九州出身者がつくる九州情報館。

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2014年12月21日
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カテゴリ: 九州の話題
1年にわたって放送されてきたNHK大河ドラマ 『軍師官兵衛』
今日の放送でついに 最終回 を迎えました。

天下分け目の 関ヶ原の戦い では、黒田如水の息子・長政の調略もあって、
当初西軍だった 小早川秀秋が東軍に寝返り
徳川家康率いる東軍が西軍を追い詰め、見事勝利しました。


これは九州制圧後に本州へ渡り、そこから東軍と西軍が競り合って疲弊したところに
自分が乗り込んで 漁夫の利 を狙っていたのです。
ところが皮肉にも 長政の大活躍で合戦がたった1日で終了 してしまい、
その野望が叶わなくなってしまいました。

その後長政は家康が自分の手を取って戦功をたたえたと如水に話したところ、
如水は家康がどちらの手を取ったかと長政に聞きます。
長政が正直に右手だと答えると如水は、
「その時左手は何をしていた?」 と問いかけますが、
長政は何も答えることができませんでした。
『空いていた左手で家康を殺せば、
天下は黒田家の物になっていたはずなのに・・・』

という意味が込められていますが、後世に作られたエピソードという説もあります。
それにしても隠居の身でありながらなおも天下を取る野心を持っていたのは驚きですね。

その後大坂城にいる家康を訪ねた如水は九州での戦果を報告すると、
家康は畿内の好きなところを領地として与え、官位も与えようとしましたが、
如水は長政が筑前国52万石という恩賞をもらっていることを理由に辞退しました。


「今世の張良なるべし。」 と感じたそうです。
張良とは古代中国で前漢を興した劉邦に仕えた軍師で、
如水と同じく劉邦の中国統一後に大きな恩賞をもらわずに隠居しました。

そして慶長9年(1604年)3月20日、如水は家族や家臣に見守られながら、
59年の波乱に満ちた生涯を閉じました。

さらに時は流れ1615年、大坂夏の陣によって豊臣家は滅亡し、
徳川家による泰平の世が続くことになります。
しかし、戦のない世の中は如水の夢でもありました。
乱世に終わりが告げられたと同時に、今回の大河ドラマも終わりを迎えました。

如水・長政親子は家康から筑前国を与えられ、そこに福岡城を築城しました。
現在の福岡市中心部のうち、那珂川から東側が商人の街『博多』であり、
西側が武士の街『福岡』であります。
その中心的存在が福岡城であり、現在の舞鶴公園付近にあたります。
また大濠公園は福岡城の外濠にあたり、ともに現在を生きる福岡市民の憩いの場となっています。
城は残っていませんが、如水が生きた時代を感じることができるのではないかと思います。

今年の大河は官兵衛(如水)を中心とした、戦国の世を生きた男たちの物語でもあり、
なかなか良い作品だったのではないかと思います。
いずれは島津家や立花宗茂といった九州の戦国大名たちが、
大河ドラマの題材になってくれることを願っています。

それでは、今日はここまで。



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最終更新日  2014年12月21日 22時35分18秒


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