大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第三章


「日誌 ロシャ・フェイトニー記 六月五日」


 私は馬車の御者として、リオレイアの討伐から戻ってきた彼らを迎えた。彼らは私が潜んで観察していたことにはまったく気づいてないようで、狩の自慢話などを話していた。

 何も知らない馬車の御者を演じるのは楽で、ただただ黙って馬を走らせればいいだけだ。彼らは怪しむこともなく、その日は問題もなくレヴァンへ送り届けることができた。

 彼らの活動拠点ともなる街、レヴァンはこのユーリンドの中心ともなる街で、城や市場があり、人々も栄えている。

 夜明け前に出発した馬車も、昼になるころには大きな城壁に覆われたレヴァンへ到着することができた。無事彼らを街の広場へ送り、私はあらかじめ用意していた従者達に馬車を預け、装備を整えてギルドの経営する酒場へ戻っていった。

 酒場に入ると、相変わらず酒場の臭気が鼻を突き、ハンター達の騒音が私を出迎えてくれた。ハンター達は長椅子に座り、酒を飲み料理を次々と口に運び、その日仕留めた獲物の自慢話や愚痴をこぼしている。

 ハンターなら、この光景にはすっかり慣れているだろう。他の一般客ならまず目をひんむき、宴会のように常に騒ぐ彼らを凝視してしまうことだろう。ギルドの経営する酒場は昼夜問わず宴会が行われており、空席もめったに見つからない。

 ただ単に酒を飲みに来るだけのハンターもいれば、依頼を探してやってくるハンターもいる。大概のハンターは依頼を探してくるのだが、いい依頼が見つからない場合はそのまま酒を頼み仲間と飲んでいることが多い。

 私はまず酒場に入るとカウンターまで歩き、そこでせっせと忙しそうに動く黒髪の女性の前で止まった。メイド服の女性は私の存在に気づき、ぴたりと仕事を中断して眼鏡の奥の冷ややかな目で私を見た。

 何も言わずに私は一枚の羊皮紙をカウンターに置いた。あらかじめ用意した、偽造の依頼用紙だ。彼女はそれに目を通しハンコを押すと、酒場の奥のほうを顎で指して頷いた。私も頷き、それに従った。

 彼女に指されて向かった先には、赤ん坊のように小さい竜人族が杖をついて立っていた。慣れた見方をしなければ、置物にも見えるかもしれない。ベージュ色の硬い皮膚に深く刻まれたしわ、ゴブリの木と呼ばれる最も堅いとされている木から作られた小さな杖に、人間のそれとは違う先のとがった耳。

 このレヴァンのハンターを仕切るギルドマスターだ。

「お久しぶりです、マスター」私は酒場の騒音に溶け込むような声でそう言った。

「うむ」ギルドマスターはのろのろと首を上げ、私を見上げた。本来なら、私は膝をついてでも彼の身長に合わせなければいけないのだが、今はギャラリーが多すぎて、目立った行動はできない。「戻ってきたのじゃな、フェイトニー。彼らの調査は進んでおるかの?」

「はい。見たところ、普通のハンターです。確かに今までのハンターと比べると、年齢の割には成長が早いとは思いますが…」

 ギルドナイツは秘密裏にことを進めていく必要がある。誰も私をギルドナイツだとは思っていない。それを維持していく必要がある。私もギルドマスターも、酒場に溶け込むような声で話し、耳に神経を集中してお互いの話し声を聞きとっていた。

「そこに目をつけたのじゃな、ギルドは」

「お言葉ですが、わざわざ調査する必要があるのでしょうか? 腕の立つハンターが多ければ、ギルドとしても助かるはずなのに。それに、基本的にハンターの生い立ちなどに関しては我々は無関心のはずです」

「基本的には、な」ギルドマスターの硬い皮膚からかすかに開いた瞳が私を見つめた。「わしもあまりそういったことには関わる気はないのじゃが…何分、他のギルドマスターの者が不審に思っていてな」

「ということは、これはあなたの命でなく?」

 ギルドマスターは頷いた。

「うむ、先週行われたギルド会議により決定した事項じゃ。ここ数年で彼らは大きくなった。人数的な意味でなく、難関な依頼を次々と成功させていっている意味で、じゃ。それに年齢が若すぎるという点でも、他の街のギルドマスターの目に止まった理由じゃろうて。彼らはその謎の強さに期待をしておるが、逆に恐れてもおる。ギルドの決定した事に、わしらは逆らえん。与えられた使命を達するのみよ」

