「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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大泥棒の路地裏
第五章
「日誌 ロシャ・フェイトニー記 六月七日」
木々がざわめく、どこか心地いい音を聞きながら私は枝や草越しの空を見上げてみた。灰色の空だ。雨雲が空をほとんど覆ってしまっている。夕方だと言うのに、朝とも昼とも区別のつかない空の色は、私の内面をすべて映してくれているようだった。
ざわめく木々の揺れが激しくなり、私は特に揺れが集中している森の方を見る。血の臭い、そして私の用意したペイントボールから発せられる、独特で強烈な臭いが鼻を突く。標的は私の存在に気づいていないだろう。
木々の奥の方から人間の男の声がする。大きく発した声は喉太いが、森によく響いた。私のペイントボールを受けたやつは声の主に大分弱らされたようだ。それは信じられない力の持ち主で、樹齢何十年とする木を軽々となぎ倒すと思うと、私の前までやってきた。
いつもはもっと迫力の備わった鋭い眼をしているそれは、今じゃよわよわしく瞼をひくつかせ、赤い甲殻にさらに赤い血を流している。鳥のような黄色いくちばしの下あごにはヒビが入っており、痛々しく血がにじんでいる。
<怪鳥イャンクック>は一応、飛竜に分類されているがその見た目は鳥そのもので、他の飛竜と比べると迫力に欠ける。しかし油断できる相手かと問われれば、決してそうでないと皆は首を振るだろう。
体を覆う甲殻は鉄のように固く、頑丈だ。吐き出される炎は、見慣れたハンターからすれば威嚇にすらならないほど恐れるに足らない火球だが、まともに受ける事があってはならない。
イャンクックは私と目を合わせた。もしイャンクックが傷一つ追わず、元気な状態であれば迷わず私を獲物と見て狩る行動にでるだろう。しかし残念なことに、狩られるのは私ではなく、今回はこの怪鳥だ。
クェウェウェウェウェ!
間抜けな鳥の鳴き声そっくりな声を上げて、イャンクックは左右の青い膜の翼を広げ、上半身を高く上げる。これはこの怪鳥の威嚇行動で、自分の体を大きく見せようとしているのだ。初めてみるハンターなら、それなりに効果があったかもしれないが、私はもうかれこれ何十回もこの怪鳥を相手にしてきている。いまさら恐れる気にはなれない。
私は背中のイャンクック砲と呼ばれる、イャンクックの上質な素材を扱ったボウガン――私の愛銃だ――を展開し、その銃口をイャンクックに向けた。
イャンクック砲にはすでに徹甲榴弾Lv.3を装填済みだ。かなり強力で、貴重な弾だが私は使うことにしていた。いつまでも取っておいては宝の持ち腐れだ。
森の木々を縫って、ジャラが姿を現す。その手には血により真っ赤な刃となったレッドウィングを握り、息を切らしている。イャンクックはジャラに振り返り、一瞬当惑したようにその場で固まった。続いて、ジャラの出てきた反対方向からデンデが現れる。イャンクックは完全に囲まれた。
空へ逃げようにも、木々が邪魔をしてうまく飛ぶことができない。道は二つしかなかった。ジャラから逃げてきた、自ら作った道へ逃げるか、私の背後にある泉につながる安全な場所へ行く道を行くか、それだけだ。
イャンクックは地響きを立てて走り出した。標的は私となった。凄まじい音が地面を伝わり、私の足元は揺れる。だが私は微動だにせず、照準をイャンクックに合わせていた。
「ロシャさん! 早く撃って!」デンデだ。彼は私が臆しているようにでも見えるのだろうか。だとすれば、私もまだまだだ。彼らに私の実力を測ってもらえていないという証拠なのだから。
引き金に人差し指と中指をかける。獲物が近付くにつれ、抑えきれない興奮が胸から湧いてくる。そこで私はあることを思い出した。いや、思ったと言うべきだろうか。
若いころからハンターを始め、獲物を狩ることに私は喜びや得体のしれない興奮に身をかられていた。ほとんどその為に、当時はハンターを続けていた。この獲物を仕留める瞬間、引き金を引く瞬間、それが何よりもスリルがあり、何度やっても飽きないものだった。狩とは、狩を行う者は、きっと皆そうなのだろう。
