大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第三章


「アーチェルドの紛争」


 その夜、ランスロットは騎士団総隊長グフォンの宅へ夕食に招待された。彼の家は総隊長とは思えないくらい質素な作りの家で、はっきりいって農民のそれと変わらない。

 グフォンに招かれて家の中に入ると、彼の妻メーズリが笑顔で迎えてくれた。彼女と会うのは初めてではない。そして、食事に招待されるのも今日に限ったことではない。

「今日はどうだった、ランスロット」グフォンは妻の手料理を口に運びながらランスロットを見た。その目にはどこか好奇心に満ちた光がある。「初めてあの会議に出席したんだ。さすがにお前も緊張したのではないかな、んん?」

 メーズリに酒を勧められるが、ランスロットは片手を振り申し訳なさそうに笑って断った。

「ええ、そうですね。いつもの隊の管理なんかより、よっぽどおっかなかったですよ」

「最初はだれでもそうだ」腕を組み、グフォンは満足そうに笑った。「なんせ、あの会議がこの国のすべてを決めていくのだ。一人の意見で、国全体が変わりかねんのだからな」

 食卓に並べられた料理はどれもおいしそうで、香ばしいにおいが漂っている。朝から何も口にしていないランスロットは唾を飲み込んだ。ちらっとグフォンを見ると、まだ自分の話を聞きたそうに見つめている。

「あなたのように、慣れるまでの時間が必要になるのでしょうね」

「そうだ、所詮どんなことでも慣れてしまえばどうってことはない。問題は、それがどのくらい時間をかけるべきことなのか、だ。今回話した件についても、みな動揺を隠せないようだったがじきに慣れる。遅かれ早かれ、な。そうなれば、君の意見も少しは考えられるかもしれん。もしくは、それよりももっといい案が出てくるかもしれぬ」

「私が必要としているのは、一刻も早い…」

 そこでメーズリが咳払いをして話を無理やり中断させた。ランスロットとグフォンが同時に彼女に振りかえると、彼女は二人まとめて鋭い視線を注いでいる。

 いまさら思い出してしまったが、彼女はこういうプライベートで語られる仕事の話を嫌っている。楽観的な考えのグフォンによく似て、その日の楽しみはその日に満喫するのが彼女だ。今回も、この食事会の雰囲気を壊さないために彼女は行動をとったのだろう。

「なんにしてもだ」グフォンが酒の入った容器を持ち、片手を上げた。「何事にも時間が必要だ。それ以外に必要なものはあとあと決まるだろう。それまで耐えるのだ、ランスロット。今はこの時を楽しもうではないか。料理は時間がたてば取り返しのつかないことになるからな」

 乾杯の合図をグフォンが行い、ランスロット達は食事にありついた。




 結局、ランスロットは雰囲気に流されるように酒をたらふく飲んでしまい酔ってしまった。自室へ戻るまで倒れずにいられるだろうか。視界がたびたびうつろになる。

 グフォンの家を出ると空は真っ暗で星すら輝いていなかった。月も暗銀の雲で隠れ、まるで光を通してない。夜風が火照った体に当たり、気持ちがよくなるが、それでも酔いは回るだけだった。

「今日は久しぶりに楽しかった、ランスロット。メーズリも途中で酔いつぶれなければ、同じことを言ってただろう」
呆れたように肩を落とし、ランスロットは微笑を浮かべた。

「あなたはどれだけ飲めば私やメーズリ様のように潰れてくれるんですか?」

「何事も慣れ、だ」

「ええ、ああ、そうですね。では私はこれで…」

「ああ、ランスロット!」

 立ち去る寸前のランスロットをグフォンが呼び止める。彼はランスロットが振り返るよりも先に歩きだしていた。

「今日の会議での君の意見だが、正論だと私は思う。だが、それが採用されるまで長い月日がかかるかもしれん。ユーリンドも今は反乱を鎮圧し、賊も退治したばかりだが、苦しい時期なのだ」

「わかってますよ、グフォン様」ランスロットは口に笑みを浮かべた。「あなたの言うとおり、大変なのはアーチェルドだけでなく、我々もそうなのだってことは。こうなることはわかってました」

 グフォンが頷くのを確認して、ランスロットは歩きだした。だが最後に、グフォンがつぶやくのを彼は聞き逃さなかった。

「もし、君の意見で使者が送られるとしたら、私は君を推薦しただろうな」




 それから、ランスロットの意見は本当に採用となった。だがそれには長い月日が重ねられ、採用が決定したのはそれから三年後であった。ランスロットはあれからも会議に出席し、さまざまな意見を主張した。

