大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第六章


「東の街ネーミヌド」


 今朝、一つの村が滅びゆく叫び声を聞いた。家は焼かれ、物は奪われ、抵抗するものは命をも奪われてしまった。村から上がる火の手は近くの森林を焦がし、人々の悲願のような黒い煙はどこまでも高く立ち昇っていく。

 アーチェルドの東の勢力である街ネーミヌド――古きアーチェルドの言葉で『希望の砦』と呼ぶ――はもう賊に占領されたようなものだ。抵抗する軍もなし。生き残った兵士や騎士は数知れず。将軍として任命されたルウェンは、自分が知る限り最後の生き残りであるピーターという少年とともに林の中を徘徊していた。

 ネーミヌドが連中に制圧されて数日が経つ。アーチェルドの四大勢力の一つ、東の街ネーミヌド、北の森ベリグは賊が掌握するようになり、いよいよこの国も窮地に立たされることとなった。

 日に日に、賊は勢力を増し続けこの国を取り込まんばかりに浸食していく。王に最も忠実で、信頼されている将軍ルウェンもさすがにこの現状を受け取るしかなかった。

 食糧不足、紛争、賊の襲撃。すべてが最悪の事態に重なり、最悪の結果を招いている。こうして恥を忍んで賊から身を隠し、生きながらえていても希望が全く湧きおこらない。自分たちのように、何とか生き延び隠れている者もいるのだろう。だが今となっては、それを確かめることすらできない。

 ルウェンは振り返り、息を荒げながらなんとか後を着いてくるピーターを見下ろした。十六歳のこの少年の顔はそばかすがあり、幼さがまだまだ大きな瞳に残っている。これからアーチェルドの中央都市マルチェルダへ向かうつもりだが、そこまでの道のりは遥か遠い。馬も乗り物もない今では、そこへたどり着くのはかなり酷となるだろう。

 この少年、ピーターにとってはなおさらだ。彼はもとから兵士ではないのだ。徴兵されたただの農民。体力的にも、もう限界が来ているはずだ。このまま歩きでマルチェルダへ戻るのは無理だろう。

 だが、戻ってどうなる? アーチェルドの勢力はもはや役にも立つまい。兵士達はすっかり賊に脅え、戦意を失っている。四つの勢力のうち半分は落とされ、肝心の国王は――…。

 ルウェンは首を振った。いいや、まだ希望はあるはずだ。王、アイゼルがいる限りこの国は滅びるはずがない。やはりここは早くマルチェルダへ帰り、大勢を直して出直すべきだ。

 霧が林全体を包み、視界は最悪だった。地図も磁石もなく、方角もわからない。唯一助けとなるのは霧越しで見えるうっすらと輝く太陽の位置くらいだ。

 ネーミヌドで賊との戦を行ってからどれくらいの日が経ったであろう。もう何か月、何年、何十年も前の出来ごとのようだ。ネーミヌドは完全に賊に制圧されており、兵を送りこんでも手遅れであった。ほぼ一日で戦いは終わり、兵は逃げ賊は勝利の雄叫びをあげた。

 あれから何日くらい経った? きっと三日も過ぎてないだろう。一日か、二日か? 道のない森を進み何度夜を明かした? わからない。なぜだ、この年でもう年よりのように物覚えが悪くなってしまったのだろうか。

「なあ、ピーター」ルウェンは向き直り、必死に着いてくるピーターを見た。「私達はいったいどれほど歩いたと思うかね?」

 少年は立ち止まり、自分の頭二つ分背の高いルウェンを見上げた。「どうでしょう。マルチェルダを一周するくらいは歩いたと思うのですが…」

「うむ、そうであろう」ルウェンは皮肉に満ちた声で言った。「私達は確かにそれくらいの距離は歩いただろう。だが、その分あの忌々しい賊に落ちたネーミヌドから離れたわけではないようだ」

 しゃがみ込み、何かを拾い上げたルウェンを見てピーターは悲鳴を上げた。それは昨夜、野宿した際に使用した焚き火の名残、枯れ木や黒くなった木片だ。

 今は昼? それとももう夕方? どちらにしても、まだここはネーミヌドの敷地内、つまり賊の徘徊する危険な場所だということだ。賊は常に活動区域を伸ばしていっている。きっとここももう安全ではなくなるだろう。そして自分達の逃げた跡を見つけ、全力で捕まえに、もしくは殺しにやってくるだろう。

