大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第十六章


「血と僕」


 ――こいつを見ろ。

 ――こいつ……って、どれだよ。

 ――俺が今仕留めたこのモスだよ。
――って、モス以前に見るもんいろいろあるだろ! なんだよこのモンスターの骨の数々は!

 ――それは俺が狩ったわけではない。俺は狩ができん身だからな。今の俺一人では到底不可能なものだ。

 ――そらあ、なんとなくわかるけどよ。で、こんなところまで連れてきて、モスを見させてどうしようってんだ? ここでバーベキューでもするのかよ。

 ――そうだ。だからお前はこいつの解体をして肉を用意しろ。俺は今から火の準備をする。

 ――ってはぁ!? いきなり何するかと思ったら本当にバーベキューかよ!

 ――…騒ぐな。昨日は飲み過ぎて頭が痛いんだ。

 ――…………ますます意味わかんねぇ。だいたいあんたらしくもない。突然どうしたんだよ。

 ――ここは、狭いな。

 ――は?

 ――お前は所詮、この狭い世界で無様にもがいているにすぎんという事だ。この骨に囲まれた庭園を全てだと思っているのだ。そんなことではお前は止まったままだ。俺は構わないが、お前はそんなの絶対認められないだろう?

 ――…つまり、俺に“外”に出ろって言いたいわけか?

 ――別に私は出ろ、とは行っていない。そういう道もある、と教えただけだ。

 ――相変わらず回りくどいこといいやがるぜ。行ってやるよ、外へよ。――ってこはなんだ、今回のこのバーベキューはその労いかなんかか?

 ――いいから、さっさと肉を解体しろ。飯を食いながら話そう。腹が減っているお前では、俺の話なんてそう頭に入らんだろう、フレイド?






 フレイドは慎重に距離を置いてキリンの間合いを測った。キリンの攻撃はどれも強力で、致命的なものばかりだが、飛竜のように火球を遠くまで飛ばしたり、飛んで一瞬で間合いに入るようなことはできない。

 リズムを測ればキリンの動きに合わせて対処できるし、絶対的な差はないはずだ。

 キリンもフレイドから受けた数々の一撃を思い出したのか、迂闊に踏み込んでくるようなマネはしない。

 キリンとフレイドはにらみ合っていた。キリンからは憎悪と殺意が感じ取られる。対するフレイドは――認めたくはないが――恐怖と、怒りが現れている。

 抉られた腹の痛みがいつの間にかそれほど気にならなくなってきたという事は、それがすでに危険だと言う事も十分承知している。だが肝心の怒りの矛先は、警戒もしないでキリンの侵入をここまで許した自分自身に向かっていた。

 それはあまりにもキリンが強大過ぎるように見えたからだ。絶対に戦うべきではない存在だと認めてしまっていたからだ。それが弱みとなり、それから逃避するように運にまかせっきりになってしまったのだ。

 キリンが蹄を雪に深く沈める。と思うと強く地面を蹴り、一気にフレイドへ突進してきた。頭から伸びる一角に光が集中し始める。

(おいおい、そりゃ派手すぎるだろ…)

 キリンは走りながら稲妻の玉を角から放出し、それが槍となって次々と大地を貫き始めた。まるで弓兵を数人引き入れた戦車のようだ。

 稲妻の戦車はフレイドのすぐ目の前まで突入をしており、腹に重度の傷を追ったフレイドが避けるには酷な攻撃であった。

 派手な爆走を見せつけたキリンがフレイドを通り過ぎる。稲妻の槍の開けた無数の穴から黒煙が上がり、辺りに煙が立ちこめる。

 華麗に身をひねり、キリンは自分が通り過ぎた場所を満足そうに眺める。しかしそこには稲妻の槍によって焦がされ、息絶えた少年の姿はなかった。

 地面に浅くドラゴンキラーを突き立て、フレイドは腹ばいになって雪に沈んでいる。その一帯だけ、穴だらけではなかった。

「雷は高い位置へ落ちるのは聞いた頃あるからな…成功するかは、運だけどな」それからドラゴンキラーで身体を支えて立ちあがる。「まだ、運には見放されていねえってこ、とだろうな…」

