大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

「第三話」


「ならず者」

 夢は続いた

 水色の夢は、どこまでも

 あの一人の人間も、女性だということがわかった

 それは、どこか懐かしい感じがした

 むかし嗅いだにおい

 あたかかく、やわらかく

 やさしい感覚

 毎回、この夢を見ると胸がどきどきしてくる

 今日でこの夢を見るのは四回目だ

 そこで、ユーキの目が覚めた


 ・・・・・俺の名前は篠崎勇喜。中学三年生、血液型O型、趣味はゲー

ム。

 俺には親友が三人いた。則彦に義和、そして一彦。みんな、俺には出来す

ぎた親友だった。一彦は学校帰りに時間があれば、学校に来いと誘いに来

て、則彦と義和も手紙やメールで問うてくる。

 だけど、俺はなぜか学校には行きたくなかった。自分でもわからない。た

だ、この感覚はめんどくさい感覚と同じ気がする。外に出るのがめんどくさ

い。部屋から出るのもめんどくさい。そんな感覚だった。

 なぜ、俺が三学期に入ってから一度も学校に行かなくなったのは、ただた

んに怠けているだけだからだ。それ以外はよくわからない。ただ、俺はなに

かに脅えている感覚もあるのだと思う・・・・・。

 三学期の前にあったこと―――――。一彦達と季節外れの海に行ったこ

と、みんなで夜の学校に忍び込んだこと、母さんが死んだこと――――――





「おい、なまけ者!!」

 一彦がそう叫びながらドアを叩く音が、部屋中に響いた。なんども拳を扉

に叩きつけ、ユーキに怒鳴るかのように叫ぶ。勿論、いつも来ている一彦の

 こんな姿は見たことがない。何かを焦っているようにも見えていた。

 ユーキが錆びかけた鍵を開け、ドアノブに手を差し出す。ドアノブを捻る

前に、ドアが力強く開いた。一彦が焦った顔を隠せない様子で、いつも通り

にユーキの部屋に飛び込む。

 ユーキが台所へ向かおうとした時に、一彦は言った。

「いや、今日はお茶はいい」

「ああ、そうなの」

 ユーキが部屋に戻り、一彦の顔色を覗った。別に、体の調子が悪いわけで

はなさそうだ。

 ユーキが言った。

「どうしたの?」

「・・・・・お前、明日が何の日かわかってんのか?」

「・・・さぁ」

「明日はお前よぉ、卒業式だぜ!」

 ユーキの顔が唖然とした。「ああ、そうなの」

「そうだよ。とうとう卒業式だぜ。明日は絶対に来いよな!」

「うん・・・・・行けたら行く」

「行けたら行くって、お前なんか用事でもあるのか?」

「いや、別にないけど・・・・・」

「じゃあ来いよ、約束だからな」

 一彦が立ち上がると、ユーキは下にうつむいた。そして一彦が立ち去ろう

とすると、ユーキの口が開いた。

「もう帰るの?」

「うん。明日卒業式だろ?だからちょっと準備をな」

「わかった・・・」

「絶対明日来いよ!」



 冬休みから三日ほど前。ユーキは普通に学校に登校し、普通に生活を送っ

ていた。いつものように一彦と登校し、志村や則彦と教室で会う。まわりの

みんなの「おはよ~」という声がよく響いていた。

 一彦がおどけて叫ぶ。

「へい、みんな!おはよ~!!」

 男子陣からは、それに乗るようにみんなでふざけあい、女子陣からはあち

らこちらから「や~ね~」という声が上がる。こうして彼らの生活が始まる

のである。

 教室に入った彼らが向かう先は決っていた。則彦の席だ。彼の席に向か

い、授業が始まるまでにしゃべりつくす。則彦の席を、三人で囲むだけで周

りからは則彦が見えなくなった。

 則彦はいつもそれを「え~い邪魔クセー!」と、迷惑がった様子を見せる

が、やはり話しているときの彼は楽しそうに見える。そんな彼も、趣味の一

環として小説を書いていた。よく、SF系やファンタジー系などといった、

漫画混じりにセリフが多い小説になっているが、ユーキたちは彼の小説を毎

回楽しみにしていた。

 則彦と一彦の会話はいつも喧嘩が混じっている気がする。いつも、口調に

「黙れ!」や「はっ?うぜっ!」などという言葉が出てくるが、それは彼ら

