大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第一章



 とは言ったものの、この街のハンターの一人であるアニスターは、特に名を上げるためにだとか自分の力を試にとか、そういった動機などまるでない。

 彼にはハンターの父親がいた。その父親が働き、住んでいた街がこのレヴァンである。

 父親の名前はブルーム。街では<綱渡りのブルーム>と呼ばれていた、ハンターズの中でも有名な命知らずであった。

 そんな彼とは全く逆で、アニスターはハンターの間では<採取名人アニスター>と呼ばれている。これは彼が採取の名人だからとかではなく、彼が受ける依頼が全て採取関連だからである。

 みんなが知っていることだが、彼は臆病である。キノコ狩りの途中で見かけたブルファンゴには必ず隠れながら慎重に進み、ランポスに目をつけられると即座に逃げ出す。

 彼の装備、イーオスシリーズは彼が仕留めた獲物からではなく、パーティを組んで狩に出たとき、その味方が倒したおこぼれで作ったものだった。

 そして腰のコロナ。これは父親の形見である。

 そう彼の父、ブルームは三年前の戦争で死んだ。アニスターがハンターになったのはそれから二年後くらいである。



 モンスターハンターズの拠点でもある酒場は今日もにぎわっていた。昼間でも夜でも、そのにぎやかでうるさい世界は全く変わらない。

 中に入ると煙草の強烈な臭いと、飛び散る酒の飛翔が出迎えてくれる。アニスターはそれにうんざりしていた。

 どのハンターも自分の事を採取名人とはやしたて、今日もキノコ狩りかと笑いながらおちょくってくる。綱渡りブルームと呼ばれた父親がその影響で馬鹿にされることはなかったが、それ以上に腹が立つことを何度も言われた。

 それでも彼はその苦悩を押し込め、街のハンターとして活動をまっとうしている。めげずに何度も同じような依頼をこなし、時間があれば剣を振り鍛錬をしていた。その彼の努力を知る者は少ないものの、その少ない者達は陰ながら支援をして彼を応援している。酒場のギルドマスターも彼には少しばかり期待もしていた。

「こんにちは、アニー」

 明るい声でアニスターを迎えたのはこの酒場の待ち受け嬢のヴィネーダだった。アニスターが彼女を見て、軽く微笑む。

「うん、こんにちは」

「今日も依頼を受けにきたのかしら?」

「うん、そのつもり」

 挨拶を交わし、アニスターは酒場のハンター達のはやしたてを受けながら掲示板の前にかがみこむ。この状態から約五分ほど、掲示板との睨めっこが始まるのである。

 それを見て笑って話のネタにするハンターもいれば、ウンザリして酒を飲むハンターも居る。大半は前者である。アニスターにはこの状況をしっかり把握していた。

 笑いながらハンターが立ち上がり、ジョッギを片手にアニスターのいる掲示板に歩き出す。

「おーい、アニー! どうせキノコ狩りだろ? いい加減ハンターなんか辞めて転職しろよ。キノコ狩り職人とかな」

 酒場でどっと笑いが包む。

 いつもの事ながら、この状況にはかなりイラつきを覚える。腹の底が熱くなってきた。

 彼は少しだけ焦っていた。いつまでも金にならないキノコ狩りなんかでハンター業が勤まるわけが無い。

 いい加減、一人でも飛竜、いやそこまで行かなくてもドスランポスくらいは倒せるようになりたい。今まで狩っていたのはキノコ狩りで群から離れたランポスやファンゴに奇襲するくらいだった。

 確かにランポスやファンゴは一人でも倒せる。装備も装備だ。倒すには十分過ぎる。この装備なら、ある程度の飛竜は倒すことはできるはず。それが出来ないのは自分のせい。だからみんなにバカにされてもおかしくはない。おかしくはない、けど。

 彼は今日賭けにでることにした。今まで生きた人生の中で一番決意のいる賭けに。

 コインだ。

 一枚のコインを投げて手のひらで掴み、その表か裏で『飛竜討伐系の一番簡単な依頼を受ける』か『この日はいつも通りキノコ狩り』か。結果は表の『飛竜討伐系の一番簡単な依頼を受ける』であった。

 結果がでて、アニスターは半分戸惑いながらも、半分安心もした。これは自分が変わるにはいいチャンスじゃないか。

 今彼はその掲示板と睨めっこしている。一番簡単な依頼を探して。

 目に入ったのは『イャンクック討伐の依頼』である。場所は<森と丘>。よくキノコを狩に行ってた場所で、よく地形も把握している。この場所なら地図がなくても迷うことはない。そして他の依頼は・・・。

 全部あんまり行ったことのない場所ばっかりだ。イャンクックといえば飛竜の中でも下位に分類されている。自分が精一杯狩ることができるのはこいつしかいない。うん、これしかない。

