大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第十八章


「森の集会」


 夢をみた。起きてしまった今となっては、それがどんな夢だったのか覚えていない。だが思い出せる限りだと、とても辛い感覚があったということだけだ。

 まるでドラゴンに飲み込まれ、胃の中でゆっくり溶かされているような、窮屈な絶望感。目が覚めたルセスは、自分が厚い布団に体を包まれ、全身が汗でびっしょりと濡れていることに気がついた。

「お、起きた!」

 ひょっこりとピーターが顔をのぞかせる。ルセスは窮屈な夢をみたような気がしたのは、この二枚重ねて厚くなった布団のせいだと確信した。

「ピーター…ここは」

「宿だよ。君、戻ってきて意味のわからないこと言ったあと、そのまま気を失ったんだ。ひどく疲れているようだったし、二日目にはすごい熱を出してたんだよ」

 ルセスは頭を振って、その自分が気を失う前のことを思い出そうとした。そう、確か集会場へ行き、そして……まて、二日目?

「ピーター、ぼく…どれくらい気を失っていたの?」

「今日で三日目だよ。でも、目が覚めて本当によかったよ。僕、君がそのまま意識を取り戻さないままだとどうしようかと…」

「三日!?」

 身を乗り出したルセスにピーターは驚いて悲鳴を上げる。拍子に足を滑らせ、しりもちをついた。

「い、いきなりどうしたんだよ…!」

 ルセスはまだ信じられないというように目を瞬いた。

「本当に、僕はあれから三日ここで眠っていたの?」

「うん、そうだよ。君が女装してあの館に行って戻ってから、すぐに倒れたんだ。僕だってびっくりだよ。ひどく疲れている様子だったし」

 三日も…そんなに眠っていたなんて、今でも信じられない。なぜ、そんなに長く眠っていたのだろう。

 ひとつだけ、心当たりが芽生えた。瞳だ。ルセスはベッドの前にかけてある鏡を通して、自分の瞳を見た。深い海の色。ルセスは自分の瞳がどんな力を持っているのか、嫌というほど知らされている。

 三日前…気を失う前のことを思い出そうと、ルセスはうつむいた。覚えているのは、香料の悪臭。極度の緊張。そして、獣の眼。

 エガイトル…そうだ、エガイトルだ! あの日、エガイトルと会話を交わした。エガイトルは何気ない質問と思わせながら、鋭い言葉を浴びせていた。彼は、子供であるルセスにも油断せずにいたのだ。

 しかし、それだけで瞳の力は発揮されない。瞳の力が発揮されるには、相手が自分を格下だと思う必要がある。エガイトルはルセスを警戒していた。それも徹底的に。

 だからルセスは絶望を覚えた。それが顔に出たのだろう。エガイトルは自分をただの子供、そして少年であると見抜いた。それだけではない。エガイトルはルセスをなんらかの間者と疑い始めた。

 ルセスはエガイトルのその一瞬の間で考察をほんの少し見たのだ。それも無条件に、勝手に瞳が読ませてきた。瞳の力は体力をひどく消耗する。ランスロットの時と同じだ。

 さらにエガイトルとは、ランスロット以上に相性が最悪らしい。彼の一瞬の考察を、本当に一瞬見ただけで、激しく体力を消耗した。ランスロットの時でさえ、一晩寝る分だけの体力を失い、数日の記憶が読めたというのに。

 そこから意識が朦朧として…そうだ、なんとか館を抜けだし、帰って来たのだ。そして、エガイトルが自分を疑い、少年だと見抜いた事を一刻も早くルウェンに知らせねばと急いでいた。

 今、思い出した。そうだ。ここは危険だ。

「ピーター、ルウェンさまは!?」

「今、君が目を覚ました時のために栄養のある物を買ってきてるよ。昨日と今日は、君を置いていくわけにもいかないから、僕ひとりで店を出してたんだよ。まあ、ルウェンさまはあんまり外に出られない立場になっているから、当然なんだけどね。今はフード付きマントで怪しい旅人みたいな恰好をして行ってたよ」

「いつでたの? すぐに戻ってくる?」

「ついさっきだよ。すぐそこの露店で買ってくる、って言ってたから、そんなに時間がかからないと思うけど」

 何もわかっていないピーターはきょとんとしている。あれから三日。エガイトルなら、ルセスの泊っている宿なんてすぐに見つけられるだろうし、彼が神経質なら身の回りの調査もしているだろう。

