大泥棒の路地裏

大泥棒の路地裏

第十章 後編


「こりゃいけるんじゃないか、シュウゴ!」はたから見てもわかるような事をカズキが言った。

 丁度二匹同時に切り倒したシュウゴは振り返りざまにインドラについた血を振り払う。

「だろうね」

「――あ、もうちょっときついかも」

 前言を撤回したカズキの視線の先には、光を防いでいた木の天井が薄らいで、光の道筋が見えるようになっている。その道から鉄砲水のように、イーオスの軍勢数十匹が雪崩寄せてきた。

「シュウゴ、逃げるぞ!」言うが早いか、カズキは早速進路を変えてイーオスの軍勢から退いた。

 しかし、シュウゴはその場にとどまって押し寄せるイーオスの軍勢を睨んでいる。

「おい、シュウゴ! 早く行くぞ!」

 シュウゴはゆっくり振り向き、カズキを見た。

「いいや、俺は残るね」

「…正気か? あいつらだけじゃなく、後ろからも大量に来てるんだぞ?」

「前は俺、後ろはカズキがやればいいじゃん?」

 再び攻撃的な口調になったシュウゴのセリフに、カズキは身じろいだ。

「さすがに二人じゃ手が余るだろ。っていうか、これ以上戦いが長引いたら体力的にも持たないぞ!」

 確かに、二人は常人離れした恐ろしい強さを秘めている。だがしかし、やはり人間だ。体力だって、あれほど大量のイーオスを相手にしていれば長くは持たない。カズキの判断は賢明だ。

「それじゃあ、カズキ一人で逃げたら?」思いがけぬ言葉をシュウゴが吐きだした。

「…なんだと?」カズキも乗って食ってかかるように言う。

「俺はもうこういうので退くのはうんざりだね。状況がよくなるのを待つとか、そんなの信用ならない。自分の力でどうにかするもんだろ?」

 シュウゴは突然何を言い出したのだ? それに、あの攻撃的口調になった時の彼のどこかだるけないような目はどこかでみたことがあるような気がする。

 今度はひるまずカズキはシュウゴの肩を掴んだ。

「何言ってんだよ。早く行くぞ」

「離せ!」力任せにシュウゴはカズキの手をどかせた。

 カズキの目にはショックがありありと浮かんでいる。やがてシュウゴと同じように怒りの炎を瞳にたぎらせ、負けじと言った。

「いい加減にしろ!」

 今度はシュウゴがたじろぐ番だった。それから態勢を立て直す前に、カズキは口を開いた。

「いったいどうしたんだよ、お前! ここで無茶して大怪我するのと、一度退いて体勢を整えて有利な状況に持っているくのとでどっちが一番安全かお前にもわかるだろう!?」

「……」シュウゴは何も言わず、カズキから目を反らした。その顔はカズキの正論を認める事に後悔を覚えているようでなく、もっと別の何かが浮かんでいるのだと察した。しかし、それがなんなのかは、私にはわからない。あの表情も、どこかで見た覚えがあるのだが。

「ほら、いくぞ」

 カズキはシュウゴの腕を掴んだが、シュウゴはそれを振りほどいて自分で歩き始めた。少年の中で何かが変わった瞬間に、もしかしたら直面したのかもしれない。

 私は身を隠していた茂みから飛び出し、イーオスとともに彼らのあとを追った。




「シュウゴ!」

 彼らに追いついた瞬間、カズキの大きな声が雨に混じって響いた。二人は武器を手に持ったまま戦っていたようだ。しかし、雨の壁を突き破りイーオスより巨大な影が突っ込んできて、シュウゴの体は吹き飛ばされた。

 シュウゴは雨にぬれた地面を転がり、すかさず跳びあがって立ち上がった。インドラを強く握りしめ、自分を吹き飛ばしたドスイーオスを睨む。その目にはカズキに向けられたものとほぼ同じ怒りの炎がたたえられている。

 反撃に映ろうとシュウゴが走り出した瞬間、再びイーオスの影が彼に跳びかかってきた。シュウゴはインドラを振ってイーオスの体を引き裂く。空中で血や臓物を巻きながらイーオスは倒れ、次の瞬間には断末魔を上げた。

 ドスイーオスの喉にカズキの斬破刀の穂先が突き立てられる。稲妻が首筋を焦がすが、深くまでは入らず、ドスイーオスは生きながらえていた。

 飛竜のそれと見比べたらあまりにちんけな尻尾を振り、ドスイーオスはけん制する。太い鳴き声を発すると、その瞬間イーオスの鳴き声がそこらじゅうから聞こえるようになった。

 鳴き声の咆哮や数から察するに――

「囲まれたな」結論をカズキが言い、斬破刀を構えたままシュウゴに背を向けた。

 黙ってシュウゴは同じようにカズキに背を向け、インドラと盾を構える。盾を肩まで上げ、インドラを胸の方で伸ばす独特の構えをとっている。

「今度は逆だ、シュウゴ。オレが連中に切り込むから、そしたらお前がそこを突っ切ってくれ。できるだけ逃げに徹するぞ」

 それを聞いてシュウゴは歯を食いしばったが、何も言わなかった。

 イーオスの一団が姿を現せた瞬間、カズキは走りだした。イーオスが威嚇に一声鳴く前に、カズキの斬破刀は頭から真っ二つにし、屍を雨にさらした。

 続いて二回ほど振り、さらに前に飛び出してもう一度振る。その一帯のイーオスが稲妻を帯びて叫び声を上げた。

 カズキが降り終わると同時にシュウゴが跳び出し、残ったイーオスで一番道の邪魔になりそうな単体だけを切る。意外なほどあっさりと逃げ道ができた。これで二人は逃げられるだろう。

