大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第四章


「ランスロットとルセス」


 倒れた少年を抱え、ランスロットは急いで近くの民家まで走っていった。周りで見ていたはずの大人達は何も言わずその光景をただただ見ているだけだ。それにランスロットは腹を立てたのだが、問題はそこではなかった。

 少年が倒れたことも心配だが、もっと気になるところがある。少年はなぜ、誰も知らないはずの秘密を知っていたのだ、ということだ。

 扉の閉まった民家の前まで着き、彼は扉を叩いた。

「子供が倒れたんです! 少しだけ部屋を貸してくれませんか!」

 扉が開くと、小男が出てきてランスロットとその抱える子供を交互に見た。それから嫌味たっぷりな表情を浮かべて少年を睨んできた。

「ここじゃ何もしてやれねぇ。医者んとこまで行くんだな」

「医者がどこにいるのかわからないし、誰も教えてくれないんだ」

 小男は数日剃ってない無精ひげを何本か指で引き抜きながら暫く考え込むように目を伏せた。

「あんた、旅の者かね?」

「ああ。そんなことより、早くこの子を診ないと」

「じゃあ…まあ、仕方ねぇ。うちにあがんな」

 半分開いた扉を全部開け、小男は手招きをした。ランスロットは礼を言う間もなく小男に押されて中に引き込まれた。

 それから小男は素早く扉を閉め、鍵を掛けた。

 中に入ってさっそく奥のベッドへ少年を横にして、彼は振り返った。

「突然、やぶから棒にすまない」ランスロットは礼儀を取り戻し、穏やかな口調で言った。「周りの者が、どうもその…」

「まるで、犬か猫が死んでる横を気味悪がって通り過ぎる通行人みたいだった?」小男はランスロットの思ったことをずばりと言い当てた。それから彼は酒の入った器を持ってきて、ランスロットに渡した。「飲みな」

「ありがたいが、この子が…」

「その子は暫く寝かせてれば、次の日にはピンピンしてる」

 少年にかがみこんだまま、ランスロットは小男を見上げた。「どういうことだ?」

「よくあることなんだよ。そのせいで、大人達は気味悪がって近寄ろうとしないんだ」小男はランスロットの隣で膝をつき、少年を眺めた。「この子はここから外れの農家に住んでいてな、そこの農夫が死んで、一人暮らしになってんだ。まあ、それは今の現状で、この子がこの村にやってきたのが…そうだな、かれこれ三年くらい前の話だ。

 ボロボロの服を着たこの子は泣き声一つ上げずに村中を回っていた。村のもんが何人か気に掛けたが、この子は誰にも耳を貸さずに村の周りを歩いては立ち止まり、うずくまってまた立ち上がり、歩きだし、それを繰り返してた。まるで迷子になった子供のように。

 そこでとある男が、この子のところまで行って家まで招待してあげたんだ。愚かな偽善的考えを持ったその男は少年をほぼ無理やり家まで招き、温かい食事と寝床を与えようと考えていた。だけど、そこで少年と正面で向き合った時……少年は、悲鳴を上げて卒倒した。男はわけもわからず倒れた少年を医者に診せたが、気を失ってるだけだったんだ。

 次の日には少年は起き上がり、食事もできるようになった。ここで、少年は奇妙なことを呟いたんだ」

「奇妙な事?」

「ああ…」小男は言いづらそうに一瞬ランスロットから目を反らし、再び口を開いた。「その男の…生い立ちだよ。男は元ユーリンドを荒していた賊の一人で、物を奪う生活にうんざりしてこんなちっぽけな村で生涯を過ごそうと思っていた。誰にも内緒でな。

 ……だけど、この子はそれを…誰にも聞いたわけでもないのに、ピタリと言い当てたんだ。でも見ず知らずのこの子の証言を村のみんなが聞くわけでもなく、男はこの村にとどまることができた。この子も、外れの農夫に引き取られてしばらくはそこで暮らしていた」

 自分が先ほど少年に言い当てられた事と全く一緒だ、とランスロットは思った。少年はなぜか、誰も知らぬ事を知っていた。自分がオレンジの騎士、ランスロットだと見抜いた…はたして、見抜いたのだろうか?

