「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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大泥棒の路地裏
第十九章
「長の血統」
「さて、これでわかったかな。この都の集会の、本当の理由が」
冷たい手がルセスの肩に触れる。耳元で囁くような声は、彼女たちの声にかき消されることなくルセスの耳にしっかりとどいていた。
「あなたは、女性だけの軍隊を作ろうとしているのですか?」
「私は彼女たちを率いるつもりはない。これは彼女たちの意志なのだ。自分自身を守れるよう、力がほしいと願った末だ。――私もここまで外部の君に話したのだ。そろそろ、君の事も話してもらいたいものだな」
不意に、逃げ道を塞ぐように後ろにベラネンが立っていた。落ち着きを払おうと、出来る限り静かな深呼吸をしてルセスはエガイトルを見る。
エガイトルはわざと全てを話したのだ。どう言い逃れしても、ルセスがここから逃れられないように。何を言っても、きっとこの男はルセスを逃がさないだろう。彼はルセスが女装している事を見抜いているのだ。
「君は賢い子だ。だから私が、君がなにを言おうと信用しないことについてはもう気づいているのだろう?」ルセスが口を開ける前に、エガイトルは言った。そして彼は顔を近づけ、真っ直ぐ、目をそらさないようルセスの肩に両手を添えた。「君は初めから嘘をついているね。“初めから”。これがどういう意味かわかるだろうね?」
ルセスは、なぜルウェンたちと共にこの都に来たかという理由について考えていた。アーチェルドを再び一つに戻すという目的のため、賊と繋がっているという噂のあるモネルダの調査のためだ。
しかし今ごろそんな事を、このエガイトルに言えるだろうか。それもルセス――年端もいかない子供が勝手に決めていい事ではない。それにこの調査は極秘なのだ。
「ぼくは…」
口を開いた瞬間、エガイトルの冷たい手がその口を塞いだ。
「おおっと、私は君がまだ可愛らしいと思っているんだよ。私は君と同じ宿に住む二人の男についてききたいのだ。なぜ来たのか。そして目的はなにか、を。君にはあまり関係ない話かもしれないがね」
ルセスにはこの意味がわかった。エガイトルは交換条件を差し出している。ルセスについては、これからどんな情報を話そうと、ルセスには何もしないと、エガイトルは言っているのだ。
そのエガイトルの言葉は、とても子供に向けるものではなかった。はっきりと刃を向けるような鋭い声の尋問だ。現にルセスのフリル付きのスカートの中の足は小刻みに震え、少し折るだけでもそのまますくんでしまいそうだった。
「約束しよう。私は、君が、ただの少女だと思っている」
追い詰めるようにエガイトルは腰をかがめ、ルセスの目を真っ直ぐ見据えた。ルセスも、彼の目をただ見ていた。エガイトルはやっぱり、この状況下で油断をしていない。
だから瞳の力が勝手に引き出されることはなかった。それだけが唯一の安心だ。ここでまた彼の思考の一部を呼んでまで三日間眠ってしまうのでは、割に合わない。
「何を仰っているのか、私にはよくわかりません」ルセスはきっぱり言った。
眉ひとつ動かさず、エガイトルは腰を伸ばす。
「では直接、君の宿の同居人に聞いてみる事にしよう。悪いが君は、しばらくこの離れの小屋で過ごしてもらおう。大丈夫、君一人ではないよ。ベラネンが一緒にいるよ。彼がいろいろ面倒見てくれるだろう。なんせ君は、このモネルダに潜入してきた何者かに無理やり連れてこられた、罪のない少女だからね。この意味、君ならわかるだろう?」
彼はまだ、ルセスにチャンスを与えていた。そして最後まで油断を見せなかった。この男は、モネルダを守るのに必死なのだ。
決断はした。ルセスは何も話すつもりはない。つまり、エガイトルの言う小屋へ隔離され、ベラネンに見張られる事になる。今後どうなるかはさておき、このままだとまずい、とルセスは思った。
「エガイトルじゃないか。こんな所でどうかしたのですかね?」
三人の背後から聞き覚えのある声がした。振り返ると、そこにはあの中央館の地下の集会場で女性たちに何かを説いていたヒッピレイ司祭がいた。
「これはこれは、司祭様。今日も視察でしたか」尋問していた時とは打って変わって、とげのない口調でエガイトルが応えた。
