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2006年05月05日
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カテゴリ: 統一教会
ホゴンさんが神学生らしく、 くろがねさんの「統一原理」の同時性批判に反駁 ]しておられますので、私もちょっと調べて見ました。
『原理講論』は同時性のところで、神の摂理から見た人類歴史を次のように区分しています。

1:「復帰摂理基台時代」 :アダムからアブラハム期間。
2000年間? (B.C.4000~B.C.2000)

2:「復帰摂理時代」:アブラハムからイエス誕生まで                 
1930年間 (B.C.2000~A.D.0)

3:「 復帰摂理延長時代 」:イエスの誕生から再臨主(文鮮明)の誕生まで。         
1930年間 (A.D.0~A.D.1920)

4:「 復帰摂理完成時代 」:再臨主(文鮮明)の誕生以降。         
これまで86年経過 (A.D.1920~)



『原理講論』(P461)はイエス・キリストが誕生されて以降、再臨のイエス(文鮮明とされる)降臨までの時代を [3:復帰摂理延長時代] と名づけ、その [3:復帰摂理延長時代 ]はアブラハムからイエス降臨までの [2:復帰摂理時代] を形成する各時代と、その年数を、そのまま蕩減復帰(注)するようになるのである。」と書いており、実際、「エジプト苦役時代」から「メシヤ降臨準備時代」まで(1930年間)の 「復帰摂理時代」 のそれぞれの期間が、「ローマ帝国迫害時代」から「メシヤ降臨再準備時代」まで(1930年間)の [3:復帰摂理延長時代] の各時代とぴったり重なるとして説明しています。

そして、「再臨論」(P587)で、韓国が、メシヤを迎え得る国となるために、エジプトで400年間苦役したイスラエル民族や、ローマ帝国で400年間迫害されたキリスト教徒同じように40数に該当する年数の苦役を受けたのが、日本帝国に属国とされ、迫害を受けた40年期間(1905~1945)であったとしています。

しかし、この迫害期間の始まりとされる乙巳保護条約(ウルサ、第二次日韓協約)が結ばれた 1905年は、再臨主である文鮮明(1920年生まれ)がまだ生まれていないので、 [3:復帰摂理延長時代] であるはずです。とすれば、 [3:復帰摂理延長時代] [2:復帰摂理時代] を形成する各時代と、その年数を、そのまま蕩減復帰するようになると書いてあるので、40年ではなく、「ローマ帝国迫害時代」と同じく400年でなければなりません。

もし、この1905年は [4:復帰摂理完成時代] (文鮮明誕生からの時代)であって、 [3:復帰摂理延長時代] と重なっているのだと言うかもしれませんが、それじゃ”同時性”も”蕩減期間”も”摂理的時代区分も”ちょっとつじつまが合わなくなってくなるのでは???

ホゴンさんはこう言っています。
////////////////////////////////////////

ローマ帝国迫害時代とついになっているエジプト迫害時代では、ヤコブの一族がエジプトに入っていった時点から始まっています。

そして、ヤコブの息子のヨセフが死に、ヨセフのことを知らないエジプトの王が迫害が起こってきたようですが、ここから、分かるように、迫害が始まった時点から考えておらず、エジプトという地、すなわち、 迫害の可能性がいつでもある地に入ってきた時点から考えている ので、ローマ帝国迫害時代の起点も、キリスト教がローマ帝国の中で存在するようになった時点、キリスト教のはじまりは、もちろん、イエス様ですから、 イエス様の誕生からと考えるのが、もっとも、自然だし、エジプト時代との整合性からも相応しいと言えます

////////////////////////////////////////

日本は1904年、ロシアに対する宣戦布告以前の2月8日に朝鮮の中立宣言を無視して,仁川に上陸を開始し、首都の漢城(ソウル)などを占領しました。2月23日に締結した 「日韓議定書」 では日本の内政干渉を受け入れることや軍事同盟により朝鮮は全面的に日本に協力することなどを受け入れさせました。
同年、8月には財政・外交の顧問に日本政府の推薦者をいれることを認めさせ、朝鮮の外交と財政を日本の影響下に置こうとした 「第一次日韓協約」 が調印されました。
エジプト苦役の400年間も、 ”迫害が始まった時点から考えておらず、迫害の可能性がいつでもある地に入ってきた時点から考えている始まった ”と言うのなら、韓国が日本に迫害された40年というのも、”迫害の可能性がいつでもある”ようなこの年から数えてもいいのに、それでは41年間になってしまいます。

教会は1981年版になってから、急にぴったり40年間になる1905年の乙巳保護条約から数える文章を載せた そうです
(浅見定雄 「統一協会=原理運動」参照)
日本の朝鮮統治は1910年から1945年で、普通「日帝36(35)年」と言われています。
36(35)年の迫害期間だとちょっと、40数とは言いにくかったのでしょう。


[2:復帰摂理時代] はイエス様の誕生をもって、時代区分が [3:復帰摂理延長時代] に変わっています。
その時代の最後に ”次の時代区分に続く40数に当たる迫害期間” などは述べられていません。

その [3:復帰摂理時代] と同時性をなす [1:復帰摂理基台時代] にも、 ”次の時代区分に続く40数に当たる迫害期間” があることなどは述べられていません。

しかし、 [3:復帰摂理延長時代] においては、文鮮明の誕生から始まるはずの [4:復帰摂理完成時代] になる前の1905年から日本による迫害が始まり、「 [4:復帰摂理完成時代] に入って、文鮮明が25歳の1945年まで続いたことになります。

ホゴンさんが”ローマ帝国迫害時代の起点も、キリスト教がローマ帝国の中で存在するようになった時点、キリスト教のはじまりは、もちろん、イエス様ですから、イエス様の誕生からと考えるのが、もっとも、自然だし、”と仰ってることからすると、韓国の受けた迫害の40数も文鮮明誕生から始まると見るべきということになりますが、それでは25年の迫害期間になるので、いくら何でも40数とは言えなくなりますよね・・・

ユリアヌス

解釈というものは何通りにもできますよね。例えば・・・
イスラエル民族は400年間、エジプトでの迫害に耐え、カナンという福地に向かって外的に脱出したが、韓国は40年間、日本帝国に迫害を受け、歴史的に染み付いて来たきた”息をつくようにウソを言うような民族性”から内的に脱皮したのだとか、なんとでも好きなように言えますね。
(まあ、実際は勝利していませんが・・・)

怖い怖いと思っていると、枯れ尾花も幽霊に見えますし、霊的に貴いと信じ込めば、壺のシミも先祖の顔に見えたりするものではないでしょうか?

少ないさんの「おもいっきり努力しているではないか。」というコメントには大変共感しましたので、タイトルに使わせてもらいました。



(注):「蕩減復帰」とは過去の罪を清算して、神の願われた位置と状態に戻ってゆくこと。





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最終更新日  2006年05月10日 04時19分06秒


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