「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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大泥棒の路地裏
最終章
「最後も始まり」
「ふぅむ…」
疲れた表情――そう見えるだけかもしれない――でギルドの長、ギルドナイツは二人の少年を見上げた。
赤髪の少年、フレイドは全身を包帯やギブスで固定してあるにも関わらず、その上に防具を着込んで最低限見えないように努力している。重傷を負った腹については幸いにも内蔵が傷つくことはなく、極限状態でなんとか一命を取り留めたといった状態だという。
その隣で立つ少年アニスターはおどついている様子で、フレイドとギルドマスターを交互に見ている。
短い沈黙が続き、ギルドマスターは杖でこつこつと床を突いた。
「猟区に定められていない未開の場所であったにしても、キリンが縄張りを張っていたとは、わしらの目も節穴のようじゃ」
「そうみてぇだな」
クックック、とフレイドは笑う。本当は今でもベッドで横になってないといけない重傷なのに、彼は平気そうな様子でここまで来た。医師が数人がかりで止めに入っていたのが今でも目新しい。
打撲やちょっとした切り傷しか受けていないアニスターも帰りの馬車ではぐったりしていたのに、なんともまあ彼は元気な事だ。
呆れたアニスターを横目に、フレイドは一歩ギルドマスターに近づけ前かがみになった。
「んで、さ。試験のことなんだけど…」
そう、今回フレイドが重傷にも関わらずこんな場所にやってきたのは、それが理由だった。結果が聞きたいのだ。
結果的には試験なんて続行できる状態ではない。それなのにフレイドはキリンを撃退したことで少しでも自分たちが有利な立場になろうとしているらしい。
これにはアニスターも呆れていた。フレイドはどこまで貪欲なのだろうか。自分の夢をかなえるためならなんだってする奴。そう思ってはいたが、やはり行動一つ一つを理解ある目でみることには慣れそうもない。
「うむ」
しかしギルドマスターは理解ある目でフレイドを見上げた。その仕草に、フレイドの期待は高まる。
「君達はとんだ災難だったな。まあ、未開の地ではよくある事故のようなものじゃ。今回の件では例外なく災害として対処しよう」
「……それで、俺達は?」
「うむうむ」とギルドマスターは何度も頷いて「もう一度、各ギルドが許可を出すまで試験は取りやめじゃ。それまで君達は今まで通り依頼に励んでくれ」
……………は?
唖然とした様子でフレイドは目を見開き、ギルドマスターを凝視する。期待に裏切られた子供のような表情をしている。
「ま、まあそうだろうと思うけど…」
とアニスターが呟くと、フレイドは見開いた目をアニスターに向け始めた。しかし、反論する言葉が浮かばないようで口のなかで「うー」と唸ってうつむ。
そりゃそうだ。キリンを撃退したとはいえ、所詮本当の目的はドドブランゴの捕獲だったのだから、それが出来ないで帰ってきた今、とりやめはしかたのないことだ。
何を期待してかフレイドはキリンを倒した事によって、それがチャラになると考えていたようだ。だから帰りの馬車でも自信と希望に満ちた表情をしていたのだ。
「そういうことじゃ」
フレイドに向けてギルドマスターは黄ばんだ歯をむき出しにニカッと笑う。その様子にフレイドは諦めがついたのか、がっくしと肩を落とした。
「ああ…わかったよ」
落ち込んだままフレイドは踵を返し、酒場の空いた机に向かって歩き出す。アニスターは慌ててそのあとを追おうとするが、ギルドマスターにいそいそと一礼をして振り返った。
「アニスターくん」
ギルドマスターが呼び止める。アニスターよりさきにフレイドが立ち止まった。アニスターが振り返ると、ギルドマスターはひょいっとカウンターに飛び乗っていた。
「は、はいっ」
「今回は災難であったなぁ。フレイド、君も。じゃが、二度も古龍の襲来を体験して生きておるなど、奇跡と言えるほど珍しいことじゃ」
「え、はぁ…」アニスターは首をかしげた。ギルドマスターの言いたい事がよくわからない。
