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神坂俊一郎

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Jul 4, 2021
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カテゴリ: 老いること
第4話です。

父がとんでもないことを言った話の後、美奈子がウフフと笑いました。
「実はね、私、高子おばあちゃんに追い打ちかけちゃった。」
「えっ、それ以上に何かあったの。」
秘密と言うか、叩けばいくらでも埃が出そうな高子でしたが、母が追い打ちをかけるのも珍しいことです。
「高子おばあちゃんにね、本当にカスつかんだことを思い知らせてやったのよ。」
「お父さんが思い知らせたのならわかるけど、お母さん、何を知ってたの。」
高子おばあちゃんのことを、母が知っているとは思えませんでした。
「実はね、常夫おじいちゃんって、高子おばあちゃんと結婚する時、他の女と同棲してたの。」

「えーっ、おばあちゃんの時代って、結婚前の同棲ってあり得ないぐらい非常識だったでしょう。お母さん、誰に聞いたの。」
「そりゃ、お父さんしか居ないわ。」
「じゃあ、お父さん、誰に聞いたの。」
これは、不可解でした。祖母の高子は、絶対息子に自分の弱みになりそうなことは教えないと確信できましたから。
「お父さんが鶴子おばあちゃんから聞いたことだったんだけど、お父さんって、サヴァンの予知というよりはほんとに超能力で、鶴子おばあちゃんに聞いた以上のこと、その場に居ないとわからないようなことまで見てしまったの。」
「鶴子おばあちゃんに聞いた以上のことって。」
彩、父が遠隔透視のような能力を時空を超えて発揮することは知っていましたが、何を知ったのか興味がありました。
「同棲してた女の人って、常夫おじいちゃんの実の母親の妹だったんですって。」
更に衝撃の事実ですが、母の妹なら叔母です。本当に禁断の関係です。母はどこまで高子おばあちゃんに言ったのか、彩は確かめました。
「お母さん、何て言ったのよ。」
「おばあちゃんにね、「おばさんと同棲して面倒見てもらって仲良くやってた男を、金の力で取り上げた上に、働かないひどいダメ男にしたくせに、何を偉そうなこと言ってるのよ。あんたがたった一度のデートで音立てて物を食べたから百年の恋も冷めたっちゅう男の方が、余程まともな人物だったでしょうに。」って言ってあげたのよ。」

これは痛烈ですし、確かに高子おばあちゃんは、音を立てて物を食べたから恋も醒めて男を振ったと、自分や智に自慢気に話してくれたことがあったのです。
父は逆に、「本当に大事なものが何か、いまだに理解していないから、自慢げに自分の恥をさらすんだ。音を立てて物を食べるのが嫌なら、注意して直させればいい。その男の方が、嘘つきで働かない究極の駄目男の常夫じいちゃんよりよほどましな男だっただろう。いや、元々大金持ちの息子だったし、今や彩や智も知っているぐらい有名な政治家になっている。男を選ぶときは、見かけではなく、中身を見極めることだ。」と話してくれたのです。
「凄い一言ね。ところで、高子おばあちゃんって、そのこと知ってたの。」
美奈子、娘に聞かれてつい苦笑してしまいました。
「いや、私は知っているもんだとばかり思ってたんだけど、反応から察するに、きっと知らなかったんだわ。だから、本当にショックだったみたい。その後、加速度的に呆けたから、追い打ちをかけたことで却って私は自分の苦労を増やしてしまったかも知れなかったわね。」

それなのに、「息子たちの世話になるぐらいなら死んでやる。」と当時一人で住んでいた京丹波の町中に吹聴して回っていたのです。
しかし、一人で暮らせなくなって、引き取って面倒見てくれた実の娘である君子に無茶苦茶な意地悪して家庭崩壊に陥れ、見放されて行くところが無くなって最後に我が家に転がり込んできたのです。
そのことで、町中の物笑いの種になった高子でしたが、痛烈な仕返しをした母の気持ちは理解できました。
