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2007/07/01
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カテゴリ: 昔の思い出
そう頻繁には連絡をよこさないユウパパからメールが来て、「NHKのテレビ番組に出演するから、ぜひユウに見せてくれ」ということでした。彼の現在の本業は、亡き父親の遺志を継いでの地下資源開発なのですが、もうひとつお父さんの遺した仕事として、若い頃から陶芸ギャラリーを経営してきました。そこで取り扱っていた国吉清尚(くによしせいしょう)さんという陶芸家さんの一生を特集したドキュメンタリー番組が作られ、彼もインタビューに答えて生前の清尚さんを語っているのだそうです。

この国吉清尚さん、孤高の芸術家で、とても繊細でオシャレなオジサンでした。私が彼と結婚した頃、ちょうどお弟子だった若い女性と何度目かの結婚をして、何人めかのお子さんがユウと同じ年に生まれているんです。ガソリンをかぶって自らに火をつけ自死されたのは、確か私たち夫婦が離婚したすぐ後だったように思います。私は好きで子どもと2人になったわけですが、ある日突然にポツリと遺されてしまった奥や、1歳を過ぎたばかりのお子さんのことを考えると、複雑な気持ちでした。

Iくんというそのお子さんも、元気に育っていればやがて10歳になるはずです。あれからもう何年もの時が過ぎたのですね。実はこの間ずっと、清尚さんが私に焼いてくださった2枚の大皿が、ユウパパの手元にあります。今回のメールにはそのことも書かれていました。なんでも今年、沖縄で清尚さんの回顧展を行うとかで、それに展示して多くの人々の目に触れさせた後に返したいということでした。

この2枚の大皿の曰くをお話しますと、私たちが結婚してまもなく、 当時の夫の主催で開かれた酒器展 で私の作ったタイ料理を振舞うことになったのです。清尚さんがそれをたいそう喜ばれたそうで、後になって「これにぜひタイ料理の盛り付けを」と、わざわざ焼いてくださったということでした。その日は、那覇でも評判の美味しいお寿司屋さんもやって来て、出張握りをされていたのですが、清尚さんはどうやらタイ料理の方をお気に召したご様子でした。

わが家に置いて、ユウの満歳祝い(1歳になったときのお祝い)や来客時に活躍してくれたお皿たちでしたが、離婚が決まって、夫の荷造りが終わった家に入ってみると、2枚の大皿は姿を消していました。「私がもらったものだったんだけどなぁ」と思いはしたのですが、まあいいかと気を取り直して、それからは家探しから引越しの手配、MOMの開店など、忙しいことが続いて現在に至り、大皿たちはすっかり記憶の彼方に追いやられてしまっていました。

今ではきっと何十万円、もしかしたらもうひと桁ぐらい違う価格がつくかもしれない大皿たちが戻ってきたら、ありし日の清尚さんをしのんでタイ料理を作ってみようかな。その前に、ユウパパの出番が終わったあたりまでしか観ていない(伯父の家で観せてもらっていたのですが、子どもたちが、「もういい!もう帰ろう!」とうるさいので帰ってきてしまった)番組を、最後まで観なければなりませんね。

~・~ もうひとつの日記はこちら ~・~  富士ヶ嶺MOMの家  ~・~





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最終更新日  2007/07/15 07:55:10 AM
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