 ドラゴンキラーを引き抜く。その動作だけでも身体がだるくて、気分が萎えてきた。

 だが目の前のキリンは先ほどの攻撃で少年の体を貫けなかったことに腹を立てているのか、先ほどよりやる気を持っているようだ。



 再び短い時間での間合いの測り合いが始まった。フレイドの間合いはかなり単純で、大剣の長さが全てだ。対するキリンは道だが、ある程度の間合いはつかめてきた。

 キリンは飛竜が火球を遠くまで飛ばすように、稲妻を遠くまで発する事ができない。あの角を中心に稲妻を放出するだけなので、あまり距離は長くない。およそ五メートル。それがキリンの間合いだ。

 今からキリンがこちらへ突進する事を考えても、回復薬を少し飲む位の時間はある…。
 すばやくフレイドの手は腰のポーチへ伸ばされ、中身をかき始めた。キリンはまだ動かない。今がチャンスなのだ。

 目的の物を探り当てるとさっと取り出す。それは汚い布袋で、中身には粉末が入っている。これは凄腕のハンターでも滅多に見る事のできない代物〈いにしえの秘薬〉だ。

 フレイドはこれを一度も使った事がなかった。昔、ある人物からせんべつとして渡されたが、怪しい薬だと思ってずっと使わずにいたのだ。

 しかしこれが優れた回復剤と知った今では、飲まないわけにはいかない。

 キリンが最後にまだ動かないのを確認して、フレイドは袋を開けて中身の粉末を半分ほど一気に口に流し込んだ。

 舌に粉末が乗った瞬間、氷のように冷たいものを感じた。それなのに、非常に飲みにくい。苦いといえば苦いが、耐えられないわけではない。だが乾いたスポンジケーキを食べているように喉につっかえている。

 唾液だけではとても飲み込めそうもない。だがこの謎の粉末は口の中の唾液を全て吸い取ったようで、口の中はからからに乾いていた。

 喉が痛くなるのを我慢しながら、強引のフレイドは泥の塊のようになった粉末を飲み込む。残った半分を指につけ、時間の許す限り丁寧に腹の傷口へすりつける。

 ぐちゅりという生々しい音と共に、腹が突然熱くなり、痛みを感じ始める。薬を塗った人差し指と中指に温かい液体がついている。痛みはじんじんと激しくなり始めているが、今それを気にするべきではないのはわかっている。

 血の付いた指を袋に突っ込み、粉末をたっぷりつける。そして今度は傷口の奥へと指を入れた。またぐちゅりと音が立ち、フレイドは嫌悪感に襲われる。痛みがなぜか不快なかゆみに変わってきているようで、腹の底からそれに対する嫌悪が生まれ始めていた。

 ふとキリンを見る。キリンはまだこちらへ来ていない。もしかして、待っているのだろうか? そう考えて自分が馬鹿らしくなってきた。そんなはずはない。隙あらば、キリンはいつでも突っ込んでくるだろう。きっと今待っているのには、何かわけがあるのだ。

 指をさらに奥へ進める。腹に開いた穴に指が第一関節まで入った。それから徐々に、痛みと嫌悪を我慢して奥へ進める。いっそのこと傷口をかきむしってやりたいと言う思いが胸の内からこみ上げる。

 この突っ込んだ指を思いっきりかきまわしたい衝動を我慢して、フレイドはようやく傷口にいにしえの秘薬を塗り終えた。

 突然、腹から、喉から、全身から、痛みが蘇る。それと同時に嫌悪感がますますでしゃばるようになり、フレイドは歯ぎしりを立てた。

 これが今の技術での最善の応急処置だ。いにしえの秘薬の回復量は回復薬グレートなんて比べ物にならないくらい高い。しかし、所詮携帯して己の治癒力に任せる薬だ。戦いにおいては、応急手段でしかない。

