「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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大泥棒の路地裏
エピローグ
「本当に行っちまうのかよ、ロシャ?」レヴァンを囲む巨大な城壁の門を前にして、ジャラが言った。しかし、その声には引きとめるような懇願は微塵もなく、逆に祝うような響きがある。
ジャラは私自身の問題、それも些細な事が解決したのを私の顔を見てわかったようだ。さすがは長い付き合いだ、と言いたいところだが、どこか気持ち悪い。
「さびしくなるッスね」同じようにデンデが言う。彼もまた、私の変化を見て安心していたようだった。
「うむ。ここに近いわけではないが、故郷はいい場所だ。骨を埋めるにはもってこいさ。お前達も、機会があれば寄ってくれ」
あれからひと月、私は真夜中突撃団に関してのレポートを書き終え、ギルドマスターへ提出した。あの日の事についてはほとんど触れていない。実際、触れる必要が何一つないのだ。私の作成したレポートは時機に他のギルドへ回り、真夜中突撃団の情報を得たギルドがさまざまな講義をするだろう。しかしそれは、もはや私には何も関係ない事だ。
そして、結果は出るだろう。真夜中突撃団は結局、優秀なハンターでギルドに忠実だ、と。私のちょっとしたフィクションも加わっているが、それを彼らが疑ったところで真実を見る事は叶わない。ギルドマスターは私のレポートと共に辞表を受け取り、私がギルドを辞めて故郷へ帰ることに許可をしてくれた。
確かに悩みのつっかえはとれた。私はジャラとデンデが好きで、悩む理由はそれだけだということだ。認識してしまえば意外にあっさりそれはとれてしまうものだ。
しかし、老いには勝てない。結局のところ、狩への魅力は失ったままだ。それはデンデもジャラも関係ない、本当の個人的な理由だ。それが老いだ。
疲れて、あらゆるものを知った老人はそれに対して意欲を失う。老兵は黙って去るものだ。私はそれに従いたい。
「君もどうかね、ヴィネ?」ジャラとデンデの脇に影のように現れたヴィネーダ嬢を見つけ、彼女に向かってそう言った。手には珍しい緑色の花弁をもつ花の束を持っている。
デンデとジャラは同時に振り返り、驚いた跳びあがった。
「ヴぃ、ヴィネーダ嬢!?」大げさにジャラは大声を上げる。
「な、なんで待受け嬢がここに?」とデンデ。
しかし彼女はそんな二人のリアクションに反応せず、涼しい顔をして間を通り抜けて私のところまでやってきた。
「マスターからの使いです。あなたに、この花束を」
私は彼女から緑色の――私の好きな色だ――花びらの花束を受け取った。
「ありがとう」
「長い間、お疲れさまでした。彼もあなたに感謝しています。どうか、お元気で」ヴィネーダは珍しく微笑を浮かべていた。いつもつんけんしているくせに、こういう時はどこかしおらしくて、美しく見える。もとが美人なのだから、男が出来た時以外にも笑っていれば、もっとマシな男がよってくるかもしれないのに。
ジャラとデンデは、何十年もハンターを続けてきた私へのはなむけの為に珍しくヴィネーダが見送りにやってきたと思っているようで、どこか納得した様子だった。実際そうかもしれないし、そうでもないかもしれない。
「君も元気で、ヴィネーダ」
こんな穏やかな気持ちで彼女に接する日が来るとは思えなかった。こんなのも、悪くないかもしれない。
門から離れた場所で、異様に目立つ集団を見つけた。
青い髪の少女が、もふもふした黒い頭の男と言い争いをしている。なだめるように緑色の髪の毛の少女と、腰にグラビィトンハンマーを不格好に下げた少年が間に入って言葉を交わしている。バベルを背負った少年とレウスシリーズで身を包む少年が笑いながらそれをみて、斬破刀を背中にかけた少年が呆れた様子でため息を吐いている。
「おーい! こっちこっちー!」
大声で栗色の頭をしたガンナーの娘が、馬車の前で手を振って彼らを迎えていた。
青い髪の少女が大股で馬車の前まで行き、娘に話しかけている。
「ちょっと聞いてよビスケさん! このシーマがさー!」
「わー! 言うなって! 言っちゃだめ!」と口を抑えるもふもふ頭の男。
「もーいい加減にしなさいよー。どっちだっていいじゃない」とジャラが『愛しの君』と称して止まない少女。
「マキさん、お願いだからハンマー振りまわさないで…」と心配した表情のグラビィトン少年。
「誰がハンマー振った!? あんた、いつもそんな目であたしを見てたんじゃ…!」
「あわわわ」