「ええ、そうですね。彼女たちの熱心な姿を見ていると、モネルダもまだまだ活気が続いていると自覚できますからね。ところで、そちらのお穣さんはどちらさまかな?」
温かい表情を浮かべてヒッピレイはルセスに微笑む。この時勢では珍しく、温厚そうな人だった。
ルセスは何を言えばいいのかわからず、口を開けられなかった。
「この子は見学人ですよ、司祭様。つい最近このモネルダに越してきたようなので、都の案内とともにこの場所も見てもらっているのですよ」
「ほうほう、そうでしたか」ヒッピレイはかがんでルセスに温かい笑みを浮かべた。「こんにちは、お穣さん。私はこの都の代表人で司祭のヒッピレイです。何か困ったことがあれば、私やエガイトルに相談してくださいね」
「る、ルセスです」
ヒッピレイはもう一度ルセスに笑みをかけると、腰を伸ばしエガイトルの方を見た。
「では私は一度都の方へ戻ります。後のことはセライトルに任せているから問題ないでしょう」
「それでしたら、私の馬車でお送りしましょう。私もこれから都へ戻るつもりでしたので。このお嬢さんについては、ベラネンが引き継いでくれますからね」
「そうですか。ではお言葉に甘えるとしましょう」
大きな手がルセスの両肩を軽く掴む。ベラネンの手だ。不自然じゃない程度に手加減してあるが、軽い拘束であることがルセスにはわかった。
「お穣さん、ゆっくり見学していってくださいね。ベラネン、頼みましたよ」
司祭は人よく手を振り、エガイトルとともにルセスの前から去っていった。エガイトルはというとルセスについては一瞥もせず、まるでもう用済みだというように早々に立ち去っていった。
残ったベラネンはルセスを睨み、ルセスもまたベラネンを見た。
馬車までの距離はそう遠くはない。歩いて五分程度で着くくらいだ。しかしベラネンと別れてからそれ以上時間がかかっているのは、ヒッピレイ司祭が老体であるため歩みが遅いからである。
急ぐ用があるわけでもなく、エガイトルは司祭に合わせてゆっくりと歩いていた。本来なら、別に彼に合わせる必要はないのだが。
彼は先ほどのルセスへの自己紹介で、自分が『この都の代表人』だと言っていた。それは間違いではない。モネルダの都の代表と言えば、誰もがこのヒッピレイ司祭を指すだろう。
しかし権威的には、彼はただの司祭である。発言力が強いだけの司祭だ。実際の実権は、長年このエガイトルの一族が都の長の権利を持っている。
それをあまり表に出さないのは、この時勢だからだとも言えるが、それより大きいのはモネルダに長が必要かどうか、エガイトルが迷っているからでもある。
彼は自分がモネルダの長として正しい人材だとは思っていなかった。それどころか、人の上に立つのにも、若干ながら嫌悪を感じている。上に立つ者は、下の者という地盤があって成り立つものだ。この時代、安定した地盤の保証なんてどこにもない。いつ崩れてもおかしくない。そして自分自身に不安を持っているエガイトルも、揺れる地盤の中直立していくなんて出来はしないと思っている。
だから代表人という役柄を、ヒッピレイ司祭に頼んだのだ。ヒッピレイは甘んじてそれを受け、自分からも代表人と称するようになった。エガイトルは、彼の代表人としての活躍にただ賛同しているだけである。
その点ではヒッピレイ司祭には感謝もしている。
それに彼は、男たちを連れ去られ、一度は落ちる寸前まで追い込まれたモネルダの息を吹き返らせた人物でもある。彼女たちに『戦うための術』を教え、活気を取り戻させた。モネルダの戦士として。
「どんな時でも、君はその剣を挿しているのだね」
ヒッピレイがエガイトルの腰に挿してある剣を見ながらそう言った。
片刃の湾曲した剣。アーチェルドの標準的な剣より、少々厚みのある剣だ。
「ええ。小さい頃からの教えでもありますからね。この剣は、常に手の届くところに置いておかないと落ち着かないんです」
マルチェルダが一つの時の世代から、エガイトルの家系は戦士の一族であった。父も祖父も、さらにその父も、戦士であったという。父からこの教えを習ってきたエガイトルには、もう剣を手放せなくなるほどまで鍛え上げられていた。
「この都の彼女たちも、そうなるのでしょうかな」ヒッピレイは顎を撫でた。「感謝しますよ、あなた方には。あなたとその妹セライトルの協力のおかげで、活気もなく沈んでいた彼女たちにやり場を与える事が出来たのですから。こんな形でも、彼女たちが元気になってくれるんでしたら、本当に歓迎すべき事です」
その言葉にエガイトルは眉をひそめた。
