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実家の母と味噌の仕込をした。去年初めて友人たちと作った。生協の作り方の通りで作ったら、ちょっとしょっぱかったがそれでも自分で作った味噌ってなんだか愛着がわいて、うれしかった。味噌は昨年宮崎の友人のところに産後のお手伝いに行ったのだがそのとき以来麦味噌が好きになってしまって、こちらのほうの米味噌と麦味噌を混ぜている。やや甘めになって野菜の味も引き立つ気がするのよね。ということで今年は麦味噌を作ろう!というはなしをしていたら、母が乗ってきたのだ。物置に昔梅干とラッキョウをつけた甕二つあまっているのがあるというのだ。実は来週玄米味噌を作る予定だったので去年仕込んだ甕はそれに使う予定だったので、もう一つ買わないとなあ、なんて思っていたので、ラッキー、じゃあお母さんも一緒に作る?なんてな話になりました。去年、うっひさんが麦味噌を仕込んだ話がブログにあったのを思い出して、聞いてみると、ゆでた大豆に米麹の代わりに麦麹で作るんだそう。関東ではなかなか麦麹が手に入らない、なんて話も聞いたので、ネットで頼むか、と思っていたら、たまたま母親用の味噌材料を買いに行った酒屋で(自分のは生協で頼んでいた)麦麹があったのでした。よーし。ということで、つくりました。材料の分量は麦麹を増やしたほうが甘めになるなんて話しも聞いていたので、生協や麹の製造元に問い合わせたりもしたのですが、結構計算が面倒で、わけが分からなくなったのと、麹の販売単位が1kg単位なので、今回は去年の米味噌と同じ分量でやってみることにしました。ただし塩分はやや控えにしてみました。あまり塩分が低いとカビがはえたり、酸味が増すそうです。これもやっぱりやってみないとなんともいえないんでしょうね。今回の親子で味噌作り、というのも普通だったらおばあちゃんからお母さん世代に味の伝承なんていうとっても素敵に思えることでしょうが、実際のところうちの母は味噌をつくるのは68歳にして初めてだそうで。す。とほほ。「おばあちゃんつくってなかったの?」「さあ・・・わからなかった」「結婚前、台所に立った?」「忙しかったから」←今で言うOLのはしりで、会社に習い事に忙しかったようですが家の事は何もしなかったらしいです。作業をしながらそんな会話をしていたのですが、作業といっても大豆をゆでる⇒つぶす⇒麹と塩を混ぜる⇒それに種味噌と大豆をまぜて、団子状にして甕に詰める、という作業なのでとっても簡単です。2時間くらいで出来ました。1日のこの作業で翌年味噌が楽しめるならそんなにつらくはないと思います。あとは麹くんの働きに期待すればいいわけですから。ま、そんなことをしてたわけなんですが、そのあと午後サンバハウスに行って斉藤先生とやいろいろなかたとお話しする機会になって、母乳の話になり、私たち世代が親からおっぱいをもらって育っていないのにどうやったら母乳育児に取り組んでいけるのか?ということになりました。上記にあったとおり、私の親は戦後復興の時代に育ってきました。ちょうどアメリカから牛乳が取り入れられよいものだ、とされていた時代です。もちろん分娩も自宅ではなく、病院が、その当時の最先端を行っていたんでしょうね。私や姉は病院出産の、ミルク育ちです。多分そんな方がどんどん多くなっていっていたんでしょうね。実際話を伺った方もそういう方が多かったみたいです。(私は遅れていったので聞き逃したのですが)そういうふうに、育ってきた私たちが自然育児の最初の取っ掛かりであるおっぱい育児にどうやったら取り組めるのか?そんな話をしていました。でも、それは誰でももっている自然本来の力なんですよね。そんなことを4月からサンバハウスで開催される「母乳教室」という講座でみなさんが学んでいくお手伝いをすることになりました。一昨年の11、12月パート1、昨年5,6月パート2、昨年11,12月パート3と私は参加させていただきました。いわば1期生みたいなものです。私自身母乳教室に参加したことで、自分自身やまた育児に対して根本のところが揺らがなくなったことを日々実感しています。参加者同士コミュニケーションをはかりながら、母乳について、自分についてより深められるよう、企画をしていきたいと思いますので、ご興味のある方、よかったらご参加くださいね。といってもまだ告知できる段階ではないのですが、おしらせできるようになったら、お知らせいたします。よくサンバハウスの斉藤先生がおっしゃっているのは結局出産準備教室にしても、母乳教室にしても、それこそ味噌作りにしても本来親から子へと受け継がれていくべきことが、今は途絶えていているのだと。それを絶やさないようにしていきたいし、また自然の力は偉大だからなくなったと思っていても、子の代でなく孫の代になって復興するのだと。本当にそのとうりだと思う。特に私たち親世代がわかっていないこと、ってまだまだ多くって、それを少しでもおばあちゃんや親世代から受け取って、子ども世代に受け継ぐことが出来れば、この今の不自然な世の中が少しづつでも変わっていくんじゃないかな。。。と思うのです。きっと変わっていくよね。そう期待を込めてこれからも生きて生きたいし、私に出来ることをしていきたいです。今日は熱い・・・(外は寒いけど)ももくさ★いずほでした。