「まあそれほどの悪運があったにしても、強運に繋がっていることは間違いない。わしらハンターズは実力より運に左右される場合の方が多い。じゃが、ギルドナイツはそれに及ぶ実力が必要なのじゃ」
「なるほど。それでそれで!」
フレイドがアニスターの肩から顔を出し、期待に輝いた瞳をして背中にもたれかかる。重くて今すぐ放り出したくなったが、一応彼も重傷を追っているためためらった。
「君達には十分な素質があると見て、わし個人のギルドマスターとしては……」
え、まさか、このノリって…。フレイドはまた期待に満ちた表情でアニスターと目を交わし、同時に視線をギルドマスターに戻した。それと同時に、ギルドマスターはしわがれた唇を動かして言葉を発した。
「君達を“ギルドナイツ見習い”として、わしの管轄に招待しようと思う」
「どぇー?」
「あうっ、…あだぁ!」
力の抜けたフレイドが急にのしかかってきたため、アニスターはバランスを崩して床に倒れた。背中にフレイドがぐでーっと力なくへたれこんでいて、とても重い。防具の重みがかさなっているためなおさらだ。
「んーでだよ! 見習いってよぉ!」
するどギルドマスターは陽気に笑った。
「ひょっひょっひょっ。まさか試験に合格しているわけでもないのに正式にギルドナイツになれると思っておったのか? 見習いならまだしも、やはり正式なナイツになるためにはそれなりの経験と試験が必要なんじゃよ。お前たちの腕じゃ、見習いが関の山じゃ」
「…するってぇと、あれか? あんたは最初から俺達があの試験に合格しないと思っていたわけじゃ…。ってまさか、キリンのことも…」フレイドの口がわなわなと震える。
「キリンは予想外じゃった。しかし未開の地であるわけじゃし、難易度は未知数。何かしらあるんじゃとわしは思っておったのじゃがな」
「…~んのじじぃ…」
と、微かに食いしばった歯の間から漏れるように聞こえたその言葉は、一応ギルドマスターである竜人族に聞こえない為の配慮だとアニスターは思った。
「まあ見習いといっても、仕事の内容はギルドナイツとそう変わらん。未開の地やモンスターや土地の調査を主に担当してもらう。そういった指令は時期が来ればわしから話すことになるが、それまで自由に狩をすればいい」
つまりギルドナイツの仕事がくるまでいつも通りにハンターの仕事をしていく。これからは、見習いとはいえギルドナイツとして、モンスターハンターとは少し違った世界で生きていくことになるのだろう。
それがアニスターにとって、新たな世界を開き、一新した気持ちへと導いていた。妙な清々しさと、自分自身の初々しさが感じられる。
僕と竜人族。
僕がギルドマスターから依頼を出されるその時まで、また力をつけていく必要があるようだ。フレイドや経験からいろんな事を教わり、少しでも成長していく。
なんだか全てが終わったような気分になっていたのに、気がついたら始まりになっていた。今までのはまだ序章でもなかったのかもしれない。
僕はフレイドと一緒に、ここから始まるんだ。
「んま、見習いとはいっても一応ギルドナイツだ。前みたいにただのモンスターハンターとは違うんだよな」
ゲストハウスの帰りにフレイドはそう投げかけてきた。アニスターは一瞬なんのことかわからず、話の腰を折るネタを考えようとしたが、その前に彼は言葉を続けた。
「ようは非常時に使える便利なアルバイト? ってことは、今まで通り普通に狩をして、マスターに言われて依頼を受けるなんて、今まで以上にハードになるってことなんだよな。
まあ、モンスターハンターの仕事にギルドナイツの雑用が加わる事になるんだから当然だな。それでもマスターは言っていた。見習いでも、日を重ねればギルド自身が認めて正式なギルドナイツになれる日もくる、と」
「見習いでも、今をがんばればいいんだよ」
「まあ、な。そうだろうな。しかし気長なことだなぁ」
「フレイドはせっかちそうだもんね」
「あー…お前今、おれを小馬鹿にするような口調で言ったな?」
「え? いやいや、言ってないよ」
一瞬フレイドの口の端が笑うように歪んで見えたが、すぐにしかめっ面になった。