彼女たちの活気を取り戻すためにこの活動を始めたのは間違いではない。しかしヒッピレイはその件について提案しただけで、実際に彼女達に戦いの術を教えようと言いだしたのは妹のセライトルだった。
このほとんど女性だけが取り残されたモネルダで、女性の代表的存在であったセライトルの発言は、とても強かった。――そして、この提案は受けいれられた。
この司祭は、一つだけ重要な事を勘違いしている。エガイトルはその件について、後のばしにしたくなかった。
「失礼ですが、司祭様…」
「おお、そうであった!」
エガイトルの言葉を切るようにヒッピレイは手を軽く叩いた。皺の目立つ手からは軽快な音が響いた。
「何か忘れていると思っていたのですよ。今日、大切なお客様を向かえなければならなかったのです。なんでも、マルチェルダからお越しの方だとか」
さらにエガイトルは眉をひそめた。こんな時に、マルチェルダからの客人? あまり、外には漏らしたくない情報だ。何せモネルダは、マルチェルダのせいで男を失ったようなものなのだから。
「マルチェルダから、ですか。いったいどういった用でこの都にいらしたのでしょう」
「なんでも、都の代表とお話したい大事な用があるそうです。本来ならもう少し早く、それを伝える手紙がきているはずなのですが、賊への警戒のため搬送する者も回り込んだ道を選んでここまで到着したようです。ですので、もういらしているのかもしれません」
確かに今はどこに賊が潜んでいてもおかしくはない。荷物の搬送が送れるのはもっともだろう。
「代表と話、ですか。では急いで馬車を走らせましょう。気は進みませんが、あまりお待たせするのも悪いですからね」
「いやいや、行くのは君一人だけでいいのですよ。私は表向きだけ代表ですからね。本当に都を治めるのは君です。君が行くのが、最もでしょう。この事に続いて、もう一つ思いだした事がありましてね。セライトルと次の集会の日にちについて、まだ相談をしていませんでした。私は一度戻って、セライトルの演習が終わるまで待っていますよ。君が先に言ってなさい」
そうヒッピレイは、あのルセスに向けた時と同じような温かい笑みを浮かべた。エガイトルの常に冷たい表情とは真逆の顔だ。
それよりも気になる事が一つ出てきた。ヒッピレイは、あまり都の代表や権限については触れようとしなかった。こんな時になぜ彼は、いまさらエガイトルの血統を入れてきたのだろうか。これは、かなり珍しいことだ。
「一応――」エガイトルは腰に挿した剣を取り、馬車に繋いであった馬一頭に乗った。「話を聞くだけは聞いてみましょう。彼らもこれ以上、都からの支援を求めないとは思いますが…万が一の事があれば」
「その時は、君の判断に任せましょう。もしもうモネルダに到着しているのであれば、君の館の中へ案内しておくよう、私の使いを出しておきました」
「では私も、館へ戻ることにします。では司祭様、ごきげんよう」
馬に鞭を打ち、エガイトルは都へ掛けた。あまり歓迎はできないかもしれない。ただでさえ、ベラネンに任せたルセスの事で心配事が起きているのだ。あの少年は、エガイトルから見ればひどく落ち着いているように見えた。
さらに言えば、彼の仲間である者の正体が気がかりだ。早々に用をすませ、そちらの心配ごとを片づけたい。
豆のように小さくなるエガイトルの背中を最後まで見送り、ヒッピレイは来た道を戻り始めた。関節がひしひしと痛む。まだまだ現役でいけると毎年思い続けるが、それも今年までにしようかとヒッピレイは思っていた。
少し焦っていることもあり、いつも肌身離さず持っていた杖まで忘れてしまっていたのだ。セライトルいるあの広場へ戻るまで、事さらに時間を消費する気がしていた。
歩き始めてまだ間もない頃、風を切り何かを打ちならす音が背後から響いた。のろのろとヒッピレイは振り返る。
と、同時にエガイトルの馬車に繋がれていた馬が馬車から離れ、走りだした。まるでエガイトルの後を追うように、同じ場所へ向かっている。――モネルダだ。
綱の結びが甘く、抜けだしてしまったのだろうか。ずいぶん速い馬で、ヒッピレイが馬を目で捕らえた時には、すでに大粒の豆程度の大きさであった。
こうなっては、あの馬がどこへ行くのかもわからず、捕まえることも不可能だ。しかしここには、彼女達を連れてきた時の馬や馬車が大量にある。一頭いなくなったくらいでは、あまり騒ぐ必要もないだろう。