だが私は老いた。この止めを指す瞬間の引き金を引く力にすら、衰えを感じるようになった。それは次第に私の脳まで達し、若いころから備わっていた意欲を失わせた。私はいつの間にか、興奮から冷めていた。
照準越しのイャンクックの口に注目する。それでもなぜか引き金を引くまでの興奮が起こらなかった。胸の高鳴りも、いつの間にかなくなっている。私はいつの間にか、狩への魅力や感心が萎えているのについ最近気づいた。恐らく、私のハンター生活ももうそろそろ終わるだろう。私はその事を、ジャラにもデンデにも、信頼すべきギルドマスターにも打ち明けていなかった。
引き金にかけた二本の指に力を込める。長くはないこの狩の生活。終わりが近づいている。だが、今ではない。私は引き金を引き絞った。
銃口から火が噴いた。それよりも先に轟音が腕の内から響くが、聞きなれたその音は耳障りでもなんでもなく、逆に狩場にいるという実感をもたらせてくれた。
火が噴くと同時に、イャンクックの動きが止まる。口をもごもごさせたかと思うと、途端にひびの入ったくちばしが内側から広がり、無残に飛び散った。
まるで鎧の中の人間が突然消え去ってしまったように、イャンクックの体はぎくしゃく歪み、悲痛の叫びを上げる間もなく大きな音を立てて倒れてしまった。血が地面に染みわたるのを、私は見ていた。そして、密かにこう言った。
「安らかに」
大股でジャラとデンデが歩いてくるのを私は見て、頷いた。二人は勝利の興奮に胸を躍らせている。二人が追い詰め、私が仕留める。今までこのスタイルで何度も狩を行い、成功に導いてきた。最終的にいいところを取るのは私だが、ジャラもデンデも承知の上だ。
私は身を隠すのが得意で、彼らよりも博識で、それでいて応用が利く。私が今の役に落ち着いているのは、ちゃんとした理由だけではなく信頼といった言葉も理由づけされているのだ。それに私も、獲物を弱らせる役目を帯びている二人には信頼を寄せている。この二人は長い狩の生活で動きも考えも洗練されている。少なくとも、狩での話となるのだが。
「ちょっとひやひやしましたよ、ロシャさん」デンデが言った。「今日はいつもより長い事ためていたもんだから」
笑いながら私は頷いた。「いらない心配をかけてすまなかったな。だが貴重な弾を使う事になっていたのだ、確実に当てて、なおかつ仕留めるには冷静さと落ち着き、確かな距離が必要だったのだ」
「んなこたどうでもいいよ」ジャラが反論するように強い口調で言った。無論、反論なんて気はないだろう。彼はいつもそんな話し方しかしないのだから。「おめえももう年じゃねえか。デンデはお前がボケちまったんじゃねえか心配だったんだよ」
慌ててデンデが両手を振る。
「そんなこと言ってませんよ、ジャラさん。俺はロシャさんの腕を知ってるし、信用してますし。でも、最近のロシャさんなんか…」そこから先は言いづらい事なのか、彼は言葉を切った。
「変だというのか、私が?」
「いや、そういうわけじゃ…」
「ああ、変だ」ジャラはきっぱりと言った。「最近物思いにふけるのが多くなったし、長くなった! それに、たまに上の空みたいになっている。前みたいに生き生きしているように見えるのは、なんか書き物してる時か、こうした狩してる時だけだ。お前最近おかしいぞ」
長い付き合いだが、私はどうやらこの者達を過小評価していたのかもしれない。私は彼らが私の変化に気づいていたのだ。私自身、恐らく気づいていなかった事だ。一瞬言葉に詰まるが、いつも通りの私を演じるのはたやすいことであった。微笑を浮かべ、鼻を鳴らすように笑うだけだ。
「そうか、そう見られるようでは、私も確かにもう年なのかもな。だが別に、お前達の心配するようなことではない。私は特に悩みも苦痛も持っていない。君達の勘違いだろう」
つかの間腑に落ちないような表情で二人は首をかしげたが、すぐにいつも通り能天気な様子になり、今回の狩の収穫であるイャンクックの亡骸に目を向けた。これからこの甲殻などを剥ぎ取る作業に移ることになる。
「おう、辛気臭ぇ面してねえで、久しぶりに狩に行こうぜ」