 そうなったら、きっと自分たちが旅商人でないことが怪しまれる。

「ピーター…落ち着いて聞いてほしいんだ。すぐに、ここから…」

 轟音が部屋に響き、二人は飛びあがりそうなほど驚いた。部屋の扉が勢いよく開けられ、ドアノブが壁に叩きつけられた音だ。

「る、ルウェンさま!」

「ルセス、目を覚ましたのか」彼は手に抱えた大量の食糧が入った袋越しから顔を出して言った。

「お、驚かさないでくださいよぉ。扉あけるなら、もうちょっと静かにしてくださいよ」とピーター。

 というものの、ルウェンの手いっぱいに抱えた袋を見れば、蹴破るようなあけ方しかできないだろう。荷物を落とさない限りは。

「うむ。驚かせてしまったようだな」ルウェンは荷物を置くと、ベッドに腰かけるルセスを見た。「ルセス、気分はどうだ?」

 三日も眠っていたのだ。少し体はだるいが、とっくに疲れは取れている。ルセスは頷いてみせた。

「では結構だ。腹が減っているだろう? 簡単なものを作るから、軽く食ってくれ」

「そ、そんなことより、ルウェンさま!」

「ん?」

「ここにいるべきではありません。今すぐ、ここを出て行くべきです」

 ルウェンが無事であったことには安心したが、早めにここを抜けだす必要がある。三日間何もなかったとはいえ、それ以降も安全だとは限らない。

「それは、君が倒れる前に言っていたことについてかね?」ルウェンは確信をついた。「君は帰ってくると、ひどく疲れたようすで『ここから逃げるべきだ』と言った。覚えているか?」

「ええ…だから、急いでここを出て行く必要があるんです」

「あの館で何かあったのか?」

「はい、何から話せばいいものか…まずは、ぼくが館で見たものから…」




「そして、僕は館の主エガイトルの部屋で、彼と話しました。彼は、その…とても嘘をつきにくい質問や言葉を扱っていて、正直相手して疲れました…」

 話の大筋が終わると、ルウェンは落ち着いた物腰でカップに注いだティーを差し出した。ルセスは受け取り、一口含んだ。

「それで、なぜ逃げる必要があるのだ?」

「彼はぼくが女装していることを見抜いています」瞳の能力が突発的に発動したなんて言えない。ルセスは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに言い訳を思い浮かんだ。「…彼は部屋を出るぼくに『その服装は大変かい?』と背中に投げかけてきました。声は小さめになっていましたが、ぼくには聞こえました。きっと彼は、そのあとぼくをつけているんだろうと思って…」

「うむ。それに君は例の地下の集会場の香料で意識がもうろうとしていた。…子供の君には、追手を気にするほど余裕を持て、というのは酷になるな」

 かなり疑り深い話だが、ルウェンは真面目に聞いてくれた。そして、信じてくれた。それがルセスは嬉しかった。

「でも、この三日間何もないとはどういうことなんでしょう?」

 そう言うと、ルウェンはルセスにバターとハチミツをたっぷり塗ったパンを渡した。パンの表面はバターとハチミツで鈍く光を反射している。塗り過ぎだと、ルセスは思った。

「君は心配しているだろうが、この三日間本当になにもなかった。私たちを探ろうとする者はいなかった。現に私が買い物に行った時でも、怪しい者は見かけなかったのだからな」

「ですが…」

「ああ。だからといって、油断していたわけではない。私もこの三日間、情報を集めていた。あの館についてだ」

 手にひんやりとしたものが垂れ、ルセスは自分の手にバターとハチミツをたっぷり塗ったパンのことを思い出した。ハチミツで手がべとべとになった。

 ルウェンが食べる様催促してくれたため、ルセスは食べながら話を聞くことになった。

「女性だけが集められているのなら、この都の女に話を聞くのはできるだけ避けた。私は無知な旅商人を装って、他の旅人たちから話を聞いて、情報を集めていたのだ。まあ、そのなかには勝手な憶測だけの噂話も多々あったが、いくつか共通する話題があった。

 なぜ女性だけ集められるのか。あの館は何かをしようとしている。都の女性たちだけで、だ。彼女らに何ができる? 一部では、男たちを奪われた復讐をしようと計画しているという話がある。それは我々マルチェルダに対してなのか、直接奪った賊なのかは定かではない。だが、都の女性たちだけでは復讐なんてとてもできるはずがない。きっと、何か作戦を練っているのだ。そんな話がよく聞けた」

