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2006.10.20
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カテゴリ: 映画
レンタルで借りてきて見ました。


第二次大戦末期、日本はもう国ではなかったのでしょう。
国家としての判断ができなくなった政府は、国を代表できません。

神風特別攻撃隊にしろ、この映画の中で描かれる沖縄へ向かう大和にしろ、それは結末を先送りにして、さらに取り返しのつかない結末を迎えるだけのことです。
もう、勝つ要素は残っていないのに「認めなければ負けではない」という理論ですね。

借金を「返せない」と認めるまでは、返済中ということです。さらに借金を重ねても。

さらに言えば「返せない」と認めるときに自分がそこにいなければいいわけで。




なんとしてでも生き残れば、再び立ち上がる力を蓄えられるようになる。
国敗れて山河あり、とはよく言ったもの。


自分たち以外は、残らなくてもたいした問題ではないと言っていたようなものです。



ただ、国家を代表する政府を作るのは、やはり個人です。
国を動かせるだけの理念と力を持った政治家がいなかったのでしょう。


今は?


あやしいよなあ…(笑)



戦争反対運動を否定はしません。

しかし、運動であって「平和への戦い」であってはいけないとは思います。
戦ってはいけないのです。争ってはいけないのです。
武器を放棄するというのならば、それを主張する以上戦ってはいけない。武器は「争う心」が持とうとするのです。守ろうとする心が持とうとするのです。

相手を自分の支配下におこうとする心が持たせるのです。


「自分の心が自由でありたいと思うように、誰の心も自由であるべきだ」

自分に反対する主張であっても、それを止める事は決してしなかった。敵対するものであっても、勝負が決すれば許した。

許した敵対派に暗殺されてしまうのですが。



平和への戦いが必要なら、武器も必要になる。

私たちの国はどちらを選ぶのでしょうか。


武器を持たずに乗り切れる世界ではない、と思いますけど。















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最終更新日  2006.10.21 23:43:18
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