 決意を固め、ゆっくりと掲示板に貼り付けてある『イャンクック討伐の依頼』の羊皮紙に手を伸ばす。

 ドッキン、ドッキン

 なぜかこれだけで凄い緊張してきた。手を伸ばしてこの羊皮紙を引っぺがし、ヴィネーダに提出するだけだというのに。なぜだろう、いつの間にか太股が震え、瞳だけが他の場所をちらちら見ている。

 ダメだ、目を開けていたら倒れてしまいそうだ。ここで彼は目を瞑り、即座に手を伸ばす。

 ぐにゃ

 頭の中でそんな効果音が聞こえた気がした。咄嗟に目を開けると、自分の指はなぜか真横から伸びるランゴスタ甲殻で覆われた手の甲にぶつかり、曲げられていた。

 その手の先に伸びるのはやはり全身ランゴスタ装備のラズベリー色の防具を来た男性であった。

「おっとごめんよ」

 どうやらそのハンターは掲示板の依頼用紙を取ったらしく、それに自分の指がぶつかったらしい。

「あ、いえ、こ、こちらこそすみません」

 男は特に何も言い返すこともなく、ヴィネーダに依頼用紙を渡す。相変わらずはやしたてる声が酒場を覆う中、彼は再び羊皮紙を掲示板からはがししっかりと両手で持った。

「お、今回のアニスターくんの受ける依頼はー!」酔っ払ったハンターがそのままアニスターの後ろにつく。

 席で酒を飲んでいたハンター達が一斉に叫んだ。

「マッシュルームハンティーング!」

 再びどっと笑いが酒場を包む。

 アニスターは少しだけ、口元に笑みを作っていた。この連中がもしこの今アニスターが手に持っている依頼用紙を見たらどんな反応をするのだろう。

 とはいったものの、初見でイャンクックを狩る自身なんてあんまりない。いや、殆どないと言ってもいいだろう。だから少しずつ観察などでならし、今回は時間ギリギリまでイャンクックの特徴や弱点を探して帰ろうと思う。自分でも思うが、なんとも情けない。それでも飛竜討伐系の依頼を受けるのだ。少しは、今までの自分よりは誇るべきことなんじゃないだろうか。

 少しだけ、本当に少しだけ自身を持った顔が酒場の連中を一瞥する。だがハンター達はアニスターの変化に全く気づかず、笑いのネタにしていた。アニスターがそれを無視して待ち受け嬢に持って行こうと歩きだす瞬間、一斉に酒場がしんとなった。

「あなた達、いい加減にしなさい!」

 まるでわがままで言うことを聞かない子供を親がしかりつけるような声が酒場の隅から隅へ響いた。ヴィネーダだった。

「アニーがどんな気持ちで毎日ここにきて、依頼を受けに来ていると思ってるの? キノコ狩りなんてハンターの基本でしょ。あなた達もやったように。基本を磨いて何が悪いの? 確かに上達の方法も早さも、人それぞれ。みんなもそう。だから上達が遅い人がいたって全然不思議じゃない。アニーもその一人に過ぎない。芽が出るのが遅いだけ。でも、それだけで早めに芽を出したあなた達がバカにするなんて許されるわけがない。

 確かに、アニーのお父さんは優秀で勇敢なハンターだったわ。その息子が上達遅いからって、そこまで吼えることなんてないでしょ? 初心をいつまでも守るのはハンターとしても、人としても絶対に尊敬する部分だし、誇りを持つものよ。

 それをバカにするなんて絶対に私は許さない。アニーをバカにする人は自分もバカにしてることになるのよ」

 ヴィネーダさん・・・。

 席を立ち、アニスターをはやしたててたハンターは席に戻り、しぶしぶとビールを飲む。他のハンターも同じように静かになり、誰もアニスターをバカにするような声をだそうとはしなかった。

 ヴィネーダ。彼女もアニスターの努力を知り、そして理解者にもなっている。アニスターにとっては姉のような存在でもあった。

「今回アニーが手に取った依頼も、彼が決めたこと。さ、アニー。辛かったでしょ。今回の依頼を持ってきて」

 優しい笑顔でアニスターを見る。アニスターの胸は温かい気持ちでいっぱいになった。でも・・・。

 最初は観察だけ。

 こんなにヴィネーダが自分を庇ってみんなに熱弁したのに。そして受けた飛竜討伐クエスト。戻ってきて討伐はしてない観察だけ、と後から御者や依頼主の報告書でわかってしまったらと思うと・・・。

