大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第六章


「酒場と僕」


 フレイドと一緒に酒場に入場すると最初に飲んだくれて顔を真っ赤にした男性ハンターがアニスターに気づいた。ハンターが驚愕を顔に浮かべてこちらを指さし、口をぱくぱく開いた瞬間、甲高い聞き覚えのある声が酒場に響く。

「アニー!」

 ヴィネーダだった。彼女は両手に器用に持ったビールのジョッキ六杯を近くのテーブルにドンッ、と置いてすぐにアニスターの方へ駆け寄ってきた。

「大丈夫だった? ああ、でもあなたこんなに早く…でも、懸命な判断だったわ」

「あ、いや別に失敗ってわけじ…」

「アニー! クヨクヨすんなって!」酔っぱらいハンターの一人が立ち上がり、アニスターの肩を叩いた。「初めての飛竜狩りだからな、それも一人の。失敗してもしょげるもんじゃねえよ!」

 他にも賛同の言葉がハンター達から上がる。なぜか急にみんなが優しくなったような気がする。前までほとんどのハンターが彼を馬鹿にしてきた者達だったのだから。

「そうよ、アニー」優しい声でヴィネーダが言った。「あなたはまだ飛竜に対しての経験が浅いんだし、当然のことよ。今度あたしがいいパーティを見つけてあげるわ」

「あの、だから…」

「よおし、今日はアニーが無事帰ってきた事を祝って、騒ごうじゃねぇか!」また別のハンターがそう叫んで酒を飲み干す。

「騒がしいのはいつもの事でしょ」とヴィネーダ。

「ちげえねえ!」と笑うハンター。

「だからぁ…」と困るアニスター。

「失敗なんかしてねえよ」と鋭く言うフレイド。

 その時初めて、一同がフレイドの存在に気づいた。そして驚きに目を見張る。アニスターもその反応には同意した。彼は年齢の割に熟練ハンターがやっと揃えられるような装備をしており、なおかつ明らかな敵意を持ってハンター達を睨みつけているからだ。その目つきが異様に悪く、アニスターも初めてみるような迫力があったのだ。

「さっきから聞いてりゃ、お前らアニスターを何だと思ってんだ? 何も聞かないで勝手に失敗したように肯定しやがってよ」

「ってうかお前誰だよ」一人のハンターが言った。そう言えばフレイドはレヴァンにはあまり来た事がないと言っていた。レヴァンのギルドも利用した事がないということは、この辺のハンターも知らないということだ。

「俺か?」フレイドは満足そうに組んでいた腕をアニスターの首まで回し、突然強く引いて引きよせた。あまりの力に首が締め付けられ、苦しくなる。「俺はこいつの相棒さ!」

 一瞬空気が固まった。周りのハンターの表情も固まり、ただただアニスターとフレイドを凝視している。状況がよくつかめていないのだろう。無理もない。今までアニスターと組んでもいいというハンターは全くいなかったのだから。それは彼の事を誰もがよく知っているからである。彼には才能がない、とほとんどのものが思っているのだ。

 フレイドの言っている事をはじめに理解したヴィネーダは前に出て、苦しそうにもがくアニスターを引きはがした。

「ちょっと、それどういうこと!?」

「聞いただろう。俺とアニスターは組んでるんだよ。これからは一緒に狩りをする」

「あなた本気で言ってるの?」ヴィネーダの優しかった口調がだんだんもとの冷たく無情なものに変わっていく。もともと彼女は感情的な口調ではないのだ。

「ああ、本気だ」

 あまりにもきっぱりと言うので、ヴィネーダは一瞬言葉につまる。

「だからお前、誰なんだよ」

 と、言うハンターの言葉に彼女はハッとして再び言葉を繰り出した。

「そ、そう。あなた初めてみる顔だけど、いったい誰なの? 私の記録が新しくて、古いほうの記録にしか残されていないならまだしも、あなたはそんな年齢には見えないわ」

 ハンターの名簿や記録などはすべて彼女が取り締まっている。彼女が知らないということは、レヴァンのハンターは誰も知らないということになる。

「俺はフレイド」彼は簡潔に自分の名前を言った。「南のグロォルの都からやってきたハンターだ。今日からここに移転することになったんだ」

「グロォル!」ハンターの一人が叫んだ。「あんな遠い所からなんでわざわざこんなところにやってきたんだよ?」

「別に理由はなんだっていいだろう。とにかく、グロォルからここまで来るには密林を抜けるのが一番だ。そしてその密林を抜けている間に、アニスターとリオレイアが戦っているのを目にしたんだ。あとはまあ、想像の通りだな」