 まるで本当に傷の手当てを終えるのを待っていたかのように、キリンは白い息を吐いていななきをあげた。



 最初に踏み込んだのはフレイドだ。腹の痛みが足枷となって邪魔をするが、それを彼は自力で動かした。

 一歩一歩はとても短いものだが、キリンに到達するまでの数歩は何分も長く感じる。キリンも臨戦態勢に入り、角を高く上げた。

 電流の玉がキリンの角から放出され、四散する。キリンを中心に広がった電流の玉は轟音を立てて次々と稲妻を落とし始めた。

 いくつもの稲妻が閃光玉のように強い光を連続で放つ。暴風が雪を散らし、いくつもの穴が地面を荒し、眩しい光がキリンとフレイドを包む。

 瞬間、フレイドとキリンは光の世界で対峙していた。キリンの角は少年の身体を再び貫こうと突き立て、フレイドはそれをドラゴンキラーで受け止める。

 何かがフレイドの横顔を通り抜け、小さな切り傷を残した。それは角とぶつかり合った時に欠けたドラゴンキラーの刃の部分だ。キリンの角はでたらめな破壊力を持っているようだ。

 腹が講義を訴えるがフレイドはそれを無視して身体を反り、地面を強く前に蹴った。同時にドラゴンキラーを一振りし、キリンの首筋を叩く。

 斬られはしないものの、キリンはこの重量の一撃を受けた事により全身が波打つかのように怯む。フレイドはまた一歩後退し、キリンが立ち直るより少し速く前に走った。

 腹の傷が今度は鋭い痛みを発して講義を申し立てる。それを無視するのは難しいが、不可能ではなかった。

「おおぉぉぉォォォオオオ!!」

 斜めに振り下ろされた大剣は見事にキリンの長い顔に叩きつけられ、衝撃でキリンは前足を折り、顔を下げた。

 この調子なら、いけるかもしれない、と思った瞬間――キリンは顔を上げ、前足を浮かして咆哮によく似たいななきを上げた。

 角がまばゆい光を放つと思うと、フレイドの頭上に電流の玉が生まれる。

「やば…」

 言葉を発する隙もなく稲妻の槍が降り注ぎ、咄嗟にフレイドは身を丸めた。あの一瞬ではドラゴンキラーを地面に突き刺し、それより自分を低くするなんてことはできっこない。

 轟音が鼓膜を破るほど頭の奥まで強烈に響き、フレイドは唸り声を上げた。しかし、体は無事だ。稲妻の槍はフレイドに当たらなかったのだ。

 やっぱり、運はこちらに向いているのだろうか。だが今度からは運だけではどうにもできるはずがない。

 続いてキリンが頭を突き出し、角で突いてくる。ドラゴンキラーの腹が唯一の防御方法であるため、フレイドはそうした。角から発された謎の衝撃でフレイドの体は浮く。

「あ、ぐ…っ」少年の身体が地面に叩きつけられた。腹の傷がここぞと言わんばかりに痛みを訴え、痛覚がマヒする一歩手前で納まりはじめた。

(どうせなら、マヒしてほしいもんだ)

 頭ではそう冷静に思っても、身体は矛盾して慌てて立ちあがり、再びこちらへ向かって走ってくるキリンに向かってドラゴンキラーを構えている。

 まともに戦っての勝ち目は薄かった。キリンは強い。そんじょそこらの飛竜なんかとは比べ物にならないほどだ。それに今のフレイドは腹に重傷を負っている。普通ならもう勝つ事は諦めるはずだ。

 ――しかし、フレイドはハンターだ。ハンターとはあらゆる手段を使って獲物を狩る事を徳としている。どんな場面にも対応できる臨機応変な役柄だ。従って、ここで正面を切って戦うのではなく、道具や策を扱う事ができる。

 ――だが、フレイドはハンターであると同時に戦士であった。フレイドのプライドが、今まで生きてきた経験が、その手段を認めなかった。

 こんな時、フレイドは自分がハンター失格であると切に思う。散々アニスターにハンターとしての心得を教えておきながら、自分はそれに反することを意地でやっている。何とも皮肉で、笑える話しだ。

