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今週は、自分にとって追い込みの時期です。追い込みといっても営業成績とかじゃなくて、資格の勉強。とれたら仕事で有利になるといった利害に直結した動機だけではなく、これまでやってきたことの結果をだしたいという気持ちで、ラストスパート頑張りたいと思います。とりあえず、今週は、可能な限り残業しません。仕事の帰りにどっかに寄らない。飲み会にも行きません。勉強の時間を確保するためにできる限り時間をつくろうと思います。でもだからといって、生活に必要な時間を削ってまで時間を作ろうという気はありません。これまで当たり前にやっていたことは、今週もきちんと行いたいと思います。忙しいから、ということを理由にやらないことを増やしたくない。できるだけ早く寝て早く起きて、朝食をきちんと食べる。週に2回は洗濯するし、晩飯の自炊もする・・・これまでの生活で行ってきたことをした上で、時間を作って集中して勉強する そうすることで、勉強のリズムも生活のリズムもよい方向に回っていくように思います。さあ、まずは明日の朝食用に米を研ごう。
2006.07.31
「自分はどうなりたいのか?」誰しも潜在的に想っていること、考えていることだと思うけど、自分は最近になってやっとそれを言語化できつつある。そして、自分の理想が見えた先には、「どうやってそうなるのか?」という命題がある。もちろん、"正解"は一つじゃないとは思うけど、僕が最近思うのは、結局想い続けること。困難な状況やうまくいかない自分にへこんだとしても、継続して想い続けることだと思う。自分の理想を実現した人生の先達たちが書いた書籍を読むと、そこには、大概、想い続けることの重要性がある。理想の姿が見えたけど、なかなかうまくいかない自分に苛立つこともある。でも、その場その場で、それ自体を受け止めて、まだまだだなあという自分にある種楽しみすら覚えながら、継続して想いを持ち続けていきたいと思います。
2006.07.30
今日は、3ヶ月ほど前に転職した元同期から連絡があった。連絡内容は、近況確認と今度飲みに行こうっていう内容だったけど、ちょうどこちらからも近況を聞いてみようと思っていたところだったので、同じように思ってたんだなあと思うと素直に嬉しい。彼とは同じ職場で一緒に仕事をする機会がなかったけど、今でも一緒に仕事をしてみたい人たちの中の一人。自分は、よくもわるくも人から影響を受けやすいほうだから刺激になる人と一緒に仕事をするととても楽しい。もちろん一緒に仕事をすると、単純に楽しいことばかりではなく、時にはお互いの主張がぶつかり合うこともあるし、相手から要求される水準の高さに尻込みしたくなるようなときもある。でも終わってから振り返ってみると楽しかったなあと思える。最近思うのは、何をするかということももちろん大事だけど、どんな環境で誰と一緒にするか、ということもすごく大事なことだと思う。彼とは、お互いに違う道に進み始めているけどもこれからもよい友人でいたいと思います。そして、少し大げさかもしれないけど、できるならば、いつか、一緒に仕事ができると最高だろうなと思います。
2006.07.29
普段の生活の中で、人は色々なことを決めている。昼に何を食べようか、仕事をどう進めていこうか、帰りにどこに寄ろうかなどなど。。。ありきたりの言葉だけど、生活は決めることの連続。日々何気なく行うような判断もあるけど、時には人生を決めるような重要な判断をしなければならないときもある。もしくは判断した時はそれほど重要ではないと思っていても、後々考えるととても重要な判断をしていることもある。できるかどうかは別としても、可能ならばならば"正しい"判断をしていきたいと思う。しかし自分は判断するときに結構迷う。二者択一の場合でさえも周りの状況や人の意見に左右されてしまうことがあるなあと思う。何が言いたいかというと、判断のための確固たる基準を持つことが重要ということ。そして、その判断の基準は、目先の利益や単純な損得ではなく、自分の人生を貫く基準であるということが大切だと思う。結局、自分はこうありたい、こう歩んでいきたいという想いに沿った基準であるほうが、最終的には自分にとって楽だから。自分にとっての基準は、受け売りだけど、人として正しいか、普遍的に本来あるべき姿か、ということ。これらを自分の原理原則として持っていきたいと思います。そして難しいけどとても大事なことは、どんなときも原理原則を見失わないこと。周りの状況や目先の利益で基準を変えないことだと思う。きっと、将来、判断に迷うであろう自分のためにも、今の気持ちを忘れないでいたいと思います。
