全3件 (3件中 1-3件目)
1
香りの専門店・二井三結婚前に主人と初めて京都へ旅行へ行ったときにふとその良い香りに釣られて購入したお香があります。当時はそのお店でしか買えなかったのですが今ではなんと楽天でも購入で着てしまうという時代の流れを感じざるを得ないのですが・・・。元々が京都の老舗の香道のお店だったようでとのお品物も上品な「和テイスト」なはんなりとした自然の香りを楽しめるお品物ばかりです。特に気に入っているのが「青龍香」というブルーのお香なのですが気分が落ち着かず焦燥感に駆られて辛い時にそっと一本部屋の片隅に立てておくだけで不思議な事に気持ちが落ち着きます。そしてオススメなのがとても可愛らしい袋に詰められた「にほひ袋」香りにそれぞれ名前がつけてあって袋も眺めているだけで癒される可愛いこれまた「和テイスト」の本格的なにほひ袋です。私はデスクの隣に箱を少しだけ開けてほんのり香るお気に入りの香りを楽しんでいます。とても上品で嫌味のない自然な香りがお気に入りなのです。京都の老舗のお品物という事で何となく敷居が高そうな感じですが伝統的なにほひ袋からお香の数々と自然な香りのルームスプレーなど用途に合わせて色々な香りを楽しめるお品物でいっぱいです。ショップを眺めているだけでも癒しの空間に舞い込んだような気持ちになります。ショップの方の対応も老舗らしくとてもすばらしいショップなのです。わざわざ京都まで買いに行かなくてもお手軽に手に入るだけでも私にとっては「お得感」でいっぱいのショップです。アロマオイルでのアロマテラピーも良いですがたまには「和」の香りに癒しを求めてみてはいかがでしょうか?
Sep 28, 2010
コメント(0)
良くなる過程に於いて色々な気付きがありました。特に酷くなっていた期間、はっきりいつからいつまでという事は分からないですが主治医と色々と会話をしている間に気付いたのは「認知障害」という状態になっていたのではないかという事が分かりました。特に2年くらいの間は自分の覚えている記憶が現実とは全く違う事が多々あったり年数を思い出そうとしても何年前の何月等病気になる前なら覚えていた事がどうやっても思い出せなかったりカズが逢わなかったりという感じです。医学的にいうと記憶を司る「海馬」が萎縮していたとか主治医は言っていましたがこれが萎縮したまま回復出来なければ「認知症(ボケ)」となるわけですが私の場合は良くなるにつれてどんどん記憶が明白になっていったので認知賞とは違う「認知障害」という事になるそうです。それこそ物心付く前の私自身の何となく覚えている「小さい頃の私」を思い出すくらいに記憶が鮮明になってしまいました。本当か思い違いかはわからないけれど。それこそ0歳児の時の記憶さえぼんやりと思い出せてしまうという快挙(?)だったりしてビックリ仰天というべきかも知れません。そんな中で思い出したくない記憶や私は先天的にはアホなんじゃないかとがっくり肩を落としたくなるようなことまでありましたが、笑い話になる程度の事だったので気にしたりはしませんが、かなり変わった赤ん坊から乳幼児期を過ごしていたようです。0歳児の受ける混合ワクチンでは普通の赤ん坊ならワンワン泣き喚くところを私はケラケラと笑っていたとか(このケラケラ笑っていた記憶は私にもあります)、同じ歳の子供の中では近所のおばさんに「真っ直ぐ歩いているところを見た事がない」といわれるような好奇心の塊で、ある意味怖いものなしでとても危険な子供であったようです。二階から階段を飛び降りて頭を強打した事も難解もありましたし、2~3歳の事には何か道具を手に持たせておけば大人しくなるため、いつも何か手に持って親の後姿を見ながら台所仕事の真似事をしていたりじっと座って居る事もないようなとても活発というか悪ガキだったようです。そんな子供だったので幼稚園に上がる前には五寸釘を踏み付けて大怪我をして、その刺さった場所については今でもチクリと足の裏に痛みが残っています。頭で考えるよりも身体が咲きに動き出すような子供時代だったのでとにかく怪我は多かったですし、何かあるとすぐに腹痛を起こしたりするような、子供ならではなのかもしれませんが、心因性なのか元々胃腸が弱かったのか分かりませんが決して健康優良児であったわけでもないようです。