大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第十七章


「ドラゴンキラーと僕」


「なあ、俺と組まないか?」

 依頼達成の狼煙を上げ、剥ぎ取りを終えたと同時に、フレイドは唐突にそう言った。

 アニスターは誰に言った言葉かわからず、あたりをきょろきょろと見回す。だがこの密林ではフレイドとアニスター以外人間なんているはずもなく、人の姿なんて見えない。

 もしかして…、とアニスターはフレイドに振り返り、自分を指さす。反応の悪いアニスターに眉をひそめて、フレイドはそう、と頷いた。

「えっと、なんて言ったの?」聞き間違いかもしれない。アニスターは首をかしげて呟くように言う。

「だから、俺と組まないかって言ってるんだよ」

 今度ははっきりと聞きとった。それなのに、彼の言っていることがわからなくなってきた。もしかしたら今の言葉には別の意味が隠されているのかもしれない。

「それって、どういう…」

「お前さ、決まって組んでるって相手とかいないだろ?」

「へ? あ、うん…」

 そもそも、こんな自分と狩りをしようと組む人間なんてレヴァンにはいない。

「だからさ、俺とこれから組んで、一緒に狩りをしていかないか?」

「え!?」

「いちいちお前はよく驚くよなぁ。まっ、だからさっきから言っているように、俺と組もうぜ、アニー!」

「え、あ…」こうして真正面からはっきり言われると、逆に疑いが生じてしまう。だって変だ。金を出しても避けられるような自分にこんな事を言ってくるなんて、どうかしている。「で、でもどうして…」

「理由なんているかよ? 最初ってそういうもんだろ。お互い親密になってからパーティを組むハンターなんているか? お互い何も知らないところから、組んで初めていろいろわかってくるもんだろうがよ。それまで組んで後悔したとか成功したとかいうのは、運が決めていくもんさ。そうだろ?」

「そ、そうだろって…だって、僕は…」

「あーもう。うじうじすんなって! 俺はお前に『組まないか?』って誘ってんだよ。そしたらお前はそれに『どうして?』、『なんで?』とかそんなんじゃなくて、率直に答えるのが礼儀ってもんだろうがよ」

「れ、礼儀って…それに僕は、」

「どっちだよ?」フレイドは首をかしげながら前かがみになってきた。その目が睨んできているようで、アニスターは身じろいだ。

「え、あ、組んでくれるっていうなら…うれしい、ですけど…」

「じゃあ決まりだろ。お前はこれから俺と組んで狩りができる、そうだろ?」

「は、はぁ…でも僕はっ…」

「さー。そーと決まれば早く帰ろうぜ!

 こんな適当なやりとりで、フレイドとアニスターの固定パーティが決まった。アニスターは最後まで、自分のハンターとしての使えなさを彼に言う事ができなかった。
今考えてみれば、フレイドはすでにアニスターがリオレイアから逃げているところを見ているので、わかっていることだと思う。使えないハンターだってのはわかっているはずだ。

 それなのに、組もうと申し立てるフレイド。いまさらだが、こんな自分を誘ってくれたのはうれしいが、やっぱりフレイドは変なやつだ。



 宙に浮いた状態で、フレイドはドラゴンキラーの柄を握っていない左腕を突き出す。もし運というものが消費されるものであれば、一生分の運をここで使い果たしたのかもしれない。フレイドはそう思った。

 伸ばした左手は、偶然絶壁の地表から突き出すように生えていた一本の木を掴んだのだ。深い絶壁で宙釣りになったと同時に、木の根元が軋みを上げる。

 左腕に負担がかかり、筋肉がひくひくと動く。無理もない。人間一人だけではなく、ドラゴンキラーという重量武器まで腕一本で支えているのだから。だが、何とか今は助かった。

 キリンは面白くなさそうに首を振り、前足で雪を蹴りあげる。雪は塊となってフレイドに落ちていき、顔や手に振りかかった。しかしフレイドは耐えて、動いて雪を振り払おうなんていう愚かな行為をしなかった。そんな事をすれば、その分体力を失うからだ。