私がいつも通り、調査書類を酒場で書きあげようとしている時、突然ジャラがそう言いだした。私がそれを断る理由は、表上はない。なぜなら私は他のハンターと同じハンターなのだから、狩以外にやることがないのだ。
だが、それは表だけでの事だ。私はギルドナイツ。ハンターにおけるさまざまな難しい問題を抱えている。まず一つは、真夜中突撃団の調査だ。しかし私がそれをジャラやデンデに言うわけにはいかない。それがギルドナイツの掟だ。
私は彼の誘いに乗ることにした。一、二年ほど前なら息抜きとして喜んで受けていたはずだが、私はすでにこの時狩の魅力を感じなくなってきた。表面上、私は表情や感情を表に出さないゆえ、反応は周りからみればいつも同じだろう。それはそれで便利だ。
こうして私とジャラとデンデは約二週間ぶりに揃って狩に行くことになった。イャンクック一頭の討伐で、場所は森と丘だ。
この場所は前回、真夜中突撃団がリオレイアを狩った時と同じ場所だ。リオレイアという驚異が去って、新たに住み着いたといったところだろうか。まあ、そういった調査は別の仲間がやっていることで、私が気にすべき問題ではない。
それに問題はもう解決した。イャンクックの脅威は去り、森と丘につかの間の平和が訪れる。これで飛竜に悩まされる心配はないだろう。
ジャラもデンデも、長い付き合いというだけあって自然に自分達の立ちまわりや立場を把握しきっていた。私自身もそうだ。誰ひとり、それに文句を垂れることもない。ジャラは主に前線へ立ち、獲物の相手を行う攻撃的な役を持っている。現に彼は一人で任せても問題ない腕前で、前線へ立たせるには申し分ない働きを見せている。デンデはその援護、警護を務めており、片手剣の小回りの早さを利用して主にジャラのサポートを行っている。そして私は状況の把握に努め、彼らに指示を与え極力援護に回る。
私が比較的安全で、かなり楽な役だがジャラもデンデも全くもって不安を感じてはいない。少なくとも、表面上は絶対にそんな態度は見せていない。彼らは私を信頼し、私も彼らの活躍を信用している。ずっとこのスタイルで十年も狩をやってきたのだ。彼ら以外に、私と組むことのできるパーティはありえない。もちろんそれが仕事だというのなら受け入れるのだが、きっとこれまでのように動けないだろう。
レヴァンへの帰りの馬車の中、ジャラやデンデの愉快な話や自慢話を聞き流しながら私は物思いにふけっていた。まず一つは真夜中突撃団について、だ。だがこれは、今の私はまり重要視していないものだった。
なぜ彼らはあの若さで、我々熟年のハンターがようやく達する域まで到達できたのだろうか。彼らはどういった経由で出会い、あの場所で暮らすようになったのだろうか。最後の一人、九人目の団員はいったいどんな人物なのだろうか。
九人目の団員については、情報が一切なかった。私の仲間、他のギルドナイツにすらわからないという。もとから、そんな人物いないのではないかという声もある。だが、彼、もしくは彼女は実在する。私はあの突撃団の食事の席で、彼らがその人物について話しているのを盗み聞きしたからだ。騒ぎの声であまりよくは聞き取れなかったが、大まかにはわかった。今その九人目の団員は、行方知れずということだけなのだが。
彼らの強さには納得できない理由がいくつか浮かんだ。そのひとつ、最も私が嫌う推測の理由は、“才能”だ。私はこの才能というのがとても嫌いだ。何もかも、この言葉一つで片づけられてしまうのだから。
出会い――彼らはどうやって知り合い、出会ったのだろう。私とジャラ、そしてデンデは私がギルドナイツになる前から知り合い、お互いたびたび狩をしていた。たしかこれは二十年ほど前の話しだろうか。当時若いジャラはデンデという子分と共に狩を行っていた。そこでたまたま依頼の地が重なり、私と彼らは出会った。
最初は口論になった。どちらが獲物を仕留めるか、この狩場は今自分が仕切っている、などなど、思いつく口論はすべてしたと思う。そして結論は、ギルドに従うということになった。つまり、狩は続行となったのだ。三人で、共同で狩を行い、いつしか自分達の動きに気づき、それから共に行動をするようになった。そんな出会いだ。突撃団の彼らも、そうなのだろうか?