「その…元賊、というのはまだこの村に?」

「ああ、まだこの村に滞在して、のんびり余生を過ごしてるさ」小男は酒を飲み干した。「俺さ」

 元賊、この場合、ランスロットはユーリンド王立騎士団の一員として彼を連行する必要があるのだが…今回はもっと大切で、絶対に誰にも悟られてはいけない任務がある。自分がランスロットだと、この小男に知られるわけにもいかない。

「…少年の家を教えてもらってもいいかな?」

「家まで送るのかい?」

「このままこの家に置いておくわけにもいかないだろう」ランスロットは意地汚い旅商人を装うと笑った。「ついでに俺の宿にもなるかもしれないからな」

 旅商人の演技が通じたのか、小男は短く笑った。

「じゃあ、連れていきな。その子を真っ先に助けたあんたなら、まあ不安だが…安心もできるだろうさ。その子の家はここの外れ、林の先に農家がある。一軒しかないから、多分わかると思うさ」

「ああ、何から何まで…ありがとう」

 ランスロットは少年を抱え上げ、外で待機させていた馬の背中に少年を乗せた。そこから林のほうを向き、出発する寸前に、小男が家から出てきてランスロットと少年を見た。

「あんた…俺の事、国に通報するかい?」小男の顔はひどく疲れ切った様子であるが、瞳には賊の荒い光は灯っていなかった。どちらかというと、村で懸命に生きる民のような明かりが見える。

 一呼吸おいて、ランスロットは答えた。

「いいや」

「俺はいつ捕まって、連行されてもいい。処刑されても構わない。いっぱいひどいことをしてきたんだ。だから、どうされても、それで罪が償えるならそれでいい。だから見ず知らずのあんたにもそのことを話した。…あんたの自由だ、好きにしてくれ」

「いや、通報も連行もしない」ランスロットは小男に近づいた。ランスロットが背筋を伸ばして立つと、小男は一層小さい存在に見えた。だが、それでも彼は生きている。「本当に罪を償いたいのなら、鉄格子の牢屋なんかで老いていくのをただただ待つより、こうして村のために貢献しているほうがよっぽど償いになる。君は立派に今も罪を償っている。少年を見捨てない、唯一の心も持っている。さらばだ、懸命な村人よ」

 男は何も言わずうつむいて静かに泣いた。ランスロットは振り返り、馬を引いて林のほうへ向かっていった。この時ランスロットは旅商人ではなく、オレンジの騎士、ランスロットであった。




 小男に言われた通り、林のほうへ進むと一軒だけ農家が建っているのが見え
た。かなり瑞穂らしい、古い家であったが、風をしのげなくもない。本当にこの少年一人で住んでいるらしく、中は人気が全くなかった。

 ギリモに乗せた少年を抱え、家に入る。中は小さなベッドと大きなベッドが一つずつ置いてあり、少年は小さいほうのベッドで横にした。

 もうひとつの大きなベッド――おそらく、この家の主人であった農夫のだろう――に腰かけ、黙って少年を見ていた。少年は穏やかな顔で眠っており、静かな寝息が聞こえる。

 一見、そこら辺にいる可愛らしい少年のようだが…この村では気味悪がられているらしい。彼がなぜ、ランスロットの事を知っていたのかが気になるが、それ以上にこの少年に興味が湧いてきた。

 この少年はいったいなにものだ? どこからやってきたのだ?
小男は一日でよくなると言っていた。明日になれば、何かわかるかもしれない。とにかく今は、夜が明けるのを待つだけだ。

 ランスロットはベッドに腰かけたままいつの間にか眠っていた。




 翌日、ランスロットは朝日が昇る前にギリモのいななきで目を覚ました。ギリモには夜中に起きて水を与え、勝手に貰って悪いがこの家で蓄えられた干し草を与えた。ギモリももう年で、できればあまり長旅で一緒にさせたくなかったのだが、彼以外ランスロットに相性の合うの馬は他にはいない。

 少年の眠っていた小さなベッドに目をやると、そこに少年の姿はなかった。ランスロットは飛び起き、窓の外を見た。窓の外ではギモリがいる。その隣で、小さな人影が見えた。人影はギモリの手綱を引いている。