 フレイドはそうそっけなく言った。他のハンターの想像は多分一致するだろう。アニスターがリオレイア相手に優勢に立てるわけもなく、逃げ回る彼の姿が容易に思い浮かぶはずだ。そこをこの凄い装備のフレイドがやってきて、助けてくれた、と。

 だがアニスターは彼の言っている事が嘘だと見抜いた。グロォルという都からここまで来るのに密林を通らなければいけないかは知らないが、彼は最初依頼を受けてきたと言っていた。その依頼がいったいなんなのか、今のアニスターにはわかることもない。

「ってすると、お前はアニーの命の恩人ってわけなんだな」

「フレイドがいなかったら、僕は間違いなく死んでたよ」アニスターが口を開いた。「みんなの想像している通り、僕は手も足も出なかったんだ。でも、依頼はちゃんと達成したよ」

 ほら、とアニスターは大袋からリオレイアの甲殻を取り出し、見せつけた。一同は低い歓声を上げる。

「でも俺一人で倒したわけじゃないぞ」フレイドは再びアニスターの首に手をまわしてぐいっと引き寄せた。「アニスターが協力して、勇敢にあの雌飛竜を誘導してくれておかげで、確実に討伐することができたんだ」

 再び低い歓声が上がる。その中に疑いの声はなかった。フレイドの自身たっぷりな口調と、彼自身の装備を見れば疑う方がおかしいのだろう。

「その証拠に、ほら。こいつは俺とアニスターが協力してようやく倒したリオレイアの甲殻だ。アニスターは見事、今回のこの依頼を達成したのさ」

 深緑の甲殻をフレイドはヴィネーダに差し出す。彼女は受け取り、まじまじと甲殻の細部を見たあとにフレイドに見上げた。

「確かに、これはリオレイアの甲殻よ。それもついさっき剥ぎ取ったものだわ」

「だろう」満足そうにフレイドは頷く。

「でも」ヴィネーダは胸のつっかえがとれないような顔をしていた。「これはアニーが一人で受けた依頼よ。したがって、手伝いをしたとはいえあなたへの報酬は渡せないけど?」

「ああ、それなら僕の分から…」

「いや、俺はいらない。あんたの言うとおりだ。ギルドの掟に従うよ」アニスターが全部言いきる前にフレイドは口をはさんだ。

「決まりね。それじゃあアニー。いつも通り、手続きを済ませて報酬を渡させてもらうわ」

 なぜフレイドはああもあっさり認めたのだろう。アニスターはどこかやりきれない気持ちで頷いた。

「あ、う、うん…」




 手早く手続きを済ませ、報酬の千五百ゼニーを受け取ったアニスターは酒場のハンター達の熱い歓迎を受けて長椅子に座ってビールを勧められていた。年齢と容姿に合わず意外とイケるほうらしく、少年はビールを口の運んでちびちびと飲んでいた。

 フレイドはそれを見守りつつも、このレヴァンのギルドへ移転するための手続きを行っているわけだが、この受付嬢ヴィネーダは明確な敵意をむき出したような冷たい目でみてきている。名前や年齢やその他の内容はすべて記し、あとは彼女の許可をする判子が押されるのを待つだけだ。