 イーオスは単純な動物だ。学習能力がないことはないが、底が浅く脳もちっぽけなものだ。また同じ手段を取られれば、本能の動きに頼りあっさり倒されてしまうのだろう。カズキとシュウゴの体力が持つまでは、この法則を変える事はできない。

 その時、雨の騒音の奥から何かがしぶきのようなものを上げる音がして、私は振り返った。

 雨の天井から、見覚えのあるシルエットが影を作る。それは海で跳びあがる巨大な怪魚を思わせる形だった。

 その通りだった。どこかの河から突然跳びあがったガノトトスは高く宙を舞い、二人の少年達の頭上を横切った。

 ガノトトスの巨体はイーオスの軍勢を潰して地面に着地し、まるで河を泳ぐように体をうねうねと左右に振りながら前に進んだ。やがて今自分がいる場所が河でない事に気がついたように、両足でぴしゃりと立ち上がる。

 ガノトトスは少年二人の姿に気づいた。濁った水のように表情のない目で二人を睨み、やがて体を震わせて水っぽい咆哮をした。

 大きな管のような喉が見え、その奥は地獄の底にでも続いているかのように闇が広がっている。

 ガノトトスは足を片方上げ、その畏怖なる姿の巨竜から逃げるように走り出すイーオスを四頭ほどまとめて踏みつぶした。足の底は地面に埋まり、隙間から赤い血が噴き出している。

 私もそうだが、カズキもシュウゴもガノトトスの姿を見て驚きを隠せなかった。

 一瞬小山を連想させるそれはあまりにも巨大すぎたのだ。

 ガノトトスは飛竜の中で最も大きいとされている。グラビモスのように硬いわけでもなく、リオレウスのように獰猛すぎるというわけではないのだが、その巨体をもってしても水中ではどんな生物より速く動き、引きずり込めさえすればそれらの飛竜全てが立ちうちできないと言われている。

 今のガノトトスは、飛竜どころか巨船をも簡単に沈めてしまいそうなほどの大きさだ。

 キシャアアア!!

 ドスイーオスをも丸のみ出来そうなほど大きな口を開いて、ガノトトスはパニック状態のアヒルを思わせる格好をして突進してきた。カズキもシュウゴもその足の間を抜けて突進をかわし、振り返る。

「いちいち相手にしてられんな」ガノトトスの乱入によりイーオスも混乱を始め、少し余裕のある口調でカズキが言った。

 これほど巨大なガノトトスだ。その分仕留めるのに苦労するだろう。これほどの大物を仕留めればギルドブックスに載るほどの功績になるのでもったいない気がするが、命あってこそだ。

 二人は走り始めた。背中でガノトトスが水ブレスを吐き出す。水圧により刃のようになったそれは軽く地面を引き裂き、二人の間に滑り込んだ。

 カズキもシュウゴも尻もちをついて、すぐに立ち上がる。ガノトトスはせせら笑うように短く鳴き、尻尾に噛みついてきたイーオスを叩き落とした。

「逃がしてくれないみたいだね」シュウゴは迫ってくるガノトトスを見ながら言った。

「逃げるまでさ。雨の中だし、イーオスの数が多すぎる。今は危険だ」

「逃げる事に集中してたら、後ろのあいつが見えなくなるけど?」

「それでも…」

 カズキが話している途中で、シュウゴは走り始めた。ガノトトスに向かって、だ。ガノトトスは水ブレスにて出迎えてくれるが、その軌道は単純で、首の振りに気をつければ避けるのはたやすいことだ。シュウゴは跳んで一瞬で間合いを詰め、首を振り終え水ブレスを吐き続けるガノトトスの顔面に向かってインドラを振った。

 切りつけた個所から稲妻が吹きあがり、ガノトトスは水ブレスを吐きながら怯む。水ブレスの軌道がずれ、カズキの腕に当たった。

「だっ!」

 一声上げてカズキは水ブレスを受けた腕から吹き飛び、木に背中を打ち付けた。

「カズ――」それにシュウゴが気づいた瞬間、ドスイーオスが頭上から跳びかかりシュウゴは転がって避けた。

 ドスイーオスはシュウゴに食らいつくが、あっさり空振りに終わり鼻先をインドラで切りつけられた。

 ガノトトスが再び足を上げて踏みつぶしにかかる。シュウゴもドスイーオスも背中から跳んでそれを避けるが、次の瞬間ガノトトスは身を低くして片足で地面を蹴った。ぐらりと巨体が揺らぐと思うと、次の瞬間猛烈なタックルがドスイーオスを襲った。

 ぐしゃりと鈍い音を立ててドスイーオスは短く跳び、泥だらけになって倒れた。それから立ち上がる様子もなく、地面でぐったりしたまま動かなくなった。

 骨の砕ける音がいつまでも残るようだった。ドスイーオスの口や鼻からは毒の混じった紫じみた赤い血が細く流れている。黄色い目も、まるで挑発を受けたランポスのように血走っていた。

