大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第十八章


「生命と僕」


 角が折れたキリンの攻撃手段はその強靭な肉体から繰り出される突進や後ろ蹴りが中心だった。突進は電撃をまとっており、後ろ蹴りは当たれば肉の塊になりかねないほどの威力を誇っている。

 キリンは角が折れようともその力はほとんど衰えてはいなかった。不敵なステップは感覚を狂わせ、ペースを乱す。力は十分だった。

 キリンよりも先に踏み込んだのはフレイドだ。威嚇にキリンは前足を上げ、振り下ろす。蹄が二回コロナの盾に当たり、フレイドは衝撃で後ずさった。

 そして一息つく間もなく、再び前進する。キリンは動きが間に合わず、身を強張らさて逆に後ずさった。

「アニー!」

 フレイドの合図の声と同時に、回り込んでいたアニスターが横からキリンに襲いかかる。コロナを一振りすると熱気が立ち込め、キリンの首筋に赤い切り筋を残した。

 キリンは身をひねり、後ろ蹴りをアニスターに繰り出す。間にフレイドが入り、盾で蹄を受け止める。フレイドの背中でアニスターは胸を打ち、二人揃って倒れた。

 不意に、キリンに潰されかけた左肩が痛みを取り戻し始める。押しつぶされている時の痛みが蘇り、アニスターは肩を押さえた。

 隣ではフレイドが横腹の痛みを思いだし、膝をついて腹を押さえる。二人とも、重度の怪我を負っているのだ。

 それでも、二人の見る先はキリンだった。狩るか、狩られるかの戦いは勿論意識できている。痛みなんかで削がれるようなら、二人とも最初からお互いの為に命を掛けようとは思わない。

 ――しかし、この傷の影響は甚大だ。痛みは動きを鈍らせ、注意力を大幅に削いでしまう。同時に、身体が危険にさらされていることを注意している証拠だ。

 この戦いを長く続けるわけにはいかない。しかし、この調子でいっては時間がかかり過ぎる。それに相手はキリン。何度も同じ手はきかないだろう。

 さて、どうする。

 アニスターはフレイドを見る。フレイドは獲物を睨んだまま視線を返さず、眉をひそめている。彼も考えているのだろう。この状況をどう打破するかを。

 せめて、何か有効的な道具があれば…。

 初めてリオレイアを狩った時の事を思い出す。あの時はフレイドがほとんどやったようなものだが、アニスターだってできる限りの事はできた。

 そう、シビレ罠だ。シビレ罠なら、キリンの動きを止め、かつ一方的に攻撃する事ができる。

 アニスターは離れた場所で横たわるポーチを見る。あの中には、今回ドドブランゴを捕獲するために使うはずだったシビレ罠の調合材料が入っている。何とか時間を稼ぎ、調合さえできれば…。

「フレイド」キリンが人間の言葉を解するとは思えないが、用心のためアニスターは小声で言った。

 フレイドはアニスターに視線だけ向ける。「どうした?」

「キリンに、シビレ罠は効くと思う?」

 少し考えて、フレイドは首を横に振った。しかしそれは諦めるというわけでなく、当惑を表しているようだ。

「わからん。でも、落とし穴よりはきくだろうな。キリンは落とし穴にはめるには小さすぎる。シビレ罠なら、ドスランポスほどの体重さえあれば…」

「試す価値、あるんじゃないかな?」

 やや間があき、フレイドはにやりとした。

「ああ、あるな。アニー、ハンターらしくなったじゃねぇか」

 さっそくフレイドはキリンの注意を引くために走り出し、真正面からキリンの攻撃を受け止める。その間にフレイドは回り込み、キリンの追撃をかわしてポーチに向かって跳んだ。

 ケルビの皮のポーチを鷲掴みにする。中身にはマヒダケとトラップツール、そして光蟲が入っていた。

 いける!