(…師匠譲り、なのかもな)

 ひとりでにそう思うと、フレイドは正面から突進してくるキリンに向かって突撃を開始した。



 暗い洞窟に入ると同時に、何もないというのに突然つまづき、アニスターは顔面を氷のように冷たく硬い地面に叩きつけた。

 それでも声はでない。まるで枯れて振り絞ってもでないほど喉が渇いているようだ。

 ふと、自分のイーオスグリーブに包まれた足が洞窟の外で光を浴びているのに気づき、アニスターは悲鳴を短く上げて洞窟の中まで引っ込めた。

 息が苦しい。深呼吸をすると、大分早く治った。しかしそのあとに、無気力な脱力が身体と心に振りかかる。

 そのまま突っ伏して、冷たい地面に頬を当てた。

「――っ!」

 押しあてた頬が地面の凹凸に食い込み、鋭い痛みが走る。アニスターはさっと身を起こし、痛む頬をさすった。

 手にはべったりと血がついていた。それはいつの間にかついた、頬の切り傷のものであった。嫌悪感が突然こみ上げる。

「ワアア!」

 腕を振ってアニスターは血を振り落とした。血は洞窟の壁に振りかかり、赤い斑点の筋を一筋残した。

 ややあって冷静になり、少年は自分の今の状況を簡単に確かめてみる。自分自身の手に自分の血がついたくらいで取り乱し、悲鳴を上げた少年の事を思い出す。

 その姿はひどく、

 ――滑稽だ。

 それなのにアニスターは立ちあがり、洞窟の奥へと進んでいった。奥へ進めば進むほど、包むような闇が迎える。

 ほんの少しだけ射す光を通して、アニスターは手に残っている自分の血を見た。頬は軽く切ったくらいで、それほど痛くないし、気にするほどでもない。血もそれほど出てはいなかった。


 一人の少年の姿が突然頭の中で浮き出す。その少年は腹に穴を開けてまでも、愚かな少年を逃がそうと必死に戦っていた。穴のあいた少年の防具からは、血がどくどくと流れている。


 震えが全身を襲い始めた。最初は視界が震えているかと思えば、やがて膝が力なく折れ、両手と両膝は氷のように冷え切った地につき、ようやく身体を支えている。

 頬に残った血が顎に集まり、一滴だけぽたりとアニスターの両手の間に落ちる。


 アニスターを逃がそうとしていた少年は、これの百倍も血を流していた。それでも、脅えずアニスターを先に行かせた。


 目が熱くなると思うと、頬を伝って何かが顎に集まり、血の混じった水滴を落とした。それは一滴ではとどまらず、ぽろぽろと滴を落とし続けている。


 少年は瀕死を追ってでも、「逃げろーッ!」と叫んだ。アニスターに向かって。本当に逃げ出した臆病者に向かって。


「ぼ、僕は……」アニスターは目を固く閉じた。閉じた目から大粒の涙がこぼれる。「僕は、馬鹿野郎だ…!」








 父のようになるのが夢だった。最初は、ハンターになるつもりもなかったというのに。

 三年前、戦争が終わり父が死んだという知らせを受け取り、アニスターは母と共に父の眠るレヴァンへ行った。そこで父の墓に立ち、半年ぶりに再会を果たした。

 母は墓の前で泣き崩れていた。アニスターは父という存在そのものが軽薄であった為、知らせを受けた時はショックであったが、泣くほどでもなかった。この時はもうすでに、幼い頃父と遊んだ記憶もかすれていたのだ。

 父の墓で、父の友人だったというハンターと出会った。そのハンターから、父のことをいろいろ聞いた。英雄だった、と。

 そしてハンターはアニスターに父の形見のコロナを渡した。アニスターの父、ブルームはそれを捨てるなり、売るなりしても構わないと言っていた、とハンターは言っていた。

 それから二日後、アニスターと母は故郷へ帰った。その後も、父のいない生活になれていたため、二人はいままでと変わらぬ日々を送っていた。母ももう、夜な夜な悲しみにうちしかれることはなくなってきた。