にとってコミュニケーションのようなものなのだ。それを、いつも志村が笑

って聞いている。

 志村はひときわ体格が大きい。そのせいか、彼を恐れる者も多いが、根は

優しくて穏やかである。それよりか、かえって臆病な気もする。たとえば、

同じクラスの富元が授業中ふざけたり、絡んできた時に志村を頼ると、小さ

く自身なさげで「えぇ~恐いよ~」と泣くように断る。それでも彼は優しか

った。

 一彦は、いつもマイペースで人を笑わせるのが得意だ。ちょっとした弾み

から、彼はバスケットボールを打つようにますますおもしろさを引き立て

る。そして、ユーキの一番親友でもある。

 ユーキはというと、相変わらずやる気の無い顔をしていたが、皆でいると

きは楽しそうに輝いていた。

 それが彼らの青春なのだ。



 どのクラスにも、目立たず、臆病かつ暗いものもいるものだ。志村はそん

な位置に入るかもしれないが、彼らのクラスにはもっと暗い人間もいる。そ

れが彼、真崎健二だ。

 彼はいつもクラスの端で小柄な体を押し付け、地味に過ごしている。授業

の時間も目立たず、休み時間だってずっと机に座って勉強をしたり、趣味の

絵を描いたりしている。

 そして、そんな地味な人間もいれば、反対にいじめっ子というものが誕生

してしまう。このクラスで、もっとも不良扱いを受けている人間が彼ら、左

藤と笹木野だ。

 左藤は少々痩せているようにも見えるが、実はこれでも空手はいい成績を

残しているという。そして笹木野はその体格のよさを生かし、いつも左藤と

ケンカに明け暮れる毎日だ。

 実は言うと真崎はこの二人にひそかないじめを受けていた。机や椅子を蹴

り飛ばされるのは毎日、酷くなると殴られる始末だ。いつも地味な彼に因縁

をつけるかのように、毎日物を隠したり、上履きを放り投げたり、わざと足

を引っ掛けたりと。

 それでも回りは気付かぬふりをしていた。真崎の席は一番端の一番後ろ。

その席で毎回のようにいじめを受けている、ということから、周りは気付か

ぬふりをして黙っていたのだ。

 それは休み時間のことだった。「真崎ちゃ~ん。いいもの持ってるなぁ」

笹木野が真崎の持っているペンを手に取りそう言った。たとえ真崎座ってい

ても、笹木野の体格と比べると小柄な体がますます小さく見えてしまってい

た。

 真崎がいつものように弱音を吐くかのように自信のない声で言った。

「返してよ・・・」

「へへへ、これ、お前に持たれるのイヤってさ。じゃあ俺がこれ持っても文

句ないよな」

 どういう理屈だよ。真崎の心の中で言葉がはじけた。だがここで奴に何を

言おうと無駄だった。

「それ僕のじゃないんだよ」

「じゃあ誰のだよ」

「・・・・・お、お父さんの」咄嗟の嘘も無駄だと分かっていた。嘘でも、

少しは効果があると思ったからだ。

「じゃあ父ちゃんに言っときな。ペン、なくしちゃったよ~って」

 無駄であることは承知のことであった。が、それが現実になると、底知れ

ぬ不安感と恐怖がわいてくるのは誰にも止められなかった。

 そして笹木野の意地悪な高笑いが教室に響いた。



「・・・・・笹木野、また真崎をいじめてるよ」真崎に似たような声で、志

村が言った。

「んん~、飽きないのかねぇ」とユーキ。

「あのさ、ユーキはどう思う?」

「ん、何が?」

「あいつらのイジメ」

「ん~このままじゃいかんと思うけど・・・・・あいつら強ぇし」

 ユーキが苦笑をすると、すかさず志村が睨んだ。ユーキの苦笑が止まる。

「じゃ、お前が止めればいいんじゃない?」

 そうユーキ言うと、「えぇ~イヤだよぉ。こわいよ」といつもの自身のつ

かない志村に戻った。これがいつもの志村だ。ユーキがまた苦笑した。

「お前が止めに入ったって、今度はお前がターゲットになるだけだ。止めに

行くのはやめたほうがいい」

「・・・でもぉ」

「痛っ!」

 教室中に真崎の叫び声が響いた。――――だが、誰も彼の元に振り向こう

とはしなかった。分かっていたのだ。笹木野が真崎に暴力を奮っているのだ