 次のガノトトスの標的は言うまでもなくシュウゴだ。再び地面を蹴ろうとするガノトトスの動きを見てシュウゴはすぐに離脱した。

 ガノトトスの濡れた体から発される一撃は、その巨体の体重からくるものと重なり、恐ろしく思えるほどの高地から水辺に飛び込んだような衝撃力がある。体の外側に激しい痛みを感じると思えば、今度は全身がまるで鉛になったかのように重く感じる。ガノトトスの体に秘められた水属性という付加属性は、そういった力を持ち合わせている。かなり危険な力だ。

 シュウゴのレウスシリーズと言われる防具は、そういった水属性にたいしての耐性は全く持ち合わせていない。むしろ、弱点とも言えるほどだ。

 慎重にシュウゴはガノトトスの動きを見ている。何を思って無謀に立ち向かったかはわからないが、木を背に動けなくなっているカズキの事を視野に入れるなら、かなりピンチだ。

 本来のハンターなら、生き残る事を重視するためにたとえ仲間が動けぬ身にあっても、退く時には退くものだ。しかし、私は彼らがそんな事をするハンター出ない事を知っている。

 シュウゴはこのままガノトトスと戦い続け、イーオスという伏兵をも相手にしながらカズキを守ることになるのだろう。

 彼のインドラは片手剣で、小回りがよくきく。それに加え、シュウゴ自身の戦いのスタイルはバランスが取れており、この戦いで生き残る上で申し分ない力を発揮するだろう。

 が、カズキを守るという話が上がれば別だ。シュウゴのスタイルは最もハンターであるに相応しいものであると同時に、その対応もそれ相当のものである。つまり、自分が生き残るスタイルで、守るスタイルは持ち合わせていないのだ。

「くそ…」

 彼はもうすでに気づいているのだろう。イーオスの毒を振り払い、ガノトトスの隙を見て攻撃しているさいも、彼の視線はカズキに向けられていた。

 自然に私はイャンクック砲の銃口にサイレンサーをつけて、ボウガンの中に弾が入っている事を確認する。大型の飛竜にはあまり効果のない通常弾がまだ入っているようだ。

 そこではっとして、ボウガンを見つめた。イャンクックの鱗や甲殻で作られた装甲は年季によりピンク色から赤ばんだ紫色に変わっている。私は彼らを助けようとしているのか?

 そもそも私がここに来た理由は彼らの救助だ。ここで助けに入らなくて、いつ入るというのだ? 今この時であるだろう。おい、ギルドナイツ?

 それなのに、ボウガンを構えようとした瞬間、突然気分が萎え始めてきた。あの、イャンクックに無情の止めを刺す瞬間の時のように。狩という、いや、ボウガンの引き金を引くことにすら意欲を生みだせなくなる、あの衝動だ。

 私は静かにイャンクック砲を下げ、手からずり落ちるのも止めようとはせずただシュウゴの戦いを見ていた。一人の少年があれほどの危機に陥っていて、それを助ける事ができるというのに、それをしようとしない私自身が情けなくてしょうがなかった。

 ロシャ・フェイトニーという人物が、カンタロスの産む卵よりちっぽけな存在だと言う事を理解した瞬間だった。




 カズキの腕は無事だった。彼の腕を覆うクロオビアームという籠手は水属性に強い耐性を秘めているようだ。それに見た目よりずっと丈夫だ。あのガノトトスの水ブレスを受けても、傷一つ折っていないのだから。

 だからといって、カズキ自身なんともないないわけではない。現に彼は腕を抑え、強く叩きつけられた体は麻痺して動けずにいる。

 どんなに腕の立つハンターでも、飛竜の一撃は致命的なものだ。特にカズキのように動きやすさを基本としている防具では防御面でみても飛竜の攻撃に耐えられるようなものではない。

「シュウゴ……!」

 一人で戦うシュウゴを見つけ、痛みをこらえながらカズキが言った。身を起こそうとしているが、すぐにばったりと倒れる。また立ち上がろうとするが、やはり倒れる。

 そこで彼は自らのポーチを探り始めた。そういえば彼は回復薬が三本残っていると言っていた。それで少しは動けるようになるのかもしれない。

 カズキはポーチから回復薬を取り出した。しかし、それはもはや回復薬ではなく割れた瓶のかけらであった。

 先ほどの一撃により、ポーチの中身は全滅したようだ。カズキは悔しそうに回復薬のかけらを地面に投げつけ、唸った。

 その間にもシュウゴは激戦を繰り広げていた。あまりの激しさに息継ぎするにも困難きわまるほどだ。

 イーオスの猛攻を避けては受け、ガノトトスの注意を自分一人に向けさせるため目だった行動をしているシュウゴの顔からは疲労がありありと浮かんでいる。

 せめて老いぼれのロシャ・フェイトニーがカズキに回復弾を撃ち込むかシュウゴの援護に回るかで形成は大きく変わるというのに、私はその気を起してくれなかった。

 ただただ、彼らを眺めているだけ。つくづく呆れた老人だ。

 シュウゴもカズキも、このままいけばガノトトスかイーオスの餌食だ。私はそれをただ見ているだけなのだろうか。

 ガノトトスが突然口から泡を吹き始め、シュウゴは大股で離れた。ついにガノトトスが怒りだしたのだ。こうなれば、どの飛竜も共通して手の負えない状態になる。

 注意力はなくなるが、もとから飛竜にはそんなもの無いに等しい。怒りにまかせた力はあらゆるものを砕き、破壊していく。周囲のイーオスもこの時ばかりはガノトトスから離れていた。