2006/01/31
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ハピチアに参加しました。ひろみコーチのママイキに参加したものの、体調不良や娘の幼稚園の行事や何かで2回しか参加しなかったのに、いきなりハピチアに行ってしまっていいのかしらあ?なんて思いつつも、ひろっしゅコーチのあのパワーを浴び、さらに産後落ちついてからの仕事にもいかしたいと思って参加したのでした。お出迎えの役をおおせつかって駅まで迎えに行ったところ、参加者がもう一名増えたとのこと、我が家の車の後部座席にはチャイルドシートが・・・結局私がうまくはずせないのを気遣って細いゆっこさんが乗ってくださいました。チャイルドシートに・・・す、すみません。次回までには着脱を覚えておきますね。実際の会では自己紹介を兼ねていま何をしているか、どういうことを伝えたいか?を1分30秒で話す。10名の参加者でしたが、それぞれに熱い物を持っています。実体験を交えてコーチにお話いただいた。具体的にどういう人をターゲットにしたいのか?対象を絞ることの大事さ、そこには自分のポリシーがかかわってくる。ブログの活用方法、など。それを踏まえたうえで、また一人一人、自分に提供できるもの、誰にどうなってほしいかの発表。一人づつの発表にコーチの的確な突っ込みや他のメンバーからの意見により方向性が明らかになっていく。それって目の当たりにするとすごかった。私の場合、語っているうちに花がつぼみから咲き、枯れていくことへの移ろいなんかを楽しんでほしい、なんてのが引き出されてきた。つまり花に対しての付き合い方「how」をお伝えする。さらに、個性を重視してその日となりの作品を創る、「上達しないことが目的の講習をする花屋」なんてことになって、いた。いい。さらにきょぴきょぴさんからスピリチュアルなことへのアプローチなんかも言っていただきうれしかった。フラワーエッセンスについてもこれから勉強することを本格的に決意したので(今は持って本などで自主学習のみ)、実際に使えるようになったらそれも視野に入れていくことにする。なんだかあっという間に2時間半が終わってしまった。これから整理して、自分の身につけて行けば、さらに将来に生かすきっかけになっていくことが、きっと出来る。そんな気がしました。変な文だな。会場を用意いただいたぴろぴろさん、どうもありがとう。あなたのさいたまネットワークにもぜひ参加させてください。ひろっしゅコーチ、ありがとうございます。参加された他の皆さん、どうもありがとう。また次回にパワーアップして会いましょう。宿題の「今の段階で出来る楽天のトップページを変えてみる」やってみました。ついでにハンドルネームも変えてみました。ももくさも好きな屋号なんですが、自分の名前も実は好きなんですよね。なので両方欲張ってみました。よかったら今度あったとき、いずほという名前で呼びかけてください。ではではまた。
2006/01/29
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1/23.24とタッチフォーヘルス健康法のレベル1を受講した。キネシオロジーのことを知ったのは確かpikaさんのブログだったように思う。そこから、みみずの会のみなさんのブログを拝見したあとこんなすごい治療法があったんだと感銘を受けた。7月には夫(と娘たち)をつれてアトラスキネシオロジーjapanに。体調も、精神的にもどん底だった彼。ホメオパシーの相談会にも行って、過去の自動車事故の恐怖は手放したように思えた。でも、現状に対して受け入れている面が多すぎて、本来の明るく積極的な彼らしさがないように思えたのがいやだった。私が救える方法はこれしかない!?なんて思って行ったところ、キネシオロジーででた治療法は、ごしんじょうと、ジェモエッセンスだった。ごしんじょうではかなりパソコンに囲まれて仕事をしていたので、たまっていた電磁波をぐりぐりやられてすっきりしたようです。ジェモエッセンスも最後まで飲んでいました。そうしたら。今いる現状(つまり会社ですね)が自分の能力を発揮できる場所ではないことに気づき、やめ、新しく自分のいる場所を見つける決意をしたのです。それには、わたしが第3子を授かったこともきっかけにあるかもしれません。いろいろな彼を取り巻く環境や状況がそうさせたのだとも思います。タイミング、というのもあるでしょう。でもそのきっかけのひとつはキネシオロジーによるものだったと私は信じている。TFHを受講したいなー、と思ってましたが自分の体調やタイミングが合わなかったのが、今回さいたまで開催というのでうれしかったです。主催のほっと☆リバーさんありがとう。