「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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大泥棒の路地裏
第九章
「四大勢力」
翌朝、宿舎にルウェンが直々に迎えにやってきた。その面持ちは暗く、一晩中起きていたようで目の下のクマが濃い。早朝のさわやかさに見合わない将軍の声はひどく疲れ切っていた。
「ランスロット、ルセス。朝早くにすまないね。こちらにピーターを預かっていると聞いて、引き取りにきたんだが」
ランスロットはすっかり目を覚まし、ルウェンの言葉もしっかり聞きとれていたが、ルセスはまだ眠たそうにボーッとしている。早朝起きに慣れていないのか。それとも、昨夜は遅くまで起きていたのだろうか。
アーチェルドの日射しはすがすがしいが、どこか重い空気を漂わせていた。昨日聞いた、メーズリ女王の知らせが招いたものかどうか、ランスロットにはわからなかった。しかし、ルウェンはその影響を明らかに受けている。
「今呼んできましょう。その間、お茶でもどうです?」
気を遣って、少しでも休ませてあげたくてそう言ったのだが、ルウェンは疲れた表情で首を振った。
「いや、ピーターを呼んでもらうだけで結構だ。王との対面にはもうしばらく時間を要するかもしれん。すまんが、再度私が連絡をよこすまで待っていてもらいたい」
「ええ、わかりました」ランスロットは深く追求しない事を決意した。
それから部屋へ戻り、まだ眠っているピーターを起こして身支度をさせ、ルウェンの所へ向かわせた。身支度といっても、ピーターは自分の荷物をほとんど持っていなかったので、衣服を着替えるくらいだった。黒い髪も撥ねたままだったが、しかたがなくそのままにした。
ルウェンはそんな彼の姿を見ても全く動じなかった。というよりも、反応する余裕がないと見える。それほどまで疲れ切ったルウェンを見て、ランスロットはいったい何があったのか問い質してみたくなった。が、やはりやめておこう。これ以上、彼の苦悶をかき乱す必要はあるまい。
「じゃあね、ルセス。お別れだよ」眠気もなくなったピーターが悲しそうに言った。
「うん、ピーター。楽しい話をありがとう」ルセスも別れを惜しんでいるようだ。
どうやらこの一日で二人の間に友情が生まれたようだ。それはそれで、いいことだとランスロットは思った。いろんな土地で過ごし、友を知るのは決して自身の向上に対して悪い影響はない。ルセスの成長を考えるのなら、ルセスとピーターの関係には喜ぶべきことだ。
二人は最後に手を振って別れた。ピーターは背を向けてルウェンの隣を歩き、ルセスはランスロットの隣でそれを見守っていた。
気になっていたのか、ルウェンが「何を話したのだ?」と小さくなった声で訊いていた。ピーターは「僕が夢中になったお話です」と答えていた。
何を話したかはおおよそ見当が付き、ランスロットはルセスに微笑んだ。
「ルウェンどのの話は大げさな描写が多い。だが、ほとんどが事実だ。私も夢中になったものだ」
「あなたも、ルウェン様のお話に?」ルセスはランスロットに見上げた。
「ああ。君と同じくらいの歳からずっと、彼の冒険話にうつつを抜かして稽古をおろそかにしていたものだよ。ピーターから聞いたというのなら、いつか私にも聞かせてくれ。地元の人間しか聞いた事のない話もあるだろうしな」
無邪気なルセスはランスロットの言葉に喜んで、声の調子を上げた。
「ええ、是非! 僕はルウェン様の話をあまり知りませんでしたが、昨晩徹夜でピーターが話を聞かせてくれたおかげでたくさんの話を覚えました。今ルウェン様を見ていると、伝説や神話の人物を見ているみたいで――」ルセスははっとして言葉を止めた。それからランスロットを心配そうに見上げる。
案の定、ランスロットは気づいた。「徹夜したのか? あれからすぐに寝ないで?」