2006.07.28
今、仕事関係の資格を取るために定時後に勉強している。受験する資格は、今の仕事で使っている内容に近いけど、本来は研修を何週間か受けてから受けるもの。資格の過去問やテキストなども市販されていない。半分成り行きで受験することになったので受かるのかだろうかと正直不安を覚えることもあったし、受験自体に尻込みしていることもあった。でも最近は、あとはやるしかないと思えるようになってきたと感じている。今回のために、これまで色々なことをしてきた。何種類かあるコースの中でどれを受験するか調べて、稟議書を書いて、申し込みをして、受験した人から過去問を教えてもらって、教えてもらった過去問にそって勉強して・・・勉強する以外の準備だけでも手間も時間もかかる。でも試験の勉強をするということと同じように、これらの準備は目的を達成するためのクリティカルパスであることに間違いはない。今、これらの準備がすべて終わり、勉強に集中できる状態が整ったと思っている。今でも「本当に今の方法でうまくいくのだろうか」という不安を覚えることはある。きっと実際に受験するまでなくなることはないと思う。それでも、これまでやってきたこと、そして今からやろうとしていることは、今できるベストの選択だと思えるようになってきた。だからこそ、あとはやるしかないと、前向きに、目的に対峙できるようになったのだと思う。今、追い込みの時期になって、勉強に集中できる環境ができ、あとはまさに自分の頑張り次第。色々とアドバイスをくれる先輩もいる。月並みだけど、やるしかないという覚悟ができて、今、清々しくとても楽しい気持ちになっています。日々の仕事やプライベートにも、この気持ちをだしていきたいと思います。
2006.07.27
前向きな気持ちで一日を初めようと思っても、日中に、いやなことやうまくいかないことはやっぱり起こります。失敗しないようにと十分注意したのに思わぬ失敗をしたりとか人のちょっとした言動に腹をたてることもあります。そして失敗に落ち込んだり苛立ったりする自分を発見するとなんかいやな気持ちになる。きっと、余裕がなく、物事に動じてしまっているのだと思います。大らかに健やかに優しく毅然といたいと思います。
2006.07.26
一瞬一瞬を真剣に過ごす事。言うのは簡単だけど、実行するのはなかなか難しい。何かをやることを決めた時に、どれだけ経験をものにできるか、どれだけ結果を出せるか、さらにはどれだけ楽しめるかは、つまるところ、どれだけ真剣に取り組んだかによると思う。振り返ってみると、最近、自分は適度に流してしまってるなあと思う。誰かと話をするとき、仕事するとき、遊ぶとき、本を読むとき、今よりももっと、真剣に集中してみよう。今よりも疲れるだろうけど、きっと今よりも濃い何かを得るはず。大事なことは、背筋を伸ばして、初めの一歩に集中すること。そして真剣になりつつも、決して遊び心を忘れないこと。
2006.07.25
仕事を進めていく上で「くさそう」「危なそう」と感じたことを同期と自発的に相談した。時間を決めて、お互いが作った資料を元に懸念事項や対応策を話し合う。失敗したときの影響が大きいということもあるから、お互いが話し合う内容は、自分の意見に固執せず、フラットだ。目的に向かって一直線に、議論が積みあがっていくのを感じる。実に生産的な時間だ。ちょっと前までは、同期だから妙に競争する気持ちがあって、フラットに話せないことがあった。まだまだだけど、少しは成長したかな。よし、この調子で行こう。
2006.07.24