 こうして制限されている状態では、身体を揺らすことにだって体力を使う。今フレイドに必要なのは、これからどうここをやり過ごすのかということと、それを考え付くまでできるだけ体力を温存しておくということだ。

 …さて、どうする? フレイドは思った。

 やはりこの状況は絶対的不利だ。上がろうととすればキリンは容赦なく電撃を浴びせてくるだろうし、仮に上がるとして、それには両手が必要になる。

 ――つまり、右腕に握っているドラゴンキラーが邪魔になるわけだ。

 背中に収めようにも、ドラゴンキラーを片手で頭の位置まで上げるなんて芸当、今のフレイドにはできるわけがない。重量のある大剣は両手でさえ負担が大きいのだから。

 頭の奥まで響くほど、強くフレイドは歯ぎしりを立てた。これは自分の無力のせいだ。片腕のフレイに近づこうとしていたにも関わらず、大剣を片手で上げられない自分が弱いのだ。

 絶壁を見下ろす。そこにはいついかなる時でも迎え入れてくる闇がある。奥底が見えない、すべてを飲み込み包む闇が。

 天を見上げる。そこには人間に対して怒りと、憎悪を秘めた赤い瞳が睨み、雷鳴が響き渡っている。

 どっちにしても、結果は変わらないのかもしれない。フレイドは一瞬、諦めたように首を振った。




 ってことは、アニスターの逃げられる時間も大分引きのばせる。ここでキリンがフレイドが死ぬまで待ち構えているつもりなら、その分アニスターが逃げ行く時間を稼ぐことができる。

 アニスターが逃げ出した時の背中を思い出す。それから、その前に恐怖で震え、驚愕して振り返る寸前の彼の表情。

 フレイドは、自分を置いて一人で逃げ出した少年に対し、憎しみも理不尽さも何も湧きおこらなかった。

「よく決断したもんだ、アニー」

 フレイドを――友達を置いていく。それは身を裂くような決断だったに違いない。逆の立場なら、フレイドはアニスターを置いて逃げようと考えず、意思に逆らって突撃をしていたかもしれない。結果、どちらも生き残れなくなるだろう。

 これは自分自身との戦いでもあった。それはキリンよりずっと執拗で、強い。精神の直接痕跡を残すそれは、いにしえの秘薬でさえ直る事のない、一生残り続けるものだ。

 それとアニスターは戦い、勝った。フレイドでさえ、勝てる自身のないそれに勝った。アニスターはやはり父親譲りで、真の強いハンターになるはずだ。フレイドはそれが嬉しくてたまらなくなった。



 左腕の力が無くなり始めたと思うと、右腕がしびれ始めてきた。頭が宙に浮くように軽くなると思うと、一度垂れてしまうと二度と上げられなくなるような不安が募る。

 あれからどれくらいの時間が経ったのかはわからないが、キリンは執拗にフレイドを見下ろしている。彼の末路を最後まで見続けるつもりであろうか? もしかしたらフレイドがこのまま何日も耐え続けても、飲まず食わずで見届けるつもりなのかもしれない。

 そう考えて、フレイドはおかしくなって微笑をこらえ、鼻で笑った。このキリンは、きっとそうするだろう。キリンとの戦いを通してわかったことは、この生物は誇りが高く、そして意思が強い。

 完全にこれは積みだ。罠にかかって足を折られたケルビのように、なすすべもなく自分が死ぬのを待つだけの時間だけが残されているのだ。

 それ以外は、なにも――

 木を握る腕が突然ずるりと滑り、フレイドは数センチほど落ちた。間一髪で腕に力をこめ直し、木を握り直す。が、完全に握ることができず、手を鉤爪状に曲げてひっかけるようにして握る事しかできなかった。

(こりゃ、やばいわ…)