 手に付いたハチミツ舐めとり、ルセスは首をかしげた。

「でも、女性だけでそんな事ができるんでしょうか? 僕はあの館で、剣を帯びた女性を見ましたけど、とても戦士として戦えるとは…」

「うむ。しかし、女性とて侮れぬぞ。私の経験だと…」

「知ってますよ。戦う女性も西の地方にいたんでしょう?」ルセスはにやりとした。

 ルウェンの冒険話に出てくるなかで二番目に好きな話がある。それには戦う女性が出ていた。盾とブロードソード、そして軽装の鎧を身につけた女性が男に負けないほどの戦いを見せたという。

「しかし私はそれで学んだのだ。確かに体格や体力が別物とはいえ、女性は繊細で非常に優秀な考えを持つ。型が違えど、武器を持ち、訓練さえすれば手ごわい相手になるだろう」

「でも、そうだとしても信じられませんよ」と半笑いのピーター。

「君は女性を侮る節があるようだな、ピーター。どうなるかはわからんが、このことについても考慮しておく必要があるぞ」

 ぴしゃりとルウェンはそう言い、次にルセスに向き直った。

「ルセス、君が言うにはその集会とやらに招待されたんだったな? 君は今まで何度も危ない目にあってきたんだ。行く必要はないぞ。もし君の考察通りエガイトルが女装を察したのなら、罠である可能性しかない」

「ぼくなら大丈夫です」ルセスはきっぱりと言い切った。「例の集会で何をしているのか、正確に探る必要があると思います。エガイトルはぼくが女装を暴かれたことを知らないと思っているはずです。そこを逆手に取れば、何か情報が得られるかもしれません」

 おおよそ子供とは思えないルセスの発言に、ルウェンは思わず含み笑いを浮かべた。そうだ。この少年は好奇心有り余るやつだった。




 森の集会と聞けば、聞こえはいいかもしれない。しかし実態がわからないルセスたちにとっては未知過ぎて、恐れを抱かざる得ないものだった。

 ルウェンはあれからルセスを説得して、引き留めようとしていた。だがルウェンが止めようとすればするほど、ルセスは集会への好奇心を強く抱くようになった。今となっては、目覚めて三時間後――夕刻のエガイトルの館の前はがらんとして非常に静かであった。

 冷たい風が吹き付け、スカートの中の足に吹きかかるのが何とも面白くない。ここへ来るということは、またあの屈辱の女装をしなければならないということなのだ。

 しかし、教えてもらった通りの時間に来たというのに、こうも誰もいないとなるとさすがに不安でしかならない。もしかしたら、記憶違いなのかも、と自分の記憶力を疑い始めた時だ。館の扉が開き、エガイトルが白を基調とした貴族らしい正装で出てきた。

「やはり来てくれたんだね」エガイトルは不敵な笑みを浮かべる。

 ルセスは咄嗟に目を伏せた。三日前の館で実証したが、エガイトルと彼は最悪の相性だった。うっかり瞳の力が発揮でもしてしまえば、どうでもいいことを読み取って三日間床に伏せかねない。

「お、お招きありがとうございます。親方から特別に許可をいただいたので」

 伏せたルセスの顔を覗き込むようにエガイトルはかがむ。

「どうかしたのかね?」

「あ、いえ、なんでもないです」

「ふん…」彼の鋭い眼は相変わらず苦手だ。別れてその後すぐ気を失ったせいで、三日も離れていたとは思えない。気が滅入りそうだ。「汗の臭いがするな。仕事を終えたあとなのか? それとも、昨日は体を洗わなかったのか?」

 どきりとして、ルセスは顔を上げる。三日間、寝ていたとはいえ汗はかくだろう。しかしルセスは起きてからすぐにここまで来た。自分では気がつかなかったら、今自分はひどく汗臭いのであろうか。

「それに、洋服も前のと同じだ。もしかしたら、君は親方からそれほどいい待遇は受けていないのか? しわができてくしゃくしゃだ」

 まずい。ルセスは前の館のときのように、服の下で肌が汗ばんでくるのを感じた。そこまで気が回っていなかった。ルウェンやピーターもそこに気づいていなかった。とんだ誤算だ。

「こ、これは…」

「昼食も急いで食べたのだね。ハチミツとパンかな? それ以外に栄養の付くものは食べたかい? 前と比べると…なんだか少しやつれているな」

 慌ててエガイトルを見上げる。その鋭い顔つきは温かい笑みを浮かべていた。

「少し驚いただろう。私は鼻が非常によくてね。ああ、だから汗の心配はしなくてもいい。私が微かに嗅げる程度で、常人はそうそう気にしない程度のものだ。それにハチミツの香りも嗅ぎ分けただけだよ。それでも気になるなら、集会所行くのを少し伸ばして、風呂の用意もしようか? それに、洋服も用意しよう」

