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msk222@ Re[1]:被災地支援(01/07) みちのくはじめさんへ ぼくの場合、感情の…
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aki@ Re:被災地支援(01/07) この様な書込大変失礼致します。日本も当…

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2007.01.30
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カテゴリ: いろいろメガネ
富士山遠望

僕も参加しているグループで、半藤 一利さんの『昭和史』という本を読んで、その感想を語り合うということをやっています。
今、戦後扁で、自分たちの生きた時代ですが知らなかったことも多く、とても新鮮に読めます。昭和という時代は語り尽きない面白さをもっています。

著者は、昭和史より得た教訓として5つのことを挙げています。

第1に、国民的熱狂をつくってはいけない。
第2に、危機において、日本人は抽象的な観念論を好み、具体的な方法論に目をつぶる。
第3に、官僚的秀才による小集団エリート主義の弊害。
第4に、国際社会のなかの日本の位置を客観的に把握しない。
第5に、事が起こったとき、すぐに成果を求める対症療法的な発想を取る。

これらが、現在の日本に生かされているかというと、柳沢厚生労働相の「女性は産む機械」発言のみならず、為政者の本音に見え隠れする意識は、過去現在とお寒い現実があるといわざるを得ません。
『昭和史』の感想で、「ああ、なるほど…」と、目から鱗的な発言をした人がありました。
戦争が終わって、 間違ったことのひとつは「一億総懺悔」をしてしまったこと ではないか、というものでした。
当時、「朝日」を初めとするマスコミも「聖戦」あおり立てました。国民も貧苦の打開を大陸に求め、戦争へ駆り立てられてゆく熱狂に、荷担し、巻き込まれてゆきました。
これはごく一部の人の策略だけで導かれた粗筋ではなく、「王道楽土」「五族協和」構想を立て満州事変を起こした石原完爾にしても、後には戦線不拡大を主張しています。しかし、東条英機と対立し隅に追いやられました。
当然ながら、反戦を唱えた社会主義者のみならず自由主義者たちも、一旦流れ出した熱狂の波に翻弄され、弾圧され、一部の冷静な国民もこの波をとどめることができなかったわけです。
これを「一億総懺悔」で相済みとしたところに、今日までつづく日本の不幸が存在するのではないか、というものです。
個々のどこに問題があって、その責任は誰にあったのかを細かく分析せずに、「国民みんなが馬鹿でした」と曖昧な解決をしてしまったわけです。
たとえば戦争を煽った新聞や雑誌。当時、厭戦・反戦を柱にしたマスコミは売れませんでした。ときには、右翼の襲撃さえ受けました。戦争を煽れば売れる、商業紙としての堕落に堕ちて、政治を今日のスポーツ紙化していったわけです。
そして真に責任をとるべき人々の多くも、一部戦犯の首を差し出し、裏取引やアメリカの思惑、当時の世情のゴタゴタに紛れ逃げ延びてしまったわけです。
例えば、生きた人体実験に明け暮れた731部隊の石井四郎や東條内閣の商工大臣として戦争を主導した岸信介らはその代表でしょう。逃げた者勝ち、またそれらを曖昧模糊のなかに許してきた衆愚的大衆。
当時、きっちりとしたけじめがつけられていたら、現在の日本の政治や社会状況もずいぶんすっきりしたものになっていた可能性はあります。柳沢のみならず、前近代的本音を潜在させた方々が要職にいる情況もなかったことでしょう。
ちなみに、岸信介がA級戦犯のまま処刑されていたら、孫だった今の総理大臣もなかったわけです。岸は80歳過ぎまで別宅に愛人を囲っていた艶福家ですが、このへんにも彼の方々の、人権感覚が伺われます。




ほん











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Last updated  2007.01.30 15:38:35
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私の父は戦士でした  
おいらは長男にオウムという教団を裁いてなぜ靖国という宗教施設に群がる諸悪を裁かなかったのかおかしい!なぜ会津藩士は靖国に合祀されないのかそれもおかしい!
事実、伊藤博文を中心としたキリスト教弾圧はすさまじいものがありました。アラヒトガミのモデルはキリスト教であるにもかかわらずです。
おいらの話を聞いた父親は眠れなかったそうです。
とうぜんです。
「正義の戦争」であるはずが「騙されて戦争に行った」人たちの死を「死んで神になる」と洗脳されたのですから。
そこいらをきちっと明らかにしてから擁護する人もそうでない人も議論しなくちゃいけないと思うのですが、なぜか「それは心の問題」で「政治と関係ない」にずるずるっと行くんですよ。

おぃらの高校生の時の担任の家は松尾芭蕉がたちよったと奥の細道に書いてあるぐらい歴史ある古刹なのですが、なぜかそこには「みかげ石」の「鳥居」があったのです。

メシ喰いながら「政治と宗教と芸術の話をおおいにすべし」と学んだのはミヒャエル・エンデの「オリーブの木の下で語り合う」を読んだから!
(2007.01.31 19:49:23)

Re:私の父は戦士でした(01/30)  
msk222  さん
歴史に不条理はつきものです。
ましてや、戦争は不条理の権化のようなものです。
先日、裁判で不当な判決を受けた「残留孤児」といわれる人たちにしても、画一化した法律論だけで白黒をつけるのは不条理といえましょう。
過去の歴史をひもとくと不条理ばかりです。
要は、現代を生きる我々がそこから何を学び、未来に何を残せるかだと思います。
しかしながら、政治の現状も、かくいう我々も未来への責任を果たし得ているかと言うと、心許ないものがあります。
結局は、人間が生き続けるかぎり不条理は続いてゆくことでしょう。
やるべきことは、自ら出来る範囲で、それを是正する努力をコツコツ積み重ねてゆくほかはないでしょう。

若者の多くが、刹那的に社会を見ているなかで、ヤマトカケルさんの息子さんが、世の中の不条理に気づいて、疑問を投げかけることは一種の希望だと思います。
できたら、その疑問を自らの力で解決しようとする大人になってくれれば、そんな頼もしいことはありません。

という建前論は置いて、我々は今目の前にあるさまざまな問題をネタに「政治と宗教と芸術の話をおおいにすべし」でゆきましょう。

(2007.01.31 21:12:43)

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