私はそういった事を考えながら、あまりまじめに思っていないのに気づいた。本当に重要視する所は、違うところにある。それはギルドナイツの仕事とは関係のないもの、個人的なものだ。
率直に言おう。近々私はこのモンスターハンター家業を引退することになるだろう。こちらも理由はいくつかある。狩への魅力を失っただけではない。理由は、――これをあまり理由として言いたくはないのだが、デンデとジャラについて、だ。
私はこの二人をいつしか複雑の感情の渦に巻き込んでしまったのだ。彼らは変わらず私に接している。それは当然だ。私が二人の事をどう思っているのか、表に出していないからだ。出すことはまず確実にないだろう。
こうして長い間共に狩をしてきた仲であるが、私はなぜ彼らとこうして共に過ごしているのかわからなくなってきた。確かに二人は優秀なハンターだ。先ほど言ったように自分達の役回りをしっかりわかって行動しているし、それが乱れる事もない。仲間内でもめるようなことは、彼らはしていない。
そう、狩のパートナーとして彼らは最適過ぎる。それを理由に組んでいたと言ってもいいが、一概にそうとは言い難い。とてもシンプルな理由で、わかりやすいというのに、私は中々納得できなかった。なぜ私は彼らと組んでいる?
個人で見たら、取るに足らない小物のようなものだ。彼らを知れば知るほど、それが理解できる。ジャラは女好きだがモテない。顔はいかつく最近では毛髪も薄くなってきたが、筋肉質の体は衰えていない。だが性格は単純極まりなく、怒りやすく感情に左右されがちで、自分自身の善を持ち合わせていない。いわば、チンピラのようなものだ。
デンデはそんなジャラにつき従う子分。彼の行動はデンデの行動でもあり、たとえそれが間違っていても本人は正しいことをしていると思っている。顔はほっそりとしていて、今の時代彼を求める女性はすくないだろう。それに、前歯が鼠のように出ている。たまに笑う時に唇から飛び出す白い前歯は、たびたび私の笑いを誘っている。
常識的に見ても、総合的に見ても、彼らは狩以外では小物のような存在だ。したがって、彼らのような腕のいいハンターでも初見では誰もがそうは思わないだろう。
彼らと私とでは、狩以外で接点があまりない。友人だが、そうでもないような気がして私は思い悩んでいた。これ以上この者達と組んで、私に何か得があるのだろうか。ないにしても、狩への興味が薄れた私には、定期的に狩に誘ってくる彼らは邪魔なのではないだろうか。
しかし、ギルドナイツをやめるわけにはいかない。これは、私の生涯最後の仕事だ。そう簡単にやめて、故郷へ戻るわけにはいかない。それにギルドの掟は、ギルドナイツはハンターである必要がある。そうなると、ハンターもやめるわけにはいかない。掟は絶対なのだ。ギルドナイツを引退したものの末はわからないが、この時ばかりは不安になってきた。
酒場に戻り、受付嬢ヴィネーダへ依頼完遂の報告をするとジャラとデンデは自分達の席を見つけ、そこへ座りビールを頼んでいた。依頼用紙に判子を押すヴィネーダの瞳と一瞬目が合った。その目には、前のように冷たい光はない。いつも通り、冷静で表情を変えない、美人だがどこか無愛想な面持ちのままだった。
「マスターはどこかな?」私は普段ギルドマスターが腰かけている、カウンターの隣の空席の椅子を見て彼女に聞いた。彼女は他のギルドナイツより、ギルドマスターと共にいる時間が長く、彼のスケジュールを一番よく知っている。ギルドマスターが酒場にいないときは、彼女に聞くのが一番適当だ。
「彼なら、あなた方が戻ってくる一時間前に外出いたしました」
「どういった要件だ?」
「各地のギルドマスターとの定期会議です」