ろう。

 これが初めてではない。なにかと笹木野と左藤は彼に絡み、因縁をつけて

暴力を続ける。性格が気に食わない。ムカつく。キモイ。がり勉。そんな因

縁でいつも暴力を奮われていた。

 志村は、この状況を黙って過ごすことをこころよくとは思わなかった。



 給食時間。先生は出張により教室にいないせいか、好きな席に座って食べ

ることを許されていた。だがそれは、トラブルを生む原因となった。いじめ

られっこである真崎の右の席は笹木野。そして真崎を挟むように左の席に左

藤。それがどれだけ最悪の組み合わせなのかは、誰もが知っていた。真崎の

体がまた小柄に見えた。

 笹木野の太い手が真崎の給食が乗った盆を自分の席に引き寄せた。「どう

せ食わねえんだろ。俺が貰ってやるよ」

いやみにそう言うと、笹木野は真崎の給食を口に頬張りだした、が止められ

た。志村の笹木野に負けじとばかりの腕に、給食を元の位置に戻されたの

だ。

 志村が真崎の机に給食を置いて、笹木野に睨んだ。

「余計なことはするな」

「なんだお前、正義の味方気取りか。あ~」

「これは真崎の給食だ。君に給食を奪う権利なんて無い」

「あんまり生意気言うと、ぼこぼこにしちゃうよ~」笹木野の腕が鳴った。

 そのぱきぱきと鳴る音一つ一つが、志村を追い詰めようとする悪魔の囁き

みたいだった。

 そのいつもと全然違う志村見て、ユーキたちは唖然としていた。ユーキと

一彦は口をぱっくりと開け、則彦は小説を書いていた手が止まっていた。普

段の優柔不断な彼がここまで出来ようとは、誰もが思わぬこと。同じクラス

の生徒も、みんな唖然として彼らに注目していた。

「お前らもいい加減にしろよ。弱い者いじめがどれだけみっともないことか

分かってないだろ」

 志村がそう言い終わった瞬間、笹木野の力強い拳が志村の頬を打ちのめし

た。教室の床に倒れた志村を左藤が非常にも、何度も腹に蹴りを入れる。

志村はその場で小さくうずくまった。やがて左藤が蹴るのをやめると、志村

が立ち上がる。それを笹木野が追い討ちをかけるように腹を殴る。

顔や体がボロボロになった志村が倒れそうになった瞬間、三人の少年が飛び

出し、彼を支えた。

「いい加減にしろよ!」と一彦。

 則彦もあきれるように「クソが、このハゲども!」

「暴力はんた~い」

 そうユーキが叫ぶと、瞬く間に教室がしんとなった。

 左藤が意地悪な顔で言った。

「お前らもいじめられたいのかな~」

 そんなバカな話があるか。いじめを止めただけでいじめられる?そんな馬

鹿げた話がどこにある。そんな感情の押し出しが、少年達の中でうずいてい

た。やがてそれは、感情の押し出すままに口に出た。

「バカかお前ら」それは志村の声で言った。「お前らがケンカ強かろうと

な、お前らがどんだけ人をいじめようとな、最終的に、誰がお前らの助けに

なると思ってんだ」

 志村は続けた。「お前らの勝手な行動で、みんなが迷惑して、お前らがど

れだけ孤立してることにまだ気付かねえのかよ。お前らは腕力だけで、この

クラスがまとめられるとでもおもってんのか。最後のクラスなんだからさ、

もう少し、穏便にいけよお前ら・・・・・」

 同じクラスの生徒が、志村に駆け寄る。全員で支えに行っているのだ。

 笹木野と左藤は、悔しそうな顔をして彼らに背を向けた。

「けっ、キモイこと言ってんじゃねぇぞ」

 二人は教室を出て行った。

 則彦が最後に吐いた。「クソボケがぁ。戻ってくんな」

 そして教室中に拍手の音が轟いた。彼らの勇気に対する拍手。自分達のク

ラスがまとまった瞬間の、歓喜の拍手が包み込んでいた。



「ノリくん何してるの?」

 ユーキがそう言って則彦の机の物を覗くと、則彦は慌てて両腕で隠した。

腕から字がいっぱい書いてある白い紙がはみ出ている。手にはシャープペン

ジルと消しゴムを持っていた。

「な、なんでもないよ」

 微笑の顔で、ユーキが言った。

「また小説?」

「うん・・・まあそんなとこ」

「じゃああれの続きでしょ。なんだっけ・・・・そう、『赤の騎士団』だ!

