大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第五章 前編


「鋼鉄の板と僕」

 半日という長い時間を過ぎ、夕方に入るころにユーリンドの中心部であるレヴァンの面影が見えてきた。楕円形に街を覆う大きな城壁は、遠くから見ると影になり大きな整った形の岩のようにみえる。

 城壁から連なるように見える大きな荒山はまるでユーリンドを見守るように悠然とたたずみ、レヴァンの背中を長年守ってきた。大きな山のくぼみはほとんど崖となり、山からレヴァンまで下っていくことは不可能だと知る。

 やがてレヴァンが近づくと、さらに迫力を増し、偉大になる城壁が雲を見るくらい高く立ち誇っているのがわかった。厚く、そして丈夫なこの城壁は何百年もこの街と城、そしてユーリンドという名の文化を守り続け、今もなお衰えぬ威厳を発揮している。城壁の正面にはアーチ型の、まるで大型の飛竜を招き入れるためにあるような大きな城門が設置されている。

 三年前の戦争により、城壁の一部を破壊されてしまったらしいが、アニスターはそんな事実を受け入れるほど大人ではなかった。こんな大きな壁がどうやったら壊せる? グラベリスは確かに国をいくつも滅ぼし、戦争に関しては負けなしであったが、それでも何百年もユーリンドに手を出さなかったのはこの城壁のおかげだと言える。

 たとえ信じられないくらい大きな爆弾を持ってきても、この城壁には絶対にヒビすら入れられないだろう。アニスターはそう信じていた。

 だが事実、この城壁の西区域は破壊された。今では修復されたものの、その事実はやがて歴史となり、グラベリスの脅威をさらに増幅させることとなるだろう。

 アーチ門は日の出ているうちは開いている。もう少し御者が遅く馬車を走らせていたら、夕方を過ぎこの門を通ることができなかっただろう。だが彼は意外にもそういったことに本領を発揮する。いや、本領は口から出てくる物だから、ちょっと違うかもしれないが。

 ほぼ時間通りに彼は馬車を走らせ、計画通りに進行する。この男に唯一感心する数少ない特技だ。だから、彼は馬車の御者としては信用できる。

「さあ、ついたぞ。我らが故郷に!」笑いながら御者は振り返り、アニスター達に目をやった。

 フレイドは半分眠っている状態で腕を組んだままうつむいていたのだが、御者のこの言葉で顔を上げてあくびをした。アニスターはというと、馬車の窓から顔をだしてレヴァンの城壁をじっと眺めていた。

 フレイドはこんな自分を不思議に思っているかもしれない。だが、この城壁を見ているとなんだか壮大な気分になれる。日によって変わる気持ちは違うが、いまはそんな気分だ。

 あまりにも夢中で城壁を見上げているせいで、御者の「あんた、いつもの所でおろしていいんだろ?」という言葉を耳に入れていなかった。フレイドが隣で「アニー?」と呼んでくれなければ、そのままいつも降りる広場で突然蹴っ飛ばされていたことだろう。

「うん?」

「着いたってさ」

「ああ、うん。わかったよ」

 気がつくと馬車は市場に囲まれた大きな広場に到着していた。いつもアニスターは依頼を終えるとここで降ろしてもらっている。広場の周辺には柵があり、その外から先は市場で賑わっている。

 広場自体は人通りが多いが、市場ほどではなく馬車や団体がよく通ったり、集まったりする。ここから歩いて十分ほどで酒場へ着く。馬車はアニスター達を降ろすと挨拶もなしに走り出し、市場の奥の群衆へと消えていった。別れの挨拶は、あの御者から聞いたことあまりないな、とアニスターは改めて思った。

「なあ、アニー」馬車がついに見えなくなったと同時に、フレイドが言った。

「うん?」

「見せたいものがあるんだ。着いてきてくれよ」

 というなり、アニスターの返答も待たずに彼は走り始めた。一瞬アニスターは立ちつくしてしまい、フレイドが人ごみに入り見失いそうになって咄嗟に走りだした。幸い、フレイドは特徴的な外見で、ドラゴンキラーが背中に掛けられたレウス装備の少年といえば彼以外そうそういるはずもなく、人ごみの中でも見つけるのは簡単だった。