 しかし急いだところでどうすることもできない。彼らは完全に迷っていたのだ。

「こ、これからどうなるんでしょう…」弱気な声のピーターの肩は震えている。無理もない。まだまだ子供である彼に、こんな絶望的なものはない。

「我々がどうにかするしかない、ピーター」そう言うとルウェンはピーターの肩に手を置き、頷いた。「希望を捨てるな。まだ我々は助かる。そう信じよう」

 漠然とした言葉だ。自分で言っていて、自身が全く持てなかった。

「…はい」少年の表情は曇ったままだ。




 それからかなり歩いたころだ。ルウェンは二度目の絶望を味わうこととなった。霧が晴れ、林の見晴らしもまずまずになったと思えば、その林を抜けたすぐ先にあのネーミヌドの街の象徴とも呼ぶべき『希望の塔』が見えたのだ。

 ネーミヌドの何よりも高い建物はマルチェルダからでも見えるほどだ。霧が晴れるとそれははっきりと見え、そして近かった。今自分達は、ネーミヌドを囲む林をただ歩いていただけにすぎなかったのだ。

「そ、そんな…」

 絶望に打ち引かれたようにピーターが泣きそうな声を上げて膝をつく。ルウェンもそんな気持ちでいっぱいだ。これは悪夢だ。

 どうせなら、ピーターとともに膝をつき泣いてやりたい。だがもう自分はそんな年ではない。今年で五十八。そしてすべての兵士をまとめあげ、模範として生きるアーチェルド軍の将軍の一人。この若きピーターを導いてやらねばならぬ。

「さあ、立て、ピーター」

 ルウェンはピーターの腕を強く引いて立たせた。最初の方は力が膝に入っておらず、ルウェンの力を借りてようやく立てたが、手を離すと自分でもそのまま立つことができていた。

「まだ希望は捨てるな。最後のその時まで、だ。もしかしたら、この先生き残った兵や民がいるかもしれない。我々は彼らを導く必要があるのだ」

「ですが…もう賊は街だけでなくここにも進出しているのかもしれないんですよ?」

「むやみに林の中を進むよりはマシだろう。それに、それなりに計画はある」

 ピーターの涙ぐんだ顔はルウェンを見上げる。ルウェンは顎にたっぷりためた青みのかかった黒い髭を撫でながら『希望の塔』を見上げた。

「まず、あの街にはまだ馬や馬車が残っているはずだ。気づかれないよう…そうだな、夜がいい。夜なら見つかりにくいはずだ。この霧は突然深くなったり浅くなったりで信用できないからな。確実性を求めるなら、時間以外に裏切らない夜を選ぶべきだ。夜にこっそり街へ侵入し、それから馬車と馬を頂戴する」

「見つかったらどうするつもりです? 仮に馬を手に入れたとして、追ってこられたらとてもじゃないですが逃げられないですよ」

「そこは勇敢に戦う二人の戦士がいるじゃないか」ルウェンは微笑を浮かべてピーターを見下ろした。「君と私だ」

「む、無理ですよ!」信じられないくらい目を見開くピーター。汗が噴き出している。

「アーチェルドの血を引く私たちなら、できる。偉大なる戦士の血だ」

 アーチェルドは大昔から戦士の国として知られている。今ではすっかり荒れ果てているが、アーチェルドの戦士の力は昔の功績が現しており、一時期ではグラベリスのような存在の国であったらしい。大昔の話であるが、今でもその血がアーチェルドの人に流れていると信じられている。

 それでもピーターは自身なさげにうつむいた。

「無理ですよ…僕はその血を半分しか受け継いでないんですから」

 ピーター、彼はアーチェルドの父とユーリンドの母の間から生まれた子供だ。ピーターが九歳のころに父は死に、それから祖母に預けられた。ユーリンドにいる母とどう知り合ったのかは定かではないが、あまり人に言えるようなまともな恋をしたわけではないらしい。これは父から直接話を聞いたピーターから直接聞いた話だ。