「しかし、どこをどうしたらそんなおじいちゃんとおばあちゃんが巡り合うのよ。」
高子は、自分は大阪の大地主の娘だったんだと山形の親戚たちの前で自慢して、「財産亡くした馬鹿だわ。」と失笑を買ったのですが、常夫おじいちゃんは貧乏だったようですから、めぐり逢いが不思議です。
「そうね。お爺ちゃんのお話に戻りましょ。そうそう、お父さんが面白いこと言ってた。」
「どんな。」
「おじいちゃんって、もしかしたらヒトラー救出部隊に動員されたんじゃないかってお話。当時英語ができる者もあまり居なかったんだけど、ドイツ語までできる者となると本当に希少だったし、本当だったんじゃないかって。実は、そんな伝説があるんだって。」
「でも、お爺ちゃん自身は、何のために動員されたのか、知らなかったんでしょう。」
父の話では、任務も知らされていなかったはずです。
「そう。極秘任務だし、目的地についたら説明するって教えてもらえなかったんだって。でも、その潜水艦のことを現場の海軍ですら知らなかったってところを見ると、あながち嘘でもない気がするわね。」
「そのおじいちゃん、帰国後どうなったの。」
宮崎に戻って来た話までは聞いたのでした。
「そう。それもまた興味深いお話だったわ。宮崎に平和台公園って公園があって、そこに奇妙な石塔があるの。お腹に大きな穴が開いたお爺ちゃん、まだ重労働はできず、やることないから公園まで散歩して行ったんだって。それで、その石塔見上げて、皮肉だなあって思ったってお父さんに話したそうよ。」
「なぜ皮肉なの。」
「その石塔、材料の石材を世界中から集めた、というよりも世界中の神殿や寺院から強奪とまでは行かないまでも収集して作られたもので、八紘一宇って書かれていたの。」
「はっこういちうって、一体どういう意味。」
「そうね、私もわからなかったんだけど、お父さんによると、世界は一つ屋根の下、つまり家族のようなものって意味なんだって。」
なるほど、戦争とは相容れない言葉ですが、それがわかったということは、祖父も父同様かなりのインテリだったんだと思いました。
「おじいちゃんも、インテリだったのね。」
神戸商船大学に通っていた上、トリリンガルなのですから、当然インテリと言えました。
「そうだったって。でも、才能では当時大阪大学に通っていた高子おばあちゃんの方が上で、運動もできたからお父さんに近かったようよ。ただ、お父さんが言うには、鶴子ひいおばあちゃんは誰よりも上手で、絶対音感とともに超越的な記憶力と、幼少期のお父さんと同じ才能を持っていたし、勉強だけでなく、運動もできて、料理、裁縫の名人でもあったんだって。」
「凄かったんだ。」
「しかも、宇部小町とうたわれる絶世の美女だったのよ。」
それで彩は思い出しました。
「あっ、私と智、鶴子おばあちゃんの写真も見たことあったわ。確かに美女だった。言ったら悪いけど、高子おばあちゃんとは全然似てなかったと思う。」
そのことは、高子のトラウマだったのだろうと美奈子は考えていました。
「そうね。高子おばあちゃんって、美女の鶴子おばあちゃんと、精悍な美男子だった孝直おじいちゃんの娘だったから、みんなに言われたんだって。」
「何と。」
「美男美女の娘なのに、期待外れやねって。」
彩も、それはわかる気はしました。
「正直すぎる感想や。」
「そう思うわ。人間、残酷なものよ。」
ところで、孝直お爺ちゃんってどんな人だったのかしら。」
彩、鶴子ひいおばあちゃんのことは少しは聞いたことがありましたが、孝直ひいおじいちゃんは全くと言ってよいほど聞いていませんでした。
「孝直ひいおじいちゃんも凄い人だったのよ。」
「って言うと。」
「十代の頃に日露戦争で日本海海戦を戦った経験も持った人だったんだけど、お父さんの話では、重量挙げの幻の世界チャンピオンと言ってよいほどの怪力の持ち主だったんだって。そうそう、京丹波に大きな手水鉢があるでしょう。」
「ああ、軒下で雨ざらしになっているやつね。」
「あれ、500キロぐらいあるのよ。」
花崗岩で高さ1メートルぐらいありますから、それぐらい重くても不思議はありません。
「そうね。押してもけっとばしてもびくともしなかったわ。」
