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えっとね。2月公開予定のももクロが主演する映画の原作本です。これ、ファンの方なら読んでから見る人、見てから読む人、それぞれだと思うんですけど…ももクロの彼女たちに配役を当てて書かれたのではないか?というくらい、登場人物のキャラの立ち具合がぴったりです。ファンの方ならご存知のことですが、ももクロというグループは、自分たちの冠番組やユーストリーム等で、普段の素のままを結構長尺で垂れ流しにしています。まあ、なんちゅうか、ずーっとやってるから、カメラがそこにあることが当たり前になってるというのもあるんでしょうが、天真爛漫で自由闊達(難しい字で書いたけど、いわゆる自由すぎる・笑)がそんまんま見えてて、その姿が重なる重なる。【楽天ブックスならいつでも送料無料】幕が上がる [ 平田オリザ ]正直、演劇というものにはまったく興味がございません。吉本新喜劇が限界かな。って、正直ももクロにはまる前は「アイドル??そんなものにはまるなんて、俺にはわからん」って言ってたわけですから、何がきっかけになるかわかったものではありませんが。(はっきり言えば、会えるとか会いに行くとかしたところで、それからどうしようっていうんだ?っていうアイドルよりも、毎日、そこに女の子がいる、という環境にいたわけですよ)演劇を見たことが無い、というわけではありません。高校の文化祭に、プロの劇団がやってきたのを見たこともあります。が、正直、そんなにおおおっ、とか思ったこともありませんでした。おもしろかった覚えはあるけれど。しかし、この小説、ももクロファンだったら読むでしょう、って自信を持って言えます。じゃあ、ももクロファンじゃなかったら?演劇に興味のある方は、ご一読をおすすめします。まったくの演劇ど素人の私も「へー、演出ってそういうことなんだ」って思いましたとさ。
2014.12.15
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選挙終わりましたねー。自民圧勝でした。参加者に下限はありません。文句つけても、後だしじゃんけん。数が多い間に何が出来るか、ちゅうことです。数が多い間に、成果を出せなければ、あるいは希望を見せられなければ、どうなるか。まあ、いろんな意見があるのは当然。もし、批判だけが見えるとしたならば、自民党に投票した世論の多くは、そういったところに参加しない層、ってことなのでしょう。というか、選挙にいこうという人にはしっかりアピールした、ってとこでしょうか。ま、投票率が低いからといって投票しなかった層がすべて反自民であっただろう、なんてこともないでしょうし。投票率の低さは、負けた時の言い訳にもしやすいけれど。これで民意なんてふざけるな、ってやつね。どうしたって、賛成と反対はあるんです。でもって、最初に戻る。日本の選挙制度は「数が勝つ」というルールです。つまり、投票率を上げられるだけの魅力をどこもだせなかったということでもありますし。ある意味ですね。有権者の半分が選挙に行って、与党が勝ちました。ひょっとして与党批判のマスコミは、読者が減ってるのかもしれません。さあ、批判勢力は、今から次の選挙へ向かって準備を始めなければなりません。言うても、議席を得られるだけの票を集めるところから始めないと、民主主義というのは始まりません。選挙制度に文句つけても、負け犬の遠吠えなんです。実際、野党だった民主党は圧勝したこともあるのですから。選挙やっておいて、民主主義の崩壊もあったもんじゃない。選挙やってるんだから。ルールは変わるまでルールです。「ここでは勝った!」ってのは、負けた側の慰めです。今の時点では。そこをスタートにしていったとき、次につなげられるか、ですね。
2014.12.15
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力、というのは、それを担保するものがあってこそ利用できるものです。現代社会でいう「力」というのは、行使する側とされる側の、意識・無意識にかかわらず、双方の同意の上で成り立っているものの方が多いと思うのですね。ま、その同意の一番の基準となるのは、いわゆる「法律」ではないでしょうか。よくも悪くも、法治国家であれば、同じ条文のもとに力は行使されます。その条文に解釈の仕方は数々あるかもしれませんが、法律による統治が行われているのであれば、この力が一番強い。つまり、法律はあっても、その法律による統治ができていなければ、法律は力を持たない。お金、もそうです。紙幣である以上、金額が印刷された紙に価値があることを、双方が認めていなければ物品やサービスの対価として流通できません。ま、これも法律という力で「これはお金という、価値のあるものです」と保証しているからですよね。法律で保証しても、価値がなくなってしまうことはありますが。では、その法律という「力」は、何を担保に力をもっているのか。法律そのものは、ただの文章だったり、慣習です。それに力を与えるのはいったい何なのか。国家権力による逮捕・監禁・罰金・長期間にわたる強制労働や禁固。という罰則という力を背景にする場合もあります。財産や個人の時間の拘束ですね。こういう力が背景にあるから、その法律を遵守しよう、とするのかもしれません。罰則なけりゃ、人類は法律など守らない、という前提でもあります。