 母は今でもユーリンドにいるらしい。あの平和で穏やかな国――とても、この荒れた国の隣にあるとは思えないほど美しい国に。ピーターはそのことに安心していた。あの国にいるのなら、安全だろう。

 だが半面、彼は母が恋しくてたまらなかった。最後に会ったのは、おそらく生まれてすぐだろう。父親に引き取られアーチェルドに暮らすようになったのは物心がつくずっと前だ。いつかはユーリンドまで行き、母を探したい、そうピーターは言っていた。

「君の父は偉大な戦士だ」ルウェンは全くピーターの父について知らなかった。「常に兵の模範であり、常に人の上に立つべき人間であった。彼の血を引くピーターよ、君は立派にその心を受け継いでいる」

「どうせなら、あなたのような父を持つべきでした」そうピーターは恥ずかしがらず言った。「いいのですよ、ルウェン様。僕は父を失ったことについてはそう悲しんではいません。だからそんなに無理なことを言わなくても」

「うむ…」見事に見破られ、ルウェンは眉をひそめた。少々この青年を侮りすぎていたようだ。

 ピーターがルウェンに憧れている事は知っている。そして慕っている事も。彼のルウェンを見る目は尊敬と敬意、それとまた別のあたたかい光で満ちている。徴兵により、一年前ルウェンの部隊についてから彼はよくルウェンの世話になっていた。一年だけの仲だが、ルウェンもこの少年には好意を抱いていた。

 だが部隊の中では下の下、学習能力も低く度胸もない。正直彼は戦士には向いていない。

「あなたの案に賛成します、ルウェン様」

「……いいのか?」

「はい。あなたが考えた計画なら、僕は安心して任せられます」

「うむ」ルウェンは頷いた。「では夜まで身を隠そう。お互いあまり寝ていない。どこか茂みに身をひそめ、交代で見張りをして寝るとしよう。夜になる前に体力を温存しておくのだ」

「はいっ」ピーターの言葉には脅えもあったが、少しばかりの希望もあった。




 最初に眠りに着いたのはピーターだった。本人は、最初は自分が見張りをすると言い張っていたのだが、様子を見たところそうさせるわけにはいかない。彼は疲労困憊しており、何よりも先に寝かせる必要がある。

 そのまま夜がやってくるまで起こさないつもりだった。今が昼かも朝かもわからないこの場所では油断は禁物だ。街の見えない遠くの方まで移動し、茂みに身を隠している今でさえ安全なんてものはこれっぽっちも保障できない。もともと兵士でもなんでもない少年にこの場を任せるのは心もとない。

 それに今ではだんだん日が沈んでいるのがわかった。逃亡中はそんなこと気にもかけずに歩きまわっていたため気づかなかったが、こうして落ち着いた今ではそれがわかる。

 なるほど、霧のさらに奥には確かに光が見える。それもいくつも。光はかすかに確認できるほどの小さな点で、それらが密集してできている。霧がちらりちらりと光を隠そうと努力するが、本質は隠せない様子だ。

 日の光は正直に輝いている。それから時間が経つにつれて徐々に弱ってゆく。どうやら今は夕方か、もしくはそれに近づいている時刻らしい。

 ルウェンはピーターの寝顔を見た。少年らしい無防備な表情で眠っている。鼻息は穏やかとはいえないが、疲れているわりには珍しく静かだ。幼さがくっきり残った顔だ。母親がさぞ恋しいだろう。

 不意に物音が聞こえた。馬の蹄の音だ。それに別の足音が聞こえる。ルウェンは音のする方角を探し、神経を研ぎ澄ませた。地面に置いていた剣を持ち上げる。賊だ。この辺まで、しかもこの一帯で人が現れるとすればそれしか考えられない。

 見つからずやり過ごせればいいが……いや、連中は林や森など、普段人が立ち入らない所での行動に慣れている。まず見つかると判断していいだろう。足音からして人数はそういない。二人か、三人くらいだ。

 将軍として十数年務めてきたルウェンは剣に自身があった。三人くらいなら、奇襲をかければ恐らく勝てるだろう。向こうが相当な手練か、自分の存在に気づいているかでもしない限りきっと大丈夫だ。

 耳を澄ませても話し声は聞こえない。歩く音だけ。何か目的のあるような足とりだ。どこかへ向かっている?