「あの手水鉢を孝直おじいちゃんは一人でよっこいしょって持ち上げて移動させたんですって。」
「嘘でしょう。」
人間技とは思えません。
「5歳ぐらいの時にお父さんが何気なく「重そう。」って言ったら、目の前で持ち上げて見せてくれたというから、嘘じゃないのよ。それに、孝直ひいおじいちゃん、明治以降では引いた人は一人しかいないという強弓を引いた弓道の師範でもあったの。」
京丹波に弓が1本残っていますが、父に聞いたら、「おじいちゃんの弓で、五人張りの強弓なんだよ。」と言われたことは憶えていました。
「へえ、そうだったんだ。でも、お父さんも怪力の持ち主で、かなりの強弓引けるって聞いたわ。」
「そう。お父さん、大学の体育の授業で弓道を選択したの。その時、他の人が苦労していた32キロの弓を軽々と引いたんだけど、お爺ちゃんの弓はこんなものじゃないって言ったら、教えてくれていた弓道師範のおじいちゃんに、それは二人張り、三人張りの弓だろうから見せてくれと言われて大学に持っていったの。するとその先生、うーんとうなって、「これ、五人張りの弓だ。私も初めて見た。そして、五人張りの弓を引けたと言う人は一人しか知らない。私の先生の弓道師範の仲間に、一人だけ居たと言う話だ。」って言われたの。それで、お父さん話を聞いている内に、それが孝直おじいちゃん本人だったってことに気付いたの。」
「凄い人だったのね。」
「すべてに天才の鶴子おばあちゃんが選んだほどの人よ。決して負けてはいなかったのよ。長州藩の豪農の五男坊から身を起こして、日露戦争の後は金属会社の工員から工場長にまで出世し、退職後は大阪の工業高校の校長先生を務めてたんですって。」
まともな教育を受けたとは思えないのに、高校の校長先生になったのは不思議です。
「教育受けられたのかしら。」
「いいえ、独学でそこまでのしあがったんだから、頭の方も鶴子おばあちゃんに負けないものを持っていたんだって。何をやらせても一流にできたから、宇部小町の鶴子おばあちゃんが選んだのよ。」
その娘婿が、究極のだめ人間常夫おじいちゃんというのは運命の皮肉です。
「余計わからなくなったわ。」
「何を。」
「高子おばあちゃんが、なぜ常夫おじいちゃんと結婚したか。」
「そうね。聞けば聞くほど謎よ。余談だけど、孝直ひいおじいちゃん、5人兄弟だったんだけど、次男から四男までの三人は戦死したんですって。」
じゃあ、二人しか生き残らなかったことになります。
「生き残ったのは二人だけだったってこと。」
「そう。でも、一郎ひいおじいちゃん、超一流商社の会長さんにまでなったのよ。」
父と同じ名前だったと言うのも面白い偶然ですが、それなら父もコネが使えたのではないかとの疑問も生じました。
「それなら、お父さん、就職の時にコネ使えたんじゃないの。」
彩の言葉に、美奈子は笑ってしまいました。
「もうその頃にはみんな亡くなっていたし、お父さんって、コネなんて使わないわよ。と言うか、サヴァンのお父さんは、今の自分の姿も見えていたようだから、そんなことは最初から考えもしないわよ。」
確かに父は、仕事はできるが、他人におもねることはしない人ですし、他人を利用することも考えませんから、コネなんか使わないでしょう。
「まあ、私たちも必要十分な生活を保障してもらえたから、それで十分ね。」
「お父さんから聞いてるだろうけど、鶴子ひいおばあちゃんって、貴族の娘だったのね。農家の息子の孝直ひいおじいちゃんと違って、旧華族って身分だったんだって。」
彩、父から聞いていました。
「そう、鶴子ひいおばあちゃんのお爺ちゃんが、維新の七卿の一人だったって聞いたわ。」
美奈子、娘の言葉にくすりと笑いました。
「そうだったんだけど、鶴子ひいおばあちゃんの頃にはもう没落していて、食うや食わずの生活になって、先祖伝来の系図も売ったって聞いたわ。それでも彼女は本当に実力を備えた女傑だったから、同郷の岸信介氏や佐藤栄作氏をせせら笑っていたんだって。「何をしても私にかなわなかった二人が、日本の首相とはねって。」で、面白いお話があるのよ。」
「面白いって、誰のお話。」
「鶴子ひいおばあちゃん。」
「聞かせて。」