 ガノトトスは頭をもたげ、低く唸る。瞬間にシュウゴは再びガノトトスに向かって走った。ガノトトスは水ブレスを吐き出し、シュウゴを攻撃する。しかし最初と同じようにシュウゴは簡単にそれを避けてしまった。

 陸に上がったガノトトスが一番無防備になる瞬間は、この時だ。水ブレスを吐いている最中、そして吐き終えたほんの数秒、無防備となる。

 頭を低く下げたガノトトスの首をシュウゴは両手で持ったインドラで切りつける。刃は深く喉に沈み、引き裂いた。しかしそれだけで致命傷になるわけもなく、ガノトトスは叫ぶと同時に足踏みを始めけん制をした。

 それなのに、シュウゴは跳びかかり足を切りつける。イーオスですら近づかないなか、彼は一人でガノトトスの範囲内に入り、紙一重で攻撃をかわしていた。

 足元でちくちくと剣を突き立てるシュウゴにガノトトスは尾や足、体そのものをぶつけて遠ざけようとするが、シュウゴには当たっていない。シュウゴにとっては神経を削ぐような戦いに見えるが、周りのイーオスが近づかなくなっている分、やりやすくなっているのかもしれない。

 本能を逆手に取った攻略だ。だが、それでも――

「かっ…!」

 シュウゴの脇腹にガノトトスの鋭い尾ヒレが叩きつけられた。リオレウスの甲殻の防具がヒレの形に沈み、シュウゴの脇腹を絞めている。シュウゴは倒れそうになりながらも踏ん張り、なんとか倒れることにはならなかった。

 乗じてイーオスがなだれ込むようにシュウゴに向かい始める。ガノトトスはいつの間にか怒りを鎮め、自分の体のいたるところを焦がしていた稲妻に仰天したように跳びあがった。

 シュウゴはまるで投げナイフでも投げるかのようにインドラを投げる。インドラはガノトトスの胸の部分で深く突き刺さり、青白い光と血を噴き出させていた。

 悲鳴を上げてガノトトスはあのアヒルのような態勢で走り始める。これは突進ではなく、自由に動ける河へ行くための逃走だ。

 しかしガノトトスが上がってきたと思われる河は遠く、しかも密集する木々を挟んであるため、魚竜はなかなか進めずにいた。木が足に絡み、ガノトトスは前のめりになって倒れる。インドラが胸から抜け、シュウゴはイーオスの軍勢を潜りぬけてそれを拾った。

 そして何よりもガノトトスを目指し、首の鱗を掴んで登る。ガノトトスは打ち上げられた魚のようにびちびちと地面を打って跳ねている。

 しかしシュウゴは首から離れず、徐々に頭の方まで這い上がっていた。シュウゴはインドラを逆手に取り、何を思ったのか頭から口の方まで滑りこんでいった。大きく開いた口にはシュウゴもやすやすと入り、私が身を乗り出す時には完全に少年の姿は口の中へ消えて言った。

 ザシュ!

 肉を貫く音がして、次の瞬間ガノトトスの眉間に一本の角が生える。それは赤い血と、青い稲妻を発しており、生き物のように動いている。ガノトトスの動きが突然ぴたりと止まった。と思うと、再び激しく抵抗するように跳ね始めた。

 角は徐々に眉間から頭の方まで切り裂きながら移動し、ガノトトスが立ちあがろうとするころには頭のてっぺんにまで到達していた。

 ガノトトスは最後に虚しく空を噛み、大きな音を立てて倒れてそれっきりになった。

 だらんと舌を垂らす口から、少年が火事になった家から飛び出すように抜け出す。

 なんと命知らずな事か。シュウゴはわざわざ口の中へ入り、中からガノトトスの脳を貫いたのだ。確かに口のなかなら、硬い鱗も甲殻もなく、簡単にインドラの刃は通るだろう。しかし、それでも危険すぎる賭けのようなものだ。

「シュウゴ!」

 何とか立ち上がったカズキが腕を抑えながら叫んだ。シュウゴがカズキの方に振り返る頃には、複数のイーオスが彼らを囲んでいた。

「…っちぃ」カズキは舌打ちをして片手剣より一回り以上小さい剥ぎ取り用のナイフをポーチから取り出し、左手で構えた。彼が負傷したのは利き腕の右だ。果たして左手一本でこの何十とイーオスが囲むジャングルを生き延びられるのだろうか。

 シュウゴは盾を捨ててインドラだけを構えた。盾を捨てるということは、受けを完全に捨てて攻めだけに乗じる、双剣のような戦い方をするということだ。

 イーオスはすでにカズキとシュウゴというハンターズを知っている。一筋縄でいかないことも承知しているはずだ。だから侮らず、ずっと有利な状況を作るだろう。少年達に生き残るチャンスは見かけられなかった。

 雨の壁を抜けて駈けるイーオス。離れた場所で背中合わせになり、戦う意思を向ける少年達――雨はそれでも激しく、そして罵倒するように彼らを打ち、近くで雷が落ちる轟音がする。

 雷の光が彼らを包むと思うと、それは突然さらに強い光となって周囲を巻き込んだ。

 カズキもシュウゴも咄嗟に目をかばって光を避ける。イーオスは光を直接浴びて太陽より強烈な刺激を目に受け、瞬く間に視界を失った。次々と目の見えなくなったイーオスは叫びながら空を噛み、パニック状態になってふらついている。

 閃光玉だ。強い光を一瞬だけ発し、直視したものの視界を一時的に奪うもの。誰かが雷に乗じて閃光玉をあの少年達の間に投げ込んだのだ。

 いったい誰が?