 霧で視界は最悪だが、耳は音を拾っていた。かなり近い。多分、霧がなければお互いすぐに確認できるほどだろう。ルウェンはそっとピーターを起こそうとして、すぐにやめた。場馴れしていないこの少年では、今大声を上げるまでもしなくても、それなりに相手に聞こえるほどの物音を出すはずだ。

 ピーターを起こすのはやめよう。多分、力にはならない。逆に足を引っ張ることになるだろう。

 静かに立ちあがり、物音を探る。丁度正面だ。馬の蹄は近いが、こちらに向かっている様子はない。きっと横切っているのであろう。ルウェンは待った。ひたすらまった。蹄が少しでも遠のくのを。

 そしてその時が来た。蹄の音は最初に聞いた時よりも小さくなる。ルウェンは物音を立てないよう慎重に正面に歩き出す。運よく霧が少し晴れ、蹄の音がする方からは人影が見えた。馬一頭と、大人一人もう一人は子供のようだ。大人の方が賊として、子供は? かなり身長の低い小男といえるかもしれないが、今一つ納得がいかない。もしかすると、子供は逃げている途中に捕まったどこかの町か村のものだろうか。

 だが子供は特に脅えているわけでも、手に鎖を巻かれているわけでもない。大人の方に調子を合わせて歩いているにすぎない。あれはいったいなんなのだ?

「誰だ!」

 ルウェンが彼らを確認してから歩き出す前に、馬を引いている大人が振り返りそう叫んだ。ルウェンは意表を突かれた事に半分驚きながらも、感心もした。この男は自分に気づいたのだ。

 手にしていた剣をアーチェルドの印が刻まれた装飾をされた鞘から引き抜く。両手で剣を構え、柄が胸の方までくるぐらいに構えて影を睨んだ。

「お前たちこそ何者だ! 賊であるなら、降服しろ!」

 ルウェンの大声でピーターが飛び起き、彼を探して彼の名を口にしている。

「ルウェン、というのだな?」影の方からそう男の声が聞こえた。

「そうだ。賊の者よ、私の名を聞いたからには、お前にも名乗ってもらおう。それが礼儀というものだ。それとも、礼を欠くほどお前達賊は下賎であるのか?」

 この場でのあの男の落ち着きにルウェンは言葉とは逆に焦っていた。それもかなり。汗は顔じゅうに溢れている。ピーターにも見られないほど離れていてよかった。こんな情けない姿は、絶対にさらせない。

「私は賊ではない。名はランスロット。あなたがその賊でない事を知り、安心した」

「賊ではないという証拠があるのか? この辺は賊で溢れかえっているぞ。賊でない人間を探すのも難しい」

「だがこうしてお互い見つかった。そうではないですか、将軍」

 今あの男はなんといった。将軍? というと、自分のことを――ルウェンを知っているのか?

「お前は何者だ?」

「私はランスロット。ユーリンドの使者です」

 ユーリンド? ユーリンド王国の事か。なぜそんな所から使者がやってくる。ルウェンは疑いの気持ちが晴れないまま影を睨んだ。柄を握る手に力がこもる。

「ではランスロット。そなたを信用できるかどうか、証明させてくれるものを見せてほしい。それから、手に持っている武器全てを置いてこちらまで来てもらおう。一人で、だ」

 大人の男の影が馬に傾いた。馬に提げた荷物袋から何かを取り出したようだ。それから腰から何かを取り外し、よく見えるように上に掲げた。

「私が持ってきた武器らしきものと言えば、この短剣だけ。それから、こちらの手に持っているのは国王からの認定証です」

 短剣一本をランスロットは地面に置き、ゆっくり近づいてきた。もう一人の子供の影はそのまま馬の隣で待っており、ランスロットの行く末を見守っている。

「まて!」ランスロットの姿がはっきり見える一歩手前で、ルウェンは叫んだ。「こんな土地になぜきたのかはあとで聞くとしよう。だが、ここに短剣一本でやってきたのというのが解せん。そなたは何ゆえにこの地にやってきた」