 肩に羽織られた毛布に気づかず、ランスロットは家を飛び出した。

「なにをしている!」

 ギモリの手綱を引いている人影に向かってランスロットは言った。家から出ると、その人影は日の光に当たり、姿を見せた。

「あ、あの…その、ごめんなさい。ブラシで体を綺麗にしようと思って…」
そこには昨日の少年がいた。手には確かに馬の手入れ用のブラシを持っている。自分の倍以上あるギモリの身長に合わせようと、バケツなどで土台を作ってそれに乗っかっていた。

 そこでランスロットは肩に羽織られた毛布の存在に気がついた。

「これは…君が?」

 少年は土台から降りた。

「はい。昨日はお世話になったみたいなんで、せめてもの恩返しとして」

 肩をすくめながらランスロットは少年を見た。

「恩返しなんて、とんでもない。私も君の農家を宿代わりにさせてもらったのだし、それでおあいこだ」

 それから沈黙が生じ、微妙な空気が流れた。少年はこのまま馬の手入れをしようかしまいか悩んでいるようで、ランスロットの返事を待っている。それよりも、彼はこの少年についていろいろと訊きたい気持ちがあった。

「昨日のことについてなんだが…」彼はゆっくり少年に近付いた。少年は動じず、警戒もなくランスロットを見上げている。「あれは、どういうことだね?
その…私が、あのオレンジの騎士だ、と。それと、アーチェルドも」

 この時、昨日少年が倒れる寸前の時のようにランスロットと少年の目が合った。少年の瞳は深い海の色のままで、じっとこちらを見つめ返している。昨日のような、何かが通り抜けるような感覚はなかった。

 ランスロットは少年をただの少年だとは思っていなかった。何か、強い存在感を放つ自分よりもすぐれたもののような空気も感じていた。

 苦し紛れに、ランスロットは呟くように言った。「私はただの意地汚い旅商人だ」

「いいえ、あなたは旅商人なんかじゃない。あなたは、レヴァンの英雄、オレンジの騎士ランスロットです」少年はきっぱりと言った。

「なぜわかる?」

「あなたがランスロット様だから、です」

「私の事を…」一瞬躊躇したが、ここは隠さず訪ねたほうがいいと決断し、ランスロットは言葉を押し出した。「知っているのかね? 街で見たことがあるのかい?」

「あなたを見るのは初めてです。ですが…知っています」

「うむ…そうか」

 面倒なことになるかもしれない。ランスロットはそう直感した。もし自分の存在がバレてしまえば、どうなることやら。あのランスロットがアーチェルドに使者として送られた? グラベリスはどう反応するだろう。

 ランスロットほどの人物が使者として送られるのであれば、よほどアーチェルドも深刻な状況と悟り、アーチェルドに攻めてくるかもしれない。他にもさまざまな考えが浮かぶが、それらを阻止するにはまずランスロット自身が、ランスロットだとばれてはいけないのだ。

「君の言うとおり、私はユーリンド王立騎士団のランスロット。今回は、とある調査でこの辺までやってきたのだ。だけど…そのことは」

「誰にも言いません」少年はまたしてもきっぱりと、はっきりとした声で言った。

 ランスロットはほほ笑んだ。

「それはありがたい。話のわかる人物で助かったよ。この恩は必ず返す、約束する」彼は踵を返し、少年の手からギモリの手綱を引き取った。「それでは、私は失礼するよ」

「ま、待ってください!」

 少年の声にランスロットは振り返った。少年はランスロットのもとまで走ってきた。

「これからあなたは、アーチェルドまで行きます」

 驚いたことに、少年はランスロットの行き先まで当ててしまった。だが動じず、ランスロットは丁寧に聞き返した。

「なぜ?」

「それがあなたの使命だから、です」

「そうだとしても、このことは他言しないようにしてくれたまえ」この少年は何かが危険だ。ランスロットはそう読み、早々にここを立ち去るつもりでいた。

「その…」

「君は何も心配しなくていい。これは私の仕事だ。他言さえしなければ、何も起こりはしない」

「違います」少年はランスロットを再び見上げた。その瞳には強い意志が刻まれているのをランスロットは読み取った。深く、純粋で、打たれ強い…この年の少年ではめったに見ることのできない強い意志が。「僕も、連れて行ってください!」

 朝日が昇り始め、ランスロットとルセスの間に淡い金色の光が射し込んだ。ランスロットは金色の光越しの少年が、自分の事をなんでも知っている温かい人物の像に見えてしまった。