 カズキもシュウゴも閃光玉は持っていないと言っていた。シュウゴは河に流され、カズキは昨日最期の一個を使ったとか。私以外に、彼らの近くにいる人間がいるというのだろうか?

「いまだ、行くぞシュウゴ!」

 カズキの言葉を合図に二人は走りだした。シュウゴはカズキの肩を持って半分引きずるようにしている。カズキもそれなりに一生懸命走っているようだが、それでも動くには不自由なようだ。

 光を受けていないイーオスは二人を追っているが、囲んでいた時よりかなり数が減っている。

 少年達の姿が雨の壁の中へ消えて、見えなくなった。

 私は自分自身が立ちあがっている事に気づいた。茂みから完全に姿を晒し、まるで真夜中突撃団含む密林の住人に存在をアピールでもしているかのように。

 腰の薬や道具を入れているホルスターのフックが外れて、中身が頭の部分だけ見えている。いつもぎっちりになるまで入れているその道具入れになぜか開いたスペースがある。拳代の大きさの、丸い弾が入っていたと思われるスペースが。そこには閃光玉を一個入れていた。

 ――ああ、なるほど。私がこれを投げたのだ。何も考えず、彼らの窮地を見守っていただけの私が、“なぜか”投げつけたのだ。私はやはり、彼らに生きてほしいのだろう。彼らなら、私の探す意味や答えを教えてくれるかもしれないと、心のどこかで思っているのだ。

 私はまだ視界を取り戻していないイーオスの間を縫って走り、堂々と彼らを追った。




 追われるのはもううんざりだった。短時間で動き回りすぎた為に息は激しくなり、体への負担が限界に達してきている。イーオスの鳴き声は後ろからだけ聞こえているはずなのに、左右正面、それだけでなく頭上や足元からも聞こえてくるような気がして正気を保てるか不安になってきた。

 シュウゴの腕に支えられたカズキは苦痛の色を表に現している。ガノトトスの水ブレスの直撃した右腕はだらんと垂れて、歩くたびに振り子のように力なく揺れている。

「なぁ、シュウゴ」シュウゴに支えられてやっと走る事のできていたカズキがささやくようなか細い声で言った。「最悪の時がきたら、オレは置いていけ。いいな?」

「何言ってんだよ」シュウゴはカズキがたった今発したセリフがいまいち頭に入らず、その重要性を理解できなかった。

 しかししばらく走っているうちに、カズキの言った意味が体に染みてきて、シュウゴは立ち止まった。

「…どうしたんだよ、シュウゴ」

「…本気で言ってるの?」

「当然だ」

 カズキの目はいつものようにふざけて冗談をつくような、どこかにやけている風には見えなかった。むしろ、何度も見たはずなのに初めてみるような、真剣そのものである。

「団長だろ? カズキがいなくなったら、誰があんな連中をまとめるんだよ。今だって、きっとマキさんやシーマが暴れているよ。間違いないね」

「そうかもな」カズキは少しだけ笑った。しかし、声だけで彼が今にも意識を失いそうになっているのがわかった。体への負担は、相当なものだ。「でも、お前ならわかるだろ?」

「……なにが?」カズキが何を言うか、なんとなくわかるような気がしてきた。それを言われたら、何も反論できない――少なくとも、シュウゴは――事を彼は知っているのかもしれない。

「オレが一人いなくなるのと、オレとお前が二人でいなくなるの、どっちが突撃団にとってマシなのか、お前ならわかるはずだ。そうだろ、副団長?」

 シュウゴはこの言葉の意味の重要性を知っていた。カズキがいなくなるのは、真夜中突撃団にとって痛すぎる事だ。だが、団長に続いて副団長であるシュウゴも一緒にいなくなるのは、壊滅的ダメージを与えているようなものだ。

 最初は三人だった。真夜中突撃団は、最初は三人の少年達が作り上げた、子供が砂で作る汚い城のようなちんけなチームだった。それを今ではどこへ行っても恥じる事のないハンターチームにすることができた。

 真夜中突撃団の創立者である三人の一人、シュウゴは真夜中突撃団を絶対に失いたくなかった。たとえ自分がいてもいなくても、真夜中突撃団という存在があれば満足だと思っていた。

 だから何よりもわかる。真夜中突撃団はここで壊滅していいチームではないし、これからもずっと残っていくべきチームだ。たとえハンターズギルドが滅んでも、だ。

 彼はとことん真夜中突撃団という存在に愛着を持っていた。シュウゴは自分でもそれを理解し、認めていた。

 だから、この団が消えるのは死ぬより嫌なことだ。いつかは解散するかも、なんて考えたくもない。悪夢より最悪だ。

「…無理だよ。カズキがいなくなるのは、真夜中突撃団がなくなるってことなんだよ?」

「お前がいれば、安心だろ?」シュウゴは自分でも思っていた事を口に出され、内心どきりとした。そう、真夜中突撃団の全体も必要な金額の総額も、知っているのは自分だけだ。そしてどうすればいちばん効率的に稼げるのかも、考えるのは自分の役目だ。それに一人いなくなったところで、団には特に大きな影響はないはずだ。「副団長のお前が団長になれば、それで解決だ」

「で、でも…」

 その時、イーオスがシュウゴ達に追いついてきた。シュウゴはカズキとその話についてもっともっと深く話していたかったが、イーオスの跳びかかりによりそれは強制的に中断されてしまった。