「使者として、アーチェルドの王アルゼン様にお会いしたくてまいりました。ゆえに私が武器を持ってこの地にやってくる理由はありません」

「ユーリンドにも我が方の噂は届いておるだろう。それなのに、危険を冒してここまで来る理由とはなんだ?」

 ランスロットは立ち止まった。その頃には彼の姿をはっきりととらえることができていた。薄い栗色の髪の毛に、鋭い目。瞳の奥には強い決意の光が浮かんでいる。

「協力、そして平和です。私はただそれを求めて、この国へやってきました」

 ランスロットの手には何も握られていない。腰には剣どころか武器になりそうなものすら提げられていない。この男が本当の事を言っているとすれば、この男自身相当賢明な者か、勘違いを通り越した大馬鹿者かのどちらかだ。

 だがこの男の右手に握られた、ユーリンドの紋章――それも、かなり高貴な位の紋章だ――は偽物ではない。ユーリンドには何度か訪れ、勉強もしてきた。昔の知識のままのユーリンドなら、これは王位の者の紋章だ。

「ランスロット、といったな」ルウェンはこの男を信じることにした。「君はなぜ王にお会いになろうとするのだ? この現状を君は理解してのことか」

「把握しているつもりです、将軍」ランスロットは奇妙なほど落ち着いた声で言った。「この国の食糧難を解決するため、ユーリンドから援助を送らせていただきたくまいりました。私はその使者であり、調査員でもあります」
 奥の馬と待つ子供の影を見ながらルウェンは言った。

「二人で来たのか?」

「ええ、そうです。私と彼……――紹介しましょう。ルセス、こっちへ」

 ルセス、と呼ばれた影は迷いもなくこちらへ向かって走り出した。隣の馬は従順にその場で待っている。

 霧から一人の少年が現れた。金色の綺麗な長い髪の毛に、青い瞳の幼い少年。ピーターよりずっと幼い。

「こちらはルセス。私の弟子です」

 少年、ルセスは行儀よく頭を下げた。

「初めまして、ルウェン様。お会いできて光栄です」

 少年は握手を求めてきた。ルウェンは疑いもなくその手を握り、握手を交わした。少年の瞳には素直で純粋な気持ちが溢れている。警戒なんてするほうがおかしい。

「ランスロット、君はなぜ私が将軍だとわかったのだね?」

 彼はその鋭い目をにやっとさせてルウェンを見た。

「私が生まれるずっと前から将軍だったからです」

「……どういう意味だ?」

 ランスロットは何も言わずにルウェンと目を合わせた。ルウェンは二十年以上将軍として勤めているが、それとこれがどう関係するのだろうか…。

 そこではっと、昔――最後にユーリンドへ行った十年前を思い出した。そこにはランスロットの顔があった。今より若い、少年のころのランスロットの姿が。そう、私は彼を知っている。

「君は――確か、競技大会にいたあの…」

「ええ。その通りです、将軍。あなたに表彰され、当時勉学よりもあなたの冒険話に夢中になったあの無知な少年です」

 思い出した! 彼はその昔、ユーリンドで年に一度開かれ競技大会でいくつもの賞を取った優秀な少年だ。たまたまユーリンドに訪れた彼は、その場で競技大会での見物の際に賞を渡す要人を頼まれたのだ。

「おお、君だったのか! 大きくなったものだな! あのころはこの少年より少し大きいくらいだったのにな!」

 思い出してもらったことを嬉しく思ったのか、ランスロットは明るい笑みを浮かべた。

「覚えてもらい光栄でです、将軍。あの時もらった賞状は私の部屋で大切に保管されていますよ」

「うむ、まさかこんなところで懐かしい顔に出会えるとは思いもよらなかった。だが時が悪い。今は君が知っての通り、最悪の事態だ。ここは安全ではない。アーチェルドのどこにも、安全な場所なんてものはないのだよ、ランスロット」