 こうして苦悩を考えるだけでも、力を消費しているような気がして苛立ってきた。そろそろ、限界なのかもしれない。

 いや、とうに限界は迎えていたのだ。ここまで持ちこたえられたのは、執念なのかもしれない。

(……久しぶりに、懐かしいもん思いだしたからなぁ)

 ここで、死ぬべきなのだろうか。できることなら、生きていきたい。ある人物に言われた、先を見てみたい。しかし今となっては、それも叶わぬことになってしまった。

 この絶壁の闇の中には何があるのだろう。もしかしたら下に河が流れていて、運よくそこに落ちるかもしれない。そうなれば助かる。

 だが、そこにはフレイドの思う先はない。絶対に。だからフレイドは絶望しているのだ。同時に、執念による後悔も覚えている。

 キリンを見上げて、フレイドはその思いをかみしめた。

「くそ…ったれがぁ…!!」



 何の拍子もなく、キリンは視線をフレイドから離し、雪山に向けられた。まるで興味を失ったようなキリンの態度に、フレイドは怒りを感じて凝視をする。キリンが威嚇するように前足を上げ、いなないている。

 つかの間、キリンの身体が揺れた。後にドンッ、という衝撃音がして、さらにキリンの身体が揺れる。

 一瞬の間が空いたと思うと、空気が激しく揺れ、フレイドは地震によく似た震えで全身の力が抜けかけ、危うく落ちそうになった。激しい爆音が辺りに轟き、耳を直接刺激する。

 いったい、何が起きたのだ? 

 フレイドが顔を上げ、キリンのいた場所を見上げると、そこには丁度爆炎に押されてなぎ倒されるキリンの姿があった。しかし倒されてフレイドの視界からすぐに消えた。

 激痛を訴えるかのようにキリンが悲鳴を上げている。

 その悲鳴をかき消すように、少年の怒声がフレイドの耳に響いてきた。

「フレイドォお!」

 この怒声――フレイドはよく知っている。知っているからこそ、余計に驚きを隠せず、間抜けな声を上げてしまった。「あ、アニー!?」

「フレイド、大丈夫!? 待ってて、すぐに――」少年の声が途絶え、次にキリンの雷鳴が轟く。

「アニー! お前、なんでッ!」

「ちょっと待ってて!」再び声を遮るように雷鳴が響く。

「んなことより、なんで戻ってきやがった! 俺は逃げろと言っただろうが!!」

 フレイドの怒声は絶壁の奥まで響き、こだましていた。

「うっさい!!」

 さらにその怒声までもかき消す怒声が絶壁の奥まで響き、フレイドの声を打ち消した。

 フレイドがなんと言おうと、この気持ちは抑えられない。いろんな感情がいっぺんにやってきたせいで、今じゃ目の前でキリンと対峙しているにも関わらず、全然怖くない。

 激情が駆け抜ける。



 アニスターは自分が洞窟の奥へ進む理由がわからなくなってきた。だが立ち止まる理由も思いつくわけでもなく、ただただ歩いていた。

 思ったよりすぐに、もとの道へ戻れた。他の通路へ渡ることのできる、暗闇へ続く洞窟。ここまで来るのに時間はかからなかった。フレイドと通る時は慎重になり過ぎていた為、足の動きが遅かったからだろう。

 フレイド――アニスターは一人の少年を思い出す。少年が身を挺してアニスターを逃がした時の姿、そして無邪気な笑顔、アニスターを信頼してくれた時の顔。

 レヴァンに来て、初めて得られたものだった。それをアニスターは一度失ったと思っていた。しかし、フレイドはそれでもアニスターを必要としていてくれた。

 これから、彼ともっといろんなことをしていくのだと思っていた。

 彼と一緒に成長し、目標に向かっていくのだと思っていた。

 彼とずっと、ギルドナイツであるのだと思っていた。

 それなのに、フレイドはアニスターただ一人に逃げろと言った。フレイド自身は、そこで立って、キリンの相手をして、犠牲になるつもりで。


 急にフレイドの行為が気に入らなくなってきた。彼の行動こそ、自分の求める父のような行為だというのに、それなのに、それらすべてを否定してフレイドを責めたい気持ちでいっぱいになった。