申し訳なさそうに頷くルセスを見て、ランスロットは一瞬にやっとしたが、すぐにむっすりとした顔になって言った。
「いいか、ルセス。騎士となるのなら、徹夜などもってのほかだ。睡眠をとらない事には、まず力が湧かないぞ。だから、ほどほどにな」
「はい、わかりました。ランスロット師匠」
強調するように言った、ほどほどにな、という言葉をルセスはどう感じただろう。そしてどう解釈したのだろう。この子は頭がいい。きっと、意味を見出すはずだ。
それからまた衝動的に笑いがこみ上げてきそうになるのをこらえた。もし私がルセスと同い年の少年だったならば、きっと彼と同じようにピーターの話を聞きいって寝不足になっていただろう。
夕方になってもルウェンは連絡を寄こさなかった。マルチェルダは王都に相応しくない墓場のようにどんよりしており、その空気を重くしている。民の表情は皆暗く、不穏な雰囲気を醸し出していた。
メーズリ王妃が亡くなられた事がこの国にとってはショックなことなのだろう。しかし、本当にそれだけなのだろうか。
ここは王都マルチェルダ。察するに、アーチェルドで一番安全な場所だ。賊の被害も今のところ受けてはいない様子だ。
そこでランスロットは自分達の目的を思い出した。そう、今アーチェルドは食料不足だ。それはアーチェルド全体がそうであり、どこもかしこも紛争が絶えないのだ。ここマルチェルダも例外ではない。となると、自分達が泊っている宿はかなり高価な所なのであろう。なぜなら、食糧難で飢えている民がいるなか、食事を出しているのだから。
道行く民達を見てみると、皆みずほらしい格好をしている。それにかなり痩せている。ユーリンドのレヴァンではよく見かける、食料品を扱った店も見当たらない。
「一刻も早く、この事態をどうにかすべきだな…」
窓越しにマルチェルダの光景を見て、ランスロットは一人呟いた。ルセスはその言葉に賛同して、静かに頷いた。
「ですが、ユーリンドから支援を送ったとして、それだけでこの飢えを免れる事ができるのでしょうか、ランスロット仕様」
首を振って穏やかな声でランスロットは返した。
「この食糧難だけでも、何年もかかってようやく立ち直る事が出来るものだ。しかし、それだけではない。ここには、かつてユーリンドの賊と騎士達の勢力争い時以上に賊が溢れかえっている。それがどうにかならない限り、アーチェルドに光はない」
「あの男…」思い出したようにルセスは言った。「あなたと一騎打ちをしたという、あの男は、いったいどういう人なんですか?」
「ミホークと言う名の男だ」ランスロットは率直に答えた。「今は賊の頭となっている。笑える話だ。かつて騎士だった人間が、賊へ寝返りその頭まで登りつめるとはな」
ユーリンドの歴史を遡ると、ユーリンド王立騎士団が生まれた由来は賊にあるとされている。当時無法者の多いユーリンドは統率も乱れ、国自体がこのアーチェルドのように悲惨な現状だったという。その現状を打破すべく、ユーリンドは新たな改革を示し、騎士団を創立し、法を作った。それから長い事賊との戦いが続くが、つい四年前にそれは終結した。ランスロットやグフォン騎士団総隊長をはじめとする、ユーリンド王立騎士団の力で。
皮肉な話だ。騎士が賊になるなど。ランスロットはいっそ笑ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
「あなたとはどういう関係なんです?」ルセスは確信を突いた質問をした。
一瞬ランスロットは言うかためらったが、この子に隠し事をしていてもしょうがないと思い、話す事にした。
「彼は私の部下だった。私より年上で、遥かに経験を積んだ騎士だったがね。本当は、彼が騎士団の一隊長を任されるはずだった。しかし、彼はいささか騎士としては道理に反する行動をいくつもとってきた。それがなければ、優秀な騎士になっていただろう。そして、私のもとへ一隊長の話が上がってきた。そして彼は私の部下となった」