あれ続きまだなの?」

 『赤の騎士団』、それは則彦が作った小説で、本人は超ロマンチックアド

ベンチャーと言っているが、実際に見ると、ほとんど青春物に近い気がす

る。が、それもユーキたちの楽しみであった。勿論、初心者の則彦の小説が

上手なわけも無い。セリフが多すぎるし、擬音語も多い。そして表現力もイ

マイチだ。

 だが、それでも彼の小説はユーキたちの楽しみだった。なぜだかわからな

いが、続きが見たくなる。こんどはどんな展開に運んでくれるのだろう。そ

んな期待でいっぱいになっていた。

 今どのあたりを書いているのだろう。騎士団が魔王と戦っているとこか

な。騎士団の団長が王位を受け継いだとこかな。そんなことを考えながら、

彼らは則彦の小説を楽しみにしているのだ。

「いまどのへんなの?」

 則彦は迷惑そうな顔をして呟いた。

「教えたくない」

「えぇ~、いいじゃん教えてよ。続きが楽しみなんだよぉ」

「いや、でも・・・それ言うと一番最後を言うことになるからあま

り・・・・」

 ユーキの顔がにやりと笑った。

「じゃあ俺だけに教えてよ。誰にも言わないからさ」

「う~ん。じゃあ誰にも言わないでよ」

「うんわかったわかった。で、いまどのへんなの。アイヅは元気?」

 「アイヅ」とは『赤の騎士団』の主人公である。ユーキたちが読んでいる

あたりでは、まだ彼は騎士に入団していないことになっているらしい。

「友だちみたいな言い方だな。まあアレからいろいろあってアイヅが騎士団

に加入できて終わりって筋書きなんだけど・・・・・」

「へぇ、やっぱりアイヅ騎士団に入ることが出来たんだ。皆から反感うけま

くっていたのに」

「うん。それで、終わり方に迷ってんのよ」

「―――――ん。どういうこと」

「だからイマイチどうやって終わるのかに迷ってんの!主人公が騎士団に入

ることができて、みんなに祝福されんだけど、それから主人公がどういう反

応をして終わるのかってのでこまってんだけど・・・」

 ユーキが首をかしげ、則彦より難しいくらいに困った顔をした。

「ん~難しいね。ノリくんの言うことはよくわからんけど、主人公が最後に

何をするか、かぁ・・・・・。あっアレなんてどお。主人公が嬉しくって泣

いたとか、拍手が主人公を迎えたとか」


 則彦が首を傾げた。「それも考えたけど、なんかピンッとこないんだよ」

 しばらく沈黙が続いた後、則彦が呟いた。

「なんかほかある~?」

「ん~ないよ」

 二人は笑った。

「もう馬鹿~。お前に話すんじゃなかったよ。結局小説の最後知っただけだ

し」

「ははは、だまされる君が悪いのだよ」

それから則彦はため息をついた。「はぁ~なにかいい終わり方ないのかな

ぁ」

 この日から二日後。彼、ユーキは姿を現さなくなった。冬休みになっても

一彦達と遊ぶこともなくなり、「引きこもり」と呼ばれる条件を無意識のう

ちに達成していた。



 一彦が帰って何時間経っただろう。

 ユーキの部屋は、午前八時だというのに明かりがついていなかった。ゲー

ムもつけていない。そう彼の部屋は暗闇に染まっていた。部屋の隅では、ユ

ーキが壁際に背中をつけて体操座りを組んでいた。

 外の方では、車の音が響いている。部屋のカーテンが風に閃き、小さなダ

ンスをかねるかのように動いていた。外は相変わらず何も見えないほど暗

い。

 そこで、ユーキは物音に気付いた。廊下で響く靴のかつかつとした音。ひ

そひそと響く音。間違いなく人と人の会話だった。それは、ユーキの階の奥

の方で響いていた。人数は――――三、四人ほどだろうか。間違いなくユー

キの部屋に向かってくる足音。誰なのかは声からして分かる。一彦と則彦、

それに志村もいる。この階で彼らの知り合いといったらユーキしかいない。

自分に会いに来たのではないかと思うしかなかった。

 静かに部屋の扉が開くのを、ユーキはあえて無視していた。彼らが入って