 拳を強く握り、アニスターは顔の前にそれをやる。手についた血は渇き、かさかさとはがれた。フレイドの血が渇く頃には、今までの約束もなくなっている。

 さらに強く握り、アニスターは振り返る。初めて感じる、怒り。通り越し過ぎて気が爆発しそうだ。

 一発でいい。野蛮な思いが頭をかすめる。一発でいいから、フレイドをぶん殴ってやりたい。そしてそのあと、フレイドに殴られたい。

「フレイドの馬鹿野郎!! くそくそくそくそ馬鹿野郎!! 救いようのない馬鹿野郎!!」

 洞窟の中でアニスターの声がどこまでも響き渡る。しかしアニスターの激情はそれで納まらなかった。アニスターは、自分がもときた位置へ向かって走り出す。体中の痛みや恐怖は感じなかった。

 キリンのビジョンが頭に浮かぶ。強烈な雷を落とし、圧倒する姿が。

 徐々にアニスターは冷静になってきた。だがそれでも、地面を蹴る足はおさまらず、さらに強く蹴り始める。体中から消え去った震えは戻ってこなかった。今までにない、強い感情が心臓を突き抜ける――



 あれから何がどうなったか、自分でも理解していない。ただフレイドを助けるため、フレイドのもとへ行くため、とにかくがむしゃらに走ってきた。

 山の上からフレイドが落とされたところを目撃した時は、それに拍車がかかって、暴走したように突撃を開始していた。大きな、樽を転がして――

 山にいくつも転がっていた大タル爆弾Gは見事にキリンに激突し、轟音を響かせ爆風が全てを飲み込んだ。直撃したキリンは吹っ飛び、うまく着地ができずに倒れ込む。

 樽より遅れて到着したアニスターは肩で息をして、立ちあがるキリンを見た。キリンは怒りを込めた瞳でアニスターを捉え、体中の電気を角に集めている。

 角が閃光のように輝いた刹那、青白い槍が放出され、標的あるアニスターには当たらず見当違いの方向に飛んでいき、一瞬で消えてしまった。

 反射的に堅く目をつぶっていたアニスターはぱっと目を開き、その光景を見る。キリンが電撃を外すどころか、全然関係ない方向に飛ばすなんてどういうことだろう。

 何か意図的なものがあるのだろうか。それとも、アニスターに向かって電撃を飛ばせない理由でもあるのだろうか。考える余裕はなかったが、真理に到達するのは一瞬であった。

 キリンの角は、先端の方が折られており、輝く角より薄い光をともしている断面が見えた。フレイドが折ったものだ。

 キリンが電撃を蓄積し、放出する核となるのがあの角だとすれば、フレイドは賢明な判断をしたと言えよう。角を折れば、キリンの稲妻の力は威嚇程度にしかならないのだから。

 だとすれば、今キリンの今出来る攻撃はその体を使ったものでしかないということだ。

 それなら――

 向かって跳んできたアニスターを見て、キリンは前足を上げる。しかしそれが振り下ろされる前にアニスターは身をひるがえして回り込み、同時にコロナを振った。

 コロナの切っ先はキリンの背中をかすめる。白い光を帯びたたてがみが数本刃にかすり、ぱちぱちと火花を散らしている。

 結果、キリンのたてがみがはらりと落ち、焼けるように赤い背中の切り傷から微量の血が飛び散る事になった。血は雪で包まれた地面に落ちると思うと、じゅっと音を立てて雪に赤い穴を残した。