 アニスターはさっそく調合を開始した。フレイドの方を見る。アニスターよりずっと長く戦っていたためか、キリンの間合いに合わせて攻撃を避けている。

 これから五分ほど調合に時間をかける事になる。フレイド、辛抱してくれ。



 間合いを取りながら、キリンの様子を見てアニスターに近づけないように立ちまわる。

 言うのも思うのも簡単だが、実行するのは難問である。

 できるだけキリンの攻撃は避けることに集中していた。が、全てを避け切るなんてことは到底できない。

 今まで同じようなステップを踏んで角を振っていた動きが、突然イレギュラーなタイミングを使いだすと、対処に一時遅れる。

 止むなくコロナの盾で受け止めるのだが、これが辛い。

 力んだ全身の神経が腹に集中するようになり、燃えるような痛みが傷から噴き出し始める。フレイドはうめき声を漏らし、渾身の力を込めて振り払う。

 こうしてキリンはイレギュラーな手段を覚えた。これが何度も続けば、たとて無傷の上体でも勝てる気がしない。

 絶望的空間だ。それなのに、フレイドの表情は笑っていた。頭がおかしくなったとか思う者がいるかもしれないが、そうではない。

 単純に、嬉しいのだ。

 この一週間と少しでアニスターは大きく成長した。今はそのアニスターと役割を共有して、協力できている。今まで一人だったフレイドはそれが嬉しくてたまらなかった。

 しかし、その中でぞくりと背筋を強張らせるものがあるのをフレイドは知っている。

 相棒、急がないと俺はこのまま持ちこたえる自信はないぜ。



「フレイド!」

 アニスターは大声で言った。彼はシビレ罠の調合を終え、設置も済ましていたのだ。ここまで誘いこんでしまえば、あとはアニスターのコロナで好きなだけ切りつけられる。

 彼の声と共にフレイドは踵を返し、アニスターに向かって走り出す。戦いを突然放棄された事に怒りを増幅させたのか、キリンは荒く走ってフレイドを追いかける。

 シビレ罠に到達するころには、キリンはすぐ後ろまで迫っていた。折れた角がフレイドの背中を突き刺す一歩前、ぴたりと動きがとまり、彼の背中からどんどん離れていく。

 ビシッ、と聞き覚えのある地雷の作動音が聞こえたと思うと、キリンの身体を黄色っぽい稲妻が走った。

「や…やったッ!」アニスターが嬌声染みた声を出して腕を上げる。

 そう、キリンは見事シビレ罠にかかった。動けない数秒間、致命傷となる一撃を加える事ができれば…。

 しかしそう考える前に、フレイドはアニスターの肩を掴んで走りだした。半分引きずられるようになったアニスターは必死に走るフレイドを見る。

「ちょ、ちょっとどうしたんだよ! フレイド!」

 もう目の前では動けなくなったキリンがいるのに、それなのに、また逃げるというのか? どうせキリンの事だから、逃げたところで追い込まれるのが落ちだ。なら、ここで倒すべきじゃないのか?

「作戦失敗だ!」きっぱりとフレイドは言った。

「え?」

「作戦失敗だって行ってんだよ! お前もいい加減自分の足で走れよ!」

「あ、うん。ごめん」

 って、おかしいぞ。なんで今僕は謝ったんだ?

 常に俊敏な動きをするキリンを仕留めるチャンスが目の前にあるのに、みすみす逃してどうなるというのだ。

 振り返ると、そこには動けなくなったキリンが立ったまま逃げ去るフレイドの背中を、そしてアニスターを見ている。

 ほら、逃げる理由なんてないじゃないか。そう思った刹那――

 キリンの片足が地面から少し離れ、浮いた。アニスターは目を疑った。動いた?

 いいや、そんなはずはない。たとえキリンといえど、大型モンスターのリオレイアですら無抵抗にできたはずの痺れに抵抗できるなんて思えない。

 でも今見ているのはなんだ? キリンの浮いた片足は青白い稲妻をまとっており、それが黄色い稲妻を粉砕しているように見える。足が再び地面に着くと、シビレ罠の装置は花火のようなボフッという音を出して爆発し、辺りに地雷に破片を飛び散らした。

「いぃ?」

 見間違いでなければ、シビレ罠は完全に破損し、機能しなくなった。そして、キリンは自由になった。

 ようやくアニスターはフレイドに合わせて走る。「ど、どうなってるの!?」

「もっと早く気づくべきだった。シビレ罠はあの地雷に直接的に加える衝撃以外には耐性がないんだ! それにあの装置は少しばかり火薬なんかも入っている。そこに奴の電撃を通されたら、いとも簡単に壊れるんだ!」