くると同時に、懐かしい声のざわめきがユーキの耳に入っていった。

「うわっ、くっせー!」と言う則彦の声や、「篠崎君の部屋はじめてだよ」

 などとほざく志村の声がユーキの昔の思い出を引きつらせた。則彦の小

説、もう終わっただろうか。志村はあの後どうなっただろう。後笹木野たち

に因縁をつけられてないだろうか。いままでまったく気にもしていなかった

出来事が、いっぺんにユーキの頭の中を駆け巡っていた。

 だが,それも永くは続かなかった。急激なやる気の消耗。さっそく訪れて

きてくれた、彼らへの関心が全然といっていいほど無くなってしまった。

 ユーキがやる気の無い声で言った。「なに?」

「お前が来るように念を押しに、な」と一彦。

「・・・・・来るかもって言ったじゃん」

 則彦がカッとなった。「その行けるかもってのが一番心配だから来たんだ

よ」

 一彦が言った。

「ホントは来る気ないだろ。お前のその目がそう言ってんだ」

「・・・・・」

 一彦が志村と則彦に振り向いた。「ごめん。二人とも席外してくれる?ユ

ーキと二人で話がしたいんだ」

「僕たちだってユーキと話したいよ~」

 そう則彦が言うと、一彦は笑いながら二人を部屋から押し出した。

「ごめん。ちょっとの間だけだからさ・・・」

 部屋の扉が閉じると同時に一彦の目は、後ろで唖然としているユーキに向

いた。

「多分・・・俺、判った気がする。お前がなんで学校に来なくなったのかっ

てことが」

「あそう」ユーキはいつものお調子者で答えた。

「誤魔化すなよ!」

「何を?俺はなにも誤魔化してないよ」

「じゃあ、単刀直入に言うぞ。いいか」

 ユーキは笑いを込めて「え~、何か覚悟が必要なの?」

「・・・お前、本当はビビッってるんだろ?」

「はぁ?」

「たいくつとか、めんどくさいなんていうのは全部嘘。お前の小さな物を隠

す嘘なんだよ」

 いつもは温厚なユーキも、この言葉に疑問を覚え、一彦を思わず睨みつけ

てしまった。

「どういうことだよ」

「ユーキ、お前、自分の母さんが死んだから不安になったんだろ」

「なんでそう思うんだよ」

「お前、昔からの母さんっ子だったもんなあ。ずっと母親に頼ってばかり

で、どうしよもなく親にべったりしてて・・・・」

 ユーキは久々に感情を叫んだ。「それは昔の話だろ!!」ムキになるのは

何ヶ月ぶりだろうと心で呟くほどに。

「いや、中学になった今までだって、お前は母親なしでは生きられなかった

はずだ!大体合致しすぎてんだよ。お前の母親が死んで、葬式が終わった次

の日あたりからお前は俺らと会わなくなった。冬休みが終わっても学校に来

なくなった。

 お前は・・・自分でも気付かないうちに母親のいない世界に脅えていたん

だよ。それをお前は変に解釈して、『なまけ者』になっちまったんだ」

 ユーキは目をまるくした。

 ユーキがはじめて知らされた定かではない真実。それを受けた彼には、何

も考えることは出来なかった。確かに、母親が死んだ後、急にやる気がなく

なったように外に出たくなくなった。親友と呼び合った友にも会いたくなく

なった。唯一心を開けていたのは、テレビゲームだと思っていたくらいだ。

だが、一彦の言うことはあまり納得が出来なかった。なぜだろうか。これは

 誰にも説明できる物ではなかった。やるせない気持ちがユーキの脳裏を駆

け巡り、まるで赤ん坊のようにわめいている。だれにも止められない感情が

無理に押され始めているかのように、部屋中のしんとした空気と共鳴してい

た。

「し、知らないよ。そんなこと・・・・・俺には、よくわかんないよ」

「いいか、ユーキ。お前の母さんはこんなこと望んでいない。お前の母さん

の口癖、今でも俺は覚えてる。お前だって一緒のはずだ。その口癖を思い出

せ。わかるだろ、お前の母さんが何を望んでいるのか」

 ユーキは低く呟いた。