「どうして部下ではなくなったんですか?」
ランスロットは顔をしかめてルセスを見た。この子は何ともまあ、質問しづらい事を簡単に口に出して問うてくる。これはこれで、良い強みになるのかもしれないが。
「賊との大戦中の時だ。私は偵察の為に、ミホークと他の部下二名を大谷へ向かわせた。その先に賊の拠点があると噂されていたからだ。三人の帰りを待って、私の率いる部隊は大谷の前の山地にテントを張り、野営地としていた。
日が低くなり、空も月がおぼろげな輪郭を浮かび上がらせていた時だ。一人の男の叫び声がした。騎士の一人が、弓矢に射られて死んだのだ。暗がりから放たれた矢は雨のように野営地に降り注ぎ、騎士達を次々と射殺した。そして矢が尽きるころに、雄叫びと太鼓の音と共に賊が現れ、野営地を囲み襲撃してきたのだ。私達は賊に囲まれた。生き残った部下達と共に戦い、何人も命を落としたが、各自ばらばらに分散して逃げた。
賊が諦めて帰り、私達は再び集結をしたが半数くらいしか生き残っていなかった。生存した半数の騎士達と共に、私はなぜこの場所が敵にばれたのか模索する作業に取り掛かった。それから数時間、大谷の方で二人の倒れた騎士が見つかった。一人は胸を剣で貫かれ、絶命していたがもう一人は何とか生き延びていたが、腹を切られ重傷だった。
すぐに手当てにかかったが、騎士は自分の先が短い事を悟り、止められていたにも関わらず怒りの表情で話し続けた。『ミホークだ、奴が裏切り賊達の我々の拠点の位置を知らせたのだ』と。私達は、ミホークの裏切りにより壊滅しかけたのだ」
「本当に、彼がやったのですか?」
「間違いない。大谷にはミホークの剣が転がっていた。殺した騎士の血が付着していたのだ」ランスロットは拳が真っ白になるほど強く握った。
ルセスはその気持ちを読み取ったのか、辛い表情になった。
「仲間で裏切るなんて、悲しい事です」
「ミホークがなぜ裏切ったのかは私にもわからない。もしかしたら、訳があるかもしれない。だが、裏切ったのは事実だ。もし彼が正しい行いをしていたにしても、私は裏切りに対しけじめをつける必要がある」ランスロットは再び窓に視線を移した。そこには、飢えに喘ぎ絶望に苦しむ民の姿しか見えなかった。「このまま待っているわけにはいかない。やはり、時は過ぎ過ぎていた。賊、食料不足、紛争。この国の脅威はそれだけではない。全てを解決する必要がある。それも、今すぐに、だ」
ルセスが聞き返す前にランスロットは立ちあがった。
「どちらへ行くのです?」
「ヨハ城だ」ランスロットは短く答えた。「ルセス、君も身支度をしろ。すぐに向かうぞ」
メーズリ王妃の棺は簡素なこげ茶色のもので、土の色と同化していた。棺が土に埋もれていくのを、アイゼルは最後まで見届けた。葬儀は足早に進み、気がつくともうメーズリ王妃の棺は土に埋もれ、石碑が建てられるところであった。
この足の下には、何人もの王族の遺体が眠っている。その中にはアイゼルの父や母がおり、その中に自分の最愛の者が加わった。そして異変に気付いた。
父の顔も、母の顔も、まるで目の前の肖像画を見ているように鮮明に覚えている。威厳の深い、偉大な父。鮮明で、賢い母。それなのに、最愛であるはずのメーズリの顔を最後に見たのは何十年も前のような気がした。最後に妻の笑顔を見たのはいつだろう。狂った自分を見捨てなかった妻は、最後にどうやって笑えたのだろう。
もはやアーチェルドの栄光はアイゼルの代で暗闇に溶け込んでいった。妻の死とともに、実感した。アイゼルは自分の掌を見つめた。しわが深くなり、色が失せている。そうか、王は老いたのだ。
はて、いつ雨が降った? メーズリの眠る土は途端に柔らかくなり、濡れた灰色の髪の毛が瞼にかかり、水を滴らせる。はて、わしはいつからこうしておったのだ?