 なぜだろう。なぜ今自分はこんな情けないシチュエーションを描き、そして情けない行動をしようとしてるのだろう。

 今この依頼用紙を戻して、他の依頼を受けたらどうなるだろう。周りの反応はどうなるんだろう。

 彼は緊張するととてつもなくマイナス思考になってしまう。いろんなマイナスな展開が彼の頭の中で展開され、最終的には自分に期待してくれた故郷の母親や姉のようなヴィネーダ、そして今まで自分を支えてくれた他の人たちに幻滅されるような気がしてきた。

 今戻ったらとても情けない。

 でも、このまま依頼を受けて自分の考えた行動を実行するのもかっこ悪い。

 彼は前に進む決意をした。

 静かに歩き、ヴィネーダの前に羊皮紙を置く。

 机に置かれた羊皮紙を手に取り、一瞬彼女は不安そうな目をしてアニスターを見た。今自分はどんな顔をしているのだろう。決意の固まった顔だろうか。それともいつものように生まれたてのひよっこのような幼くて頼りない顔をしているのだろうか。

 緊張しているからか、両頬と眉間がひきつっているような、妙な違和感が顔にあった。  ヴィネーダはそんな彼を見て、鼻で息をつく。

 その目には「やっとか」と昔父に褒められたときの面影が見えた。

「わかったわ、アニー。あなたがさっき掲示板で迷っていたのはこのことだったのね」

「はい」小さい声で答えるアニー。

「これはあなたが決めたこと。そして、あなたの成長。あたしは止めないわ。頑張ってね、アニー」

「ハイ、ヴィネーダさん!」

 微笑むヴィネーダ。それをみて、さらに決意を固めるアニスター。

 絶対に、絶対にこの依頼は成功させてみる。達成させてみる。自分に期待して、応援して、支えてくれた人たちのために。

 このイャンクックを必ずとうば『な、何ィ!? アニー、おめ―リオレイアを狩りに行くのかよ!』

 やかましい大声がアニスターの耳元で弾ける。どうやら気になってハンターが一人アニスターの依頼を盗み見しにきたようだ。

 そう、この驚いたような声が聞きたかった。これが聞きたいというのもあって、イャンクックを狩ろうと思った。他のハンターが一斉に立ち上がり彼の依頼用紙と彼を交互に凝視する。

「ほ、本当かアニー?」

「お前、いきなりリオレイアなんて狩れるのかよ? 無理するなって」

「しかもこれ今日出発のやつじゃないか。今すぐだぞ? お前、一人で受ける気か?」

 そうそう、僕がこの依頼を受ける。そしてリオレイアという飛竜の中でも下位の飛竜を狩り、僕は自分の芽を必ず出す。僕に関わってくれた人たちのために! 誰がなんといおうと!












 あれ?

 アニスターはゆっくり羊皮紙を取り、まじまじと見る。他のハンターの目をよそに、それをじっと見つめる。その依頼用紙にはこう書いてあった。

『リオレイア討伐依頼』。

 ぎょっとしてアニスターは掲示板の方を見る。そこには『イャンクック討伐依頼』の羊皮紙はなかった。酒場の出口を見ると、丁度ランゴスタ装備の男が出て行く。一瞬手元に見えた羊皮紙を見て、アニスターは戦慄した。

『イャンクック討伐依頼』。

 冷静な振りをして、アニスターは周りを見渡す。

 安心してアニスターに笑むヴィネーダ。驚きながらも、少しだけ嬉しそうにするハンター。はやしたててた連中でさえアニスターの成長を見て、無謀だと言う中にもがんばれよ、という声援を送る人もいた。

 リオレイア討伐依頼の羊皮紙にはすでに判子も押され、あとはアニスターの署名待ち。ヴィネーダが羽ペンを彼に差し出し、アニスターはそれを受け取る。

「ここ、ね」

 優しい声でそう言われ、ヴィネーダの指差した場所にペンの先を置く。アニスターの額は既に汗ばんでいて、鼻の先から汗が滴り落ちていた。羊皮紙に水滴が落ち、周りは少しだけ静かになる。

 いつもはやしたてているハンターの一人がアニスターの肩を叩き「実は俺な、お前のこと心配してたんだよ」と涙ぐんだ声で言う。最後に「がんばれよ」と言って席に戻ってジョッギを手に取った。

 そして最後にヴィネーダが。

「あなたの芽が生えるのは少し遅かったけど、それでも最高に輝いて綺麗な強い花が咲くんだって信じてたわ」

 随分前に、彼女はアニスターのことを弟のように思っていると言ってくれた。そんな弟が飛竜の依頼を受けるというだけで成長したと言ってくれている。自分の成長を素直に喜んでいてくれている。

 こんな幸せ者、他にいるだろうか。

 それでも冷や汗が全身を濡らす。最後に顔を上げると、微笑むヴィネーダが見ていてくれた。ごめん、無理。

 アニスターの冒険がここから始まった。


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