ヒッピレイは首を振り、再び自分のいく道へ入って歩き出した。そしてこの事について考えるのは、今後の事に対して無駄になるので、別の事を考える事にした。馬一頭くらい、なんてことはない。
彼があと十、二十年ほど若ければ、その背に乗っていた一人の少年が見えたであろう。
ベラネンは、言ってみればと賊と変わらない風貌をしている。小汚い髭に、大柄な体。そして粗相で、荒々しい。言葉づかいも、今はまだよくなっているが、汚い。
館ではエガイトルの用心棒も兼ねているが、その腕を見た者は誰もいない。見た目はかなり強そうなため、都に住む者たちはみな彼が姿同様の者と思ってしまっている。
その事についてベラネンは誇りを持っていた。本当に認めてもらっている事でもないが、その姿で実力以上の評価を受けているのだ。逆らおうとする者はほとんどいない。
この都に住んで二年、なかなかいい思いをしてきた。だがそれはエガイトルのおかげである。彼の陰に立って光るからこそ、おいしい思いができているのだ。
だから彼はエガイトルから見放されないためならなんだってする覚悟であった。
一昨日くらいに、あのルセスという少女を見張ってほしいと言われた時も、それについて承諾した。理由は聞かなかった。彼はあまり覚えがよくないため、話を聞くたびに耳以外の穴からその話が出ていっているからだ。
ルセスとエガイトルが何やら難しそうな話をしていても、彼は頭に何もいれなかった。ただルセスが逃げたりしないよう見張っているだけだ。
その後エガイトルにこの娘の事を任され、二人きりになった。
彼はエガイトルの言うとおり、森の小屋へ彼女を連れて行き、彼の許可が得るまでそこでルセスの面倒を見ているつもりだった。
彼と目が合うまでは。彼の小川のように澄んだ、水色の瞳を目に入れるまでは。
この日のモネルダは静かだった。それもそうだろう。元気盛んな女性は、ほとんど森の集会に出向いているのだから。
このモネルダの都に残っているのは、老人や数少ない男、そして交代制で次のセライトルの演習を受ける女性たちだけであった。
本来は森の集会も、外部から不自然に思われないよう適度に人数を削って、少数ずつでやるものであった。今回はヒッピレイ司祭が一カ月ほど前から計画していた、実際の戦での演習とやらで、ほとんどの集会に参加する女性は出払っている。
そのせいで妙なほど静かだ。森の集会の時は、基本的に彼は館に残って都の情勢を測っている。集会についてはほとんどセライトルに任せているため、エガイトルはそちらへ精を出せるのだ。こんな静かなモネルダは見たことがない。
静かとはいっても、いつもが騒がしかったのかもしれない。活気を取り戻した女性たちの声や子供の笑い声。いろんな声が入り混じったあの騒音が、モネルダだったのだ。
今も音はある。残った者のいろんな声だ。しかしやはり、エガイトルにはとても静かなものに思えた。
少し、この滅多に見れないモネルダの姿を見て行きたいが、客人を待たせているかもしれない。早々にマルチェルダの者の用件を済ませよう。そしてその後は、ルセスの仲間と思われる者がいる宿へ数人の男をひきつれて行ってみよう。
中央館まで馬を走らせると、館の前でマントを羽織り、フードを深々と被った二人組が見えた。茶色いマントの下からは薄汚れた服が見える。ブーツは泥まみれだ。
これがマルチェルダからきた者だというのだろうか。しかし館の前で、誰かを待つように堂々と立っている姿を見ると、そうなのかもしれない。
エガイトルは馬をその二人に近づけた。
「馬上から失礼だが、私の館に何用かな?」
「では、あなたがエガイトルですかな?」
フードを被った片方の男が尋ねた。声からすると、エガイトルとあまり変わらないくらいの歳であることがわかる。そして、マントの腰での突っ張りを見ると、その男は剣を挿している。
注意深く馬から降り、エガイトル頷いた。
「いかにも。私がこの都の長、エガイトルだ。して、そなたたちは何者だ?」
男はフードに手をかけ、首の後ろにまくった。青みのかかった黒髪の男性だ。髭は綺麗に揃えられており、どこか高貴なものを感じる。
もう片方の男も、フードを取る。こちらは少年だ。ルセスより少し年上くらいだろうか。まだ経験不足が目立ちそうな、不安そうな顔を浮かべている。
「私はマルチェルダからきた、ルウェン。こっちの少年はピーター。先日、送らせてもらった我が王からの手紙はお読みになりましたかな?」
我が王? アーチェルド国王のアイゼルの事だろうか。
