯も自分で食べるし、しかもそんなに汚さないし、私としては鼻高々な成長振りを見せています。状況判断力がすごくあって、私が困っている時は抱っこをせがまず、自分で歩いてくれます。甘えていい時とそうでない時を分かっているようです。今は週2日保育園に通っています。私自身の仕事もあれからずっと続けて何も迷うことも変わることもなく、順調です。ありがたいことであるし、でもいつも同じなのでこれからもう少しチャレンジを考えなければいけないなぁ、と焦ったりもします。去年の半分をノリノリが無職で過ごしました。仕事も決まらないうちにグリーンカードが手に入ったからと以前の仕事を辞めました。以前から努力する人であればあまり問題にならない話なのですが、極限の努力を経験したことの無い人なので数ヶ月経つとプレッシャーに負けて、バイトでさえもまともに出来ないようになりました。(簡単な仕事もなぜかきちんとこなせない)そのまま年が明けましたので、私達は夫婦として、家族として、局面を迎えています。去年の半分は旦那のだらけぶりにすごく怒っていました。怒鳴り散らすまで何もしない、生活が掛かっているのにそれを真剣と受け取らない、しまいにはうそをついて言い逃れをする…今の私には明るい話題がありません。ゆーゆーを楽しく育てるのが精一杯で、自分の時間にはストレスを忘れるべくゲームなど楽しいと思えることをしています。だから、自分が余裕を持って人に話したり書くようになるまで、これからもちょっと時間が掛かると思います。細かい近況報告はMixiなどで交流が小さい範囲でしたいと思いますので、もし個人的なものでもよかったらそこでもお会いしましょう…(連絡下さい!)でも今年こそは!転機かもしれないし、去年のストレスや怒りを忘れて健康に明るく頑張っていきたいと思います。皆さんお元気ですか?いつもいつもありがとう…
January 16, 2007
コメント(16)
全6件 (6件中 1-6件目)
1