「いえ、結構です」

 気がつかないうちに、ルセスは小刻みに体が震えている事を知った。大の大人に見降ろされ、すべてを鋭く推測する眼が自分を見ている。金色の頭からつま先まで見ている。そして、それらからすべてを読み取っている。

 そして瞳の力を使って読み取った、エガイトルの思考。女装に感づいた想いが咄嗟に頭に蘇る。この男は、どこまで気づいているのだろう。いや、すべてに気づいているに違いない。そしてこうしてルセスに温かく接するのなら、何かわけがあるに違いない。自分を利用しようとしている。

 そう思った瞬間、反抗心が芽生え始めた。もし全部お見通しなら、それを利用しようと企んでいるなら、好きに操られてはならない。逆にこれを逆手にとれば、このモネルダについてもっとわかるかもしれない。この大人をぎゃふんと言わせれば、この臆病な気持ちも晴れることだろう。

「そうか。では行こうか。みんなはもう集まっているころだろう」




 エガイトルの用意した馬車は大荷物でも運ぶのかというくらい大きかった。詰め込めば、十人くらいは入りそうだ。

 そんな大きい馬車のなかには、一人の少年と長身の大人が乗っている。御者をやっているベラネンは一言も発さず、目的地である北の森を目指して馬を走らせていた。

 あまり見たことない景色が流れるなか、エガイトルはじっとルセスの事を正面から見ている。ルセスはそれがひどく心地悪く、逃げるように外の景色を眺めていた。

「これから行く場所が気になるかね?」

 沈黙を破ったのはエガイトルだった。獣の眼は、獲物を捕らえるかのようにルセスを見ている。

 その眼から目を逸らしては、逆に疑われるかもしれないと思い、ルセスは真っ直ぐ見ることにした。

「はい。森で集会を開く、と言ってましたが、その集会で何をするのか気になってます」

「うむ。中の周回の事は、私もあまり関与はしていないから、君が前来た時の集会の内容についてはわからない。中での集会は基本、君も見ただろうが、ヒッピレイ司祭様に任せているからね」

 中の集会? それはきっと、あの館での集会の事なのだろう。ではこれから行く、『森の集会』は外の集会とでも言うのだろうか。

「その、一つ聞いてもいいでしょうか?」

 エガイトルは嫌な顔せず、笑みを作った。

「なんだね? 一つといわず、いくつでも聞いていいのだよ。北の森に着くまでだんまりしているよりも、そっちの方が退屈しなくていいからね」

 その笑みにぞっと悪寒を感じずにはいられなかったが、表には出さなかった。もしかしたらこのエガイトルという男は、そこまでお見通しなのかもしれない。

「私、前の集会は気分が悪くて途中で抜けてきたんでよくわからないんですけど、集会って、何をしているんでしょうか? それに、あのお屋敷での集会と、今向かっている森の集会では、何が違うんですか?」

「さっそく一つ以上の質問を投げかけてくれたね。嬉しいよ」不敵に笑って、エガイトルは続けた。「君はこの都、モネルダがマルチェルダの要請を受けて戦争の援助をしていた事を知っているかね?」

 ルセスは首をかしげた。

「援助…?」もちろん演技だ。

「ああ、子供の君にはまだわからないかな。それに、この都にはまだ来たばかりなのだしね。きっと、君の親方なら詳しいかもしれないな。要するに、戦う人手をマルチェルダに送っていたのだよ。戦える男はほとんど、マルチェルダに兵士として送り込んだ。賊どもと戦う為にね。そしてマルチェルダは敗北した」

「そ、それでは、その男の人達は…」

「マルチェルダとの連絡もとれず、そしてここ数年帰って来れないところを見ると…もう戻ってこれない状況になっているのだろうね」

 この話は、以前ルウェンから聞いていた。だからこの都には女しかいなくなったのだ、と。

「残ったのは、戦えない女子供、老人に病人、そして私のような貴族だけだ。とはいっても、私は別に臆病だからここへ残ったわけではない。こうなる事を予想して、残ったのだ」

 何も言わず、ルセスはただ彼の話に耳を傾けていた。エガイトルの獣の眼がルセスを離さないからではない。彼の話が、本に書かれるような物語のような気がして興味が湧いてきたからだ。