 それに、結局いくら話したところで…。

 イーオスが毒を吐き出す。シュウゴはカズキを突き飛ばした。二人の間に、ヘドロ状の毒液が落ちて、じゅっと音を立てる。雨により地面が腐敗し始める前に流され、消えていった。

 シュウゴは即座にインドラを腰から引き抜き、イーオスの首を切りつける。頭が落ち、イーオスの体はばったりと倒れて血を噴き出した。

 その後ろに、何頭ものイーオスが向かってくるのをシュウゴは見た。

「取りあえず、最初に言っといてよかった」カズキがどこかすっきりしたような声で言った。「シュウゴ、行ってくれよ」

 まるで使いを頼むような軽い口調だ。ここで訊き腕の負傷したカズキが残ればどうなる? それも右腕が使えない今、彼が抵抗として使える武器は剥ぎ取り用のナイフだけだ。

 数は増していると考えていいだろう。イーオスはここに来る間、他の仲間に知らせるかのように何度も喚いていた。ここで戦い続ければ、その数は増えていく一方だ。

 ここで団長、副団長が死ねば、真夜中突撃団は壊滅する。

 二つの頭を失った組織は、勝手に崩壊する。

 真夜中突撃団は、滅ぶべきではない。

 シュウゴは走った。




 物には限度というものがあるし、いくら信頼したところで、それだけに頼るのは禁物だ。なんにでも終わりはあり、この世界にある限り必ず傷はついていく。

 だから私はシュウゴのレウスメイルの右肩部分が、イーオスの牙が食い込んで血を噴き出しているのを見ても、その事実には驚かなかった。

 シュウゴの傍らには、カズキが腕を抑えて倒れている。ついに彼らは追いつかれたのだ。

 さしずめ、足手まといとなってしまったカズキをかばうために受けた傷だろう。シュウゴの右肩には深く牙が刺さっている。もしあの傷に、イーオスの毒が入ってしまえば助かる事はない。

 シュウゴはインドラを振ってイーオスの首を切り落とした。それからまだ肩に食らいついている頭の部分を顎から引き裂き、右肩から離した。

「ぐ…ぅ…」

 痛みをこらえてシュウゴは残った二匹のイーオスを見ている。シュウゴはインドラを左手に持ち替えていた。

 彼の利き手も確か右だ。二人のハンターが利き腕の自由を失った。

 シュウゴは倒れるようにイーオスの体に乗りかかり、腹にインドラを突き立てる。イーオスは叫び声を上げて振り落とし、やがてよわよわしく倒れた。

 地面に投げ出され、体を打つ。泥が全身に振りかかり、シュウゴは倒れたまま残った最後のイーオスを睨む。インドラは、イーオスの腹の中だった。

 立ち上がろうと地面に腕を突き出すが、その瞬間糸が切れたようにシュウゴはふっつりと力を失い、胸を地面に打ち付ける。

 イーオスはゆっくり彼の頭上まで口を持っていき、臭いを嗅ぐ。血の混じったよだれがシュウゴノ横顔をかすめた。

 次の瞬間イーオスは勝ち誇ったように鳴いて、大きく開いた口をシュウゴに向かって下げた。

「ああああああああああああああ!!」

 突然咆哮を上げたシュウゴはイーオスの首を掴み、乗りかかる。体重を支えきれずイーオスはシュウゴと一緒に地面に体を打ち、もだえ始めた。

 首を大きく振り、牙をシュウゴに食い込ませようと努力しているが、その間にも彼は腕に抱いたイーオスの首をめきめきという音がこちらまで聞こえるほど強くしめている。

 足も尻尾も首も前足もばたつかせながらイーオスは叫び、やがて寿命を迎えた虫のように手足をゆっくりと曲げて、動かなくなった。

 イーオスが死んだ事を確認して、シュウゴは跳びあがって地面に倒れる。遠くから、イーオスの鳴き声がまた聞こえてきた。

 シュウゴは仰向けに倒れたまま、左腕だけで上半身を起こそうとするカズキを見た。

「…なんで、逃げようとしないんだよ」シュウゴは無気力な声で言った。

 よく見ると、カズキは必死にシュウゴの方まで進んでいる。痛みをこらえている顔は、その苦痛をこちらまで意識させるほどだ。

「お前だって、なんで逃げなかったんだよ…」カズキは悲痛の叫びでもするかのようなかすれた声で言った。

「団長が死んで俺が残るより、俺が死んで団長が残った方がいいだろ」

 リーダーのいなくなったチームは活動できない。カズキという足手まといがいれば、二人とも死ぬ。そこまでこの二人は話を持っていったのだろうか。しかし、シュウゴがいれば、まだやり直しはきく。

 シュウゴはそれと正反対の方を取った。自分が死に、カズキが逃げるという不可能な可能性に。仮にシュウゴがうまく囮になったところで、今のカズキでは簡単に追いつかれるだろう。

「……無理なの、知っているだろう」カズキの言葉と同じ、私もそれは無理だと知っている。そして、それをシュウゴがわからないわけがない。

「…わからない。……俺も、カズキの言った事が正しいと思っているし、そうしようって思っていた」

「じゃあ早く行けよ。まだ来るかもしれんぞ」

 前に流されているとはいえ、イーオスの血のにおいは仲間に知れ渡っていることだろう。

「…そうしようと、今でも思っているけどさ。なんだか、それが無理な気がしてならないんだ」

「無理じゃないさ。お前の足ならうまく…」

「そういうことじゃないんだ!」シュウゴは上半身を起こして叫んだ。「走ろうとしても、まるで河の流れを逆に進むように重いんだ。さっきの時も、そうだった。カズキから遠ざかろうとすると、前に進めない。でも、戻るとその逆でずっと速く動けている…」