機械式時計はクォーツ時計にはないよさがあると、よく聞くけど(もちろん、クォーツ時計には機械式にないよさがある)、機械式のよさって一体なんだろう。ある人にとっては、ねじを巻いたり時間合わせをしたりと手間がかけることで親しみがわくこと、だったり、時計会社や職人のこだわりがあることだったり色々あるみたいだ。僕にとってはというと、正直よくわからなかった。でも最近、機械式時計は僕のエネルギーを動力にしていることだと思うようになった。一般的な話だけど、時計が動くためには必ず動力が必要で、それは電池のエネルギーだったり太陽エネルギーだったり人のエネルギーだったりする。機械式時計の場合は、歩いたり、パソコンにタイピングしたり、悩んで頭を抱え込んだりした時の僕の腕の動きが動力になる。ちょっと大げさに言えば、僕の活動=僕の生命の営みが時計内部のゼンマイを巻き上げ、時を刻む動力になっているんだ。だからもし僕が機械式時計にエネルギーを与えなければすぐに時計は時を刻めなくなってとまってしまう。「僕の体から離れているけど、機械式時計には確かに僕のエネルギーが存在している」そんなことを思う。だからこそ朝起きた時とか仕事に疲れた時とかに、同じペースでこつこつと時を刻み続けている時計をみると、自分もがんばろうという気になる。半年間、機械式時計を使い続けた僕の答え。
2006.07.22
目標を設定しよう。1週間先、1ヶ月先、1年先の目標、そして人生の目標。これからずっと通用するような完璧でかっこいいものでなくていい。そのときそのときに感じた目標を設定しよう。そして何か違うと思ったら固執することなく次の目標を立てればいい。トライ&エラー。今の自分が少し背伸びしたら達成できるかもしれない目標。毎日の生活のスパイスになってくれるはずだ。そして今日も新たな一歩を踏み出そう。
2006.07.21
最近、前と同じ状況で、前とは違うことを思ったり考えたりしていることに気がついた。まだほんのわずかだし、周りに比べたらまだまだ足りていなけどいい意味で変化できてきたのかなあと思う。多分、色々と考えるようになったし、意識的にアウトプットするようになったからだろう(ブログもそのひとつ)。アウトプットすることは純粋に必要なことだし、アウトプットする過程で新しい発見をすることもある。いい傾向。
2006.07.19
人にあわせてしまうこと。微妙にどこか違うなと思っていても相手に合わせてしまったりオーバーな反応をしたりということがある。自分の弱いところだと思う。もちろん人の話に共感するということは必要なことだろう。相手のことを認めたり、相手のことを理解できたりすることは一人で生きられない人間にとってとても大切なことだと思う。それはそれで必要。でも、これは自分個人の話だけど、もっと自然な感じで共感できたらいいなと思う。自分がいいなと思ったことは誇張でも過小でもなく、感じたままに周りに向かって表現したい。そして時には共感できないことがあってもいいと思う。無理にあわせてしまうよりはずっといい。毅然と、自然体な自分でいたいな
2006.07.18
今週末、富士北麓の24時間リレーマラソンに参加した。初参加かつチームメンバー同士が初めて顔をあわせるということも多かったが、メンバーが途中で誰一人欠けることなく最後まで襷をつなぐことができた。とても楽しかった。それにしても他人からもらう力の大きさに驚かされた。今回、トータルで30キロ走ったけど、自分ひとりのレースだったとしたらきっとそんなに走れなかったと思う。皆でつないできた襷を、中継地点で待っているメンバーにつなぎたいと考えると途中でリタイアするということは選択肢にも入らないくらいだった。また沿道で人から応援してもらうと、自然と笑顔になってがんばろうって思うし、逆に他の人が走っているときは応援してあげたくなる。すごく優しい気持ちになれる。中学の部活で駅伝をやっていたけど、あのころよりも、他人の応援や想いのエネルギーを認識できたなと思う。あのころに比べて、余裕ができてきたし成長したんだなあとも思いました。もちろん成長していないと困るんだけど。24時間走りきれたのはチームのみんなのおかげです。あとは、たくさんの人が集まっているから色々と刺激になった。自分はどんなことを面白いと思うのか、どんなことを気にしているのか。自分を振り返るきっかけにもなったからよかった。とにかくすごく楽しい経験だった。ありがとう。
