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便利な世の中についてね、ふと思った。携帯電話がこのまま進化を続けると、、、、まぁ大体想像は付くが、おそらく、体内に埋め込まれるんだろう。なんていうか、人工的テレパシーとでもなるのか。そんなことを考えたら、どっかの科学者か哲学者か忘れたけど、「人間の想像出来るモノは、必ず現実になる」のようなことを言ってた。僕もそう思う。というか、信じる方が夢がある。30年前に見た図鑑だったかな?未来予想図の中に、ちゃんと携帯電話はあった。空飛ぶ車もあった。これは、まだ現実とはほど遠いかな・・・。まぁとにかくそう信じてる。そうなると、ドラえもんの道具なんかはすべて現実になるのだ!楽しみではないか!でもね・・・、気になるところがある。そもそも「現実」とは何か???これについての想像が、「マトリックス」にあるのだ。ドラえもんの道具が現実になってる時の現実は、もしかしたら、思想世界なんじゃないかな。思想世界なら、なんでも出来る。んで、それが、人の現実となれば、、、、「想像は必ず現実になる」理論が完結される。そうなると、僕たちの行く末は・・・・・・乾電池か・・・・・・。むぅぅ。合掌
2008.02.28
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食べちゃった・・・
2008.02.25
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順調です。 いろいろと。
2008.02.25
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昔。11歳の頃かな。野球チームに所属してて、放課後の練習。小学校のグラウンド。僕は、校舎と反対側の真ん中らへんに立っていた。グラウンドの周りの囲む芝生の上。あの頃は、目が良かった。校舎から出てくる帰宅する友達たちを遠くから眺めてた。グラウンドでは、チームメートが野球の練習。僕はちょいとさぼってた。そんな時、不思議な現象を見たんだ。僕の正面に見えるのは、グラウンド越しの校舎。そのグラウンドが、左側から黒く染まってきた。ゆっくり染まってきた。なんだろうと思って、そのまま眺めてた。そうこうしているうちに、その「黒」が僕に到達。空から雨が落ちてきた。ゆっくりと黒は、左から右へ。そう、僕は雨の動きを目の当たりにしたのだ。雨が移動している。僕は、グラウンドが黒く染まるまで、その光景を眺めていた。綺麗に、ゆっくりと、染まっていくグラウンド。今日は野球の練習、、、中止だな。
2008.02.24
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大好きな映画とまではいかないけど、かなり記憶に残る映画だった。この歌も僕には強烈で、今でもカラオケで気分に浸ったりしている。今日ね。本屋さんで出会った。この本。原作本かと思ってたら、この物語は映画企画が最初だったんだね。脚本が4つくらいあって、その他映画に入りきらないお話を含めて、本にしたみたい。東京から大阪の間で読んじゃった。4回は泣いたかな。涙ぽろぽろ。最後なんか声を出しそうになってしまった・・・。映画も泣いたけど、その映像と共に涙が溢れてしまった。「光」がキーだね。最近、僕もこの「光」について良く考えてた。「光」を求めていた僕。「光」を目指していた僕。そして、「光」を照らす僕。忙しさが日々増してきている。辞めたいとか抜け出したいとかそんなぬるいことを考えいる訳じゃない。突っ走るための「光」を求めている。いや、もう見つけ、そこに辿り着くべく突っ走っている。そして、忙しさなど関係なく、僕が彼らに「光」を照らさなければ。いわゆる僕は、、、「頑張っている」のである。映画・・・みたいなぁ。
2008.02.21
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2008.02.21
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天気が良いと、全部が良くなりそうですな!