メーズリの石碑を見つめているうちに、雨は強くなってきた。が、視界を隠すほどでもない。アイゼルの凍えきった心には、もはや雨など気に障るものでもない。遠くの方で、メーズリの好きだった竪琴の音色が雨に混じって聞こえてきた。
ザーザー。
ポロン。
ザーザー。
ポロン。
『いつまでそうやって竪琴を弾いているのだ、メーズリよ』アイゼルは言った。『それに、その曲を弾くまでもなかろう』
メーズリは悲しそうな笑顔を浮かべて、ベッドの上からアイゼルを見た。
『民の苦しみが増しております。私の竪琴の音色が、少しでもかの大地の者達へ響くというのなら、私は何も恐れません』
『余が恐れておる。そなたを失っては、誰が余を歌で励ます? そなたが遠い彼方へ去り、誰が竪琴の旋律を民に聴かせる?』
アイゼルはメーズリの痩せこけた手を握った。メーズリも握り返してくるが、その手に力はない。重い病気ですっかり弱ってしまったメーズリは、その昔歌姫と知られた美しい面影をほんの少しだけ残し、他はすべて病気により削がれてしまった。
この思い病が発生するまでは、メーズリは美しい歌姫で、民達の心の安らぎとなる音楽を奏で、地方の人々を癒してきた。アイゼルがメーズリを娶り十数年後、彼女が重い病気にかかった事が明らかとなった。発見が遅く、すでに彼女の体はボロボロであった。
『ほんの少しでも、お前には生きてほしい。余のわがままじゃ。生きてくれ。そして、同じ病を抱えた詩人フィルニーの歌を歌うのをやめてくれぬか』
吟遊詩人として名の知れたフィルニーの病も、メーズリと同じものであった。彼はその病により倒れたが、残した曲は人々の支えとなる明るい曲ばかりだ。しかし、メーズリにそんな彼の曲を歌ってほしくなかった。歌自体は聞いていて気持ちが楽になる。が、彼女の事を考えると、せつなさと不安で胸が苦しくなる。
アイゼルは力を込めてメーズリの細い手を握った。まだ、温かい。メーズリは疲れ切っているが、どこか幸せそうな顔でアイゼルを見つめ返した。彼女の温かいこのぬくもりを感じたのは、これが最後かもしれない。そして、彼女がフィルニーの曲を奏でるのも。この時、窓の外ではパラパラと雨が降っていた。
ザーザー。
ポロン。
ザーザー。
ポロン。
「王よ…陛下。そろそろ、館へ戻られた方が…」雨に打たれ、悲しい哀愁を漂わせた老人にルウェンは言葉を投げかけた。しかし、アイゼルはうごかなかった。
一言も発さず、動じない王から次々と人は去っていった。ルウェンも、側近も、残された息子も、すべて――
王家の眠る墓場に残ったのは、アイゼル一人だった。正確には、アイゼルとメーズリ。国王と王妃。老人と歌姫。遠い昔に涙は枯れた。代わりに、空が泣いている。涙は全身を打ちつけ、身を冷やす。
メーズリの石碑は濡れきって、冷たい光を反射していた。アイゼルはそっと、石碑に自分の肌のぬくもりが残った上着をかぶせた。その後ろではランスロットが立ちすくんでその光景を見ていた。
アイゼルが振り返り、ランスロットと初めて目を交わす。二人は雨でずぶぬれになっていた。二人は黙ったまま、お互いを見合っていた。
王族の印、証明書、烙印、紋章、そして手紙。さまざまなユーリンドの使者である証に目を通し、最後に再び同盟の条件が長々と書かれた書類を見つめた後のアーチェルドの王の第一声がこれだった。
「くだらぬな」
その言葉に先に動揺の色を見せたのはルウェン将軍だった。王宮内での王の言葉は、低くこだましてなお耳にはっきりと残った。
「ですが、陛下!」ルウェンは無礼を承知で一歩前に出た。「食料難は我が国一の脅威ですぞ。この条件を飲まずして、どう民を助けるおつもりですか!」
「それが下らぬ事だ、ルウェン」王は冷めた声で言った。しかし、その口調には王としての威厳も少しばかり窺えた。「食料についての問題を少し和らげることができたとして、それからどうする。仮に民が飢えから解放され、豊かな暮らしを約束し希望に満ちたところで、今の今ではもはや役にたたぬことよ。滅びた民の村は数知れず、賊に荒された地域はもはや荒野ととかしている。散った四つの勢力も一つずつ順番に賊に飲み込まれ、今では半分もの力しか残っておらぬ。いまさらユーリンドが我らと同盟を組んだところで、アーチェルドはいずれ革命を起こす。崖っぷちなどではない。もうすでに、アーチェルドは崖のひび割れた穂先に捕まり、ぶらさがっておるだけなのだ」