 彼女は一通りフレイドの記入した書類に目を通した後、彼を一睨みした。

「どういうつもり?」彼女はフレイドから受け取っていた狩りの記録が記された帳簿を返して言った。

「どういうつもりっていうと?」帳簿を受け取り、フレイドは彼女を見る。

「あなた、あの子に何かしたの? 何か目的でもあるわけなの?」

「さっき話した通りだ。俺はあいつと協力してリオレイアを倒し、そして今後組んで狩りを受けるようになった、って」

 ヴィネーダの目つきがきつくなる。冷ややかだが、どこか熱い光を持った瞳はじっとフレイドを睨んでいる。

「嘘よ」

「は?」

「あなた絶対に何かたくらんでいるわ。アニーに何をするつもり? 何をさせるつもりなの?」

「だからぁ、俺は別に…」

「それにグロォルから来たって? 許可証や帳簿を見る限り、確かにグロォルのものだけど、あの都からここまで来るのに密林を通る必要はないわ。近道になるとしても、別の正規のルートがあるはずよ。目的はなんなの?」

 フレイドは言葉に詰まった。彼女の言っている事は正しい。確かにグロォルなら、密林をわざわざ通って進む必要はない。適当に考えた嘘とはいえ、もっと言葉を選ぶべきだった。

「う、うるせえな。だいたい、あんただってそこまで気にする必要はないだろ。アニーだってあの通り承諾しているわけだし、あいつは俺という相棒を見つけた。万々歳じゃねえかよ」

 今度はヴィネーダが言葉に詰まる番だ。そう、アニスターはフレイドを組むのを拒否しているようには見えない。それどころか、頼りにしているように感じられる。

「あの子はとてもじゃないけど、あなたみたいなハンターと一緒に行動すべき子じゃないわ。まだね」少々アニスターについてきつい事を言っているのを自覚してか、ヴィネーダは少し苦しそうに声を抑えて言った。「それにあなたと組む上でメリットはあるの? アニーにはあっても、あなたはないはずよ。それとも、あの子を…」

「そんなわけないだろ!」フレイドはヴィネーダが言おうとした事を彼女の口から出る前に把握し、声を抑えて怒鳴った。ここで目立つのはあまり好ましくない。「…俺は、ただあいつと組んで狩をしたいだけだ。それだけだ。それにあんたには関係ないだろ」

「あの子は確かに英雄の父の血を受け継いでいるわ。でも、そこに付け入ろうとしたハンターはあなただけじゃない」

「だから! 俺はそんなんじゃねえよ!」カッとしてフレイドは大声を上げそうになった。だが酒場は馬鹿騒ぎする連中で溢れ、その声もかろうじてかき消されてしまった。

「利用しようとしてきた人はみんな同じような事を言うわ。きっと私でもそう言っていたでしょうね」

 なんてしつこい女だ。よほどアニスターと組みたがる人間がいなかったのだろうか。だとしても、このヴィネーダの口調や疑いは度が過ぎている。

 女性に対しきつい言葉を選ぶ気はないが、ここははっきり言っておいた方がいい。フレイドはそう思い、彼女を睨み返した。

「いいか、受付嬢のギルドナイツさんよ。まず一つに、俺があんたの言うとおりアニスターを狩でいいように扱う囮なんかに使うよう為にあいつを相方に組んだとしても、だ。あんたらギルドは干渉しないことになってるはずだ。初心者ハンターならまだしも、アニスターは二年続いているハンターだ。だからなおさら、利用されているとしても、それは騙した奴じゃなく騙された奴の責任だ。あんたの俺への当てつけは立派な間違いだぜ。注意するならアニスターにするんだな」それから彼は踵を返してヴィネーダに背を向けた。「それに、俺はそんな連中なんかと一緒じゃねぇ」吐き捨てるように言って、彼は歩き出す。

 と、その時彼の腕をヴィネーダの手がつかんだ。カウンター越しから細い腕を突き出している。フレイドはまた何か言われるのかとうんざりして、さらに怒りをあらわにして振り返った。

「なん――」そこで彼はハッとしてその先の言葉を失った。

 ヴィネーダの眼鏡越しの瞳には涙がいっぱいたまっている。あの強気なヴィネーダでも、涙は出るものだとフレイドは顔をひきつらせた。だが瞳は強くフレイドをとらえている。

 彼女は何も言わずフレイドを睨んでいた。何を言いたいかは明確にはわからないが、気持ちが伝わってきた。彼女はアニスターを心配しているのだ。別に自分へのあてつけではなく。

 本当に彼はアニスターを利用しようなんて思っていなかった。だからこそ疑われれば腹が立つし、くってかかろうものなら抵抗もする。だが、これは別だ。自分以上に、アニスターを想っている人間からなら、何を言われてもしかたがない。