2008.02.21
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また、ここに来た。 特盛とお新香。
2008.02.20
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週末・・・熱と下痢に悩まされた。お腹の中身をお掃除した。痩せたかななんて、のんきなことも考えた。それ以来・・・出ていない・・・。たまる一方なのだ。太ってる・・・って思っちゃう。ってか、太ったのかも知れない・・・。いやん・・・。ってことで、野菜ジュースをたくさん飲むこととします。以上です。
2008.02.12
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とある本を読んで、ちょっとした・・・いや、かなりの衝撃を受けた。僕の今の方向性が変わった気がする。あることに気がついた。僕の好きな映画の台詞にこんなのがある。「頑張って生きるか、頑張って死ぬか」僕はどっちだろうと考え、答えも出ぬまま今日まで来た。そして、僕なりの答えを見つけたのだ。その答えとは・・・まぁいい。人によって答えが違うし、僕の答えが、その人の先入観となっては申し訳ない。とにかく、僕はその答えを垣間見た。僕は嬉しくもあり、神妙な面持ちになり、涙すら出た。その本のその部分で、しばらく呆然としてしまった。すぐさま、その想いを文章にしたくなったが、それは敢えてしないと決め、物語の続きを読んだ。そして、それから、時間が経ち、一度殴り書きをし、再度読み直し、ここに記している。僕は、これまで、光のあるところに辿り着くべく歩んできた。実際には、今、光の中にいるのかもしれない。もしくは、光を見てるだけで、その場に立ちすくんでいるだけなのかもしれない。実際の所、そんなことはどうでもいい。どうでもいいというのはちょっと違うが、もっと重要なことに気がついた。重要・・・というより、僕の必然的目標というのか、すべきことを見つけたのだ。僕のすべきこと。それは、その本のたったひとつの台詞に集約されている。この本は、物語。哲学書でもないし、自己啓発本でもない。とても面白い、あるテーマに沿った物語。自分自身、この物語から、こんな想いをさせられるなんて、思ってもみなかった。僕のすべきこと。台詞は直接的とも間接的も言えない文章だった。僕が勝手に誇張して受け止めているのかも知れない。でも、僕はやっぱり、その台詞から、この想いに気づいたのだ。僕は、光を追い求め歩んできた。そればかりに気をとられ、頑張ってきた。ここで、気づいた。僕は、既に誰かの光になっているんだ。誰かとは誰か???今のところ、たったひとりだけ思い当たる。思い当たると言うより必然な話。ヤツは僕の背中を見て育っている。僕を光としてみている人が、ひとりは必ずいるのだ。大勢なんて必要ない。僕は光でなければならない理由は、そのたったひとりでも存在していると言うこと。大勢いれば僕は、正真正銘の偉人となるだろう。そんな偉人になりたいとも思わない。追いかける目標でもない。僕の追いかける目標は別なところにある。僕は僕で光を追いかけている。それと同時に僕自身光でもある。たったひとりのための光。「君がけのHero」である。そのたったひとりは、僕のことをパパと呼ぶ。ヤツは、僕をよく見ている。僕自身の鏡でもある。ヤツには弟がいる。僕はヤツの弟の光でもあるが、それは僕自身、関与するつもりもない。弟には、ヤツとの関わりで、弟自身の光を見つけてもらいたいと思う。その光は、ヤツでもいいし、僕でもいい。ただ、僕のことを最初にパパと呼んだヤツは別だ。ヤツは僕を一番近いところで、一番よく見ている。僕はヤツの光でいなければいけないのだ。いや、もうすでに光なのである。その自覚がこれまでなかった。僕は僕自身の光を追いかけていただけだった。でも、そう気づいた今でも、僕はこれまでと何も変わらない。ただ、自覚しているか、自覚していないかの違い。「頑張って生きるか、頑張って死ぬか」の僕なりの答えを見つけただけ。今、光を追いかけている僕を光として追いかけている。僕はそれを自覚する。それでいいのだ。