♪アトリエえんどうまめ 今季洋の日記。

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2006.06.17
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今日おえかきに来ている人が


「もう、ババを掴んでいるのは
たくさんだと思います。」

その人も私と同じ
冥王星スクエアーを
強力に受けている人だ。

私はタロットのおえかきの人たちと
強力にリンクした


タロットのおえかきの人たちは
ポツリポツリと増えていて
なので、わたしは
パイ生地のように

その人たちが描いている
タロットの内容とリンクした
何層もの世界を
生きている。

今日の人は
6.恋人たちを描いた。

なので、

ゆうべから私は
その課題にリンクし始めていた。

パートナーと決めた人からの
レスポンス。

私の場合、ネイタルの太陽は

パートナーを表すそこは
現在もはや
冥王星スクエアーの
射程圏内に入っている。

今日のおえかきの人のいった言葉
ババ=ジョーカー=0.愚者。

現在0.愚者を描いている人と
描こうとしている人がいるせいか

私自身
0.愚者に再度リンクし始めている。

冥王星は
0.愚者的でもある。

きのうから
『ユングとタロット』の
0.愚者をわたしは読んでいる。

それによると
かつてヨーロッパの宮廷に雇われていた
0.愚者は
現在でいうところの
精神もしくは肢体不自由者で
あったらしい。

そのような
障害を持った人たちと
わたしは
おえかきを通じて
何度か関わりを持ったことがある。

彼らは
グルジエフ曰くのところの
「高次水素」を
ただ存在していることだけで
発する人たちである。

古の時代には
そこの部分は十分に
社会的にも評価されていたのだな、と
思う。

存在することの価値観が
現代とはまったく違っていたのだ。

『ユングとタロット』の著者である
サリー・ニコルズという女性は
同書の中で(P.68)
「しかし、いわゆるより文明化された共同体では、これらの一般的標準から逸脱した者たちは、もはや認容されなくなった。そのため、こうした人々は施設の中に閉じ込められることになった。」と書いている。

近頃はたびたび
「運命愛」について考える。

どうして
このような
ネイタルチャートに
生れ落ちたのか?

ほんとうに
「わたし」は
それを望んで
生まれてきたのか?

亡くなられた整体のS先生の
整体を受け続けていると
私はこのような
生まれ持ったものからも開放されて
何も起きない
静寂と幸福に満ちた
日々を過ごすことができた。

その天国のような日々の中で
ふと、わたしは
そのことについて
疑問を感じた。

「これは、生きているということに
なるのだろうか?」と。

すると、その疑問に
呼応するかのように
数少ないシュタイナーの
日本人牧師から

「生まれ持った宿命のままに生きられたら
それは、幸せなことなのですからね。」という
言葉を聞いた。

驚きだった。

ネイタルのチャートに
インプットされているもの
それがどのようなものであったとしても

そのままに生きられるということは
幸福なのか!

わたしが
閉ざしていた
占星術への道を
再び開くことになる方向付けは

このあたりから
なされたことになる。


私たちは誰もが
ともに生きている存在なのだと
つくづく思う。

ひとりの気づきは
そこに留まらず
周囲の人たち
そしてすべての人たちへの気づきと
即座に変化してゆく。

そのことは
とりもなおさず

この世を生きている
誰もが

何らかの
負荷=重荷を
背負いながら生きている
ということなのではないか。

そのことによって
生きることで
書き換え続けている
何かがあるのではないか。

それは
ただ単に存在しているということなのかも知れないし
世のため人のためを思っていることなのかもしれない。

そのいずれにしろ
たいした変わりは無いのではないか、と
わたしは思う。





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Last updated  2018.11.25 12:29:00


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