「たはぁ。見習いになったとは言っても、この傷じゃあな」フレイドは防具越しで身体に巻き付いている包帯を見る。特にひどいのが腹で、麻酔がなければフレイドは立つ事もままならない激痛が走ることになるのだ。ここにくるのでさえ、かなり無茶なことだ。「しばらく活動はできないな」
「あれ、フレイドはおとなしく病室にこもってるの?」
「んまぁな」
「へぇ…」
意外だ。フレイドの事だから、きっと傷なんか気合いでどうにかなるなんて考えで狩に行くような無茶をすると思っていたのに。
「まぁた小馬鹿にするような目で…」とフレイドは眉をひそめる。
「だから、小馬鹿になんてしてないって」
「まっ、気持ちはわからなくもねえよ。おれだって自分が周りからどう思われているかはわかっているしな。本当は今すぐにでも狩で使える新しい大剣を探して、いい依頼がみつかるまで素振りでもしていたいんだけどよ」
アニスターはどこか寂しくなったフレイドの背中を見た。いつもこの背中には、彼の愛剣のドラゴンキラーが掛けてあった。が、キリンとの一件で彼はアニスターを助けるため、雪山の絶壁にドラゴンキラーを落としたのだ。
その後、調査隊が調べてもドラゴンキラーは見つからなかったそうだ。そういう場合は、現地に住むアイルー・メラルーが拾ってどこかの町や村に売りに行ったと考えるのが妥当だ。
だから、フレイドはドラゴンキラーを諦める必要があったのだ。
これにはアニスターも責任を感じた。アニスターの勝手な行動のせいで、彼は武器を失くしたのだから。それなのに、まだ謝る事も、お礼もしていない。
「あの、フレイド…」
「でもさ、おれはキリンとの対決でわかったんだ。おれはまだまだフレイになんか近づいちゃいない。だからもっともっと強くならなきゃいけない。でも焦って無茶すれば、到達する前に力つきるんだ。
だからって、おれはちまちまと老人のようにゆっくり行く気はない。ある程度のペースを保って、自分自身を知って、それに合った歩幅で進むつもりだ。その為には、やっぱ自分の身体を第一に考えないとな。だからおれが本格的に動くとすれば、身体が万全になったときだ」
ああ…なるほど。思ったより歯止めのきいたフレイドの主張がアニスターの責任を少しやわらげた。何もかも、一度走り出したブルファンゴのように止まる事のない行動をしていくんだと思っていたが、少しは大人みたいな考えももっているんだ。
そしてこんな事を話してくれるのは、フレイドがアニスターを認めてくれているから。同じ目標を持つ対等の人間として扱ってくれるからだ。
…もしここで謝ったり、お礼を言えば、きっと対等の立場じゃなくなる。同じ夢を追う人間じゃなくなる。二人とも夢の為に進んでいる人間なんだ。どちらかが傾けば、そこで同志と誓った想いがすべて無駄になる。
そんな気がして、アニスターは口をしめた。
「んで、なんか言おうとしたろ?」
というフレイドが振り返ってきたが、アニスターは大して驚きもしなかった。なぜだろうか、なんだかもっと早く歩きたい。いっそ走りたい。どこでもいいから。そんな気分が高まって、後ろめたさなんかの暗い感情の事を忘れる事ができた。
妙な爽快感が胸にあった。いっぱいに吸い込む空気が冷たくて心地いい。
「ううん。そうだね。じゃあ、フレイドが完治するまで、ぼくはもっと自分を鍛えてフレイドに近づけるようにするよ」
フレイドはにやりとした。
「おれに近づく、でいいのか?」フレイドは他に何かを言いたそうににやりと笑った。
それもそうだ。フレイドは最初っから、一番上を見てきたんだ。フレイドに近づく、なんておかしいはずだ。
アニスターはフレイドのことをまだよく知らない。しかしそれを苦もなく補えるものは確かにある。信頼。そして、友達。フレイドはこれからもアニスターとともに夢に向かって走るんだろう。
そして今回みたいなことで少し減速して、ゆっくり進んで、また爆走し始めるのだろう。それを止める役目をアニスターは授かっている。そして二人で交差していくことで、夢に確実に近づいていけるんだ。二人で。
「ぼくの目標、ぼく自身を越える。でいいのかな?」
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