人が直面する壁。乗り越えられない壁などない。ヤツは僕を必ず乗り越えるだろう。それならば、僕は、なるべく大きい壁でいたいものだ。高さはそれほど重要じゃない。細くて高い壁など、避けて通ればいい。僕がそうしてきたように。だから、大きい壁にならなければならない。ちゃんと乗り越えるしかないと思われる壁に。そして、僕は、ヤツが僕という壁に直面するときに、ある程度超えられやすいようなヒントを残す。それが、僕との日々の会話であったり、僕の日々のなにげない動作、行動となるんだろう。ヤツの弟も僕を乗り越えるだろうが、ヤツの後を追うだろうし、もしくは、まったくべつのルートを通るかも知れない。それは、ヤツがいるからそれができるわけであり、それで充分だと思う。ヤツは初めて通る。僕という壁は、大きくなければ、乗り越える意味も無いだろう。だから、僕は、ヤツの光であり、大きい壁にならなければならないのである。とある本でこれに気がついた。かなり脚色したが、気がついた。僕は今、僕の勝手で生きていると想い、勝手な光を追いかけていた。そうじゃない。。。いや、それだけじゃないのだ。僕の今していること。良いことも悪いことも含めて、僕は光でありつづけ、壁を大きくしていくのだ。良い面ばかりなど見せる必要もない。そんな嘘くさい眩しすぎる光など必要ないのだ。そんな階段みたいな壁など必要ないのだ。もっと複雑で、もっと単純で、もっとわがままで、もっと素直な、なんていうか、人間として僕の光、壁でなければならない。僕が、冒険心、好奇心をくすぐる壁であればあるほど、ヤツだけじゃなく、自然に人は集まる。それが僕の魅力となる。壁を構築している大人。光を放っている大人。それらの人たちとの相乗効果でどんどん成長する。僕の成長だ。僕の成長は、ヤツらには、難攻不落な壁になっていくだろうが、ヤツらは必ず走破する。僕が間違った壁を作っているのなら、僕という壁はヤツらの前には現れない。いや、ヤツらが気がつかない。そんな壁になどなりたくない。僕は、僕の光を追いかける。それは、昨日も今日も変わらない。ただ、昨日は、僕自身の光を知らなかった。今日は、僕自信の光に気づいた。そういうことなのだ。「頑張って生きるか、頑張って死ぬか」の答えを見つけた。思わず見つけた。僕は、良いことも悪いこともするだろう。その善し悪しは一般的な話で、僕自身の僕の光を放つだけなのだ。使い道の違う「空気読めない」などくそ食らえ。僕は僕として、ヤツらの光であり、僕は僕として今より僕の目指す光に近づくのだ。Tさんは、「8割の達成率はすごい」と言う。Kさんは、「そんな数字になんの意味もない」と言う。Tさんは、「数字には意味がある。貴方の航跡であり、未来ある若者が目指す、栄光の道標なのだから」実際の台詞とは違うが、僕はこんなような感じで、理解しました。そして、僕は喜び、神妙な面持ちになり、涙すら出たのだ。
2008.02.07
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仕事が終わり、ビルの裏で一服。少し雨が降っていたので、歩きながらメールは出来ないなと想い、メール打つ。ふと、顔を上げると、雨から雪に変わる瞬間。僕は一瞬、、、ほんの一瞬見とれて、ちょっと微笑み、またメールを打つ。メールを打ち終わり、送信ボタン。顔を上げると、雨も雪も降っていない。雨と雪が競争して、ラストランナーとなった雪が降り落ちた時点で、すべてが止んだんだと勝手に納得した。たばこを消して、駅まで歩く。そしたら、またパラパラと雨が降る。傘はあったけど、傘が嫌いな僕は、そのまま歩く。雪に変わるかなぁ・・・って想ったら、あの歌が頭の中で流れた。そしたら、雨は雪へと変わった。駅に入り、切符を買って、地下鉄に乗り込むまでに、少し濡れてた僕のダウンは乾き、偽物くさい大気の中、地下鉄に乗り込む。最寄りの駅で降りて、ホテルまで歩く。雪が降ってる。僕は知ってる。この雪は積もらないと。北国で30年以上住んでた僕。街路灯を見上げ、雪が斜めに降っている。そんな光景に、懐かしさがこみ上げる。部屋に着いた僕。寂しさが込み上げる・・・。
2008.02.06