 ギルドマスターも内心納得はいってないようだ。

「では、私も続けて調査を行うとします」

 私はその日にかいたレポートをギルドマスターに提出し、私のために用意された偽造の依頼用紙を持ってカウンターに再び戻った。

「判子をよろしく頼む」

 カウンターの黒髪の女性は再び私と目を交わし、頷き手話を送ってくれた。ギルドナイツの間で広まっているこの手話の意味する言葉は、『幸運を』そして言葉では言い表せない侮蔑の意味が含まれていた。

「私もギルドマスターも、この件に関して納得はいってない。君もわかるだろう、ヴィネーダ?」

 冷ややかで、きびしい光を蓄えたヴィネーダの目は絶えず私を睨んでいた。そんな顔をしていては、せっかくの美しい顔が台無しだ。彼女もギルドナイツだが、私のように現場に赴き調査したりするわけではない。だから私の苦労がわからないのだ。

「それでは、行ってくる」

 絶えず刺すように睨むヴィネーダの視線をしり目に、私は酒場を出て行った。




 酒場で彼らを見かけることはなかった。彼らは自分たちの<家>に帰ったのだ。とはいっても、街に住むハンターズが利用している<ゲストハウス>と呼ばれる宿に宿泊しているわけではない。ある理由で、彼らはゲストハウスへ泊らなくなったのだ。

 そのある理由というのを私は知らないが、ギルドマスターもヴィネーダも教えてはくれなかった。きっと何かトラウマになるようなことでもあるのだろう。

 だから彼らは自ら街の建物を買い、そこへ住むようになったのだという。この街で建物を買うなんて、とんでもない大金持ちに違いない。確かに彼らが達成してきた依頼に目を通してみると、どれも高額なものばかりだ。

 全部合計してみれば、建物を一軒買うなどたやすいものだろう。もしかしたら、ゲストハウスのように大きく立派な建物を買ったのかもしれない。

 その家についてはあまり聞いていないのだが、場所はギルドマスターから渡された地図によりある程度わかっていた。

 酒場からそう遠くない、歩いて三十分くらいの距離だ。もうそこは街の隅で、市場から離れ活気が大分そがれている。レヴァンの街の一部だというのに、建ち並ぶ家や建物の周辺にはあまり人は通らず、静かな風が吹き抜けているくらいであった。

 地図を見てみると、彼らの家はこの中にあるらしい。私はそこらを探しまわったが、どれがどうなのかわからなかった。

 ほとんどの建物が、同じ形、同じ大きさだ。見分けのつかない道を進みながら、私はいつの間にか路地裏にまで迷い込んでしまった。建物と建物の間の路地裏というにはなかなか広く、光も射し込んでいる。

 暫く路地裏を歩いていると、私は何ともおぞましい建物が紛れ込んでいるのに気づいた。四角い建物で、そこだけ何百年も前に建てられたかのように古ぼけている。天井から髪の毛のように何かのツルが垂れ下がり、その周辺を長年萌えるコケが覆っている。

 真中の入口には扉がなく、代わりに紺色のぼろぼろになった布切れが内側から覆っていた。

 その建物を見て、私は顔を歪めた。なんなんだ、この建物は。見るからにおぞましい、まるで魔物でも住み着いているような建物は。私が魔物でも、ここに住むより森と丘の中でランポスの喚き声を聞いて過ごしていたほうがまだマシだと思えるほどだ。

 だが、そこに誰かが住んでいるのは確かだった。建物の外にはいろんな種類の衣類が干されており、扉の両隣の窓からは光が漏れている。いったい誰がこんなオンボロな家に住んでいるのだろう。

 好奇心が私を突き動かそうと励んでいるようだが、私自身そんなことにかまっている暇はなかった。ただ、何となく、その建物の前を通って他の道を探してみようと思っただけだ。決してどんな住民が住んでいるかなんて、気にはなっていない。