参加者7名、再受講者1名の中なんと妊婦が4名。合計12名で慶太さんの講習を受けたことになるのかな。途中で筋反射の練習のときも、気づかないうちに赤ちゃんが答えていたりして(私の場合)おっかしかった。講習自体もまさに生もの、という感じで脱線もちょくちょくあり、またそれが役に立ったりして。そしてじっくり時間をとって理解が出来るように講習が組まれてあって助かります。2日間での重要事項・目標設定の大切さ。 一人一人に目標設定を確認。 ☆私の場合、家族のため、将来の勉強なんていうのもあったが、いろいろと慶太さんに話していたところ、結局、「いいお産をする」でした。3人目になるのに、ね。まだまだ恐怖感を取り除かないといい出産にはたどり着けないようで。これが課題です。これからあと2ヵ月半。・陰極まれば陽になる。これは慶太さんの実体験に基づいたお話より。・相手を変えようとするのは無理。まず自分から。これは私は実母との確執で実感しました。私が変わったら母親も変わりましたし、いろいろ言われても気にならなくなりました。・問題が2つ以上あったらまず根っこのほうから片付けよう。それによって他の問題がかたづいてしまうことも多い。・目標設定のときなど、相手(クライアント)が分からなくなっていたとき、1.自分はたんなるマシーンになる2.よくなってもらいたい気持ちをもって3.常に客観的に見たうえで、あなたはどうしたいのか?を導き出す。(こうかな?と思うことは口に出さない)これは結構難しいと思う。でも、相手が本当の気持ちを出せたらそれがもう解決への第一歩なんだなあ。・問題についての釣り上げの要因。◎構造・感情・栄養・環境・その他(カルマ・遺伝・霊障) 感情の相手◎家族・恋人・友人・会社・お客様(クライアント) さらに釣り上げの言葉。◎時間・金・生・死・美・愛・sex・容姿・名誉・権威・欲望・子ども・勝・負け・食・政治・虐待・能力その他その人にこだわりのある言葉。これは本当に実践するしかないですよね。これから練習あるのみ。・水の不足。体に脱水が起きている。解毒するにも水が必要。もちろん脳を回すにも。私の場合、おなかの赤ちゃんともども必要な水の量は1日2リットルと出ました。・・・それ以来水飲んでます。どんどん。そしたら調子がいいですねえ。それまでお茶ばっかり飲んできたので。お茶ですら体は食べ物だと認識するそうです。・実際の筋肉が弱まると出る症状とそのチェック方法。・その他靴の話などなど・・うーーん。盛りだくさんでしたね。去年、パシフィックエッセンスの講習会に出たときには12経絡の弱いところをその場所の少し上の辺りを手で感じるだけだったので具体的な方法も分かってよかった。結構いろんな筋肉が弱っていたなあ。その調整もしなくては。いろいろ忘れないように書いていたら長くなってしまいました。一緒に参加された皆さん、慶太さんどうもありがとう。あと2日楽しみにしています。
2006/01/23
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久しぶりに太極拳に。産後も変わらず美しい、ぺヤングさんにうっとりしながら、体を伸ばす。先月一度、マタニティーヨガに行ったきりなので、体がなまっていました。いつもの和室でななかったので、壁に足を上げたりするなど床に座る動きが少なくいつもと違っていましたがかえって気持ちよかったです。実は今日で、おなかの赤ちゃんは8ヶ月目になるのですが(は、早い)、年末に体を酷使したこともあってか年始の健診では、やや貧血気味の尿蛋白も±と、ややマイナートラブル症状がでてきました。どうもおなかのあかちゃんが、「ちゃんと私のことみてるのーーー?」といっているような気がしてならない。。そうっすね。ちゃんと体、と心を向き合わせないと、また次女のときの二の舞になってしまう・・。そんな話もサンバハウスでの出産準備教室で体験談としてお話しているのに。今日の太極拳では後半、ある参加者の方の体調不良のお話から参加者全員が輪になって体の不調にどうやって向かい合っていくのか?なんて話になった。ぺヤングさんは体の不調を訴える方に現状をびしっと判断(診断?)しながらも自分しだいで治っていけるよ、と繰り返しお話していて、そうなのよねーー、と私は心からうなづいてました。人のせいにして悪い体調のそこだけを治したって変わらないし、自分にとって楽な姿勢=体にとっていい姿勢ってわけじゃあないのよね。ちぢこまっていると体がかわいそう。もっと体を愛して、感謝しよう、なんて話をされていて、やさしく包むようにそして自分で立てるようにそっと背中を押しているぺヤングさんのお話はこころに響きました。「たいへんねー、整体にでもいけば」って言うようなその場限りのお話ではなく、「きっと治るからまず少しづつでも姿勢を正してみてね」のほうがどんなに、後々の彼女にためによいか。ぺヤングさんには愛がありますね。とってもいい姿を見せていただきうれしかった。わたしも今日は股関節が痛いです。体と向き合わなくっちゃね!