 背後からようやく自分達を見つけたピーターが現れた。その顔には不安と恐怖が入り混じった表情が浮かんでいる。

「る、ルウェン様! ……その、その方は?」

「ランスロット、彼はピーター。私の部下だ。ピーター、ランスロットだ」ルウェンは簡単に紹介を済ませた。「それから、ルセスだ」

 ルセスとピーターは同時に頭を下げた。この中では、一番歳の近い者同士となるだろう。打ち解けるのも早いだろう。

「見たところ、確かに状況は悪い方向へ向かっているようですな」ランスロットは辺りを見渡し、最後に希望の塔を見上げた。希望の塔の先端は砲弾により欠けてしまい、刃こぼれした剣そっくりになっている。

「いいや、ランスロット。もうすでに向かったのだ。あとはアーチェルドの行く末を待つのみとなっている」ルウェンがあまりにもはっきりと言うので、ピーターが不安そうな顔できょろきょろとランスロットとルウェンを交互に見てきたが、この際相手にしないことにした。「いまさら遅いかもしれんが、このネーミヌドの状況を王に報告する必要がある。だが我々にはその手段がない」

 ランスロットは霧により影だけしか見えない馬を指した。

「私が直々に、王へ報告するという手もありますが、私はマルチェルダの道をまるで知らない。あなた方の道案内が必要となりますが、生憎あの馬は四人も乗せるほど体力も持久力もありません」

「確かに、マルチェルダに向かうには我々が必要のようだな。しかし君達が現れるまでは、私の考え通りに事は進んでいる」ルウェンは空を見上げた。暗明がはっきりしだしている。夜が迫ってきているのは目に見てわかった。「よければ君達にも協力してほしい。人数が多い方が心強い。君達は使者としてマルチェルダへ向かう必要があり、私もマルチェルダへ戻る必要がある。目的は一緒だ。どうだね、ランスロット?」

 断る理由なんて最初からないのだろう、ランスロットは迷わず答えた。「協力しましょう。ここよりは、あなたの判断を仰ぎます」




 夜になり、月が一番の輝きを示したが、星はまったく見えなかった。霧は晴れているが遠くの方から、宴でもやっているのだろうか賊の騒ぎ立てる騒々しい声や歌が聞こえてくる。ルウェン達が入ったネーミヌドの東側は誰もいないようで、物音ひとつしない。それがかえって不気味だった。

 今のところ人の気配はない。だが賊もどちらかといえば、物に潜むのを得意としている。息を殺し、音を立てずまるで岩のように動かない見張りがいても不思議ではない。そこでルウェン達は二手に別れることにした。

 一方は主に馬車の調達のために納屋を探しにいき、もう一方は比較的目立つ道を行き見張りの注意を引き寄せる。馬車の調達はルセスとピーターが行うことになった。そしてランスロットとルウェンは目立つように街の中を徘徊することにした。

 しばらく歩くと、大きな納屋を見つけた。街の一部として溶け込んでおり、立派で綺麗な屋敷のようにも見える。ランスロット達はあえて興味のない素振りを見せて納屋を横切り、距離を取っていた。

 後ろのかなり離れたところで、ルセスとピーターが待機している。自分達の姿は見えているはずだから、きっと納屋も見つけたことだろう。そこから彼らの仕事だ。彼らはあの納屋へ侵入し、必要なものを調達する必要がある。