 私は建物の前を通った。いつの間にか足の動きが緩慢になり、視線は建物の窓に注がれていたが、好奇心に負けただなんて思っていなかった。

 ちらっと窓の奥を覗いてみると、そこには長い机が部屋の真ん中に配置されており、人影が三人ほど見えた。全員椅子に腰かけ、何やら話しているようだ。

 一人の少年の声が先に聞こえた。

「それにしてもおっそいなー、あいつら」

「まあ、いつものことならもうすぐ帰ってくるんだと思うけどね~」次は女の子の声だ。

「あいつらが遅れたとしても、カズキのおごりは変わんないけどね」

 また別の少年の声が聞こえて、私はいつの間にか窓の下の見えない位置で耳を澄ませていた。ただたんに、この家の住人がどんな奴か拝みたい、というだけでこうしているわけではない。たった今出た名、カズキという名前は、私の調査する人間の名前だからだ。

 長年ハンターを続けてきた私は物音を立てずに静かに息を殺して会話を聞いていった。

 私が調査する対象は、ここ数年でかなり勢力を伸ばし、レヴァンのなかでも上位の成績を収めるハンターズチーム、『真夜中突撃団』だ。彼らは主に真夜中の狩をして、依頼をこなしているという。

 彼らの実力は確かなもので、今まで完遂してきた依頼を見ていけばわかる。だが、どれも熟練のハンターがやっと達成してのける依頼ばかりで、ギルドの人間は不審を抱き出したのだ。

 つまり、彼らは若すぎた。十代という年齢で飛竜を次々と倒し、何十年もハンターを続ける者ですら手にすることのできない武器や防具を装備している様は、とても信じがたい。だが、腕の立つハンターが多いに越したことはない。

 それなのに、なぜギルドの者は彼らを危険視し、私にこの任務を与えたのだろう。

 だが半分、興味もあった。彼らの強さだけでなく、彼ら自身に。彼らはいったいどういった境遇の持ち主か。本来ここまで関与しないのだが、個人的に、それは気になって仕方がなかった。

「変に痛いとこ突くんだな」カズキが不満そうな声で言った。「別に何度も言われなくてもわかってらぁ。本当はお前がそうなるはずだったんだけどな、シュウゴ」

 もう一人の少年、シュウゴの笑い声がした。

「自業自得だよ」

「まあ、たまにはいいんじゃない?」同じように笑いながら少女が言った。

「人ごとだな…シュウゴもクレアも」

 シュウゴとクレアは声をそろえて言った。「人ごとだもんねー」

 そこで突然私は物音がして、咄嗟に立ち上がり近くの建物に身を隠した。我ながら、こういった臆病な部分だけは自身が持ててしまうな、と内心感心した。

 建物から頭を乗り出して覗いてみると、ちょうど一人の娘があの恐ろしい家に入るのが見えた。だが表情は明るく、とてもここに住んでいる住民とは思えなかった。

「ただいまー♪」

 一瞬だけ見えたが、その一瞬で彼女のことを記憶することができた。栗色の長い髪の毛で、後ろ髪はうなじでまとめて留めている。見たところハンターで、全身リオレイアからはぎ取った素材を扱った防具、レイアシリーズのガンナ―装備だった。何やら買い物袋のような物を抱え込んでいるようだ。

「あ、ビスケさんおかえりー」とクレアが言った。

 私は持ってた資料をめくり、その資料の人物と先ほどの娘を照らし合わせてみた。装備も、見た目も合点する。どうやら、ここが真夜中突撃団の家らしい。

「はい、これ頼まれた<プライド>の木の実ジュース」

「おお、さすが!」

 カズキのうれしそうな声に続いて、シュウゴが歓声を上げた。

「まってました!」

 木の実ジュースか…私は久しく飲んでいない。プライドといえば、市場にある果物店で、買った木の実や果物をジュースにしてくれる。あの味は絶品だ。それに安い。

「さっきカン君達に合ったよ。もうすぐ戻ってくると思うわ」

「そっか」シュウゴがうれしそうな明るい声で言った。「じゃあ、さっそく酒場に行って料理を予約しないとな!」

「えぇー」不満そうなカズキの声だ。「もう今日はよくね? ほら、木の実ジュースあるし」

「足りない足りない! こんなんじゃクレアの腹は収まらないよ」

「な、なんであたしなのよ」

 それからすぐに、ビスケの言っていた他の仲間があの家に戻ってきた。カズ、カン、マキ、シーマ。私が調査するために依頼についていき、隠れながらも同行した面々だ。彼らも真夜中突撃団の団員で、聞くところ全部で九人いるらしいが…家の中には八人しかいない。あと一人の詳細は、なぜかギルドもわかっていないという。