 しかし彼はなんという迷いのない走りを披露してくれるのだろう。アニスターが追いつこうと急いでも、まったく距離は縮まず、それでいてフレイドは振り返るそぶりすら見せない。

 いつの間にかフレイドとアニスターは人通りの少ない路地まで出ており、賑やかな風景とは離れていった。灰色の建物がたくさん建ち並ぶ道を進む。酒場とは反対方向だ。それも、アニスターが今まで行ったこともない場所だ。

 フレイドが何を見せようとしていて、どこへ連れて行こうとしているのかわからないが、最初の冗談と一緒で彼から悪意は感じなかった。だけど、それでも彼のこの先は不安になる。アニスターはほんの半日と少し前のことを思い出していた。フレイドと結んだ奇妙な条約。そのせいで、フレイドとアニスターはこれから組む形となり、一緒に狩をしていくことになってしまった。

 そう、リオレイアを狩り終え、剥ぎ取りを済まし、狼煙を上げ終えたあの時――

「……あっ」

 とそんなことを考えている間に、見事にフレイドを見失ってしまった。辺りを見ても人の気配がほとんどない。いったいここはどこで、レヴァンのどの辺に位置しているのかわからなくなってしまった。

 そんな…。アニスターは何もない建物に囲まれただけの道で立ちつくしていた。足音どころか、風の音もしない。

「ふ、フレイドぉ~?」

 建物と建物の間に顔を覗かせて、ひっそりとした声でアニスターはフレイドの名を呼んだ。だが返事どころか、自分の言葉すらこだましてこない。彼がいないというだけで、今まで以上の不安を感じる。

 急にアニスターは泣きたい気分になった。今までを思い返してみて、本当に自分は情けなかった。会って間もない少年がいなくなったくらいでこんなに動揺してしまい、他にも情けないことをいっぱいしてきたり考えてきたりしてきた。

 あるハンターはアニスターを腰抜けのへたれ野郎、と言う。またあるハンターは誠実で純粋だが未熟なハンターとも言う。そしてヴィネーダや応援してくれるハンターは努力を惜しまない将来有望なハンターと見てくれている。そのうちどれかに当てはまるなら、アニスターはそれを受け止めることができただろう。

 実際は、どれでもなかったかもしれない。いつも周りを気にして、自分自身のプライドを少しでも傷付けないように気を遣うだけの毎日。自分自身が納得いけば、それこそ正しい――今の自分にとっては、という意味だが――行動に出る。アニスターの頭の中では、自分がどの位置へいけば一番みじめじゃないかという模索しかないように見えた。

 僕はいったいどうしたいのだろう。なぜハンターになったのだろう。なんでみんなの顔色を窺うようなことしか考えられないのだろう。

 アニスターは空を見上げ、あまりに広い青を見てまた泣きそうになった。雲ひとつない空はまだ青いが、時期的にもあと数十分ほどでオレンジ色に染まり出し、やがて夜がくるだろう。それなのに、空はまったく揺るがずそこで立ちつくしているようだ。空を見るだけで、自分が情けなくてみじめでしょうがなかった。

「どうした?」

 何年も聞いてなかったようなフレイドの声を聞いて、アニスターは即座に振り返った。そこにはやっぱりフレイドがいた。立ち止まり、空を見上げていたアニスターを不思議に思ったのだろう。そして自分が泣きそうになったことも知らないに違いない。アニスターは泣きそうになったものの、涙ぐんだわけでも鼻をすすったわけでもないのだ。

「君こそ、どこにいってたんだよ」

「いや、てっきりお前がちゃんと着いてきていると思ってさ。振り返ったら見事に見失ったってわけさ。しっかりしてくれよ、アニー」

「それはこっちのセリフだよ。せめて、もう少し僕に合わせてくれても…」そこでアニスターは言葉を切った。ここで弱音のような事を言ったところで、さっきの情けない気持ちがまた蘇ってくるような気がしたからだ。「……とにかく、どこに行こうっていうの? そんなに急ぐ必要がある場所?」

「いや、そんなことはないんだが…」フレイドは腕を組んだ。表情は明るく、いつもの――といっても、『いつもの』と言えるほど長い間彼と一緒にいたわけではないのだが――無邪気そうな笑みを浮かべている。「なるべく、お前さんには早く見てもらいたいんでね」