 そして自分達はそれまで見張りのほとんどの目を引いておく必要があるため、目立つ必要があった。

「しかし、あれだな」ルウェンはランスロットの横で大きな声を上げて言った。

「あれ、とは?」

「十年くらい見ていないうちに、君も立派になったものだ。今では隊の一隊を任されるほどになったそうだな」

「あなたこそ、その年で将軍を続けているのですから」ランスロットは笑った。だが顔から緊張は解けていない。

 二人は会話しているが、その内容をほとんど頭に入れていなかった。この会話は建前だ。声を立てて人の注意を引くための。

「気づいているか、ランスロット?」ルウェンは急に小声になった。

 ランスロットは頷いた。

「ええ。三人……」

「うむ」ルウェンは満足したように頷いた。

「いや、四人。後ろに二人、建物に二人です」

 その言葉を聞いて引きつった顔になったルウェンを見て、ランスロットは首をかしげた。

「どうかしましたか?」

「いや…そう、四人だ。私も気づいていた」

「建物にいるほうは飛び道具を持っていると考えるべきでしょう。そして我々をしっかり標的として定めている」

 もし撃たれるとして、すぐに身を隠せる場所を探す必要がある。幸い、この街は建物だらけだ。いざとなれば建物に身を隠せる。

「思ったより見張りは多いようです」ランスロットは言い添えた。「さらに増えてくるでしょう」

「それはかえって好都合なのかもな。我々に注意が集中する分、ピーターとルセスも仕事がしやすくなる」

「私達がどう逃げ切れるかによりますがね」

 また別の気配を感じてランスロットは立ち止まった。彼はさらに四人、身を潜む人間を見つけたのだ。自分達が歩く先の建物の陰に、すぐ後ろに、隣の建物に――今、自分達は囲まれている。

「思ったより集結は早いようです」

 ルウェンも気づいていた。

「うむ。……完全に囲まれる前に急いで巻いた方がよさそうだ」

 賛成だ。二人は顔を見合わせると頷き、気配の感じない建物と建物の間の路地裏に向かって走って行った。それと同時に身を潜んでいた者たちが表立ち、彼らを追って走り出す。

 どこをどう抜けるか、ネーミヌドの地形を理解していないランスロットはルウェンの背後に着き、彼の行く先についていった。道を決めるのはルウェンに任せるとして、自分は細心の注意を払ってあたりを警戒している必要がある。

 路地裏を抜けた先はまた建物がいくつも建ち並ぶ路に出た。二人はまた路地裏に入り、追手が来る前に身を隠し走る。また路地裏を抜けると広場まで出た。大きな円状の噴水だ。今はもう作動しておらず、乾いた噴水のところどころはヒビが入っている。よく見るといくつも欠けている個所も見つけた。

 出た瞬間、ランスロットはルウェンを突き飛ばした。ルウェンは小さな悲鳴を上げて石畳の地面に肩を打ち付けて転がる。転がった後すぐに立ちあがり、ランスロットを見た。

 彼の足元には一本の矢が突き立てられていた。矢はいとも簡単に石畳を貫き、深くまで刺さっている。

 一瞬ルウェンとランスロットは目を合わせ、今自分達がいる危機を感じて背中を合わせて立った。ルウェンは腰の剣を抜き放ち、ランスロットは辺りに目を光らせる。

 どうやら自分達ははめられたようだ。自分達が通ってきた路地裏はもちろんのこと、広場を囲む建物から何人も人が追ってきた。この街の生き残りであってほしかったが、その願望と一致するほど穏やかではなかった。

 二人は何も口に出さず、ゆっくりと取り囲んでくる人々を警戒していた。やはり賊だ。それぞれ統率のない武器や服装だ。戦闘準備は万端といったところか。こちらは老いた将軍一人に武器を持たない騎士一人。

 賊はもうすでに二人が逃げられないくらい完璧に囲み、じりじりと迫っていた。手には武器を持っており、目には明らかな敵意が浮かんでいる。二人は何か切り抜ける策はないかと模索したが、どうしても出なかった。

「おやぁ、これはこれは」

 賊の一群からそう声が上がり、ランスロット達は声のする方に目を向けた。賊は道を開け、一人の男が通る。二人の前で男は立ち止まり、微笑を浮かべた。

 男は他の賊同様、落ち着かない統率のない胸当てや鎧を身につけ、背中には大剣を背負っている。体格はがっしりとしていて、ランスロットより頭二つ分は高い身長だ。他の賊と比べて小奇麗な顔立ちで、長い黒髪を全部背中の方まで撫でつけている。一瞬ランスロットはこの男がなんなのかわからず、ただ凝視していた。

「まさかこんな所でお会いすることになりましょうとはな。副隊長どの」

 ここでランスロットはこの男の事を思い出した。この顔、声、そして『副隊長』と自分を呼んでくるこの男の正体を。

 忘れるはずがない。抑えきれないほどの憤怒が吹き出そうとするのを感じる。体のいたるところが熱くなり、ランスロットは拳が白くなるまで強く握る。

「ミホーク…ッ!」

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