「あーあ、負けた負けた!」カンが悔しそうに叫びながら家に入って行った。

「またお前か…カン」呆れた声でシュウゴが言った。

「面々がそろったことだし、さっさと行こうぜ、酒場に」とカズキが言って、私は我に返った。どうやら彼らはこれから酒場へ行くようだ。こうなったら、先に酒場へ行って待ち伏せしておくことにしよう。

 彼らが家を出ていく前に、私は足早にその場を去っていった。




 酒場で待ち伏せしてからかなり時間がたって、真夜中突撃団の面々はようやく酒場へ入場した。

 周りの注目が彼らに集まるが、暫くするとまた自分の席に戻りはじめた。

 そんなことどうでもいい。到着が遅すぎる。彼らが集合して、たいたい三時間は経っている。いったいあのおぞましい家で何をしていたのだ。もうすっかり日は沈み、月の浮かぶ夜へと突入しているではないか。

 私は愚痴を呟きたい衝動に駆られたが、思いとどまった。ここでは、目立たず誰の目にも付かず、私の机に置いているレポートを仕上げなくてはならない。彼らを観察しながらこのレポートを書くのは簡単だが、目立たないようにするにはそれなりに努力がいる。

 彼らは酒場に入場すると、簡単にヴィネーダに挨拶をすませて席に着いた。不思議なことに人数分必要な空きがでて、一同はそこに座った。

 酒場の騒音で彼らの楽しそうな会話は簡単にかき消されている。私の耳に届くことはなかったが、それでもいつの間にか耳を澄まし、彼らの行動に注意していた。

「ようロシャ、またお勉強かよ」

 私より一回り体格のいい、ジャラが隣に座り、そう言ってきた。彼の子分がデンデもその隣に座る。

「今終わったところだ」私はレポート用紙を折り、ポーチに投げ込んだ。

 デンデが腕を組んで、関心して私のレポート用紙の入ったポーチを見る。

「ロシャさん、いっつも思うんですけど、何を書いてるんですかい?」

「ハンターも、日々研究や分析が大切だ。もっとも、君達には理解しづらいかもしれないがね」

「言ってくれるじゃねえか」ジャラが頭にかぶったフルフルの皮で出来たフードを首の後ろまでまくりながら、近くの給士にビールを三杯頼んだ。「それにしても久しぶりだな、ロシャ。何かしてたのかよ?」といいながら、さっそくやってた給士からビールを受け取った。

 彼の名前はジャラ・ハートン。年齢は私より下で、四十三歳だ。彼はデンデという子分と組んでハンターをやってきていて、私とも付き合いが長い。よく一緒に狩りにいき、こうして酒場で酒を飲み交わす仲だ。

 ジャラは長年ハンターをやっており、腕も確かだ。全身を覆うフルフルシリーズの防具はそう簡単に作れるものでもなし、背中のレッドウィングもリオレウスを幾度も倒した証といえよう。

 デンデは先ほども話したが彼の子分で、ハンターだ。腕、胴、腰装備にイャンクックの甲殻や鱗で作った防具、イャンクックシリーズを装備し、足はブルージャージをつけている。最近ランスから片手剣サーペンバイトに切り替え、補助に回り出した。ジャラと比べると小さく見えるが、働き者で従順な人間だ。

「そうだな、休暇をもらい、久しぶりに故郷に戻った、ってところだ」

「ほぇ~、お前が里帰りかよ。こりゃユーリンドの城壁が揺らぐくらいでっかい嵐がきそうだぜ」

「かもな」

 私もジャラも大声を上げて笑った。こうしているにも関わらず、神経は真夜中突撃団へと集中していた。ジャラもデンデも仲間だが、ギルドナイツの仲間ではない。私がギルドナイツであることを知らせることもできないし、万が一感づかれでもしたら“行動”を起こさねばならなくなる。

 私はこのまま秘密を守り続け、自分に限界――歳の限界がくるまで生活を続けていくのだろう。

 友を騙し、世間を欺くのもそう楽ではない。


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