PR
Keyword Search
Calendar
New!
萌芽月さん
New!
masatosdjさん
New!
7usagiさんComments
Freepage List
朝の続きです
アメリカのトラベル誌に 観光都市世界一にランキングが
2年連続京都市と発表されました とても光栄です
此処三十三間堂の界隈は歴史の足跡が偲ばれます
豊国神社(とよくにじんじゃ)
伏見城から移築国宝唐門
豊国神社前
【豊国神社】
(とよくにじんじゃ) 太閤秀吉を祭神として祀られて
居ます。徳川家康により焼き払われましたが、明治時代に再建され、
拝殿は伏見城の遺構を持ってきています。
徳川家康は秀吉なきあと支配し、豊臣秀頼に命じて財産を使わすため
青銅の大仏さんを建てさせさせました。
この大仏さんも寛永の大地震で倒壊 、「寛永通宝」 に化しました。
落慶法要のときに、釣鐘の銘に家康は因縁を付けました。
方広寺の釣鐘 高校参考書に登用されました
白塗りの部分に 「国家安康・君臣豊楽」 の銘が書かれています。
【方広寺】
釣鐘に有名な「国家安康・君臣豊楽」 の銘があり、
徳川家康の曲解で「大阪城冬・夏の陣」と豊臣家は滅びてしまい
ました。
家康の名を安の字で分断・豊臣が栄えるの意。
方広寺の岩だけ当時のまま残っています。
耳塚供養塔
【耳塚】
「豊国神社」の前の道の側にあり、秀吉が韓国に野望を
広げて攻め入り、韓国の罪無きひとびとの耳や鼻を船で日本に
持ち帰り、その数で論功功賞を図った惨い仕打ちに、目を覆い
たくなるのですが、その被害の霊に対して「供養塔」が建てられて
います。「瑞泉寺」での、豊臣秀次一党身内でも痕跡無くなるまでの
自己防衛の仕打ちと重ね、歴史上真意は如何に。
一方神にまで奉じられている現実、太閤贔屓の方も多いで
しょうが、その蔭も京都には遺されて居ます。人間の神格化。
野望に残忍な犠牲そして、釣鐘によっての大阪城の滅び。
因果報応が、この一画に集められた異様な場所でもあります。
文責もあり 京都市の立札を追記しました。
明日は、その悲劇【瑞泉寺】(ずいせんじ)をご紹介します