 しかし、アニスターの中では何かが変わっていた。父の知らせを聞き、今まで知らなかった父の事を知り、そんな事も知らず父を軽薄に思っていた自分が許せなくなってきた。

 ハンターはこう言っていた。父はどんなときも諦めず、人々に希望を与えてきた、と。

 アニスターは父の顔をあまり覚えていない。それなのに父は毎月生活に困らないだけの仕送りをし、その間にモンスターハンターという命がけの仕事を行っていた。人々に希望を教える為に。

 突然、アニスターは父の姿を、子供に読んで聞かせる話に出てくるような英雄と投影するようになった。後ろ姿しか思い出せないが、前を光が包み、父はその道を歩き、あるところでは歓声が、あるところではモンスターのおぞましい鳴き声がするなか、最後まで英雄は戦っていた。


 アニスターは父を物語の英雄のように憧れるようになった。そして、幼い子供が思うように、自分もそうなりたい、と自分でも驚き、笑い転げてしまうような思いに駆られた。

 これがアニスターがハンターになろうと思ったきっかけである。

 アニスターのハンターの始まりは、父ブルームであった。


希望を捨てず、決して諦めないハンター。


 レヴァンの英雄。


 ブルーム。




 ドラゴンキラーがキリンの角と十数回目の衝突を終え、地面に切っ先をうずくめる。欠けた刃が辺りに散らばり、無機質な光を放っている。

 フレイドは柄を握る腕に力を込め、頭上に振り上げそのまま固まった。

 なんどキリンの角とぶつかっても、一方的な傷を受けているのはこっちだ。飛竜に対してげきてきな力を発揮する事のできるドラゴンキラーでも、竜に属さない雷獣には文字通り歯が立たない。

 しかし――それでも、勝機はごくわずかにあった。最後にキリンの角と衝突した時、一筋の光が角から失われていた。それはヒビのように見えた。キリンの角は幾度も大剣と衝突を繰り返していた為、蓄積され、疲労していたのだ。

 キリンが稲妻を発しているとき、角は強く光り、一瞬のうちに放出されていたことをフレイドは思い出す。

(もしかして、あの角が雷を放出させてる源じゃないのか? ってことは、角をぶっ壊せば、キリンも大分力を失うってことなんじゃねえのか?)

 確信はない。だが、それに賭けるしかない。キリンが走りだすのをフレイドは待った。

 稲妻を放出するとはいえ、キリンは電球を生みだしてそこから稲妻を落とすだけだ。離れた場所にいるフレイドに向かって、フルフルのように電球を直接吐き出すことはできない。

 つまり、キリンの攻撃手段は直接フレイドに向かう事しかなかったのだ。

 無論、キリンはそうしていた。軽快なステップでタイミングを計り、馬より速く走っている。

 正面にキリンの角が見えた。フレイドは振り上げた大剣に全力を込めて振り下ろす。キリンの角の先端を殴打し、刃の一部が途方もないところまで飛んでいく。

 ぴしっ、と亀裂の広がるような音がした。フレイドは身をひるがえしてキリンの身体を避け、キリンはフレイドを通り過ぎる。すぐに踵を返してキリンは振り返る。

 ――が、それより早くフレイドは大剣を振り、キリンが振り返ると同時にキリンの角の根元を叩いた。

 ぴしぴしっ、と今度は大きな音が響く。キリンは激痛を感じたのか、大きく吠えた。しかしそれが隙だったのだ。

 振った反動を生かしてフレイドは一回転する。回転の勢いに合わせて、大剣の軌道を少しだけずらして振り上げる。

 次の瞬間、ギャンッ、という柔らかい金属を砕くような衝撃音が轟いた。キリンの吠える声は余計に強く響き渡り、衝撃でフレイドは大剣に身を任せて倒れる。

 強く光を放っていたキリンの角が突然光を失い始めた。よく見ると、キリンの角の先端が折れている。折れた角は宙に舞い、弧を描いてキリン離れた場所にある絶壁へと落ちていった。キリンはもだえるように頭を振っている。