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不安定であればあるほど、威力はありますな。本来、不安定だとなんの役にも立たないはずなのに・・・。あのね。。。夜7時に、明日の朝9時に目覚ましの電話をしてちょうだいって頼んだの。その電話の後、妙に気になって・・・。こいつ、忘れそうだな・・・てね・・・。不安の始まりです。まぁいいやってことで寝ました。朝8時頃、爆睡状態から覚醒。二度寝突入しようと思ったときに、不安がよぎりました・・・。んで、起きた。携帯の目覚ましは、信頼度抜群で決まった時間に発動します。でも、慣れてしまっているし、気持ちも入ってないので、気がつかないか、無視するか・・・。あまり、役に立ちません。それで、大事な人にちょっとお願いしてみたのですが・・・。まぁいいのさ。それがあいつのやり口なのかもしれない。長年、同じもん食べてきたし・・・。僕を一番知ってるヤツだし・・・。なんだかんだ結果オーライなので、よしとするのだ。そんな話でした。
2008.02.05
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あと2ヶ月もすると小学校に入るチャンプ5歳。まだ、字が読めません。名前くらいは読めるけど、字として認識しているかどうかは・・・不明・・・。数字は早くから読めてました。上の王子が5歳の時は、カラオケを文字認識して、歌ってましたわ。でもね、字の読めないチャンプとカルタすると面白い。ポケモンカルタとかだと、読み手のカードに絵が書いているのね。それを盗み見て、読む前に、絵で探したりしてるのさ。あいうえお表とかで、「か」はどれ?と聞くとちょっと悩み、こっちが「カニのか」だよというと、あっという間に見つけたりする。文字が読めない分、絵での認識が上達していると思うのね。あと、ずるがしこさも・・・。これで、いいと思う。5歳には5歳にしかできないことがある。文字なんか、学校行けば、覚える。そのときに覚えればいいのだ。それより、おおきくなると絵での認識が弱くなると思う。右脳の話だな。今なら、文字が読めない分、絵で認識するしかないという必要性があるから、必然的に上達するでしょ。僕たち大人は、文字を知ってるから、もう出来ないこと。「後で出来ることはあとでいい。今できることをしよう」って、この想いの良い部分だけを出来るだけ実行しようと努力してます。我が家では、お正月に書き初め大会を実施します。5歳も字を書きます。僕たちは、これからの想いを書いたりします。5歳のチャンプは、なんの想いもなく、ただただ、今を楽しんでるって感じの文字を書いてる。それでいいのだ!
2008.02.03
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そうなんだよね!ミスしたっていいんだ。ミスしないとわからないこともある。ただ、ミスしたらちゃんと反省し分析し、、、、、、ね。同じミスをしなければ、、、、、、あとは上達するだけ!違うミスをしたら、そのミスをもうしなければいい。ミスしまくれば、残るは正解のみってことよ!!
2008.02.01
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久々に見た!!最初に見たのは高校生の頃じゃなかったかなぁ・・・。痛快な映画ですな。この映画を見てから、原作本に興味が沸いたはず。でも、この映画の原作本は、映画の脚本を本にしたって感じだったように思うな。映画の方は面白いと思った。まだ、マイケル・J・フォックスさんも勢いがあった頃だね。目標が明確であれば、明確であるほど、行動力が沸き、想像力も豊かになる。ちゅうと半端じゃ駄目ですな。こういう、目的と手段の話をするときに、思うんだけどね、、、どうしてもトイレに行きたいときは、どうやってでもトイレに行くでしょ???トイレに行かずとも、目的は必ず達成するでしょ???これと同じなんじゃないかなって思うです。間違いかな・・・。まぁいい。以上で~す!
2008.02.01
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