そうか、もうそんな時期だったか。ここ、レヴァン以外にもハンターズギルドは存在している。エボー、ロア・ヘム、ガルモール、ハグラク都、さまざまな街や都のハンターズを収めるギルドマスターの要人達が年に二回集まり、会議をする定期会議は私も出席したことがある。
そこではハンターや自然における管理のさまざまな問題などを相談、報告をする。各地のギルドマスターは全員竜人族で、定期会議に参加する人数は八人だ。ギルドナイツの信頼できる者を各ギルドマスターは一人ずつ連れてくることができ、私は一度だけ連れて行ってもらえた。その時は、私はまだギルドナイツになったばかりだし慣れていない事もあって会議の面々に圧倒されたものだ。八人の竜人族に囲まれた円卓のテーブルは、飛竜ではない別の迫力があった。全員老人だというのに。
「その会議には、誰を連れていったのだね?」
ヴィネーダは首を振った。
「申し上げる事はできません」
「そうか。変な事を聞いて悪かった」私は微笑を浮かべたが、ヴィネーダは無表情のままだった。だが、機嫌は上々だと察した。きっと、良い男でもできたのだろう。
ジャラやデンデのテーブルに戻ると、二人は待ちわびていたように手を叩いた。当惑して、私は首をかしげる。私が来て何か喜ぶことでもあるのだろうか。イャンクック討伐の報酬だろうか。いや、この二人は数々の依頼で若干小金持ちになっている。イャンクック討伐の報酬は安くはないが、彼らが手を叩いて喜ぶほどの額ではない。
私が席に座ろうとした時、腰にドンッという音とともに衝撃が走った。腰を抑えて振りかえると、片手に四本ずつビールジョッキを持ったメイドが今にも倒れそうにぐらぐらしていた。咄嗟に彼女の腰に手をまわし、支える。彼女はようやくまともに立てるようになり、ジャラとデンデが挟むテーブルにビールを置いた。
「お、お、お待たせいたしました! ビールです!」
制服であるメイド服に、ジョッキを置いた時に勢いで飛んだ金色の飛沫がかかる。彼女は一瞬それに気を取られたが、すぐに私の方に向き直った。
「あ、あと、あと、支えてくれてありがとうございます!」
この時私は彼女の制服がまだ綺麗な新品だと言うのに気付いた。そしてこのあどけない、初々しい態度。彼女はつい最近ここに入った新人だろう。
「いや、大丈夫だ。君も気をつけて」
「はいっ!」
栗色の可愛らしい頭を下げて、彼女は早々に自分の持ち場に戻って行った。私はそれを眺めて、ヴィネーダを思い出した。彼女も、最初はあの新人の娘同様可愛らしい反応をしていたものだ。
ここではそんなもの無用だった。次第にあの娘も慣れ、他の働く者達同様自分の個性を身につける、または現すだろう。この荒いハンター達の集まった酒場では、自然にそうなる。
それから私はジャラとデンデの間に置かれた四本のビールを見た。
「もうこんなに頼んだのか」
「あたぼうじゃねえか」ジャラが言った。「やっぱ依頼が成功した後は、これくらいは飲まないとな!」
「そうですぜ、ロシャさん」デンデは片手にビールジョッキを持ち、頭の方まで上げた。
そこで私は気づいた。やれやれ、彼らは私や報酬の到着により手を打ったのではなく、酒を持ったメイドに歓喜を送ったのだ。まあ、そちらのほうが彼ららしいと言えるだろう。
呆れて私はため息をついて、デンデの隣に座った。正面のジャラはすでにジョッキ一つを空にしている。なんという早さ。長い付き合いながら、これにはため息もでない。
ジャラは二杯目に入ると同時に、私にビールを一杯勧めてきた。本当は、まだ仕上げていない調査書類を触りだけでも書いておきたかったのだが、ここで断るのは妥当じゃない。私はビールを受け取り、一気に飲み干した。