「罪悪感ってやつか? …そんなの、このさい…」

「カズキはいつも言ってたじゃないか! こういう時は、流れに身を任せるものだって! だから俺はそれに従ったんだ! その結果、結局うちのチームにとってあってはいけない事態が起きようとしているんだ! カズキのせいだ!」

 一瞬シュウゴの目が、あのだるけない目に変わったのを見た。そしてその目は、やはりどこかで見た頃があるような気がしてならなかった。頭の中にある、できるだけ人の記憶をかき集める。

 そこに映っていたのは、本棚だ。私が長年使用してきた大きく古く、そしてかけがえのない本のコレクションを敷き詰めたあの本棚だ。――違う、私が見ているのは本棚ではない。

 鏡だ。毎日見ている鏡。特に女性のように化粧するわけでもないのに、いつも傍らにあり、無意味に見ている鏡。そしてその奥の、もう一人の自分。ジャラかデンデが私を呼びにゲストハウスにやってきたとき、ふと見ると――

 ……私だ。あの目は、狩に魅力を見いだせず気力を失い、ジャラやデンデといった古くからの仲間という存在を疑問に思い始めた私のあの時の目だ。

 シュウゴはその目をしていた。私と同じ、私と同じ目。

「俺は多分、自分が考える限り真夜中突撃団に負担のない選択を思いついてそれをしたんだろ思う。だから、無茶だとか無謀だとか、そんなこと思わずこうして戻ってきたんだと思う」

 カズキはゆっくり立ち上がり、ふらつきながらシュウゴのもとへ向かった。

「…そんなわけねぇだろ」

 シュウゴは見上げる。カズキは腕を抑えていたシュウゴの方へ突きだした。が、シュウゴはその腕を見た後受け取る事もせず、座ったままだった。その姿勢には、先ほど言ったように自分が残ると言う意思が見える。

「カズキは立ち上がれた。俺がここに残れば、連中は俺を狙う。だから、早く行ってよ」

「…オレもそれは無理だ。みんなが待ってる。お前も一緒だ」

「そんなこと、もうどうでもいい」

 どうでもいい。ロシャ・フェイトニーが考え過ぎて、投げ出す時に使うセリフだ。そういう時は決まって、ジャラかデンデ、もしくはロージャかナイが絡んでいる。その言葉が、少年の口からどんな意味を持って発せられたのか、私は深くそれを感じる事ができていた。

「もう、どうでもいいんだよ、カズキ。多分俺は、もうみんなの事そう思っているんだよ。カズキもたまにない? 何でもない時に団員達がどうでもいい存在になったり、突然憎くなったり、腹が立ったりさ。俺、ずっとそれを味わってきたんだよ。そういう時にどうでもよくなるんだよ。たとえ死んでも、そう思っていると思う。

 どう? 最低じゃない? 俺、最低過ぎるよ、本当」シュウゴは後ろめたそうにうつむいた。

 シュウゴの目にはいつの間にか涙がたまっている。

「……あるよ」そのカズキの言葉を聞いて、シュウゴは顔を上げる。私も意外に思っていた。「ときどきだけど、あるよ。それもしょうもない時に。カンにいたずらで果物の汁を目に浴びたとか、みんながオレの意見丸無視してきた時とか、ただ話に混じれない時だとか、腹が立って、ムカついて、どうでもよくなる時。そんなもんだけど、あるよ」

「……どうすればいいと思う? それって、絶対あいつらが憎いってことだよね? 表向きは仲良くやってるけど、絶対もうどうでもいい存在だ、なんて思っているんだよね? 少なくとも、俺はそうなのかもしれない。でも、カズキは違う。カズキは本当にみんな信頼していると思うよ? だから、俺みたいな奴が戻るより、カズキが戻った方がいい。そうだろ?」

「…違う」

「違うわけないだろ! お前は団長じゃんか! お前についていくって決めたからみんなお前についているんだよ! わからないのか? お前が必要で、俺が必要じゃない!」

「シュウゴ」彼はシュウゴの肩に手を置いた。

「やめろ!」力任せにシュウゴはその手を退かせる。「行けよ! 行けって! 俺はお前らが憎いんだ!」

「シュウゴー!」カズキはクロオビアームに包まれた手で彼の顔を殴った。

 鈍い音がして、シュウゴは身をよじって倒れる。「なんで!?」

 その隣に腰をつき、カズキはシュウゴに身をかがめて見下ろした。

「シュウゴ、覚えてるか?」

「……何が?」痛いのか殴られた頬をさすりながら返した。

「あの日も、こんな大雨だったんだよな」

「それは、関係ないだろ」

「あの日オレ達で誓いを立てたのは覚えているよな」

「…当然だよ」シュウゴはまた怒りの炎を目にたぎらせていた。

「あの日は、オレも復讐だけを目的にと思っていたよ。それさえできれば、あとはどうなってもいい。どうにでもなってくれ、って感じでさ」

「……」シュウゴは何も言わず黙っていた。私は余計な事を感じず、彼らの話に耳を傾ける事に専念した。

「で、それを目的にこの団を結成してさ。強い仲間もいっぱい集まって、いつでも来いって状態になれたのにさ。――いつの間にか、復讐なんかより意識してしまうことがいっぱいできてさ。シュウゴも、そうじゃないか? たまに、復讐なんてもん、忘れてしまうことはないか?」