「残った男たちはそれぞれ、都を守るために私と共につい力してくれた。ベラネンもその一人でね。ヒッピレイ司祭様も協力を惜しまなかった。

 しかし、残った数少ない男たちの力で都を支えるには手が余る。何より今は賊が支配しようとしている国になっている。いつ攻め込まれてもおかしくはないのだ。ネーミヌドも落とされたと聞くしね」

 馬車が止まり、扉が開く。エガイトルは素早く馬車から降り、ルセスに手を差し伸べた。ルセスはその手を取り、貴族の娘よろしく馬車から降りるエスコートをしてもらった。

 気づいていても、あくまでもエガイトルは彼を女性として扱うようだ。向こうはこちらが、すでに少年である事に気づいている、という事実を知らないのだから無理もないだろう。しかしルセスはあまり気分よくはならなかった。

 辺りを見渡すと、美しい自然が広がっていた。綺麗な小川が流れ、物語に出てくるような雄大な大木が立ち並び、どこからともなく小鳥の合唱のようなものが流れている。

「すごい…」

 思わず口に出てしまったが、エガイトルは微笑み、ルセスの手をとってゆっくりと歩きだした。

「歩きながら話を続けよう。――先ほども言ったように、この豊かな都には軍事力というものがまるでない。そこでヒッピレイ司祭様が提案をなさった。彼は私の館を借りたいというので、私は彼の提案を受け入れ地下をお貸しする事にしたのだ。そこで集会をするためにね」

 ルセス達の足は、森の奥へ入っていく。しかし暗くなるどころか、奥からは光が強く輝いているのがわかった。そして進めば進むほど、小鳥の合唱が大きくなっていく。ルセスはその事より、エガイトルの話の方が気になっていた。彼はまだ集会の内容を言っていない。

「館での集会で――ヒッピレイ司祭様が彼女らに何を言ったのかは知らないが――モネルダの女性たちは、この森で開く私の集会にほぼ全員が参加するようになった。その為にヒッピレイ司祭様は邪教とささやかれている魔女の薬も使っているという。まあ私はそういう事に関しては自由でいるべきだと思うし、何よりこの世の中だ。邪教だからととりしまう国の政も影響しない。

 君も少しは聞かなかったかな? あの胸の詰まるような香りが漂う中、司祭のモネルダの女性たちを奮い立たせるような言葉を。そして一度も、彼は彼女達に“祈り”を乞うことも捧ぐ事もなかったということを」

 その日の事は、はっきり言ってあまり覚えていない。あの香料から早く逃げたい一心で、頭に入らなかった。だが彼の言うように、ヒッピレイという司祭はあまり司祭らしくなかったかもしれない。

「彼の集会での役割はそれだよ、ルセス。私はそんな彼女たちを引き受け、この森の集会への参加を許可するのが役割だ。今ではもうほとんど消えかかり、アーチェルドの西の地方くらいでしか行われていない、特殊な集会を」

 いつの間にか森を抜け、明るく大きな自然の広間が現れ、ルセスは一気に自身の現実へ引き戻された。

 ぼくは今、何をしているのだ?

 それらは一つの塊となり、そして大きな目となりルセスを一瞥した。巨大な生き物に睨まれた気分だ。

 そしてそれの目はまた別の一点の場所へ集中するかと思うと、一斉に動き始めた。

 小鳥の合唱かと思っていた音は、それの雄叫びだった。雄々しく剣を振り、叫び、走る。

 信じられないような光景が、ルセスを現実へ引き戻し、エガイトルに宣戦布告を申し立てられている事実を突きつけた。

「私たちは、奮起した彼女たちに戦う力を与えている。それがヒッピレイ司祭様が考えた提案だ」

 そこにあったのは、全身の肌を青く塗ったモネルダの女性たちの姿であった。彼女たちの手には剣があり、盾もあった。大胆に肌を露出した軽装で、その筆頭にいるセライトルの動きに合わせて、剣を振っている。

 その動きは、まるで何年も訓練を続ける軍隊そのものであった。彼女たちの甲高い雄叫びは広間から波のように広がり、辺りの木々を揺らし、ざわめかせている。女性とは思えないけたたましい声だ。

 一団の中には、子供の姿もある。全員肌を青く塗っているため、見分けがつかないが、赤毛という印象が残っていた少女、アニシアを見つけることができた。彼女もまた、他の女性たちと同じく剣を振っている。

 これは、そう、軍隊そのものであった。


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