 胸の方から罪悪感がこみ上げてきた。アニスターについてではなく、彼女について、だ。彼女の想いはとても強い。アニスターを心配して、彼自身ではなくフレイドを問いただし、結果また心配させるような結論を言いだしたフレイドは何も言えなかった。

 このまままともに正面で目を合わせるのが辛かった。フレイドは軽くヴィネーダの白い手を振りほどき、また踵を返した。

「心配しなくても、あいつを利用しようとかなんて考えちゃいない。本当だ」先ほどよりも優しい口調になってはいるが、それが効果あるかどうかはわからない。

 フレイドは逃げるようにアニスターのもとまで歩いていった。ヴィネーダはそれを最後まで見ていた。




 レヴァンでのハンターが拠点とする『酒場』。そこの待受け嬢として五年配属している、ギルドナイツの一人ヴィネーダは黒いメイド服の袖で目にたまった涙を一気に拭き取った。

 鼻の方がすんすんして、なんだか気持が悪い。フレイドはアニスターの正面の席に着き、他のハンター同様騒ぎの中に溶け込んでいった。

 今のこの顔が誰にも見られなくて本当によかった。酒場一番の美人と謳っているこの綺麗な顔がぐしゃぐしゃだ。特にアニーには、こんな顔見せられなかった。

 アニスターは本当に優しい少年だ。そして愛らしくもある。そんな彼を弟のように想うようになったのは、つい最近というわけではない。

 時は三年ほど前に遡る。あのグラベリス帝国との戦争をする前の事だ。彼女は密かに想いを寄せているハンターがいた。

 彼女は当時男運がなく、寄り添う男はすべて訳あり、もしくは長く付き合うことのできない不平等な男達ばかりだった。それでも彼女は自分の寄り添える男性を探し続けてきた。新たな出会いを求める彼女は献身的で、とても前向きに見えるが傷ついた回数はもう数えきれるものではなく、歴戦のハンターよりも傷を受けているといっても過言ではない。

 そんなある時、彼は一人のハンターと出会った。男はとても誠実で、強く、ハンサムで、まさに理想の男性の鏡と言うべきハンターであった。ヴィネーダは彼に恋を抱き、想いを募らせていた。

 彼が妻子持ちであることを知って、彼女は再び男運のなさを思い知った。だが彼へ感じた恋は、今まで感じたどの恋よりも素敵で、光り輝いていた。戦が終わり、後に傷を悪化させ息を引き取るまで付き添っていたのはヴィネーダだった。

 彼に恋を抱くのはもう禁じられたが、せめて看病し、少しでも一緒にいられるのならば、と思っていた。彼はまもなく息を引き取り、彼の意思をついで彼女は彼の息子に向けてコロナをある友人に頼み送った。

 それから一年、彼の息子アニスターがレヴァンへやってきた。彼があの恋をした素敵な男性、ブルームの息子だとわかると彼女はなぜか家族のような親近感を持つようになった。

 現にアニスターは親しみやすく、とても愛らしく、そして優しい子だ。こんな子供がハンターになるなんて、だれが想像していただろう。

 ヴィネーダは彼の面倒をみるようになり、アニスターも彼女を頼れる唯一の人だと認識した。それでよかった。恐らく初めてだろう、素敵な恋をくれたブルームの息子。素敵な息子だ。

 アニスターという一人の少年を、彼女は弟のように想っていた。だからこそ、フレイドと言う少年が何かをたくらんでアニスターに何かをするのではないかと心配であった。

 だが最後に見せた彼の瞳。赤い瞳に強い光をたたえた彼の目はとても嘘を言っているようには見えない。少しは信じてあげてもいいかもしれない。

 弟として大切にしていたアニスターに友達が出来るのはいいことだ。しかしなぜかどこかさみしい気持ちになり、ヴィネーダは複雑な気持ちに胸がむずむずした。

 今は、もう少し見守ってみるとしよう。

 ちなみに彼女は現在彼氏募集中である。




 次々とハンターの勧める酒を、流されるままに拒み続けたアニスターは重い足とりでこちらへ向かうフレイドを見つけ、見上げた。彼はなんだか微妙に暗い面持ちで、アニスターの正面の席に座るとしばらく机にかがみこんだ。