ただ、物心付く前から身体の不調をしょっちゅう起こすような子供だったため、年齢を経ても身体的な痛みには鈍感になってしまっていたようなところもあり、心療内科に初めて通う前には既に「ウツ病」の症状は出ていたようです。自覚がないので何処までがそうなのかは断定できませんが、気絶するような胃の痛みや、タールのような自力ではどうにもならないような便秘な発熱などもしょっちゅうおこしていました私にとっては身体の不調は子供の頃からの習慣のようなものでしかなかったので気にも留めなかっただけのことだったようです。所謂内科系の病気に関しては成人してから腎臓を2度、肺炎1度、気管支喘息1回としょっちゅう疲れると膀胱炎になりたまに血尿が出るような事、風邪をこじらすと気管支炎には数え切れない程なっていましたが、薬を飲んで休養すれば治るので気にも留めていませんでしたが、元々健康な人間だと思っていたとしたら随分と病院のお世話になってるなぁと思います。身体の不調を通り越した後にとうとう精神を病んでしまったのだなと。今だから思います。兆候は2005年の頭には出ていたというのは会社の自分のデスクに1時間と座っていられない上京になった時が既に何かしらの病気にかかっていたのだろうと、知人に指摘されました。その時は自分のデスクに座っていられない苦痛の為に職場を退職する数週間前にも関わらず、その場で頭を下げて急遽退職する事で一旦自分を苦しめる職場から離脱する事に成功して、どうにか切り抜けましたが、その後、ハローワークへ失業保険の手続きにかよう事が既に苦痛で苦痛で仕方なかったのを覚えています。さて、その頃からの細かい記憶がこれまた時系列純に思い出す事が困難に現在はなっています。なぜならその後、復職した後がこの病気の地獄の日々に突入するからです。徐々に思い出しながら自分自身にけじめをつけなければならないとは思っていますが、多分しんどい作業になるだろうなと思います。それでは次に続きます・・・。
Sep 27, 2010
コメント(0)
一年以上放置していました。 最後にUPした後の私の生活はただ息をしているだけの生きる屍と言ってもいいような 何の希望も楽しみもなく完全に自分という殻の中に精神的には閉じこもり 家の中だけが生きる場所となり 自分自身に対する関心も無くし 自分を鏡に写す事すら拒否して、自分というものを失って過ごしていたように思います。 恐怖と絶望の渦の中で飲み込まれそうになっていたのか一旦飲み込まれていたのかも良く分かりませんが 普通では考えられないような奇行に走った時もありました。誰にも言わず一人きりで心の中ではきっと涙を流し顔は薄ら笑いを浮かべていたのかも知れません。 腕を傷つけたり火傷を作るのは目立つので脚を焼いた痕や待ち針を腕に貫通させたり 食べ物ではないものを口に入れてみたり ある意味認知症の症状に似たような事もやっていたような気がします。 私は涙を流す事も忘れてしまうほど絶望していたんだと思います。 泣いても喚いても私は良くならないし、その日その日の苦しさから何も変わらない… 泣いても悲しんだり苦しんでも何も変わらない事に対する絶望感 私なりの解釈になりますが、脳がPCでいうところの セーブモード に陥っていたのかなと感じています。 感情も感覚も感じる事に対して必要最低限しか脳が働かない状態。 どんなに辛くてどうにもならなくても私は誰も助けてくれない。 生活苦から主治医に精神障害者手帳が取れないかと質問したけれど 無理だと言われて金銭的には未だにキツいし まだ揺れ幅があるし安定しないし前進出来ないでいる。 電車賃すら家計から捻出する事が厳しい現状。 最近主治医に言ったら私の生活困窮振りと隠していた本当の私の病状 心療内科ですら自分をさらけ出す事が出来なくて結果的に自分で自分を追い詰めてたような感じ。 私は抑うつ性ではなくてうつ病だっただろうし統合失調症だったかも知れない。パニック症候群や自律神経失調症、不安神経症も全部カルテには兆候ありと何年も書き続けられた。 自殺未遂に当たる行為も何回もあったけど完治しましたよ。8月に心療内科も卒業しました。 でも、仕事の探し方が分からない。 まだまだ人が怖いと色んな感情があるけれど 貧乏リハビリ中です。 もう少しで元に戻る予定。
Sep 16, 2010
コメント(2)
全3件 (3件中 1-3件目)
1

![]()