 苦痛の叫びを上げてキリンはアニスターに後ろ蹴りをくりだす。

「わっ!」

 あまりにも速くて見えなかったが、キリンの足はアニスターの頭上を通り過ぎて直撃はしなかった。しかしその攻撃から発生する風圧でよろけ、バランスが崩れる。

 倒れそうになりながら、なんとか態勢を立て直すと、キリンも同じように態勢を直して正面からアニスターを見ていた。いや、睨みつけているというのが正しいか。

 不意打ちに灼熱の切り傷一筋。キリンにとっては耐えがたいものであろう。それも逃げ出し、追うにも値しないと判断した弱者にひと泡吹かせられたのだから。

 フレイドの声を聞いた。フレイドはまだ生きている。きっと崖にでも掴まっているのだろう。そう長い時間そんなところで耐えられるはずがない。

 かといってキリンとこのまま戦い、勝つことなんてできなるわけもない。それは重々理解している。ならば――

「今度は、僕が囮になる!」



 気に食わない、と一蹴するように雪を蹴り、キリンは走り出す。不敵なステップでなく、馬のように堂々と正面から風のように走るその姿は、飛竜をも圧巻しているようだ。

 アニスターは臆さず、できるだけ後ろへ下がっていく。せめてフレイドから遠ざけなければ。そしてフレイドが這い上がるまで、時間を稼がなきゃいけない。

 そのためには先ほどのように挑発の為に踏み込むのではなく、長期戦に入るために間合いを取りつつ引かなければならない。キリンが気を変えないように遠すぎず、攻撃が当たらないように近すぎず。この間合いを見計るのは絶妙だ。

 キリンがアニスターに到達するまでの五メートルでそこまで考え、アニスターは転がって突進を回避した。雪に交じって土が舞う。

 ぐるりと身体をひねって振り返り、キリンは再度突進を開始した。同じようにまた転がり、避ける。

 またキリンは態勢を戻して突進を繰り出す。そして、アニスターは再び避ける。

 三度目の回避でアニスターは今の状態が非常にまずいと直感した。お互いワンパターンな行動しかしていないが、追い詰められているのはアニスターだったのだ。

 キリンとの間合いは徐々に縮み、全身土と雪まみれになったアニスターは息切れを早くも起こしている。体力的にも、走ってここまで駆けつけてきたアニスターにはそんなに残ってはいない。

 いつの間にか、モンスターハンターとしての戦闘的考察が頭の中で働いていることにアニスターはたいして驚かなかった。この感覚は、以前から持っていたものだ。

 本当なら、誰でも持っているものなのだ。アニスターはそれに気づくのが常人より遥かに遅く、そして恐れていた。彼はハンターとしての考えが、まるで設計されたように自動的に頭の中で働いている事が怖くてたまらなかった。

 彼は目の前の獲物だけでなく自分からも逃げていたのか。こうして自分の力を意識するようになって、初めて気づく。何もかもから逃げ、臆病な痛がり屋になっていた自分を思い出す。歯がゆく、情けない自分の姿がちっぽけ過ぎて、虫と誤認してしまいそうだ。

 そして、決心する。

 僕は――



 キリンの蹄が雪や土を払い、蹴りあげる風の音と、アニスターの短い悲鳴やコロナが風を切る音を聞いて、フレイドは本当にアニスターが戻ってきて、戦っているのだと理解できた。

 なんで戻ってきた? なんで戦っている? 疑問は尽きないし、彼の行動はモンスターハンターでいう愚かな行動だ。あの時逃げ出した姿がハンターとして正しい行動だったのだ。