「やったぜ…」フレイドはにやりとした。「クソ腹の立つ放電質の角を叩きおってやったぜ」

 さて、ここからが本番だ。フレイドは覚悟した。キリンの角を負ったからといって、キリン事態の脅威が失われたわけではない。単にキリンは雷を発せなくなったくらいで、その体には常に稲妻が走っている。

 その証拠に、キリンの体はまた一段と輝き、一目見れば光の物体のように見えた。

 フレイドは立ちあがる。微かに光の物体から見える赤い縞がかった瞳がぎろりとこちらを睨む。

「いいぜ、こいよ。最後まで相手してやるよ」



 激しい怒りが放ち、場が凍りつく。緊張の糸がフレイドのいたるところに張られ、力強く引いている。指一本でも動かせば、張り詰めた糸で切断されてしまいそうなほど強い殺気だ。

 ――それでも、そうだとしても、フレイドは踏み込んだ。――光の物体は蹄を沈めると思うと、強く地面を蹴る。

 大剣を振り上げ――ステップもあったものでなく、真っ直ぐ疾走して――刃は背に当て――頭を突き出し、角の断片を直接向けて――振りおろし、空を切る大剣に振りまわされる形でもう一度回転し――全身から稲妻の光を発し、残った角にありったけ注ぎ込み――


 衝突する!


 音は聞こえなかった。それはあまりにも衝撃が強すぎて、音という振動を感じられなかったからなのかもしれない。無音のなか、フレイドは衝撃に耐え、大剣をキリンの角の断面に押しつけたまま体勢を崩さなかった。

 キリンの力が大剣を通して感じる。生命力にあふれた力強さを持っている。それに、屈服しない力を持っている。


 なぜこれほどまでの生物がここまで殺気を放つのかはわからない。だがこちらもそれを向けられている以上、全力で答えなければならない。

 角と大剣の競り合いは、フレイドが買っていた。キリンは足を若干開き切れておらず、体勢的にもくるしいものとなっている。一気に攻めるなら、今しかない。

 フレイドは力を一瞬抜いて、横に反れた。キリンはあっというまに体勢を崩し、四本の足を急がしそうに動かして立てなおそうとする。

 時間を与えるわけにはいかない。足首を軸にして反回転し、キリンの横腹にドラゴンキラーを叩きつける。倒れそうになるキリンの首にもう一度一撃し、その後横っ腹を再び叩く。

 悲鳴を上げてキリンは怯み、フレイドから離れるようによろめきながら咆哮転換をした。キリンの美しい後足がちらりと見える。

「あ、やばっ…」

 気づいた時には遅かった。キリンが前足で踏みとどまるかと思うと、後足が信じられない速さで宙に浮き、後ろ蹴りを放った。

 蹄がドラゴンキラーの腹越しにフレイドの胸にまで衝撃を加え、フレイドは妙な浮遊感で気味が悪くなる。フレイドは飛んでいた。

 背中から着地し即座に立ちあがろうとするが、キリンの動きは俊敏で、いっきに間合いをつめて頭でフレイドの腹を持ち上げ、追撃を加えた。

 再び宙に浮き、フレイドは転がっていく。少しだけ転がったと思うと、また妙な浮遊感が襲い始めた。強い風が全身を吹き付ける。またキリンに飛ばされたのか?

 否、フレイドは本当に宙に浮いていた。ドラゴンキラーの柄越しに、絶壁の断面が見える。雪の積もっていない、地面の色を持った表がある。

 彼は気がついた。絶壁に落とされたのだ。見上げると、そこにはキリンが勝ち誇って前足を上げる姿が見える。ハンターが落ちる瞬間を見て、いまキリンはどんな気持ちであろう?

 考える暇はなかった。フレイドの体は高い絶壁へと落ちていった。


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