「『続けることは続けろ』それが母さんの口癖だった。なにか挫折しようと

したら、母さんはいつもそう言って励ましてくれていた・・・」

「そう、そうだ。判るだろ?お前はそう言ってくれた頼りになる母さんがい

ないから、ビビッてただけなんだよ」

「判らん、判らんけど・・・・・ごめん、帰ってくれない?」

 一彦はそう長くは居据わる気が無いのか、その言葉が出て、ためらいもな

く部屋を出て行った。出て行く際に、彼は呟くように言った。

「明日・・・絶対卒業式来いよ!」

 ユーキは何も言わなかった。



「ただいま」

 低い声の主が自分の部屋に入ると、そのまま拙僧も無くユーキの部屋に入

っていった。

 暗い部屋には、ユーキ一人だけが隅っこに座っていた。カーテンも閉めた

状態で風通しが悪く、異臭があたりを漂い鼻が痺れるようにつんつんしてい

た。

 ユーキが部屋に入ってきた主に振り返り、冷たく言った。

「・・・何?」

「はぁ・・・さっき、一彦君たちに会ったぞ。わざわざ卒業式に誘いに来て

くれたそうじゃないか」

「で?」

 ユーキのそんな冷たい態度も、主は仕方ないと思っていた。自分は仕事三

昧で、彼に何もしてやれなかった。引きこもりになっても、なんの関心も見

せずに仕事ばかり。そんな自分が冷たくされても仕方ないと思っている。

「明日、行くのか?」

「父さんには関係ないだろ」

 ユーキの父親、勇次は彼の部屋のベッドに座った。

「母さんが死んで三ヶ月・・・・・。母さん、なんで死んだか覚えてる

か?」

 ―――――知っている。母さんが死んだ理由は、交通事故。聞いたとこ

ろ、普通に母さんの酔っ払い運転が原因だそうだ。いつものように家に帰る

途中、工事中の道路に車で突撃してショック死。体のどこも傷つけることな

く死んでいった。それだけ聞かされていた。その車には、父さんも乗ってい

た。だけど、父さんだけ生きていた。

「春代が死ぬ時。あいつなんて言ってたか判るか?」

 ユーキは下にうつむいたまま、首を横に小さく振った。

「母さんな、死ぬ瞬間にこう言ってたんだ。『ユーキが卒業するのが楽しみ

だ』。なぜだか判るか?わからないよなぁ。お前が卒業しただけで、もっと

苦労するのは母さんだしな。それでも、お前の卒業を楽しみにしてたんだ

ぞ。

 お前は学校でイヤと言うほど学園生活を楽しんでいる。だから、卒業式で

泣くんじゃないかって思っていたんだ。

 母さんはなぁ。お前が中学は行って、泣き虫だったお前が泣かなくなっ

て、すこし心配してたんだ。その日は精神的にも追い詰められて

て・・・・・お前の無邪気な泣き顔を思い出したんだろう。お前のその昔の

姿を見れば、すこしは救われると思って。初心に戻れると思って・・・」

「もういいから!もういいから・・・しばらく一人にして」

 勇次は部屋を出て行った。



 ―――――俺の一番頼りに出来ていたのは父親じゃなく母親・・・母さん

だ。

 母さんはいつも明るく、働き者でおおざっぱ。がさつだったけど、母さん

の愛は理解していた。怪我をすれば即病院。元気がなければ学校を休ませ

て、ゆっくりさせようとする。腹が空けば、母さん特製のホットパイ。そん

か母さんはいつも俺のことを気遣ってくれていた。とても頼りになる、母親

だった。俺には出来すぎるほどに。

 そんな母さんが死んだのは冬休みを迎える二日前。いつも通りに、仕事に

出かける母さんを父さんが送り出しに行く時だ。出かける前に俺は母さんと

喧嘩していた。

 原因は、ほんの小さなささいなことで。ゲームをやりすぎた俺に母さんが

注意したからだ。そのとき俺は反抗的な態度をとって母さんを部屋から追い

出した。

 母さんが事故にあったことを聞いたのは、母さんが出て行って三時間後

だ。電話越しで父さんの声を聞いたとき、その口で母さんが死んだことを知

った。

 そして、その日の後の葬式の後、急激に光をなくした。何のために生きて

