シニアーズとの暮らし

シニアーズとの暮らし

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

ミスママ

ミスママ

Calendar

Comments

私も通ってます@ Re:ホメオパシーな歯医者さん(01/09) こんにちわ〜、はじめましてでコメント失…
松田 由紀子@ 2012年の動物愛護改正について こんにちは 犬部さんにメールするのは…
2010年09月12日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類



よしもとばななさんの

『ごはんのことばかり100話とちょっと』

という本には、おいしいものの話といっしょに
ばななさんの愛犬の話も書かれています。





近所に、ばななさんが「お姉さんたちの店」
と呼ぶ日本茶カフェがあり、ばななさんは、
愛犬を見送って毎日気が抜けたようになっているとき、
何回もそのお店のあたりに散歩にいったそうです。

閉店間際のお店でおいしい日本茶を飲んで、
おまんじゅうやおせんべいを食べて一日をなんとか終えるために。
そういうふうに決めると、いかなくちゃ、
と思って目標ができるのだそうです。


犬がいないのに、普通に夜が来てしまうのが空しくてしかたない。
そのくらい淋しかったのだと。

そういえば私もモモとミスティがいなくなったあと、やたらと歩いてました。
よくいっしょに歩いた海岸、動物病院まで何度も通った道、
ときどき車で連れて行った公園までの道・・・


当時は朝起きて、仕事に行けるのがうれしかったです。
毎日行くところがあり、することがあるのが。





ばななさんの愛犬が亡くなってからしばらくして、
遊びに行った知人の家に大きな犬がいて、
食事のとき、なにかくれそうな人のわきにじっとすわって、
手の動きをずっと見つめていたそうです。

ばななさんの愛犬も、まったく同じように人間に
プレッシャーをかけてきて、その熱い鼻息がかかる感じも
同じだったとき、だんなさんと共にとても懐かしく思い、
もう一度でいいから同じことをあの子にやってほしいな、
と思ったそうです。

そして、ばななさんはこう続けます。

「生き物が寿命で死ぬのはきっと悲しいことではないのだと思う。
自然なことだし、思い出はいつまでも心をあたためる。
この人生で、あの子と会えないよりも会えたほうが絶対によかったのだ。

 それでも、私はそのとき切なくて切なくて、
もう一度でいいからうちの犬に触れたいと思った。
普段はもうあの子がいたことを忘れて暮らしているのに、
大きな犬が家の中にいる家にいったことで、
感触の思い出がずるずるとよみがえってきた。
触れるということはなんとすごいことなのだろう、と思った。」

犬や猫は、同じ家に暮らし、人間と違って自分の用で
出かけることもなく、ずっとそばにいて、ある意味、
いっしょに暮らしていない家族や友人より近い存在です。

そういう存在を失うと、時が経っても消えないものが残るのだと思います。
それは淋しさだったり、切なさだったりもするのですが、
会えてよかった、いっしょに暮らすことができてよかったという
思いでもあり、いっしょにいた時間という宝物なのです。





先日、近所のシバの女の子に久しぶりに会い、
気の済むまでしつこくナデナデさせてもらいましたが、
そういうときには(半分くらい本気で)動物好きで在宅で
仕事するパートナーがいれば、今すぐに犬と暮らせなと思います。

いや、それよりもやっぱりロト6で大金狙いだろうか(笑)


momo8

  (モモ:まだ4、5歳の頃です。若い頃はこんな器用な(?)格好でも寝られたんです)






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010年09月12日 20時52分58秒 コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: