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むげん2005

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2006.04.30
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カテゴリ: カテゴリ未分類


    4月30日・・・「その4」


★★★★★むげん・2005★「その4」★【名曲とその背景】★ヒット曲・誕生秘話★日本はアジアの人民を殺めようと戦争をしたのではない、戦後の大人達は勉強しろ




  ★★★・新生・2006年・★★★



               ◆


    今年も、芸能界・イキジビキ・M氏による、
         続々、あふれくる
       「ヒット曲・誕生秘話」
         ご期待、下さい。


 ********************


★★★・イキジビキ氏との、定例・うちあわせ・より

★・夢あふれる、少年のような、
   純なる魂で、次々と、コトバが、ほとばしる・・・。

★・並木路子、
    ヒット・ソングの、影響もあり、

・戦後の、
   オピニオン・リーダー、
        とも、言い切る、
             「イキジビキ氏」

・ビロードの声と、
       言われるように、
         さすがに、歌は、うまいが、

・私の母など、
   あの、カンダカイ・キンゾクオン、
      耳障りで、いまいち、
    やすらげないとも、いってましたと。

・それにくらべ、
    美空ひばりの、歌は、
      やはり、きいてて、
          やすらげますよね、と。

・カラオケには、
    ないからと、ご持参のCD、
              やおら、とりだされ、

・電源いれ、
    スゥイッチ・オン。しばし、
       ヒバリ・メロディに、ききいることに。


★★★・M氏との、定例会。今日は,主として、軍歌にまつわる、ウラバナシ、盛り沢山。

・CDほか、秘蔵の資料ご持参で・・・。感受性ゆたか、少年のような、純な躍動感あふれる、情熱の人。

・ビッシリ、つまった情報。次々と、コトバが、爆裂。

・吉田茂が、まだ、外交官・時代。まだ、名もなき、フリーター時代?の、藤原義江を、みいだし、イギリスへ留学させ、オペラ歌手として、デビューさせたハナシ・・・。

・古川緑波が、歌ってた「江戸っ児 部隊」が、美空ひばりの、「お祭りマンボ」誕生の、ルーツであった等など、そのほか、

・東京芸大と、軍部や政界との、かかわり、オフレコ秘話・・・まで。ワイン片手に、ハナシは、尽きない。


★★★・新しい原稿が、おくられてきました。

・靖国問題でも、ギクシャク、しているアジア外交。そんななかにあって、日本をとりまく、戦前、戦中、戦後の、問題意識を、軍歌を通して、考えなおしてみようという、

・M氏・独特の、試み、ご一読、ください。


★★★・芸能界・イキジビキ・M氏より、「君の名は」・最終稿が、おくられてきた。






・氏ならではの、足で書く、徹底した取材・マン・魂に、ウラウチされた、しかも、心のキビやアヤ、ヒダのデリカシィが、投影された、独特の感性による、文章。ご一読あれ・・・。  


★★★・編集・前説

★・「君の名」しめの原稿、いただきました。わざわざ、当時の関係者たちを、歴訪取材し、生きた秘話を、とおしての、ご執筆。さすが・・・。

★・「芹洋子」に関する原稿、打合せの前に、「君の名」その4、が、送られてきた。






・当方の、好意的な、対応のトロサを、詫びながら、以下、掲載・・・。

★・イキジビキ氏との、定例会後、「芹洋子さん」から、氏へ、親書が、舞い込む。氏の創作意欲を、熱く、刺激する内容であった。

★・イキジビキ氏より、当方への、親書のなかに、切々と語られ、感動をよぶ。

★・親しい仲にも、礼儀ありで。個人的情報なども、ふくまれているから、あらためて、氏のご了解を得なければ・・・。それまでは、ここでの、公表は、つつしみたい。

★・ご了解を、とりつけようと、していた、やさきのこと、パソコン・故障という、アクシデントに、遭遇。

★・したがって、氏から、親書と、同時に送られてきた、「芹洋子」さんに関する、あらたな玉稿も、あずかりのまま・・・。

★・氏との、打合せの上、いずれ、公表できる範囲で、掲載予定。

★・「芸能界・イキジビキ・М氏」との、打合せ・・・より、その一部を。

★・かの「イキジビキ」氏は、芹洋子さんに、四季の歌を、歌わせた、張本人でもある。






★・もちろん、芹洋子ばかりではなく、氏によるプロデュース、関係・歌手・多数・・・。

★・また、「君の名は」、続編の秘話ほか。

★・最近、中、高校での、卒業式で、「蛍の光」を、歌わなくなった。

★・そこで、それに変わる、歌として、「旅立ちの日に」を、芹洋子が、全国キャンペーン、やりはじめたとのこと。

★・そのほか、いろいろと、話題つきなく・・・。また、次回を、誓いあって・・・。








**********   ************   ***********   ************

〔会長様〕



★・戦後生まれの人たちは軍歌は「涙の唄」と思っているかもしれませんが、軍歌こそ日本の国の基礎になった唄です。

・「敗軍の将、兵を語らず」と表で歌う人はほとんどいませんが、心の中には戦後も生きている歌を、これから紹介していきます。

・最初は、「日本がどうして戦争をしたのか」。その当時、日本国民の精神の支柱になった「大日本の歌」を紹介します。

 芸能界イキジビキM氏より



◎日本はアジアの人民を殺めようと戦争をしたのではない、戦後の大人たちは勉強しろ!