王の怒りの込めた瞳がランスロットの目を射ぬき、離さなかった。ランスロットは動じず、王の目を受け続けていた。
「陛下、お気を確かに」ルウェンが制止に入った。
しかしアイゼルはランスロットを睨みつけたままだ。やがて短くも長い時間が流れ、王は口を開いた。
「去れ、ユーリンドの使者よ。この国にはもう希望など必要ない」
「何を申されますか、王よ!」
怒鳴るようなルウェンの声は高くこだましたが、王の言葉には及ばずすぐに遠い彼方へ消えていった。
「幾度もの失礼をお詫びいたします」ランスロットが言った。「ですが、絶望の淵であるからこそ、我々が協力すべきなのです。あなたも王ならお分かりでしょう。このマルチェルダが――いえ、アーチェルドがどれだけ民の苦しみに泣いているか。一刻も早く手を打つべきです。我々ユーリンドはそれに全面的に加担しましょう」
「もう時はとっくの昔に、我が国の栄光と共に過ぎ去った。余がどれだけ声をかけて近辺の国々に力を注いだと思う? その時彼らはこの国に何を約束したというのだ。――手遅れだ、ランスロット。こうして今、マルチェルダは無事だがいずれは大勢の敵が攻め、落ちるだろう。余にはそれをどうにかする力もない」
その言葉にルウェンは絶望して顔を隠すようにうつむいた。王の言葉は、将軍にとっても絶望にしかならないものばかりであった。信じた主君が、国が、忠義が突然音を立てて崩れ始めたのだ。
「私の推測が正しければ、まだアーチェルドが助かる可能性はあります」ランスロットは臆さずきっぱりと言った。その声は落ち着きを払っている。
「推測?」アイゼルはあざ笑うかのように言った。「推測など、結果の前ではなんの意味もなさん。ユーリンドがその推測で生きてきたというのなら、余は希望を抱き国の復興に向けて全力を注いだであろう。しかし、事実そうではないのだ」
「試す前から諦めるのは愚かな事です」
「余が愚かだと?」あまりにもはっきりと言うランスロットの言葉はアイゼルを強く刺激した。ルウェンははらはらしてそれを見守っている。
アイゼルはずん、とランスロットに大股で近づき、顔を近づけた。
「若き騎士よ。そなたは何もわかっておらぬ! 王になり視野を伸ばせば、その愚かという行為を賢明ととるであろう。そなたの君主も同じ事を考えるであろう。抗えば抗うほど、身に絡まる茨はさらに食い込むのだ」
「では意地を見せるべきです」今度はランスロットが顔を近づけた。その目は強い決意が現れている。「身に絡まる縄や茨も、強く締め付け続けやがて切れるでしょう。それに耐える意地を今こそみせるべきです、殿」
ランスロットの目は強い意志で輝いていた。まっすぐとした、真のある目だ。それはアイゼルの絶望しか見ていない目を正面から映しこんでいた。
アーチェルドの王はその目を正面から受けるのをためらい、踵を返した。彼は自分自身の心境を把握していた。
「余は狂っておる」口に出して言っても、それは和らがなかった。「狂った王。頭のおかしな王さま。民か、将校か、領主か、将軍か、アーチェルドか、……誰もがそう思っている。余自身でも、そう思っている。後継者? フン。賊に脅えきった者達にそのような者はおらぬ。息子? 六つの息子に何ができるという?」
「ではあなたしかおりませぬ」ランスロットが言った。
その言葉に継ぐようにルウェンが前に出た。
「王よ。我々はあなたを信じております。あなたの為ならこの命、いかようにも捧げる事ができます」
「では告げよう」アイゼルは振り返り、ルウェンを見た。「皆、アーチェルドを捨てよ。ここへ残るのは、何代と続いた王家に泥を塗った余だけが残ろう」
再び振りかかる絶望がルウェンの体を押しつぶした。その重みは山一個分に相当する。さらに王から言葉が出れば、それは重みを増すどころかぐりぐりとねじ込む形となり、永久にルウェンは活動をできない心境へと追い込むだろう。
アーチェルドの残された希望は、王により閉ざされた。王は数々の問題により乱心しきっていたのだ。やがて王の混乱はさまざまな的外れな策に当てられ、家臣たちは王の失敗の数々によりすっかり減ってしまった。王の頭の中では、常に嵐が吹き荒れ家が粉々になり大地は荒される。
ランスロットは飛び出すように走り出した。ルウェンはあまりのショックにそれを黙認することしかできなかったが、次の瞬間腰の新調した剣の柄に伸びた。ランスロットは振り返った王の胸倉をつかみ、ぐいっと強く引き寄せてきたのだ。
それでも王の目は死んだも同然で、冷たく湿った光を宿したまま怒りに強張ったランスロットの顔を見ていた。