 他のハンターはあまり彼を気にかけたりしなかったが、やがてアニスターから離れて自分達の席に戻っていった。なんだか、前から気持ち悪いくらい酒場のハンター達が優しかったり空気を読んだりしている。

「どうかした、フレイド?」とアニーはフレイドに言った。

「いいや、なんもない。なんでもない」

 と、彼は顔を上げる。その顔にはいつも通り、明るい微笑が浮かんでいた。

「それよりアニー。お前、酒飲めたんだな」

 アニスターは手に持ったジョッキを見て答えた。

「ああ、うん。まあ、そんなに好きじゃないし飲むことはあんまりないんだけど、たしなむくらいでなら」

「へえ、案外見かけによらず生意気だな」

「生意気って…そういうフレイドはどうなの、飲めるの?」

「いいや」フレイドはきっぱりと言った。「俺は飲むより食う方なんでね。さあ、腹減ったな! なんかうまいもん頼もうぜ!」

 狩場ではろくな飯は食べられない。肉を採取してそのまま焼いて食べるのも悪くはないが、ここのようにちゃんと調理しているものと比べるといまいちだ。狩場には保存性の高い食料しか持っていくことができないし、これは必然であった。

 現にアニスターも腹が減っていた。ちゃんと調理された食事が恋しい。

「うん、そうだね。何頼もうか? 報酬もあるし、今日は僕がお金出すよ」

「肉!」フレイドはそれだけ言った。

「肉って…どんな?」

「美味い肉」

 丁度注文を受け付けようと近づいてきたメイドにアニスターは振り返る。「だそうです」

 かしこまりました、とだけ言い残してメイドはさっさと厨房へ向かいオーダーの報告に行った。それにしても、フレイドは肉しか食べないのだろうか。リオレイアと対峙したあの密林や馬車でも、彼は塩漬けした肉、携帯食料くらいしか食べていない。保存性も高く満腹になるが、味はいつも同じでいい加減アニスターは飽きていた。

 できれば肉以外…魚など、狩場ではあまり食べないような物がほしかった。

「なあ、アニー」

 料理を待っている間に、フレイドがまるで呟くようにそう言ってきた。もう少しフレイドに注意を引いてなかったら、危うく聞き逃してしまうくらい彼にしては小さな声だった。

「なに?」

「これからよろしくな」

「え?」

「だから、これからよろしくなって行ってんだよ」

「あ、ああ、うん。よろしく。でも、なんでいまさら?」

 フレイドは両手を後頭部の方に回して椅子にもたれかかっていた。アニスターから彼の顔は見えない。

「いや、まあまだ挨拶とかやってなかった気がするからさ。そういうの」

 意外と律儀な奴だ。アニスターはそう思った。彼は若い割に凄く強くて、荒いくせに面倒見がよくて、『片腕のフレイ』とかいうよくわからない者に憧れて…。なんだか彼は面白い奴だ。

 まだまだ彼について知らない事が多いが、それでも彼は悪者なんかじゃない。それだけは信じられる。こんな自分と向き合ってくれているのだ。

「よろしく、フレイド」

「な、なんだよ。さっきしただろ」

「なんとなくだよ。もうちょっとちゃんと挨拶したかったし」

「そうか」

 フレイドの頼んだ肉の盛り合わせが到着すると同時に、一人の男性ハンターが酔っぱらいの足とりでよろよろと待受け嬢ヴィネーダのところまでやってきた。茶色いぼさぼさの頭で、全身をワイルドシリーズで固めている。

「いい加減さぁ~私とさぁ、一緒にさぁ、式とかさぁ…」

 顔を真っ赤にした男はカウンター越しからへろへろした声でそう言っていた。ほとんどの物が気づいていないが、ヴィネーダは明らかに迷惑そうにしていた。男は特にこれといって魅力的な容姿でもなく、ごく平凡な顔立ちをしている。正直言って、ヴィネーダの好みではない。