「いやぁ、相変わらず面白いわ。あの二人の口論は」と笑いながらあの日密林を脱出し、ガンナ―の娘と共にアンディールの故郷で応援を呼んできた少年が言う。
「面白いけど、あの二人のおかげでこうして苦労しているのもあるんだけどなぁ…」先ほどまで笑っていたが、その事を口にすると笑えないように青ざめるレウスシリーズの少年。
「んだんだ。まあ、今日もその為に頑張って働くか~」と斬破刀の少年。
「みんな準備はできた~? それじゃ、いきましょ♪」とバベルの少年と応援を呼びに行き、最終的にカズキとシュウゴを救出してくれた娘。
彼らは馬車へ乗りこみ、次なる依頼へ進ませるため御者を急かした。アンディールはせわしなさそうに自分の準備を整えている。
私もヴィネーダもそれを見ていた。
「…あの子たちなら、大丈夫。あなたは心配ですか?」彼女はデンデやジャラに聞こえないくらい小さな声で囁くように言った。
「いいや」短くわたしは首を振って笑った。「彼らを近くで眺めてきていたからこそ、私もわかるんだよ。心配なんて、そんな事思った事もない」
「でしょうね」くすりとヴィネーダは笑った。
馬車の御者が門まで迎えに来た。お別れの時だ。私はデンデとジャラを見た。私の愛すべき、友。
「へっ、老いぼれが今日までよく粘ったもんだ。お前がなんか見つけたっていうなら、それはお前のもんだ。好きな所まで連れて行けばいいさ」ジャラは減らず口を叩く。
「お前にも、それは見つかるだろうな。多分、同じものがな」
「まあ、後は任せてくださいよ。ジャラさんを俺一人で抑えるのは難しいかもしれないですけどね」
デンデもジャラも笑っている。私も笑っているのだろう。私は彼らを心から認めた。そして酒場のあの気さくな連中も、ギルドマスターも、ヴィネーダ嬢も、私の愛すべき人々だ。別れるのは正直辛い。
私は馬車の縁に足を踏み入れ、扉を開けた。この馬車は私と同じように振りようで、それだけでぎしぎしときしみあがり、ぎいぎいと音を立て始めた。
「さらばだ、友よ」
「ああ、元気でな」
「いつか遊びにいくッスよ。それまでくたばらないでくださいよ」
ヴィネーダは言葉を放つ変わりに、一礼をして踵を返し、酒場へと戻っていった。
御者は馬に鞭を打って馬車を走らせた。ジャラは仁王立ちでそれを見送り、デンデは手を振っていた。つまらない奴だと思うだろうが、私は何も反応せず馬車の中へ乗り込み、座椅子に腰かけた。
馬車はレヴァンの城壁を潜り抜け、門の外へ出ていった。その馬車の隣に、もう二台馬車が走っている。
賑やかな子供達を乗せたアンディールはその空気に慣れていないようで、どこかよそよそしかった。まるで本当に謙虚を知らない子供を乗せているかのようだ。
馬車はやがて二手に分かれ、それぞれの道を目指した。馬車はゆっくり、ゆっくりと目的地へ向かって走っていた。
――ギルドマスター、彼らは普通のハンターです。我々と同じく、人を愛し、楽しみを見つけ、悩んで、考えて、協力を惜しまない、ただの人です。彼らを問題に思う必要は何一つありません。保障します。
――君がそう言うのであれば、そうなのじゃろう。わしは君を信じよう。
私はとことん恵まれた男だ。私にこんなことを気づかせてくれた真夜中突撃団には感謝してもしきれない。彼らには心より感謝していいる。それが正直な気持ちだ。彼らが今はどうやって過ごしているのか、私にはわからない。ただ、今まで通り楽しくやっていることを祈る。
追記
友人ジャラ・ハートンは先の戦争で名誉の死を遂げた。デンデはのちにハンター家業から足を洗い、今はレヴァンで小さな酒屋を開いているそうだ。デンデから詳しくジャラの戦争での名誉の死とやらを聞いたが、彼のその名誉のため私がここへ書くのは遠慮させてもらおう。
そして、真夜中突撃団だが――
日誌 ロシャ・フェイトニー記 完
「ってなによこれぇ!!」
『ロシャ・フェイトニー記 真夜中突撃団(架空の物語)』を手に取った少女は最初のページと、最後のページを数分ほど呼んだかと思うと、突然大声を上げた。その剣幕は今にも本を破いてしまいそうな怒りが滲んでいる。
少女は本を叩きつけるように私に投げて、指さしてきた。
「ちょっとじいさん! どういうことなの、これは!!」
「どういうこと、とは?」
見たところ年齢は十七歳くらいだ。四年前の彼らと同じくらいの年齢。そんな少女が、私を指さし怒声を上げている。こんな体験、こんな年になってまでするとは思わなかった。
「なぁにが真夜中突撃団の話よ! こいつらがどこにいるかとか全然書いてないじゃない!」
「…?」少女の怒声は激しくなるばかりで、高い声が荒れ始めている。しかし、彼女は何を言っているのだろう?