「全く…何を見せようっていうの?」

「まっそれは見てからのお楽しみってことで」

 言うなりフレイドは振り返り、再び走り出した。アニスターは一瞬立ちつくしたが、フレイドが振り返る瞬間に同じく走り出した。フレイドはきっと、早くこいよ、と言うつもりだったのだろうが、それよりも早くアニスターが走り出したのをみてにやりとした。

「大丈夫、ここからだとそんなに遠くないさ」




 フレイドの言った通り、そこからそう遠くないところにそれはあった。建物の路地裏などの裏道をいくつも抜け、たどり着いた先は何にもない建物に囲まれた広々とした広場だった。レヴァンにもこんな場所があるとは、正直驚きだ。

 三年前の戦争で、レヴァンの建物は半分以上崩壊した。今でも治ってなかったり、再建していない建物があるらしいが、それ以外ほとんどはこの三年で何とかほぼ元通りになっている。こういった空き地のような広場があってもおかしくはないのだが、アニスターはそれを見るのは初めてであった。レヴァンは広いが、その分建物の密集度が濃かった。

 だがよく見ると、広場の真ん中にはぽつんと小さな建物が建っている。見た目だけでは、ゲストハウスのポーンよりも狭そうな小さな建物だ。しかもその建物は他の建物と同じように灰色の石造りに見えるが、よく見ると表面は削った岩のような質感で、表のアーチ状の入口はまるでくりぬいたような不安定な形をしている。まるでそこにあった大きな岩をそのまま削って作ったような、そんな建物に見えた。

「ここだ」

 フレイドの言葉で、ようやく彼が行こうとしていた場所がここだとわかった。だけど、ここがその場所として、これを見せたところで何があるというのだろうか。

「あの建物はなに?」

 石造りの小屋と言うべきだろうか、そんな建物を顎で指してアニスターはフレイドを見た。相変わらずフレイドは微笑を浮かべたままだ。

「あの中にお前に見せたいものがあるんだよ」

「あの中に入るの?」

 フレイドは頷いた。

「ああ、そうさ。中に入らないと、見るものも見られないからな」

「その前に、あの中っていったいどうなってるの?」

「そりゃあ、入ってからのお楽しみさ。それに日が沈むとあそこは閉まってしまうんだ。説明している時間が惜しい。さっさと中に入ろうぜ」

 というなりフレイドはアニスターの承諾も得ずさっさと石造りの小屋へ駆け足で向かっていった。アニスターもすぐに追いかける。

 石造りの小屋は本当に岩を削って作ったような重圧を感じさせた。近くまで行くと、さらにそれは濃くなる。入口は日がまるで入っていないようで、洞窟の奥のように真っ暗だ。この先に光は通っているのだろうか、不安だ。

「本当に入るの?」

「お前もしつこいな。入るといったら入る。それとも怖気づいてんのか?」

「そ――」アニスターはフレイドの言葉にむっとして、つい口調を強めてしまった。「そんなことないよ! ただ、得体のしれない場所だから、どういう所なのか知っておきたいだけだよ」

「中に入ればわかるさ。まあ、今回は未開の地へ赴く探検家の言い分として聞いておいてやろう」いたずらっぽい笑みを浮かべてフレイドは言った。「安心しろって。中は危険なもんがあったりするもんじゃないさ。ここは――…そうだな、博物館みたいなもんだ。観光気分で行きゃいいさ」

「博物館、ねぇ」

 さっそく入口の暗闇に姿を消していくフレイドの背中を見守り、アニスターも中へ進んでいった。入るなり突然段差に足を滑らせ、危うく転びそうになる。が、壁に手を着いてなんとかみっともない醜態をさらさずに済んだ。

 ここでアニスターは気づいた。入るなり、両手を広げただけで左右の手が着くほど狭い壁の事に。そしてこの段差。よく目を凝らして見ると、この段差は階段だ。下の地下へ続く階段。さらによく凝らして見ると、下る階段の奥にはぼんやりと光のような物がみえる。それが一瞬消えたように見え、再び瞬いたのはその光の正面をフレイドが横切ったからだと気づいた。