いるのか、何てこともどうでもよくなるほどに、俺はとことん怠けていっ

た。

 一彦達に言われるまで、それに俺は気付かなかった。いや、気付きたくな

かったのか。気付きたくなかったから、とことんなまけ者に変化したんだろ

う。なにも考えないなまけ者に。そう、俺は確かにビビッっていた。母さん

の居ないこの世界に。だから外に出ようとは思わなかった。いいわけが、

『なまけ者』なんだろう。

 ユーキは、瞼が重くなってきたのを感じた。これが本当に眠いってことな

のか。明日の計画も考えていないっていうのに、このまま眠っていいのか。

彼は瞼を叩いて眠気を飛ばそうとした。だが、時間が経てば経つほど、目が

かすむのであった。



 水色の世界。

 またこの夢か、ユーキがそう自覚した途端、胸のどきどきが見えない力に

鼓動していた。それが自分の胸の鼓動なのか、単なる空耳なのかなんての

は、全然判らなかった。

 だが、この夢はいつも見ているはずなのに、何かが違った。

 ユーキただ一人が水色の世界に立ち尽くす夢。そう、女性の姿が見当たら

ないのだ。どこを見渡しても、水色が広がっているだけ。

しかも、その世界はいつもより幻想的で、胸のうちが赤くあたたかく光って

いるようにポワーッとなっていた。

 そこから、ユーキが何日も忘れていた物を取り戻した。

 こんな世界に居るだけで、こんな簡単な事を思い出すだなん

て・・・・・。

 すこしだけ、どきどきしてきた。



 ユーキの部屋にあるゲームたちは唖然としていた。主が久々に制服を着

て、自らの足で外に出ようとしている。主人のその姿を見るのは、なんだか

 少しだけ裏切られた気がした。

 ずっと、自分達の虜になってくれると思っていたのに――――――

 今すぐにも手を伸ばしたくなるように―――――

 ―――――嗚呼、いったいどこへゆく

 ―――――嗚呼、引きこもりのならず者・・・



 青い空が、少年達の目にしみた。雲の幻想的な形に、雨上がりの暗さ。卒

業式が近づくにつれ、それは晴れていった。

 一彦達は中学校の正門で待っていた。来るはずの無い『なまけ者』を。昨

日の態度からして、もしかしたら来ないかもしれないと誰もが思っていた。

 半信半疑、と呼ぶに相応しいかもしれない。

 志村が心配そうに呟いた。「あいつ・・・来るのかなぁ」

 そして、いまだに小説の最後を決めることが出来なかった則彦がそれに共

鳴した。

「来ないんじゃねえの」

 一彦が二人に振り返り、強く言った。「時間まで、時間まで待ってみよう

よ」

 その時、一彦たちは目をまるくした。正門に、あやふやな歩き方をした謎

の人間。髪は薄茶色に染まって、微妙に整わない髪形が、その人物を連想さ

せた。

 一彦が嬉しそうに叫んだ。

「おーい!こっちだ、なまけ者ー!」

 そのなまけ者が近づくにつれ、彼らの顔は笑みに染まる。彼が歩いた後の

道は、彼を祝福するかのように、出来立ての道が出来たように輝いて見え

た。

 ユーキが彼らの目の前までに着くと、みんなが盛り上がりの雄叫びを上げ

た。

「おぉー!!」

「やっぱ来たんだな!」

「おせぇーぞ!ばーか」

 なまけ者―――ユーキは、みんなの歓喜を浴びて、下にうつむいた。

 ――――このとき、則彦の中で、小説の一番最後の風景が組み合わされ

た。ユーキのそのしぐさが、まさにそれだ。

 そう、この小説も、彼のそれと共にありたかったのだ。結局は、ユーキが

教えてくれたような物なのだ。騎士団に入団できた主人公の最後――――

 そして、この小説の最後でもある表現―――それは――――



下を向き、照れくさそうに笑いながら・・・・・







――――下を向き、照れくさそうに笑いながら――――

















END

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