「ちょ、ちょっと…」少女の連れの、頭を覆面のようなもので覆った少年が彼女をなだめるように袖を軽く掴んだ。「このおじいさんはただの行商人で、その本書いてるわけじゃないんだから、おじいさん攻めたって何も変わらないよ」
「あんたは黙ってなさい!」
「はい」
少年はあっさり身を退いた。
少女は私の方へ向き直り、また凄い剣幕で睨んできた。
「おじいさん、この本を書いた人知ってる?」手に本を持って叩いている。
「いや、私はただの行商人で、何も…」本人です。
「ふーん! 真夜中突撃団の本っていうから、あいつらがどこにいるか手掛かりでも書いてあると思ったら、とんだ労力の無駄ね。じいさん、その本書いた奴が新書出しても、もう入れない方がいいよ! 嘘っぱちの作者だね!」
「う、うむ。気をつけておこう」
「まあ、そう簡単に本見たくらいで見つかったら苦労しないって」少年が肩を落とした。その様子は、少女に向けたものだとわかった。
「まあ、そうね」少女は顎に手を添えてにやりとした。
少し離れた場所で、二人のハンターが手を振りながら歩いてきている。一人は驚くほどの小男で、もう一人も驚くほどの長身だった。
拳を握り、前に少女は突きだす。その目は熱い炎がある。
「見てなさいよ、真夜中突撃団! 必ずあんたらを見つけ出して、ぶっ飛ばしてやるんだから!」
真夜中突撃団は彼女に何をしたのだろう。気になったが、あまり関わらないほうがいいのかもしれない。
「おーいおーい! はやくいこうよー」長身のハンターが手を振っている。顔は防具で見えない。
しかし少女はまるで聞いていないようだ。
「まずはあいつらを越える! そしてあたしらという存在を知らしめる! そうでしょ、クロス!」
覆面をした少年は頷いた。
「そうだね」
少女はまた本を叩きつけるように私に渡し、踵を返してハンター二人のもとへ歩いて行った。
「さあ、行くわよ! エノク、ノイズ、準備はできてんでしょうね?」
「ういー」エノク、ノイズのどちらかと思われる小男が手を上げて言った。
「今回も気合い入ってるねーサヤは」エノク、ノイズのどちらかと思われる長身の男が流暢な口ぶりで言った。
「当然よ!」サヤは両手を組んで、手柄でも立てたような満足気な笑みを浮かべる。「あいつらよりずっと凄い活躍して、悔しがらせてやるんだから! さあ、ノイズ、エノク、クロス! 今日もぶっこんでいくわよ!」
あれから四年も経つが、ハンターズは次々と新しい者達が入ってきているようだ。ギルドもさぞ安泰なのであろう。
そういえば、真夜中突撃団の最期の項目を書くのを忘れていた。まあ、これはあまり書く必要はないかもしれない。今では国中が、彼らの事を知っているのだから。だが、彼らがどこにいるのか、知っている者はいない。私も特にそれには興味がない。
ようやくレヴァンの正門までたどり着いた。ここへ来るのは実に四年振りだ。さて、私は古き友人、デンデに会いに行くとしよう。
真夜中突撃団 日誌 ロシャ・フェイトニー 終
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