「おおい、アニー。なにやってんだよ。早く来いよ。ああ、あと足元注意しろよ」

「遅いよ…」皮肉っぽくアニスターは言った。もちろん、フレイドに聞こえないように呟くような小さな声で、だが。

 足元に気をつけて、ゆっくりと階段を下って行くと、ようやく明かりのある場所へたどり着いた。壁に掛けられた、炎を灯した松明だ。松明の明かりは地下の暗い闇を照らしてくれ、周囲の視界を良好にしてくれている。

 下った先は通路がいくつもあり、ここと同じように松明で何とかぼんやりと見えるようになっていた。石畳の床は冷たい光をたたえ、洞窟の壁とほとんど同じ地下の壁は雰囲気が出ていて、なんだか少しだけ怖かった。

 フレイドの足音が徐々に離れていくのを聞き、アニスターは急いで足音だけを頼りに歩き出した。自分の足跡も辺りに響く。フレイドはせっかちな奴だ。説明する時間を惜しみ、行動を何よりも優先してくる。この短い間に、そこだけは嫌というほど思い知らされた。

 通路を暫く進むと、突然空間が広くなった。どうやら、何か部屋のようなものにたどり着いたようだ。松明の光は強くなり、通っていた通路よりは大分明るくなっている。

 部屋に入ってアニスターが最初に思ったことは、ここは物騒で危ない場所だ、ということだ。入るなり、アニスターの鼻先に何かの棘のような物が迫ってきていた。アニスターは驚いて一歩後退し、その棘の正体を突き止める。棘は、鋼鉄の鎧から伸びた装飾品の部分で、鎧はまるでそこに人がいるかのように重ねられていた。

 その隣ではフレイドが笑いながらこっちを見ているのにも気づいた。

「フレイド…こ、ここはいったい…」

 といいながら、アニスターはきょろきょろと辺りを見渡した。そこ以外にも、同じように鎧などが部屋中に置いてある。しかもどれも売り物のように新品、というわけではなく、ほとんどは傷が目立っていたり、年季の入った色をしていた。だが手入れはよくしてあるようで、ほこりひとつかかっていない。

「ここは博物館。だいたい、ここまできたらどういった場所かわかるだろ?」

「えっと…モンスターハンターの鎧や武器の?」壁にはそれらしき武器も立てかけてある。見たことない武器から、酒場でもよく見かけるような見慣れた武器。

「そうでもあるけど、そうではない。ここはだな、アニー。三年前の、あのグラベリスとの戦争の資料館だ」

「グラベリスとの?」

「ああ。グラベリスとの戦争のことはお前も知っているだろ? 世界が大きく揺らいだ伝説ともなった戦争だ。その戦争ではハンターと国が協力し、ユーリンドを救った。ここはその活躍した兵士、ハンターの武器や防具、他にもいろんな資料が保管された場所なんだ。入場は無料。本当は、管理者のじいさんがいるんだけど、今は留守みたいだ」

 知らなかった。そんなものがこんな場所にあるなんて。戦争の資料館があるのは聞いたことがあるが、まさかこんなものだとは思いもよらなかった。つまりここにある鎧や武器は、戦争で使われた物しかないのだ。

「すごい…」思わずその言葉が口から出てきた。武器も、防具も、ここから見る限りびっしりと部屋中に広げてあり、まだまだ先のある部屋の奥まで続いていると思うと言葉だけでは言い表せないくらいの感動が胸を突く。

 満足そうにフレイドは笑った。「ここからだ、アニー。俺のみせたいもの、なんだかわかるか?」

 アニスターは首を横に振った。

「ううん、わかんないよ。でも、こんな場所があるって教えてもらっただけでも十分ここにきた価値はあると思うよ」

「そうか、よかったな」

「うん」

「だけど、俺の見せたいものはまだ見せてないんだよ。こっちに来てくれ、アニー。多分、ここからお前も一つの答えを得ることができると思う。多分、だけどな」

「答え?」フレイドの言葉がまたわからなくなり、アニスターは繰り返すように言った。

 フレイドは再び振り返りもせず部屋の奥まで歩き出し、アニスターもそれに着いていった。部屋の奥は、まるで大聖堂のようにどこまでも続くのではないかと思えるほど広かった。この地下の上は、先ほどの建物がたくさんならんだあの通路なのだろうか。そう考えただけで、少しだけ不安にもなった。ここは崩れたりしないのだろうか。



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