 キリンの姿はもう見えない。アニスターとキリンの戦いの音は、徐々に遠くなっていく。そのうち何も聞こえなくなるのではないかと思い、フレイドは焦り始めた。

 音が何も聞こえなくなる。それはつまり、戦いが終わるということだ。そして地面に伏し、立ちあがるのは十中八九キリン。アニスターの死を意味する。

「ふざっ…け、んなよ!」

 せっかく命がけで助けたのに、こうしてこの場所で時間を稼いで遠くへ逃がそうと思っていたのに、あの少年は戻ってきた。誰ひとり望んでいないのに。

 怒りの感情が込みあげてきた。どうぶつけるべきかわからない感情が胸の内からこみ上げる。が、それはすぐに引いて聞き、サーッという青い感覚で全身が凍りついた。

「あっ…!」それはアニスターの声だった。何かが弾き飛ばされ、宙を舞う音が聞こえる。やがて雪に覆われた地面に落ち、雪を散らし突き刺すような音が耳に届いた。

 音の質から言って、これはコロナではない。それに切り落とされた四肢でもない。それほど重い音ではなかった。恐らく、盾が弾かれたのであろう。

 それはアニスターのピンチを意味する。片手剣は最小の防御手段として盾がある。ランスのように大きな盾ではないが、飛竜の尾をも受け止めるくらいの性能はある。それが片手剣使いの唯一の命綱だ。

 それが弾かれたとあっては、アニスターの生存がぐっと低くなる。

 急いで、急いで彼のもとへ行かなければ!

 そう考えて上ろうと思った瞬間、右腕が想像以上に重い事に気がついた。まるで大岩をくくりつけられているように動かない。右手にどんなに力を集めても、上がらない。

 そう、今のこんな浪費困憊した状態ではドラゴンキラーを持った腕でよじ登るなんてできるわけがない。

 かといって、ドラゴンキラーを手放すわけにもいかない。武器はモンスターハンターの命で、証だ。これを手放すと言う事は、モンスターハンターを否定する事になる。それだけは、絶対に避けたい。

 自分の夢から離れることなんて、絶対に避けるべきだ。

「うわぁ!」

 アニスターの悲鳴が上がった。どさりと倒れ込む音。

「アニー!」

 右腕がぐらりと揺れる。咄嗟にドラゴンキラーを放そうとして、思いとどまりフレイドは握り直す。

 モンスターハンターとしての証。夢に向かう為の必要な志。それだけではない、これは――

「うっ、が、がああああ!」

 激しい痛みを込めたアニスターの叫び声。また右腕が揺らぐ。同時に、直接頭にハンマーを叩きつけられたように脳が揺れる。

 まるでドラゴンキラーを持つ腕が、今にも握る重石を降ろしたいと言っているようだ。右腕が意思を持っているのなら、それは間違いなくフレイドの意思だ。

 アニスターか、ドラゴンキラーか。

 友か、証か。

 考えるまでもなかった。だが、抵抗はある。


 フレイドは、ドラゴンキラーを手放した。


 ドラゴンキラーは音もなく落ちていき、早急にフレイドの視界から消えた。絶壁の暗闇に飲み込まれる頃には、フレイドは絶壁を登り始めていた。



 肩に激痛が走り、アニスターは声がかれそうなほど叫び声を上げた。すでに喉は荒げた声しか出せなくなっている。

 まるで痛めつける事を目的にしているような力加減の蹄が、ぎちぎちとアニスターの肩を徐々に押しつけ始める。キリンはよほど人間を憎んでいるようだ。恨みを晴らすかのように、痛みを長持ちさせるように、蹄がゆっくり肩を潰す。

 一瞬押さえる蹄が緩んだかと思うと、さらに強い力で肩を押さえられ、ねじられる。

「が、あああああ!!」

 まだまだ、声を出す力全てを振りしぼらせるように、キリンはそれを繰り返す。アニスターの左肩はすでに感覚を失いつつあった。

 こっちを見ろ、というように苦痛に表情を歪ませたアニスターにキリンは赤い縞かかった瞳を近づける。その赤い瞳は怒りの炎のように揺らめいていた。

 生温かいキリンの息がかかる。それはこれからまだ、この拷問のような私刑を続けるぞ、と暗示しているようだった。

 これまで、なのだろうか。アニスターはちらっとそう思った。今度は左肩から、右肩に蹄が移る。イーオスの鱗でできた肩甲をいとも簡単に潰し、アニスターの肩に直に到達する。