 それに大酒を食らっているせいで、酒の匂いがひどく顔が崩れている。そんな状態で愛の言葉をささやかれても、なんとも思えなかった。

「困ります」

 きっぱり言ったつもりだが、男はテレている勘違いしたのかにやにやし始めた。

「すべて私にまかしてさぁ~、心配ないからさぁ」

「嫌です」

 さらにはっきりと彼女は言いきる。男はひるまない。むしろ燃えている。

「ほら、私の胸をさぁ、触ってみてさぁ、感じてみてよさぁ。この高鳴りとかさぁ」と言いながら男はヴィネーダの腕を乱暴に握り自分の胸に押し当てようと引く。

「ちょ、やめてくださ――」

 そこで一人の男性ハンターが入ってくるのに誰も気づかなかった。男性ハンターはかなり体格がよく、防具を装備してもいないのに、装備しているように見えるほど厚く硬い筋肉が全身を固めている。黒い角刈りで、顎は長く先が二つに割れている。

 そんな男性ハンターが入場したのに初めて気づくのはアニスターだった。

「あっ」

 隣のフレイドが眉を上げる。「どうかしたか?」

 それから二人は別の現状に気づいた。迷惑な酔っぱらいがヴィネーダに絡んでいるのだ。酔っぱらいはヴィネーダの腕をなぜか胸に押し当てようとして引いているが、彼女も負けじともう片方の手でカウンターを掴み、抵抗している。何が起きているのか現状を掴む前に、入場した男性ハンターは酔っぱらいの所で止まり、見下ろした。

 二メートルは身長があるようで、男性ハンターは酔っぱらいを余裕で見下ろしている。自分の前に影が出来て酔っぱらいは初めて男性ハンターの存在に気づいた。

「なにかさぁ、用でもあるぅ?」

「お前にはその女に合わねえさ。やめてやりな」男性ハンターは荒っぽい声で言った。

 その光景をアニスターは顔をひきつらせてみていた。フレイドが気にかけて、酔っぱらいの方とアニスターを交互に見るが、口を開く前に事は始まっていた。

「君にはさぁ! あのさぁ! 関係ないだろうさぁ! 人の恋路邪魔しないでくれさぁ!だいたい君誰さぁ!」

 なぜか酔っぱらいは怒声を張り上げる。それと同時に拳を振り上げ、奇声を上げた。茶色い髪の毛がいっそう乱れる。

 振り上げた拳が振り下ろされる。だが彼は軌道を間違った。いや、コントロールがきかなかったと言うべきだろうか。彼はもう片方の手でヴィネーダを掴んだままであった。

 その拍子でバランスが崩れ、足がよろめき、強く握ったヴィネーダの腕に向かって拳は振り下ろされる。

 ドガァ!!

 振り下ろされてヴィネーダの顔面に酔っぱらいの拳が叩きつけられる瞬間、ヴィネーダが反射的に目を固く閉じた瞬間、フレイドが立ちあがって走り出そうとした瞬間、アニスターのひきつった顔がよけいひどくなった瞬間、何よりも速く角刈り男の大きな拳は酔っぱらいの横面をとらえ、打ちつけた。

 頭蓋骨が叩き折れたのではないかと思うほど、強い衝撃が空気を震わせる。酔っぱらいの男は有無も言わず空中で何回も回転するかと思うと、そのまま酒場の隅の方まで飛んでいった。やがて豪快な音を立ててそこで伏し、うごかなくなった。

 アニスターはそれをやっぱしと、とあたかもわかっていたかのように手を頭にやって首を振る。

「俺が誰だと?」男は殴った方の手をひらひらと振りながら、態勢を直した。にやりとした時に見えた歯は黄ばんでいる。ヴィネーダは何やらけがらわしいものをみるような目つきで男を見ている。

 アニスターは彼を知っていた。だからこそこういう荒い処置をとると知っていた。

 男は大きな拳を振り上げ、よりいっそうにやりとした。

「俺様を覚えている奴はいねえのか! あのバア=ギス・レイフォー様がこのレヴァンに帰ってきてやったぞ!」ハンター達が唖然として見ているのを見て、バア=ギスは満足そうに大笑いをした。あのフレイドでさえ、目を点にしていた。「ガッハハハハ!!」


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