 そして彼はグフォンの言うとおり、慣れた。その場の現状の把握から、時折襲う口論での戸惑い、当惑にもすっかり彼は慣れ、常にリラックスして会議に参加することができた。

 アーチェルドに支援を送り、この状況を打破する。三年の間、賊の再発なども何度かはあったが、どれもアーチェルドとの国境付近での村とは関係ないようだった。会議で決まったことは、まずどれほどの支援が必要か調査する必要があるということだ。

 アーチェルドとの連絡はここ三年まったく行われていない。行う手段がないのだ。使者を送るにも会議が決定を出すまで動くことはできない。

 だがここ三年でアーチェルドの現状は厳しくなりすぎた。もはやアーチェルドは賊の国となり、民は逃げ回り、統率の乱れたアーチェルドの勢力は次々と分散を始める。その噂はユーリンドまで届いていた。下手をすると、反対側のグラベリスにまで届いているかもしれない。

 そうなると、一刻を争う事態となる。グラベリスがアーチェルドを征服してしまえば、この国は完全な独立国となる。グラベリスに包囲され、グラベリスに流される、激流の走る川の石ころのようになってしまう。

 さすがにこの事態に気づき、恐れ出した会議出席者はランスロットの意見を採用。そして、調査、および交渉の使者として、総隊長グフォン、一隊長ランスロット、そして今まで数々の功績を上げてきたベネ伯爵が推された。

 多数決により、ランスロットがアーチェルドに使者として送られることになった。この任務は重要で、かつ秘密裏に行う必要のある任務だ。出席者たちはランスロットにさまざまなことを吹き込んだが、彼はそれを流してアーチェルドとの平和を決意した。




「やあ、ランスロット。よくきてくれた」

 アーチェルドへ向かう前日にランスロットは国王から呼び出しを受けていた。ここ数年何度か訪れ、見慣れた王の部屋は落ち着きがあり、穏やかな空気が漂っているような気がした。

 一礼をして、ランスロットは部屋へ入った。

「明日はついに出発だな」

 ゼファードは器に葡萄酒を注いでランスロットに渡した。ランスロットは受け取り、一口ほど飲む。

「必ずや、ご期待に添えて見せます」ランスロットの目には強い決意の炎が滾っていた。

「本当に、旅の共はいらぬのか? わしが信頼できる者を紹介してもいいのだが…」

「お気持ちには感謝いたします、陛下。ですが、今回私は交渉としてアーチェルドへいくのであり、決して争いごとを増やすために向かうのではありません。私の部下はご存じのとおり、気性が荒く適切な人選とは言えませんし、一人で言ったほうがかえって都合がいいものです」

 これまでのランスロットの経歴を思い出し、ゼファードは吹き出しそうになるのをこらえた。

「そういえば、六年前の賊の交渉に向かう時も、君は一人で向かっておったな」

 ひどく居心地を悪そうに、ランスロットの笑顔は固まった。「ええ、まあ…」

「あの時も、君は一人のほうがいいと共も仲間も連れず、賊の拠点としている森へ一人で入っていきおった」

 子供をなだめるようにランスロットは穏やかを装った声で言った。

「陛下、この辺で…」

構わずゼファードは続けた。

「あとから心配になり、一隊を率いて森へ入ったところ、君は本当にたった一人で交渉を成功させていた」くっくっと笑いをこらえながら、ゼファードはランスロットの表情が徐々に歪んでいくのを見つめた。「確かに君は、賊の頭を捕まえて交渉を成功させていた。武力により、な」

 そこまで言って抑えきれず、ゼファードは大笑いした。ランスロットは恥ずかしそうに頭を垂れたあと、すぐに頭を上げてゼファードを見た。

「もともと、交渉に免疫のない連中だったのですよ、彼らは。ですから、わかりやすく納得いく交渉方法を私はとっただけです」ランスロットの顔は真っ赤だった。

「今回も、そうなるのかな?」

「いいえ」彼はぎこちなくほほ笑んだ。「今回は少なくとも、武力による交渉は行われるわけがありません」




 翌日、ランスロットは支度を整え明朝にレヴァンを飛び出した。黒い愛馬のギリモに旅に必要な物の入った袋を乗せ、ランスロット自身は旅商人の服装を着こんだ。

 ほとんどのレヴァンの栄えた商店が営業を開始する前に彼はひっそりとレヴァンの城門を抜け、北へ進んだ。

 いくつもの街や村を過ぎ、夕方が訪れるころにはようやくアーチェルドまでの道のりを三分の一ほど通過できた。

 近くの村の宿を借り、翌日の朝には再び馬を走らせアーチェルドまで一直線に向かう。二日目も過ぎ、彼は夜になる前から次の村を見つけ宿を探した。

 おそらく、ここが最後のユーリンドの土地での暮らしとなるだろう。なんとなく、ランスロットはそんな予感がしていた。この先には村も街ももうなく、アーチェルドへ繋がる森や林だけが広がっているだけである。三年前までは、周辺にはいくつか村があったが、賊により――おそらく、アーチェルドの賊により滅んだ。