「手紙ならヒッピレイ司祭が受け取ったようだ、ルウェンどの。私は今さっきその事を聞き、急いで戻ってきたのだ」
ルウェンとピーターは顔を合わせ、同時にエガイトルを見た。
「あなた宛ての手紙だ。他の者へ渡るように手配してあるのか?」
「いや、そんなはずはない。私への手紙なら、私へ直接届くはずだ」
「では、手紙の内容は知らされておられるのか? マルチェルダとの共同協定について」
エガイトルは目を丸くした。
「共同協定? いったい何のことだ」
二人は再び顔を合わせた。ピーターという少年は緊張しているのか、結構な量の汗を流している。ルウェンという男性は険しい顔をした。
「いいですか、エガイトルどの。その手紙は、遅くても八日前にはもうあなたの手元に届いているはずです。そしてあなたは、その協定について深く考えるという返事も送っている。あなたが知らず、別の者が知っているのでは、絶対につじつまは合いません。何も動きもないので、私たちは今日、ここであなたをお待ちしていたのです」
八日前? ヒッピレイは今日届いたと言っている。さらに、それについて返事も書いて届いていたとこのルウェンは言っている。エガイトルにはそんな者に返事を書いた記憶はない。
「口頭の説明故、詳しいことは省きますが、私たちは数日間ここへ潜入し、都を治める者たちを調査していきました。調べていくうちに、あなたがこのモネルダを治める権限を持っている事が発覚し、こうして直接出向く事になりました。もしあなたの言っている事が本当なら…」
彼らがこのモネルダへ来たいきさつを話しているうちに、ルウェンの言葉が突然頭に突っかかった。エガイトルは手をルウェンの肩に当て、彼の言葉を中断した。
「ここで待っていたと申していたな、ルウェンどの。今来たばかりなのかね?」
「いいえ。三十分ほどばかしお待ちしていました」
ヒッピレイ司祭は使いを出し、館の中へ案内させるようにしていたと言った。ではこの者たちは、使いに案内されて館内に入っているはずではないのだろうか。
「ルウェンどの、使いには会われましたかな」
「使いですか。この館にノックを掛けましたが、誰も出ませんでしたが」
けげんそうな表情を浮かべるルウェン。この者の言っている事が、嘘でないことは明白だ。
では、ヒッピレイの使いはどこで待っているというのだ? それに館には使用人がいる。ノックを掛けたのなら、彼らが応じるはずでは?
「失礼」
エガイトルは館の入口の前に立ち、扉を軽く押した。鍵がかけてあるわけでもなく、扉は音もせず開く。館の中が見えるまで空けると、そこには倒れた使用人たちの姿があった。
「こ、これはいったい…」
「危ない!」
茫然としかけたエガイトルの腰に衝撃が走る。ルウェンが突進してきたのだ。二人で同時に館の中へ倒れこむ。
だがエガイトルはルウェンの行動については、少しだけ感謝をしていた。エガイトルの扉を開けた空間を、分厚い刃の斧が唸りをあげて通っていったからだ。
二人は即座に立ちあがり、警戒する。武器を持った男が数人、館の中に潜んでいた。
「ルウェンどの。すまないが、貴殿の言う事をまだ私は信用していない。しかしながらこの連中から私の命を助けたということは、この連中は君たちの味方でもないということだね?」
ルウェンは剣を抜いた。
「恐らく、賊のものでしょう。四大勢力を落とし、アーチェルドを我が物にしようとする、ミホークが率いている者たちです。このモネルダも、その危機にあるということを先にお伝えします」
エガイトルも剣を抜き、片手で構える。刃を寝かせ、賊の面々に対して切っ先を向けた。賊はすでに手に武器を取っている。斧に剣、槍。弓がないのが救いかもしれない。
見る限りでは六人ほどだ。賊のうちの一人、比較的一番若い男が剣を抜き、前に出た。
「もう心配するのは襲いぜ」エガイトルは、この男が賊を指揮している者と見た。この歳でこの落ち着きよう、そしてどの賊よりも負い目を感じない堂々とした姿が、そう者が立っている。「時は来た。ミホークの頭の命令のもと、このモネルダを今日潰す」
モネルダの周囲は大勢の男たちに囲まれていた。それも野蛮で卑劣で、獣以下の集団、賊によって、だ。
賊は雄叫びや奇声を上げて、モネルダに進出を始めた。モネルダは賊の大群に完全に包囲され、侵略をされ始めた。
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