「でも、キリンは確かに罠を受けたんだよ! それなのに、片足を動かすことだってできていた!」

「あいつが身体の電流を操作できるっていうなら、身体の感覚を調整だってできるもんだろ!」

 そういうものなのか。切羽詰まっているというのに、アニスターは冷静に思った。

「こ、これかだどうする気だよ?」

「最後の最後だ。このまま山頂を登るぞ!」




 足元で弾けたシビレ罠の装置の破片を見つめ、彼は去っていく人間に殺意を覚えた。いや、もともとこれはあったものだ。新たに追加されたというよりは、さらに重ねられたと言った方がいいだろう。

 彼は自慢の蹄で破片を踏み、砕ける音を聞いて不快感を増幅させた。

 人間は、汚い。醜い。

 奴らはどこでも我が物顔で通り、壊し、汚し、腐らせる。仲間は奴らのせいで大勢死んだ。どの人間も同じように仲間を殺し、場所を奪ってきた。

 各地を点々としていくうちに、人間が最低な動物だということを思い知らされた。火山、砂漠、森、林、湖、海、雪山。どの地も人間に荒され、仲間を脅かせていってる。もう自分勝手な人間には我慢ならない。

 仲間の中には、彼らを認め、見守ることに専念したものもいるらしいが、彼にはそんな生き方なんてとてもできない。彼は常に真っ直ぐ生きてきた。だから歪んだ人間が許せない。

 ここもそうだ。身勝手な人間が私利私欲の為に山を破壊しようとしていた。思えばそれが歯止めを砕いたのかもしれない。

 壮絶な怒りが全身に満ち、制御ができなかった。気がつけば、角は憎き人間を貫き、怒りの雷が焼き殺す。それでも怒りは治まらない。

 次の標的であるはずの二人の憎き少年ハンターは策が通じず逃げ出している。あの山を破壊しようとした連中を殺した場所に向かって走っている。

 あの憎悪にまみれた連中の死骸が放り出してある山頂へ。

 殺戮を開始した、全ての始まりへ向かって。

 彼らは全てを終わらせに上っているのだ。

 自分も気づいている。この上で全てが終わるのだ。彼らが待ち構える山頂で、始まりである山頂で、初めて見えた山頂で、全てが終わるのだ。

 おのれ、人間め! 激しい怒りと憎悪が突き抜け、身体が勝手に動く。決戦がすぐそこまで来ている。

 彼は山頂目指しへ走り始めた。この世界へ敬意を払わない人間達を追い詰めるために。



 傾斜は高くない。彼の場合、高かろうと低かろうと同等の速さで走ることができるが、人間はこの低い傾斜のおかげで速く進んでいるようだ。

 地面を踏みならす度に雪が舞い、粉状になって全身にかかるが、それら全ては身体に触れる前に溶けていく。だから雪の冷たさは感じなかった。

 今感じている事と言えば、人間との戦いでつけられた屈辱的な傷の痛みと、怒りだ。もう人間を見ただけで抑えがきかなくなるだろう。これから、人間を虐殺し続けるのであろう。

 それが本能で、仲間の間で狂っているものだとしても、一向に構わない。

 突然目の前にツタで作られたネットが現れる。ネットは進行を塞ぐように道いっぱいに広がり、キリンは足を止めた。

 あの人間どもは逃げている間にこんなものを仕掛けたのか。ずいぶん余裕のあることだ。

 屈辱に身が滾る。人間はこんなものが足止めになると本気で思っているのなら、これ以上の仕打ちはない。

 彼が首を振ると全身に電流が走り、体中を覆う。そして彼は躊躇なく走り始めた。

 ネットがブチブチと音を立てて切れる。彼が通り過ぎるころには、突き破られたネットは力を失い雪に覆われた地面に覆いかぶさった。

 彼はさらに走る。より速く、より強く地面を蹴り、走り続ける。



 山頂には人間の少年が待ち構えていた。飛竜の甲殻で作られた盾を両手に持ち、堂々と道の真ん中に立っている。

 赤毛か風に揺れ、その瞳はじっと彼を見つめていた。

 そこから少し離れた場所――赤毛の少年から見て、端の道だ――では、雪が大きく積まれている。自然に積もったにしては不自然過ぎる。

 彼にはわかっていた。あの中に、唯一牙をもつ少年が潜んでいる事を。

 肉をも溶かす炎の意思を持った牙。あれだけが彼にとっての脅威であり、目の前で盾を掲げ始める赤毛の少年など眼中に入れる必要すらない。彼は牙を失っているのだ。

 キリン――彼は積もられた雪の塊に向かって走り始める。電流を帯び、触れただけでも電撃で蝕む身を直接当てるため、少しも迷いなく地を蹴る。

 疾走する彼の目の前に、突然ツタのネットが現れた。一瞬、心がずれた。

 何かの仕掛けで現れたネットは彼に覆いかぶさる。次の瞬間彼の身に帯びる強力な電撃で粉々になった。こんな仕掛けで、彼が止められるはずがない。

 ネットを破り、少年が隠れている雪の塊まであと数歩。突然、盾を持った赤毛の少年が前に立ちふさがった。ぎょっとしてキリンは足を止めて前足を上げる。

 そうまでして死に急ぎたいか。なら、お前から片づけてやろう!