2006.07.17
マラソン大会に参加するため、ここしばらく毎日走ってきたけどとりあえず準備として走るのは今日で最後だ。走る準備ができて玄関を出る時に、「あぁ、今日で最後なんだ」と気がついた。もちろんこれからも走ることは続けようと思うけど、最後だからいつもよりもちょっぴりだけがんばってみようかななんてことを考えた。走ることに限ったことではないけれど「これが最後」と思うと、いつもと違う自分になることがある。いつもと違うパフォーマンスが発揮できたり、いつもと違う態度でいれたり、そしていつもよりもほんの少しだけ優しくなれるようなこともある。いつもと違う自分になるのは、きっと、後で後悔したくないからなんだろうと思う。「十分に~したなあ」と思えるように。少なくとも自分の場合は。でも人生には「これが最後」って思ってなくても突然最後がやってくることもある。そういう時に、自分は後悔しないでいれるのか?きっと後悔するんだろうなと思う。だからこそ、その場その場を大切にする気持ちを持っていたいと思います。
2006.07.13
ゴールや成果が見えている場合、それに向かって 努力するのは、多分、比較的簡単な事なのだろうと思う。 難しいのは、成果が出ないで努力が徒労に終わってしまう かもしれないという状況で前に進んでいくこと。 今の自分にはそれができていない。後々考えるとゴールが 近かったのに、この方向でいいのだろうかと不安な気持ちに なったときに途中であきらめてしまうことがある。 でも周りにはゴールを信じて進んでいける人がいる。 あと一歩踏み込むか踏み込めないかという差 なのかもしれないが、そこには大きな一歩の差が ある。 不安を感じたときにこそ、力強い一歩を、踏み出していきたい。
2006.07.12
ここ1週間ほど、仕事から帰ってから、家で勉強して、走るという生活を続けている。勉強は仕事関係の資格をとるためで数ヶ月前から続けている。走るほうは、ひょんなことからある大会に出場することになったのでブラッシュアップのために1週間ほど前から続けている。資格の勉強だけしていた時もそこそこ悪くはなかったけど、走るようになってからは、なんだかいい感じになってきたなあと思う。生活にアクセントがついたような感じだ。勉強に使える時間量は少なくなったけど、逆に勉強の「密度」は濃くなってきたと思っているし、日中の仕事も早く終わらせようと思うようになっている。仕事のこととか勉強のこととか忘れて、頭を空っぽにして、ただ走る。実に単純なことなんだけど、今の自分の生活を引き締める重要な役割をしていると思う。三日坊主の自分なのでいつまで続くかはわからない。もしかしたら数日後にはもうやめているかもしれないけれど、この生活のリズムをしばらく続けていければいいなと思います。
2006.07.11
最近気に入っている言葉がある。元ダイエーホークス秋山幸二選手の言葉だ。「動けるときにうんと体をいじめておかないとダメ。年がいけば、やりたくてもできなくなる。20代後半から30代前半に体を動かした貯金が、35歳から40歳になったときに生きてくる」長く現役で活躍されただけにその言葉には真実が潜んでいて、素直に納得させられる。この言葉は野球、スポーツについての言葉だが、それはスポーツに限られたことではないと思う。今、自分は社会人として仕事をしているが、仕事ではこれまでと同じことの繰り返しということはありえない。何かしら新しいことが求められると思う。新しいことは、これまでの経験や知恵を活用することでやり遂げることができる。そういう意味で、基本的な知的ベースを鍛えることは必要だ。何の根拠もない自分の推測でしかないが、秋山選手が言っているように、おそらく20代後半から30代前半にベースが出来上がるのではないかと思う。体だけではなく頭をうんと動かしておこう。人生経験もうんとつんでおきたい。楽しいときは素直に楽しく、しんどいときも前向きに楽しみながら。
2006.07.10
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