性善説なんて、建前ならともかく、もしほんとにそうならマナーとエチケットだけで世の中ことはすむはずです。でも、つきつめちゃうとね。いざとなった時に、行使できる武力(暴力と言い換えてもいい)の強さが、双方の合意の上に成り立つ力、というのを支えているのだと思います。でないと、武力や暴力だけを「行使できる力」と考える集団が現れた場合に、それを上回る力があることを想像させなければ、もし敵対した側が「武力や暴力」だけに頼った場合に、抑えることができません。「法律違反だ!」って言っても「へえ、そうなの?」って、やめようとしなかったら、その法律はなんの力ももっていないことになります。法律に頼った側も、法律に力がないのなら、なんの抑止力ももちません。でも「やめろ」の一言で、やめなければ自らの身に危険が及ぶことを認識させられれば、その行為はやめるものです。やめなければ、その「身の危険」で、その行為を継続できなくすればいいのですから。いわゆる世論というやつもですね。世論に「力」があるという世論側と世論を受け止める側の双方の同意があってこそ、成り立つ力なのですよ。ペンは剣よりも強し、のペンはその「世論」という力があってこそです。世論がなぜ力を持つか、って言えば、かつて、世論は、そのまんま暴力へと変化したことが歴史上なんぼでもあるわけですね。フランス革命とかって、権力握って暴力を行使した、ちゅう話ですよね。この、世論ってやつをまるっきり気にしないほうからしたら、世論なんてのは暴力化しない限り、つまり身の危険や消滅の恐れが無い限り、なんの力ももたないわけです。正しい神様の教えに導かれているんだから、神様以外の言うことなど意味を持たない、って考えに対しては世論は意味をもたない。ちょっと反撃されるとやだなー、って思ったら恐怖心とかでやめるかもしれないけど、その恐怖心すら振り払ってるんだったら、力など意味をもたない。そうすると、「あの人は変わった人」ということで、遠巻きにながめるわけですよ。神様という目に見えない力に屈するわけですね。ただ、もしもそんなところが、少なくない「暴力」を手に入れて、神様がその暴力の行使を許しちゃったらどうなるか。神様が許されることなんて、ないと思うんだけど、神様の言葉を人類につなげてる人が、神様の言葉を受け止めて人類に伝えちゃったらどうなるか。法律では止められません。だって、法律より優先される指示が伝えられたんだから。法律を守るものを尊重する必要はありません。神様を尊重しなければならないのだから。止められるのは、屈服する(つまり支配下にはいる)ことで暴力の行使に意味が無いことを認識させるか。つまり、降伏による敵対行為の終了です。あるいは、敵対することは破滅につながることを知らせるか。つまり、明らかに破滅にいたらしめるだけの暴力をみせること。見せても効かなければ、行使して破滅させること。かつて、ヒトラーは出現しました。あの独裁者は、多分、人間です。アーリア人は特別だのなんだの言ってましたが、人間のひとりであることは異論の無いところでありましょう。ちゅうことはですね。ああいうのは、人間の中からでてくる、ちゅうことなのです。話してわかる、なんてのは幻想にすぎません。たとえばね。あなたは保育所の教室の真ん中に立っています。まわりでは幼児が30人くらい遊んでいます。その時、ひとりの幼児が立って、向かってきました。「今からひとりに一個ずつ、大きなケーキを食べさせることを要求する!」その声は、だんだん広がって、教室中に響き渡りました。…これが世論です。まあ、リーダーの子のところにいって、言い聞かせますよね。おやつの時間になったらお菓子あげるから、とかなんとか。世論を「幼児の言うこと」と同じように考えてたら、気にも留めないことでしょう。でもって暴徒化すると面倒くさい、ってことくらいはわかる。いっちばん手っ取り早いのは、張り倒してだまらせる。つまり、暴力でだまらせる。つまり、だまらせる方法を持っているのであれば、なだめすかすことはあっても、要求に屈することは無いのです。幼児が「オトナ」に変わったときに、つまり、暴力が通用しないことは、実は大変なことなのです。力を持つ国家って?ぶっちゃけ軍事力ですよね。じゃ、経済力はなぜ力なのか。経済は軍事力を動かすことができるからです。暴力をつれてくることができるんですよ。
2014.12.13
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選挙系の書き込みは注意しないとまずいんですよねえ。どこにも片寄らないお話を。選挙には経費がかかります。そりゃそうです。印刷代だって、それを運ぶ輸送費だって、会場代、設営料だってかかる。人件費もただではないでしょう。つまり、それだけの発注がなされる、ということですよね?まあ、この年末の忙しい時期に、そんなタイトなスケジュールでの発注がきたら、現場はたまったものではありませんが、でも、現実問題として、確実に支払われる売上です。でもって、この経費が無駄だったかどうかは、1年後?10年後?百年後の日本を見てみなければならないかと思います。国政とは国内はもとより、世界の中の日本、ということもあります。あのタイミングで、あの道を選んでおけば良かった、なんて話はいくらでもありません。日本だって、関が原のタイミングで豊臣につくか徳川につくか、あのタイミングでは迷ったでしょうねえ。