「王が民を見捨ててどうするつもりです! あなたの言葉はこの国の希望。あなたの考えは民を導く活路! それを放棄してどうするというのです!」
ランスロットの怒鳴り声は王宮内全てに浸透するように響き渡った。その怒鳴り声に触発されたかのように、ルウェンが大きな声で言う。
「ランスロット! 無礼だぞ!」これ以上ランスロットが王へ詰め寄ろうものなら、ルウェンは剣を引き抜き力ずくで黙らせなければならない。
しかしランスロットは言葉を続けた。
「王よ。もしあなたがメーズリ王妃の死がきっかけでその様に落ちぶれた考えになってしまったとしても、です。それをメーズリ様が望んだ事だとお思いですか? あなたが枯れゆき、民は絶叫し、国が足元から崩れていく姿をメーズリ様はどう考えておられるのでしょうか! あなたのその様な姿を見て、決してメーズリ様は微笑みませぬぞ!」
アイゼルは咄嗟に顔を反らした。しかしランスロットはさらに強く腕を引き正面を向かせた。声も表情も強張っている。ランスロットは手を離した。
「今民を見捨てれば、今までメーズリ様が願っていた平和も全てが台無しとなります。民だけでなくあなたはメーズリ様も裏切ろうとしている!」
わなわなとアイゼルの唇が震える。そうだ。その通りだ。アイゼルの妻、メーズリは平和と民の為に歌を歌っていた。彼女の主張は理解していた。そんな彼女が死んで、常に揺れていた思考がさらに荒れてしまったのだ。狂った王。なるほど、適当だ。
「今こそ、メーズリ様と民の為に戦う時です」追い打ちをかけるようにランスロットは言った。「アーチェルドを救うのです。あなたのお力で!」
ルウェンはいつの間にか柄を握っていた手を緩め、前に出ていた。「陛下、我々は死を恐れませぬ。あなたの為、再興に最高の努力をおしみません」
アイゼルは薄く開いた目を見張り、その視線をルウェンへ向けた。それから顔を反らしていたランスロットへ向く。若いが、愚かではない。この世で何が正しいか、この男は確かな確信を持っている。何よりも、騎士道に忠実だ。ルウェンのように…。
「アーチェルドを救おうぞ」アーチェルドの国王は力強い声で言った。この言葉は、ランスロットに触発されたから出た言葉ではない。目が覚め、ぐらぐらと揺れていた思考が今ようやく正常になり、決断ができるようになったのだ。
ルウェンは喜びに口の端が広がり、ランスロットは王に頷いた。アーチェルドの国王、アイゼルは今再びアーチェルドの歴史へ舞い戻ってくるのだ。
三人は長い事話し合っていた。ユーリンドはアーチェルドとの同盟の条件として、食料の提供、そして再興の手助けを行うというものであった。しかし――
「この賊が国を覆っている中、ユーリンドから人手を送るのは危険すぎます。私の国の重鎮達は…――このような事は申し上げにくいのですが、かなり自軍の財について過保護です。賊がいるというだけでも、ここまで人手を送ってくるとは思えません」
ランスロットの言葉にアイゼルは頷いた。
「そうだな。確かに、この国の賊の問題については他国へ知らせることもなかったのだ。それに、ずっと閉鎖関係であった。このように賊が出回ったのは誰のせいでもない、頑固な余のせいだ。この賊の問題が解決するまでは、余も同盟に加入することはない」
気まずそうにルウェンが前に出た。
「しかし…やはり食料問題が今回の事の発端となっている現状、やはりこの難を逃れるのが最優先ではないでしょうか」
ルウェンの言葉にもアイゼルは頷いた。
「民をこれ以上苦しませるわけにはいかん。飢えで苦しむか、無残に賊に殺されるか、選択は限られているだけでなく接戦している。それに、この国は広い割に集落が少なすぎる。どうあがいても、解決策が各地に伝達するまで何日もかかり、いずれ形が変わるか、阻害されてしまうだろう」
賊の問題については、このアーチェルドではかなり大きなものへと発展した。賊を放っておいたわけではない。散った四つの勢力にはちゃんと知らせを送ったし、こちらから増援を送りもした。しかし、賊の数は思ったより多く、狡猾な手段で幾度も負けた。
本当に賊とは思えない仕業だ。初めから、この国を相手にしているかのような。もはや紛争だけでは収まらなく、アーチェルドと賊の戦争にまで入ってしまったのだ。
「活路を開くには、やはり賊を先にどうにかすべきです」
ランスロットの意見は正しいが、現状ではそうする事はできない。だがアイゼルは彼に何か考えがあるような気がした。その目には諦めといったものが微塵も感じなかったからだ。