「……わからない」

「オレはそれで気づいたんだ。そんなもんより、大切なもんがあるってさ。仲間っていうか、もう家族の一員みたいに思えるようになってさ、あいつらのこと。正直言うと、多分誰も口にだしたことないんだろうと思うけど、オレはあいつらが大好きなんだ。自分よりも、復讐よりも大切だって、そう思っているんだ」

「俺もそうかもしれない」しかしそう認めた瞬間、シュウゴは首を振って自分自身の言葉を否定した。「でも、俺はあいつらが憎く思える。憎くて憎くて、俺はたまらなくなる。もういっそ、なくなってしまえって、本気で思う…。だから、俺は好きじゃないんだ。あいつらのこと…」

「それは違うだろ」カズキはあっさり言った。「それは、お前があいつらの事を好きだからそう思うんだ。好きだから、そいつらの事を考えて、考え過ぎて、そう思えてしまうんだよ。俺だって、そうだからあいつらと馬が合わなくなったり、いつの間にか輪に入れてなかった時は、憎いと思ってしまう。でも本当にそれは憎いんじゃない。オレ達の感じた憎しみは、あいつらに思うものと全く違うだろ?」

 涙を浮かべるシュウゴは、ためらいながら口を開いた。

「でも、そんなの違うじゃん。大切な人を失った憎しみと、あいつらへ思う憎しみなんて、絶対違うものだよ」

「いいや、憎しみなんてみんな一緒だ。どんな事だろうと、本気で憎いと思えばそれはみんな同じ感情だ。でもあいつらに感じるのは、そんなんじゃない。オレ達みたいに子供染みた、構ってほしいみたいな、そんな単純なもんだ」

「そんなこと…」

「好きじゃなかったら、そうやって怒ったり悩んだりする事もない。お前がそうやってあいつらのことで悩んでいくってことは、やっぱり好きってことじゃないか?」

 カズキは笑った。その笑顔が、今まで見た物の中で本当に明るい気持ちをだしているようだった。なぜか胸に穴が空くような気分がして、私は自分の胸をなでおろした。そこには穴なんてものは無い。実際に穴は開いていない。開いたというより、とれたと言う方が妥当な表現だろう。

 今まで心臓に何かが抑えつけられていたような負担がかかっていたのかもしれない、と思えるほど、これまで若い時しか感じなかった胸の清々しさを体験した。

 シュウゴは頷いて笑っていた。カズキと二人で立ち上がり、お互いを支えあいながら歩き始めた。シュウゴの横顔には、なんで今までその事に気づかなかったのだろうと言う驚きと、難解を解いたような清々しさがあった。

 彼らの後姿を見送る。二人の心配はもういらないと、私のどこかがささやいてきた。遠くの方で閃光があがる。雨に負けず輝く一筋の光はジャングルじゅうを一瞬照らし、消えた。

 これまで奇妙なほど異様なものに感じていた密林が、今では私の知る密林になっている。迷いそうで迷わず、真っ直ぐ歩いていけるような密林に。

 同じように見上げるシュウゴとカズキ達を見る。彼らは私の存在に気づく素振りもなく、ただただ閃光の上がった場所を見る。

「…オレ、あれがビスケだと思うんだけど」カズキは呟くように言った。

「俺もそう思う」シュウゴも同じように言った。

 そして私自身も、そうであるような気がしていた。根拠のない事だが。

 イーオスの鳴き声が遠のいていくのがわかる。まるで私達のことどころでなく、他のものに注意を向け始めたようだ。イーオスの危険もないのだろうと直感で思った。
彼らが本格的に遠のいて見えなくなるのを、私は黙って見ていた。胸のつっかえがとれた気分だ。久しぶりに清々しさというものを味わったような気がする。

 私は、真夜中突撃団という鏡を通して、私を見ていたのだ。私は彼らと同じ悩みを持ち、同じ楽しみを持ち、同じ気持ちを味わい、そして仲間の事を愛している。

 私はジャラとデンデを好いていたのだ。簡単な答えだ。彼らの身なりや態度なんか関係ない。彼らが私を好いて一緒にいてくれているように、私も彼らと共にいるのが心地よく感じているのだ。

 なるほど、よくわかった。こうして認めてしまえば、簡単に悩んでいた事は解消されていく。もう今では、真夜中突撃団という鏡に興味がなくなっていた。彼らが口にした気になる部分は、私の記憶の片隅にある程度で重要視される事は絶対にないだろう。それはギルドの仕事でも、だ。

 カズキにシュウゴはもう無事だ。恐らく、カンやビスケも無事だ。私の彼らの救出という任務は終わった。現に私が彼らを助けていないとしても、倒す対象であったリオレウスが弱り果て、ランポスに止めを刺されてしまった時の場合と同じように、依頼完遂には間違いない。

 心配事がなくなると思うと、胸のつっかえどころか防具や武器の重みも感じなくなるほど体が軽くなってきた。

 結論から言おう。真夜中突撃団はハンターズチームだ。他のチームと変わらない。彼らは人間だ。他の人間と同じ、愛を持ち、真を備えている。

 そして私がこれ以上彼らに干渉することはないだろう。いや、ない。絶対。


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