 岩をも砕く蹄を叩き下ろす瞬間、少年は盾を片手で持つと思うと、降ろす。

「アニー!」

 戦っている最中も頻繁に叫んでいた言葉を少年が口にする。彼の蹄は空振りに終わり、地面を深く抉った。

 それと同時に、赤毛の少年が元いた位置から人影が現れる。全身雪だらけになった、栗毛の、唯一の牙をもつ少年が姿を現したのだ。

 ――となると、この雪の塊には何が入っている?

 一瞬の疑問が隙を生んだ。その間に赤毛の少年はさっと跳んでキリンから離れる。嫌な予感がした。

 栗毛の少年は手を上げる。その手にはあの灼熱の牙が握られている。そして彼の狙いをつける様な目は――雪の塊に向けられている。

 しまった!

 思うより先に少年は腕を振る。灼熱の牙は真っ直ぐ飛び、雪の塊に突きささる。キリンはそれから逃げるため、態勢を変えようとしていたのだが、間に合わない。

「あんたのミスだぜ」少し離れた――といっても、二メートルほどだ――赤毛の少年が構えた盾越しで言う。「処分しておくべきだったな。すっ飛ぶときゃあんたも、一緒なんだぜ!」

 次の瞬間、雪の塊が弾け、辺りを爆炎と爆風、そして轟音が包んだ。



 爆発の衝撃をフレイドは盾で受け止める。逃げる隙なんて、ほとんどなかった。それでもこの二メートル離れることができたのは称賛に値すると思っている。

 全てが一瞬だ。それら全てが賭けだった。あんなちんけなネット一つでキリンを止められるとは思ってもいない。

 だがそれを突破したあとに、フレイドという壁が出来たらどうだろう。少しは揺らぐものがあるのではないだろうか。そのほんの少しだけの隙で十分だった。

 その瞬間に、あらかじめ雪に埋めておいた大タル爆弾Gに向かって、あらかじめ雪にまぶし背後で待機させていたアニスターのコロナを突き刺せば、キリンは正面から大タル爆弾Gの爆発を受けることになる。

 それらのどれがずれても、どれか一つが気づかれても、フレイド達の負けであった。それら全てが決まったのは運だ。

 地面に叩きつけられ、転がり続ける。全身を貫いた衝撃は鈍く残っており、いたるところをぶつけても身体が動かず抵抗できなかった。

 かなり飛ばされた。大タル爆弾Gの威力は凄まじいものだ。フレイドは盾のおかげでこの程度で済んだ。が、直撃したキリンは――

 ようやくフレイドの体は止まった。うつぶせに倒れ、動かす事のできない身体は固定されている。頬で雪を潰しているが、あまりつめたいと感じなかった。

 なんとか雪に埋もれていない見れる片目で、フレイドはキリンが飛ばされたであろう場所を見る。キリンは全身に赤々とした傷を負っている。ただの火傷ではない。爆発で皮膚を削られたのだ。

 だらりと横たわるキリンの体中から血や煙が吹き、パチパチと稲妻が爆ぜている。フレイドよりずっと重い傷を受けている。

 それでも、これで勝った確信が彼にはなかった。最後まで、キリンが完全に動かなくなるまで、この戦いが終わる事はないのだ。

 微かに、倒れたキリンの足が動き始める。フレイドはそれを見ていた。身体が動けば、このまま仕留めにいけるのに…!