「ではランスロットよ、そなたに何か考えがあるというのか?」アイゼルは問うた。
「考えではありません」と言うとランスロットはアーチェルドの全体地図が張り付けてある玉座の背後へ歩み寄り、まじまじと見つめた。「ちょっとした意見と見てください」
「聞こう」王は即座に応じた。
一息置いて、ランスロットは口を開いた。「陛下の言うとおり、この国は広い割に民達が広がり過ぎております。もしこの散らばった民達全てがこのマルチェルダへ集まる事があれば、勢力は集中し強固なものとなるでしょう。このマルチェルダにはそれだけの広さがあります。各地へ人々を広げたければ、せめて賊の脅威が去ってからでも遅くはありません」
「すべての勢力をここへ集めるだと?」ルウェンが眉をひそめた。「それは無理だ。散らばった四つの勢力を集めるには、各地の首領の説得が必要となる。それに、その半分はもう賊に制圧されてしまったのだ。残る二つを集める事が出来たとして、潰れたもう二つの分はどうするのだ?」
かつてアーチェルドは一つだった。しかし、意見の相互によりマルチェルダを残して強大な勢力は四つに分散し、各方角地へ故郷を移した。これは何十年も前の話だ。ランスロットはその分散した勢力を再び一つにまとめるべきだと意見を述べたのだ。
東の街<ネーミヌド>、北の森<ベリグ>、西の都<モネルダ>、南の里<ボービド>。そのうちベリグは賊に掌握され、ネーミヌドが落ちるところを目の当たりにしたルウェンはランスロットの考えが正気でないと悟っていた。
「いや」アイゼルが口をはさんだ。「ネーミヌドは非常用の地下洞窟があるはずだ。民はそこへ逃げ込むようになっている。ルウェン、ランスロット。君達はかの街で民を見かけなかったと言っていた。それで確信した。恐らく、大半の民はそこへ逃げたのだ」
「ですが、いまだに見つかっていないと言いきれるでしょうか」
「わからぬ」今や威厳を取り戻したアイゼルの風貌は、堂々たる王の空気が流れていた。その言葉には人々を導く事のできる風格がある。「しかし、急ぐ必要がある。余にはランスロットの考えが妥当だと思っている。賊に支配されたベリグにも、ネーミヌドにも希望を残しておく必要があるだろう。モネルダにボービドにも急いで知らせを送らねばならん」
「救出するということですか、ベリグやネーミヌドの民を」
「そうだ」
しかしこれには難点がいくつもあった。それは、ネーミヌドにもベリグにも送る人を選び、マルチェルダから行かせる必要があるのだ。マルチェルダの力が削がれるだけでなく、犠牲者も恐らく出るだろう。しかしアイゼルは臆してはいなかった。
「民を全て中心に集める事により、食料難も紛争も、賊の脅威も対応が利く。急いでネーミヌドとベリグへ人を送ろう。それから、モネルダとボービドにも交渉にいかねばならん」
「その交渉、私も向かいましょう」とランスロット。
アイゼルは首を振った。「ランスロット、そなたの交渉はもう済んだ。ユーリンドの使者として十分事を成した。戻って、ユーリンドにアーチェルドの事を伝えよ」
「いいえ」ランスロットは力強く首を振った。「この賊の問題は、私達の責任でもあります」
「どういうことだ?」アイゼルは首をかしげる。
「賊の頭であるミホークは、私の部下。つまり、ユーリンドの人間だったのです。彼を止めるのは私の使命でもあり、義務であります。ミホークが事の発端でないとしても、彼が率いる賊全てに私の責任が伴います。少しでも、このアーチェルドの助けとして働きたいのです」
ランスロットの決意を今のアイゼルはひしひしと感じるようになった。責任感がとても強いのだ。彼を説得して、危険から避けるようユーリンドへ戻らせるのは、四大勢力の集結への交渉より骨が折れるだろう。
彼の頑固さに、アイゼルは笑みを含んだ口調で言った。
「よいだろう、ランスロット。そなたにはモネルダへ交渉に行ってもらおう」
隣でルウェンが補足を加えた。
「モネルダは賊の侵略から一番遠い都だ。ここの次に安全で、そして近い。あの都は司祭のセイデネームが統治しているが、交渉なら君もお手の物だろう」
「いえ…」
ランスロットは首を振って地図に自分の人差し指を当てた。人差し指の当てられた個所を見て、アイゼルとルウェンは仰天した。緑豊かな土地で、その一面は森や山で覆われている。人の住むほどの面積が少ないそこは、すでに賊に制圧されてしまったあのベリグの森であった。