 瞬間、キリンの頭が爆発した。アニスターにはそう見えた。実際は、爆発物を投げつけられ、頭で爆発していたのだ。

 悲鳴を上げてキリンはアニスターから離れる。今度はキリンの首に何かが当たると同時に、小爆発を起こした。黒い煙が包み、火薬の臭いが立ち込める。

 煙の中からキリンは顔を出し、怒りに吠える。しかしその顔にも何かが辺り、爆発をした。

 一体何が起きたのだ? 痛みをこらえてアニスターは顔を上げる。キリンが苦しそうに叫びまわるその先に、少年が一人いる。

 子供のような夢を見て、目的のためならどんなことでもやって、そして一人の取るに足らない少年の為に命をかけた、アニスターの目指す英雄に最も近い人間が――



「それでは、アニー君。ここで問題を出そう」

 少年は落ちていたアニスターのポーチから最後の小タル爆弾を取り出し、点火もせずに軽々と持ち上げる。もう片方の手には投げナイフを一本持っている。

 少年が持っているはずのドラゴンキラーは、どこを見渡してもなかった。

 キリンが走り出す。その軌道を読んでいたかのように少年は小タル爆弾を投げつけ、少し遅れて投げナイフを投げた。

 キリンに小タル爆弾が当たる一歩手前、キリンが避ける一瞬前、投げナイフは宙に浮く小タル爆弾に当たり、その時生じた小さな火花で爆発を起こす。

 爆炎がキリンを包み、醜い悲鳴が上がる。

 少年はアニスターが落としたコロナの盾を持ちあげた。

「どんなものにも役割というものがある、アニスター君。しかしそれは必ずしも一つの役割とは限らない。どんなものにも、最低でも二つの役割があるはずなんだ」

 褐色肌の少年は似合わない銀世界の中を歩きながら、その言葉に熱を入れる。

「つまりは、その最低でも二つはある役割があるからこそ、この世のものには存在権があり、働きがあるわけなんだ。それはどんなものでも言えるわけだが、俺達の場合それが今まで果たせなかったと思う」

「えっと……フレイド?」少年、フレイドの言っている意味がわからず、こんな状況だというのにアニスターは間の抜けた声で言った。

「では、アニスター君。俺達の決めるべき役割とはなにか? ハンターであるものとして、俺達は二人で一つと考えてみようではないか。そうなると、アニスター君? 君の役割は何かね? そして、俺の役割は? ヒントは俺は大剣、そしてお前は片手剣だ」

「……囮と攻撃?」

「ぶっぶー、残念。惜しいけどな」一呼吸置いて、少年はアニスターの盾を構える。「二人で一人のハンターだとすれば、それは最低限やっぱり二つの役割が必要になる。簡単に言うと、だ。盾と剣。この二つがそろって、初めて俺達は戦士となる」

 キリンが態勢を立て直し、怒りのまなざしを少年に注ぐ。少年は全く気にした様子はなく、わけのわからない言葉を続ける。

「アニスター、お前は今のでこう思っただろう。なら、フレイドが剣で、僕が盾だ、と」

 ごめん、フレイド。今ので思ったのは、僕は命がけで戻ってきた価値があるのか、ってことだ。

「逆だよ、アニスター君。俺は大きな大剣を使う守りだ。相手の攻撃を受け止める盾だ。そしてお前は、その動きを生かした剣になるんだ。俺の言いたい事、わかるか?」

 痛みをこらえてアニスターは立ちあがる。

「それが僕達の役割、ってこと?」

「簡単に言うとな」

 アニスターはコロナを構え、フレイドは盾を構え、同時にキリンを見た。怒りに滾るキリンの姿は禍々しい。それなのに、全然怖くなかった。

「俺は盾、お前は剣。簡単な意識だけで、かなり違うもんだぜ?」

「……フレイドは相変わらずなんでも好き勝手に決めるんだから」くすりとアニスターは笑った。フレイドらしい。「わかったよ、フレイド。僕は剣で君は盾。僕はもう、怖くなんかないよ」


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