「鶴子ひいおばあちゃんも、孝直ひいおじいちゃんも再婚同士だったんだって。」
彩、自分が結婚する時、両親だけでなく、祖父母の戸籍謄本も見せてもらったのですが、常夫おじいちゃんと高子おばあちゃんの不手際で、孝直ひいおじいちゃんと鶴子ひいおばあちゃんをちゃんと納骨していなかったのです。それで、京丹波の仏壇の上に二人の遺骨が乗っかったままになっていたので、高子おばあちゃんが亡くなった後、父が怒りながら曽祖父母二人の除籍票を山口県の周南市から取り寄せて、亡くなった時の大阪府茨木市の窓口に持って行って埋葬許可証を再発行してもらったのです。その時の除籍票で、孝直ひいおじいちゃんは再婚したことがわかるのですが、鶴子ひいおばあちゃんは初婚になっていたはずでした。
「あれ、鶴子ひいおばあちゃんは初婚だったんでは。」
「あはは、あれね。お母さんの田舎の方でもよくあったんだけど、直ぐ離婚すると戸籍に傷がつくからと、結婚しても半年から1年ぐらいは籍入れないってことあったのよ。」
ということは、その一年の間に何かがあったことになります。
「じゃあ、一年の間に事実上離婚したってこと。」
「そうなの。鶴子おばあちゃん、才色兼備だったし、家柄も良かったから、山口の大金持ちに乞われて嫁いだの。ところが、半年もしないうちに愛人が何人もいることが発覚して、絶縁状叩きつけて戻ったんだって。」
女から絶縁状を叩きつけるとは、当時は凄いことだったはずです。
「凄かったのね。そういえば、白蓮事件ってそんなものだったのでは。」
白蓮事件は有名ですが、鶴子ひいおばあちゃんの場合は、自身に愛人が居たわけではなく、単純に愛人がいっぱいいたことがわかったことで誇りが傷つけられたという理由ですから、それで絶縁状を叩きつけた行為は、白蓮事件よりも更に過激だったとも言えました。
「それより凄かったと思うわ。普通なら、相手も有力者だったし、もう嫁の貰い手が無くなるところなんだけど、鶴子おばあちゃん、有名な美女だったから、皆彼女に同情し、夫の方に一方的に悪い評判がたってしまって、見事に没落しちゃったんだって。それで、身分違いだったんだけど、この人は凄いと思った孝直ひいおじいちゃんと再婚したってわけ。」
それで、鶴子ひいおばあちゃんが戸籍上は初婚だったわけがわかった彩でした。
「それほどの美女だったってことね。」
「ちなみに、鶴子ひいおばあちゃん、三姉妹の長女だったんだけど、妹二人も、元大名家に嫁いだんだって。」
彩、二人も美女だったのかなと興味が湧きました。
「妹二人も美女だったのかしら。」
美奈子、娘の疑問に笑ってしまいました。
「ああ、そのことね。実は、お父さん、鶴子ひいおばあちゃんのお葬式の時に、その二人に会ってるわ。
それで、妹二人から実は姉は再婚だったってお話も聞けたの。でも、お父さんが言うには、落ち着いた感じの人だったけど、鶴子ひいおばあちゃんのような美人ではなかったって。まあ、お父さんが美人って思う基準が今一つ理解できないから、どうだったのかは怪しいんだけどね。そもそも、鶴子おばあちゃんって、76歳の時に早朝犬の散歩中に交通事故で亡くなったんだけど、しわもなかったし、40歳ぐらいにしか見えないぐらいきれいな死に顔だったって言ってたから、鶴子ひいおばあちゃんと比較したのだとしたら、二人が可哀そうね。」
まあ、巡り合った時には座敷童みたいだったっていう母を迷わず妻に選んで美女に仕立てた父でしたから、素質を見抜く力は凄いわけで、鶴子ひいおばあちゃんのような美女とは言わないまでも、本当は十分美しい人ではあったんだろうなと察せられました。
「孝直おじいちゃんの離婚の理由は何だったのかしら。」
彩、鶴子ひいおばあちゃんの離婚の話を聞くと、孝直ひいおじいちゃんのことも知りたくなりました。
「ああ、孝直ひいおじいちゃんって、高校の校長先生にふさわしい人格者で、贅沢が嫌いで質素倹約を旨としていたのよ。最初の結婚相手は、裕福な商家の娘さんだったんだけど、派手好きで、浪費家だったから、3年で嫌になって離婚したんだって。」
ということは、鶴子ひいおばあちゃんは、大変な美女でも、質素倹約を旨としていたということです。