早くも顔が熱くなり、全身にそれは浸透していく。あまり酒に強くないから、こういったものは一気に飲むものではないと改めて感じた。この教訓は何度繰り返しても、覚えられないようだ。
いい飲みっぷりだ、と言いたげに笑いながらジャラが指さしてきた。私は気にせず、いつものように本を取り出し一枚一枚捲っていった。『ロームの民』に記されたユーリンドの歴史は興味深い。この国が誕生し、レヴァンが生まれる経由が描かれている。実話だが、フィクションも含まれているだろう。だが、私は好きだ。デンデやジャラはこういった本を読む習慣がないため、私がこうして本を読んでいる間はあまり話題を振ろうとしない。
「たでーまーっての!」愉快な声を上げて一人のハンターが酒場へ入ってきた。かなり目立つ声だったが、酒場ではその声もかき消されるほど大きな騒ぎ声を上げている。
声の主は少年で、私もよく知る人物だった。真夜中突撃団のカズだ。カズに続いて、他の団員も次々と酒場へ入場した。
カズ、シーマ、マキ、そしてクレアだ。どうやら私達と同じように狩からの帰りらしい。ジャラとデンデは気にもとめていない。だが数名のハンターは、彼らにさまざまな念を込めて入場を見守っていた。私もその一人だが、目的は違う。私は仕事として彼らを見ているのだ。
彼らは自分達の席を見つけて座り、私達と同じように酒や料理を頼んだ。注文を受け取ったのはあの新人のメイドで、一気に酒や料理の名前が飛び交い混乱している。そんな彼女も、数か月で一人前になり、他のハンターズを圧倒するほどの才能を見せるかもしれない。
私はしばらく彼らを見ていた。ジャラもデンデも気にしてはいない。なぜなら、自分達の酒や自慢話に夢中だからだ。彼らが本気で酔わない限り、私は何も心配することなく彼らを観察できる。
シーマとクレアは隣同士に座り、席を挟んでマキとカズが座っている。四人ともジョッキを持っているが、シーマとマキのジョッキだけは特大だ。カズとクレアはちびちび飲んでいるのに対し、彼らは浴びるかのように口もとにこぼしながら豪快に飲んでいる。その飲みっぷりには、周囲のハンターが関心を寄せて釘づけになるほどだ。
四人はなにやら談笑しているらしく、その笑い溢れる雰囲気から狩はきっと成功したものと見える。私が二日前狩に出る前、彼らは依頼を受けていなかったところから、後から受けたのだろう。となると、他のビスケ、カズキ、シュウゴ、カンは例の『アジト』というところにいるか、もしくは同じように狩に出ているか、だ。
二時間ほどが過ぎ、ジャラもデンデも顔が真っ赤になってきたころだ。二人はろれつの回らない話で盛り上がっており、はたから見ても泥酔している。もはや彼らを眼中に入れる必要はない。
真夜中突撃団の四人は楽しそうに談笑し続けている。その姿は、どこからどうみても子供達の無邪気な光景だ。一人だけ子供と言うには難しすぎる人物がいるが。
あの四人を見ていると、昔の自分を思い出す。いや、戻らぬ自分達を。私はジャラ達への見方が変わり、狩への欲求を失った。きっと昔のような考え方ではいけないだろう。もやもやしたものを頭に抱えたままだ。あの四人からは、そんなものを微塵も感じなかった。
懐かしく寂しいその光景を眺めながら、私は仕事のことを忘れているのに気づいた。だが、それから思いだそうと努めはしなかった。しばらく、このままでいたい。
「ああ、わかる。わかるぜぇ、ロシャよぉお」
突然ジャラに話しかけられ、私は身を強張らせて振りむいた。酔っぱらい、ふらふらになったジャラが私の肩に大きな手を置いてきた。かなり熱っぽい。