雲湧けり、雲湧けり、みどり島山、

塩満つる、潮満つる 東の海に。

この国ぞ!      高く光る、すめらみこと(天皇)

かむながら(惟神)しろしめす(治しめす)すめらみくに(皇御国)

ああ吾ら 今ぞ讃えん 声も轟(とどろ)に

類なき 古き国柄 若き力を!


風迅し(はやし) 風迅し(はやし)、海をめぐりて、

浪さやげ、浪さやげ、あえて 許さじ。

この国ぞ!       醜(しこ)払う すめらいくさ(皇軍)

義によりて、つるき(剣)取る すめらみくに(皇御国)

ああ吾ら 今ぞ往かん かえりみはぜじ

日の御旗 ひらめくところ 玉と砕けん


気は澄めり、気は澄めり、美味し山川

眉上がる、眉上がる 雲の端立てに。

この国ぞ!       一億のすめらみたみ(皇御民)

挙り(こぞり)たち、奮い立つ すめらみくに(皇御国)

ああ吾ら 今ぞ進まん あかき心に

新しき御国の歴史 拓けつつ あり。



★・芳賀秀次郎氏が詩を作ったこの歌に、戦争中から戦後にかけて、「川」などの作曲で有名な作曲家橋本国彦氏が中心になり、

・当時の東京音楽学校、現在の東京藝術大学が、学校をあげて作曲したこの有名な「大日本の歌」は、

・表向きは、戦後は戦争責任者の東条英機元首相および、当時の日本の指導部の5人が東京裁判で極刑に処せられたため、

・すっかり「なかったこと」にされてしまったが、決して、世界を敵にした歌ではないのである。


★・昨年暮れ、天皇陛下が、「戦争で亡くなった人たちのことは、決して忘れないように」との談話を発表されたが、

・この歌をうたい、戦時中の社会に理想を思いながら、「この世とは別の世界」に旅立って行った人たちが四百万人もいたことを、忘れてはならない。

・中国の言うことを聞いて、日本の国民のすべてがこの歌を忘れることができるだろうか。

・私は終戦の年に生まれたが、物心付いてから、この歌で、人間としての「一生の根性」を植えつけられたのである。

・戦後もこの歌を歌い続けた人は、当時幼かった私を取り巻いて歌った人たちだけでも、五十人はいたと、私自身が確認している。

・この歌の裏に、今の不勉強な知識人には分からない、一つの日本人の心の世界があるのだ。


★・今の七十歳から八十歳の間の人たちの中に、この歌を歌うと、気が狂ったように、心の底から怒る人に、私は出会っている。

・と同時に、決して「この歌に逆らう人」に心を許してはならない、と言い残して、天国に行った人たちが数多くいて、

・その人たちの「永久の別れ」に、私は何回も立ち会っているのである。

・この歌こそが、日本がなぜ戦争をしたか、の正当な理由を示す歌だからである。

・戦争は戦って結果が出てみるまでは、勝負は分からない。

・「戦争は武人同士が勝ち負けを争うものである」という当時の日本の主張を聞きいれず、

・「人民同士の殺し合いだ」と考え、「人民こそ鉄砲をもって、支配階層を撃ち殺し、人民の政治権力を打ち立てるのだ」と、

・中華人民共和国を打ち立てた今の中国政府には、この日本の主張が分からないし、この日本の主張には。

・「永遠に反対する」と言うのが、今の中国政府の、揺るがすことのできない政治方針なのである。


★・一方、今の日本政府は、戦前からの考えを完全に否定した、革命政府ではないから、戦前の政治を完全に否定していないことも事実なのである。

・「ドイツがヒットラーを否定しているのに、日本の小泉首相はなぜ、靖国神社に参拝するのか」と中国の外相が小泉批判をした時、

・日本政府は、「マナーを心得ない大変失礼な発言だ」と抗議したが、中国政府は「これは、中国人民の魂の叫びだ」と再び抗議した。


★・戦後教育だけを受け、戦前社会の知識のない、「戦後生まれの日本人」のほとんどは、中国の主張のほうが正しいのではないか、と思うだろう。

・しかし、当時の日本は、戦争は兵隊同士の戦いと考えていたのだ。

・だからその立場にたって考えれば、負けた相手国を、六十年も糾弾することは、「世界の平和を望む国としては、良くない発言だ」と日本政府は抗議したのだ。

・中国が何年も今後言い続けるならば、日本としては、「もう一度、戦争をしよう」という話につながってくるのだ。

・この流れは、過去の世界の歴史をみれば、分かるはずだ。

・今の与党の若い議員たちは、この辺のところをもっと勉強して欲しいものである。


★・話を元に戻すと、当時から国立大学である日本唯一の音楽学校が作ったこの歌は、「正しい歌」として、戦後も厚く保護された。

・ただ、時勢に合わないとして、華やかに公表されることはなかったが、決して抹殺されたわけではないのだ。

・この歌は敵を倒す歌ではあったが、当時の日本を肯定したもので、勝ち負けの結果が出る前は、歌自体は悪い歌ではないのだ。

・独唱した四ツ家文子さんは、戦後は東京藝術大学名誉教授として、音楽家としての名誉を保ったのである。

・この歌は、国民の団結のシンボルの役割を果たしたのである。 








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Last updated  2006.04.30 00:47:27 コメントを書く


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