「そうか。貧乏も知っていた人だから、鶴子ひいおばあちゃんは、倹約家だったんだ。」
「そのようよ。めちゃくちゃ脱線したけど、元に戻ると、お父さん、常夫お爺ちゃんと高子おばあちゃんからいろんな知識を得たけど、鶴子ひいおばあちゃんは、お父さんのことを名人級だった料理の助手にしたの。だから、お父さんって、音楽と勉強とスポーツだけじゃなく、料理の才能もあったのよ。」
彩、一つ気になったので確かめました。
「鶴子ひいおばあちゃん、娘の高子おばあちゃんは、料理の助手にしなかったんだ。」
娘の質問に、美奈子は吹き出しました。
「お父さん、同じ質問をしたら、鶴子ひいおばあちゃん、「あかん、高子は才能あらへん。何より、料理嫌いやし、掃除洗濯もできひん。」の一言だったんだって。実際、高子おばあちゃんって、仕事は常夫おじいちゃんよりずっとできたらしいけど、家事、育児、全然だめね。掃除も大嫌いだし。」
確かに、京丹波の家は、彼女が住んでから滅茶苦茶になったと父が怒り狂っていました。
「そうだった。お父さん、京丹波の家をゴミ屋敷にしたって怒ってたわ。」
「実は、君子おばちゃんもひどいわ。高子おばあちゃんが茨城の君子おばちゃんの家に転がり込んで居た時、一度だけお父さんと行ったんだけど、ゴミ屋敷に近かったわ。」
その点、母は、家事育児に関しては天才的でしたから、きれいな家で、おいしいものも食べさせてもらえて良かったなあと思った彩でした。
「お母さんの娘で良かったわ。」
それは、夫の一郎が最初から考えていたことだったのです。
「お父さんが、私の適性を考えて、専業主婦にしてくれたからでもあるわ。」
「私が小学校の時、ちょっとパートしてたけど、それ以外は専業主婦だったもんね。」
「そうよ。お父さん、私には仕事の才能もあるけど、元々人と接するのは嫌いなこと見抜いて配慮してくれたのよ。」
「偉い夫やん。」
「まあ、そこは偉いと思うわ。変なとこ抜けてるし、正しいけど人の気持ちを理解しないのが玉に瑕だけど。」
「お母さんは、お父さんと結婚して幸せ。それで満足しなきゃ。」
「あはは、それで満足しないのが女なのよ。」
「えーっ、私だったら、お父さんみたいな夫だったら満足以上だけどなあ。」
「あんたのだんなは、普通だからそう思うのよ。」
「そうかしら。でも、普通が一番よ。お父さんもそう言ってほめてくれたし。」
「それは、お父さんが波乱万丈過ぎたからよ。」
「そうかしら。でも、お母さんはそんなに被害うけてないじゃない。」
「いや、高子おばあちゃんと君子おばちゃんだけで十分以上の被害よ。それから、猫たちを一挙に失ったショックは大きかったわ。」
一郎美奈子夫妻、昨年自宅の火事で愛猫21匹を全て亡くしていたのです。
「そうね。あれはショックよね。さすがのお父さんも、泣いたんでしょ。」
「そう。泣いたと言うより、涙を流しながら猫たちを一匹ずつ抱き上げて埋葬したわ。あの人の凄いところは、その後一滴の涙もこぼさないことね。そして、その話題に触れないこと。」
彩、父の態度は母に対する配慮だと思っていました。
「そりゃあ、お母さんのこと気遣っているからよ。」
確かに美奈子、火事の前に、猫が居なくなったら楽だろうに、もっときれいな家に住みたい、断熱性ももっといい家にしたい、と望んでいて、火事でその願いが全て実現してしまったのです。
「それは、感謝してるわ。猿の手ならぬ猫の手で願いが叶ってしまったし。」
火事の原因は、猫がガスレンジに点火したことだったのです。
「今は幸せ。それだけで満足しなきゃ。」
「そうね。座敷童さまのことも教えてもらえたし、お父さんも、猫たちに寿命を延ばしてもらえたようだから、満足しなきゃいけないことはわかってる。」

続く。
画像は、例年なら半月は早く咲いているアジサイです。
今満開になり、梅雨の雨に濡れて見頃です。











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Last updated  Sep 4, 2021 09:26:10 PM
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