「あの連中」ジャラが真夜中突撃団の面々に向かって顎をしゃくったので、私は内心かなり動揺していた。「あのお、なんだっけなぁ。“魔妖戦慄骨抜き団”!」
「“真夜中突撃団”だ、馬鹿者」動揺していたこともあり、この時の私の判断の鈍さはピカイチだ。表上に動揺を見せないよう、静かに鼻で深呼吸をしているが、どうにも胸の嫌な高鳴りが納まる気配がない。このままだと、爆発してしまいそうだ。「あ、いや、――」
何か言い訳でも作って言おうと思ったが、ジャラは矢継ぎ早に言葉を繰り出した。
「おめーがあの連中の事をさっきからじーっとみてんのは知ってんだよ」
「いや、私は――」
「ああ、ああ! 皆まで言うな皆まで! お前の気持ちはよぉっく! わかってる!」
「おい、声が大きいぞ」何をわかっているのか、ジャラは何もわかっていないことにこの時私は気づいた。
「あいつら、ずりぃよ! なあ、デンデ!」
とジャラはデンデに呼びかけたが、彼は黒光りした机に頭を垂れて眠っている。ジャラが名前を呼びながら何度も肩を揺するが、反応なしである。
ずるい? さあ、ジャラはいったい何を思ってそんなことを言っているのだろうか。
「おめーもそう思うだろ、ロシャ!」
「さあ…なんのことだ?」
「あいつらはよぉお!」ジャラは突撃団の面々に堂々と指をさし、大声で言った。一瞬、クレアがこちらをちらりと見たが、酔っぱらいの騒動だと促し関心も持たずに談笑へ戻った。「俺らと違って、女がいる!」
「はぁ?」呆れて言葉に笑いが混じってしまった。
「あいつら、女が三人もいるんだぞ! 俺達はむさくるしい男だけの三人だ! だのにあいつら…俺達がむさいなか酒飲んでるって言うのに…くそうぅ!」というなり泣きだしてしまった。
ジャラは女に持てない。普通、これほどがっしりしていて、ハンターとしても優秀なら少しくらい女性に好感をもたれてもいいものなのだが。私でさえ、女性から好意を寄せられることくらいならあったというのに。
「だいたいあいうらなぁ!」デンッ! と机を叩く。鈍い音が響いた。「噂じゃあ、九人いるらしいじゃねぇかよぉお! だったらよお、狩に行く四人は二つしか作れねえよな! 一人余るじゃねぇか! 余る女よこせよ! っつーことだよぉ!!」
「すまない、ジャラ。何を言ってるのかさっぱりわからん」
「つまりよお、余るんだったら女一人よこせってことだよ!」
本当に何を言っているんだこの男は。何を言いたいにしても、私にはあまり理解できない事らしい。彼は本当に女性に飢えているようだ。
そして彼は、本当は私が彼らを見ていようと見ていまいと関係ない。恐らく誰が彼らを見ていようと、同じような反応をしたに違いない。全く、ひやひやさせる!
「たとえ、お前のもとに彼らのうち誰かが行くとしても、だ。そうするために、どう申しだてするつもりだ?」
頭をふらふらさせ、首から上全部が赤くなった状態の顔でジャラは頷いて笑った。
「俺に任せろ! あぁ、任せろぉ」
それからうつむくと、ジャラはそれ以上何もいわなくなった。よく見ると、彼はうつむいたまま眠っていた。やがて酒場中に豪快に響くような不快ないびきが彼から起こり、私はデンデとジャラを急いで酒場から出していった。
何をするつもりかよくはわからないが酒の入った勢いで言ったのだ。明日の朝には忘れてしまい、かわりに頭痛と戦うことになるだろう。たとえ彼がどう行動にでようとも、私はさらさら気にもとめない。好きなようにやらせて、眺めておくとしよう。
その考えが甘かった。彼がこの後、あの真夜中突撃団へ行う行動を止めていれば、一年後彼は命を落とさずにすんだかもしれない。
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