2006/01/20
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新年明けましておめでとうございます。なんて、もう、8日ですねえ。すっかりご無沙汰しています。12月は、かなり忙しかったのでした。体調もギリギリ線の上で大丈夫、子どもも夫も乗り切ったのでした。娘の幼稚園の祝会に合わせた聖歌隊での発表があり、練習から発表までの流れが終わりひと段落、でした。と思ったら12月、お仕事が結構あり、押し花の作品作りやリース作りやアレンジメントのミニ講習という感じのものが断続的に27日まで続き、合間に記念日やお誕生日のお花のご注文があったのでした。これはけっこううれしくって、今はあえてお花の仕事の宣伝を大々的に出来ないので私のことを覚えていてくれてご注文いただけて本当にありがたかった。しかし本当にブログをかけなかった、書く気になれなかったのは12月の初旬に私の母の姉であるおばが倒れたからなのでした。足を低温火傷をして寝込んでいると聞いていたのに一変、ろれつがまわらなくなって救急車で運ばれたと言うのです。入院して集中治療を受けながらの状態が、一月ほど続いています。もともとは糖尿病があり、そこへ感染症で脳のほうが梗塞し、呼吸も出来ないので呼吸器を取り付けているそうです。12月の中旬におみまいに行った際には呼びかけると多少の意識があったように思えたのですが、今も状況はゆるやかに悪くなっているようです。母の兄弟は6人なのですが、その長女として生まれ、家庭科の教師となったあと、同僚のおじと結婚し、おじの家業をついで藤沢でサボテンやを営んでいました。サボテンの温室が何棟もあってそこでいろんな種類のサボテンを育て、それを買いにくる人に販売する仕事です。生産販売をかねた仕事で、大きなサボテンを買っていく趣味の人が多かった時代には、とてもよかった商売のようです。しかし景気も悪くなり、その分サボテンは私たち大衆にも広まりましたが、小さい種類の寄せうえや単価が安いものが出回るようになり商売は決して楽ではなかったようです。とてもなかのよかったおじがなくなってから10年、地道にがんばっていました。数年前一緒に仕事をしていた長男が脳梗塞で倒れてからいろいろ苦労をされていたようです。しかしいつも自分のことは口に出さずに気を使ってくれる伯母を私はよき相談役として本当に頼りにしていたのでした。ともすると感情的になりがちな母との間に立って仲裁してくれていました。やんわりと母に注意してくれるのも伯母だけでした。3人目の妊娠も喜んでくれはげましてくれていました。おおらかで、おっとりとしていて、でもほんとうに徳のある人でした。できれば元気になってほしい、でも、伯母にとってつらい状態だ続くならかえって早く楽になったほうがいいのかな・・・ずっとそんな考えが頭をめぐっていたのでした。自分でできることは何があるか、気づいたときにはレイキをしてお祈りをしていました。今日は母がお見舞いにいっています。去年一年を振り返ってみました。子どもたちが4月の幼稚園・保育園の入園を機に生活が変わり、私自身もブログをはじめることが出来、それを仕事に生かそう、軌道に乗るかなと思ったあたりでの妊娠の発覚。心身のバランスが崩れたのか、いろいろな問題が噴出、苦しみました。秋につわりが治まったあたりから徐々に自分自身への内省もしていくことによってやっと落ちついてきた感じです。きっといろいろな出来事が、私を気づかせてくれるようにやってきているのだと思いました。年を明けて今年は、なんていうかすごーくこれしたい、とかしようと意気込むのではなく力をいい意味で抜いた状態で出産、育児、家事そして仕事、勉強と私が必要とされている仕事をしていきたいと思います。必要なものはきっと目の前にやってくるはず。あと無駄なものは省いて生活を少しづつシンプルにしていきたいな。それには片付けあるのみです・・本年もよろしくお願いいたします。これを読んでいる方も読んでいない方にもたくさんのよきことがおとづれますように・・・
2006/01/08
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