 宿を探すべく入った村、レッポと呼ばれる村はこれまでの村と比べて非常に人が少なく、殺風景な村だった。建ち並ぶ家も少ない。土地は広いため、余計少なく見える。

 この辺はあまり地図にも記されてなく、正直言ってどれが宿なのか見当もつけられなかった。だが酒場がある。酒場で聞けば、宿の場所がわかるかもしれない。

 ランスロットは馬を連れて歩きだし、酒場へと向かった。

 その途中、突然通り過ぎる寸前の荷台がひっくりかえり、荷台に詰まっていた農具が飛び出してきた。土や泥水が跳ね、ランスロットの足元を汚す。

 ランスロットは一瞬眉をひそめたが、こうやって汚れたほうが長年の旅人のようでいいかもしれない、と考えすぐにいつもの穏やかな表情を浮かべた。

「わわ、すみません! 大丈夫でしたか?」

 少年の声がして、ランスロットはひっくり返った荷台の隣で尻もちをついた幼い少年を見た。どうやら、この少年が誤ってひっくり返してしまったらしい。

「ああ、大丈夫。君こそ大丈夫かね? 泥だらけだぞ」

 泥で汚れた少年の金色の髪の毛と泥を眺めながら、ランスロットは手を差し出した。少年はその手を取ろうとしたが、躊躇して手をひっこめた。よく見ると、手も泥だらけである。汚れのないランスロットの綺麗な手を見て、遠慮したのだろう。

 ランスロットが口を開く前に少年は自分で立ち上がり、深く頭を下げた。

「本当にごめんなさい! 泥に滑ってうっかり転んでしまいまして…。汚してしまってごめんなさい!」

「私は大丈夫だし、汚れているのは慣れている。君も泥だらけになったんだ、お互い様だよ」そう言ってランスロットは少年の肩にべっとりとついている泥を落とした。

 少年はもう一度すみませんでした、と言いながら頭を上げた。少年の顔を見て、ランスロットは少しだけだが驚いた。

 こんな場所で暮らしているとは思えないほど、綺麗な肌と瞳をした少年だった。深い海か、星が輝く夜空のような色の瞳がランスロットの目と合った時、心の奥まで見透かされたような、何か確信をずばりと言い当てられたような、そんな気分になった。

 いつの間にか、ランスロットは少年から目を反らしてしまった。一瞬だけだが見えた少年の顔は幼いが、白い肌と青い瞳、そして金色の髪の毛だけは覚えることができた。そして、そこから出た表情の変化も。

 少年はランスロットと瞳が合った瞬間に目を丸くした。光の当たり具合か、瞳の色がきれいな空のような色に変っていた。その時に、変な違和感が襲ってきた。

「オレンジの騎士…」

 と、少年が呟くのをランスロットは聞き逃さなかった。

「なんだって?」

「ランスロット…オレンジの騎士…」

 唖然とした表情でランスロットは少年を見た。少年の瞳はまたあの海のような青い色に戻っていた。泥だらけにも関わらず、少年の外見はちっとも汚い子供なんかに見えなかった。

「私が?」ランスロットはあくまで旅商人を偽っていくつもりでいた。「なれるものならなってみたいものだね」

 少年は今にも途切れそうな、か細い声で言った。

「アーチェルド…交渉、…戦…」

「どういうことだ!」気がつけばランスロットは言葉より先に少年の両肩を掴んだ。今の言葉は、明らかに何かを知っている意味を持つ。しかもこの任務は、ランスロットや重鎮含む数名しかしらないはず。

 だが、あまりに必死になりすぎて周囲の目を引いてしまった。ここで注目されるのはかなりまずいことだと思うが、ランスロットは声を抑えるだけにして続けた。

「…なぜ君がそれを?」

 少年はひどく疲れたようすで、うつろな目をして肩が揺すられるままに首もぐらぐらと揺れている。まるで今にも眠ってしまいそうな赤ん坊のように。

 すると少年はいきなりぷっつりと糸が切れたように体の力が抜け、倒れてしまった。慌ててランスロットは少年を抱え込んで周りを見た。

「おい、大丈夫か、君! 誰か、誰か医者を呼んでくれ! 子供が倒れたんだ!」


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