 身体は言う事を聞かず、指一本しか動かない。それなのに意識ははっきりとしている。こんな状態が、どれほど続くのか。考えただけでもぞっとした。

 キリンは足だけでなく、全身が動き始めた。見えない縄で縛られているようにぎこちない動きだが、微かに動いている。

 ――立つな。

 散々苦しめてきた前足が震えながら地面に弧を描く。

 ――立つな。フレイドは少しずつ動き始めるキリンを凝視した。それしか今の彼にはできないのだ。

 後足が動き始め、やはり震えているが器用に片方の蹄が地面に着く。前足と後足の片方が地面に着くと、キリンは徐々に身を起こした。

 ――立たないで、くれ。

 ついにキリンは立ちあがった。身体の血が滴り、焦げた臭気を放つ煙が噴き出す。

 身体が、少し動いた。フレイドは自分の指が折られ、拳を握っている感覚を掴んだ。ぎしぎしと痛む身体を動かし、彼は顔を上げる。

 そこにはやっとの事で立ちあがったキリンが、苦しそうに頭を垂れる。フレイドはその姿に息を飲んだ。

 生まれたての小鹿のように小刻みに揺れる足で必死に自分の身体を支える姿。苦痛で色の変わった瞳に射す真っ直ぐな光。そしてその瞳越しに映る、フレイドの姿。

 不覚にも、フレイドはその姿が美しいとさえ思ってしまった。懸命に生きようとする姿には、敬意を自然に覚えてしまう。

 お互い似た様な状況だ。お互い限界まで身体を痛めつけ、それでも戦う意思を、生きる意思を強く持っている。


 これが、戦い。命をかけた本当の戦い。


 これからまた戦いが始まるかもしれないというのに、フレイドは胸が清々しくなってきた。このまま死んでも悔いはないと思えてきた。そう、これがフレイドが望んできた戦い。


 ――フレイ、あんた…最高にずりぃよ!

 片腕のフレイは常にこんな戦いを求めていた。そしてそれを何度もやってきたと、フレイドの師は言っていた。それが、なんとも妬ましかった。羨ましくて、嫉妬まで覚えた。こんなにも美しく、胸が熱くなるもの、忘れられるはずがない。

 生きてやる。ここを勝って、生きて、また戦ってみせる。何度も。何度だって!



 キリンは歩き出した。しかしその歩みには戦意が感じられない。不思議な事に、フレイドは目を閉じていた。気がつけばフレイドは暗い道に立っていた。それなのに全然冷たく感じない。むしろ陽光が当たっているように、温かかった。

 蹄の音が遠のいていく。しきりに鳴っていた雷が止み、穏やかな風が吹く。

 蹄の音が消えた。後に残るのは、風の音だけ。

 ぼんやりした意識の中、フレイドは目を開く。そこにキリンの姿はなかった。キリンの血の痕が見える。それは山を下っており、奥の方まで続いていた。

 キリンはフレイドたちの前から姿を消した。フレイドに止めを刺さず、戦線を離脱したのだ。

 ということは…。

「か、勝った、のか……?」

 意味するのは、それしかない。あのキリンが情けを思うはずがない。これ以上戦うのは無理だと、撤退したのだ。

「勝った…勝った……ッ!」

 声を上げるたびに体中がきしむが、フレイドは全く気にしていなかった。

 少し離れた場所で物音がする。雪をかきわけ、大タル爆弾Gのタルの破片を退かす音が聞こえる。

「ふ、フレイド…?」

 アニスターの声だ。フレイドは笑った。

「よぉ、アニー。無事か?」

「う、うん。爆風で飛ばされて、頭ぶつけたんだけど、なんとか…。少しだけ気を失ってたみたい」

「多分、俺もだ」フレイドは身体を傾け、仰向けになった。空は晴れていて、温かい太陽の光が雪山を射している。「気持ちいいな」

「うん……僕たち、勝ったのかな?」

「どうだろうな」赤毛の少年は清々しい疲労感に身を任せ、力を抜いて目を閉じた。心地いい雪の感触が伝わる。「勝ったって思えるんなら、勝ったんだよ。――さあて、アニスター。試験はどうだったよ?」

「……ふい~」

 少年は仰向けに倒れた。フレイドと同じく疲労でぐったりしている。空には偵察の気球が浮かんでおり、こちらを確認したのか信号を送った。

 今日の出来事がたった数時間なんて、嘘みたいだ。それなのに、夕焼けに染まりつつあ
る空が何よりも真実味を帯びており、なぜだか先ほどまでの戦いが鮮明に頭に映されている。

 アニスターは少しも目をそむけなかった。片手を太陽に向かって伸ばし、指の間から光を見る。胸が熱くなり、それが徐々に喉までこみ上げてくる。

「いろいろあって、わかんないよ。でもすごく――心が熱いんだ」


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