過去のそれぞれの時期に、当たりとされた政策が、これからも当たるとは限りません。「どんなに問題のある習慣や仕組み、法律も、それが始められた時は良き物として行われていた」と言ったのはローマの大政治家のカエサルでした。過去にさかのぼれば、絶対王政でなければならなかった時代もあります。群雄割拠って、早い話が内乱だらけ、ってことですからね。今の時代に絶対王政でやっちまおうなんてのは、多分無理な話だと思います。社会主義は、各個人が「いい人ばっかりで自分だけ得をしようなんて考える人はいない」という前提ではないのかな、って思います。とはいうものの、資本主義国家が行き過ぎると貧富の差は大きくなりますし。人間と言うのは自分だけは特別だと思いたいもののようです。「世界にひとつだけの花」ですもんね。そりゃそうかもしれないけれど、だからといって、その花が貴重かどうかはどれくらい求められるかどうか、ということでもあります。その花自身が「今がいちばんきれいに咲いている」と思う状態は、その花ごとに違うでしょう。夏が好きな花もあれば、冬に咲く花もある。大きな花を咲かせなければ満足できない花もあれば、小さくてもしあわせな花もある。大きな花を咲かせたい花に小さな花が咲き、その逆の場合もある。花は咲いても、満足できるかどうかはわからないものです。全部の花がきれいに咲いているように見える時、その花壇は、咲いてる花以外は抜かれている可能性がある。ごちゃごちゃに茂っているけれど、すべての植物がとりあえず伸びてる。どちらをとる?全員が満足しているとしたら、不満足なものは切り離されている可能性があります。全員が何かしら不満だけれど、花を咲かせる準備はできてるという可能性はあります。人間は平等だけれど、それぞれ違う。たとえばですけど、現代に「槍の名人」がいても「趣味特技」ですけど、戦国の世なら、履歴書に大きく書けますよね。日本ならば「英語」は特技扱いにできますが「日本語」はデフォルトでできなければならない。生まれた時代、場所によって、活かせる能力が変わる可能性はあるのです。二十歳が思うよい政治と40代、60代が思うよい政治は違うでしょう。自分が思ってることを、他の人も思っているとは限らない。テレビの意見は、そのテレビを作ってる人の意見である、ということを忘れずに、選挙へ行こうと思います。
2014.12.05
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現実逃避、っていう気分転換ですね。あの女の子5人の笑顔を、明日も見たいって思わせてくれる。アーティストって、実は誰でもなれるんです。「私はアーティストだ」って宣言すればなれるんだから。アイドルは、認知されなければならない。その光の強さはいろいろでしょうけれど、本当のアイドルというのは、なろうとしてなれるものではない。きらびやかな衣装をまとい、人前に立つというのは、楽器を持って人前に立って歌うこと以上にハードルが高い。だからこそ、アイドルは10代で終わってしまうんです。だって、自分の意思を持ったら、あの衣装を着るのは気恥ずかしくなるのはわかる気がしますもん。「アーティストのほうがかっこいい」ってイメージありますもん。ジャニーズや松田聖子さんとか「アイドルでありつづけることへの矜持」みたいなものがあると思います。アンチも含めて、自分をみようとしてくれている人たちがいる、ということの重さ。「下手だ」っていってくれるほど、自分達のパフォーマンスを見てくれているわけですよ。うまいか下手かをしってるくらい見てくれてるわけですよね(笑)自分達の応援するグループがどれくらいすばらしいか、ももクロがどれくらいひどいか、を一生懸命やってくれる。ま、時間のある方はyoutubeとかで見比べるでしょう。好きになれるものがあれば、そちらをずっと見るかもしれません。いやー。紅白出場以前のライブは、たしかに熱量はものすごいけど、上手か?って言われたら「うーん」ですよ(笑)私は「飛び道具系」の奇をてらった話題性だけのアイドルだと思ってましたもん。まさか、奇抜に見えたものが当たり前に見えるようになるとは思わなかった。アイドルって、この「見てて楽しい」ということだと思うんですよ。上手だの何だの、ってのは、それがあるに越した事は無い。でも、見てる人を笑顔にできなきゃ、踊って歌う人に過ぎない。「スケバン刑事」というマンガがありました。過去形じゃないな。今でも手に入るはずです。作者の和田慎二さんはもう亡くなられてしまいましたが。原作のマンガのほうです。当時はピンクレディ全盛時だったのですが、そのピンクレディをイメージした登場人物がいたのですね。詳しくはおぼえていませんが、そのアイドルは、ある陰謀の実行のために育てられました。その中で、マネージャー(陰謀の中心グループのひとり)が、ライブを終えたそのアイドルグループに向かって言うんです。「おまえたちはファンの前で歌って踊ればいいってわけではない。おまえたちは『希望』を伝えるんだ!」まあ、私のアイドル観って、ここからきてるのかもしれません。歌って踊るだけならアマチュアでもできる。うまいだけでは会場を埋めることはできない。見たい、って思えるかどうかですよね。デビュー前にでかい会場をいっぱいにできるグループとかって、なにがそんなに魅力的なんだろう?(笑)
2014.12.05
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