「それは…どういうことだね?」

「あなたの使命に、僕を供として連れてください」

「馬鹿馬鹿しい」会議で自分の主張を批判するドルックのようにランスロットは皮肉っぽく言った。「なぜ君を連れていく必要があるんだね? 私は一人で十分なのだよ。それに、私は供を連れていかないことにしている」

 少年はここで何かを言おうと口を開いたが、その瞬間素早く踵を返してランスロットは歩き出した。この少年は、やはり危険だ。何かを言われる前に、ここを立ち去る必要がある。そうしないと、自分の人生すら変わるほどの大きな事につながるような気がした。

 だが、ランスロットの歩みも少年の言葉で難なく止まった。

「アーチェルドへ行き、調査をしてアーチェルドの状態を見る。そしてユーリンドからどれくらいの支援がいるかを算出する。もしこのことが他国に知らされれば、アーチェルドは倒れ、ユーリンドも滅ぶ」

「なに?」簡単に止まった自分の足とギモリの足に驚きを覚え、ランスロットはまた踵を返して少年を振り返った。

 少年はランスロットの鋭い眼から目をそらさず、向かいあって見ている。「このことを知らされるわけにはいかない。あなたは、このことを他に知られるわけにはいかない」

「私を脅しているのか?」

 何も言わず、少年はただ見つめているだけだった。

「私は唯一秘密を知っている君を処分することだってできるんだぞ?」ランスロットは口調に重みと脅しを加えた。「たとえば、今から一秒と経たないうちに、私の剣は君の首を跳ねることだってできる」

「それはありません」少年の表情はまったく変わらなかった。「あなたは武器を持ってきていない」

 眠っている間に所持品を調べられたのだろうか。確かにその通り、ランスロットは武器と呼べるものは持ってきていない。今回の任務は交渉と調査のみだ。彼は今回の使命に武器は一切必要ない、必要にしてはいけないと武器である剣を置いていった。

「それに、あなたにはその気がない」

「……」

 何も言えなかった。少年は自分の考えていることをズバリと当ててきているだけではなく、それを応用してこのように脅しにかかっている。

「私にどうしろというんだ?」

「あなたは、秘密を守る必要がある。ですが、僕を今から連行するほどの時間もなければ、仲間に連絡を取る時間もない。口封じもできない。つまり、あなたは僕を連れていく必要があるんです」

 いったい、この少年はなんなのだ? なぜここまで賢い? 大人達が彼を気味悪がるのもわかるような気がしてきた。

 この少年はいつから自分の使命を知っている? 所持品からか? じゃあ昨日のあの意味深な言葉はなんなのだ? いつから彼は知っている? 彼はどこまで知っている?

 何一つ…そう、何一つわからなかった。少年が何を意図しているのかもわからなくなり、自分の考えは曇るばかりで晴れることがなかった。今この考えの浅くなったランスロットの出すべき行動は、今のところ一つくらいしか思い浮かばなかった。

 ギモリの背中にランスロットがまたがると、少年は不安そうに前に出た。ランスロットは金色の髪の少年を見下ろした。

「お前、名前は?」

 少年は見上げた。

「ルセスです」

「ルセス…か。良い名だ」ランスロットは身を少し乗り出し、ルセスの前に手を突き出した。「旅は長く、険しいぞ。それに耐える覚悟があるなら、この手を取れ。私としては、今一度考えなおしたほうが…」

 ランスロットが言い終わる前に、ルセスは彼の手を取って、そのままギモリの背中にまたがった。少年は驚くほど身のこなしが軽く、ランスロットの腕にはほとんど負担がかからなかった。

「無礼が過ぎました…申し訳ありません、ランスロット様。ですが、あなたの使命にお供して、手伝いたいのは本心です。わがままを聞いてもらってありがとうございます」

 子供らしくないルセスの口調にランスロットは逆に安心した。彼は、すべてのものに気を遣っている。彼の目的はわからないが、ランスロットにはどこか悪い事にならないような気がした。

 ただの子供を背中に乗せているだけ。ギモリもそんなことを言いだしそうな穏やかないななきを上げていた。不安はあるが、きっと大丈夫だろう。ランスロットは落ち着きを取り戻し、そして物事がいい方向へいくように考えた。

 もしかしたら、この少年にも何か役割を与えられるかもしれない。子供は便利な存在だ。


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