「私はここへ向かいます」
「何を言う、ランスロット!」ルウェンは彼の言葉に反対した。「ベリグはこの国で一番早くに襲撃された所だ! 今では生き残りがいるかもわからん! そこへ君を向かわせるわけにはいかない。危険だ!」
「だから向かうのです。ベリグなら、ミホークがいるかもしれません。彼さえ抑える事ができれば、賊の統率も乱れるはずです」
「だが、ベリグからの連絡は一切こちらへ来ない」アイゼルが言った。「あの森がどうなっているのか、見当がつかんのだ。その様な場所に兵を送るわけにもいかん。そなたにも、な」
「連絡が途絶えている今だからこそ、行くべきです。もしかしたら、ベルグの民達は生き残り今も恐怖と共に賊に抵抗しているかもしれないのです。安全でないところから、一刻も早く救援すべきです」
「ではわかった、ランスロット。君にベルグの探索および交渉を願おう」
あまりにも早く折れたアイゼルにルウェンは驚愕を浮かべた。「正気ですか?」
「余にはこの男の説得に時間を割くより、これからの問題解決について頭を使う方がよっぽど為になると思ったのだ」それから含み笑いを浮かべた。が、思い出したようにすぐに真剣な顔になりランスロットに灸をすえるかのように言った。「よいな、ランスロット。もしベルグが手遅れなら…いや、危機的状況ならすぐに戻ってまいれ」
「承知しました」ランスロットは頭を下げた。「必ずや、ベルグの民を救いましょう」
隣のルウェンが笑ったので、ランスロットはちらりを彼を見た。
「あの森に、救いが必要かはわからぬがな」
その言葉にはさまざまな意味が含まれているような気がしたが、ランスロットはあえて訊こうとはしなかった。
「では陛下。すぐに向かったほうがいいでしょう。私は明日にはここを立つつもりです」
「うむ、それがよいだろう。必要とあらば、我が兵を連れていくことも許可しよう」
「お心遣い、感謝いたします」
アイゼルはルウェンに向き直った。それが合図になるかのように、ルウェンは口を開いた。
「では、私はモネルダへの交渉に行きましょう」うかがわしい目つきでランスロットが見てくるので、ルウェンはウィンクをした。「私もベルグへ行くと思ってたのか?」
「ええ」ランスロットは正直に答えた。
「別々に行動したほうが効率がいいだろう」とルウェンは笑った。
しかしランスロットは腑に落ちないように納得した素振りを見せようとはしなかった。
「ではボービドには別の者を使者として送ろう。これが成功すれば、アーチェルドは大きな進歩を遂げると共に救われる」アイゼルは話を切り上げ、手を叩いた。
だがランスロットが首を振った。「いいえ、これはほんの序章にも満たされていません」
ルウェンとアイゼルがランスロット見て眉をしかめる。
ランスロットは続けた。
「本で言う、物語のもくじを見たにすぎません。まだ物語を読み進めるどころか、開いただけなのです」何が言いたいのか察しの付かない二人は黙って聞いていた。ランスロットは最後に、この同盟を組むためのきっかけともなる事実を言った。「ここの情報が我々ユーリンドに入っている、ということは――」
はっとしてルウェンとアイゼルが顔を合わせる。そうだ。この国には、賊や食料難より最も恐れるべきものが一つだけあったのだ。
再び一呼吸置いて、ランスロットは言った。
「グラベリスはいずれ攻めてくる」
遠いかの地では何千という兵を従えた軍の将軍が国王の命により馬を走らせていた。丘を渡り、一段と高い高地で止まり、振り返るとそこには圧倒的勢力の軍勢が規律を守り揃って進んでいた。その動きは訓練により洗練され、彼らの上げる雄叫びは空気を揺らした。
ずらりと天を貫かんとばかりに伸びる長槍。敵の城壁をも木っ端みじんに吹き飛ばす大砲。さまざまな大隊が集まり、一つの生き物のように強大な存在となる姿がありありと実感できた。
ビルド・ケニス将軍は兵士を引いて、グラベリスの大地――ほんとが荒野ととかした大地を踏みしめた。何度も踏み、何度も血をまとった体で通ったこの道は木が一本も生えていない。さまざまな国を今まで滅ぼしてきた。そして、今回もそうなる。
さあ、今回も一つの小さな国を滅ぼそう! グラベリス帝国に栄光あれ!
グラベリス帝国は象徴とする赤い紋章のついた旗を掲げ、アーチェルドへと進軍を始めた。
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